キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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もう二度と、私は

 

 八重垣チハヤが、もう一振りの「遺物」を持つ少女──雪峰ミフユに襲撃され、病院に搬送されたあの日から五日。

 

「────────」

 

 D.U.を巡る路線バスから降りた先生は、目の前に聳え立つ巨大な建物を見やって目を細めた。

 白を基調とした、清潔感のある建築物。先日、襲撃を受けて重傷を負った生徒──八重垣チハヤが入院している病院だった。

 

「先生、お待ちしていました」

 

 正門に近づくと、一人の生徒がこちらに駆け寄ってきた。

 トリニティの救護騎士団に所属する少女、鷲見セリナだ。

 

「待たせてごめんね、セリナ。早速、チハヤに会わせてもらえるかな」

 

 セリナは頷き、院内を先導して歩き始める。

 救護騎士団に所属する彼女は、学業の合間を縫って、各地域の病院で医療ボランティア活動に従事している。この病院もその一つだ。

 セリナはチハヤが搬送された後も、ボランティア活動の一環として、ここでチハヤの看護を行ってくれている。

 

「チハヤの様子はどう?」

 

「外傷の方はほとんど完治しています。お医者さんも目を見張るくらいの、驚異的な回復力でした。ですが……」

 

 歩きながら、セリナは鎮痛な面持ちで言葉を濁す。

 

「……精神的な傷は、治っていないんだね?」

 

「ご推察の通りです。チハヤさんは……あの、ミフユという女の子に痛めつけられたうえ……酷いことを言われてしまったみたいで」

 

「酷いこと……?」

 

「私にも詳細は話してくれないんですが……チハヤさん、一歩も病室から出ようとしないんです。ほとんど食事も食べず、どこか無気力になってしまって……」

 

 やっぱりか、と先生は内心で唸った。

 チハヤがいつも通りならば、傷が治るや否や積極的に顔を見せて、心配する周囲を安心させようとするはずだ。

 それが、いくらメッセージを送っても返事はなく、今回は無言を貫いている。

 だからこそ、先生はチハヤと直接会って話すために、この病院を訪れたのだ。

 

「先生」

 

 セリナは足を止めて、先生の顔を真剣な眼差しで見上げた。

 

「……今のチハヤさんには、先生が必要です。どうか、傷ついているチハヤさんに寄り添ってあげてくれませんか」

 

 

 

 私は何を考えるでもなく、病院の窓から見える景色を眺めていた。季節はちょうど春先で、病院の庭には満開間近の桜が美しく咲き誇っている。

 与えられた個室には、静寂だけが満ちていた。

 私の他には誰もいない、寂しい病室。あるのはベッドと備え付けのテレビ、来客用の椅子だけ。まるで今の私の写し身のように、からっぽで、無色だ。

 

「────チハヤ、入るよ?」

 

 こんこん、という静かなノックの音に、私はのろのろと首を回した。

 スライド式の扉をゆっくりと開いて、奥から背の高い人物が姿を見せる。先生だ。私はその顔をちゃんと見ることができずに、無機質な床に視線を彷徨わせて言った。

 

「先生……えっと、来てくれたんですね。その、ごめんなさい……ご心配をおかけしました」

 

「謝るべきなのは私だ。カイザーの動向には注意していたのに、彼女を止められなかった。──チハヤを危ない目に遭わせてしまった」

 

 言葉を紡ぎながら、先生は強く拳を握っていた。

 選択が誤っていたことへの後悔と、自分への怒り。極力隠そうとしても滲み出るその感情に、私はなんだか申し訳なくなって、話題を逸らすように来客用の椅子を指差した。

 

「先生、そのことは大丈夫ですから。椅子があるので、とりあえず座ってください」

 

「ああ……そうだね、ありがとう」

 

 先生は私の言葉に従って、小さめの椅子に腰掛けた。

 なんだか、ぎこちない空気だ。先生はいつも通りなのに、上手く会話が弾まない。それはつまり、私の方が調子を乱しているということなのだろう。

 

