キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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決着のとき

 

 炸裂する赤き稲光、障子がごとき頼りなさで粉砕されゆく箱舟の残骸。

 それらの合間を避けながら、私は眼前の敵影(ミフユ)めがけて走っていた。

 

「ふっ!!」

 

 対するミフユが、独特の構えから遺物を振るう。

 一切の無駄なく、遺物の力を最効率で引き出せるよう洗練された一閃。斬り払った軌跡をなぞるように、拡散する赤光が私に迫る。

 

「ゔ……く……っっ!!」

 

 まるで光のギロチンだ。私が身を屈めると同時、真っ赤な光刃がすぐ上を駆け抜けて、逃げ遅れた外套をすっぱりと切断してみせた。

 思わず舌打ちする。

 今の攻撃を避ける間に、また一段と距離を離されてしまった。

 

(だめです……! どうやっても、ミフユさんとの間合いを詰めきれない……!)

 

 地面を蹴り、転がり、跳んで、息もつかせず襲いくる閃光を回避する。

 戦いが向こうの圧倒的優勢で進んでいる原因は、私とミフユの「射程差」だ。白雪の刀身を直接叩き込まなければ勝利できない私に対し、ミフユは長距離から私を斬り刻める。

 その事実を示すように──戦いが始まって数分、私は一度もミフユに攻撃を加えられていない。

 

「はあっ、はぁっ……はあっ……!!」

 

 額の汗を拭う暇もなく、白雪を構え直す。

 泣き言なんて、先生の前で吐くくらいで十分だ。

 

(ミフユさんに近づく方法を考えないと……! 闇雲に逃げるのではなく……双杖(あれ)が放つ光刃を……銃弾のように弾くことができれば……!)

 

 一か八か。刀を鞘に収めて、私は再び走り出した。

 双方の武器が同一である以上、「彼岸白雪」ならば弾き飛ばせるはず。そのために、最速の居合斬りであの攻撃を受け止める。

 重要なのはタイミングだ。

 早くても遅くても意味がない。ミフユが動くのに合わせ、私は鞘に収めた白雪を抜き放ち、そして──、

 

「う゛…………ぐ……!!?」

 

 次の刹那、赤々とした鮮血が迸った。

 完全に失敗した。腹から腿までばっさりやられた。肉が断たれた嫌な音が体の中から響き渡り、炸裂した激痛が全身を叩く。

 

「無駄よ。あなたに銃弾を見て弾くほどの動体視力があっても、光の速度は目視することすらできない」

 

 歯軋りする私の内心を見透かしたように、遺物を構え直したミフユが呟いた。

 飛び散る血が地面に落ちるよりも早く、白雪の柄を握り直す。

 攻撃は受けてしまったが、それでも距離はぐっと縮まったのだ。それなら、

 

「────……ぅ、あああああああああッ!!」

 

 二の足を踏んでいる暇などない。

 怯みそうになる足を踏み出して、ミフユめがけて突進する。

 

「まあ、いまさら退かないわよね。至近距離で斬り合う展開にさえなれば、あなたの勝ちはぐっと近づく。必然的に、被弾してて強引に距離を詰めるしかない────でも」

 

 一気呵成に至近へと踏み込み、鞘内の刀身を抜き放とうと力を込めた瞬間、

 

「無茶の代償は少なくない。隙だらけよ、あなた」

 

「かふ……っ!?」

 

 刀を抜くよりもなお速く──鳩尾にミフユの足が突き刺さり、私は肺の空気を吐き出して嗚咽を漏らした。

 失敗を痛みと共に悟る。遺物の攻撃ばかりに気を取られて、彼女自身への警戒を怠るだなんて……!

