キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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仕組まれた争い

 

「これも仕事だ。目標確保の障害となるのであれば、先達(せんだつ)といえど排除する」

 

「ふん。悪いけど、裏社会の競争に負けるつもりはないわ。……私達、「便利屋68」はね!」

 

 苦しい状況に、私は汗を拭う余裕もなく唇を噛んだ。

 心中の焦燥をこらえ、自分の置かれた状況を整理する。先生とは分断されてしまい、頼れるのは己の力だけ。前には「便利屋」を名乗る四人組が立ち塞がり、後ろには謎のヘルメット団員が構えている。

 

(どうするにせよ、どちらか一方を突破しなければ勝ち目がありませんね……)

 

 前に進むか後ろに進むか、一秒で決断する。あとは私の身体能力と、天任せの運に全てを託すしかない。

 ゆっくりと、見せつけるように右手で刀を構えながら、外套に隠した左手で煙幕弾のピンを抜いた。

 

煙幕弾(スモーク)! 警戒!」

 

 四人組のうち一人がめざとく警告を発し、ショットガンを手にした少女が前へと躍り出る。その銃口が火を噴くと同時、私は180度反転して走り出した。

 スタートの合図を告げるように、転がした煙幕弾が炸裂する。

 爆発じみた勢いで拡散する白煙にまぎれ、後方のヘルメット団に向かって突撃する──と見せかけて地面に伏せる。

 

「アル様、敵が逃げます!」

 

 私の前後で散発的に銃声が轟き、伏せた身体のすぐ上を何発かの弾丸が貫いていく。すぐにでも走り出したい気持ちをこらえて、白煙に紛れて伏せ続ける。

 すると、煙の向こうから悲鳴が上がった。

 

「あだだだだだだだだだ! ち、ちょっと、痛いんですけどお!??」

 

「あはは、アルちゃん狙撃手なのにかっこつけて前に出てくるから~」

 

 音源は前方、声の主は四人組のリーダーらしき少女だろう。私が煙中で伏せたことにより、後方に位置するヘルメット団の銃撃が、そのまま目の前の四人組を襲ったのだ。

 背後のヘルメット団は私が前に逃げたと思い込み、前の四人組は逆の事を考える。結果、煙越しに互いに互いを攻撃することになり、どっちに逃げたのかと混乱が生じ……、

 

(……今!)

 

 僅かながら両者からの銃声が止んだ瞬間、私は勢いよく前に向かってダッシュした。

 数的に不利な前方へと走った理由は一つ。近距離に飛び込めば、集団は誤射を恐れて動きが鈍りやすいからだ。

 

「く……!?」

 

「うわっと!?」

 

 前衛を務めるショットガンの少女と、サイドテールの少女の間へと果敢に飛び込む。

 濃い白煙の中では、どちらが私でどちらが味方かを判別するのは難しい。発砲に僅かなためらいが生じた隙をつき、白煙の外へと走り出る。

 

「抜けられた。社長!」

 

「ええ、行かせるもんですか!」

 

 が。私が煙から出るのを待っていたとばかりに、ライフルによる一撃が放たれた。それを渾身の一閃で弾く──が、逸れた跳弾は真横のぼろビルに直撃し、着弾点にて大爆発を巻き起こす。

 至近からの爆風にあおられて、私の身体がふわりと飛んだ。

 着地点には、呆然とこちらを眺めるコート少女が立っていた。なんとか空中で姿勢を整えようとしたが時既に遅く、私は頭から墜落して──、

 

「「あいだあっ!?」」

 

 ごちぃん、と聞くだけで痛そうな音を立てて、私とコート少女の額が激突した。

 視界に大量の火花が散り、二人でもつれ合いながら五メートルは転がって停止する。

 

「う゛うううう〜〜……っっ!? な、なんで、よりによって私のところに飛んでくるのよぉ……!?」

 

 互いにたんこぶを作って地面をのたうち回ったが、私の方が回復は早い。ど根性に任せて立ち上がり、コート少女を乗り越えて走り出すが──、

 

「通すか……!」

 

 最後の一人。最も冷静に状況を見ていた拳銃使いが、私の脳天に銃口を突きつけた。

 まずい。さっきの正面衝突に加えてこの一撃まで受けたら、確実に意識を失う。だが咄嗟の事で、回避も迎撃も間に合わない。

 

(────っ!)

