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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
339/545

殴殺勇者シア編 回復中ですぅ

すみません、ちょっと遅れました。

書籍化作業一段落ですが、白米気力回復中。

急ピッチで書き上げたので話が進まず、申し訳ないですが大目に見ていただければっ。




 魔王城の一室。豪奢だけれど無数の亀裂をこさえた食堂に、ハジメ達の姿はあった。


 これまた豪奢な長テーブルの上座――本来、城の主たる魔王が座る場所には、やっぱり魔王が座っている。


 ハジメである。


 初見の人は、まず間違いなくハジメこそ城主だと疑いを持たないに違いない、というくらい、それはもう堂々とした座りっぷりだ。足を組んで、肘掛けに肘を突いて頬を預け、部屋の中を睥睨する姿のなんと様になっていることか……


 その隣で、お妃様のように寄り添い、しかし、どこにでもいる少女のように、お口をもきゅもきゅさせながら元気よく料理を頬張っているのはシアだ。


「シア様、お水をつぎ足しますね」

「ありがとうございます、ダリアさん」


 ふにゃっと笑うシアに、ダリアもふにゃっと笑い返す。


 シアがもきゅもきゅしている音以外はなんの音もない緊張をはらんだ空間に、清涼剤のように美少女二人の笑顔が浸透する。


 そう、食事をしているのはシアのみ。シアに侍って世話を焼いているダリア以外の者達――エリック達王国勢、アロガン達魔王国勢、グルウェル達獣王国勢、そして雷雲の神霊ウダル、大地の神霊オロス、火輪の神霊ソアレの神三柱は、獅子を前にしたウサギの如く、息を潜めるようにして下座に座っている。


 もきゅもきゅ。


「お口に合いますか、シア様?」

「とっても美味しいですよ、ダリアさん! 後でレシピを教えてほしいです!」

「もちろんでございます! シア様と一緒にお料理、楽しみです!」

「ダリアさんってば、公爵令嬢なのに霊法術の使い手な上、お料理までできるなんて完璧淑女ですねぇ」

「シ、シア様ったら……褒めすぎですよ~」


 静かで緊迫した空間に響く、実にほっこりする美少女二人の会話。もじもじてれてれしていらっしゃるダリアさんは非常に可愛いらしい。


 シアが約束を守ってハジメを引き留めてくれたことで、彼女のシアに対する好意ステータス値はカンストしたようだ。


 お昼から何も食べていない上に、レベルⅩの身体強化までして物凄く腹ぺこウサギだったシアに、魔王国の者達(宮廷料理人など)を物理で黙らせてまで自ら料理を振る舞っちゃうくらい、シアに尽くしたいらしい。


 ちなみに、瓦礫の山頂で「いっぺんと言わず、なんべんか死んでみる」ことで素直になった王様達と神様達から事情を聞いた後、なぜ魔王城の食堂に集まっているのかというと、単純にハジメとシアの魔力が回復するのを待つためである。


 と、そこで、トントンと小さな音が鳴った。


 下座を睥睨しつつも、うまうましているウサギ嫁を横目で眺めて和んでいたハジメが、テーブルを指でノックした音だ。その前には、空になったグラスがある。


 ビシッと、雷が落ちたような緊張が走る! 


 そんな中、ダリアさんは瞬時に動いた。慌てず、優雅に、けれど迅速に、空になったグラスへ霊法で冷やしたお水を注ぐ。


 一礼して、そっと下がる。


 当然のようにその水を口にしたハジメは、「ん?」と目を眇めた。


「レモン水か?」


 肩越しにチラリと振り返って問えば、ダリアさんは恭しく頭を下げつつ答えた。


「同じ水ばかりでは味気ないかと思い、味と香りを加えさせていただきました」


 最初に、コーヒーや紅茶の類いを勧めて、しかし「ただの水でいい」と断ったハジメへの、ダリアのささやかな気遣いか。


 王様達が「か、勝手なことを! 殺されるぞ!? 十回くらい!」と言いたげな顔をしている中、ダリアは特に青ざめることもなく静かに控えている。


「ご不快でしたら申し訳ございません。罰はいかようにも」

「……いや、気遣いには感謝しよう。シアが気を許すわけだ」

「恐悦至極にございます」


 嬉しそうに頬を緩めて、しかし、再び恭しく頭を下げるダリア。シアがお肉を頬張りつつ「お料理も美味しいですよ~」と目で伝えてくるのを見て、ハジメは少し考える素振りを見せた。


