強烈に降り注ぐ陽光。どこまでも広がる砂の海。
キャタピラが巻き上げる砂塵に目を細めながら、私は地平線の彼方へと視線を向けていた。
私は今、アビドスの大砂漠を進んでいる。どんな悪路だろうと踏破する、巡航戦車の力を借りて。
「────────────」
私が乗っているのは、トリニティ総合学園の正義実現委員会が有する巡航戦車Mk.VI、通称 「クルセイダー」。
やや旧式の戦車ではあるが、その堅牢な装甲と力強いエンジン、陽光に煌めく2ポンド砲は実に心強い。砂色に塗装されていることもあって、敵に視認される危険性も低そうだ。
「チハヤ、何か見えた?」
と。キューポラの傍に胡座をかいて座っていた私に、戦車の中から問いかけがあった。
視線を落とすと、狭い戦車の中からこちらを見上げるアズサの姿があった。激しく揺れる車内においても平然としている様は、隣で青い顔をして座っている先生とは対照的だ。
「いや、まだ何も。というか、先生のほうは大丈夫ですか……?」
「だ、大丈夫、ありがとう。酔い止めは飲んでる、から、うぶっ」
今にも吐きそうな顔の人が喋る内容ではない。私がどうしたものかと考えていると、操縦席の方から申し訳なさそうな声が飛んできた。
「ご、ご、ごめんなさい! その、できるだけ揺らさないようにはしているんですが、砂漠は起伏が激しくて……!」
声の主は、トリニティの阿慈谷ヒフミ。
前々から話題に上がっていたアズサの友人であり、アズサですら尊敬するペロリストであり、この戦車を用意してくれた本人である。
クルセイダーがなければ最悪徒歩で砂漠を横断する羽目になっていたので、本当にありがたい参戦だった。
「先生、ヒフミの操縦テクニックでもこれほど揺れるとなると、諦めるしかない。ナビゲートによればもう少しで到着だから、頑張って」
「うん…………頑張るよ…………………」
ひどく酔っている様子の先生の背中をさするアズサ。彼女の言葉通り、もう少しで見えてくるはずなのだ。私はよりいっそう目を凝らして、戦車の進行方向を凝視する。そして──、
「見えた!」
ひときわに大きな砂丘を乗り越えた時。
吹き荒ぶ砂塵の奥に、それはようやく姿を現した。
砂漠にぽっかりと開いた巨大なクレーター。その中には幾つもの黒光りする残骸が突き刺さり、大穴の中心に、ひときわ巨大な構造物が半壊したまま鎮座している。
それはかつてキヴォトスの上空に飛来し、「色彩」の力を借りてこの世界を終焉へと導かんとした死の箱舟。その名も──、
「あれが……アトラ・ハシースの箱舟、ですか」
◆
「……以上が、アトラ・ハシースの箱舟をめぐる「A-H.A占領戦」に関する概要と、その顛末になります。結果的にシャーレは勝利し、アトラ・ハシースの箱舟はアビドス砂漠の奥地へと墜落することになりました」
一日前。私が
私と友人たちはシャーレの会議室に集まり、数ヶ月前に勃発した戦い……キヴォトスの命運をめぐる、「色彩の嚮導者」との戦いについての説明を受けていた。解説と司会進行役を務めるのは、ミレニアムから来たという車椅子の少女「明星ヒマリ」である。
「私が山に籠っている間に、そんな壮大な戦いが起きていたなんて……空が真っ赤に染まったのは知っていましたが、世界が終わりかけていたとは、流石に予想できませんでした」
キヴォトス中に現れた
語られた戦いの内容は、どれをとっても信じられないような内容ばかりで、私はただ驚くばかりだった。
「本当に、大変だったんですよ? 私のような超天才清楚系病弱美少女ハッカーの助けがなければ、今ごろキヴォトスは崩壊していたでしょうね」
「ははは……まあ、ヒマリにはたくさん助けられたね。本当にありがとう」
先生の言葉に、ヒマリは自信満々といった表情で頷いた。
どうやら彼女はとても自己肯定心が高いらしい。弱虫な私には喉から手が出るほど欲しい才能だが、今はそんな話をしている時ではない。
「シャーレが大変な戦いを切り抜けてきたことは理解しましたが……今回の一件に、これはどんな関係が?」