 

 もうだめか、と目を閉じた瞬間。

 突如として放たれた青色の閃光が、薄暗い路地を照らし出した。

 

「「な……!?」」

 

 私と拳銃使いの少女、二人の驚きは同時だった。

 強烈な光の源は、私が握る「彼岸白雪」だ。以前、ゲーム開発部のアリスがこれに触れた時、全く同じ現象が起きた。刀身が真ん中で割れ、内部から膨大な光を溢れさせる。

 それは幸いにも拳銃使いの目をわずかに晦ませ、放たれた銃弾は頬を掠めた。

 まるで白雪が私の危機を察知し、自発的に動いて私を守ったかのような……いや、今は考えている場合ではない。

 

(────今しか、ない!)

 

 その脇を掠めるように走り抜け、とうとう四人組の壁を突破する。

 がむしゃらに地面を蹴り、三、四回ほど路地を曲がったところで、奥から走ってきた人物にぶつかった。

 

「……チハヤ! 無事だった!?」

 

 私を受け止めた大きな体は、間違いなく先生のものだった。隣には、油断なくアサルトライフルを構えるアズサが、ほっとした顔で立っている。はぐれてしまったが、どちらも怪我は無さそうだ。

 思わず安堵して力が抜けそうになり、慌てて気を取り直す。こうしている今も、背後から追手の足音が迫っている。

 

「先生っ! 私は無事ですが、さっき急に刀が光り、いや、それより追手がもうすぐ後ろに……!」

 

「待ちな、さい……っ!!」

 

 私の下手くそな説明が終わるよりも早く、コート少女が腫れたおでこを抑えながら飛び出してきて、 

 

「ぎゅむ!?」

 

 まったく同じように、先生の腕の中に吸い込まれた。

 先生とコート少女に挟まれる形になり、開きっぱの私の口から「ぐえ」と声が漏れる。そんな人間サンドイッチ状態のまま、先生は少し驚いた様子で言った。

 

「あれ、アル?」

 

「なんで先生っ!?!?」

 

 「アル」と呼ばれた少女は白目を剥くくらいの勢いで驚愕し、うっすら涙目の瞳をこれでもかと見開いた。

 先生は銃口を向けるアズサを片手で制しながら、密着する私とコート少女を引き離す。

 

「ええと、なんでアルがチハヤを追っているのかな?」

 

「そ、それは、今回の依頼のターゲットが」

 

「…………………………さない」

 

 アルが言い淀んだところで、ざり、と路地の散乱した瓦礫を踏む音がした。

 場の全員が視線をそちらに向ける。そこに立っていたのは四人組の一人、帽子を被ったショットガンの少女だった。ぶつぶつ、と何かを呟きながら、彼女は私の方へとにじり寄ってくる。

 

「許さない……許さない……アル様の、大切なおでこに傷を……よくも、よくもよくもよくも……!」

 

 俯いた顔がばっ! と上げられ、その怒りに満ち満ちた瞳が私を捉えた。

 彼女はショットガンではなく、どこからか取り出したリモコン、もとい起爆装置を手にしている。それを見た瞬間、私は彼女が言っていたことを思い出した。

 

『こ、このあたり一帯に爆薬を仕掛けに仕掛けてしまったんですが……!』

 

 背筋を寒気が走り抜ける。まったく同じ感覚を味わったであろうアルが、青ざめた顔で待ったをかけようと手を伸ばすが──、

 

「ハルカ、ちょっと待」

 

「よくもおおおおおおおおおお!!!」

 

 アルが言い終わるよりも早く、その細指がボタンを押し。

 瓦礫の下に隠されたC4爆薬が一斉に起爆し、咄嗟に地面に伏せた私とアル、アズサを置いて──逃げ遅れた先生が一人、ロケットみたいに空へとカッ飛んだ。

 

「ん何やってるのよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい生きててごめんなさい……」

 

 焦げてチリチリになった髪の毛を撫でながら、先生は「大丈夫だよ」とショットガンの少女を慰めていた。

 先生の鶴の一声で戦闘は中断され、便利屋の四人と長身のヘルメット団員は既に銃を下ろしている。便利屋はともかく、ヘルメット団まで戦闘を止めるとは予想外だったが……。

 

「ざーんねん、鬼ごっこはここまでか~。せっかく楽しかったのにね?」

 

「いや、別に私は楽しくありませんし……。というか私の編笠返してください!」

 

 いつの間に奪ったのか、サイドテールの少女は私の編笠を指でくるくる回している。私が威嚇すると、少女はあっさり編み笠を手渡してくれたが、悪戯好きな笑顔はそのままだ。まったく油断も隙もない。