 

「はぁっ!!」

 

 次いで放たれた回し蹴りが側頭部を撃ち抜き、私は箱舟の残骸へと叩きつけられた。

 揺れる視界の中で、誤った認識を改める。

 雪峰ミフユは決して遺物頼りの強者などではなく、そもそもが強い(・・・・・・・)のだ。いわば、恐るべき鬼神が最強の金棒を持っているようなもので──、

 

「……っ……こ、の……!!」

 

 だからこそ我慢ならない。

 大切な誰かを守るために身につけたであろう彼女の力を利己的に利用する、非道な大人が許せない。

 だが、ミフユにそんな怒りが伝わるはずもなく──赤き閃光が、動きを止めた私を打ち据えた。

 

「ぎ、あああああ゛……っっ!!!?」

 

 光刃は真一文字に箱舟を引き裂きながら、私の胴体に深々と傷を刻み込んだ。

 あまりの激痛と衝撃に視界が遠ざかり、頭上のヘイローが微かに点滅する。

 

「げぼっ、がっ……ひゅっ、ひゅはっ……!!」

 

「八重垣チハヤ。サムライごっこを続けたままで、本当に勝ち目があると思っているの?」

 

 真っ二つに寸断された瓦礫に背を預け、咳き込む私を見下ろしながら、チハヤは冷たい瞳で問いかけた。

 

「本当はとっくに理解しているんでしょう。その気になれば、あなたでも多少は双杖の力を引き出せる。なのに、どうして力を使おうとしないの?」

 

「サムライは……杖なんかじゃなくて……刀を……使うもの、なんですよ……」

 

 彼女の推測は合っている。私がその気になって「彼岸白雪」を振るえば、彼女のように、輝く光刃を繰り出せる可能性は高い。

 実際、白雪は私がそうすることを望むかのように、青い光の点滅を続けている。

 だが、答えは私がいま呟いた通りだ。

 たとえ空虚な拘りでも、己を貫いて勝ってみせると私は誓ったのだ。それなら──、

 

「はぁっ、はあ、はぁっ……!!」

 

 明滅する刀を杖代わりに、私はぼろぼろの身体を起き上がらせた。

 どんなに苦しくても、こんなところで倒れるわけにはいかない。

 

「見苦しい……」

 

 そんな私を見て、ミフユは顔を顰めて呟いた。

 

「あなたはいつもそうやって、叶うわけがない夢にしがみつく。意地を張って、夢は叶うと叫び続ける。自分がどれだけ愚かなのかも分からずに!」

 

 立ち上がった私めがけて、ミフユは容赦なく遺物を振り払った。

 先ほどまでの洗練された動きではなく、感情に任せた力任せの一振り。だが、放たれる凶刃の鋭さに揺らぎはない。

 ばつん! という鈍い音を立てて、右腿に深々と切傷が刻まれる。

 

「う゛、くうぅ……っ!!」

 

「私たちはまだ子供なの! 無力で、弱くて、一人じゃ何も成し遂げられない存在なのよ! それなのに、どうしてあなたはそうやって、根拠もなく夢は叶うと叫び続けられる!?」

 

 ────ばつん!!

 再び赤い輝きが唸り、私の身体を斬り裂いた。

 

「あなたのように、みっともなく夢を諦めずにもがく人間が、私はっ……!!」

 

 ミフユが何かを悟ったように言い淀み、突然動きを停止させた。

 彼女の美しい顔は、変わらず憤怒に歪んでいる。だがその視線は、睨み付ける私を通り過ごし、私ではない誰かに怒りをぶつけているようにも見えた。

 それを見て、思わず──、

 

「ミフユさん……そう叫ぶあなたこそ……誰よりも、夢を叶えたかった人なんじゃありませんか……?」

 

 ────ばつん!ばつん!!ばつん!!!

 無言のまま、凄まじい速度で三つの光が放たれた。

 防御をする暇もない。右腕、左脚、鼻面を思いっきり切り裂かれて、全身を痛みと衝撃が叩く。

 でも、こんなところで負けられない。そのまま仰向けに倒れかけた足腰に力を込め、私はミフユを睨みつけた。

 

「ふ、ふ……どうやら図星みたい、ですね」

 

 私の言葉に、ミフユの顔が忌々しげに歪む。

 私なんかに見透かされたようなことを言われれば、それは確かに腹が立つだろう。だが、それでも構わずに言葉を続ける。

 