私と同じようなことを思ったらしきキリノが、律儀に挙手して意見を述べた。
そもそも、この場はカイザーとの決戦に際するブリーフィングを目的として設けられたものだ。既に終わった戦いが、今回の戦いといかなる関連を持つのだろう。
「もっともな疑問ですね。では、こちらをご覧ください」
対し、ヒマリは会議室のプロジェクターを操作して、真っ白な壁面に一枚の写真を投影してみせた。
それは、砂漠に埋もれた巨大な構造物の写真だった。構造物といっても、多くの部分が崩れ落ち、周囲には分離したと思しき残骸が数多く転がっている。
「これは、まさか箱舟の……?」
「ええ、先生のご推測通り。これはA-H.A占領戦の後、機能を停止してアビドス砂漠に墜落した「アトラ・ハシースの箱舟」の残骸です。これを見て、何か気になりませんか?」
「残骸の周囲に、基地らしき構造物が見えるな」
ヒマリの問いかけに、私の隣に座っていたアズサが口を開いた。
あまりに箱舟の残骸が巨大過ぎて目立たないが、言われてみれば、建物らしき影がいくつか見える。それに、戦車や武装ロボットといった軍事兵器まで映っているではないか。
「まさかカイザーは、箱舟の周囲に兵を展開しているのか?」
「その通り。カイザーPMCは、箱舟の残骸を囲むように強固かつ大規模な軍事基地を構築しています。壊れた箱舟を、我がものとするために」
写真が切り替わり、アトラ・ハシースの箱舟の性能や設計図、3Dデータ等を記載したスライドが映し出される。
どうやら、先の戦いの際に手に入れたデータを元に、ヒマリ自らがまとめた資料のようだ。こうして話の内容を文字にまとめられると、改めて、その尋常ならざる大きさと性能に圧倒されそうになる。
「箱舟は現在、実施された自爆シーケンスによる致命的な破壊により、完全に機能を喪失しています」
箱舟の3Dデータが切り替わって、現状の箱舟のデータを映し出す。
ヒマリの言葉通り、映し出されたあらゆる情報が、箱舟がその役目を既に終えていることを示していた。4つからなるセクターは中心部を除いてほとんどが崩壊、空中分解しており、今も動作を続けている区画は一つとしてない。
「カイザーPMCはこの箱舟を修復し、軍事転用することを計画しているようです。もし仮に、カイザーが箱舟の再起動、掌握を果たしてしまえば、もはやキヴォトスに対抗する手段はありません」
「ま、待ってください。カイザーは、古代の箱舟を修理できるほどの技術力を有しているんですか!?」
「いいえ──カイザーPMCの力では、とても箱舟を修復することはできないでしょう。なにせ、精鋭たるミレニアムのエンジニア部ですら完全に解析できなかったオーパーツですから」
「じゃあ、一体どうやって……」
私の言葉に、ヒマリは悪戯好きそうな笑顔を浮かべた。まるで私が、おかしなことを言っているかのように。
「チハヤさん。エンジニア部が解析できなかった
その言葉に思わずハッとして、私は膝の上に置いたままの「彼岸白雪」に視線を向けた。
場の全員に見つめられて、思わず私は机の上に白雪をひっぱり出す。人によってはただの棒きれとしか思わないであろう、一振りの刀。だが、その正体は……、
「そうです。あなたと雪嶺ミフユの二人が有する、「ザババの双杖」と呼ばれる古代兵器。カイザーは、それらを用いて箱舟の再起動を目論んでいる、と私は踏んでいます」
ヒマリがさらに映像を切り替え、私の刀──正確には「ザババの双杖」と呼ばれる遺物に関する情報をまとめたスライドを映す。
構造不明。材質不明。機能不明。
あらゆる全てが不明ながらただ一点、遥か太古に鍛造されたものであるということだけが分かっている、謎に包まれたオーパーツ。
「名もなき神々が残した古代兵器、「ザババの双杖」……チハヤさんが身をもって経験したように、この兵器は単体でも恐るべき力を発揮します。ですがその本領は、
「その二つが揃うとどうなるってんだ?」
「遺物が互いに共鳴現象を起こし、双方間での無限に等しい情報演算処理を可能とします。その演算能力は、「箱舟」や「本船」、先生の「シッテムの箱」といった名だたるオーパーツに肩を並べるほどの……」