 そんな警戒心MAXな私に、歩み寄ってきた先生が問いかけた。

 

「チハヤ、改めて聞くけど身体は大丈夫? 痛むところはない?」

 

「……私は大丈夫です。そう言う先生こそ、身体は大丈夫なんですか? さっき、お星さまになる勢いで吹っ飛んでましたけど」

 

「私は平気。頼れるガードが付いてるからね」

 

 ははは、と何でもないように先生は笑う。この人は生徒のことを過保護なくらい心配するくせに、その生徒が同じことを考えているとは思わないのだろうか。

 そんな私の心中にはとんと気づかない様子で、先生は集った生徒を見渡した。

 

「アズサにチハヤ。二人は知らないと思うから、紹介しないとね。こちらは……」

 

 先生の言葉を遮って、アルと呼ばれていた少女が颯爽と前に出る。

 

「私達は「便利屋68」。金を貰えばなんでもする、キヴォトスの暗部をさすらう極悪非道なアウトロー集団。私が社長を務める「陸八魔アル」よ」

 

 やけに堂々とした名乗りだったが、私は返答に窮して口を閉じた。

 アルの口にしたおどろおどろしい肩書きと、さっきまで目にしていた彼女の姿が一致しないからだ。頭をぶつけて一緒に転げ回ったり、先生を見つけて白目になったり、突然の爆破に取り乱したり……。

 

「お、おほん。あまり伝わっていないようだけど、これはちゃちなアルバイトなんかじゃなく、れっきとしたビジネスなのよ。こっちが室長のムツキ、課長のカヨコ、平社員のハルカ! それに先生には経営顧問として……!」

 

「社長、その辺で。残念だけど、もうメッキは剥がれきってるよ……」

 

 カヨコと紹介された少女が口数の増えたアルを止める。何かと判断がしづらい集団だが、ひとまず名乗られたからには名乗らなければ失礼だ。

 

「わ、私は八重垣チハヤです。悪党なのかどうなのかは微妙なところですが、先生の知り合いなら問題ないでしょう。よろしくお願いします」

 

「私は白州アズサ。チハヤに同じく、先生の知り合いなら敵とはみなさないでおく。以後よろしく」

 

 私とアズサが便利屋68との会話を終えたところで、先生が首を巡らせる。

 先生の視線は、室外機にもたれて立っているヘルメット団員で止まった。当の彼女はギクリと体を揺らし、見るからによその方向に視線を向けた。

 

「次は、そこのヘルメット団のキミなんだけど……」

 

「わ、私は……さすらいのヘルメット団だが、何か?」

 

 見るからに怪しい弁明に、先生と傍らのアズサが顔を見合わせる。それからゆっくりと視線を戻し、二人は異口同音に口を開いた。

 

「……サオリだよね?」

「……サオリじゃないか?」

 

「う」

 

 くぐもったような呻き声。どうやら、二人の言葉は見事に正解だったらしい。サオリと呼ばれた少女は、少しの沈黙を置いてから、諦めるようにヘルメットを脱いだ。

 傷だらけのメットの奥から、美しい素顔があらわになる。思わず、私だけでなく、便利屋の四人までしばし注視してしまう程の美人だ。しかしアズサは顔見知りらしく、さして驚くことなく続ける。

 

「やっぱりそうか。その無駄がない身のこなし、一目でわかった」

 

「すまない、まさか……先生とお前の同行者だとは……」

 

 やや気まずそうに視線をさまよわせてから、その瞳が私の視線に噛み合った。サオリは私のすぐ目の前に歩み寄り、右手を差し出す。

 

「私は錠前サオリという者だ。仕事上のなりゆきとはいえ、襲撃してしまったことを謝罪させて欲しい」

 

「お気になさらず。私は八重垣チハヤです」

 

 その右手を握り返す。私の返事にサオリは仏頂面で頷くと、横のアズサに今一度視線を向けた。

 

「……サオリ。元気そうでよかった」

 

「……そちらこそ」

 

 二人の間で、短い言葉が交わされる。だがその視線には、言葉の数よりずっと多くのものが交わされている気がした。

 アズサとサオリの間に何があったのか、二人はどんな関係なのか気になるが、不用意に聞いていい事かも分からない。そもそも、そんな事をすれば空気ぶち壊しだ。

 そんな事を考えていると、先生が機を見計らうように手を叩いた。

 

