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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
346/546

雫のお願い



 休日のお昼頃。


 お昼を終えたらしい一組の男女が、とあるレストランから出てきた。


「店名があれだったけれど、普通に美味しかったわね」

「本当になんでもあったしな……」


 はふぅと満足そうな笑みを浮かべているのは、黒髪ポニーテールの凜とした美少女――八重樫雫。その傍らで、肩越しにレストランの看板を見上げているのは南雲ハジメだ。


 なお、そのハジメの視線の先には、入り口の上部に飾られたアーチ状の木製看板があり、店名が彫り込まれている。


 〝レストラン なんでもあるよ〟と。


 実は、洋食店ウィステリアの現店長である園部家の大黒柱――園部博之が、若かりし頃修行をした店らしく、興味本位で来てみたという事情があったりする。


 店の名前通り、なんでもあった。店長は、某検察官達御用達のあのバーのマスターの如く、何を注文しても「あるよ」と言って出してくれた。


 ちなみに、ハジメは、雫の呆れ顔を甘んじて受けつつ、店長に「ないよ」と言わせたくて「ばあちゃんの肉じゃが」と言ってみたのだが……


 結果は、「そ、そんな馬鹿な!? この味は確かに!」と目を剝いたハジメの態度で推して知るべし。園部博之の師匠はいったい何者なのか、ハジメ的に非常に気になるところだった。


 それはそれとして、なぜハジメと雫が二人っきりで休日を過ごしているのかというと……


「そろそろ会場に向かいましょうか。予定の時間まではまだあるけれど、初めてのことだし、余裕を持った行動をしておきたいし」

「言っても写真を撮るだけだろ?」


 写真を撮る。


 そう、それこそが二人で休日を過ごしている理由だ。雫は本日、とあるファッション雑誌のモデルを務めることになっているのである。


 男女二人で撮影するものらしく、相手役としてハジメが選ばれた……というか、他の男性と寄り添って撮影をするなど、プロでもあるまいし断固拒否と告げた雫に、むしろ良い笑顔が撮れるだろうからハジメにも話を通してくれと、依頼者の方から依頼があったりする。