そこまで喋ってから、ヒマリは言葉を中断させた。どうやら、自分が難解なことを話し過ぎていると気付いたらしい。
「こほん。有り体に言えば、「ザババの双杖」は箱舟のメインエンジンの
なんだか頭の悪い私に話のレベルを下げてもらっているかのような申し訳なさにデジャヴを感じつつ、私はカイザーの狙いをようやく悟ることができた。
ふと、廃工場でミフユが言っていたことを思い出す。
あの時、彼女はこの遺物のことを、「二つ揃えば、このキヴォトス全てを容易く支配できるような超兵器」と説明していた。その内容は、たった今ヒマリが語ってくれた内容と合致している。
「どうにも信じられないんだけど……二つの剣が、本当に箱舟を動かせるの? だってさ、船を動かすならもっとこう、エンジンみたいな形をしてるんじゃない?」
「ええ、確かに違和感を感じるでしょう。なにせ杖と船、形状も規模も異なりますから。ですが、なにも不思議なことではないんです。なぜなら──」
モモイの素直な問いかけに、ヒマリは一度言葉を区切り、ちらりと視線を会議室の端に向けた。
視線の先には、ゲーム開発部の面々に席を並べたアリスが座っている。アリスは最初から自分が話題の中心になることを悟っていたのか、特に驚く様子もなく、静かにヒマリの言葉を待っていた。
「チハヤさんの「双杖」も、機能を停止した「箱舟」も。全てが「名もなき神々の王女」……
「アリスちゃんのために、作られた……?」
「ええ。先生とチハヤさんがミレニアムを訪れた際、チハヤさんとアリスが接触したことを覚えていますか?」
ヒマリがアリスからこちらに視線を移したので、こくりと頷く。
かつての記憶を紐解く。私が初めてミレニアムを訪れた際、偶然出会ったのがモモイとアリスの二人だった。最初は何事もなかったが、私がアリスに刀を手渡した時、その「異変」は起きた。
「んなこともあったな。このチビがチハヤの刀に触れた途端、青い光がブワーッと溢れ出して……」
異変についての詳細は、今まさにネルが語った通りだ。その後──この「彼岸白雪」は、持ち主たる私に危機が訪れるたび、青く発光するようになった。
だが、未だ驚きは絶えない。A-H.A占領戦に関する説明の中で、アリスの正体については聞いていたが、それが私の武器にまで関わってくるだなんて。
「双杖の所有者たるアリスが触れたことで、ある種の休眠状態にあったチハヤさんの遺物が起動。その起動反応をカイザーが探知したことで、遺物をめぐるチハヤさんとカイザーの戦いが始まった……というのが、今回の一件の発端と思われます」
「確かに、あの時……王女の認証情報がどうたらと、アリスは呟いていた気がします。あれは、そういう意味だったんですね……」
私が無意識に呟くと、アリスがしゅんとした顔で口を開いた。
「……やっぱり、アリスが関係していたんですね。ごめんなさい、チハヤ。アリスのせいで、チハヤを余計な戦いに巻き込んでしまったみたいです」
「そんな……どうか謝らないでください、アリス。そんなことを言い出したら、私は勝手にアリスの所有物を振り回し、サムライなどと名乗っていた厚顔無恥な人になってしまいます。悪いのは、変なことを企むカイザーの方です!」
「そうだね、アリスちゃんもチハヤちゃんも、ただ日々を過ごしているだけなんだから。悪いのは全部カイザーだよ」
この一件に関して、アリスに責任なんてあろうはずがない。
どんな存在だったとしても、アリスはゲーム開発部に所属するいち生徒であり、私の大切な友人だ。
そんな想いを瞳と声に込め、ミドリも私に続いてフォローしてくれた。おかげで、アリスの表情は幾ばくか晴れたようだ。
「まあ、現状の整理はこのくらいに。そろそろ、カイザーから「遺物」を取り戻す方策について考えましょう。といっても、私たちが取れる手段は限られていますが」
「そうなんですか?」