「帰ったら晩飯だから食うつもりはなかったんだが……」

「軽食の類いも用意しております」

「用意がいいな」

「シア様とのお話で、魔王様の世界とは時間差がかなりあるようでしたので」


 こちらである程度の時間を過ごすのなら、食事はいらないと言われても軽食くらいは用意しておくべきだと判断したらしい。


 ダリアさん、実に優秀。


 あと、魔王様と呼ばれてアロガンが反応したが「あ、うん、私じゃないよね。そうだよね」みたいな感じで視線を逸らした。


「それじゃあ少し貰おうか。できれば重くないものがいいんだが、あるか?」

「サーモンサンドに致しましょう」

「ああ、それでいい。それと、やっぱりコーヒーもくれ。甘みはいらない」

「御意」


 エリックは思った。「あれ? ダリアの主は自分のはずなんだけど……なんだか、そっちの方が主従っぽくない?」と。もちろん、口にはしない。だって、怖いもの。


「あ、あれ? ダリアさん、なんだか私の時と雰囲気が違うような……」

「? なんの話だ? というか、シア。お前もあんまり食い過ぎるなよ。晩飯入らなくなるぞ。みんな、家でお前が帰ってくるの待ってんだから」

「大丈夫です。入れた分動くので。帰る頃には空っぽですよ。肉を喰わねば戦もできぬって言いますし」

「お前、そのうち〝食事に完全に没頭する〟食○の奥義とか体得しそうだよな」


 身体能力に関してはバグっているともっぱら評判のウサギである。髪や血液まで操るのだから、取り込んだ食物を余すことなくエネルギーに変えるくらいのことは普通にしそうだ。


「それにしても、帰ったら皆に謝らないとですね。特に、ユエさんには何をあっさり拉致られてるのかって叱られそうです」


 しょぼんっと垂れるウサミミ。


「いや、うん、どうだろうな。お前の何気ない発言で、ユエの奴かなりダメージを受けていたから、それどころじゃないかもな」

「え? 私、ユエさんに何か言いましたっけ?」


 そんなだから、余計に本心だと伝わって吸血姫が何時間も膝を抱えることになるのだ。


 ハジメは苦笑いしながら、きょとんとしているシアのウサミミをなでなでした。途端、ほわんっと表情が綻ぶシア。


 と、そこで、そんな二人の様子になんだかたまりかねた様子のエリックが震える声を上げた。


「き、聞いていいだろうかっ」

「ダメだ」


 取り付く島もない。ハジメ閣下の弾丸却下。


「夫婦というのは、間違いないのだろうかっ」


 ボッコボコにされてもめげないことに定評のある人間族の若き王は、やっぱり突撃を敢行した。「お前、勇者か……」みたいな目が魔王(アロガン)獣王(グルウェル)から注がれる。


「だったらなんだってんだ?」

「別にっ」


 なんだそのツンデレみたいな反応は、とハジメから胡乱な目が向けられる。


 苦虫を一万匹くらい噛み潰してごっくんしてしまったみたいな顔になるエリック。他の者達も、同じくシアをチラリと見た後に苦い表情になる。


「ふん? シア、お前随分と気に入られていたようだな?」


 からかうようなハジメの視線に、シアは乾いた表情になる。代わりに、


「その通りでございます!」

「おう!?」


 スチャッと現れたダリアさんが、素早く配膳し、いつもの両手握り拳ポーズで強く肯定した。その勢いに、ハジメが微妙に驚く。大変珍しい。


「我が国の男共だけでなく、アロガン陛下やグルウェル陛下、それどころかそこにいるウダル様に至るまで、みなシア様にぞっこんでございました。特に、エリック陛下など、何度拒否されようと呼び捨てをやめず、隙あらば接触しようとする始末です」

