あの日、あの雪原で、私は出会ったのだ。
銃弾飛び交うキヴォトスに生きる、最後のサムライに。
太刀を手にした少女が、百鬼夜行の大雪原を駆けている。
その行く手には、見たこともない、巨大な六本足の異形が咆哮を上げていた。有機的でありながらひどく無機質な、機械か生命かも判別できない、何か。
びりびりと振動する大気を裂いて、少女はその刀に手をかける。
その歩みに躊躇いはなく、その所作に無駄はない。機械的な装甲の奥から放たれた灼熱のレーザーを避け、傲然と振り下ろされる前脚を躱して、瞬く間に懐へと潜り込む。
────……キン、という鍔鳴りの音。
少女が刃を鞘に収めると同時、暴れ狂っていた異形の動きが止まり、正中線を境にずるりと
ずずん、という轟音を立てて躯が揺らぎ、地に斃れる。降り積もった雪が舞いあげられて、視界が真っ白に染まる。
そんな中で、少女はこちらを振り返り──、
◆
「……起きて。起きてくださいっす」
微睡んでいた意識が、何者かの声によって揺り起こされる。
うっすらと開けた瞳の奥には、見覚えのある少女が立っていた。確か、正義実現員会のイチカという少女だ。だとすると、さっきまで見ていた雪原はどこに消えたのか。
「ん……あれ……憧れのサムライはどこに……?」
「護送車の中で爆睡なんて、大した度胸というかなんというか……。ほら、しっかりしてください。あなたの行き先、シャーレに到着したっすよ」
ようやく意識が覚醒して、私は自分の置かれた状況を思い出した。
昨日、私は正義実現委員会に捕まり、連邦生徒会「シャーレ」なる場所へ連行される事になった。連れ出された時は真夜中だったが、今は車窓越しに朝日が差し込んでいる。トリニティからD.Uまでの距離を考えると、移動中に夜が明けるのも道理だ。
車外に出ると、目の前には大きな建物が聳え立っていた。独特な形をしたオフィスビルだ。ガラス張りの側面には昇って間もない朝日が反射し、きらきらと輝いている。
「ここが、シャーレ」
「その通りっす。そして、あちらの方が──」
イチカの視線を追って、シャーレの正門に目を向ける。
爽やかな朝の陽光が降り注ぐ中、こちらに歩いてくる人影がある。
「やあ、君が八重垣チハヤちゃんだね」
そこに立っていたのは、なんとも表現に困る風体の人物だった。
白のロングコートを着た長身の人物だ。胸元を飾る淡い青色のネクタイには、連邦生徒会の紋章が刻まれている。声色と挙動の明るさのわりに、今にもぶっ倒れそうな死にかけの瞳をしているのがやけに怖い。
「見るからに不審な人ですね。イチカ、本当にこの人が"先生"なんですか?」
「なんてことを言うんすか……」
「はっはっはっ。いや、初見の人には大抵怪しまれるから。イチカもここまでの護送、お疲れ様」
イチカは溜息をついて、先生に何枚かの書類を渡して話し込む。引き継ぎがどうだの、こんな時に厄介を押し付けてすみませんだのといった会話が聞こえてくる間、私は頭上に聳える建物を改めて見やった。
まだ早朝故か、正門にもかかわらず人の往来はない。一階のコンビニに、商品補充の業者がせっせと出入りしているくらいだろうか。
周囲はいかにもキヴォトスの中心たるD.Uらしく、高層ビルの類が多い──と思っていたが、そうでもない。背の高い建築物は少なく、どこもかしこも工事中だ。何台ものクレーンが並び、シャーレの建物にも補修中の天幕がところどころに張られている。
(最近のD.Uでは再開発がブームなんでしょうか?)