「残念ながら。計算したところ、雪峰ミフユの推定戦力は、要塞都市の全機能を集約させたアビ・エシュフに匹敵……失礼、この話はしていませんでした。ともかく、雪峰ミフユは戦闘において埒外の強さを誇ります。いくら生徒が束になったところで勝ち目はありません」
その強さに心当たりがあるのか、げんなりした顔になるネルとゲーム開発部の面々を横目に、ヒマリは淡々と続ける。
「ですが。ただ一人、ミフユに僅かな勝機を見出せる生徒がいます」
「────……それが、私だと言いたいんですね」
ヒマリの美しい瞳に見つめられ、私は覚悟を決めんとばかりに返答を返した。
「ええ。理論上、ザババの双杖のスペックに性能差はありません。同じ武器を同士の戦いになる以上、勝敗は五分。使い手の技量を加味すれば、現実はそう上手くはいかないでしょうが……「勝利する可能性」が最も高いのは、あなたを置いて他にいないと判断します」
確かに、ヒマリの言葉は道理に則っている。
双杖を完全に使いこなすミフユの強さは、私が一番よく理解しているつもりだ。鍛えている私に勝るとも劣らない身体能力に加え、あらゆるものを引き裂く光の斬撃。弾丸やミサイル──キヴォトスに一般に流通する武装では、かの光には歯が立たないだろう。
でも、私の武器……彼岸白雪なら、あの斬撃を受け止められるかもしれない。それは即ち、僅かな勝機を見出せるということでもある。
「そのため、他の人員は全て、先生とチハヤさんを雪峰ミフユの所に送り届けることだけに注力します。チハヤさん一人に重責を押し付ける形になってしまい、申し訳ありませんが……最も勝算が高い策は、他にないかと」
「構いません、ヒマリさん。むしろ私の望むところです。彼女を止めるため、必ず対面したいと考えていたところでしたから────」
◆
「────進行方向に展開する大隊戦力を確認した。チハヤ、戦闘用意を頼む!」
クルセイダーの駆動音をかき消すようなアズサの声が、記憶の世界に浸っていた私を現実に連れ戻した。
今やクルセイダーはクレーターへと突入し、箱舟との距離はみるみる縮まっていく。が、その眼前には無数の影が立ち塞がっている。歩兵に、戦車に、ヘリに、二足歩行の戦闘用ロボットまで勢ぞろいだ。その数たるや、いちから数えていれば日が暮れてしまいそうなほど。
「し、正面から突撃します! チハヤさん、しっかり捕まってくださいね!」
気弱な声に反して強気なことを言いながら、操縦桿を握るヒフミはアクセルを全開にした。
クルセイダーのエンジンが全力で駆動し、怯むことなく速度を上げる。とはいえ、あの布陣に戦車一台で突貫するのはあまりにも無謀だ。だからこそ、
「──────!!」
凄まじい勢いでクルセイダーを追い抜き、目の前に躍り出た巨大な影があった。
メカニカルな体躯に四本の腕を備え、キャタピラで駆動力を確保しつつも、多彩な戦術展開を可能としたミレニアムの秘蔵兵器。確かその名は、「アバンギャルド君Mk-III」……!
「まずは作戦通りに……わ、私たちゲーム開発部とC&Cが、最初に道を開きます……!」
卓越した反射神経を有するユズの操作によって駆動するソレに抱えられる形で、ゲーム開発部とC&Cの面々が姿を見せた。ミレニアムからの援軍は、進撃するクルセイダーの盾にならんとばかりに、カイザーが敷く布陣へと突撃していく。
「よし! アリス、景気良くいっちゃって!」
「はい! チハヤにも剣があるように、私には私の剣があります! いまこそ、それを使うとき!」
黒髪をたなびかせたアリスが、銃と呼ぶには大きすぎる鉄塊を行先へと向けた。
光の剣:スーパーノヴァ、またの名をエンジニア部謹製電磁加速砲。充填された莫大なエネルギーは青いプラズマを伴って、
「──────────光よ!!!」
その一声と共に、凄まじい速度と威力をもって放たれた。
砂漠を駆け抜けた一条の閃光が、カイザーの兵力を真正面から粉砕してゆく。私も数多くの銃弾を斬り落とし、時にはロケット砲すら両断してきたが、流石にアレには太刀打ちできまい。
爆発と共に砂塵が巻き起こり、距離を詰める両陣営の姿が覆い隠される。突然の視界不良に乗じ、アバンギャルドくんは鋼鉄の唸りをあげて敵陣へと突っ込んでゆく。
