広島太郎さん=右端(1989年8月13日付の中国新聞紙面から)
広島太郎さん=右端(1989年8月13日付の中国新聞紙面から)

 広島市中心部の繁華街で路上生活していた通称・広島太郎さんが9月下旬に亡くなっていたことが分かり、X(旧ツイッター)には24日、突然の訃報に驚き、冥福を祈る投稿があふれた。

広島太郎さん亡くなる 広島市中心部で路上生活 70代後半か
急患の路上生活者、通称広島太郎さん 9病院が受け入れ断る(2001年2月4日掲載)
当時本通り太郎さんと呼ばれていた? 中国新聞が1978年に紹介

 中国新聞が「広島太郎」を含む投稿を、分析ツール「メルトウォーター」で探ると、「え???? 太郎さんか…亡くなったの??」「そうだったんじゃね。確かに最近見かけんようになったなーって思いよったわ」などと、驚きの反応が目立った。「広島の街で彼を見かけない日々が寂しいよ~。心からご冥福をお祈りします」などと、故人を追悼するメッセージが並んだ。

 生前の思い出や目撃情報の投稿も相次いだ。「マクドナルド広島本通店でアルバイトをしていた四半世紀前、毎朝会うのであいさつしていたら返してくれるようになったのを覚えています」「ぬいぐるみをたくさん積んだリヤカーを引きながら本通り近辺を歩き回っていた姿、何度も見かけたことがあります」などと、当時を懐かしんだ。

 投稿者の中には、広島太郎さんの存在を広島の街の「象徴」としてとらえていた人もいた。「30代以下の広島人にとって、広島太郎は『生まれたときからそこにある(いる)』存在だ」「太郎さんの自由を許容できる、ゆとりある町は維持していきたい」

 広島太郎さんは多くのぬいぐるみや時計を身に着けた奇抜な格好で知られた。70代後半だったとみられ、関係者によると施設に入所し、闘病していたという。「施設に入られてたのね。なら最期は温かいお布団で眠る生活だったんだ。お疲れさまでした」との声もあった。

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