「傷はおおかた治ったんだってね。良かった」

 

「わ、私は頑丈ですから。縫合後の抜糸も済みましたし、ほとんど傷も残りませんでした」

 

 先生が出した話題に乗っかって、私はぎこちないながらも話し始める。

 この病院に搬送されたあと、私はまる二日ほど目を覚まさなかったらしい。意識を取り戻したのは、入院してから三日が過ぎた後のことだった。

 

「私の治癒力に感謝しないといけませんね、ははは……」

 

 どちらともなく会話が終わって、病室には元の沈黙が訪れた。

 外から小鳥が囀る声が響く。時計が時を刻む音は、いつもよりもずっと大きくなったようだ。

 

「────……チハヤ、病院の外に出てみる気はないかな?」

 

 長い沈黙の後、先生は意を決したように切り出した。

 きっと、先生の本題はそれだったのだろう。私は思わず姿勢を正して、先生の言葉に耳を傾ける。

 

「チハヤを心配している生徒がシャーレに押しかけているんだ。ヴァルキューレやミレニアム、トリニティからも。一度でいいから、皆に顔を見せてあげられないかな?」

 

 先生は慎重に言葉を選びながら、私の瞳を覗き込む。

 その言葉に嘘はないだろう。実際、既に私のスマートフォンには、安否を確認するメッセージが幾つも届いている。体調面にも問題がない以上、私は今すぐシャーレに赴いて、友人に無事な顔を見せてあげるべきだ。

 

「…………………それは、できません」

 

 しかし。正しい答えがわかっているくせに、私はその答えを口にしなかった。

 空いた左手で毛布をぎゅっと握りしめて、逃げるように視線を落とす。

 

「今は……誰とも……会いたく、ないんです。恥ずかしくて、いまさら……皆さんに顔向けできないんです」

 

 私の答えに、しかし先生が動揺する様子はなかった。

 

「チハヤは、どうして恥ずかしいと思うの?」

 

「私のような弱虫が……「サムライ」だなんて自称していたことが……恥ずかしいんです」

 

 私は、ミフユに告げられたことを全て話した。

 己を「サムライ」だと定める私の行為は、ただ弱虫な自分を隠す仮面に過ぎないということ。立派なサムライになるという夢も、サムライという仮面を強固にするための、恥の上塗りでしかないこと。

 

「私は、ミフユさんの言葉に、反論しようとしました。でも、できなかった……私自身、その言葉に納得してしまったんです」

 

「チハヤ。何も言い返せなかったからといって、それが真実ということにはならないよ」

 

「いえ……きっとこの事に関しては、ミフユさんが正しいと思います。私自身、ずっと引っかかっていたんです。立派なサムライになって、それで私は何がしたいんだろうって」

 

 記憶を紐解いて、このD.U.にやってきた日のことを思い出す。先生に会って、それからその日の当番だったキリノに会って、彼女と生活安全局に向かうことになった。あの時、彼女は言っていたではないか。

 

『でも、大切なのは所属や肩書きではなく、「何をするか」です』

 

 警備局への配属という夢を語った上で、そう言ってみせたキリノに、私はどうしようもない違和感を抱いた。だが、その違和感が分からずに、すぐに話を逸らしてしまった。

 でも、今なら「違和感」の正体が理解できる。

 

「私はずっと、サムライという肩書きしか見ていなかったんです。その後に何がしたいかなんて、考えたことすらなかった」

 

「チハヤ、君は……」

 

「信念もなければ具体性もない。はは……私は所詮、サムライの偽物(・・)だったんですよ」

 

 私は自嘲ぎみな笑いをこぼして、先生の顔を見やった。どうせなら先生にも笑ってほしかった。亀裂だらけの私の心は、いっそ誰かに粉々にされたいと願っていた。

 なのに、先生は真剣な瞳でこちらを見つめるだけだった。

 