「ヒフミ、今だ。ミレニアムの生徒達が気を引いてくれている間に、防御の薄いところを突破しよう」
「はい、任せてください!」
ヒフミは卓越した操縦能力を発揮して、砂塵でほとんど見通せない戦場を駆け抜けてゆく。当然のように操縦桿を操っているが、恐るべきカンと操縦精度だ。これだけの視界不良でありながら、立ち塞がる敵の車両に一度もぶつかることがない。だが、
「──────────きゃあ!」
軽快に駆けていたクルセイダーの左側面に、強烈な衝撃が走り抜けた。
ヒフミの操縦技術は凄まじいが、いかんせん、あまりに敵の数が多すぎた。怒涛の弾幕を避けきれず、対戦車ライフルが直撃してしまったらしい。
「大丈夫、損傷は軽微だ。でも……くそっ、履帯が外れてしまった。これ以上の走行は難しい」
「アズサ、ヒフミ、お二人は先生をお願いします。援軍が追いつくまで、私が時間を稼ぎます!」
二人に先生を任せ、私は砂塵吹き荒ぶ戦場に降り立った。
数多くの敵兵が、動きを止めたクルセイダーを取り囲みつつある。吹き荒ぶ砂塵により戦場を見渡すのは困難だが、見えているだけでも傭兵が数十人。戦車や戦闘用ロボット、ドローンを加えれば、もはや数えるのも馬鹿らしい。
「────────……っ」
私は恐怖で震えそうになる四肢に気合いを入れて、白雪の刀身を抜き放った。
この程度の敵なんかに臆するな。私の目標は、私が目指す場所は、こんなところで立ち止まっていてたどり着けるほど甘くないはずだ。
「負けられないんです……私は、こんなところで……!!」
私がぼそりと呟き、勢いよく駆け出そうとしたその時──、
「みなさん、手を挙げてくださいっ!」
ヴァルキューレ警察学校に所属する、私の友人……中務キリノと合歓垣フブキが、私の横に立ち、カイザーの兵士たちに拳銃を突きつけていた。
二人は先陣を切るクルセイダーに追従して、ヴァルキューレの警邏用パトカーに乗って追いついてきたのだ。
「ヴァルキューレ警察学校「生活安全局」所属、中務キリノです! あなた方の特定学校自治区での不当な占拠活動は、連邦生徒会憲章に違反しています!」
「ま、そゆことだから。大人しくご同行をお願いしたいってわけ。言うまでもないと思うけど、こちらには武力制圧に出る準備もあるからね〜」
力強いキリノとフブキの言葉に、しかしカイザーの兵士は失笑を返した。
「はっ。バカを言うのも大概にしろ。貧弱な生活安全局のスズメが二匹援軍に駆けつけた程度で、今更何を変えられる? 兵力の差は見ての通りだ」
「……果たしてそうでしょうか。二匹程度と断じるのは、少々早合点が過ぎましたね。援軍は、私たちだけではありません」
キリノは正義感に燃ゆる瞳のまま、冷静に言葉を返す。その言葉の意味を兵士が理解するよりも早く、吹き荒ぶ砂塵の向こうから、特徴的なサイレン音が鳴り響いた。
茶色く濁る視界の向こうに、赤色の点滅光が何十と浮かび上がる。
「どうやら、これ以上ないタイミングに来てくれたみたいだね」
戦車からひょっこり顔を出した先生が、安堵の表情と共に呟いたと同時。
キリノたちが乗ってきたのと同型の警邏用パトカーが、砂塵を巻き上げながら現れた。
それも今度は一台ではない。何十台というパトカーがクルセイダーを守るように停車し、中から武装した生徒たちが飛び出してくる。彼女らは統制の取れた動きで盾を構え、銃口をカイザーの軍隊へと向けて声高に叫んだ。
「「「我々、ヴァルキューレ警備局職員! 緊急要請に応え、治安維持活動を開始します!」」」
「警備局だと!? なぜだ──D.U.ではないにも関わらず、どうしてヴァルキューレの主力がこうも堂々と介入している!? SRTの特殊部隊でもあるまいに、そんな無茶を通せるはずが……!」
「それはねぇ、おじさん達が呼んだからだよ」
その兵士が最後まで言葉を紡ぐことはなかった。
どこからともなく放たれた散弾銃の弾丸が、この砂塵の中にも関わらず、正確無比に兵士の頭部を撃ち抜いたからだ。
