「チハヤは、ミレニアムを訪れるのは初めて?」
「はい。大体の生徒は先の
「そっか。ミレニアムは面白いモノや技術の宝庫だから、チハヤにとっても面白い場所だと思うよ」
生活安全局のキリノから、剣を持った不審者に関する目撃情報を受け取った翌日。私は目撃情報があった「ミレニアムサイエンススクール」を訪れていた。
他校の自治区に入ることもあり、残念ながらヴァルキューレ所属のキリノは同行できなかったが、代わりに先生が同行してくれることになった。
送迎車での学区入りを終え、今は先生と共に件の目撃場所へと向かっている。
「……それより先生、本当に私についてきても大丈夫なんですか? 以前も言いましたが、私なんかに協力したところで、見返りなんてなにもないんですよ?」
先生は当然のように、シャーレでの仕事よりも私への同行を優先させた。それだけでなく、ミレニアム訪問に際しての情報連携や、今日ここに来るまでの車の手配、宿泊室の貸与。シャーレに滞在することになってからたった一日で、私はずいぶんと先生に助けられてしまった。
なのに、私は先生に何も返せていない。
それが申し訳なくて、私の口から自嘲するような言葉が漏れる。そんな私の気持ちを見透かすかのように、先生は笑った。
「何かの見返りを求めているわけじゃないよ。チハヤが夢を叶えて、理想のサムライになれるようにサポートしてあげたいだけで」
「……そういうところが怪しいんです」
ぼやきながら、昨晩の記憶を思い返す。
昨晩、シャーレの宿泊室に滞在して一夜を明かした間、オフィスの灯りが消えることはなかった。きっと先生は寝ていない。それはきっと、私にしてくれたのと同じように、日中は生徒のために奔走しているせいだ。
自分の身を削ってでも、善意から
「でも、その……私の人探しを手伝ってくれて、ありがとうございます。先生への感謝は感じていますし……サムライとしては、将来の
少しくらいは、先生の事を信じてもいいのかもしれない。
アスファルトの凸凹に目線を落としながら、私は小声でつぶやいた。
「本当に? チハヤみたいな子が仕えてくれるなら嬉しいなあ」
「勘違いしないでください、あくまで候補ですから! 私が主として仕えるのは、それにふさわしい立派な人と決めてるんです! 大人なんですから、まずはその死にかけの魚みたいな目とぼさぼさの頭くらいは改善して出直してください! ていうか寝てください!」
「はは、仰る通りで滅茶苦茶心に刺さるねえ」
先生は目じりに浮かんだ涙を拭いながら、ふと足を止めた。
つられて私も足を止めると、目の前には大きな建物がある。
「さて、おしゃべりしている間に着いたみたいだ」
それは、ごく普通の雑居ビルのように見えた。余分な装飾も特殊な技術も用いられていない、武骨な4階建て。最新鋭のデザインや建築技術によって建てられた建造物が目立つミレニアムでは珍しい、やや年季を感じさせる建物だ。
正門らしき自動ドアの横には、「ミレニアム第715部室棟」と書かれている。
「……見るに、なんの変哲もない部室棟に見えますが。こんな場所で、剣を持った人物が目撃されたんですか?」
「うん。確かにここのはずだけど、目に見えるような手掛かりは無さそう……というか、ここは……」
先生はその建物を見上げながら、何か心当たりがあるように呟いた。
ざっと周囲を見渡す。何の変哲もないミレニアムの一区画、という感じで、辺りに不審なものは見られない。となると、ここの人間に話を聞くか、当該人物が現れるまで張り込むか……と考えたところで、門から一人の少女が出てくるのが見えた。
高身長で落ち着きのある、凛とした美人だ。薄紫の長髪をなびかせて、彼女は颯爽とした足取りで歩いてくる。傍に侍らせているのは、自立型のドローン……だろうか?