「そうは言っても、やっぱり緊張するじゃない。早めに行って心の準備をしたいのよ」

「まぁ、雫がそうしたいならそれでいいけどな」


 特に緊張した様子もなく歩き出すハジメに、雫はその神経の太さを少し分けて欲しいと思いつつ、数日前の出来事を思い出した。




~~~~~~~~~~~~




「そこっ! 何をへばっている! 敵は貴様の疲労など考慮してくれんぞ! 斬り殺されたいのか!」


 八重樫流の道場に、バリバリと雷の如き喝が轟いた。声の主は八重樫流師範――八重樫鷲三だ。


 鷲三は、たった今、膝を突いた門下生その1に、「ゼェアッ」と凄絶な声を上げながら鎖鎌を放った。


「――ッ、申し訳ありません、先生!」


 辛うじて横っ飛びで回避した門下生その1は、そう言いながら反撃の棒手裏剣を鷲三に放つ。と同時に、組み手の相手だった門下生その2の、「それ、絶対殺す気だよね?」と言いたくなるような幹竹割の一撃を、膝立ちのまま鉄芯入りの木刀で受け止めた。


 そんな門下生その1へ、ギリギリと力を込める門下生その2は、


「死ぬがいい! 山咲くんっ」


 と叫びながら前蹴りを放った。いつの間にやら、その裸足の指の間には小さな刃物が挟まれている。やっぱり殺す気にしか思えない。


「死ぬのは貴方だっ、土井署長ぉっ!!」


 門下生その1は、迫る死の蹴りを籠手でガードし、その衝撃を利用してアサシンブレードをシャキンッと出現させると、門下生その2の股間を狙って突き出した。男としての命を殺す気らしい。


 門下生その2は、「ぬぅっ」と唸りながら高速バックステップで息子の命を守った。


「……ふっ、中々やるようになったな、山咲くん!」

「ぜぇぜぇっ、ありがとうございます、土井署長! ハァハァ、ですが一つ言わせてくださいっ。もう五十も半ばを過ぎたはずなのに、現場の僕より体力があるって化け物ですか!」

「八重樫の門下生たるもの、たとえデスクワークであっても、鼻歌交じりにフルマラソンくらいできなくてどうする!」

「くっ。一人前の道は、果てしなく遠いなっ」


 なんて、やり取りをしている門下生その1とその2は、実はこの町を管轄する警察署の若手刑事と署長だったりする。犯罪を取り締まる組織に属する二人が互いに「死ね!」と叫んでいたわけであるが……


 あいにく、この道場にその辺りのツッコミを入れる人はいない。


 八重樫道場――表の剣道教室と、八重樫流を学ぶ剣術道場の二つがある。この剣術道場の方は警察関係者や警備会社などに武術指導もしており、業界では割と有名だ。


 そんな八重樫流において正式な門下生になれる者は多くないが、一度八重樫の門下生となった者達は、職業に関係なく、だいたい殺しにかかるような鍛錬が日常となっている。


 なので、たとえ警察署の署長さんが若手刑事を殺しにかかったとしても、逆に若手刑事が自分のところの署長を殺しにかかっても、まったく不思議ではないのだ!


「不思議空間以外のなにものでもないわね」


 ジト目が、「はっはっはっはっ」と笑い合っている警察コンビに突き刺さった。


 黒髪ポニーテールをふりんっと揺らし、腰に手を当てて凜と立っているのは、


「おや、雫ちゃん」

「お務め、お疲れ様です、お嬢」

「お務めって言わないでください」


 若手門下生達にとっては〝心のアイドル〟、年配の門下生達にとっては〝皆の愛娘〟――八重樫雫お嬢様その人だった。


「はぁ。昔はこんなに殺伐としていなかったと思うのだけどね……」

「それは、お前に八重樫流の裏を教えていなかったからだ」


 ただ師範代として指導しているだけなのに、まるで塀の中の罪を償う人みたいな言い方をされてげんなりしていた雫へ、祖父の鷲三がそう言いながら寄ってきた。ついでに、「休息!」と号令をかけている。


 その場で座り込み、瞑想しているみたいな休息を取り始める門下生達を横目に、雫は鷲三に尋ねた。


「裏って……忍者のことよね?」

「忍者ではない」


 何故か、頑なに〝忍者〟とは認めない八重樫家の皆さん。雫的にどう考えても〝忍者集団〟なのだが……鷲三曰く、あくまで〝剣術に付随するただの雑伎と、その雑伎を生かしたちょっとした便利屋的お仕事をしているだけ〟らしい。


