キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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ごめんなさいでした

 

「で、何か申し開きはありますか?」

 

「「ごめんなさい……」」

 

 それから30分後。

 急ピッチで修繕が進められる舞台の裏で、私とイズナは並んで地面に正座させられていた。

 目の前には陰陽部の副部長、桑上カホが凄まじい形相で私たちを睨みつけている。その鬼もかくやという形相の前に、我々は顔すら上げられず冷や汗を流すばかりだ。

 

「予定にない戦闘行為による舞台の損壊に加えて、スケジュールを逸脱して演目を長引かせて……お陰で、チセ様の公演にまで支障が生じたんですよ……! 本当に、ほんっとうに楽しみにしていたのに……!!」

 

 最終的に、私たちの公演は途中で中止という形になってしまった。

 それを決定させたのは魑魅一座の乱入だが、そもそも最初から脚本は破綻していて──その過程で起こった不祥事に関して、私たちは詰められている真っ最中なのだった。

 

「ぶ、舞台を壊したのは私たちではなく、あくまで魑魅一座のせいじゃ……」

 

「彼女らにも一因はありますが、その前から既に半壊状態だったんですよ舞台はっ! 好き勝手に爆発させて斬って吹っ飛ばして! 分かっているんですか!?」

 

「ひいっ……!?」

 

 少しでも免責できまいかと呟いた途端、烈火の如く怒鳴られてしまい、私は小さく悲鳴をあげて押し黙った。

 噂には聞いていたが、陰陽部のカホは真面目で厳格な人物のようだ。何か私的な感情による怒りも混じっている気がするが、とにかく怖い。叱責の重圧が凄すぎて、まるで見えない石板を膝の上に何枚も乗せられているかのようだ。

 加えてその傍らでは、鬼監督ことミフユが舞台の骨組みに背中を預けつつ、カホの言葉にうんうんと頷いている。言わずもがな、脚本をぶち壊して好き放題した我々への怒りはカホ同様である。

 

(み、ミフユさんは、とても助け舟を出してくれる感じではないですし……忍術研究部のお二人は、舞台の補修の手伝いに行ってしまって……もはや孤立無縁、このまま何時間もお説教される流れでしょうか……)

 

 刑を宣告された囚人の心持ちで、地面を歩くアリさんを見つめながら悲嘆に暮れていると──、

 

「でも、素晴らしい公演でしたわ〜!! 最後まで観られなかったのが、とっても口惜しいところですが!」

 

 横合いから大声で何者かが声を上げ、私は思わず顔を上げた。

 そちらを見やると、忙しなくこちらに駆けてくる少女の姿があった。そして、その後についてくるあの人は──、

 

「うん。確かに、不必要に舞台を破壊したのは良くなかったけれど……時には、役にのめり込み過ぎてしまう事だってある。それは努力と熱意の結果だと思うよ」

 

「先生っ!」「主殿っ!」

 

 私とイズナは尻尾と耳をぴこんと立たせて、姿を見せた主の名前を呼んだ。

 鬼気迫る表情だったカホも突然現れた二人に驚いたのか、やや纏っていた怒気を和らげる。

 

「先生……何故ここに? 先生は確か、そちらのユカリさんと「継承戦」の立ち合い人を探している最中では……?」

 

「それはそうなんだけど、二人の晴れ舞台を無視することもできないからね。ユカリには申し訳ないけれど、人探しの合間に少し寄らせてもらったよ」

 

 先生はカホと言葉を交わしたあと、未だ正座する私とイズナに視線を向ける。

 

「やあ、二人とも。今回の公演、本当に楽しませてもらったよ。アクションあり涙ありの、とても見応えがある内容だった」

 

「ありがとうございます、先生! こちらこそ、観に来てくださって嬉しいです!」

 

「して、そちらの方は……?」

 