「──────おや、先生じゃないか」
「ウタハ。奇遇だね」
どうやら先生の顔見知りだったらしい。ウタハと呼ばれた少女は、先生に気付くと片手を上げた。
ここに来るまでの間も、よく先生は生徒に声を掛けられていた。一体、先生はどれだけの数の生徒と面識があるのだろう? 背広を着た大きな背中を見つめながら、そんな事を考える。
「私の方は、ゲーム開発部に依頼されていたものを納品しに、ね。先生はゲーム開発部のお手伝いかい?」
「いや、それとは別件なんだ。今は人を探していてね。この部室棟の前で、二日前に不審な人物が目撃されたらしくて」
「なるほど。それなら、ほら。あの正面玄関の軒下、あそこに監視カメラがある。ユウカにでも聞いてみれば、映像データくらいは譲ってくれるんじゃないか?」
「それは助かる。早速ユウカに聞いてみるよ」
流石はミレニアム。やや年季の入った部室棟でも、しっかりと最新鋭の監視カメラが備えられている。おかげで、人探しについてはかなりの前進が見込めそうだ。
と。先生の背中からひょこりと顔を出す形で、ウタハがこちらに視線を向けた。
「そちらの君が、人を探している張本人かな?」
「はい。私は八重垣チハヤといって、百鬼夜行から────」
私が言い終わるよりも早く、ずい、とウタハは私への距離を詰めてきた。距離がグッと縮まり、私は思わず一歩後退するが、肩をがっしり掴まれて逃げられない。
いきなり何なんだろうかこの人は。私は、狼狽しながらもその真意を尋ねようとして──、
「……君。面白そうなものを持っているね?」
それより先に、ウタハは私の刀を指してそう言った。
◆
「うーん、構造が把握できないね。CTスキャンもだめか。素材すら分からないなんて前代未聞だよ」
「この色や光沢からして、刀身は鉄のように見えるんですが……」
「それにしては、重量が軽すぎるよね。これだけの強度を持ちながら、まるで羽根みたいな軽さなんて。熱伝導率も0.0002W/mK程度しかないし……」
ギュイイン、という音を立ててよくわからない機械が駆動し、寝かされた私の刀は鉄の箱の中を行ったり来たり。
あの出会いからはや一時間。
刀に興味を示したエンジニア部の部長、ウタハに「ぜひその武器を解析させてくれないか」と持ちかけられ、先生の知人というのもあって、渋々了承したまではよかったのだが───。
「先生! いつまで私の彼岸白雪を、こんなよく分からない人達にいじくり回されないといけないんですかっ!」
私はそろそろ限界だった。いつまでも終わらない調査分析に憤慨して、隣に立つ先生に訴える。
そもそも私は刀を身に着けていないと動悸にめまい、痙攣といった症状が生じるタチなのだ。お風呂だって刀と一緒に入る。なのに一時間もの離別なんて、このままでは刀欠乏症で倒れてしまう。
「ごめんね、チハヤ。もう少しだけ辛抱してくれるかな。彼女たちも悪い子じゃないから、君の刀を断りなく改造したりはしないよ」
「むううう……」
私がぷくりと頬を膨らませて睨むと、先生は申し訳なさそうに頭をなでてくる。
「それに、これも「サムライ」を探す何かの手掛かりになるかもしれないから」
「それはそうかもしれませんが……って、頭を撫でないでください。私は子供じゃありません、サムライなんですっ!」
少し遅れて我に返り、ナデナデを続行する手を振り払う。サムライたるもの、主でもない者においそれと頭を預けるべきではないのだ。
私が鼻息荒くそっぽを向くと、先生が苦笑した気配がした。
そんなやり取りをしている間に、エンジニア部が調査をようやく終えたらしい。
稼働していた多種多様な機器を停止させ、エンジニア部の部員──ウタハ、コトリ、ヒビキの三人が戻ってきた。
