殴殺勇者シア編 決戦ですぅ! 後編
「ひょわぁああああっ!?」
空間がずれる。同時に、自分の身も割断される。
そんな死のビジョンに総毛立ちながら身を捻れば、白光の流星群に呑み込まれる死のビジョンが襲いかかってくる。
空中でステップステップ。ジジッジジッと衣服や肌を掠るようにして流星の豪雨が通り過ぎる。
――逃がしません
そんな声が聞こえたような気がした刹那、ぐいっと後方へ引っ張られる感覚。
「うんにぃっ!!」
肩越しに振り返れば渦巻く黒い影――重力場がシアを呑み込もうと展開している。力を振り絞り、重力場から膂力任せの脱出。
空中へ躍り出たシアへ、更に死のビジョン。
空気は揺れず、音もしない、静謐なる衝撃が体の深奥――魂魄を弾けさせ、それにより呆然自失となったシアを白光の槍が貫く光景が目の前に浮かぶ。
「やばっ、ですぅ!」
即座にレベルⅨへ。同時に、魂魄魔法による魂の強化も行う。
直後、意識が弾けるような衝撃にシアは息を詰まらせた。それでも、莫大な経験則が、無意識レベルで横っ飛びによる白光の槍の回避を実現させた。
『今更そのようなことを……』
星樹ルトリアの苦しそうな言葉。それは、シアに向けられたものではなかった。彼女の視線はシアから外れ、本体である星樹の根元で奉納と懺悔の儀式を行っているエリック達に向いていた。
星樹ルトリアの片手が振るわれる。それだけで、極大の雷が発生し、エリック達を襲った。
「させません!!」
固有魔法〝未来視〟の一つ〝天啓視〟により、星樹ルトリアが雷を落とす光景を数秒前に視ていたシアが、超速で射線に割り込んだ。
その身を避雷針代わりに落雷を受け止める。「うぐぅ」と苦悶の声が漏れるが、〝気合い防御〟を発動しているので傷らしい傷はない。
だが、落雷を受け止められたことなど特に気にせず、星樹ルトリアは、掲げた手の先に燃えさかる光の玉を出現させた。
「そ、それってソアレさんの――」
太陽光照射攻撃、と口にする暇もなく閃光が落ちた。近接戦特化型のシアにとって、範囲攻撃から味方を守るのは苦手分野だ。
なので、攻撃は最大の防御である! を実行する。ガションと音を立てて構えたヴィレドリュッケンが砲撃モードに。即座に連射された炸裂スラッグ弾は、狙い違わず星樹ルトリアに襲いかかった。
『――ッ』
咄嗟に、衛星のように周回する白光で防壁を作る星樹ルトリア。が、異世界の魔王謹製の兵器は、その防壁を吹き飛ばし、星樹ルトリア自身に後退を余儀なくさせる。
辛うじて、太陽光照射攻撃が逸れた。が、直後には、氷雪のトルネードと幾千の黒い槍が地上めがけて放たれる。更に、ダメ押しとばかりに津波まで虚空に出現。
「さ、流石は全てのお母さんですか……」
間違いなく、星樹ルトリアは全ての神霊の力を使える。
当然と言えば当然。だが、できれば当然であってほしくない現実だった。
空中に踏みとどまるシアの表情に焦りが浮かぶ。
ただ目の前の相手を打倒するのとはわけが違った。〝守る〟ということのなんと難しいことか。単なる役割の問題と言ってしまえばそれまでだが、〝守護者〟を天職とするティオを筆頭に、ハジメ達が何気なくしていることの至難さに改めて脱帽してしまう。
とはいえ、泣き言は言っていられない。
「やるしかないなら、やるしかないんです!!」
自分の手札はなんだ。できることとできないこと、勝手に自分で決めつけてはいないか。常識に囚われて、自分で自分を縛ってはいないか。
極大にして、破滅的なルトリアの攻撃が殺到する中、集中により引き延ばされた意識の中で必死に打開策を考えたシアは――
空中で大の字になった!