「ダリア!?」


 家臣にして幼馴染みの、まさかの裏切り。


「しかも、アロガン陛下に至ってはいきなり唇を奪おうとまで……まさに悪の所業です」

「!?」


 アロガンが「それ以上は言うな!」みたいな目で――ドパンッ、ビシャーッ、ペカーッ――ダリアを見ている。


 身内によるまさかの密告に王国勢が目を白黒させている中、しかし、完全に心の拠り所を変えてしまったらしい公爵令嬢メイドさんは、「しかしっ」と両手ガッツポーズで力説。


「ご安心ください、魔王様。シア様は、時に拳で拒否を示しておりました!」

「いや、まぁ、そんな目をくわっと見開いて力説せんでも分かってるから。ちょっと落ち着け」

「なんという信頼関係……尊い」


 公爵令嬢トリップメイド。ハジメの目がシアに向き「何この面白いメイド」と視線で伝えると、シアも目で「昔のアキバ系勇者さん達の教えを受け継いでるみたいですよ」と答え、「納得した。だから公爵令嬢なのにメイドなのか。最高の装備だと伝わってるんだな」と凄まじい理解力を見せるハジメさん。


 かつてのアキバ系勇者達よ……グッジョブ!


「ところで魔王様。他のご家族は、こちらには? このダリア、可能ならばご挨拶の栄誉を賜りたく」

「無理だな。迎えに来たのは俺だけだ。まぁ、帰りのゲートを開いた時なら挨拶くらいできるかもしれないが……」

「そう、なのですか……残念ですが、ではその時に。それはそれとして、ユエ様という方は、もしやシア様のお母様でしょうか?」


 その疑問にシアが「ぶっ」と噴き出した。ただでさえニート扱いされてダメージを負っている吸血姫様だ。年齢的にあり得るだけに、親友の母親と思われたりしたら……更に十時間くらい部屋の隅で三角座りしそうである。


 とはいえ、強いシアを見てきたダリアからすれば、そんなシアを〝叱る家族〟と言われれば、そう勘違いするのも無理はない。


 シアは口元をふきふきしつつ、訂正を口にした。


「違いますよ。ユエさんは私の親友で、お姉さん的存在でもあって、何より、正妻です」

「制裁? でございますか? シア様への抑止力?」


 核かよ、いや、あながち間違いでもないけど……とハジメが苦笑いを浮かべる中、シアはそれを口にした。


「いえ、そうじゃなくて、正しい妻という意味の正妻ですよ」

「「「「「は?」」」」」


 返事は部屋中から。特に三王から。


 流石のダリアも、予想外すぎる回答に言葉を失っている様子。


 エリックが椅子をガタッとさせて立ち上がり、思わずといった様子でハジメへと声を張り上げる。


「ちょっ、ちょっと待て! シアは――」

「おい」

「シア殿は、ハジメ殿の妻なのだろう!?」

「そうだが?」

「では、正妻とはなんだ!?」

「そのままの意味だが?」

「ま、まさかと思うが……シア以外に――」


 ドパンッ。ピチュンッ。ペカーッ。


「シア殿以外にも妻がいるなどと言う気ではないだろうな!?」

「そう言ってるだろ」


 わなわな、ぶるぶる。と震えるエリック。他の者達の表情も険しくなっていく。


 エリックの視線がお肉を頬張っているシアへキッと向く。


「シア、殿! なぜ平然としているんだ! 二股をかけているんだぞっ、この男は!」


 もきゅっとお肉を飲み込んで、シアは平然と言う。


「二股じゃないですよ?」

「え? いや、しかし今……シア、殿以外にも妻がいると……」

「はいです。私とユエさん以外にも、あと六人いるので二股じゃないです」

「エッ!?」


 自分達が心を向ける愛しい少女は、ハーレムメンバーの一人に過ぎない。その事実にエリックは石化。ルイスの表情は光源不明の眼鏡反射で隠れ、アロガンとグルウェルは努めて無表情になった。