「お祖父ちゃん。この前連れていかれた場所で、伊○とか甲○とか、物凄く聞き覚えのある家名の人がいっぱいいたのだけど」

「ただの剣術道場組合の会合だと言っただろう。珍しい家名でもあるまい」

「……みんな黒装束だったのだけど」

「会合の場所が山奥だったからな。黒は汚れが目立たない故に、必然の選択だ」

「…………途中から殺し合いみたいになってたけど!」

「古武術を受け継ぐ家が集まったのだ。腕試しをしたくなるのは道理だろう?」

「嘘よ! あの人達はっきり言ってたじゃない! いつまでも八重樫が忍び一族の盟主であれると思うなよって!」

「……彼等はユーモアのセンスがあるだろう?」

「私、普通に命を狙われたんですけど!? 『八重樫の姫! 覚悟!』って、殺意すっごく高かったんですけど! あれがユーモアだったら、世の中の犯罪は全部ユーモアで片付くわよ!?」

「……ふむ」


 どうだっ、もはや言い逃れできないでしょう! と、先日連れていかれた山奥での事件から悶々としていた心の裡をぶちまける雫お嬢様。


 顎に手を当てて思案顔を見せた鷲三は……


「その殺意が高い者達を、結局、お前一人でほとんど片付けたわけだが……」

「な、何よ。殺したりしてないわよ……正当防衛よ」

「いや、抗議とかではなくてな? その逆で、みなお前の強さに感心していたよ。是非我が一族の嫁か、息子を婿にという縁談の話が殺到して……」

「やっぱり、全員魂ごと斬るべきだったかしら」


 って、そうじゃない! と話を逸らされかけていたことに気が付いた雫は、鷲三お祖父ちゃんをキッと睨み付けた。


 道場の門下生達が、瞑想による回復をしているふりをしながら、薄目を開けて事の成り行きを見守っている中、鷲三は溜息を一つ。


 ついに観念したかと、雫が我が家の真実に耳を澄ます。が、


「雫。現代に忍者なんぞいるわけなかろう。いい加減に、現実を見なさい」

「OK、お祖父ちゃん。戦争がお望みなのね?」


 カモンッと手を突き出せば、道場の壁を粉砕しながら飛んでくる黒刀。衝撃で若手刑事山咲さんが吹き飛び白目を剝く。


 ちなみに、八重樫流の門下生は、八重樫家の身内も同然の扱いとなるので、必然、雫のファンタスティックな事情は知らされている。黒刀が飛んできても、普段から意識をぶった切られたりしているので驚いたりしない。


 警察コンビも、警察のルールより八重樫の仲間を優先するので特に問題ない。むしろ、彼等は、愛すべき〝お嬢〟を奪ったハジメに人誅を叩き込む日を夢見て、日夜鍛錬しているのだ。


 そんなこんなで、いざお祖父ちゃんと孫娘の戦争が始まる――






「おい、雫。どうしたぼ~っとして。電柱に体当たりしたい気分なのか?」

「ハッ!?」


 腕を引かれ、気が付けばハジメに抱き寄せられていた雫は、それで我を取り戻した。回想したかったのはここじゃなかった! と、頭を振って……「きゃっ」と声を上げる。


 直ぐ傍に電柱があった。ハジメに腕を引かれなければ体当たりコースである。


「ご、ごめんなさい。今回の話をもらった時のことを思い出そうとしていたら、門下生のぶっ飛んだ日常とか、お祖父ちゃんへの殺意でいっぱいになっちゃって」

「八重樫家ェ~」


 家にお邪魔する度に、息をするような自然さで襲撃してくる八重樫家の皆さんを思い出して、ハジメは頭の痛そうな表情になった。


 取り敢えず、現役の警官とか、弁護士とか、自衛官とか、守ることを生業としているくせに「南雲ハジメ! 人誅!」とか言って殺しにかかってくる連中は、職業を改めるべきだと思う。


 というか、あんたら仕事はどうした!? と、ハジメ的にはツッコミたいところだ。


 ごほんっと咳払いを一つ。撮影会場に向かいながら、空気を変えるためかハジメが尋ねる。


「確か、今回の話、天之河の母親が持ってきたんだっけか?」

「ええ、そうよ。ちょうど、お祖父ちゃんと決戦しようとしていたときに、光輝のお母さん――美耶さんが差し入れがてらにやって来て、お願いされちゃったのよ」


