刀持つ少女
「はぁ、はぁ……」
鼻をつく硝煙の匂い。視界を埋め尽くす白煙と熱。
断続的に響く銃声と爆発音が、これでもかと鼓膜を揺らす。
戦場の熱気が、私の血潮を火照らせる。
「止まれ! このーっ!」
こちらを狙う数多の銃口を睨みつけ、地面を踏み締める足に一層の力を込める。
躊躇なく、向けられた銃口が一斉に火を噴いた。
トリニティ総合学園が有する治安維持組織、「正義実現委員会」の有する火器は強力だ。でも、標的に弾丸を当てられないのであれば、どんな銃器だってただの棒でしかない。
「くそ、すばしっこいぞ! 逃すな! 撃てっ!」
足の速さには自信がある。瓦礫と瓦礫の狭間を縫い、姿勢を限りなく低くして疾駆する。
幾つもの銃弾が周囲で弾け、地面を穿ち、私の皮膚を掠めてゆく。この程度のヤワな攻撃では止まらない、と言外に示してやるように笑みを浮かべながら、敵陣真っ只中へと躍り出る。
「斉射じゃなかなか止まんないっすね。ハスミ先輩!」
何者かが叫んだのを皮切りに、ぞわ、と背筋が凍るような殺気を感じ取る。
近場ではない。遥か遠方、目を凝らしても見えないくらいの距離を挟んだ場所から、強烈な視線を向ける者がいる。恐らくは、正義実現委員会が有する狙撃手か。
……おもしろい。
私はようやく、己の「武器」に手をかけた。
周囲には爆炎と土煙が舞い、風も決して弱くはない。そして何より、私は正義実現委員会が敷いた警備網の中を走っている最中だ。周囲には、ざっと数えても五十を超える生徒たちがひしめいている。
下手に撃てば、味方を撃ち抜きかねないこの状況。
だが、私の直感が告げている。この奥に潜む敵は、こんな状況下だろうと「当ててくる」と。
(それならば……)
走りながら、空いた右手を柄に添える。
タイミングは一瞬だ。全身の神経を尖らせて、その瞬間に備えて重心を下げる。
(ただ、斬るのみ!)
遥か彼方、狙撃手の銃口がきらりと輝いたと同時。
渾身の力を以って、手にした
────びしり、という甲高い音。
抜刀と同時に振り抜いた刃は、私の脳天めがけて放たれたアーマーピアッシング弾を寸分違わず切断した。
真一文字に分かれた銃弾が地を穿ち、掌にじんとした手応えが走り抜ける。
「お、お前……何をした!?」
広がる困惑を好機と見て、私は全力で地面を蹴った。
行く手を阻む生徒たちの合間をすり抜け、飛び越して、その奥に立つ人影を捉える。
長く伸びた一対の翼、流れ落ちたばかりの鮮血を思わせる凶悪なヘイロー。そして何よりも、全身から溢れんばかりのこの闘志。間違いない。正義実現委員会の真髄と目される、キヴォトスにおいても有数の猛者。
「ようやく見つけましたよ……」
────剣先ツルギ。
口腔からだらりと垂れ下がった舌。乾いた笑いと共に、肉食獣を思わせる瞳が細められる。その威圧感たるや、相対しただけで空気が鉛になったかと思うほど。
相手にとって不足なし。
柄を握る掌に力を込める。ツルギが狂笑と共に2丁のショットガンを構えたと同時、私は刀を引き抜いた。
「正義実現委員会、委員長ツルギ! いざ尋常に、勝負っ!!」
◆
「はい、それでは取調べを始めるっす。ああ、ラクにしてもらっていいっすよ。委員長に散々ボコボコにされたばかりですし」
「げふ……あ……あの゛……私の刀は……どこに……」
数時間後。私は寂れた取調室に連行され、テーブルを挟んで一人の少女と対面していた。
長い黒髪に細い瞳、どこか特徴的な話し方が印象に残る少女。正義実現委員会の一人であり、先の交戦時にも存在感を放っていた。
「カタナ? あー、あのデカい刃物のことっすか? あれはウチの押収品保管庫に入ってるんで大丈夫っす。色々終わったら返してあげるんで」
それを聞いて安堵する。ついさっき目を覚まして以来、私の命よりも大事な太刀が見当たらなかったものだから、気が気ではなかったのだ。
「そんな怪我しておいて、自分よりも武器の心配っすか。そんなに大事なものとか?」
「はい。あの刀は……大切な、大切な物なんです。それさえ無事なら、全身ボロボロでも、大丈夫……大丈夫な気がする……」
包帯とガーゼと湿布とギプスだらけになった自分の身体を見下ろす。
今や全身がアザだらけだし、左腕は逆方向に曲がったし、顔はパンパンに腫れて元の倍くらいになっている。もはや怪我をしてない場所の方が少なく、どこが痛いのかも分からない。
ツルギは強かった。想定の10倍くらい強かった。勇ましく挑みかかったはいいが手も足も出ず、完膚なきまでにボコボコにされてしまった。目の前の少女が見るに見かねて止めていなければ、今頃の自分は原型を留めていたかも怪しい。