私が無為な思考に耽っている間も、イチカと先生はあれやこれやと話を続けていた。
「……でも、本当にいいんですか? いくらシャーレ預かりになるとはいえ、相手は正義実現委員会に一人で殴り込んできたような奴っすよ?」
「まあまあ、武器を携帯してるのは皆同じだから。一人だけ仲間外れというのもね」
「はあ、先生がそう仰るなら」
会話を終えたイチカがこちらを向き、私を手招きして護送車の後ろに回る。
何をするのかと見守っていると、イチカは後部のトランクを開け、そこに収納されていた物を取り出した。それは黒塗りの鞘に収められた、一振りの刃。
「わ、私の"彼岸白雪"っ! こんなところに!!」
「ソレ、そんな名前があったんすか?」
イチカの言葉も聞かず、私は飛びつくように渡された刀を受け取る。
「これは返却するっすけど、だからってシャーレで暴れないように。シャーレに滞在する間、あなたは監察処分という形になります。執行猶予みたいなものっすね。次に問題を起こせば、今度こそ矯正局送りに……ってほら無闇に抜かないで!」
素早く鞘と柄に傷がないかを確認し、その後刃を抜いて刃毀れがないか確かめる。輸送程度で傷がつくほど私の愛刀は脆くないが、それでも大事な物なのだ。
一度か二度、柄に変なガタつきが生じていないか素振りして確かめようとして、イチカに制止されていると──、
「へえ。話には聞いていたけど、いい刀だね。よく手入れされていて、大切にされているのが伝わってくるよ」
「む。話が分かるではありませんか」
このキヴォトスにおいて、「刀」の知名度は低い。その存在が一部の伝承に登場するのみで、製法はとうに失われている。一部のマニア間で、模造刀が美術品として高値で取引されることもある程度だ。
にも関わらず、先生は刀についての知識を有しているらしい。なかなかやる、と先生に対する認識を若干プラス寄りに修正する。
「シャーレを案内しようかと思ったんだけど、思ったより派手に怪我したね……。先に部屋を案内して、今日はゆっくり休んでもらおうか」
「いえ、体調は問題ありません。車の中でぐっすり寝たので大体は治りました。折られた左腕だけ、やや違和感が残っていますが……」
ぐっぱ、と両手を開閉して具合を確かめる。やはり左の反応が鈍いが、それ以外はほとんど完治した。左腕も、あと一、二日すれば治るだろう。
とはいえ、身体中の包帯やらギプスやらをそのままにしておくのも、余計な心配を招きかねない。
「……すみません。ひとまず、シャワーを貸してもらえませんか?」
◆
「それじゃ、中を案内するね」
シャワー室を借りた後。私は先生に連れられて、シャーレの中を案内されることになった。
イチカはその間にトリニティへ帰ったらしく、シャーレを歩くのは私と先生の二人だけだ。
シャーレの中は想像していたよりもずっと変化に富んでいて、悪くないというのが率直な感想だ。小奇麗なオフィスだけでなく、居住区に談話室、ゲームセンターまで備えている。
一通り見て回った後、私はシャーレに併設されたカフェへと案内された。まだ朝が早いからか、人気のないカフェの一席に先生と座る。
「たくさん歩かせてしまってごめんね。まあ、くつろいでもらって」
先生が手ずからに珈琲を淹れてくれたので、ありがたく受け取る。
「イチカから聞いたけど、チハヤはサムライになりたいんだって?」
「はい。私はかつて見たサムライに憧れ、同じ道を志すようになったんです。強くなり、彼女に近づくためならば、どんなことでもやる所存ですっ」
「かつて見たサムライ? へえ、それは初耳だ。チハヤはどこかでサムライを見たことがあるのかな? 聞いた話によると、サムライはずっと昔にいなくなったそうだけど」
「確かに、サムライは過去の存在とされていますが……今から二年前、私は実在するサムライに命を救われたんです」
私は、二年前に体験した事を話した。
百鬼夜行の大雪原でスキーを楽しんでいた折に、正体不明の怪物に襲われたこと。その危機を、刀を持った少女に救われたこと。
あの鮮烈極まる出来事は、今も私の記憶に焼き付いている。それこそ、しょっちゅう夢に見るくらいには。
「なるほど……」
先生は私の話を聞いて、何かを考え込むように顎をさする。
「チハヤは強くなって、憧れのサムライになりたいんだよね。それなら無闇に強い生徒と戦うより、その恩人を探してみた方が早いんじゃないかな? ホラ、戦うなんて危ないし……」
まあ、その意見は間違いではない。彼女のようなサムライになりたいのであれば、他ならぬ彼女に弟子入りするのが一番だ。わざわざ強者と戦い、己の腕を磨くというのは、迂遠なやり方にも思えるだろう。だが…。
「当然、私も彼女を探しました。百鬼夜行の学校を片っ端から尋ねて回ったんです。でも、手掛かりはひとつもなくて……その探索の旅の中で、この刀を見つけたんです」
私は、長椅子に立てかけた刀をテーブルに置いた。