「さ、本題に入ろう。二人はどうしてチハヤを狙っていたのかな?」

 

 先生の端的な問いに、まずサオリが答える。

 

「上から指示があった。なんでも、「カタナという武器を確保した者に、多額の報酬を支払う」という依頼が上層部に入ったらしい」

 

「カタナって、この刀ですか……?」

 

「まさにそれだ。かなりの額が提示されたらしい。様々な裏社会の組織から、相当数の人員がここ(マーケット)に投入されている。先にカタナを取られる事を恐れ、組織同士の潰し合いまで起こる有様だ」

 

 恐るべき事実をさらっと述べたサオリに続いて、便利屋68の「社長」だというアルが口を開く。

 

「私たちも同じよ。カタナ探しの依頼が舞い込んできて、絶好のチャンスと思って四人でやって来たの。この依頼に成功すれば、一気に事業を成長させられると思ったのだけど……」

 

 アルはやや肩を落としているが、これでようやく、ブラックマーケットで受け続けた襲撃の原因が分かった。

 彼女らは全員、「刀」という共通の目的から私達を襲っていたのだ。

 だが、そんなに数多くの人員を動かしてまで、私の刀を奪おうとする理由が分からない。刀を持つ少女を追ってブラックマーケットを訪れた私達も、ある意味同じと言えるかもしれないが……。

 

「道理で道すがら、色んな奴に襲われると思った。まったく、こんな展開は予想外だ。せっかくモモフレンズの裏ショップが近くにあるのに」

 

「ま、まだ諦めてなかったんですね」

 

「当然だ。ヒフミなら、この状況でも今頃グッズを漁りに行ってる」

 

 よくアズサの話に出る「ヒフミ」なる人物は、一体どんな人物なのか。こんなにも治安の悪いブラックマーケットに精通していたり、優れた戦闘技能を有するアズサが尊敬を隠さないあたり、かなり実力者であることに間違いはない。だが、私のキヴォトス猛者人別帳には記載がないはず……。

 と、またもや思考が脱線しかけたが、先生がいたって真剣な顔で続ける。

 

「重要なのは、誰が糸を引いているかだ。その「依頼」の出どころは?」

 

 先生の問いに、サオリは「私は末端だから知らないぞ」という顔で、後方のアルに視線を向ける。

 

「私!? い、いくら先生の頼みでも、クライアントの依頼には守秘義務があって……!」

 

「お願い。今はアルだけが頼りなんだ。……ダメ?」

 

「う~……ずるいわよ……そんなこと言われたら、断りにくいじゃない……! う〜……あ〜……もおお~~……!」

 

 アルはぎゅう~っと眉間にしわを寄せて考え込んだあと、観念したように力を抜いた。

 

「はあ……分かったわよ。先生には特別に教えてあげる。便利屋68の良きビジネスパートナーとして、先生を無下にはできないし」

 

「アル! ありがとう! 大好き!」

 

「だだだだだ大好きぃ!?」

 

 先生の頼みに思いの外早く折れたアルを見て、自販機の上に座ったムツキが面白そうに笑い、カヨコが小さくため息をつき、ハルカはおろおろとして視線をめぐらせる。

 いろんな生徒にこの調子なんだろうな、この妖怪人たらしめ……と私が半目で睨んでみるが、先生は気づいてすらいなかった。

 

「……こ、こほん。依頼主はカイザーグループ。正確には「カイザーPMC」よ」

 

「カイザーPMC……大企業カイザーグループに名を連ねる、民間の軍事会社だね。──本当にありがとう、アル」

 

 改めて情報を提供してくれたアルに感謝し、先生は情報を整理するように話し始める。

 

「これでハッキリした。どうやらカイザーグループがチハヤの刀を狙っているらしい。その理由はまだ不透明だけど、予想はできるかな」

 

「先生、これだけで予想できるの〜?」

 

「うん。カイザーPMCが持つ善し悪しの基準は一つしかない。「軍事的に利用価値があるか、否か」だよ。カイザーはどうやら、チハヤの刀を軍事的に利用できると考えているみたいだね」

 

 裏で暗躍するカイザーグループの存在。それが正しいのなら、「ブラックマーケットで刀を持つ少女が目撃された」という情報すら怪しく思えてくる。

 その情報は真っ赤なウソで、カイザーとやらが私を捕まえるために流したデマだったのか。それとも、本当に刀の少女はマーケットにいて、私はその少女を狙う抗争に巻き込まれているだけなのか。