「ミフユさんは、私をみっともないと言いましたね。確かに私は、とっても諦めが悪いみたいです。……叶わぬ夢を捨てきれぬ愚か者と思われても、それは仕方のないことでしょう」

 

 私だって、こんな自分はどうかと思う。

 やることなすこと上手くいかないし、学校ではいじめられるし、留年してるし、どんなに取り繕っても弱虫のままだし、自分の夢がどんなに歪んでいるかも気付かないし……。

 

「実を言うと、一度は諦めようとしたんです。でも、私の……たった一人の主が、そんな私に教えてくれました。夢は決して、他の誰かに侵害されていいものではないんだって」

 

 先生がいなければ、私はここに立っていなかっただろう。心が折れたまま、何者にもなれない絶望を抱えて、居場所など今更あるはずもない母校に帰っていたはずだ。

 でも、私はここに立っている。

 それならば、彼女に伝えられることだってあるはずだ。

 

「その言葉を聞いて、思ったんです。みっともなくても、私はそれでいいんじゃないかって。たとえ惨めなんだとしても、誰かの言葉に従って夢を棄てることに比べれば……その選択は、間違ってはいないと思いますから」

 

「…………………っ!」

 

 その言葉がよほど耳障りに感じたのか、ミフユはますます眉間の皺を深めて私を睨む。

 

「そういうところが子供だと言っているの……! 幼稚な夢や理想なんて捨てて、私たちのような子供は大人の言うことだけを信じていればいい! 子供だけで何かを変えられるほど、この世界は甘くないの!!」

 

「────子どもだからこそ(・・・・・・・・)、ですよ。ミフユさん」

 

 ミフユの反論に、私は端的に言葉を返した。

 

「私たちはまだ生徒なんです。未熟で幼稚な子どもなんです。だったら今のうちくらい、子どもらしいところがあったっていいじゃないですか!」

 

 その答えが予想外だったのか、ミフユは驚愕に言葉を詰まらせた。

 まあ、これはある種の開き直りで、反論というには少々みっともないかもしれないけれど──今の言葉に示した通り、それが私なのだ。未熟で、愚かで、一人では道に迷ってしまうような弱虫が私なのだ。

 

「私たちはまだ子どもです。だからこそ道の途中で、まだまだ進んでいけるんです。その拙い歩みを阻む権利なんて、どんな人にもありません! だって、私たちのような子どもが抱く夢は、きっと……!」

 

 先生が教えてくれたこと。

 私を助ける友人たちに教わったこと。

 それはなんてことのない、たった一つの答え。眼前に立つミフユを見据え、高らかに宣言する。

 

「一つ一つがかけがえのない────青春の物語(ブルーアーカイブ)なんだから!」

 

 その刹那。

 手にした「彼岸白雪」から膨れ上がった閃光が、世界を爽やかな薄青色に染めあげた。

 それはミフユの手にした遺物の輝きすら塗りつぶすほどの輝きで、あらゆるものを群青に照らし出していく。

 

「あなた、いったい何を……!?」

 

 膨大な光の奔流が止むと同時、私の「彼岸白雪」はその形状を変え始めた。

 二つに割れていた鎬筋が元に戻り、青色の輝きが消え失せる。刃筋はより一層に研ぎ澄まされ、波紋はより流麗に浮かび上がった。

 存在の変質。まるで本当の「刀」であるかのように、過去の遺物がそのカタチを変形させてゆく。

 

「この意地を貫き通すためにも……私は、こんなところで負けられません」

 

 きらめく光の残滓を浴びながら、変化を終えた刀を見やる。

 この「彼岸白雪」を手にしてから、一度も感じたことのない一体感。まるで私と一体になったかのように、その握り心地はよく馴染んだ。今なら、どんな障害や困難だろうと斬り伏せられそうだ。

 

「双杖が、形状を変化させた……? あなたの戦闘スタイルに……その意思に合わせて、自発的に最適化を果たしたというの……!? だとしたら、それは……!」

 