あるいは、覚悟を決めて全身で攻撃を受け止めるつもりか。そんなものでは、地上の者達を守れはしまい、と星樹ルトリアが思った次の瞬間、
「ぶっ飛べやぁあああああっ、ですぅ!!!」
なんか出た。シアの全身から、こうペカーッと強烈な光が。
そして、あろうことか押し寄せる氷雪トルネードと幾千の黒い槍と津波を、一切合切まとめて吹き飛ばしてしまった。
『……え?』
星樹ルトリアの、おそらく生まれて初めての『え?』が木霊した。
それくらい意味が分からなかった。
「はぁはぁ、や、やればできるものですね!」
何をやらかしたのか。その答えは、
――シア流魔力放射 エターナルシアフィーバー
某筋肉だるまなバグキャラの、なんだかよく分からないけど凄い攻撃のモドキである。
正確には、魔力の放出と、その放出魔力の振動によって、物理的に破壊力を与えた……という説明されてもきっとよく分からないだろう、なんか凄いバグ技である。
血や髪を操れるなら、魔力だって自分の一部なわけだし操れるはず! なら、ハジメさんの〝魔衝波〟だって真似できるはず! というシアの脳筋的な思考からたった今産声を上げた技だ。
星樹ルトリアは、いかにも『そんな馬鹿な』と言いたげな表情だったが、それも直ぐに険しいものに変わり追撃を仕掛けようとした。
だが、その前に目撃する。シアが、何故か戦槌ではなく右手をググッと引き絞っている光景を。星樹ルトリアが呆けた一瞬は、バグウサギに反撃の隙を与えてしまったらしい。
「シぃ~~アぁ~~~……インパクトぉっ!!」
さっき成功した感覚を忘れないうちに! と言いたげなバグウサギのバグ技第二弾。やはり、某バグった筋肉戦士様のモドキ技だった。
突き出した拳から飛び出した淡青白色の閃光が星樹ルトリアに急迫する。戦闘には慣れていないのか、やはり回避せずに空間遮断型の防壁を展開する星樹ルトリアだったが、それは悪手だった。
『――うぐっ』
バリンッとガラスが砕けるような音と同時に、良い感じの衝撃が星樹ルトリアの鳩尾を直撃した。顔を歪め、体をくの字にしながら吹き飛ぶ。
「むむっ、力の練り込みがまだまだですね。要鍛錬です」
なんてことを言いながら、ヴィレドリュッケンを一振り。
あるいは、この世界に生じて初めて〝殴られる〟という経験をしたせいか、星樹ルトリアは警戒心もあらわに動きを止めた。
と、同時に、精霊獣達が未だエリック達を排除できていないことに歯がみするような表情になった。
そんな星樹ルトリアへ、シアは言う。
「行かせませんよ。彼等の言葉が届くまで、貴女には、私の相手をしてもらいます」
固く、揺るがない、どこまでも真っ直ぐな意志が、あるいは先の攻撃より鋭く星樹ルトリアへ突き刺さる。
その揺るがない在り方、まるで大樹の如く。
だからだろうか。星樹ルトリアは、聞く耳持たないという姿勢を、意図的か無意識的にか、初めて崩した。
『今更、言葉など』
冷たく切って捨てるような言葉。けれど、やはり、星樹ルトリアの瞳にあるのは痛みに耐えるような色で……
そこへ、星樹本体が放つ光の粒子に紛れるように、微かな声が響いた。
――申し訳ありませんっ。貴女の愛を、我等人は裏切ったっ。申し訳ありませんっ
それは、とても純粋な言葉だった。装飾の一切ない、他意が一つも紛れていない、純粋なまでに罪悪感に塗れた言葉だった。何度も何度も木霊した。
地上で、徐々に傷を増やし、疲弊を見せ始めているアロガン達に守られながら、エリックが一心に祈りを捧げている。国中の人々から集めた霊素が、まるで魂が天上へと昇るように舞い上がっていく。
視線は向けずとも、星樹ルトリアの本体はあの大樹であるが故に、彼女からすれば目の前で跪く若い王の姿が見えているはずだ。