「あの強さは想定外でした……頑張れば、せめて相討ちくらいには持っていけると……ぶつぶつ……」
「ええと、あまり大丈夫そうには見えないっすけど……これも決まりなんで、聴取を始めるっすよ。聴取は私、正義実現委員会所属のイチカが行うっす。あなたのお名前は?」
「……八重垣チハヤです」
私が名乗ると、イチカと名乗った少女は手にした書類に何かを書き込んだ。
その間に、目立たないように周囲を見渡してみる。4畳ほどの狭い部屋にテーブルと椅子が2脚のみの、いかにもといった取調室だ。窓はなく、照明は年季の入った蛍光灯のみ。
お嬢様学校で有名なトリニティとはいえ、取調室まで華美に飾り立てる趣味はないらしい。
「所属は? トリニティの生徒には見えないですけど。あ、身分証とかあります?」
土と血で汚れてしまった制服から、擦り切れた生徒証を取り出して置く。
対面に座るイチカはそれをじっくりと検分し、偽造生徒証の類ではないことを確認した。目線の動きに迷いがないことからも、彼女がこうした取り調べに慣れているとわかる。
「16歳、百鬼夜行連合学院の1年生。剣術研究部に所属、と。嘘はついてなさそうっすね。……この「剣術研究部」というのは?」
「名前の通り、剣術を研究する部活動です。尤も、部員は私一人しかいませんが」
「それは部活動と言えるっすかね……?」
イチカが再び何かを書き込むと、改めて私の方を見やる。
「無駄話もなんですし、次は本題。八重垣チハヤ、あなたはなんであんな暴挙をしでかしたっすか?」
銃も持たず、一人でツルギ委員長に喧嘩をふっかけるなんて、と呆れたようにイチカは言う。
無論、その理由は単純明快だ。つまるところ──、
「それは私が、"サムライ"になりたいからです」
私のきっぱりとした返答に、イチカはただ無言を返した。無意味な沈黙が数秒流れた後、イチカの頭上に一つの疑問符が浮かび、困ったような笑顔を浮かべる。
「ええと、無知で申し訳ないんですが、サムライ? というのはなんなんすか?」
「────よくぞ聞いてくれました!」
だん、と私が勢い良く両手で机を叩くと(折れた左手も込みで)、なぜかイチカは若干の怯えを見せた。それにも構わず、私は投げかけられた問いへの答えをつらつらと述べる。
「サムライとは、我が百鬼夜行自治区の記録に残る、かつてキヴォトスに存在したという過去の存在です! その腰には太刀を佩き、生涯一人の主人に仕え、強敵との手合わせを誉とした! 遙か太古の巻物曰く、それこそがサムライだと言われており、私はそれに憧れ────」
「あー、はい、はい、もう結構っす。解説はそこまでで結構っすから、一旦座って」
イチカが困ったような顔で制止するので、私は渋々浮かせた腰を下ろした。
全く、自分から聞いておいてなんて態度だろうか。その気になれば、3時間でも5時間でもサムライについて語ってあげるのに。
「つまるところ、その"サムライ"とかいうのを目指す中で、強い生徒と戦いたかったと。はぁ、ツルギ委員長の予想は大体正解か……」
「剣先ツルギ。名前に"剣"が二つも入っているなんて、武者修行の初めに挑む相手としては申し分なし。そう思いませんか?」
「いや思わないっす。そもそも無闇に挑まないでほしいっす」
イチカは一度何かを飲み込むように天井を向いてから、ふぅ、と大きく息を吐いて姿勢を正した。
「まあ、あなたが暴れた理由は分かりました。他には……ああそうだ。キヴォトスの生徒なら、一丁は自前の銃を持ってるっすよね? そちらはどこに? 武器を隠されると勾留期間が伸びかねないんで、隠さずに答えてもらえると──」
「そんなものはありません。ずっと昔に捨てました」
「……捨てた? 学校から支給される銃器も、市販されている一般品も、何も持ってないと?」
「だから捨てました。サムライは銃なんかに頼らないんです。頼りとするのは己の愛刀のみ。銃を捨て、剣の道に生きてこそのサムライなんです」
キヴォトスでは誰もが持ち歩く銃器。それを手放して、かれこれ一年以上は経っただろうか。
だがそれを後悔したことはないし、不便に思うこともない。
剣の道を歩むと己に誓ったあの時から、私の指は無骨なトリガーを引くものではなく、美しい柄を握るものとなったのである。
「はぁ……これは、中々お目にかかれないクラスの変人っすね……」
「なんですって!?」
「あ、いや、なんでもないっす。ハイ」
