キヴォトス剣豪流離譚【完結】   作:モモのすけ

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命知らずの血戦

 

 昼下がりののどかな陽気が降り注ぐミレニアムの一角に、今にも爆ぜそうな緊張感が漂っていた。

 一触即発の気配。強烈な闘志の籠った視線がぶつかり、不可視の火花を散らすかのようだ。

 

「あわあわ……ほ、本気でケンカする気なの!?」

 

「チハヤ! 気を付けてください、ネル先輩はとっても強いです!」

 

 それは承知の上、むしろそうであってもらわねば困る。

 眼前の少女──C&Cの頭目たる美甘ネルは、先日戦った剣先ツルギと同等の戦闘力を有すると聞いている。

 ツルギに完敗を喫した私が、ネルにすんなり勝てるという可能性は低いだろうが、それは戦いを避ける理由にはならない。寧ろ、得難い戦闘経験を積む格好の機会だ。

 ──全ては、あの人に追いつくため。

 私は「彼岸白雪」の柄をぐっと握り締め、その強固な想いを確かめた。

 

「悪くねぇ態度だ。お望み通り、存分に叩き潰してやるよ」

 

「勝負は受けて頂けるのですね?」

 

「当たり前だ。とっとと始めようぜ」

 

 ネルは準備運動するかのように脚を伸ばして、両手のサブマシンガンを握る手に力を込めた。

 確かに余計な言葉は不要だ。互いの意思が一致している以上、後は戦うのみ。

 私は刀を鞘に戻し、最速の居合を叩き込まんと姿勢を低く下げる。アリスとモモイが固唾を飲んで見守る中、私は裂帛の気合いを込めて声を上げた。

 

「いざ、尋常に────勝負!」

 

 勢い良く地面を蹴る。

 こちらの狙いは一つだけだ。予想されるサブマシンガンの斉射を掻い潜り、一気に距離を詰めて一撃を加える。開いた距離さえ縮めてしまえば、刀を振るうこちらが有利になる。

 だが。ネルの動きは、私が予想しないものだった。

「……まさか、このあたしが「退がる」とでも思ったか?」

 

 私が踏み込むよりも尚速く、ネルが私の懐へと踏み込んできたのだ。

 通常、銃を持つ相手は私との距離を保とうとする。それは当然の考えだ。私のリーチがせいぜい二メートル程度なのに対し、ほとんどの銃は十メートル以上の射程を誇る。どんな銃を使っていようと、敢えて私の攻撃が届く距離で戦う理由がない。

 だが、ネルはその定石を初手から捨てた。

 想定外の動きに対応が遅れる。私が、咄嗟に抜刀するよりも尚速く──、

 

「教えてやる。この距離であたしに勝てる奴は、ただの一人もいないって事をなあッ!!」

 

 全身に、ハンマーで殴られたかのように重い衝撃が走り抜けた。

 

「か、ふ……っ!?」

 

 肺から空気が吐き出されて、くぐもった声が喉奥から漏れる。

 ネルの強烈な前蹴りが、私の鳩尾に突き刺さったのだ。なんて威力。ただの蹴りが、まるで榴弾を撃ち込まれたかのような衝撃を伴っている。

 

「っ、く!」

 

 苦し紛れの一撃を避けて、ネルが空中へと舞い上がる。

 華麗な宙返りを決めると同時、手にした2丁のサブマシンガンがこちらを向き、その細指がトリガーを弾く。

 

「───────そらそらぁ!」

 

 二丁から連射される銃弾の雨。眩いマズル・フラッシュを臆さず睨み、向けられた銃口から弾道を見極め、最小限の動きで弾丸を弾く。

 ギ、ギ、ギギン──! という甲高い音を立てて、切断された銃弾が地面を転がった。

 

「ははっ、おもしれぇ! 弾を斬る奴は初めて見たぜ!」

 

「この程度の事ができなければ、サムライを名乗るなんてできません」

 

 ネルの身体が弾け飛ぶように動く。まるで彼女そのものが小さな弾丸のようだ。

 一切臆する事なく、再びネルは私の距離へと踏み込んでくる。

(接近戦に長けた私よりも速い! これがミレニアムの象徴、コールサイン・ダブルオー!)