 私の目線の先には、先生と共に現れた少女の姿があった。

 長く美しい黒髪に青色の羽織、桜の髪留めをした女の子だ。その立ち振る舞いは元気と明るさに溢れているが、どこか高貴な雰囲気を感じさせる。

 というか、あの羽織はどこかで見たような……。

 

「お二人とも、ごきげんよう。身共はユカリ、百花繚乱に所属するえり〜とですの! 以後、お見知りおきくださいませ!」

 

「百花繚乱……!」

 

 意外な名前が飛び出して、私は思わず脳内でその単語を繰り返した。

 百花繚乱。確か正式名称は「百花繚乱調停紛争委員会」。連合からなる百鬼夜行のあらゆる紛争を調停する、いわゆる治安維持組織である。

 私が中学生だった頃は、よく青の羽織をはためかせた彼女らの姿を見たものだが、最近はその姿を見ていなかった。なんでも委員長が行方不明になって、近々解散するという噂を聞いたことがある。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、私を見たユカリは朗々と続けた。

 

「身共はいま、解散の危機にある百花繚乱を再建すべく先生にお力添えを頂き、「継承戦」を行うために奔走しているところですの!」

 

「継承戦、ですか?」

 

「うん、話すと長くなるんだけど……」

 

 先生は咳払いして、今の状況を話し始めた。

 百花繚乱を愛するユカリは、百花繚乱の幹部が出した解散令を止めたがっていること。そのためには、副委員長である御稜ナグサに「継承戦」で勝利する必要があること。今はそのために、立会人となってくれる百花繚乱の幹部を探しているということ……。

 なるほど、いかにも先生らしい。つまり今回も、生徒のために奔走しているという訳だ。

 とはいえ、先生とユカリは部活動の存亡をかけた急時の合間を縫って、ここに来てくれたということになる。

 

「あ、主殿……もしやイズナ達は、お二人のお仕事の邪魔をしてしまったでしょうか……?」

 

 同じ心配をしたであろうイズナが、おそるおそる口を開く。

 が、先生は人の良い笑顔を浮かべて、イズナの揺れる耳ごと頭を撫でた。

 

「ううん、大丈夫。この公演のことを話したら、ユカリも是非観たいと言ってくれたしね」

 

「ええ! 先生の大切な生徒さんの晴れ舞台を身共の都合で無視するだなんて、とても身共にはできませんから!」

 

「あ、溢れ出る善性を感じます……これが百花繚乱の在り方ということなのでしょうか……!?」

 

 キラキラと輝くような笑顔を浮かべるユカリの背後に、私は咲き誇るお花畑すら連想した。見た目や言動から推し量れる通りの、まっすぐな人物のようだ。

 

「はぁ……先生にそう言われては、これ以上叱るのも憚られますね。チハヤさん、イズナさん、もう立っていただいて結構ですよ」

 

 これ幸いとばかりに正座を崩すと、途端に激しい痺れが両足を突き抜けて、私とイズナは顔を顰めた。ひょこひょこ歩きながら、私は舞台裏の片隅、木で組み上げられた舞台の骨組みに背を預けるミフユの元へと近づいた。

 お説教の間こそ無言だったが、ミフユもカホ同様に怒っていることに変わりはないのだ。

 

「み……ミフユさん、その……」

「ごめんなさい……」

 

 私とイズナが揃ってぺこりと頭を下げると、ミフユは一つ大きな息を吐いて首をすくめた。

 

「まったく……私が言いたいことは大体あの副部長が言ってくれたから、特に謝らなくてもいいわよ」

 

 どうやら二連続お説教コースは回避できたようで、私とイズナはぴこぴこと耳を揺らして喜んだ。そんなやり取りをする私達に、補修作業の指揮に戻るべくヘルメットを被ったカホが声をかける。

 

「舞台の補修の方も、この調子なら問題はなさそうですね。あなた達は、ここで解散して頂いて結構です」

 

「わ、我々も舞台の補修を手伝いますよ? ですよね、チハヤ殿?」

 