 天之河美耶――元ヤンキー達の女帝にして、現有名ファッション雑誌の編集長を務める光輝の母親だ。


「差し入れ……あぁ、そうか。天之河が、なんであんな裏が忍者集団な八重樫流に入門していたのか疑問だったんだが、母親が関係者なのか」

「あ、そういえば教えてなかったわね。そうよ、元は、美耶おばさんが八重樫流の門下生だったのよ」


 ハジメは、「だった?」と首を傾げる。確かに、八重樫家にお邪魔したとき、襲撃者の中に美耶がいたことはない。真面目に働いている人だ。どこぞの警察署長と若手刑事とは違って。


 雫は苦笑い気味に続きを話す。


「といっても、門下生だったのは美耶おばさんが高校生のときだけで、私はおばさんがうちで鍛錬しているところは見たことないのだけど。よく差し入れには来てくれるけれどね」

「八重樫流は忍者集団だろ。天之河の母親、何者だよ」

「ええっと、とりあえず、おばさんは忍者じゃないわよ」


 曰く、八重樫流には二つの道があるらしい。一つは表の八重樫流。警察や警備会社、あるいは海外の軍などに武術指導などをしており、業界で名が通っているのはこちらである。


 そして、もう一つが裏の八重樫流。鷲三曰く、雑技を生かしたちょっとした便利屋的お仕事をこなすのがこちらだ。門下生の中でも、八重樫家が経営する〝便利屋〟に就職した従業員さん達で構成されている。


 基本的に、表の関係者は裏の具体的内容は知らされない。例外的に、某署長さんのように表に仕事を持っている人の中でもそれなりの地位にある門下生や、社会に紛れ込んでいる〝心は便利屋〟な門下生は知っていて、むしろ立場を利用して何かと協力しているようだが……


 とにもかくにも、八重樫流の門下生であっても、雫や光輝はもちろん、美耶も表の門下生というわけだ。


「美耶おばさん、昔は相当荒れてたらしいのだけど……なんというか、天之河家の血筋って、元々トラブルホイホイな体質らしくってね。それもあって、日本中放浪していたときに、ちょっとやばい事件に首を突っ込んじゃったらしいのよ」

「天之河の野郎は、母親似ってことか」


 今現在、異世界を放浪中の息子さん。トラブルホイホイどころか、召喚ホイホイな体質である。受け継いだどころか、きっちりバージョンアップしている。


「それで、当時既に門下生で、美耶おばさんと友達でもあった私のお母さんが、お祖父ちゃんに助けを求めたのがきっかけらしいわ」


 いわゆる、大人を信用できない子供であった美耶は、霧乃の友愛と鷲三の度量に救われ、それがきっかけで八重樫流に入門したのだとか。


「もっとも、あの人、素で強くてね……。結局、剣より金属バットの扱いの方が上手くて八重樫流は身につかなかったらしいわ。一度見たことあるけど……うちの門下生の中でも最上位の人と、金属バットで互角に戦ってたわね」

「本当に天之河家って何者だよ。家系辿ったら、とんでもない事実とか出てくるんじゃないだろうな」


 結局、高校卒業後も自分探しの放浪をしたり、トラブルホイホイしたり、帰ってきたと思ったら「先生! 私達、結婚するわ!」と旦那さんの首根っこを掴んで引き摺っていたり、いつの間にか就職してカリスマを発揮していたり……


 光輝が八重樫流に入門したのも、そんな天之河家の性質と、光輝自身の〝正義への執心〟を心配してのことだったらしい。流石に、自由奔放で何色にも染まらないぜ! を地で行くような美耶が必死に何度も頭を下げれば、鷲三も断る気にはなれなかった。


「って、話が逸れたわね。その美耶おばさんがね、お願いしてきたのよ。今日撮影予定だったモデルさん達のうちの一人が急病で入院しちゃって代役を頼めないかって」

「なんで雫なんだ?」

「昨日の今日だから、時間がなかったのでしょうね。あと、イメージ的に、私が適任だったんですって」


 そう言って、ちょっぴり頬を染めて視線を逸らす雫。


 羞恥を感じているのは、何もモデルをするということ自体だけではなく、その撮影内容故だろう。


「その……ごめんなさいね。いきなり頼んじゃって」


 もじもじしつつ、小さな声でそういう雫に、ハジメは肩を竦める。