 この古代兵器が、私を主と認めた……ということなのだろう。

 そんな現象は、本来あり得ないはずだ。ザババの双杖は私のためなんかではなく、「名もなき神々の王女」のために造られた武器なのだから。

 でも、もし本当に、それが真実だと言うのなら──、

 

「ありがとう、白雪。私のことを信じてくれて」

 

 この「彼岸白雪」は、己に課された役割を放棄してでも、私の刀であることを決めた。生と共に与えられた名ではなく、後から授けられた銘を選んだのだ。

 ……それはきっと、これを握るはずだった少女と同じように。

 

「──────────────」

 

 体の奥底から湧き上がる力を感じながら、私は無言でミフユを睨みつけた。

 

「ここからが本番、とでも言いたげね。それなら……」

 

 この攻撃を止めてみろとばかりに、ミフユが動いた。

 先程も見せた、目にも留まらぬ三連撃。刃筋は美しい三角形を描き、その軌道を埋めるように赤光が瞬く。

 

 ────それを、渾身の一閃で受け止めた。

 

 凄まじい激突音が響き渡り、分厚い徹甲弾を受けたかのような衝撃が全身を叩く。だが、さっきよりも馴染んだ白雪は決して私の手を離れることなく、より一閃の鋭さを増して、

 

「せあああああああああああっ!!」

 

 光の刃を押し退けて、粉砕するかのように弾き飛ばした。

 私という標的を見失った光刃は、代わりに私の背後を斬り刻んだ。輪切りになった箱舟の外郭が、だるま落としみたいに落下していく。

 

「……っ!」

 

 驚きの表情を浮かべるミフユに、私は油断なく刀を構え直した。

 

「いくら双杖を手懐けたとはいえ……この攻撃を本当に見切るだなんて。あなた、本当に人間?」

 

「別に、見切った訳ではありませんよ。ミフユさんがさっき仰った通りです。銃弾はともかく……光速の攻撃だなんて、私の動体視力ではとても視えません」

 

「なら、あなたはどうやって──」

 

 ミフユは、そこで言葉を飲み込んだ。

 槍よりも鋭い強烈な視線が、爛々と輝く私の両眼が、己の一挙手一投足を見据えていることに気が付いたからだ。

 

「なるほど、そういうこと。攻撃そのものではなく、それを放つ大元……私の動きを読み、攻撃のタイミングを逆算したのね」

 

「ええ。最初に戦った時から今まで、何度も何度も斬られてしまいましたが……ようやく、あなたの動きに目が慣れてきました」

 

 さっきの感情的な攻撃が私の適応を早めてしまったことに気が付いたのか、ミフユは眉を顰めた。

 これでようやく、躊躇なく至近距離に踏み込める。

 

「もうその攻撃は効きません。ここからは……!」

 

 次の瞬間、私は爆発せんほどの勢いで地面を蹴った。一切の回避を考えない全力疾走。ミフユは後退と共に光刃を放ったが、問題なく弾き飛ばす。

 長距離ならばミフユの有利。

 だが転じて、この一足一刀たる間合いなら……!

 

「私が、あなたを上回る────!!」

 

 凄まじい激突音を響かせて、二振りの遺物がぶつかり合う。

 その光景は、まさしく刀を用いた「サムライ」の斬り合いだった。

 剣閃が幾度も翻り、噛み合うたびに火花を散らす。銃弾も硝煙も爆風もない。ただ純粋に、己の肉体と獲物だけを用いたぶつかり合い。

 この世界の常識から逸脱した、異質を極めた戦いだ。

 

「くぅっ……!? この、なんて馬鹿力……!!」

 

「そこっ!」

 

 ミフユの体幹が揺らいだ隙をついて、私は彼女の遺物を弾き飛ばした。

 やはり、彼女は斬り合いが不得手だ。否、こんな戦い方を得意とする人間など、私の他にいるはずもない。

 ガードが崩れたその刹那、私は大胆にミフユの懐へと踏み込んで、

 

「──────だあああああっっ!!」

 

 渾身の力で、ミフユの脇腹に一閃を叩き込んだ。

 それはこの戦いが始まってようやく、私の攻撃がミフユに届いた瞬間だった。

 

「は……っ、ぐ……!!?」

 

 みしり、という嫌な音が響き渡り、ミフユの顔が苦悶に歪む。

 当然だ。今の白雪は、さっきまでよりもずっと手に馴染んでいる。この一撃は、どんな兵器だろうと真一文字に切り裂くだけの力があると確信できる。

 

(今しかない……! もう私の体力は限界に近い! このまま押しきる! この千載一遇の好機に、ミフユさんを倒し切るっ!)