黒色で染められた鞘に、菊の花弁を思わせる黄金の鍔。
「これはその"サムライ"のもの?」
「いえ、別物です。これは鞘が黒塗りですが、彼女が持っていた刀は白でしたから」
今でも彼女の姿は思い返せる。白い髪に白の鞘。雪の積もった大雪原に立つ彼女は、まるで雪の精のようにすら思えたものだ。
「私はこれを、彼女からのメッセージと受け取りました。私がいくら探しても出会えないのは、私に会うだけの
そこまで話したところで、学校を思わせるチャイムが響き渡った。
カフェの壁に掛けられた時計には、AM9:00と表示されている。
「……どうやら始業時間みたいだね。お話はこれまでにして、オフィスに向かおうか」
◆
「先生、おはようございます! 中務キリノ、現着しましたっ!」
部屋に入るや否や、底抜けに元気な声が私と先生の鼓膜を揺るがした。
見ると、ヴァルキューレ警察学校の制服を着た少女が、びしりと敬礼して立っている。
彼女が動くたび、ショートヘアの白髪がぴょこぴょこ跳ねる。どことなく落ち着きのない感じと言い、まるで元気な子犬のようだ。
「今日の当番はキリノだったね。朝早くからご苦労様」
「いえ、これも本官の務めですので。先生こそお疲れ様です」
挨拶を交わした後、キリノと名乗った少女がこちらを見る。
「新しくシャーレの担当になる方でしょうか? 本官はヴァルキューレ警察学校、生活安全局所属の中務キリノといいます。職場を共にするものとして、仲良くして頂けると嬉しいです! 共にキヴォトスの平和を守りましょう!」
「ど、どうも。私は八重垣チハヤです。何か誤解されているようですが、私はシャーレで働くために来たわけではなくて、むしろ……」
「むっ! その腰に差しておられるのは木製の警棒ですか? もしやヴァルキューレへの転入を考えておられる方でしょうか!? でしたら本官が転校手続きの手引きを──」
正義に燃えるキリノの瞳に気圧されつつも、どこか私は親近感を覚えていた。なんとなくだが、このキリノという少女には通ずるところがある気がする。
まあそれはそれとして、別に警察官になる気はさらさら無いんだけれど、と私が困った顔をしていると、
「キリノ、一旦落ち着いて。生徒同士で仲を深めるのは結構だけど、一つキリノに頼みごとがあるんだ」
「頼みごと、ですか?」
「うん。人を探してほしいんだ。百鬼夜行自治区から来たこの子……チハヤは、とある人を探しているそうでね。生活安全局の力を借りられないかな?」
「え」
私はその言葉に驚いて、思わず声を漏らしてしまった。
その台詞が、あまりに予想していなかったものだからだ。
「そういう事でしたらお任せください。迷子にペットと、生活安全局には捜索のご依頼が来ることも多いですから。チハヤさんの探している方も、きっと見つけてみせます!」
「ありがとう。探している人物なんだけど、チハヤと同様、「刀」という刃物を携帯しているらしいんだ。とりあえずは、大きな刃物を持った人物の目撃情報なんかが残っていないか、生活安全局のデータバンクをあたってもらえるかな?」
「わかりました。まずは探し人の特徴を情報部に連絡し、該当人物の目撃情報がないか調べてもらいます。私も一度安全局に戻って、残っている記録を──」
「ま、待ってください!」
当然のように進行していく会話を、私は体を割り込ませて無理やりに遮った。きょとんした顔をする先生は、これの何がおかしいのかを理解していないらしい。
「……人を探しているとは言いましたが、なぜ先生が協力してくれるんですか? 私はしばらく、シャーレにて観察処分扱いになるとイチカに聞きました。それなら、拘束したりするのが当然の対応です。なのに」
私が当然の疑問を口にすると、先生は困ったような顔をして笑う。
「そこは、生徒の願いを叶えてこその先生だから。別にシャーレの中に拘束したりもしないよ。折角だから、キリノと一緒に行ってくるかい?」
……変な人。
私は呆気にとられた表情のまま、キリノと共にヴァルキューレの生活安全局へ向かうことになったのだった。
◆
「なるほど。チハヤさんはその"サムライ"に憧れているんですね!」
「ええ。なんとしても、憧れの彼女に追いつけるようなサムライになる所存です!」
ぽかぽかと眠くなるような陽気の下、D.Uの中心を流れる川沿いの遊歩道を、私はキリノと歩いていた。
キリノが所属している生活安全局の拠点は、シャーレからほど近い場所にあるらしい。そんなわけで、徒歩でヴァルキューレに移動中というわけだ。つい昨日に正義実現員会に捕まったばかりの身でヴァルキューレの拠点を訪れるというのは、なんとも不思議な話だが。
「本官も似たようなものです。私はキヴォトスの治安を守る警察に憧れて、ヴァルキューレ警察学校への入学を決めました」
川沿いの遊歩道は、ジョギングや散歩を楽しむ市民達が散見される。そんな平和な光景を見ながら、キリノは目を細めた。