「ウエディングドレスのモデルだろ? 是非とも見たいし問題ない。何より、いくらモデルだからって、ドレス着た雫の隣に他の男が立つとか腹立つからな。頼んでくれて良かったよ」

「……うん」


 そう、今回の撮影はそういうことだった。雫も、最初は美耶の頼みでも、憧れのドレスを着て、他の男と寄り添って撮影など絶対に嫌だったので断ったのだが、そこは美耶も読んでいたらしく、ハジメでOK、むしろ、雫のはにかみ顔が貰えるはず! 是非、彼に頼んでちょうだい! となったらしい。


 それでもって、中身は乙女な雫である。ハジメとウエディングドレスでツーショット……ひ、引き受けちゃおっかな! かな! と、まるで親友のような言い回しになりつつ引き受けちゃったわけである。


「でも、なんだかユエ達に悪いわね」

「今日はうちで晩飯だ。根掘り葉掘り聞かれるのは覚悟してくれ」

「ハジメは、私も私もって迫ってくる香織達に覚悟してね」


 くすくすと笑い合うハジメと雫。雫の内心を察して快く送り出してくれたユエ達に、雫は何かお土産でも買って帰ろうかと思案する。


 そうこうしているうちに、会場が見えてきた。


 結婚式だけでなく、いろいろな催しの式場となる大きな建物だ。教会も中に入っている。


 太い石の列柱廊が美しい、まるで美術館のような外観の建物の入り口へ向かって進む。


 徐々に緊張していく雫の様子に、ハジメは小さく笑みを零し……


 はたと立ち止まった。ちょうど、入り口正面の階段の中程で。両サイドに列柱が並んでいる場所だ。


「どうしたのハジメ――って……」


 疑問顔を向けた雫だったが、直ぐに原因に気が付いた。物凄く頭の痛そうな顔になる。ハジメも同じくらい頭が痛そうだ。


「おい、さっさと出てこい」


 まるで映画のワンシーンである。「そろそろ出てきたらどうだ?」と主人公が言えば、パチパチと拍手でもしながら「よく気が付きましたね」と胡散臭い笑顔の敵が出てくるあれだ。


 パチパチパチ。


「よく気が付きましたね、先輩」


 本当にテンプレ通りだった。


 ただし、出てきたのはどこぞの国のスパイやら暗殺者ではなく、組織ソウルシスターズの後輩ちゃんだったが。


「雫、行くか」

「ええ、行きましょう」


 何やら悪い顔をしているツインテールな後輩ちゃんにジト目を向けた後、ハジメと雫は揃って溜息を吐き、そのままスルーして進み出した。


「あっ、ちょっと先輩! 無視していかないでください!っていうか、お姉様は連れていかせませんよ!」


 カバディカバディ!と言わんばかりの体勢で通せんぼする後輩ちゃん。


 それでも付き合ってられんと無視するハジメだったが、後輩ちゃんは「ふっ」と笑うと、人差し指と親指で輪を作って、それを咥えて指笛を鳴らした。


 ピィーッと甲高い音が鳴った途端、列柱廊の陰からわらわらと出てくるソウルシスターズ数十人。


「お前等、本当にアホか」

「きゅ、休日だからって……貴女達、どれだけ集まりがいいのよ」


 呆れここに極まれり……そんな二人のもとへ、


――お姉様の晴れ姿、南雲先輩なんかに渡しはしない


 まるで空間に響くような声が届いた。それは後輩ちゃんの声ではなかった。


 列柱廊の奥から、いかにもな雰囲気でコツコツと足音を鳴らしてやってくる者――


「美月ちゃん……貴女まで何やってるのよ」

「つか、遠藤の妹までいるじゃねぇか」


 ソウルシスターズ達が恭しく頭を下げる、組織のドン――天之河美月、光輝の妹の登場だった。その傍らには、眼鏡をクイッとして、いかにも参謀ですといった雰囲気の浩介の妹――遠藤真実(まなみ)までいる。


「お姉様! どうか思いとどまってください! そこの野獣と結婚式だなんて……妊娠してしまいますよ!」

「往来でなんてこと叫んでるの!?」


 ビシッとハジメを指さして、真実は一つと言いたげに忠告という名の迷惑行為を実行する美月ちゃん。ソウルシスターズが、「そうだそうだ! 会長の言うとおりだ!」と見事にハモって言い募る。


 通行人の皆さんがギョッとしたようにハジメ達を見ている。


「はぁ、美月ちゃん。美耶おばさんから聞いたのね?」