「え? むしろ、こっちが驚くんですけど。エリックさん達は王様なんですし、むしろ普通のことでは?」


 確かにその通りである。エリックだけは未婚だが、アロガンもグルウェルも既に十数人の美姫を囲っているのだ。異世界の地で、シアがそうであったとして何が不思議だというのか。


 というのは分かっていても、エリックを含め未婚勢的に、心は納得しない。


「お、俺は何人もの女を囲うつもりはない!」


 アロガンとグルウェルから、再び「お前、勇者かよ」みたいな目がエリックへ注がれる。


 しかし、異世界から来た勇者ウサギにご執心のエリックは、そんな視線もなんのその。キッとハジメを睨み付けた。


「貴様っ、シアというものがありながら、他の女などとっ……許さんっ、そんなこと絶対に許さんぞっ」

「……あれ? なんか既視感が……」


 即座にドパンからのペカーに移行しそうなものだったが、何故かハジメは小首を傾げて記憶を探っている。


「シア、殿! あんな奴がいいというのか!? どこがいいと言うんだ!」

「え、なんですかいきなり……んもっ、人前で好きなところを言えなんて恥ずかしいですね~。どこがといわれると、全部です! としか……ふふふっ」


 エリックさん、シアの揺るぎない惚気に当てられて「ぐふっ」と胸を押さえながら崩れ落ちた。四つん這い状態である。


 と、そこでハジメが、ポンッと手を叩いて納得顔を見せる。


「ああっ、そうだ! 殿下だ!」

「陛下だ!」


 エリックから訂正。ちゃんと王様だよ、王子じゃねぇよ、と。


 もちろん、ハジメはそういう意味で言ったのではない。エリックの言動に覚えていた既視感の正体、それが分かったが故の発言だ。そう、今のやりとり、香織への初恋故に、無謀にもハジメに挑んできた幼きハイリヒの王子――ランデル君にそっくりだったのだ。微妙な俺様気質なところもよく似ている。


「な、なんだ? どうしてそんな優しい目で俺を見る!?」


 リリアーナの弟であり義弟でもあることから、毎度ビビりながらも突っかかってくるランデルを割と気に入っているハジメ的に、エリックとランデルがダブって見えたらしい。


 恐ろしい男の優しい表情ほど、この世に恐ろしいものはない。


 と言いたげに震えるエリックくん。


 と、そこで、ボソリと声が……


『くだらない』

『お、おい、ソアレ』


 火輪の神霊ソアレだった。雷雲の神霊ウダルが、少し慌てたように制止の小声をかける。ちなみに、三柱の神スライム達は普通の椅子だと座高が足りないので、お子様用の椅子にぽよんっと載っている状態だ。


 全員の注目がソアレの方へ向く。シアはもきゅもきゅを続ける。ハジメも、ダリアが配膳してくれたサーモンサンドをもきゅもきゅする。む? ……美味いな。感謝の極み!


 注目を浴びたソアレは、一瞬、びくぽよんした後、そわぽよんし始めた。意外に響いちゃった自身の発言に微妙に焦っている様子。


 エリックが恐る恐る尋ねる。


「ソアレ殿、くだらないというのは……」

『く、くだらないでしょう。異界の勇者など、ただの危険分子。お前達人の子は滅ぶべき定め。ありもしない未来を語るなど、くだらないと言うほかありませんっ』


 一気にまくし立て激しく明滅するソアレに、エリックは言い募る。


「しかしソアレ殿! 我々は――」

『黙りなさい! 母ルトリアの決定は神意なれば、生きとし生けるものがそれに従うのは道理です! それを、そこな化け物を呼び込んでまで足掻こうなどと! 見苦しいにもほどがあるのですよ!』

「……」

『その結果が、母ルトリアの声すら聞こえないこの事態です! 化け物に連なる邪悪までこの世に呼び込むなど、やはり人の子は――』

「おい」


 たった一言。サーモンサンドの切れ端が口の端から出ている男の、その一言だけで場の空気が変わった。ヒートアップしていたソアレは、冷や水を浴びせられたみたいに『ふぐぅっ』と口を噤む。