 

 轟然と放たれるパンチを避けて、ハンマーみたいに飛んでくる銃底の一撃を受け止める。

 じぃん、と掌を駆け抜ける痺れ。この小柄な体躯のどこに眠っているのかと疑ってしまうほどの膂力、まさに鬼神……!

 

「うう……チハヤ、流石に押されてるよ……!」

 

「でも、ネル先輩が最も得意とする近距離なのに戦えています! チハヤもまだまだ負けていません!」

 

 何度も何度も交錯し、その度に火花と銃弾が弾ける。距離を離さず獲物を交わす、まるでそれは斬り合いのよう。

 弾丸の雨を掻い潜り、ネルの唸る右拳を紙一重で避け切って、私はスライディングする形でネルの懐へと飛び込んだ。

 

「……はぁっ!!」

 

 下げた重心を一気に解放するイメージで、渾身の蹴りを放つ。靴底でネルの片腕(ガード)を弾き飛ばし、そのまま地面スレスレを薙ぐように刃を振るう。

 それは身を翻したネルのジャケットを掠め、逃げ遅れた一部を切断した。

 

「ちっ。お気に入りだってのに、よ!」

 

 私の一撃を避けたのち、ネルは思い切り両手を引いた。

 途端、ぐりん、と視界が反転する。 何かに足を引っ張られるようにして姿勢を崩し、背中から地面に叩きつけられたのだ。

 咄嗟に足元を見やる。ネルが持つニ丁のサブマシンガンを繋ぐ一本の鎖が、私の脚に絡みついている。

 

「さァて、こいつはどうする!?」

 

 ふわりと身体が浮いた。ネルは身体を回転させ、信じがたい膂力によって、鎖で捉えた私を振り回し始めたのだ。

 数秒後の未来を悟る。ネルはこのまま遠心力を乗せ、私を地面に叩きつけるつもりだ。そうなったら戦闘継続が困難なダメージを受けることは必至。

 めまぐるしく回る視界の中、尻尾で身体のバランスを調整しつつ、冷静に狙いを定めて──斬る。

 

「っ!!」

 

 鎖を切断した瞬間、ネルの剛力による遠心力は楔を失い、私はまるで砲丸投げの砲丸みたいに空を舞った。

 そのまま高度十メートル以上を飛翔して、窓ガラスを盛大にぶち破り、エンジニア部の部室の向かい──ミレニアムの研究棟に転がり込む。

 ミレニアム自治区には何千という研究棟が建てられているが、その中でも、ここでは何らかの薬品を研究していたらしい。

 勢いのままにビーカーや試験管を薙ぎ倒し、溢れた蛍光色の液体を頭から被りながら、部屋の中程まで転がって停止する。

 

「な、なに……!? 誰!?」

「ここ三階だよ!?」

  

 唐突に窓を突き破って乱入してきた私に狼狽する、白衣を着た生徒たち。

 ぐるりと周囲を見渡すと、私には理解できない精密機械やら、蒸留機にかけられてこぽこぽと音を立てる謎の液体やらが溢れ返っている。これは失礼、と私が彼女らに謝るよりもなお速く、割れた窓からネルが姿を現した。

 じゃきり、と躊躇なく向けられる銃口。

 しかし、ネルがトリガーを引くよりも速く、私はくすねた試験管(・・・)をネルめがけて投擲していた。

 

「ぷわっぷ!」

 

 それは狙い通りにネルの顔に直撃して割れ、ぱっと蛍光色の液体を飛び散らせた。目を閉じた事で狙いがずれ、放たれた弾丸が関係ない場所を蜂の巣にする。

 ぎゃあーっ、と研究室を破壊された生徒たちから悲鳴が上がる中、私は床を蹴ってネルの至近へと飛び込んだ。

 

「はあああっっ!!」

 

 上段に構えた刀を握り締め、裂帛の気合いと共に振り下ろす。目を潰されたネルの反応は遅れ、二丁のマシンガンの合間をすり抜けた刀身は、ネルの眉間に直撃した。

 会心の手応え。びりびりと震える刀が、私の一撃が完璧に入った事を伝えてくる。

 だが──、

 

「……そんだけ(・・・・)か?」

 

 ぎろり、とネルの真紅の瞳が動き、分厚い刀身越しに私を睨んだ。

 咄嗟に刀を引き戻し、続けざまに連撃を加えんと構え直す。しかしそれよりもずっと速く、ネルの竜巻じみた速度のラリアットが、私の首に食い込んだ。

 

