トータス旅行記⑤ 農家の主婦、聖母になる
王妃との昼食会を終えて、案内役のリリアーナを加えたハジメ一行は、復興の最中にある新王都に繰り出していた。
あちこちからトンテンカンと職人が技を振るう音が響いてくる。更には様々な色の魔力光が迸っている。
使われているのは主に錬成魔法のようだが、身体強化の魔法や、風属性魔法による運搬補助にも使われているようで、地球における作業とは異なるファンタジーな様子に菫達は瞳を輝かせている。
特に一級建築士である智一などは、やはり職業柄刺激も強いようで、気が付けば輝く視線の先へふらふらと吸い寄せられていってしまう。
好奇心の赴くままに彷徨って迷子になる子供のような姿だ。香織が苦笑いしつつ、智一の手をしっかりと握っている。
「認識阻害はきっちり働いているようだな……」
「……ん。問題ない」
ハジメの言葉に、紅色フレームの眼鏡をくいっとしながらユエが頷いた。
魔王一行が王都を歩けば、一瞬で人々が殺到することになるのは自明の理。それ故に、今は全員がハジメ謹製の眼鏡型認識阻害アーティファクトを身につけている。
「それで、ハジメさん。どちらに行かれます?」
リリアーナが、ユエを真似て眼鏡をくいっとしながら尋ねた。仕事優先王女様だからか、やたらと様になっている。地球のレディーススーツでも着せれば、いかにも仕事ができそうな女部長に見えなくもない。部長王女だ。
「特に決めてはいないんだよなぁ。取り敢えず、ファンタジーな世界を肌で感じてもらうかって思っただけだし……。どの程度、復興ができているのかにもよるからな」
「それもそうですね。みなさんは、何かリクエスト――」
「冒険者ギルドに行きたいわ!」
「冒険者ギルドに行きたいんだが!」
ビシッと挙手して見事にハモったのは、案の定というべきか、南雲夫妻である。輝く笑顔である。
「冒険者ギルド……確か、この世界の戦いを生業とする者達の互助組織だったな」
「ふむ、確かに興味深い」
「どのような武装をしているのか、是非見てみたいわ」
え? いきなりギルド? 他にも観光できるところはありますよ? と口を開きかけたリリアーナだったが、それを言う前に八重樫家の面々が強く賛成を示す。ギラギラした笑顔で。
「ごめんなさい、リリィ。まず冒険者ギルドでお願いできるかしら? 後回しにしたら、おじいちゃん達が勝手に突撃しかねないわ」
「雫に同じく。異世界に来た地球人は、まず冒険者ギルドに行くのがセオリーだって、父さん達、昨日の夜中に話し合ってたみたいなんだ。放っておいたら突撃しかねない」
雫とハジメの目が、どこか遠くを見ている。熟知している親の行動……。彼等の行動力は、時に異世界で揉まれた魔王と剣士の意識すら掻い潜る。
「わ、分かりました。復興の最中にあって冒険者の需要は激増していますから、体制も最優先で整えました。以前と変わらない様子を見られると思います」
やふぅー! とハイタッチを決める仲良し夫婦な菫と愁。そして、何故か「腕がなる」「実力のほど、見させてもらいましょう」などと危ない発言をして娘からジト目を頂戴している虎一と霧乃の仲良し(?)夫婦。
そんなこんなで、王都の中心地より少し東側に新設された冒険者ギルドにやって来たハジメ達。
以前は歴史を感じさせる木材建築の重厚感ある建物だったのだが、新ギルド本部は金属材を多分に使用した別の意味で重厚感ある建物になっていた。強度が増したせいか、二階建てだったのが、三倍の六階建てになっている。
正面の入り口には大きな両開きの扉があるのだが、驚いたことにその扉の上に極太の鉄格子があった。構造から見てシャッターのように上げ下げできるようになっているようだ。
「随分と変わったな……」
「ええ。本部ギルドマスターの意向です。以前は王都の大結界を過信しすぎていたと。いざというとき、ギルドが砦の役割を担えるようにとのことです」
そんな説明を受けつつ、今にも突撃しそうな菫達に急かされながら中へ入るハジメ達。
復興に関わる依頼や、他国との連携のため出入りする者達の護衛など、仕事が激増しているのは確かなようで、拡張された依頼掲示板にはびっしりと依頼書が張り付けられている。
様々な格好をした冒険者達が、その依頼書を次から次へと剥がしては、ギルド職員が次から次へと新たな依頼書を張っていく。
多忙を極める……それがありありと分かる活気がそこにはあった。
わぁああああっと歓声を上げながら掲示板へと駆け出す菫と愁。憧れていた異世界ファンタジーの鉄板を目にして、若干幼児退行しているようだ。完全に、遊園地ではしゃぐ子供である。
掲示板の前にたむろする屈強な冒険者達の後ろでぴょんぴょん跳ねながら掲示板を眺める二人に、周囲の目を気にしながら智一が声を張り上げた。
「お、おい南雲愁! はしゃぎすぎだろう! 恥ずかしいから自重してくれ!」
「智一君! 建築関係の依頼があるぞ! 新王都に相応しい斬新な建築様式を生み出すために異国の建築様式を知る者を募集しているようだ!」
「その依頼を確保しろ!」