「……先生。私はもう二度と、自分がサムライだなんて妄言は言わないつもりです」

 

 私のことを笑ってくれない先生に、かすかな苛立ちを覚えながら告げる。毛布を握る左手に、より一層の力がこもった。

 

「だからもう、放っておいてくれませんか。先生だって多忙ですし、明後日には拘留期間も終わります。そうしたら、誰にも迷惑はかけず、大人しく百鬼夜行に帰りますから……」

 

 気がつけば、シャーレへの勾留期間は今日を含めてあと三日しか残っていない。

 勾留とは名ばかりの滞在だったが、それでも、環境が大きく変われば区切りもつきやすい。私は百鬼夜行に、サムライとしてではなく、ただの「八重垣チハヤ」として戻る覚悟を固めていた。そうして夢を捨てて、分不相応に、ただの学生としてひっそりと生きていくつもりだ。

 それなのに──先生は揺るがぬ視線を私に向けたまま、ハッキリと断言した。

 

「私は、今でもチハヤのことを、立派なサムライだと思ってるよ」

 

 その素直な言葉に、私の心がざわついた。

 どうしてそんな事を言えるのだろう。無責任な期待を向けられたって、今の私には不愉快なだけだ。

 私はミフユに手も足も出ずに敗北した。それどころか、何かを言い返すことすらできなかった。事実は全て、私のほうが間違っていることを示しているのに。

 

「────先生、そんな慰めは不要です。これは私が決めた事なんですから」

 

「これは慰めなんかじゃない。本気で、私はそう思っているよ」

 

 私が少し声色を強めて否定したにも関わらず、先生は全く怯まず反論した。

 

「チハヤの真摯でひたむきな努力を私は知っている。サムライという存在にかける情熱も知っている。かれこれ一ヶ月、一番近くでチハヤを見てきたんだから。たとえ君が自分を信じられなくなっても、私は信じる」

 

 ぐ、と言葉に詰まって、観念するように先生を睨みつける。先生の瞳は見たことがないくらいに真剣で、私の揺れる瞳をまっすぐに見据えていた。

 先生は本気で、まだ私を信じるつもりなんだ。

 そのことを理解して、先生の瞳に映る、今にも泣き出しそうな私自身を見つめた瞬間、

 

「──────なん、で」

 

 色々な感情が渦巻いて、絡みあって、爆発した。

 

「なんでっ、いつもいつも先生はっ!! 私のことを見限ってくれないんですかっ!!!」

 

 病院に響き渡るような怒声にも、先生は微動だにしなかった。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、何を言いたいのか分からない。思考回路がめちゃくちゃで、いま考えていることすら分からなくなる。それなのに、胸中で渦巻く感情の奔流は、私に言葉を出力させてしまう。

 

「最初にシャーレに来たときも! カイテンジャーと戦ったときも! 今も! 私自身が諦めているのに、なんで先生は私のことを諦めてくれないんですかっ!!」

 

 感情がコントロールできない。こんなに語気を強めたくないのに、先生は何も悪くないのに、悪いのは全部私なのに、加熱していく感情の渦を抑えられない。

 どうして、どうして、どうして。

 なんで先生は私を見限ってくれないのかと、叫ぶように訴える。

 

「私は結局、都合よく自分を変えたかっただけ! そのために「サムライ」という肩書を利用しただけの、醜い偽物なんです! だから、もう、こんなハリボテの夢は諦めるんです!!」

 

 ……だから、お願いだから、先生にも見限ってほしい。私のことを否定してほしい。

 そうすれば、私は心置きなく、この夢に別れを告げることができるのに。

 そんな、ある種の救いを求めて声を荒げる私に、諭すように先生は言った。

 

「チハヤ。君は自分に嘘をついているね」

 

「そ……そうですよ、私は嘘つきです! 自分を騙すためにサムライだなんて名乗っていた、卑怯な……!!」

 