 が、ハジメにギロリと睨み付けられた瞬間、


『な、なんですかっ、やりますか!? あぁ!? アァ!? やってやりますよっ、このっ、この……このがっ』

『お、おい、ソアレ、落ち着け』


 緊張と恐怖故か、意識高い系キャリアウーマンみたいなクールキャラだったソアレさん、なんだかクソ雑魚だけど精一杯虚勢を張るヤンキー少女みたいになっている。


 ハジメを罵倒したかったのだろうけど、そうしたらまたビシャーッされること請け合いなので、「このがっ」という変な罵りになっている辺り、なんとも言えない残念さが香っている。


 ハジメは、無言でドンナーをテーブルに置いてみた。ゴトリッと重厚な音が鳴る。


『っ!? っ――っ』


 びびっていた。火輪の神霊さん、全力でびびっていた。咄嗟にオロスとウダルをテーブルの上に引っ張り出し、その後ろにニョロニョロと這って隠れるくらいに。


『ア、アァ!? ほ、本当にやりますか!? このがっ! わ、私が本気を出したら大変なことになりますよ! えぇ、前は本気じゃなかったのです! 本当に、ええ、本当に大変ですよ!』

『……いや、ソアレ、紛れもなく本気だっただろう、お前』

『というか、そういうことは我等の後ろから出てから言ってくれないか』


 オロスとウダルから、若干白けたような声音が響く。人型だったなら、確実にジト目になっていることだろう。


 襲い来る恐怖や緊張、プライドや意地など、いろんな感情が飽和してなんだか収拾がつかなくなってしまっているっぽいソアレを、ハジメはジッと見た。そして、とりあえず撃鉄を起こしてみた。ガチリッと凶悪な音が響く。


『ッ!? っ、っ――わ、私を倒しても第二、第三の私が必ず現れますよ! つまり、今私を倒しても無意味です! 無意味なことはするべきではないでしょう! ええ、ないでしょう! このがっ、それくらい分かれ――あっ、ウダル! オロス! どこへ行くのですか!? 私を置いて、どこへ!?』


 ぽよよんっと跳ねていなくなった盾役達。


 遮るもののなくなった場所で、ソアレ曰く邪悪な存在からの視線が突き刺さる。


 おろおろ、そわそわ、ぽよぽよ……


 テーブルの上で一心に注目を浴びたソアレは、しばらく右往左往した後――


『……ぐすっ……ひっく……っ』


 まさかの泣き声が響いてきた。赤いスライムが、にょわ~という感じでテーブルの上に広がっていく。たぶんきっと、人型だったなら足を揃えて崩れ落ち、床に突っ伏してシクシクめそめそとしている姿を見せていたことだろう。


 とっくの昔に心が折れるどころか粉砕されていた火輪の神霊さんの虚勢は、まさに濡れたトイレットペーパー並の強度しかなかったらしい。


 神霊の、いと高き天上におわす尊き存在の、あんまりと言えばあんまりな姿に、王国勢はもちろんのこと、「神様死すべし!」を国の目標にしていたアロガンですら、同情の目を向けている。