 

 苦し紛れの反撃を受け流して、カウンター気味の一太刀をミフユの側頭部に叩き込んだ。

 散った火花が消え失せるよりも早く、続けて脳天に刀を振り下ろす。

 それはミフユの額を真っ直ぐに打ち抜き、私の掌に会心の手応えを感じさせた。

 

「が……はっ……!!」

 

 頭蓋への二連撃は流石に応えたのか、ミフユはたたらを踏んで後退した。

 ほんの一瞬、彼女のヘイローが明滅する。

 今の攻撃で意識が飛びかけた証拠だ。もう少しで彼女を倒せる。疲弊した身体に鞭打って、好機とばかりに飛びかかる。

 

「ミフユさん、覚悟っ──────!!」

 

 私が大きく白雪を振りかぶり、とどめを刺さんと叫んだと同時、

 

「あまり────私を、舐めないで!!」

 

 追い詰められたミフユが、遺物の機能を解き放った。

 刀のような形状を保っていたミフユの双杖が、烈風と稲妻を巻き起こしながら変形したのだ。それは竜巻状の光刃を生み出し、私はすんでのところで後退した。

 

「……っ」

 

 危なかった。

 あと一歩でも踏み込んでいたら、今頃全身がズタズタになっていただろう。

 

「はぁ、はぁっ……認識を改めたわ、八重垣チハヤ」

 

 静かながらも力強い声が、砂塵混じりの空気を震わせた。

 

「確かに……あなたは強い。あなたがさっき語った屁理屈が、その強さを支える要因となっているのなら、ある意味ではその屁理屈だって正しいのかもしれない。でもね」

 

 遺物を中心として吹き荒れる暴風。

 それに混じる赤雷に身体を赤く照らしながら、ミフユは手にした遺物を──まるで()のように変形したそれを、箱舟の残骸に突き刺した。

 

「────それでも、現実は残酷なのよ」

 

 その瞬間、ミフユが遺物を突き刺した場所を起点として、強烈な揺れがアビドスの砂漠を揺るがした。

 地震かと思って身構えたが、違う。

 地面が揺れているのではなく、私たちが立っている箱舟の残骸が蠢いているのだ。

 

「これは、一体……っ!?」

 

「アトラ・ハシースの箱舟……その基本概念は「情報の収集と変形」。この船に定まった形は存在しない。所有者の心情を投影し、自由自在に形を変えられる」

 

 凄まじい地響きと共に、箱舟の残骸が隆起と陥没を繰り返し、意味のある形を形成してゆく。

 

「遺物が片方だけでは、完全に箱舟の所有権を得ることは難しいけれど……あなたを倒すには、十分過ぎるだけの力があるわ」

 

 私は咄嗟にミフユを斬り伏せんと走り出したが、幾重にも隆起した箱舟の残骸が行手を阻み、ミフユはどんどん遠ざかっていく。

 それでも追い縋ろうとした私を、横合いから飛んできた巨大な「何か」が打ち据えた。

 

「────ぎああぁっ!!?」

 

 それは、今まで感じたことのないほどの衝撃だった。

 意識外からの一撃に、たっぷり十メートルは宙を飛んでから、硬い箱舟の上に叩きつけられる。

 一撃。たったの一撃で、身体のどこかが致命的に壊れた。骨が粉砕された音を確かに聞いた。

 

「がっ……い゛っ……いったい、な、にが……っ……?」

 

 その痛みに歯を食いしばって、さっきまでミフユがいた場所に視線を向ける。

 