その証拠に、星樹ルトリアは無表情になった。滲み出る苦悩を意思の力で無理矢理抑え込んだかのように。
「聞きたかった言葉じゃないんですか?」
『……』
シアが静かに問いかける。星樹ルトリアは答えない。代わりに、再び苛烈な攻撃を放った。空間の断裂、重力弾、霊素の圧縮弾に、雷の乱れ打ち……シアの脳裏を死のビジョンが埋め尽くす。
それをかわし、弾き返し、あるいは打ち払って凌ぎながら、なおシアは言葉を紡ぐ。
「ずっと待っていたんじゃないんですか! そんなに苦しそうな顔をして! 本当は人を傷つけたくなくて! 彼等が改心してくれる時を心待ちにしていたんじゃないんですか!?」
星樹ルトリアの周囲の空間が歪む。〝天啓視〟で次の瞬間に起きることを予知したシアは、砲弾のように地上へ向けて落下。
刹那、星樹ルトリアがエリックの眼前に出現。同時に、シアがその星樹ルトリアの背後に着弾。星樹ルトリアが断罪の手を振り下ろす前に、ヴィレドリュッケンによって再び上空へ吹き飛ばす。
「シ、シア……」
「呼び方」
たった今、殺されかけて目を見開くエリックに、シアはニッと笑って飛び出していった。
顔をしかめる星樹ルトリアと再び相対したシアが口を開く。
「言いましたよ。彼等の言葉が届くまで、私の相手をしてもらうと」
目の前の少女を打倒しない限り、確かに、地上には手出しできないのだろう。
そう確信せざるを得ない、決意と自信に溢れたシアに、星樹ルトリアは遂に言葉を返した。
『人の子は、破滅の未来に進む。まるで、そう定められているかのように』
神の言葉だけではない。もはや、世界が上げる悲鳴すらも届かない。
『我は理解したのです。この世には、未来を紡いではならない種も存在するのだと』
どれだけ言葉を尽くしたか。
どれだけ諫め続けたか。
それでも人は止まらなかった。
止まらなかったから世界は限界を迎えた。このままでは、精霊達が滅んでしまうところまで来てしまった。
そしてきっと、人はそのまま進み続け、自然を退け、動物達を食らい、破滅へと至る。
人の未来か、他の全ての命の未来か。
『我が、容易に切り捨てたと思いますか?』
シアを睨む星樹ルトリアの目。見ているだけで、シアまで悲しみの海に沈んで溺れそうになってしまう。
『見なさい。ここまで来てなお、人の子は心を一つにできていない』
その視線の向く先は、アロガン達魔族であり、そしてグルウェル達獣人族だった。星樹ルトリアは、彼等の内心を読んでいた。改心の気持ちはあれど、それは純粋な気持ちの発露ではなく、救われたいが故の打算が混じったものであると。
『もはや、許しはありません。人の子のために、全てが破滅する未来だけは避けねばならないのです』
それは説得だった。これ以上、この世界に関わるな。突然現れた異界の子が、苦悩の果てにした決断に口を出すな。お願いだから……
そういう説得の言葉だった。
そんな星樹へ、シアは、
「許せなんて言ってませんよ」
困ったように笑いながら、そう言った。
「私は、エリックさん達の想いを聞いてほしいだけです」
『……それは無意味な――』
「意味がなければ、ダメですか?」
シアの問いに、星樹ルトリアは口を噤んだ。
シアは少し肩から力を抜き、やっぱり困ったように眉を八の字にしながら言葉を重ねる。
「ルトリアさんの言う通り、彼等は、私達は、人なんです。神様みたいに、一人の例外もなく心を一つにすることはできません」
そう、それが人だ。どうしようもないほどに多種多様な種族で、どうしようもないほどにそれが本質の種族なのだ。
「呆れるくらいに愚かですよね。笑っちゃうくらい馬鹿ですよね。救いようがないくらい欠点だらけですよ、本当に」
けれど、
「ルトリアさん、そんな愚かで馬鹿で欠点だらけの人が紡いできた過去に、ドキドキしませんでしたか?」