 考えすぎて頭がオーバーヒートしそうになった時、サオリが軽く手を挙げた。

 

「……失礼を承知で言わせてもらうが、その武装にカイザーが狙うだけの価値はあるのか?」

 

「というと?」

 

「当のカタナを狙っていた私が発言するのもなんだが、この世界において銃に勝る兵器はない。銃撃戦が主たるキヴォトスにおいて、近接武装が役立つ機会は非常に少ないからな」

 

 そこまで言ってから、発言者のサオリはちらりとアズサに視線を向けた。そのアイコンタクトに無言で頷き、アズサも口を開く。

 

「そもそも、兵器に求められるのは「扱いやすさ」だ。銃口を向けてトリガーを引くだけで扱える銃と違って、カタナは扱いが難しい。私も、兵器への転用は非効率的だと思う」

 

 サオリとアズサ。この二人の意見は、まるで「戦う術」を叩き込まれたエキスパートが口にしているかのような説得力がある。

 実際、その二人の意見は正しいものだ。私がこのカタナを使うのは単なるこだわりであって、これが非効率的なスタイルであることは承知している。

 実際、私が満足にこれを振るえるようになるまで、実に一年もの期間を要したわけで……。

 

「先生、確かに二人の言う通りです。この刀を兵器にするなんて、あまりに無計画な────」

 

 その二人に同意しようとして、しかし、私は途中で言葉を詰まらせた。

 この「彼岸白雪」では人は斬れない。たとえ人を斬りつけても、効果的にはチンピラの持つ鉄バットと大差あるまい。扱いも難しく、射程も短く、おおよそ兵器運用するに足る性能はない。

 

 ──だが、この刀には正体不明の秘密がある。

 

 つい先ほども窮地を救ってくれた、あの光。この不思議な現象のことを、私は先生に伝えていない。

 単に間が悪かったのもあるが、何より怖かったからだ。私の大切な「彼岸白雪」は、本当は刀ではない「何か」なのではないか。そう考えると怖くて、考えないように忘れようとしていた。

 

(でも……この力と、カイザーが襲撃してきたことに関係があるのなら……)

 

 いつまでも目を逸らし続けるわけにはいかない。

 この刀に眠る秘密を解き明かさなければ、関係のない人たちにまで余計な危害が及ぶかもしれない。

 

「先生、実は……」

 

 私が刀を腰留めから抜いて、この刀に起きた謎の現象について話そうとした、その瞬間だった。

 凄まじい轟音と共に、地面が揺れた。

 思わず新手の攻撃かと身構えたが、違う。太陽を遮るほどに巨大な影が、突然空から降ってきたのだ。それは当然のようにマーケットの廃ビルを踏み潰し、土煙を巻き上げながら──悠然と、私たちの前に立ち塞がった。

 

「な、な……なんですか、あれはっ!?」

 

 

 雲一つない蒼穹の下、軍用ヘリコプターがキヴォトス上空を猛スピードで飛翔していた。

 巨大なメイン・ローターを唸らせて、ヘリはキヴォトスでも有数の危険地帯、ブラックマーケットへと直進している。

 

「前回と同様、遺物(オーパーツ)の起動反応を確認しました。地点はブラックマーケット内部です」

 

「想定通り、流した餌に食い付いたようだね。早速、遺物を持ち逃げした下手人の顔を拝みに行こうじゃないか」

 

 機内に乗るオペレーターの無線機が鳴り響き、くくく、と低く笑う何者かの声が機内に響く。

 

雪峰(ゆきみね)ミフユ。ここでもう一振りの遺物を回収できれば、君の願いはようやく叶う。遺物所有者との交戦が予想されるが、万全を期して回収に臨みたまえ。相手は既に、かなりの手駒を蹴散らしているからね」

 

 雪峰ミフユ。そう呼ばれた白髪の少女は、その呼びかけに僅かに瞳を開けた。

 氷細工のような薄青の瞳が細められ、傍の刀に向けられる。髪と同じく白塗りの鞘は、まるで雪を固めて鍛造されたかのような美しさと気品に溢れている。

 

「問題ありません」

 

 その手が刀を掴み、無造作に抜刀する。

 現れた刀身が瞬く間に割れ、その奥から眩い輝きを放った。その色は鮮血を思わせる赤色(せきしょく)

 

「私の夢を妨げるなら、何人だろうと斬り捨てるだけです」

 

 昏い瞳に赤の閃光を灯しながら、少女は行手に見えてきたブラックマーケットを睨み付けた。

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