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西村賢太殺人事件について(1 極私的感想)

西村賢太の没後から彼の小説に本格的にハマり、夢中になってブログに綴っていた文章をまとめて今年の4月に電子書籍を、8月にペーパーバックkindleで出した。

有難いことに買って下さるかたも時々おり、アンリミテッドで読んでくださる方もぼちぼちいるようだ。

こんな話から始めたのは、本書『西村賢太殺人事件』の著者小林麻衣子氏がこれにアマゾン・レビューを書いて下さったことが自分にとって思い入れの深い出来事だったからである。

彼女はnoteを書いていてそこで西村賢太の思い出などを綴られており、月刊HANADAに2回にわたりエッセイを掲載されていたので、その存在はもちろん知っていた。そんな彼女がレビューの中でこちらのブログを読んでくださっていたと書かれていて大変恐縮し感激したのを覚えている。

何と言っても彼女は西村賢太の54年の生涯の最後の10年間に、最も親しい、無くてはならない存在として付き添った女性である。いわばジョン・レノンにとってのオノ・ヨーコのような存在といっても過言ではない。なのでこんな五流のゴキブリじみた一ファンたる分際も弁えず、分不相応にも、忌野清志郎オノ・ヨーコと共演したときにはきっとこんな気分になったに違いないと勝手に想像して独り有頂天になったものである。

 

西村賢太私小説作家であった。にもかかわらず、決して明け透けに自らの生活を小説に書いたわけではなかった。彼の書くテーマは若い頃に味わった貧苦と孤独の日々と、藤澤清造に賭ける思いといったものに限定されていた。彼の代表作である「秋恵もの」は、作家になる前にわずか1年ほど同棲した女性との生活について書かれたもので、それも多分にフィクションが入っていたと思われる。

西村が私小説のお手本にしていた私小説家の一人、川崎長太郎は、ほぼ現在進行形で付き合っている女性のことをネタにして次々と書いていたが、西村のスタイルはそれとはまったく違った。西村は直接小林氏のことを作品化したことはない。最後の中編『蝙蝠か燕か』の中に過去に交際していた女性がいたというエピソードとして触れた一度きりである。しかし彼は「秋恵」の中に他の女性の要素も入れて描いており、小林氏も当然そこに含まれていたことが『西村賢太殺人事件』から明らかになっている。

 

少し脱線してしまった(本来上記は第3部に書くべきことであった)。

極私的感想としては、先に書いたようないきさつから、本書が刊行されると知った時には、絶対に読まなければならないと思ったし、それ以上にシンプルに早く読みたくて仕方がなかった。当然ながら期待も大きかった。

で、発売日に早速ゲットして貪るように読み終えたら、正直いろんな思いが沸いてきて頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。

ただ一つ思ったのは、

「これでいろんなことが腑に落ちたな」

ということである。

どうして彼女が、ジョンにとってのヨーコのような存在であるにもかかわらず、そして文章を読めばわかるとおり確かな「書く力」があるにもかかわらず、西村の没後に本書を出版するまでにこれほど時間がかかったのか(没後じつに3年半が経過している)、そしてなぜ文芸誌の西村賢太追悼号に一切登場せず、担当編集者たちの座談会でも一言の言及もなかったのか、そしてまた、なぜ「飛鳥新社」なのか、そのすべてが腑に落ちたのだった。

急いで付け加えると、いま私の中に小林氏に対するネガティブな感情なぞは一切なく、この本を書いてくださったことに感謝の気持ちしか持っていないことを強く述べておきたい。

五流のゴキブリじみた一ファンの分際を弁えずに敢えて言わせていただきたい。

――賢太愛を感じました。😭