戦場に驚嘆と静寂が満ちる。まるでその登場を予期していたかのように砂塵は止み、眩い陽光がその姿を照らし出した。
「────アビドス対策委員会委員長、小鳥遊ホシノ。今更名乗るっていうのもどうかと思うけど、念のためね」
「HORUS」と刻まれた大盾を携え、煌めく白のショットガンを構えた少女が、そこに立っていた。
否、現れたのは一人だけではない。
不機嫌そうな顔をした黒髪の少女に、巨大なガトリングガンを携えた少女、そして鋭い眼光の狼じみた少女。呆然とする私をよそに、彼女らは怒りの籠った瞳でカイザーの兵たちを睨みつけた。
「うちの自治区で暴れてる厄介者を、ヴァルキューレの力を借りて鎮圧してもらうってわけ〜。別に変なことじゃないよねぇ、これ」
「うんうん。困った時におまわりさんを呼ぶのは、至極当然の事ですよね〜♪」
「そもそも、ここはアンタらの私有地じゃないし。私有地で勝手する分にはまだ許されても、アビドスの自治区を占領するのは道理が通らないわよ」
来るべき役者は揃い、双方、もはや言葉はいらないといった雰囲気だ。遠くからアバンギャルド君が暴れる爆発音が響いてくる中で、しんとした、嵐の前の静けさとでも言うべき沈黙が砂漠を満たす。
一秒、二秒──ほんの僅かな静寂を経て、そして。
「────それではみなさん、交戦開始です!!」
キリノが勢いよく声を上げると同時に、ヴァルキューレとアビドスの生徒からなる混合軍が、一様に声をあげて突撃してゆく。それは向こうも同様で、同時に数百もの銃火器が火を噴いた。
砂塵に変わり、今度は閃光と白煙、爆風と飛び交う銃弾が世界を支配する。小細工も何もない、正面からのぶつかり合いだ。
「うっ……!!」
近場に着弾したロケット弾の爆風から身を庇って、私はクルセイダーの背面に身を隠した。
先生に加えて、いつの間にか戦車を降りたアズサとヒフミも、私と同様にクルセイダーを盾にする。
「────────……!!」
ヴァルキューレとカイザーの主力がぶつかり合う戦場において、アビドスの生徒達は少数にも関わらず、獅子奮迅の戦いぶりを見せていた。
中でも先陣を切るあの少女──小鳥遊ホシノと名乗った生徒が、無双とも言える突破力で道を切り開いてゆく。
遠目に見てもわかる、凄まじい戦闘能力だ。私の猛者人別帳に記載はないが、彼女の戦闘力はきっと、このキヴォトスでも有数の……、
「……ハヤ、チハヤ!」
強者を求めてさすらっていた頃の癖で、つい熱心に観察してしまっていた私を、アズサの声が現実へと引き戻した。
「今がチャンスだ。戦場がこう着状態になるまえに、ヴァルキューレとアビドスに続いてカイザーの布陣に穴を開ける。その穴をついて、チハヤは先生と箱舟の中に侵入してくれ」
「はい。ここは私たちに任せて進んでください。悪い人たちは、私たちが食い止めます!」
飛び交う銃弾がクルセイダーの装甲を叩く金属音が連続する中で、しかし二人の面持ちに迷いはないようだ。
私は少しだけ迷って、先生の方を見やった。
本当に私は、ここにみんなを置いていってもいいのだろうか。その結果、私のために戦った誰かが取り返しのつかない怪我をしたとき、私はその事実に耐えられるのだろうか……。
そんな心中の不安を拭うように、先生は力強く言った。
「大丈夫だよ、チハヤ。ここに集まってくれた皆が、君のことを信じて戦っているように──私たちも、今は皆を信じて前に進もう」
アズサとヒフミの二人が、その言葉にこくりと頷く。
それを見て、私は最後の迷いを振り切った。
先生の言葉の通りだ。いま、多くの友人たちが、私のために戦ってくれている。彼女らの信頼に応える術があるとすれば、それは、たった一つしか存在しない。
ミフユに勝利し、この戦いを終わらせる。
「……行きましょう、先生。降り注ぐ銃弾は、私が全て斬り捨てます!」
ならば今は、迷わず前に進むのみ。
私は先生を連れ、銃弾飛び交う戦場へと飛び出した。
◆
十分後。私と先生は無事に箱舟への侵入を果たし、箱舟の内部を進んでいた。
周囲は異様なまでの静けさに包まれ、敵の気配どころか、生物の気配すらない。かつては回廊のような役割を果たしていたであろう道のりには、無機質な静寂だけが残されている。