 流石に見かねたらしいシアが、しっかり食事を食べ終わったこともあって、口元をふきふきした後、席を立った。


「ハジメさんったら……もうそれくらいにしてあげてください」

「いや、なんというか、神を名乗っている割には意外に愉快な生き物だと思って、ついな」


 流石に、しくしくめそめそする神がいるとは思わず、ハジメは実に興味深そうな目をソアレに向けている。


 シアは、テーブルの染みになりつつあるソアレに手を差し伸べた。


『な、なんですかぁっ……ひっぐっ……やりますかぁっ、このがぁっ』

「落ち着いてください。そちらが暴れないなら何もしませんから」

『そ、そう言って酷いことする気でしょう! ぐすっ、この、このがぁっ』

「はいはい、怖くないですよぉ~。大丈夫ですよぉ~」

『ふ、ふぐぅ……今更、優しくしても……ひぅ……ぐすっ』


 抱き上げて、良い子良い子するにつれ、ソアレさんが大人しくなってきた。シアの掌の上で、大人しくふんにゃりし始める。


「なるほど! これがシア様と魔王様の世界式調教なのでございますね!」


 両手ガッツポーズのダリアさんから、実に人聞きの悪い言葉が放たれた。


 魔王の鞭に、ウサギ嫁の飴……本人達にそのつもりはなくとも事実だから困る。


『……母にも、そうするつもりか?』


 静かな声音で、そう尋ねたのは大地の神霊オロスだった。


『ウダルはほだされ、ソアレは堕ち、我の力は及ばず』


 重く、暗く、沈み込むような声音だった。


『滅さず、しかして、我等を征服するか?』


 異界の勇者とその伴侶の、常軌を逸した力を文字通り叩き込まれたが故に、明滅するオロスからは絶望すら感じられた。


「しませんよ、そんなこと」


 答えたのはシアだ。そして、逆に尋ねた。


「言ったではないですか。私は、決してオロスさん達を殺したりしないって。私ができることは、エリックさん達の声を貴方達に届けるお手伝いだけだって」

『今更、言葉など。人の子が、どれだけ我等の戒めの言葉を踏みにじってきたと思っている』

「……オロスさんは、もう、どうあっても人の子を許せませんか?」

『何をもって許すのだ? 愚かさ以外、何一つ持たぬ人の子の、何を?』

「それを伝えたいと、エリックさん達は言っているんですよ」

『……』


 オロスの明滅が強くなる。反感が溢れるのを抑えているのだろう。


 まるで岩戸にこもるように口を閉ざしたオロスに、声をかけたのはウダルだった。


『オロスよ。この国の者や、獣人はともかく、あの若き王達の思いは、本物であると我は思う』

『ウダル?』


 ぽよりとオロスに寄り添ったウダルは、何かに思いを馳せるようにゆるりと明滅した。


『シアに敗北したせいだろうか。燃えていた心が少し冷えたように思う』

『何が言いたい』

『思い出してしまうのだよ。怒りと決意で押し込めていた、古き時代の人の子の姿を』

『……』


 人の子だけであった。紡ぐことを知り、それに喜びを見いだし、未来へ進もうとする種は。


 ただ、自然に身を委ね、生きて死ぬだけの他の種とは、明らかにことなる者達。


 原始の時代より、人の子は、母ルトリアの、そして神霊達の注目の的だった。


『許しがたい罪である』


 人の子がしてきたことは。けれど、


『あるいは、母ルトリアこそ、本当は人の子の言葉を、今一度望んでいるのではないか……』


 元より、人類への神罰を最後まで渋っていたのは星樹ルトリアだった。疲弊していく母の姿に、遂に怒りの臨界点も超え、もはや是非もないと神罰執行を強く訴えたのは、むしろ神霊達の方だ。


『シアは、約束を違えぬ。シアが願うなら、あの男も約束を違えぬだろう。で、あれば、人の子の心を届けること、我は反対せぬ。オロスよ、そしてソアレよ。お前達はどうだ?』

『……』

『……』


 大地と火輪は沈黙した。ウダルの言葉を否定し、裏切り者だと断じることが今の二柱にはできなかった。


『だが、今なお、省みぬ者も多くいる』


 その筆頭が、この部屋には二人いるであろうと、オロスの意識がアロガンやグルウェルに向いた。


 二人が何かを言おうとするが、その前に、エリックが立ち上がる。


「この期に及んで未だ心を一つにできないこと……恥じ入るばかりです」


 しかし、


「それでも、犯した罪を謝罪することは、星樹ルトリアへの想いを伝えることは、無駄とは思いません」

『それで、神罰を免れると?』

「……それは、星樹ルトリアの御心次第。許しを得られるかどうかは問題ではない。大切なのは誠実であること。私は、私達は、異界の勇者にそう教えられました」


 エリックの、そしてルイス達の眼差しが、シアへ注がれる。慈しみと親愛の込められた眼差しが。


 再びオロスへと視線を戻したエリックは言葉を重ねた。


「故に、たとえ滅びが免れぬ運命だとしても、私は古き良きを取り戻した人々の代表として、星樹ルトリアのもとへ行きたいのです」


 子が、母に会いたいと願うように。


 沈黙を続けるオロスとソアレ。しかし、ゆるりとした明滅が、彼等のうちの憤りが減じていることを示していた。少なくとも、エリックの言葉は戯れ言と切り捨てられはしなかったようだ。