「違うよ」

 

 先生は言葉を遮り、いつも私を撫でてくれるその暖かな手で、私の手元を指差した。

 

「夢を諦める、と言うならどうして、チハヤはまだそれ(・・)を持っているの?」

 

 その言葉に導かれるように、ゆっくりと視線を落とす。

 先生の指差した先──私の右手の中には、鞘に収められたままの「彼岸白雪」が、いつもと変わりなく鎮座していた。まるで、私の元に在るのが当然だと言わんばかりに。

 思わず目を見開いて、半開きの口から声が漏れる。

 

「しら、ゆき……」

 

 私が夢を諦めると言うのなら、これを手元に置いておく必要はない。

 カイザーPMCやミフユがいつ襲撃してくるかわからない今、こんな危険物を抱えておくのは危険すぎる。先生に渡すか、最悪どこかに捨ててしまえばいい。そうすれば、私が矢面に立って危険な目に遭う事はないではいか。

 もう、あんな痛くて怖い経験をしないで済む。

 これ以上、偽物である自分に苦しまずに済む。

 

 ……それなのに、どうして、これを手放すという考えに至らなかったのか。

 

「自分にどれだけ失望しても、チハヤは刀を手放す事を考えなかった。それはきっと、チハヤが心の奥で、まだ諦めたくないと思っている証拠だよ」

 

「そんな……私は……本当に…………?」

 

「チハヤ、君の素直な気持ちを教えてほしい。チハヤは本当に、立派なサムライになる夢を諦めたい? ミフユの言葉を受け入れて、この「彼岸白雪」を手放したいと思う?」

 

 私は呆然と白雪の鞘を見つめながら、先生の言葉を脳内で反芻した。

 私の素直な気持ち。大嵐のように荒れ狂う心の表層のずっと奥に沈んだ、本当の意思。

 考える。何度も何度も自問自答を繰り返して、その問いかけの答えを探して、そうして浮かび上がった言葉、それは……。

 

「いや、だ」

 

 無意識に呟いたその三文字が、私の答えった。

 いやだ。こんなの嫌だ。たとえ私が偽物でも、この夢を諦めてしまうのは嫌だ。己の半身である白雪を手放すのも嫌だ。最後まで抗わずに、ミフユの言葉に従って心折れるのも嫌だ。

 私は正しくないのかもしれない。私の全部は間違っているのかもしれない。でも、それでも。

 

「先生……わたし…………諦めたく、ないです」

 

 いつの間にか目尻に溢れていた涙が、頬を伝って毛布に落ちた。

 ふるふると震えながら、私は自分の中に残る熱量を確かめるように、不確かで幼稚な言葉を吐き出していく。

 

「わたしっ……わたしは、い゛やですっ……! この夢が間違ってても、私がたとえ偽物でも……それでも、サムライに、なりたいんです……!!」

 

 私の、自分でも何を言ってるのか曖昧な言葉を、しかし先生はしっかりと聞き届けて、それまでの表情を崩して笑みを浮かべた。

 

「チハヤ、君は夢を諦めるべきじゃない。自分で出した結論ならともかく、それはミフユの答えだからね。「夢」というのは、あくまでその個人が抱くものだ。──決して、他の誰かに侵害されていいものじゃない」

 

 先生は、とっくに気付いていたのだ。私が心の奥底で何を考えているのかも、本当はどうしたいのかも。

 

「大丈夫。今は自分を許せなくても、チハヤは自分の夢に真摯だ。努力を続ける限り、きっといつか、本当のサムライになれる日は来る。そのためなら、私はなんだって協力するよ」

 

「せん、せ……わたし、わた、し、はっ……!!」

 

「だから、自分に嘘をつくのはもうやめにしよう。それはただ、君自身を傷つけるだけだよ」

 