「チハヤ、大切な武器を調べさせてくれてありがとう。実に興味深い武器だね、「カタナ」というのは。銃器が主のキヴォトスにおいて、近接戦に特化した武装を見るのは珍しい。おかげで、いろいろなインスピレーションが湧いてきたよ」
「チハヤさん! 折角の希少な武器ですし、さらに付加価値を加えて、さらに武器としての価値を高めてみるのはいかがでしょうか! 具体的には刀身にジェットエンジンを取り付け、理想の剣速を実現したり──」
「私は刀身内部に荷電粒子砲を取り付けるのがいいと思う。カタナを振るうとビームが出るようになるよ」
「いやいや、ここは火炎放射機能をだね──」
「全部却下です! 却下! 私の刀はもうぜったいあなた達に預けません!」
己の愛刀を好き勝手に改造される恐怖を感じ取り、返却された刀を大切に両手で握りしめる。
ミレニアムサイエンススクールはその性質から変人奇人が多いと聞いていたが、想像以上だ。一刻も早くこの変人集団から距離を置かねばならない。なぜならこうして話している間も、奴らは全く刀から視線を外そうとしないのだ。きらきらと輝く不気味な開発屋の目は、獲物を前に舌なめずりする肉食獣のようにすら見える。
「────それで、調べてもらった結果はどうだった?」
「ああ、先生。すまないね、私としたことが本旨を見失っていた」
先生がエンジニア部の部長に話しかけた事で、開発屋どもの目がようやく刀から離れてくれた。
「一通り調べた結論としては、「全く何もわからない」という事が分かったよ。お恥ずかしながらお手上げだ。"ウトナピシュテムの本船"を解析した時を思い出すね」
「一見すると大型の刃物ですが、中身は全くの別物、不可解の塊です。どんな機能があるのかすらさっぱりで、何をどうやって作ったのやら……」
「"本船"の時はマニュアルを作ることができたけど、こっちはダメ。どんな干渉にも
先生を含めた四人が話し込んでいる間に、私は悟られぬようにコソコソと移動し、エンジニア部の巨大な部室から脱出を果たした。
外の陽光を浴びるのは一時間ぶりだ。エンジニア部の部室にいるだけで生きた心地がしないので、ここで先生を待つことにする。
「はあ。私の刀から決して離れないあのキラキラした視線、ぞっとしました。ツルギの何倍も怖かったです……」
ぐぐ、と凝った体を伸ばして、周囲を見渡す。
ミレニアム自治区。私は初めて訪れたが、その街並みは実に近代的だ。D.Uに負けないほどの高層ビルが立ち並び、白衣を着た生徒たちが見たこともないような機器や資材を手に行き交っている。
先日訪れたトリニティとはずいぶん異なる様相だ。学校の特色がそのまま反映される学区の風景は、見ているだけでも面白い。私がそんなことを考えていると、
「あーーーーーーっ!! 野生の戦士がいます!!」
「!?」
横合いから飛んできた大声が鼓膜を揺らし、私は飛び上がって刀の柄に手をかけた。
長い黒髪に、正方形を組み合わせたかのような薄青のヘイローの少女がこちらに走ってくる。背中に銃器とは思えない巨大な鉄塊を背負っている割に、彼女は敵意を感じさせない満面の笑みで、警戒する私の目の前で停止した。
彼女は素早く私の全身を見渡し、中でも腰に下げた刀をじっと見つめてから、
「やはり間違いありません! あなたは「戦士」ですね!?」
「いえ、私はサムライです」
突然の問答はものの一秒で終了した。
静寂が戻り、私と少女の間に乾いた風が吹き抜ける。
「戦士ですよね?」
「サムライです」
「「?」」
私と少女は同時に首を傾けて、何とも言えない空気が流れた。