 とはいえ、晴れない靄のような心情は相変わらずで、だから、なんと言うべきか神の身でありながら言葉を見つけられない。


 苦笑いを含んだようなウダルの声が、そこに響く。


『オロス、ソアレ。いずれにしろ、あの男が本気になれば母は危うい。今は、シアの言葉を信じて、人の子の行く末を見守ってはどうだろうか?』


 反論はでなかった。


 ほっとした空気が流れる中、そしてハジメが我関せずと思わずサーモンサンドをお代わりしている中、シアに優しくされてちょっと心が回復したソアレが、八つ当たりでもするみたいにウダルに言った。


『自分を叩き潰した相手に、随分とご執心ですね』

『ふっ。戦いの中で通ずるものもある。シアは素晴らしい――』

『混浴しようとして気絶させられたくせに……』

『なぜ知っている!? というか、なぜ今言った!?』

『全く、同じ神霊として恥ずかしいですよ』


 お前がそれを言うのか、というのは置いておいて、「ほぅ」というバリトンサックスの重低音のように腹に響く声が……


 ハジメさんである。


 ビクポヨンッするウダル。じょるじょると少しずつハジメから距離を取り始める。


「シア、覗かれたりしたか?」

「いえいえまさか! きっちりぶっ飛ばしましたし、警戒もしてましたから大丈夫ですよ!」


 そうか、ならアーティファクトのミキサーにはかけず、神霊のたたきを作るくらいで勘弁してやるか……と考えたハジメだったが、


「あ、そうでした! ウダルさんで思い出したんですけど、ハジメさん、私のヴィレドリュッケンを後で見てもらえませんか?」

「あん? どうかしたのか?」

「ウダルさんが勝手なことをして砲撃モードをおしゃかにしました!」

『シアよ! そこはもう少し言い方を――』


 ウダルさんはミキサーにかけられた。








 その後、ウダルがヴィレドリュッケンの神霊武具化を試みた話を聞き、霊石や霊器、霊法に興味を持ったハジメがルイスやアロガンを筆頭に知識と物品を洗いざらい吐き出させつつ、ヴィレドリュッケンを修復し……


 その話の過程で、シアがウダルとの戦闘で雷速を視認回避できるようになった話を聞いて表情が引き攣り、実際「ヘイカモンッですよハジメさん!」と挑発するシアに、急所を外すようにしつつも撃ってみたところ普通に回避されて、「うちの嫁に何してくれてんだ」と八つ当たり気味にウダルをミキサーにかけ……


 そうこうしている内に、ハジメもシアも魔力が完全に回復。


 エリック、アロガン、グルウェル達の準備も整い、一行は遂に〝始まりの地〟たる絶海の孤島――星樹の領域へと出発した。


 南雲家の晩ご飯の時間があるので、さくっとクリスタルキーで孤島まで転移する。


 光の扉をくぐり抜けたハジメ達は、そこで見た。


「へぇ」


 孤島の上空に浮かぶ、巨大な空飛ぶ島――天人達の本拠地を。


 そして、待ち構えていた残りの神霊達と、数多の精霊獣達を。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。



追伸

セブンさんのサーモンサンドが……消えた?

 ⇒新商品(生ハムサンド)と入れ替えの模様。……美味しかった……

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― 新着の感想 ―
[良い点] ダリアさんが、駄リアさんの意味ではないかしら、と考えてしまった点…というかそんな考えを抱くくらい、シアとのやりとりにお腹を抱えて笑い死に瀕した点…とエリックの姿とランデルの姿が重なったハジ…
[一言] サーモンサンドが出てきてるのに、深淵が顔を覗かせないだと……!?
2021/08/03 21:56 退会済み
管理
[一言] やっぱダリアさんフルールナイツにいそうだよな…
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