少女は見るからに面倒くさそうな顔をして、ひらひらと手を振る。これだから銃にかまける奴らは……と私が憤慨している間に、少女は椅子を引いて立ち上がると、寂れた尋問室の扉を押し開けた。
埃っぽい部屋に風が舞い込み、けほ、と軽く咳き込む。
廊下の窓越しに見える空は暗く、既に時間は夜になっていることを告げていた。
「もう取り調べは終わりですか? それなら釈放ですか? 自由の身ですか?」
「そうはいきません。いくら怪我人があなた一人だけだったとはいえ、別学園の生徒が正義実現委員会の本部に乗り込んで大暴れ……なんて事件、公になったら学校間の対立に発展しかねない大問題っす。なのであなたには、然るべき場所に行ってもらいます」
「むう。別にどこでも文句は言いませんが、私の刀は一緒に送ってください。あれは命よりも大事なんです」
「別に矯正局とか、そういう場所に送るつもりはないっすよ」
連れられて部屋を出る。トリニティ特有の、豪華な造りの校舎を出ると、そこには一台の護送車が停まっていた。
その前で待っていた正義実現委員会の生徒が、イチカを見るやいなや頭を下げ、恭しく車の扉を開ける。
「────行き先は、シャーレ」
それは、聞いたことのない目的地。
私が首を傾げると、イチカはこう尋ねてきた。
「"先生"はご存知っすか?」
「なんですかそれは。ここ最近の事には疎いんです。一年ほど、山奥に籠って修行ばかりしていたので」
「山に籠ってたって、学校はどうしてたんすか」
「その間は行ってないので、多分留年してます」
思わずコケそうになるのをイチカは目を見開いてぶるぶると震えながら耐えつつ、ごほんと咳払いをして、私に車に乗るよう促した。
乗り込むと、内部は一般の乗用車とは随分と異なっていた。
窓には分厚いスモークが貼られ、おまけに鉄格子まで嵌められている。座席は車体の側面に沿うように広々と設けられ、運転席との間にも金網が貼られていた。
私が腰掛けると、後から入ってきたイチカが向かいに座る。
「では、出してください」
ぶろん、と低いエンジン音を鳴らして、護送車がゆっくりと走りだす。
スモークと鉄格子越しの夜景はそれでも眩く、後方へと流れてゆく光は流星群のようだ。学生都市であるキヴォトスの夜は、一般的に静けさを保っている。しんと静まり返った街を、護送車は静かに駆けてゆく。
「あなたが山に籠ってた間、キヴォトスでは色々な事件があったっす。連邦生徒会長の消失、連邦捜査部「シャーレ」の活動開始、エデン条約の騒乱、虚妄のサンクトゥム攻略戦……」
イチカは私の方を見て、何か懐かしむように呟いた。
残念ながら、語られるいずれの事象にも心当たりはない。少し前、空が真っ赤に染まり、籠っていた山中に見た事のない化物が湧いたことがあったが、いずれかの事件に該当するのだろうか。
「そのすべての中心に立ち、解決に導いた人物こそが、"先生"。あなたがこれから会う事になる、シャーレの顧問っす」
先生。その言葉の響きに、私はどこか心がざわめくような気持ちがした。
不思議な感覚だった。まるで「サムライ」という言葉を古い書物で知った時のような、何か私たちの知り得ない、別世界に在る神秘を知った時のような。
「私をその"先生"に会わせて、どうする気ですか?」
「残念ながら、それはあたしにもわからないっす。元々、何考えてるのかよく分からないお人っすからね。私なんかが先生のお考えを推測するなんて、とてもとても」
む、と私は心の奥に不信感を覚える。
ただでさえ「先生」という人物には心当たりがないのだ。何をされるか分かったものではない。
そんな私の心中を察したのか、イチカは笑って口を開いた。
「大丈夫っすよ。あの人は「大人」っすから。私たちを、必ず正しい方へと導いてくれる人です」
「イチカ。あなたは、その先生という人物が、私の事も導いてくれると思っているんですか?」
「ええ。もちろん」
その言葉に嘘がない事は、イチカの様子からも察せられた。
会話を切り上げて、外の景色を見やる。早くもトリニティの自治区を抜けたのか、車は郊外の高速道路へと差し掛かったようだった。
豪奢な街並みは姿を消し、地平線まで続く荒涼とした荒野を、どこまでも伸びる一本の道路が貫いている。
この方角には覚えがあった。車はキヴォトスの中心、D.Uに向かっているらしい。
(先生……ですか)
その出会いが意味するものを、私はまだ知らない。
私の夢。私に誇れるサムライになるという目標は、シャーレを訪れる事で前進するのか、或いは──。
(それでも……私は、絶対……
期待とも不安ともつかぬ感情を抱えながら、私は微睡の中に沈んでいった。