多種多様であるからこそ、予想できない未来を創っていく。
それは全て、悲劇的なものだったのだろうか。
そんなはずはない。田畑を耕し、文化を育み、社会を形成し、できないことを一つずつできるようにしていく様は、きっと神様だって心躍ったはずだ。子供達のその不断の努力と向上心をこそ、彼女達は愛していたはずだ。
「許せなんて言いません。言えません。所詮、私は部外者ですから。でも、だけど、ルトリアさん。悲しいじゃないですか」
『……悲しい?』
シアの言葉に思うところあったのか黙っていた星樹ルトリアが、疑問を返す。所詮部外者だという異界の少女は、いったい何が悲しいというのか。
「悲しいですよ。最後の最後まで想いが伝わらないなんて」
だから、
「だから、私はここにいるんです。貴女の前に立ち塞がっているんです。結果がどうであれ、お母さんと子供達が、きちんと想いを交わせるように」
ただそれだけ。未来のために足掻く者が、結局、悲嘆と不幸の沼に沈むなんてことを、シア・ハウリアは許せないが故に。
そして、その未来のために足掻く者というのは、人々だけでなく、神様だって同じだから……
「もう一度、耳を澄ませてください、ルトリアさん。〝人の子〟なんて大きな括りじゃなくて、その中の貴女を想う心を聞いてあげてください」
言われるまでもない。星樹ルトリアは、そう思った。なぜなら、その声はもうずっと、戦い始めたときから聞こえていたのだから。
頑張って無視していただけで、必死に耳を塞いでいただけで、そうしないと己という存在が瓦解しそうで、でも、ずっと聞こえていた。否、宝珠に込められた霊素と共に、イメージが伝わってきていた。
――ルトリア様っ、申し訳ありませんっ。人の欲が貴女を傷つけた!
どこかの商人だろうか。初老の男が跪いて地に額を擦りつけていた。彼の周りには家族と、おそらく従業員であろう大勢の人々が同じように跪いている。
――神罰を下させるなんて、我々人はなんということを……
真っ青な顔をしながらも霊素の奉納をやめようとしない村人達がいた。強い後悔が滲む顔は、あるいはこのまま消えてしまいたいと思っているようにも見える。
――どうか、この懺悔を聞き届けたまえ。許されずとも、どうか……
どこかの教会の前で、町中の人々が頭を垂れていた。否、それはまるで、自分達人にこそ絶望してうなだれているようだった。
――願わくば、精霊達に贖罪する機会が与えられんことを
貴族だろうか。身なりの良い者達が、祭壇の前で民より遙かに多い霊素を限界以上に振り絞っている光景があった。
――人がいなくなれば、貴女はもう傷つかずに済むのでしょうか?
罪悪感に涙を流しながら、母ルトリアを案じるシスター達がいた。
そのシスター達の後ろには大勢の子供達がいて、同じように、一心に祈りを捧げている。
まだ幼い彼等に、人の業を説くのは難しいだろう。遙か先人達の罪を理解し、あがなえというのは無理がある。
けれど、そんな子供達にも、否、子供達だからこそ分かることはあって、
――神様……痛い思いをさせてごめんなさい
きっと、神様は痛い痛いと泣いている。そうしたのは人なんだと、顔をくしゃくしゃにして想いを捧げている。
『やめなさい……やめなさいっ』
シアの言葉に揺らされたからか。必死に追いやっていた古き良き心を取り戻した人々の想いが、無視できなくなったらしい。
『今更ですっ、今更なのですっ。いったいどれだけの子に神罰を下したとっ』
まるで悲鳴だった。
『その心を取り戻せるならっ、どうしてっ、どうしてもっと早くっ』
化身の体であるが故に、涙は流れていない。けれど、もし泣けるなら、きっと星樹ルトリアは止めようもない涙を流していたに違いない。
その涙の意味はなんなのか。