何かがかみ合っていない感覚をひしひしと感じる。目の前の少女は何度か瞬きをしてから、気を取り直すように口を開く。
「私はアリスです。勇者です!」
「私は八重垣チハヤです。サムライです」
「「?」」
勇者というのは何のことだろう。ミレニアム独自の役職のようなものなのだろうか。アリスと名乗った少女も同じことを思ったのか、再び互いに首をひねる。
再度、沈黙。
どうしようかなと思案したところで、遠方から「おーい」と呼ぶ声がした。見ると、アリスが突進してきた方から、もう一人の少女が息を切らせてやってくる。
赤いヘイローに、同じく赤いネコ耳型ヘッドホンを付けた少女だ。
「ちょっと……アリス、足速すぎ……あれ、あなたは……?」
◆
「なるほど。「勇者」というのはゲームの中の存在で、「戦士」というのはその仲間なんですね」
「ごめんね、いきなり声をかけちゃって」
数分後、後から現れた少女──モモイが事のあらましを説明してくれたおかげで、私はアリスの言っている事を理解することができた。
どうやら二人は「ゲーム開発部」という部活動の所属で、アリスは勇者に憧れ、自分が勇者だと名乗っているらしい。
「はい。なので、アリスのパーティーメンバーになってほしいんです!」
瞳をキラキラさせて、アリスは私の瞳を見つめている。さっきのエンジニア連中を思い返させる瞳だが、こちらに対する恐怖はない。
私は少しだけ膝を折って、アリスと目線を合わせた。
「アリス。残念ながら、私は「戦士」ではなく「サムライ」なので、ゲームの中の登場人物ではないんです」
「そうなんですね……アリス、勘違いをしてしまいました。反省です」
「……ですが、ある意味サムライも勇者と言えるかもしれません。「伝説に残る存在である」という点は、勇者と同じですからね」
私がそれとなしにフォローすると、アリスはぱっと顔を輝かせた。なんとなく、アリスを見ているだけで、私の内に眠る庇護欲が掻き立てられている気がする。
きっとこの少女は、ミレニアムでも多くの生徒に可愛がられているのだろう。
「ね、チハヤのそれ、変な形だけど「剣」だよね?」
アリスに負けず劣らず好奇心の強そうなモモイが、私の刀を指して問いかける。
「私、ゲームのキャラクター以外で装備してる人を初めて見た! ね、それはどうやって使うの? ちょうど今、剣士が主人公のアクションゲームを作ってるところで、参考にしたいの!」
「アリスも見てみたいです! 「光の剣」を使う勇者として、同じく剣を使う勇者であるチハヤの戦い方には興味があります!」
「ふむ。まあ、暇を持て余していたところですし……いいでしょう」
思えばツルギとの戦い以来、まともに刀を振るっていない。
身体の具合を確認するいい機会だろうと、私はモモイが持っている桃色のアサルトライフルを指差した。
「それではモモイ、それで私を撃ってもらえますか?」
「えええっ!?」
「私なら問題ないので、どうぞ遠慮なく」
「と言われても……流石に、当たったら痛いよ!? 友達に向かって撃つのはちょっと……」
口を栗の形にして狼狽するモモイ。アリスも隣でふんふんと頷いている。
キヴォトスの人間は鉛玉の一、二発で傷を負うほどヤワではないが、痛いものは痛い。モモイはそれを危惧してくれているのだろう。
「大丈夫です、モモイ。撃ちにくいと言うなら、最近あった嫌な事や嫌な相手を思い出して、それが私だと思ってください」
「わ、わかった……やってみる」
モモイが唸りながら心の奥底に眠る怒りを呼び覚ましている間、私はモモイから少し距離を取る。
アサルトライフルの有効距離は300mから600mと聞いたことがあるが、流石にそれだけ離れるわけにもいかない。