 張り詰めていたものがぷつんと切れて、私は大声をあげて泣いた。

 やっぱり私は偽物なんだと思う。立派なサムライは、こんな赤ちゃんみたいにわんわん泣いたりするような、情けない存在ではないはずのに。

 でも、今だけはその暖かさに甘えたい。私はごちゃごちゃ考えるのをやめて、先生の胸に顔を埋めた。

 

 

「そろそろ落ち着いたかな、チハヤ」

 

 どれだけ時間が経っただろうか。

 私の嗚咽が止まったころを見計らって、気遣うように声をかけた。実はすでに、とっくに泣き止んではいる。ただ、先生の胸にしがみついて頭を埋めている今の状況が、いざ冷静になると恥ずかしくなってきて、顔を上げられないだけだ。

 

「う゛〜……………」

 

「うん、元気そうだね」

 

 恥ずかしさを押し殺す唸り声をあげて顔を上げると、先生はにっこりと笑ってみせた。その後、真面目な声色になって先生は続ける。

 

「チハヤ。私達は、ミフユを止めないといけない。彼女は今、カイザーPMCの手によって、進むべき道を誤ろうとしている」

 

 その言葉に、私はすっかり忘れかけていた現状を再認識した。

 そうだ。私が自分の気持ちに整理をつけたところで、状況は何も変わっていないのだ。カイザーは依然として悪事を企てていて、私と白雪は狙われる立場にあり、何よりも未だミフユはカイザーの配下にある。

 何か行動をとらなければ、また同じことを繰り返すだけだ。

 

「────私は、今度はこちらから動きたいと考えてる。これ以上カイザーの好き勝手はさせない。あの「遺物」を奪取し、ミフユの凶行を防ぐ。チハヤにも、ミフユを止めるのを手伝ってほしい」

 

「もちろんです、先生」

 

 私は即答して、毛布の上に寝かせた白雪の鞘を両手で握り締めた。

 雪峰ミフユ。私の目標にして、最大の敵にして、同じ「遺物」を有するもの。

 彼女について深く知っているわけではない。むしろ、私は一方的に痛めつけられた側で、ある意味では被害者の立場だ。

 けれど、私は彼女を糾弾するつもりはない。その理由は、きっと彼女も私と同じ(・・)だからだ。

 

「きっと、ミフユさんは私と同じように、現実に追い詰められて、どこに進めばいいかわからくなっているんです。だから……今のミフユさんにも、先生のような大人の導きが必要なんだと思います」

 

 あの廃工場で相対した彼女の顔は、ついさっき、先生の瞳に映った私の顔にそっくりだった。

 己が進むべき道を見失い、理想と現実の乖離に苦しみ、どこに行くべきかも分からずに絶望した、迷子の子供の顔だった。

 

「うん。任せて」

 

「ありがとうございます、先生。それなら、もうグスグズしている暇はありませんね」

 

 既に、勾留期間は三日しか残っていないのだ。

 別に期間を過ぎてもD.U.に留まることは可能だろうが、いたずらに生徒を滞在させていたのでは、シャーレにあらぬ疑いがかかりかねない。

 この三日間で、なんとしてもカイザーと決着をつけねばならない。恐らく先生も同じ事を考えているだろう。だがそれは、私とミフユの完全な決着をも意味している……。

 

「すぐにでもシャーレに戻って作戦会議を、と言いたいんですが……その前に、一つだけお願いがあります」

 

 威勢よく立ち上がったはよかったが、私はすぐに言葉の強さを弱めて、すぐにベッドに座り込んだ。

 不思議な顔をする先生に、私は若干しどろもどろになりつつ続ける。

 

「そ……その、お願いというのは……その」

 

「うん。どうしたの?」

 

「わ……わ……私の、あ、(あるじ)になってもらえませんかっ!」

 

 私は恥ずかしさを押し殺さんと目を瞑ったまま、その「お願い」を最後まで言い切った。

 先生はぽかんとした表情を浮かべている。いや、それは確かにそうだ。いきなり「主になれ」だなんて言われたこともないだろうし、誰かの主になった経験もないだろうから、致しかたない。