 ……そこには、絶望的な光景が広がっていた。

 

 アトラ・ハシースの箱舟が、まるで生き物であるかのように姿を変えている。

 砂漠に沈んでいた箱舟の残骸が、数百メートルにわたって集結・連結し、歪な腕のように伸びていた。その直径たるや、太いところで15メートルは超えているだろう。その積み上がった巨影の天辺に、ミフユが有する遺物の赤光が、まるで怪物の一つ目のように瞬いている。

 ミフユはあの双杖を鍵として、「アトラ・ハシースの箱舟」を再起動させ……あろうことか、その制御権まで手に入れてしまったのだ。

 

「八重垣チハヤ。あなたに、改めて現実を教えてあげる」

 

 こんなの、勝てるわけがない。

 敵のスケールが違い過ぎる。もはや敵はミフユ一人ではなく、私が立っている箱舟そのものだ。

 対する私は身体中が血まみれで、気を抜いたら今にも倒れそうな死に体なのに。

 

「────────────」

 

 なのに、不思議と戦いを止める気にはならなかった。

 その威容を見上げたまま、ぼんやりと思う。

 恐らくは、ここが「八重垣チハヤ」という人間の限界だ。サムライの仮面をかぶっても、仮面を捨てて勇気を振り絞っても、単身ならばここで心が折れていただろう。

 

『先生。私、もう二度と負けません』

 

『私も、先生のように強くなりたいと思います。どんな苦境に立たされても、最後の時まで、己の信念を貫けるように』

 

 でも、今の私は違う。

 私を信じてくれる友人も、私を認めてくれた武器も、私を許してくれる主もいる。

 それを想っただけで、あと少しは頑張れる。

 

「私は……絶対に……」

 

 限界がなんだ、箱舟がどうした。

 どんな困難だって斬り伏せて、あそこに立つ目標(ミフユ)に追いついて、(せんせい)に恥じないサムライになってみせる。それが、シャーレに滞在した時間の中で掴み直した、私のかけがえのない夢なのだ。

 それなら、どんなに現実が厳しくたって関係ない。

 何があろうと、この夢だけは、絶対────、

 

「だから諦めて!! 八重垣チハヤ!!!」

 

「諦めて、たまるかあああああああああああああああっ──────!!」

 

 血反吐を吐きながら返答すると同時、私はミフユめがけて走り出した。

 箱舟そのものを武器とするミフユの攻撃に対して、立ち向かう私はあまりに矮小だ。それでも臆さず、脚に力を込めて加速する!

 

 

【挿絵表示】

 

 

「そう……! なら、ここで押し潰れなさい!!」

 

 私にめがけて殺到する大質量の「腕」。

 掠っただけでも簡単に骨を砕く、まさに必殺の一撃。戦車すらゆうに凌駕するその大きさは、ありとあらゆる火力兵器を力技に無力化するだろう。

 だが、同じ太古に伝わりし兵器ならば──、

 

「はあああ……ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 迫る剛腕に白雪を這わせ、渾身の力で斬り飛ばした。

 たとえ太古の箱舟だろうが、何千何万トンもの大質量だろうが、今の私と白雪に斬れないものなんてない。

 鎧袖一触、断ち斬られた箱舟の一部がミフユの制御を離れて落下してゆく。

 

「この……まだこれだけの力が残って……!!」

 

 戦車すらぺちゃんこにしそうな「腕」の振り下ろしを避けて、私はその上に飛び乗った。

 道はたった一つ。

 鳴動する箱舟の上を疾駆して、ミフユのところに辿り着くしかない。

 

「何が……何がそこまで、あなたを動かす!? そんなに傷ついておきながら、どうしてまだ戦おうとするの!?」

 

 ミフユの叫びと共に、轟然と箱舟が唸りを上げる。

 振りかざされる「腕」はゆうに十を超えていた。仮にもう一度アレの直撃を受ければ、私は今度こそ戦えなくなるだろう。

 そんな恐怖も押し殺して、破壊の嵐の中に飛び込んでいく。

 