 イズナが言う通り、自分たちで壊したものは自分たちが直すというのが道理である。色々なところがボロボロな天姫ヶ峰で生活するうち、大工仕事は得意になったのだ。

 こくりと私は頷いたが、カホは首を横に振った。

 

「あなた達は、先ほどの戦いで疲労困憊でしょう。そんな状態で舞台整備に加わって頂いたところで、怪我人が増えるリスクを負うだけです」

 

「は、はぁ……確かに、そうかもしれませんが」

 

「それよりも、折角の前夜祭ですからね。ここはお祭りを見て回られては?」

 

 舞台の方に視線を移しながら、カホは提案した。

 視線の先では、陰陽部が手配したであろう生徒たちが甲斐甲斐しく動き回っている。統率の取れたテキパキとした動きで、舞台は目を見張るほどの速度で修復されつつあった。

 なるほど──あのレベルの集団に混じるのならば、むしろ私達はお荷物になってしまうかもしれない。

 

「では……お言葉の通り、私たちはお祭りを楽しもうと思います! イズナも、問題ありませんよね?」

 

「勿論です! それでは、イズナはミチル殿とツクヨ殿を呼んできますね!」

 

 しゅばばっ、と舞台の方へと駆けていくイズナを見送ってから、私たちを見守っていた先生が口を開いた。

 

「諸々の問題は解決したみたいだね。じゃあ、私とユカリは立ち合い人探しに戻るよ」

 

「先生、改めてお忙しい中ありがとうございました。ユカリさん、継承戦が上手くいくといいですね。応援しています」

 

「ふふっ! ありがとうございます。チハヤさん達の演目にも負けないような、煌びやかなユカリ伝説を紡いでみせますわ〜!」

 

 そう言って、先生とユカリも舞台裏を後にした。

 百花繚乱を再建するという彼女の夢は、ある意味学校を盛り立てていかんとする私たちにも似ている。どこかユカリにシンパシーを感じながら、私は心中で彼女が居場所を取り戻せるよう祈った。

 

「さてと……」

 

 早くも、カホは舞台の補修要員へと指示を出している。金槌の音がリズミカルに響く舞台裏に残されたのは、私とミフユの二人だけだ。

 少し間を置いてから、私は骨組みに背を預けてスマホをいじっているミフユに声をかけた。

 

「ミフユさん! 良ければお祭りを一緒に回りませんか? 前夜祭の今日から殆どの屋台が開いてますし、きっと楽しいですよ! 私、お友達(・・・)とお祭りを回るのが夢だったんです!」

 

 ミフユは私の言葉にパッと顔をあげて、少し困ったような顔をした。

 

「あ……その……」

 

「ミフユさん?」

 

「いや……えっと、私は……お祭り委員会の方とまだ打ち合わせが残っているから、残念だけど同行できないわ」

 

「えーっ!? ミフユさん、いつも仕事ばっかりで全然私に付き合ってくれないじゃないですか! 明日は明日で、やることが山盛りですし……今日くらいはお仕事を休んで、めいっぱい楽しみましょうよ!」

 

 私は握りしめた両手をブンブン振り回して抗議したが、ミフユに対してあまり効果のほどは感じられず──、

 

「それが私の役目なんだから、仕方がないでしょう。大丈夫……面倒ごとはこっちで片付けておくから、チハヤは忍術研究部の人たちと楽しんできなさい。それじゃ」

 

 そう言い残して、ミフユはそそくさと去っていってしまった。

 一人取り残された舞台裏で、私はがくりと肩を落とす。

 この三ヶ月、私とミフユは力を合わせて、たった二人の生徒会として学校の復興に紛争してきた。その中で私たちは何度も言葉を交わし、コミュニケーションを重ねて、ある程度の信頼関係を築けたつもりでいる。

 けれど──依然として、ミフユの心中には私に対する「壁」のようなものが存在しているようだった。

 

(どうにも、うまくいきませんね……)

 