「いいえ、お姉様。お母さんがなんだか怪しかったので、スマホを拝借して調べました!」

「天之河家はやっぱいろいろおかしいな」


 ハジメの感想を否定できない雫。「お母さん、お姉様のことで何か隠してる臭いがする……」という、雫に限定で驚異の嗅覚を発揮する妹ちゃんに、もう乾いた笑いしか出てこない。


「とにかく! お姉様、ここは通しません! 我等ソウルシスターズは、南雲先輩との結婚なんて断じて認めません! 吐血します!」

「結婚式じゃなくて、ただのモデルだから落ち着きなさい。ハジメでなくても、どうせ知らない男のモデルさんと撮影することになるのよ?」

「私が男装すれば問題ないで――」

「ちょっと会長、そういう抜け駆けはソウルシスターズ鉄の掟第三条に違反しますけど?」

「美月ちゃん、謀反を起こされたいの?」


 後輩ちゃんの野獣のような目が美月会長に突き刺さった。ついでに、真美ちゃんが酷く冷えた目をじっとりと向けている。


 ソウルシスターズ――たとえ学校も学年も、それどころか住んでいる県すら異なっていても、お姉様のためなら鋼鉄の団結力を見せる集団。だが同時に、お姉様のためなら裏切りや粛清も辞さない狂気の集団……である。


「と、とにかく! 南雲先輩なんて認めない! ……お兄ちゃんだったら、そのまま本当の義妹になれて問題なかったのに……なんでお姉様取られてんのよっ。馬鹿お兄ちゃんめっ」


 異世界の地で、きっと光輝はくしゃみをしているだろう。妹からの理不尽な罵倒を受けて。


「さぁ、同志諸君! 悪魔先輩から愛しのお姉様を奪い返すのよ!」


 アイアイマム! と飛びかかってくるソウルシスターズ。非常に面倒なことである。


 なので、ハジメさんは見せしめを用意することにした。


「アッ!? 離してくださいっ、先輩!」


 捕まったのは後輩ちゃん。後ろから羽交い締めにされてジタバタともがいているが、ハジメ先輩の拘束からは逃げられない。


「お前等、このまま大人しくお家に帰りな。でないと……」


 ハジメの鋭い眼光に、美月以下ソウルシスターズがごくりっと生唾を呑み込む。


「で、でないとどうなると言うんですか? ソウルシスターズは、お姉様のためなら死などいとわない――」

「こうなる」


 後輩ちゃんから「むぐぅ!?」という呻き声が聞こえた。見れば、後輩ちゃんのお口にアンプルが突っ込まれている。無理やり、何かの液体を流し込まれている!


「や、やめてぇ~、変なもの呑ませないでぇ~」

「おら、吐き出すんじゃねぇ。喉の奥まで突っ込まれたいか」


 非常にあぶない絵面だった。もし、ハジメがこっそりアラクネさんたちを周囲に配備して認識阻害の結界を張っていなかったら、あっという間にお巡りさんが押し寄せただろう事案である。


 結局、悪魔先輩には勝てず、何かを飲まされた後輩ちゃんは、涙目のまま抗議の声を上げようとして……


「せ、先輩の鬼畜ぅ! いったい何を飲ませ……はぅ!? お、お腹が……」

「効くだろ? なぁに、体に害はない。むしろ、出すもん出したら腸内が生まれたてのように健康になる素敵なお薬だ」

「悪魔ぁっ、先輩の悪魔ぁあああっ!! はひっ、で、出ちゃう!」


 内股になり、必死に何かを堪えている後輩ちゃん。


 どう見ても、下剤を飲まされた人だった。ちなみに、これも魔王流嫌がらせ百八式の一つ〝諦めたら、そこで終了〟――何が終了するのかは推して知るべし。


 戦慄が駆け抜けた。後輩の女の子に、無理やり下剤を飲ませる男――南雲ハジメ。


 無機質な目を巡らせば、ソウルシスターズが一斉に一歩後退った。こいつ、正気じゃねぇ……みたいな目だ。


 ハジメは、涙目でぷるぷるしている後輩ちゃんのお腹をつんつんと突く。後輩ちゃんから「やめてぇ~、先輩のあほぉ~っ、ばかぁ~っ、今度下駄箱に生ゴミ入れてやるぅ!」と叫んでいる。


「おらおら、どうするよ。こんなところで悲しい事件を起こしてもいいのか? お前等の同志とやらが大変なことになっちまうぞ? お?」

「こ、この悪魔っ! 人でなし! 変態!」

「天之河妹。そんなに健康になりたいのか?」