「────────か、はっ!?」

 

 重々しい衝撃と共に数メートルは吹き飛ばされ、研究室の壁に背中から叩きつけられる。

 喉をやられて不自然な呼吸を強いられながら、私は震える脚を叱咤して立ち上がった。唐竹の一撃をまともに頭で受け、額からは一筋の血が流れているが、ネルにダメージが響いている様子はない。

 

「はっ……ひゅ、は……っ」

 

「思ったより地味だな、その武器。さっきやったみたいに、光をぶわーっと出さねえのか?」

 

「刀は……そういうものでは……ありません、から」

 

 顔を歪めながら息を整えて、ネルの足取りが確固として力強い事を確かめる。

 キヴォトス人は極めて頑強だ。銃弾程度は致命傷にならず、刃物に対しては更に耐性がある。鉄を切断する私の刀でも、人体を斬るのは極めて困難だ。だからこそ、ナイフや剣といった近接武装は次第に姿を消し、キヴォトスは銃火器が蔓延する世界となった。

 とはいえ、斬れずとも衝撃は伝わる。

 少なくとも、常人であらば一撃で気を失う程の威力の一撃を、ネルの脳天に叩き込んだはず。だというのに、ネルは全く動じていない。

 

(ツルギの異常な「回復力」とは異なる……いくら打ち込もうと底が見えない、圧倒的な「タフさ」……それが美甘ネルの真髄、というわけですか……)

 

 混乱していた生徒達はとうに逃げ出して、物が散乱する研究室には私とネルの二人きりだ。

 邪魔もなくなって勝負の決め所と見たか、ネルが動く。威嚇射撃で私の足を止めながら、稲妻じみた速度で突っ込んでくる。

 私は咄嗟に間合いを測ろうとして、背中に触れる壁の感触を感じ取った。

 このまま閉所に留まるのはまずい。

 直感的にそう悟り、傍にあった大きなボンベに目をつける。「火気厳禁」と書かれたそれを、渾身の力でネルめがけて蹴り飛ばす。

 

「っ!?」

 

 それはネルの放った銃弾に射抜かれ、火花を散らし、僅かな炎を起点として大爆発を引き起こす。

 無事だった窓ガラスが全て吹き飛び、爆風は私とネルを容赦なく飲み込んで、ミレニアムの一角に大きな爆発音を響かせた。

 

「ごほっ……げほ、ごほ!」

 

 辺りに黒煙が立ち込める中、私は転がるようにして研究室の扉を突き破り、長い廊下へと脱出を果たした。

 校舎はオーソドックスな作りのようで、長い廊下の東側に沿って、幾つかの研究室が設けられている。廊下の西側は全面ガラス張りで、 その奥には青空が広がっている。

 

「はぁ、はぁ……無茶を、しましたが……時間は稼げます……」

 

 この場所ではまだ狭すぎる。もっと広い場所に出なければ勝ち目はない。私は煤だらけの身体に鞭を入れ、窓を突き破って校舎外へと躍り出た。三階から落下した衝撃を受け身で殺し、柔らかな芝生の上に着地する。

 東側から入って西側から出たので、これで研究棟を一直線に通過した形だ。もっとも、入るも出るもまともな道は使っていないが。

 

「ここは……」

 

 飛び出した先は、科学色の強いミレニアムにしては珍しい、自然にあふれた一角だった。

 四方を研究棟に囲まれたこの空間は、どうやら中庭としての役割があるらしい。私の背丈ほどもある、南国風の植物群の中を縫うように、遊歩道やベンチが設置されている。 

 

「よっ──と」

 

 盛大に窓を突き破り、数秒遅れてネルが中庭へと着地した。私と同じく煤だらけだが、その軽快な身のこなしにダメージの兆候は見られない。

 開いた距離は十メートルもない。

 私が刀を鞘に戻すのを見ながら、ネルはマシンガンを担いで口を開く。

 

「判断は速い。機転も効く。根性もある。なかなか見どころはあるが、まだまだだ。実戦の経験値が足りてねえ」

 

「……だから、あなたに挑むんです」

 

「はっ。それは確かに悪くねえ考えだ。気に入ったぜ」

 