神罰に散った人の子を想ってか。あるいは、こんなことになってしまったこと自体にか。それとも、最後の最後で、たとえ全ての人々でなくても、世界を想う心を取り戻してくれたことへの喜び故か。
心を揺らす星樹ルトリアは、全てを振り払うように腕を振るった。
不可視の衝撃波がエリック達を襲う。その射線に割り込み、シアが同じく戦槌の一振りで衝撃波を返す。
空中で相殺され大気が震える中、シアは、不意に何かのイメージが流れ込んでくるのに気が付いた。
「っ、これは……ルトリアさん達の?」
心だった。ルトリアの揺らぐ心が、彼女の封じた想いを逆流させたのか。
白光が流星群と化し、空間が弾け、超重力空間が襲いかかってくる冷たい殺意の嵐。なのに、流れ込んでくるものは驚くほどに温かい。
古い時代、今よりずっと、人と神、精霊の距離が近かった頃、驚くことに星樹ルトリアは、度々化身の身で人里を訪れていたらしい。
人間達と収穫祭を共に楽しみ、新たな命が生まれる度に一喜一憂していた星樹ルトリア。
獣人族ほど自然を愛する種族はいなくて、まだ見ぬ自然を求めて冒険に繰り出す彼等をはらはらした様子で見守った。
精霊が好んで戯れるのは、いつだって魔族だった。他の誰よりも精霊と心通わす力に長けていた彼等が、家族のように精霊と生きる姿に、星樹ルトリアはいつだって蕩けるような優しい表情を向けていた。
けれど、人の時間は、神が想像するよりずっと早く動いていて。
戦争が起きた。
同族同士で殺し合う人々に、ルトリアは我が身を切り裂かれるような痛みを覚えていた。
争ってはいけないと人の前に姿を見せて、「自分達が信仰する神が、そんなことを言うはずがない!」と刃と敵意を向けられた。
心が冷えて、鋭い痛みが星樹ルトリアを苛んだ。
争いと平和の時を繰り返し、急速に世界に広がっていく人の領域。比例するように、神や精霊に対する信仰は廃れ、あるいは都合の良いように解釈され、時に邪神とまで呼ばれ蔑まれた。
崩れゆく世界の均衡。
失われていく共存の心。
星樹とは世界そのものであるが故に、ルトリアは人々の欲に切り裂かれ続けた。
「くっ、なんて痛み……なんて悲しみですか……」
シアが、荒れ狂うような星樹ルトリアの猛攻を前に、苦悶の声を上げる。
だが、その苦悶の声は、猛攻故というより、流れ込むイメージが伝える星樹ルトリアの感じたものを、シアもまた感じてしまったからだった。
それは、エリック達も同じだったらしい。彼等の視線が、星樹ルトリアに向いている。エリック達はもちろんのこと、あのアロガンやグルウェルでさえ表情が歪むほどの痛みと慟哭が伝わっているのだ。
それでも、そんな痛みと慟哭の中でも、もう一つの感情は明確に伝わっていた。
――愛している。心から
――信じている。きっと世界と共に生きる心を取り戻してくれると
精霊や神霊を通して、時には自ら、何度も伝え続けたこと。諫め続け、未来を説き続け、破滅から人々を救おうとする懸命な気持ちが、余さずエリック達に伝わっていく。
それは確かに、母の愛だった。
ただ、もう、信じる心だけは、切り裂かれて壊れてしまったけれど。
「っ……」
千々に切り裂かれるような痛みと慟哭が刻み込まれるように伝わって、アロガンは思わず顔を伏せた。それはまるで、己を恥じて顔をあげられない子供のような姿だった。
「……」
グルウェルが、星樹ルトリアから視線を逸らした。その顔を彩っていたのは、彼が初めて見せた罪悪感だった。
星樹ルトリアが、今、どれだけ疲弊した状態にあるか。それをなしたのが誰か。そして、そんな状態でも、まだ人を愛してくれていることが、愛しているが故に神罰という自らの結論に心が壊れそうになっていることが、嫌になるほど分かってしまったが故に。