 美月ちゃん、あまりの非道に硬直。隣の真美が「会長! ここは引くべきです! 突撃隊長の尊厳が取り返しのつかないことに!」と強く訴える。


 後輩ちゃんは、ソウルシスターズの突撃隊長兼諜報隊長であり、悪魔先輩の学校に在籍する常在戦場の主戦力で、何度撃退されても不死鳥のように蘇り、不屈の闘志で立ち向かっていく得難い幹部なのだ。亡くすには惜しい。


 打つ手のなくなった美月ちゃんが、お姉様に助けを求める目を向ける。


 正直、やりすぎだとも思うのだけど、ここでソウルシスターズに粘られても非常に困るので、雫は頑張って視線を逸らした。美月が「くっ」と悔しそうな声を漏らして膝を突いた。


 ソウルシスターズの敗北と受け取ったハジメは、「も、もう、むり……先輩、責任とってもらいますから、ね……」と虚ろな表情でぷるぷるしている後輩ちゃんのお腹を撫でた。痛いの痛いの飛んでけ~というように。


「……あ、あれ? お腹が痛くない?」

「良かったな。俺の優しさにむせび泣けよ、後輩」


 嘘のように消えた腹痛。そして、鳴りまくっていたゴロゴロという不吉な音の消失。後輩ちゃんは、まるで天から差す光を全身で浴びているみたいに爽やかな表情になった。


 なお、お腹を撫でたのは、ただの誤魔化しである。腹痛が消えた本当の原因は、ハジメの袖元から顔をひょっこりさせたアラクネさんが無効化するお薬をぷすっと打ち込んだからだったりする。


「おら、二度と外を歩けなくなる悲惨な事件の当事者になりたくなかったら、全員さっさと帰れ」


 ぽいっと投げ捨てられた後輩ちゃん。美月達は恨めしげにハジメを睨みつつ、しかし、ハジメの悪魔的所業は恐ろしいのでひっそりと柱の陰に消えていく。


「一矢報いるっ」

「いい加減にしろ」


 後輩ちゃん、帰ると見せかけて高速ターンからの水鉄砲攻撃。狙うのはにっくき先輩の股間! 漏らしたと思われて羞恥に震えるがいい! としたかったのだろうが、あっさりかわされ、更にアイアンクローを食らってジタバタする。


 ついでに、ツインテールを固結びにされて、更に油性マジックで顔中に「私は悪い子です。どなたでも好きにお仕置きしてください」と長文を書かれちゃう。


「お、覚えてろっ! 先輩のばぁ~かっばぁ~かっ」


 ようやく、パタパタと逃げていく後輩ちゃん。美月と真美が迎えるが……


「最近、よく思うんだけど……貴女、南雲先輩にいじられて、ちょっと喜んでない?」

「か、会長!? 何をそんなおぞましいことを!?」

「あ、それ私も思ってた。先輩に構われてちょっと楽しそうだなぁって」

「ち、違うし! 真美ちゃん、恐ろしいこと言わないで!」


 なんてことをジト目付きで指摘した。ソウルシスターズから疑惑の目が後輩ちゃんに突き刺さる。魔王ハジメから逃げ出しても、今度は同志からの異端審問が待っているらしい。


 彼女達の姿が見えなくなった後、アラクネを回収して認識阻害の結界を解いたハジメは、


「信じられるか? あいつ、あれでも天之河妹や遠藤妹より年上なんだぜ?」


 なんてことを面白そうに言って、


「はぁ、ハジメ。あなたもあの子を構うの、実は楽しいんでしょう? 昔のシアみたいって言ってたものね」


 と、呆れたように返すのだった。


 そんなこんなで会場入りし、いよいよお仕事の時間となる。


 先に着替えも終わって、ハジメは他のモデル組が撮影しているのを見学する。ハジメと雫ペア以外にも、いろいろな種類の衣装をそれぞれのペアが撮影するので、ハジメの近くにも別のペアが座っていた。


 微妙に、衣装合わせを手伝ってくれたスタッフの女性や、他のモデルの女性から、ハジメに視線が向いている。


 他の男性モデルとは異なる、独特の雰囲気のせいだろうか。落ち着いている、を通り越して〝泰然としている〟と表現すべき雰囲気に、半ば呑まれている様子だ。若干、頬が赤い。


 と、その時、


「あ、ハジメ」


 ひっそりとした、いかにも恥ずかしげな声が届いた。ハジメがそちらを見れば、そこには、


「や、やっぱり、恥ずかしいわね。なんだかドレスに着られてるっていうか……」


 純白の雫がいた。