 強がって答えたはいいが、既に体力の限界が近い。手足は痺れて感覚が鈍いし、気を抜けば倒れそうだ。対して、ネルには未だたっぷりと余力がある。

 最後のチャンスがあるとすれば、次の攻防しかない。そこに私の全力、残存する全てをぶつける。そんな私の考えは、おそらく向こうも承知していることだろう。いずれにせよ、数瞬の後に決着はつく。

 

「「──────」」

 

 訪れる静寂。さわさわという葉擦れの音、のどかな小鳥の囀り。

 耐えかねたように落ちた葉が、ひらり、ひらりと眼前を舞う。

 それが、音もなく地面に触れた瞬間──、

 

「おらぁッ!」

 

 乾いた銃声が静寂を引き裂いた。

 ネルは素早く二丁のマシンガンを斉射し、同時に地面を強く蹴った。先ほどと同様に、銃撃で足を止めてから近接攻撃で仕留めにくる。

 

 ──しかし、ネルの顔に驚愕の色が浮かぶ。

 

 迫りくる銃弾をすべて無視して、私が勢いよく前方に突っ込んだからだ。

 鉛玉が頭や胸に直撃する。それでも、爆ぜるような痛みと衝撃に耐えきって、私はネルに先んじて刀を抜いた。

 奇しくも、初撃と同じ構図となる。

 放つのは居合の一撃。柄を握る右手に万力を込め、鞘内で生じる加速を乗せて──、

  

「──────はああああっ!!」

 

 渾身の一撃を、ネルの脇腹に打ち込んだ。

 さしものネルもくぐもったような声を上げ、苦しげにその顔を歪ませる。今しかない。この僅かなスキに、私の全力を叩き込む。

 袈裟懸け。右薙。逆袈裟。

 瞬く間に三連撃を加え、ネルの上体がぐらりと揺らぐ、が──。

 

「……う゛っ!」

 

 がつん、と鼻っ面に硬い物体が直撃して、私は大きくのけぞった。ネルが片方のサブマシンガンを投げつけ、私の顔に命中させたのだ。

 その隙を突いて、ネルは空いた手で私の胸倉を掴んだ。もう片方の手に握ったサブマシンガンの銃口が、私の額にぴたりと押し付けられる。私が回避も防御も間に合わないことを悟ると同時に、

 

「終わりだ」

 

 ありったけの弾丸が、私の頭蓋に叩き込まれた。

 たっぷりワンマガジンをぜロ距離で叩き込んでから、ネルは満足したように手を放し、崩れ落ちる私を蹴り飛ばした。

 

「────は……ぐ……っ」

 

 倒れそうになった身体を、なんとか刀を杖にして持ちこたえる。

 だがそれが限界だ。今にも気絶しそうだからか、頭上のヘイローは切れかけの蛍光灯みたいに頼りない。いくら私が頑丈でも、このダメージは深刻極まる。

 

「まだ意識があんのか。並の奴なら三回は気絶してる程度に撃ち込んだが……」

 

 ネルが何かを言っているが、聴覚がうまく働いてくれない。

 私はせめてもの抵抗に、歪んだ視界の奥に立つネルを睨みつけた。もはや勝負は決したが、降参はしない。どんなに苦しくても、サムライは最後まで刀を手放さないのだ。

 私の考えを目線から悟ったのか、ネルがトドメの一撃を加えんと、ゆっくりと近づいてくる──。

 

「そこまで!」

 

 その瞬間。

 私とネルの間を、鉛玉による斉射が駆け抜けた。それは一直線に芝生を穿ち、私とネルの中間点に線状の弾痕を刻み込む。

 ネルは弾かれたように、私はのろのろと頭を上げてそちらを見る。

 視線の先には、先生と菫色の髪をした少女が、毅然とした様子で立っていた。

 

 

「C&Cには確かに伝えておいたはずだけど? 今日、先生と百鬼夜行の生徒が一名、ミレニアムの学区内を訪問するって!」

 

 十分後。私とネルは仲良く並んで芝生の上に正座し、駆けつけた先生と、先生が連れていた少女に睨まれていた。

 髪をツーサイドアップにまとめた、気の強そうな少女だ。羽織っているスーツに似た上着が、どことなく堅物な印象を与えてくる。

 

「やっべ……確かになんか聞いたような……先生が来るとは知ってたけど……オマケの方は忘れてたな……」

 