 上手く言葉で説明するのが難しいのだが、彼女は一定の距離感以上に私が近づくことを拒否している、そんな気がしている。

 その理由は、心理学者でもない私にはわからない。

 ただ──少しばかりの寂しさが、私の胸を埋めるだけだ。

 

(いや……いつかきっと、ミフユさんと今より仲良くなれる時が来るはずです。このまま、一緒に力を合わせて学校を復興していけば……いつか)

 

 結局いつも通りの結論を出して、私は深くため息を漏らす。

 そんな私とミフユのやり取りを陰から見守っていた視線に、私はついぞ気づかなかった。

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 考え込んだチハヤが、肩を落として溜息を漏らしていたころ。

 舞台から少し離れた空き地にて、ミフユは同じようにため息をついていた。

 停めた軽トラの荷台に腰を下ろし、買っておいた缶コーヒーのプルタブを開ける。

 その苦味を心中の靄ごと飲み込んでから、ミフユは舞台の方から聞こえてくる楽しげな声に耳を傾けた。お祭り本番は明日だというのに、百鬼夜行自治区は活気に溢れかえっている。

 

(嘘……ついてしまったわね……)

 

 ミフユがさっき口にした打ち合わせというのは、その実真っ赤な嘘であった。チハヤたちと前夜祭を楽しむことを妨げる要因なんてものは、最初から存在しなかったのだ。

 誘いを断った時のチハヤの悲しげな顔がフラッシュバックして、ミフユの胸がずきりと痛んだ。

 

(ごめんなさい……チハヤ。でも、私は……このお祭りを楽しむ資格も……あなたの友達を名乗れるだけの覚悟も、持ち合わせていないの)

 

 誰もいない軽トラの荷台で、ミフユは静かに物思いに耽った。

 この百鬼夜行灯篭祭には、「送古迎新」の意図が込められているのだという。

 今から少し前、このキヴォトスは未曾有の危機に襲われた。空が赤く染まり、正体不明の怪物が現れて、世界は崩壊する寸前にまで至ったのだ。その痕跡は今も百鬼夜行のみならずキヴォトス各地に残っている。

 それは今もなお、多くの人々の記憶に傷跡となって残っていて──だからこそ、辛い記憶や出来事を灯篭に込めて流し、暗い雰囲気を払拭しようと言うのだ。

 

(その理念は素晴らしいけれど……だからこそ、私にはこのお祭りを楽しむ資格なんてない。だって、私は──……)

 

 何度目かのため息をついて、ミフユは身体を逸らして天を仰ぐ。

 雲ひとつない、透き通るような青空。それが今のミフユにはやけに眩しくて、彼女は一度上げた視線を前に戻した。

 

「や、ミフユちゃん」

 

 と。

 そこに、胡散臭い大人が立っていた。

 

「うひゃあああっ!?」

 

 完全に一人で浸っていたところを不意打ちされて、ミフユは素っ頓狂な声を上げて体を跳ねさせた。

 バランスを崩し、軽トラの荷台から滑り落ちそうになりながらも、目の前に屈み込んで視線を合わせる人物に焦点を合わせる。

 

「あなたは……せ……先生?」

 

 ミフユの呆然とした言葉に、先生は人の良さそうな笑顔を浮かべた。

 




この後書きスペースをほとんど活用していなかったので、今後は必要に応じて補足とかを載せていきます。

・時系列
今回のお話は、途中までメインストーリーVol.5「百花繚乱編」第一章に並行して進行する形になります。
時系列としては、今はちょうど百鬼夜行灯篭祭の前日(先生とユカリが継承戦に付き合ってくれるレンゲとキキョウを探していたあたり)になります。

・チハヤの軽トラ
もともと天姫ヶ峰が備品として保有していたものです。
ガケ崩れによって唯一の道路が塞がってしまい、車の通れない洞窟を通って外に出入りすることを強いられていましたが、百鬼夜行に加入したことでインフラ整備が入り、無事に車が使えるようになりました。
今ではもっぱらチハヤが乗り回し、買い出しなどで活躍しています。
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