「まあ、夢だった警備局への配属はかなわず、生活安全局での業務にいそしむ日々ですが……はは……私はいつになったら転属されるんでしょうか……」
肩を落として、キリノはぼやく。
確か、ヴァルキューレ警察学校の組織は、「警備局」「公安局」「生活安全局」の3つに分かれると聞いたことがある。治安を守る警察、というイメージに最も近いのは「警備局」で、キリノが所属する「生活安全局」は、どちらかというと日陰の部署だ。
だからこそ、キリノは自分の現状を嘆いているのだろう。
「でも。大切なのは所属や肩書きではなく、「何をするか」です!」
落とした肩を上げて、キリノは気を取り直すように言った。
「何をするか、ですか?」
「はい。私にとって、何より市民の皆さんの暮らしを守ることこそが肝要です。それさえ忘れなければ、私の理想が揺らぐことはありません! どんな組織に所属していても、できる事が見えてくると信じています」
「────────、」
何か。
ちくりと胸の奥に何かが刺さったようで、私は眉を顰めた。
何かを言おうとして、やめる。自分の中のモヤモヤを、うまく言葉にできなかったからだ。
胸中に燻る違和感。それの原因は分からずとも、一つだけ分かったことがある。それは……、
「いい志ですね。キリノは、きっと良い警官になると思います」
「え、ええっ!? そ、そうでしょうか!?」
「同じく理想を追い求める一人として、あなたの事は尊敬に値します。キリノのような警官がいれば、生活安全局は安泰でしょうね」
私が率直に意見を述べると、キリノは途端に照れてあわあわと両手を動かした。
警察とサムライ。道は違えど、彼女の姿勢は見習うべきだ。戦わずとも、他人から吸収できるものは多いらしい。
そんな事を考えていると、キリノが腰に下げている無線が鳴った。
「おっと、無線が……すみません、少し失礼。……はい。こちらキリノ。……はい、はい。……えっ!? もう見つかった!?」
キリノがびっくりしたように声を上げて、私は思わず他所に向けていた視線を戻した。
キリノは手早く通信を終わらせて、なんとも言えない顔でこちらに向き直る。
「キリノ。何かあったようですが、どうしましたか?」
「ええと……実は、大型の刃物を持った不審者の情報が、つい昨日に上がってきていたらしく……」
「き、昨日ですか!?」
「はい。目撃された場所はミレニアム自治区。──そこに、あなたの探し人がいるかもしれません」
◆
「先生!」
誰もいなくなったシャーレのオフィスに、幼い少女の声が響いた。最も、その声を聞き届ける人物は、このキヴォトスに一人しかいない。
先生はキーボードを叩く手を止め、傍らに置いたタブレットに視線を向ける。それは声の発露に併せて起動した後、画面に一人の少女を映し出した。
先生が有する「シッテムの箱」。その中に常駐するメインOS────。
「どうしたの、アロナ?」
「先ほどの生徒さん……八重垣チハヤさんについてです」
普段は明るく快活なアロナだが、今回ばかりは真剣な表情だった。
先生もそれを察したのか、居住まいを正してタブレットに向き直る。すると、画面の大半を占有していたアロナの横から、もう一人の少女が姿を見せた。
アロナが透き通る海のような少女であれば、こちらは月や星を連想させる。もう一つの「シッテムの箱」に常駐していたメインOSであり、紆余曲折の末、今はアロナと同じくこの箱のOSを務める少女。プラナである。
「彼女が有していたあの武装について、こちらでスキャンを行いました。通常の銃器とは異なり、既存データから脅威度を測れませんでしたので」
アロナよりもやや低い声で、淡々とプラナは告げる。
「ありがとう、私を心配してくれて。結果は?」
「結果は……解析不能……でした」
「構造不明。材質不明。工法不明。外見こそ湾曲した大型の刃物に見えますが、あらゆる全てが解析できません」
彼女らがメインOSを務めるこの「シッテムの箱」は、このキヴォトスにおいても有数のオーパーツだ。その演算機能は常識の範疇にない。
にも関わらず、あの刀を分析する事は叶わなかった。
シッテムの箱がそう結論付けたという事は即ち、それがシッテムの箱と同様、「埒外」の存在であることを意味する。
「先生。これは警戒を以て対応すべき事案であると警告します。八重垣チハヤが有する武装は、想定よりも遥かに厄介なモノである可能性があります────」
【刀】
刀剣の一種であり、剣の内でもとくに片側にしか刃のない物を指す。キヴォトスにかつて存在した「サムライ」が振るったとされる武装。
百鬼夜行自治区ではそれなりの知名度があり、模造刀は美術品として高値で取引されるため、所持している生徒もいる。
ただし、本来の製造法はとうの昔に失われており、再現・鍛造の試みは全て失敗している。チハヤが有する「彼岸白雪」は、今もなお現存する貴重な