「忘れてたで済む問題じゃないでしょう!? 他校の生徒を間違ってボコボコにしたなんて、他に知れたら大問題よ!? しかも研究室が一つダメになって、また修繕費がかさむじゃない!」

 

 凄まじい迫力で問い詰められ、ネルは苦い顔をして閉口する。私の一撃を受けた時よりもずっと苦しげな顔をするので、私は少し悲しくなった。

 

「えー、ネルの方に何か勘違いがあったようだけど……チハヤ、君も悪いよ? まだ病み上がりなのに無茶をして」

 

 どこか他人事に詰問されるネルを眺めていると、先生が私に声をかけたので、思わず姿勢を正す。そうするだけで体の節々が痛んだが、ツルギにやられた時ほどの大けがではない。

 先生の声はいつもより硬く、私はおずおずと口を開く。

 

「で、でもですね、先生。サムライを目指すためには、強者との手合わせが肝要で……」

 

「それで、取り返しのつかない怪我をしたりしたらどうするの?」

 

「う……」

 

 先生の真剣な瞳に見つめられて、私は思わず視線を地面に落とした。

 「私は頑丈なので」とか、「それも覚悟の上です」などと反論しようと思えばできそうだったが、そんな気分にもなれなかった。先生は、純粋に私の事を心配して言っている、と声色から理解できたからだ。

 

「これからは勝手に他の生徒とケンカしないこと。いいね?」

 

「……わかりました……ごめんなさい」

 

 私が正座したままぺこりと頭を下げると、隣から肩をつつかれた。見ると、当のネルがバツの悪そうな顔でこちらを見ている。

 

「八重垣チハヤ……つったか? あー、その、なんだ……色々と悪かったな。あたしとした事が、まさか勘違いとは……悪い!」

 

 ばっ! と勢い良く頭を下げて、ネルが謝罪の意思を示す。その動きにつられて、橙色のアホ毛がお辞儀するように揺れた。私は予想だにせぬネルの行動に戸惑ったが、ネルがいつまでも頭を上げないので、おずおずと口を開く。

 

「頭を上げてください。そも、私があなたを煽ったことにも原因はあります。それに、得難い経験を得る事ができましたから、むしろ感謝しているくらいです」

 

「はっ、それは何よりだ。……だが必ず借りは返す。この先何かあったらあたしに言え。どんな場所にいようと駆けつけてやるよ」

 

 ネルはそう言って片手を差し出した。無論、そのありがたい申し出を拒む理由はない。私は固くその手を握り返し、強く頷いた。

 掌と掌を重ねたことで、何か親愛に近い感情が湧き上がるのを感じる。恐らくネルも同じなのだろう。戦いを通じて育まれた絆、とでも言うべきものを無言のままに二人で感じていると、ネルの小さな体が大きな声と共にぐいっと引っ張られた。

 

「ちょっと、なに「やり切った感」出して良い雰囲気で終わらせようとしてるの! まだ何も終わってないわよ! こっち来なさい!」

 

「うわっ、今いいところだっただろ!」

 

「──あっはっはっ。二人ともお説教中?」

 

 ネルが襟を掴まれて連行されてゆく様を悲しみつつ見守っていると、横合いからからかうような声が飛んできた。首を巡らせると、自然豊かな中庭の小道から、モモイとアリスの二人が歩いてくる。

 先生はこの二人のことも知っていたらしく、予想せぬ生徒の登場に驚いて尋ねる。

 

「モモイ、それにアリス? どうしてここに?」

 

「もちろん、友人(チハヤ)の安否を確かめに来たんです!」

 

 アリスの単純明快な答えに、先生はそれだけで私の身に起きた事──私がエンジニア部の部室を抜け出した後、二人と出会い、仲良くなったこと──を理解したらしい。

 逆に、二人は私と先生の関係については知らない。私がミレニアムにいる理由を話していないのだから当然だ。二人が疑問符を浮かべる前に、私から説明する。

 

「二人には話していませんでしたが……私と先生は、とある人物を探してミレニアムに来たんです。「剣」を持った、謎の不審者の目撃情報を追って」

 

「なるほど、最初から先生と知り合いだったんだ」

 

「ああ、そうだった。すっかり忘れてた」

 

 先生が何かを思い出したように手を叩き、少し離れた場所でネルにガミガミとお説教を続ける少女に声をかける。

 

