第74話
第74話:鋼鉄の船出と新しい水平線
南の王との盟約が結ばれてから一ヶ月。
港町ポート・ソレイユの巨大な造船所は、一つの巨大な祭りのような熱狂に包まれていた。
北から呼び寄せられたグラン率いるドワーフの職人たちと、南の頑固な船大工たち。最初は互いのやり方の違いに衝突を繰り返していた彼らも、俺の設計図という共通の言語と、最高の船を造るという共通の目的のもと、今や国境を超えた最高のチームとなっていた。
「おい、南の! その竜骨の接合部、甘え! 俺たちのアルマ鋼の楔をこう使うんだ!」
「うるせえ、北の髭もじゃ! お前たちの力任せのやり方じゃ、船の『しなり』が死んじまう! 海の厳しさを分かってねえ!」
喧嘩をしながらも、彼らの目は新しい技術を学び、自らの技をぶつけ合う喜びに輝いている。
蒸気式の巨大クレーンが規格化された鋼鉄のパーツを吊り上げ、寸分の狂いもなく船体にはめ込んでいく。その光景は、もはや伝統的な造船ではなく、未来の工業製品の組み立てラインそのものだった。
俺が築き上げた北と南の技術の融合。それは、この国の未来そのものの縮図のようだった。
◇
その頃、王都アステリアではもう一つの戦いが静かに繰り広げられていた。
王室会議の席上、イザベラは宰相と共に起草した『南北交易協定』の草案を、貴族たちの前に提示していた。
「――サウザーランドからの安定した資源供給と引き換えに、国家開発局が持つ最新技術の一部を彼らと共有する。これは、どちらか一方の利益ではなく、王国全体の富を底上げするための未来への投資です!」
彼女の凛とした声に、旧貴族派の残党が待ってましたとばかりに噛みついた。
「技術の流出とは何事だ! 南の猿どもに、我々の虎の子をくれてやるというのか!」
だが、今のイザベラはもはやただの公爵令嬢ではなかった。
彼女は、その冷笑を女王の如き威厳で一蹴した。
「猿ですって? その『猿』たちがこの国の経済の半分を支えている現実を、お忘れかしら? それに、これは一方的な流出ではありません。彼らの持つ大陸一の海運網と、我々の持つ未来の技術の『交換』です。時代はもはや富を独占するのではなく、共有し、循環させることで、より大きな富を生み出すのですわ」
彼女の言葉は、もはやノアの受け売りではない。
新しい時代の為政者としての、彼女自身の確固たる哲学だった。
国王が満足げに頷く。旧貴族派は、ぐうの音も出せずに沈黙した。
中央の司令塔は、北の革命家が留守の間も完璧にその役目を果たしていた。
◇
そして、運命の日。
ポート・ソレイユの港には、南の民のほとんどが集まったのではないかと思われるほど、巨大な人波が押し寄せていた。
彼らの視線の先、巨大な船台の上にはベールに包まれた一隻の巨大な船が、その姿を隠している。
賢王ガイウスと共に特設された壇上に立った俺は、集まった人々に向かって宣言した。
「今日、この船はただの船としてではない! 北と南が手を取り合い、未知なる未来へと漕ぎ出す、その誓いの証としてここに生まれる!」
俺の合図で、船を覆っていた巨大なベールがゆっくりと引き剥がされていく。
陽光を浴びてその全貌が現れた時、群衆から言葉にならないほどのどよめきが上がった。
流線形の、黒光りする鋼鉄の船体。巨大な帆と共に、船体中央には蒸気を吐き出すための黒い煙突がそびえ立つ。甲板には、魔鋼で造られた白銀のバリスタが、まるで神話の獣の牙のように鋭く空を睨んでいた。
それは、誰もが知る「船」という概念を遥かに超越した、未来の怪物だった。
ガイウスが、その船の名を高らかに宣言した。
「――この船の名は、『ホライゾン』! 我らがまだ見ぬ新しい水平線を目指すための、希望の船である!」
地鳴りのような歓声が、港を揺るがす。
船台がゆっくりと傾き、巨体が初めて母なる海へとその身を滑らせていく。
俺は、その船の甲板に立っていた。
隣には、隻眼を少年のような興奮に輝かせたキャプテン・バルト。
「……侯爵様よぉ。とんでもねえモンを作りやがったな……。こいつとなら本当に、世界の果てまで行けそうだぜ」
「ええ。行きましょう、キャプテン。誰も見たことのない、その先へ」
伝説の海狼が、その腹の底からの声で最初の号令を放った。
「――錨を上げろ! 全速前進! 目指すは東の果て! 伝説の海だ!」
巨大な蒸気機関が唸りを上げ、ホライゾン号は人々の熱狂的な声援を背に、ゆっくりと、しかし力強く港を離れていった。
その船首が向かう先には、青く、どこまでも続く未知の海が広がっている。
俺たちの、新しい時代の本当の冒険が、今、始まった。
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勘当された俺の価値を、実家ではなく政敵の公爵だけが見抜いていた件 ~辺境領地を世界一の都市にしたら、監督役の令嬢が最高の婚約者になりました~ @yoshinoritsu
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