十メートルほどの距離を置いて、私は刀に手をかけた。
「……ミドリとゲームで勝負したんだけど、今日は調子が悪くて全然勝てなかったんだよね……」
「はい! 今日のモモイは0-5でミドリにボコボコにされた挙げ句、ヤケを起こしてユズに挑戦し、0-10で敗北していました! 15連敗です!」
「それを思い返すと……なんだか……イライラしてきたかも……」
モモイの全身から、何か殺気のようなものが立ち上るのを感じ取る。それに合わせて鯉口を切り、鞘を握る左手親指で鍔を押し上げる。
緊張の一瞬。ぴり、とヒリつくような空気の張り。
やがて体を震わせるモモイの怒りは頂点に達し──、
「もおおおっ! 許せない────っっ!!」
瞬間、モモイが鬼気迫る表情でトリガーを引いた。
爆薬が炸裂し、ありったけの弾丸が私めがけて放たれる。爆発したモモイの怒りが、銃声と炸裂音と化して唸りを上げたかのようだった。
極限の集中を以て、迫り来る弾丸を見極める。
「──────────行きます!!」
目を見開き、動く。
声と共に引き抜いた刃は、初弾と二発目を斬り飛ばした。
その勢いのまま、勢いよく前へと走り出す。次々に迫り来る弾丸を的確に捌き、弾いて、みるみるうちに距離を詰める。
数秒の後。モモイのアサルトライフルが弾切れを迎えると同時、私は剣先を銃口に当てていた。
「……どうでしょう。これこそ我が流派、"キヴォトス一刀流"の本領です」
私が納刀するや否や、驚愕のあまりに停止していた二人は、感情を爆発させたかのような歓声を上げて抱きついてきた。
「すごっ! チハヤすごっ! あれだけ撃ったのに、一発も当たらなかったんだけど!?」
「アリス、全然動きが見えませんでした! やっぱりチハヤは勇者です、すごいです!」
「いやいや二人とも、そんなに褒められるようなことでは……まあ、あるかもしれませんが……えへへへ……」
無邪気に盛り上がる二人の言葉で気がついた。ずっと一人で修行していたので、褒められたのなんて実に数年ぶりだということに。
思わず顔が崩れて、自己肯定心が満たされる快楽を貪ってしまう。私はもうこのままミレニアムの生徒になってもいいかもしれない。ゲーム開発部の純粋無垢な二人に感化され、そんな気さえしてくる。
「アリス、今の技は絶対次のゲームに実装しよう! うわあ、インスピレーションがどんどん湧いてきそう!」
「アリスはその刀が気になります! アリスもカッコよく弾を斬ってみたいです! チハヤ、触ってもいいですか!?」
「あ、アリスずるい! 私も触りたーい!」
「もう、そんなに焦らなくても貸してあげますよ。我がキヴォトス一刀流は、いつでも門下生を歓迎しますから。というか門下生は0人なので、よければ私と一緒にサムライの道を……」
私はとろけたアイスみたいな笑顔を浮かべながら、かわいい2人に絡まれて、すっかり警戒を解いてしまった。
ついさっきの出来事を忘れ、舞いあがって、何も考えずにアリスに刀を手渡してしまったのだ。それが、どんな結果をもたらすかも知らずに。
『──── 王女 の 認証情報 を 確認』
その時。私すら予想しなかった事象が起きた。
低い、駆動音のようなものが刀身を揺るがし、同時に何者かの声が響く。
まるで、アリスによって握られたことで、"彼岸白雪"が永い眠りから覚めたかのようだった。
『起動 完了 永久炉心 駆動 開始』
その正気のない声に、私は氷柱を背筋に挿し入れたかのような悪寒を感じ取った。
アリスの瞳はどこか虚空を見つめており、意識があるかどうかも分からない。モモイは何かを知っているのか、慌ててアリスに呼びかけている。
(なにか、まずい──────!)