どうやらヒマリの予想通り、箱舟の中にカイザーの兵士は配置されていないようだ。敵がいるとすれば、それは恐らく一人のみ。
「────────────」
それにしても。これがつい数ヶ月前まで上空に浮遊し、世界を破滅させようとしていたなんて、とても信じられない。
先生が生徒達を率い、ここに座していた脅威を打ち倒していなければ、今ごろ世界は終わっていたのだろうか。そのことを確かめるように、私は先生に向かって問いかけた。
「先生は、かつてここを通ったんですよね?」
「うん。あの時も、私は多くの生徒たちの力を借りることになった。本当に、感謝してもしきれないね」
先生は当時を思い出すように、崩れた壁や天井を眺めながら呟いた。
「……ここでの戦いの際、先生は自分を犠牲にして生徒を脱出させ、一人箱舟に残ったと聞きました」
「誰から聞いたのかな、それ」
先生は苦笑して、困ったように頭を掻いた。そういう事をする人だとは考えていたが、どうやら真実だったようだ。
自分の命を犠牲にしてでも、生徒の命を優先させる。それはきっと、尋常ならざる重みを伴う選択であったに違いない。仮に私が同じ立場に立っていたとして、私は同じ選択をできるのだろうか……。
「先生は、怖くはなかったんですか?」
そんなことを考えながら、私は先生に問いかけた。
「怖くないと言えば嘘になるね。私だって死ぬのは怖い。それでも、私には責任があるから」
「責任、ですか?」
「うん。信念と言い換えてもいいかもしれない。大人として子供を守り、先生として生徒を守る。それはいついかなる時も、私の果たすべき責任だ。どんな方法だったとしても、いかなる代償を払ったとしても──大人として、責任から逃げる訳にはいかない」
いなくなった誰かを思い出すような優しい瞳で、先生は己が背負うものについて話した。
道理で、先生の背中はいつも大きく見えるわけだ。私が──私のような子どもが思うよりもずっと重く、大きなものを背負っているからこそ、先生は先生なのだと、ここでようやく思い至る。
「先生は、やはり立派な人ですね」
そう呟きながら、自分ことについて考えてみた。
私には、先生のように確固たる信念はないし、背負っているものもない。泡沫のように儚い夢にしがみついているだけの、無力な子どもだ。
……それでも、もし、自分に許されるのなら、
「私も、先生のように強くなりたいと思います。どんな苦境に立たされても、最後の時まで、己の信念を貫けるように」
「────……うん。きっと、チハヤならできるよ」
長い回廊が終わり、私たちは箱舟の中心部へと踏み入った。
そこには巨大なホールのような空間が広がっていた。かつては管制室に近い役割を果たしていたそこは、今やいたるところが崩れ落ち、空に開いた大穴から眩い光が差し込んでいる。
地上に墜落したアトラ・ハシースの箱舟、その残骸の果て。かつて先生が「色彩の嚮導者」と激闘を繰り広げた場所。奇しくも、かつて「彼女」と戦った廃工場と同じような空気を感じて、私は無意識に唾を飲み込んだ。
「待っていたわ、八重垣チハヤ」
冷たく透き通るような声が、私の名前を呼ぶ。そこにはただ一人、同じ遺物を有する少女が立っていた。
「ミフユ、さん……」
腰の刀に手をかけながら、その名前を口にする。
肌を刺すようにピリついた空気は、既にこの空間が戦場であることを示していた。遺物を操る彼女にとって、物理的な距離など関係がない。この空間全てが彼女の間合いなのだ。一瞬でも気を抜けば、その瞬間に斬り捨てられかねない。
「愚かね。あれだけ傷つけられたのに、自分から私の元までやって来るなんて。それとも、大人しくその遺物を渡す気になった?」
私は、思わず口をつぐんだ。彼女がゆっくりと遺物を鞘から引き抜き、私に向けて構えたからだ。
その瞬間に、かつての記憶がフラッシュバックする。
幾度となく閃く赤の輝き。全身を斬り刻まれた痛み。自分が自分でなくなる恐怖。夢が偽物に過ぎなかったと知る絶望。