 先の言葉を補足するため、慌てて口を開く。

 

「そ、その、何度か言ってはきましたが、サムライというのは元来、ただ一人の主に仕えるものでして。先生なら、私が生涯をかけて仕える相手として適任かなと、いや、別にそういう深い意味とかじゃなくて、一生一緒にいたいとか言ってるわけじゃなくて!」

 

「チハヤ、お、落ち着いて。ゆっくり、ゆっくり」

 

 先生が心配そうに私を止めてくれたおかげで、私は一度深呼吸を挟み、やっと多少の冷静さを取り戻した。

 

「……す、すみません、いきなり変なことを言って。その、こうしてお願いしたのには理由があるんです」

 

 私は弁明してから、自分の両手を先生に差し出した。

 大切な「彼岸白雪」を握りしめている両手は、よく見れば小刻みに震えているのがわかる。先生はそれを見て、ハッと瞳を見開いた。

 

「先生のおかげで、自暴自棄になるのはやめましたが……結局、私が被っていた「サムライ」の仮面は壊れたままです。前みたいな、強気も勇気も出せそうにありません。さっきは威勢のいいことを言いましたが、またミフユさんの前に立つと考えると、震えが……」

 

 ミフユのことを考えると、あの戦いが脳裏に蘇る。

 一方的に斬りつけられ、深々と肉を抉られる激痛。絶対零度の瞳に射抜かれる恐怖。憧れていた人に痛めつけられる絶望。

 以前までの私は、刀を持っている限り強気なサムライに変化できていたが、今となってはそれも困難だ。私は「私」のまま、これから戦っていかねばならない。

 

「でも、先生。私はどうしようもない弱虫ですが……先生がいてくれるなら、木っ端みたいな勇気だって振り絞れるんです。不思議と、戦える気がするんです」

 

 カイテンジャーとの戦いを思い出して、私は先生の瞳を見つめた。

 

「だから、先生に、私の(あるじ)になってほしいんです。私が偽物でも、その虚勢を少しでも貼り続けられるように。再びミフユさんとあいまみえた時、今度こそ勝てるように」

 

 沈黙が訪れる。こんな理由で主になって欲しいなんて、勝手だし、不純な動機だし、いまさら主を持ったところで本物のサムライになれるはずもない。

 でも、そんな事は分かっている。全部分かった上で、私は先生にお願いしている。故に、これはただの「わがまま」だ。だから、断られるのが当然だと思うけれど、それでも口にしておきたかった。

 私が主と認める人なんて、きっとこのキヴォトスに、ただ一人しかいないのだから。

 

「────もちろん、構わないよ」

 

 が、先生は当然のように了承した。

 僅かな沈黙の合間に私がどれだけ考えを巡らせて、「いやごめんなさいやっぱりいいです」と五回くらい言いかけたことにも気付かず、至極あっさりと受け入れてしまった。

 

「それが、チハヤの望みならね」

 

「ありがとうございます。先生。本当に、あなたは……」

 

 続く言葉をぐっと飲み込んで、涙の浮かぶ瞳をごしごしと擦った。この続きを口にすることがあるとしても、それはずっと先にとっておくべきだ。

 だからその代わり、確固たる誓いを主に告げる。

 

「────先生。私、もう二度と負けません」

 

 それは自分への戒めでもあった。たとえ己が偽物であっても、先生という主がいてくれることに変わりはない。だからこそ、もう二度と、負けるなんてことは許されない。

 

「私はミフユさんを超え、カイザーを倒して……この遺物を巡る争いに、必ずや決着をつけてみせます!」

 

 恐怖は残っている。だが、それよりもずっと大きな熱が、私の胸の中には生まれていた。

 

 決戦の日は近い。

 二振りの遺物をめぐって生じた因縁は、二年の時を経て、ようやく終着へと至ろうとしていた。

 

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