戦慄と共にまともな思考を取り戻し、咄嗟にアリスが握る刀に目線を向けた。
思わず驚愕する。そこにあった私の刀は、ついさっきまでとは一変していたのだ。
美しい波紋を湛えていた刀身は、今や鎬筋をなぞるようにして中心から割れ、中から青色の光を溢れさせている。
「────────っ!!」
ほとんど本能的に、私はアリスの手から刀をひったくった。
私が刀を取り戻した途端、割れるように開いた刀身が閉じて、元の形を取り戻す。低いエンジンのような駆動音も止まり、辺りには元の静寂が戻った。
「……あれ、アリスは……今、どうかしましたか?」
「び、びっくりしたぁ……アリス、今起きた事を覚えてないの?」
「はい!」
底抜けに元気な返事に、思わず肩の力が抜ける。
アリスはとうにいつものアリスに戻っており、きょとんとした顔で私とモモイを見つめていた。
「おかしいなあ……ケイはもう、あのセーブデータに移ったはず……って、それどころじゃない。チハヤは大丈夫?」
「はい、特に問題はありません。しかし、この"彼岸白雪"を手に入れてから一年、見たことのない現象でした。モモイ、今の現象は────」
「よう」
ぞわり、と。
全身の毛が総毛立つ感覚に、私は反射的に背後を振り返っていた。
さっきのアリスの変化にも戦慄したが、こちらの方が「脅威」だと私の本能が告げている。頬を伝う汗をぬぐう余裕もなく、私は戦闘に備えて構えを取った。両手で柄を握り、正中線に重ねて刀を構える。
「お前、ミレニアムの生徒じゃねえだろ。そんな奴が、わざわざウチの自治区まで来て何してる?」
漫然と、しかし油断なくこちらに歩み寄る影。
小柄な体躯、特徴的な龍が描かれたスカジャン。一対のサブマシンガンを繋ぐ鉄鎖が、じゃらじゃらと音を立てて地面と擦れて音を奏でる。
それはまるで、死神の唸り声のよう。
「美甘、ネル……!?」
「あたしの事を知ってるのか。なら、自己紹介はいらねえな」
ミレニアムを守護するエージェント組織である「C&C」。その頂点に君臨するリーダー、美甘ネル。
私は油断なく剣を構えながら、じり、と靴裏で間合いを測る。
「自治区への不法侵入に加えて、あたしの
鋭い眼光で私を睨むネルに対し、モモイとアリスは割り込むようにして立ち塞がった。
「ま、待ってよネル先輩! チハヤは確かに他校の生徒だけど、私達の頼みで剣技を見せてくれただけで──」
「そうです! チハヤはアリスと同じで勇者です、魔王じゃありません!」
「んなもん、仲良くなるための芝居かもしれねえだろ。ただでさえ「あんな事件」もあったんだ。お前の周りに寄って来る奴が、全員善い奴とは限らねえ。実際、そいつのせいで何か不測の事態が起きそうだったろ、今」
「う、それは……そうかもだけど……」
「それに、そいつがウチの機密なり最新技術なりを盗みにきた他校のスパイって可能性もある。ミレニアムじゃ別に珍しい話でもねえ。結局のところ、そいつは拘束対象に違いねえんだよ。それに────」
ネルは一旦言葉を区切り、口端をニヤリと歪め。
ゆっくりと、私の顔を指差した。
「どうやらそいつも、あたしと戦いたがってるらしい」
モモイとアリスは言葉を失い、狐につままれたような顔で振り返る。
私を守ろうとしてくれた勇気ある二人に感謝を告げ、私は一歩前に出た。
遮るものなどなく、正面から美甘ネルと相対する。
最初からネルは感じ取っていたらしい。私の全身から発せられる、溢れんばかりのネルへの闘志を。
「キヴォトス猛者人別帳にて記載あり。C&Cの頂点にして、絶対なる勝利の象徴。コールサイン・ダブルオーこと、美甘ネルですね?」
「あたしのことをよくご存知じゃねえか。それで?」
「──────無論。あなたに勝負を申し込みます!」
私の宣戦布告に、ネルは心の底から愉しげに笑った。