「馬鹿馬鹿しい……! 一つ一つが青春の物語なんて、そんな都合のいい話なんて、御伽噺の中だけ! 私はっ……それなら私の夢は、どうして……!!」

 

 切断し寸断し分断し両断し、迫り来る攻撃を余す事なく叩き斬る。

 遥か下方の砂漠へと崩れ落ちる礫欠すら足場にして、ただ真っ直ぐに突き進む。

 

「もういい……もう、全部どうだっていい! 私の前から……消え失せて────!!」

 

 最後に残った「腕」が、一斉に私の元へと殺到した。

 刀一本では手数が足りない。咄嗟に判断して、私は白雪の刃を足元へと鋭角に打ち下ろした。

 箱舟が一太刀で切断され、隆起を伴って変動する。それは軋むような音を立てながら、幾つかの「腕」に激突して動きを止めた。

 

「そこを、どきなさいっ!!」

 

 残りの「腕」を一太刀で斬り飛ばし、その果てに視界が開けた。

 あらゆる障害を斬り倒し、もはや立ち塞がるものはない。着地と同時に顔を上げ、目と鼻の先に迫ったミフユの姿を捉える。

 

「──────────────っ!!?」

 

 その瞬間、私は驚きに息を呑んだ。ミフユは遺物を元の形状へと変化させ、既に私を待ち構えていたのだ。

 恐るべき戦闘センス、と感嘆せずにはいられない。

 奥の手を出しておきながら慢心せず、私が無傷で切り抜けることまで想定して、自らトドメを刺さんと準備を整えていたなんて。

 だが、全力を尽くすことに変わりはない。一撃でミフユを倒すため、納刀して居合の構えをとると同時に──、

 

「「おおおおおおおおおおおっ……!!」」

 

 双方の咆哮が空気を揺らす中、私は決死の一歩を踏み出した。

 千載一遇、全霊を込めた一撃を打ち放つ。

 それは神速を以てミフユの身体へと吸い込まれ、強烈な加速を伴いながら──その華奢な身体に到達する寸前、無情にも受け止められた。

 

「つ゛……っ……!!!」

 

 思わず、喉奥から絞り出すような声が漏れた。

 

「最後の最後に気を抜いたわね。あなたが私の動きを読めるのなら、それは逆だって同じこと……!」

 

 読まれていた。瀕死の私が一撃での打倒を狙っていることは、ミフユだって承知していたのだ。

 だからこそ彼女は全力で防御に回り、私の起死回生を受け止めてみせた。

 

 ────やはり、この人は強い。

 

 攻撃を防がれ、沈んでゆく私と対照的に、ミフユの瞳には勝利を確信した光が散る。

 彼女は受け止めた刃を弾き飛ばし、返す刀で私にトドメを刺そうとして──、

 

「………………なっ!?」

 

 そこで、彼女は己の失敗を悟った。

 刃と思って受け止めたものが──刃を収めたままの()であるということに、僅かに遅れて気が付いたのだ。

 

「ミフユさん、あなたは知らないでしょうが──サムライにとっては、鞘も立派な武器なんです」

 

 それは、私の命運を投じた賭けだった。

 ミフユならば読み切ると踏んだ私は、あえて彼女の目前で納刀し、居合斬りで勝負に出ると見せて──鞘そのものを逆手に握り、彼女めがけて振るったのだ。

 必然、本命たる刃は未だ鞘内。

 刀を抜き放つ準備を終えた私に対し、半端に反撃を意識してしまったミフユでは、今さら防御など間に合わない。

 

「っ……八重垣……チハヤあああああああっっ!!!」

 

 歯軋りと共に遺物を振り下ろすミフユよりも尚速く、私は渾身の一歩を踏み出した。

 搾りかすの体力をかき集め、大きく身体を旋回させる。鞘内との摩擦を速度へ転じ、音を越えて、あらゆる全てを凌駕する疾さを刃に乗せて──、

 

「はあああああああああああああっっ!!」

 

 本命にして最後の一撃を、ミフユの身体に叩き込んだ。

 

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