 風に踊る花びらが幾枚も重なってできたようなデザインのスカートは、ふんわりと夢のように広がっている。腰にはリボンが巻かれているのだが、それがただでさえ引き締まった雫のくびれをより強調している。


 白いロンググローブに包まれた手を体の前でもじもじと絡ませている姿は、思わず抱き締めたくなるほどいじらしく可愛らしい。


 実際、ハジメは無言で雫のもとに歩み寄り、ドレスを崩さないよう気を付けつつも、雫を抱き寄せた。


「ちょ、ちょっとハジメ!」


 場所が場所である。雫の登場で視線が集まっていたこともあり、ハジメの行動にカメラマンさえ撮影の手を止めて「おぉ」と感嘆の声を漏らしていて、雫は、もう爆発するんじゃないかと思うほど真っ赤に染まった。


「悪い。たまらなくて、ちょっとばかし理性が飛んだ」

「っ、も、もうっ」


 何より雄弁な感想。雫は、目の前の蕩けそうなくらい甘いハジメの眼差しに何も言えなくなって、でも嬉しさを隠しきれず口元をニマニマさせてしまう。照れくさくて視線も合わせられない。


 味覚破壊級の糖度を誇る、と表現すべき甘い空気が撮影現場に広がった。その空気に当てられて、女性陣が頬を染めたり、どこか羨ましそうな眼差しを向けたりしている。


「えっと、もしかしなくても、二人は付き合ってるの?」


 ハジメの近くで待機中だった男性モデルの一人が、雫を物凄くチラ見しながら、どこか望みをかけるような表情で尋ねた。


「え? あ、はい、そうですけど」

「そ、そうなんだ……うん、まぁ、そうだよね」


 雫の答えに苦笑いしながら頷く男性モデル。


 ハジメが肩を竦めて言う。


「悪いが、パートナー役は譲れないぞ? 俺以外が雫の隣に立つなら、映画のワンシーンを再現せざるを得ない」

「映画の再現?」


 男性モデルが首を傾げる。注目が集まっているせいか、他の人達もキョトンとする中、ハジメは肩を竦めて言った。


「花嫁をさらって逃避行」

「あはは……なるほど」


 男性モデルの苦笑いが納得の表情と共に深くなった。


 そうして、雫の「恥ずかしいこと言わないで!」と小声で言いながらペチペチとハジメの腕を叩いている姿に、現場の人達が揃って微笑ましそうな表情になるのだった。


 その後、実はスタッフに紛れていたユエ達の存在が発覚して騒動になったり、ミュウが「パパ! 雫お姉ちゃん! とっても素敵なの!」と叫んで「子持ちだったのか!?」と現場が混乱の渦に呑み込まれたりしつつも、どうにか撮影は終了。


 雑誌は大変好評だったらしく、雫やハジメにモデルのお話が殺到した。もちろん、美耶経由で全て断ってもらったが。


 それから割と長い期間。


「……ふふ」


 撮影現場の女性スタッフが、「ライバル多そうだけど、頑張って」とこっそり贈ってくれた造花のブーケと、貰ったツーショットの写真を眺めるのが、雫の日課になったとか。


 幸せそうに綻んだ表情に、門下生達の鍛錬の密度が高まったのは言うまでもない。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


本当は25日にクリスマス特別企画として投稿する予定だった話です。

間に合わず、今日になってしまいました(汗

光輝の母のエピが入っているのは、9巻で光輝が入門した時の話がチラリと出るので、発売に合わせ内容を少し補足する意味合いもあります。



※お知らせ

すみません! また書籍化作業に入るため、しばらく更新が難しくなります。

少なくとも1月いっぱいは厳しいかと。

新年早々申し訳ないですが、気長にお待ちいただけますと助かります。

よろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
こんだけ超人が集まる中で一般人の感性と超人の正義感を持って生まれてしまった光輝くんは補償金をもらってもいいよね...
〝レストラン なんでもあるよ〟←これキムタクが出てたHEROのやつですよね!?
召喚ホイホイは現状の南雲家も似たようなもんだろ?
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