「ユウカ。チハヤもいるし、頼んでいた物を準備してもらっても良いかな」

 

「あ、はい。……もう、まだまだ言いたいことはたくさんあるから! 後でね!」

 

 うへぇ、と声を漏らすネルから視線を外し、ユウカと呼ばれた少女がこちらを向く。

 深青の瞳に光る赤の光彩に見つめられ、思わず次の矛先は私かと身構えたが、ユウカは思いのほか優しい声色で話し始めた。

 

「初めまして、私は早瀬ユウカ。ミレニアムの「セミナー」所属で、会計を務めている者よ」

 

「別名は冷酷算術妖怪、ね」

 

「モモイ? これ以上予算を減額されたくなかったら静かにしてて」

 

 隣から茶々を入れてきたモモイが「そういうところじゃん!」と捨て台詞を残して先生の後ろに引っ込み、先生が苦笑する。

 

「……おほん。話を引き延ばすのもなんだし、さっそく本題。不審者が目撃された部室棟前の監視カメラ映像を入手したから、映像を検分してほしいの」

 

 エンジニア部に刀を調べられたり、ネルと戦ったりで忘れそうになるが、当初の目的は剣を持った不審者の捜索である。

 そちらの進捗は、目撃された部室棟前を訪れたが手掛かりはなく、設置された監視カメラの映像を入手できないか……というところで止まっていた。エンジニア部に刀を調べられている間、先生がセミナーに掛け合って、当該の映像データを入手してくれたらしい。

 

「協力に感謝します、ユウカ。もちろん、しっかり確認させて頂きます」

 

「じゃあ、再生するわね。私もまだ確認していないから、映っているか不安だけど──」

 

 ユウカが手を挙げると、木々の奥から一機のドローンが飛んできた。円盤形の、白いボディを有したシンプルなデザインだ。

 それは私の目の前に音もなく着陸すると、頭の上に映像を投影した。

 

「ホログラムというものですか……」

 

 私がミレニアムの技術力に感嘆している間、先生とユウカに加え、見守っていたアリスにモモイ、ネルまでもが私の背後に集まってくる。

 

「ねえチハヤ、その探してる人ってどんな人なの?」

 

「私と同じ刀を装備しているので、一目でわかるはずです」

 

「へえ、ミレニアムにお前みたいな奴がもう一人いるってのか? 聞いたこともねえぞ」

 

「……あれ、ここはゲーム開発部の部室棟ではありませんか?」

 

 アリスの一言に、話し合っていた私達の視線が一気に映像へと向けられた。当該のカメラは部室棟の正面玄関に設置されているので、玄関付近を映す形になる。出入りする生徒たちに交じり、モモイが跳ねるように部室棟へと入るのが見えた。

 

「ほんとじゃん。ウチの部室がある715棟。いやあ偶然だ……ね…………」

 

 何かに思い当たったように、モモイがぎしりと体を軋ませて閉口する。モモイはそれきり黙り込んでしまった。

 

「不審者が目撃されたのはこの日の深夜。夜まで映像を早送りするわね」

 

 ユウカがドローンの側面をいじると、流れていた立体映像が早送りされ、部室棟に出入りする生徒の姿が残像しか見えなくなる。

 

「チハヤは、その人に会ってどうするつもりなんですか?」

 

「もちろん、弟子入りさせてもらえるよう頼むつもりです。あの人は私の目標、理想のサムライですから! 長年探し続け、ついに手掛かりが……」

 

「つまりお前より強ぇのか。なるほどな……」

 

「なるほどな、じゃないわよ! また変なこと考えてるんじゃないでしょうね!?」

 

 何かを考えこむネルにユウカが目ざとく突っ込みを入れる中、すっかり暗くなったカメラの映像に、何がか一瞬だけ映り込んだ。

 

「ユウカ、今のところ。巻き戻せる?」

 

「はい」

 

 ユウカが映像を巻き戻して、何かが映った場面の少し前に時間を戻す。右上に表示された時間は「01:35」とあり、日付も変わった深夜であることを示していた。当然、こんな時間に出歩く生徒はほとんどいないはずだ。

 とうとう探し続けたけた人物の手がかりを掴めるかも、と私の心中で期待が膨らむ。そして──

 

「モモイ?」

 