「…………ッ……はっ…………ひゅぅ……はっ……」
過呼吸みたいに息が荒い。全身が総毛立つ。心の奥底に刻まれた傷が、痛みを伴って私に警告する。
この敵には刃向かうな。この敵と戦うな。さもなければ、私はまた、あの時のような痛みと絶望を味わうに決まっている──……。
「震えているじゃない。そんな有様で、本当に私と戦うつもり?」
地面を踏み締める両足は、ミフユの指摘通りに情けなく震えていた。あの時と同じように、心臓をわし掴みにされたような恐怖が、私の全身を縛り付けている。
もはや、サムライの仮面に頼ることはできない。私はこれから、この恐怖を乗り越え、そしてミフユという最大の敵すらも打倒しなければならないのだ。
その困難な道筋に、目眩すら起こしそうになる。
それでも、
「──────……戦います」
そう言い放って、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。
ここに立つ私は決して一人じゃない。私の後ろには数多くの友人たちが、そして主たる先生がいる。その事実が、折れそうになる心を支えてくれる。
「サムライは……臆さず、怯まず、どんな戦いであろうと動じないもの。たとえ相手がミフユさんでも、私は最後まで戦います」
その言葉に、ミフユはぴくりと眉を顰めた。
「まだそんな妄言を吐いているの、あなたは。自分がサムライなんかではないと、先の戦いで思い知ったでしょうに。分かっていながらなお、割れた仮面に縋ることしかできないのなら……哀れね、八重垣チハヤ」
「……そうですね。確かに、私は醜い偽物です。無価値な自分から目を逸らし、サムライという仮面を被って現実から逃げて。今なお、立派なサムライになるという蒙昧な夢を諦めきれない愚か者です。それでも────」
それでも、だ。
ミフユの言葉はどうしようもなく正しくて、私だってそれは認めざるを得ないけれど、彼女は一つだけ間違っている。
その事実を示すため、私は柄にかけた手に力を込めて、勢いよく引き抜いた。
「たとえ私が偽物だったとしても、私の中にたった一つ、
音もなく抜刀された刀身が露わになり、輝きを放つ。
まるで夜闇に浮かぶ三日月のように、静謐な美しさをたたえた円弧の刃。その波紋越しにミフユの姿を見つめながら、私は続ける。
「──……この刀の名前は、「彼岸白雪」といいます。あなたに追いつきたい。いつかあなたのようになりたい。そう思ってつけた名前です」
白い彼岸花が咲き誇る、光差し込む廃墟の中に、ひっそりとこの刀は置かれていた。私はその花々を見て、この刀に与える銘を決めたのだ。
何年かかろうと、いつの日か追いついてみせる。
彼女と出会った日に抱いた覚悟を、八重垣チハヤという人間の
「たとえ私が、無価値でちっぽけな偽物だったとしても────この胸に抱くあなたへの憧れは、揺らぐことなんてありません!!」
そうだ。からっぽの虚像に残る最後の熱は、まだ燃えている。
それは、こうして彼女と相対することができた今、あらゆる恐怖をねじ伏せるだけの熱量をもって轟々と燃え盛っている。
信念が揺らいでも、抱いてきた夢が幻でも、こうして彼女の前に立てるほどに熱く、強く。
「白いリコリスの花言葉なんて、見かけによらずロマンチストね。でも、あなたが私にどんな感情を持とうと、私には関係ない。私は私なりに信じるものがあって、守らなければならないものがある。これは、ただそれだけの話でしょう」
「ええ。互いの信じるものが衝突する以上、あとは剣にて語るしかありません」
その言葉を契機として、ミフユの全身から、肌で感じられるほどの殺気が放出された。言葉を捨て、完全に臨戦体制に入ったのだ。
だが、それは私も同じだ。
ゆっくりと重心を下げ、抜き放った刀を構えて、親友の柄を力強く握りしめる。獣すら射殺すほどの眼光を両目に宿し、強くミフユの姿を睨みつける。
「いざ、尋常に────」
すぅ、と息を吸い込み、内なる覚悟を引き締めて。
「勝負っ!!」
私がそう叫んだと同時、互いの足は地面を蹴った。