「もう、もうやめてくださいっ、ルトリアさん! 傷つけて、傷つけられて、なのに結局誰も救われないなんて、あんまりじゃないですか!」
『救われますっ、人の子以外の全てがっ』
「まだ間に合うはずです! 貴女の心が伝わって、人々の心も伝わった! もう一度、想い合えるはずです!」
星樹ルトリアは答えない。
「ルトリアさんっ」
『……』
星樹ルトリアから白い光が噴き上がる。かざした手の先で曇天がうねる。
同時に、星樹ルトリアの輪郭がはらはらと崩れ始めた。化身の姿を保っていられないほどの疲弊の証。
『もう、こうするしかないのです。破滅の種を滅ぼす以外に、未来は守れない』
きっと、人を滅ぼした後、星樹ルトリアの心は死ぬのだろう。その顔を見れば分かる。どう見たって彼女は限界だ。ただ、世界の均衡を保つためだけに存在する……
神罰の決定をしたその時から、彼女もまた、もう止まれなくなっていたに違いない。
シアは瞑目し、ふっと息を吐いた。戦槌を一振り。
スッと目を開き、大きく息を吸って、もう一度、己の意志を叫ぶ。
「そんな悲しいだけの未来、私は認めません!!」
――ラスト・ゼーレによる限界突破発動
――昇華魔法発動
――身体強化レベルⅩ発動
星樹ルトリアが発する白き光の柱に対抗するように、淡青白色の光が天を衝いた。
星樹ルトリアの直上で渦巻く曇天の中心に、巨大な白光が集束した。あるいは、メテオインパクトに匹敵し得るプレッシャーが世界を震撼させる。
シアは、それを見上げながらヴィレドリュッケンを下段に構えた。
――100トンハンマー展開
――重力魔法発動。疑似重量増大、増大、増大、増大
――変成魔法による肉体強度増大、増大、増大、増大
『異界の子よ、貴女を打倒し、人の子を滅ぼし、我は世界を救います!』
「異界の神様。貴女を受け止めて、彼等を守って、私が未来を見せてあげます!」
白き光の星が落ちた。
天を覆うそれを、シアは――
「シャオラアアアアアアアアッ!!」
正面から打ち砕きにかかる!
インパクトの瞬間、凄絶な衝撃が世界を揺らした。爆風が吹き荒れ、地上のエリック達が悲鳴を上げる。精霊獣達が転がるようにして吹き飛び、周囲の森の木々が放射状に倒れていく。
「うんぎぃいいいいいっ!!」
押し返せない。ヴィレドリュッケン・100トンハンマーの打撃面が、白き光の星を受け止めたまま、しかし、振り抜けない!
ズズッズズッと、空中を踏みしめる足が地上へと押し込まれていく。不味いっとシアの表情に焦燥が浮かんだ。
――シア!
――シア様!
声が聞こえた気がした。エリックやダリア達の、シアを案じ、同時に祈るような声が。
――俺に、この世界を滅ぼさせるなよ?
ウサミミによぎる愛しい人の声。シアの口元がニィッと弧を描く。
「ま、け、る、かぁああああああああっ!!」
――空間震動打撃発動
――魔力操作による疑似魔衝波発動
――魂魄魔法発動 限界の、更に限界を超えて……身体強化レベルⅪ発動!!
――あと、気合ッ!!!
「うりゃああああああああっ!! ですぅううううっ!!」
ドンッと衝撃が迸った。と、同時に、白き光の星が上空へと弾き返された。
『……なんという』
自身最大の手札を、文字通り、真っ向から叩き返された。
天へとはじき飛ばされ、曇天に大穴を空けながら、霧散させられていく白き光の星を見て、ルトリアはぽつりと呟く。
『抗いきれませんでしたか……』
もとより、星なんてものを落とすような男が現れた時点で、諦観はあった。
ただ、愛しい子供を滅ぼすという決断をしておいて、今更止まれなかっただけ。
だからだろうか。限界を迎えて、人の形を保てず人魂のような淡い白光へと変じていくルトリアの表情には、どこかほっとしたような感情が垣間見れて……
そして、異界の勇者に討たれる覚悟を決めたように、そっと目を閉じた。
次話に続く。