 映像に映し出されたのは、部室棟の玄関から忍び足で出てくるモモイの姿だった。

 全員の視線が映像の中のモモイから、ここにいるモモイへと集約される。当の本人はさっと目線をどこでもない場所に退避させ、無言で冷や汗を流すばかり。

 嫌な予感を感じながら映像に視線を戻すと、ちょうどモモイが何かを取り出すところだった。

 

「これは……おもちゃの剣?」

 

『とう! せい! はあ!』

 

 映像の中のモモイが、一心不乱に剣を振り始める。私達があっけにとられて映像を注視する中、モモイではない誰かの声が響く。

 

『お姉ちゃん、全然腰が入ってないよ。次の新作ゲーム、主人公は大剣を振り回す剣士なんでしょう?』

 

『わ、分かってるよ! でも、剣なんて使った事ないし!』

 

『お姉ちゃんが「キャラクターの心情を理解するために、私も剣を振ってみる!」とか言いだしたんじゃん……』

 

『う、うるさいなあ! 後で見返して参考にするから、ちゃんと撮っててね!』

 

 どうやら、カメラに映らない玄関付近に、もう一人誰かが立っているらしい。モモイがその人物と会話しながら剣を振り回すさまをしばし観察した後、ユウカが無言で映像を止めた。

 

「……………………モモイ?」

 

 気が付くと、モモイはびくりと肩を震わせた後、脱兎の勢いで逃亡を図った。それを即座にユウカが取り押さえ、なおも逃げんとするモモイを抑え込む。

 

「モモイーっ! こんな時間に出歩くとか何考えてるの!? こんな時間、とっくに部活動時間も消灯時間も過ぎてるでしょう!?」

 

「だ、だって、昼間にこんなの振り回してたらそれこそ怒られるじゃん! わーん!」

 

 芝生の上でぎゃいぎゃいと大騒ぎするユウカとモモイをたっぷり十秒ほど見つめてから、私は呆然と口を開いた。

 

「つまり……剣を持った不審者というのは、モモイだった……と……」

 

「はは……まあ、こんな気がしてたけどね……」

 

 先生が困ったように笑うのを聞いた途端、へなへなと全身から力が抜けてしまい、私はばったりと倒れ込んだ。

 

 

 

 

「──今から12分前。僅か十秒にも満たない間でしたが、ミレニアム自治区にて遺物(オーパーツ)の起動反応が確認されました」

 

 同時刻。ミレニアムから遠く離れた、軍事企業「カイザーPMC」が有するとある施設に、大音量のアラートが鳴り響いていた。

 数十人のオペレーターが手元のコンソールを叩く中、一人の人物が壁面を見上げていた。視線の先、壁面に設置された巨大なマルチ・ウインドウには、キヴォトス全域の地図が表示されている。

 

「波長パターンは前例と一致しています。我々が探し求めていた「もう一振り」に間違いありません」

 

 オペレーターの報告に耳を傾けながら、その人物は考え込むように顎をなでる。

 ウインドウに表示された地図には、赤い光点が一つ点滅していた。場所はミレニアム自治区の中心付近。

 

「……随分と手こずらせてくれたね。捜索開始から二年経ってようやく尻尾を見せるとは」

 

「プリンス、今後の対応は如何ようにいたしますか」

 

「緊急を要する事態だ。至急、極秘回線で「プレジデント」に連絡を。「ジェネラル」にも協力を仰いでくれ。これから人手が必要になる」

 

 王子(プリンス)、と呼ばれた人物が素早く指示を下す。

 

「アビドス砂漠にて行われた「箱舟」発掘計画のスペアプラン。神器の片割れを何者かに奪取され、計画は半ばで凍結していたが……ようやく始められそうじゃないか」

 

 プリンスは背後を振り返り、そこに立つもう一人の少女に声をかけた。目を閉じていた少女が、その視線に気付いて瞳を開く。

 

「アビドスの箱舟に匹敵する過去の遺物、現存する「超古代兵器」の片割れ。なに、こちらは既に片方を所持しているんだ。回収はそう難しくもない。──そうだろう?」

 

「はい」

 

 感情を排した無機質な声で、少女が応答する。

 雪のように白い髪、冷たい氷を思わせる薄青色のヘイロー。そして、腰に差した一振りの「刀」。

 

「さあ諸君、これから忙しくなるぞ。我々の総力を挙げ、何としてもあの遺物を手に入れる────」

 

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