わぁあああっと愁の元へ歓声を上げて駆け出す智一さん。香織が手を振りほどかれて「あ!」と声を上げる。
薫子が旦那のはしゃぎぶりに、頬に手を当てて顔を赤らめる。
「あ、あの人ったらもうっ。恥ずかし――」
「薫子! お料理関係の依頼があるわよ! お手伝いみたいだけど、望むなら報酬に店のオリジナルレシピを加えてもいいって書いてあるわ!」
「……」
無言で、スススッと無音移動する薫子さん。お料理教室をするほどの料理上手で研究家でもある彼女も、菫の肩を支えにぴょんぴょんと飛び跳ねながら依頼書を確認しようとする。
「お、お母さんまでぇ」
「香織。無の境地だ。無心になって素数を数えるんだ」
どう見ても冒険者に見えない夫婦二組のはしゃぎぶりに、周囲の冒険者が困惑と生温かい目を向ける様子を見て、香織は両手で顔を覆ってしまった。
そんな香織の肩を優しい手つきでポンポンするハジメ。悟りを開いたかのような透明な微笑みを見せている。
雫がハッと周囲を見回した。南雲夫妻と白崎夫妻があれなのだ。うちのどうしようもない家族がジッとしているわけがない! と。
案の定、
「ほぅ。あんたら随分と〝できる〟雰囲気だったが……武器も中々のもんを持ってるじゃねぇか」
「そういう君の剣も、中々の業物とみた。良ければ工房を教えてもらえないか?」
と、虎一と見知らぬ冒険者が苦無とロングソードを見せ合っていたり、
「あんた……ただもんじゃねぇな。足音がまるで聞こえなかったぞ」
「ふっ。宣言通り、お前さんの背後を取ったぞ。その特殊な短剣について教えてもらおうか」
と、冷や汗を流す冒険者の首筋に、背後から忍者刀を突きつける鷲三がいたり、
「ふふ、ただの余興ですから、お二人とも落ち着いてくださいな」
「わ、分かった! 分かったからこれを解いてくれ!」
「食い込んでる! 食い込んでるからぁ!」
と、霧乃に極細の糸で拘束強制正座させられている冒険者二人がいたり……
わぁああああっと、雫が怒声を上げながら駆け出した。自由すぎる家族に、黒刀(鞘付き)による殴打をお見舞いする。
忍者刀とか苦無とかいったいどこに隠し持っていたのか。家を出るときにポイッさせたはずなのに……
「おじいちゃん、お父さん、お母さん。ちょっとそこでジャンプしてみて。早くジャンプしてみて! ほら早く!」
「あら、雫ったら。まるで喝上げみたいよ?」
「お母さん、うっさい!」
ほら、早く跳べよ! とジト目で迫る雫に肩を竦め、ぴょんぴょんとジャンプする八重樫家の皆さん。
刹那、虚空に走る斬撃の軌跡。斬りたいものだけ斬る雫の妙技が、おじいちゃん達の体を撫でる。
途端、ボトボトチャリンと落ちる――まきびし、手裏剣、よく分からない粉を入れた包み数十種類、鎖鎌、吹き矢セット、可変式かぎ爪、薄い木目の布、丸太――などの忍具。
「丸太!? 丸太なんてどこにしまってたの!?」
「ちょっとした収納技だ。雫にも教えようと思っていたのだが、お前はほら、あれだ。ハジメ君から宝物庫を貰っているから不要だろうと思ってな」
「思ってな、じゃないわよ! おじいちゃんの馬鹿!」
大してゆったりしていない服装のどこに、それだけの暗器やらヤバそうな薬品やら丸太やらをしまっていたのか。
周囲の冒険者達が十歩くらい後退った。彼等の顔には、「こいつら、絶対やべぇ奴等だ!」と書いてある。
対して、興奮している男が一人。
「あ、あれって変わり身の術か!? そのための丸太か!? 鷲三さん! 是非一度、生変わり身の術、見せてください!」
「ハジメ!?」
ギョッとする雫。ハジメの悟りを開いたようだったお目々が好奇心とロマンでキラキラに輝いている。そして、その隣にいるミュウも……
「ミュウも! ミュウも変わり身の術、見たいの! というかやりたいの! 鷲三おじいちゃん! ミュウにも教えてください!」
「まさかのミュウちゃん!? この似た者父娘!」
わぁああああっと、鷲三のもとへ駆け寄ろうとするハジメとミュウを、体を張って通せんぼする雫。鷲三さん、二人に求められて満更でもない様子。
こいつら、もうどうにもならねぇ! みたいな表情で雫がヘルプを求める視線を向ける。
「はいはい、ハジメさん。落ち着きましょうね」
「あらあら、ミュウったら。また、夜にでもお願いしてみましょうね」
ハジメ、シアにチョークスリーパーされながら引き戻される。
ミュウ、レミアママに抱き上げられて連れ戻される。
鷲三さん、二人に技を見せられなくてしょんぼりしながら丸太を収納する。
やっぱり、どこにどうやって収納したのか分からなかった。
そんな風に騒いでいたからだろうか。声がかけられた。
「あらまぁ! 魔王様じゃないの! 久しぶりだねぇ。こんなところで何をやってるんだい?」
「え?」
なんとなく聞き覚えのある声に、首に回ったシアの腕をタップしていたハジメは視線を向けて……
「……?」
目をしばたたかせた。
視線の先にいたのは、見覚えのない妙齢の美女だった。相応の年齢を感じさせるものの、その抜群のスタイルといい、妖艶でありながら快活さと清冽さも感じさせる独特の雰囲気といい、やたらと人目を引く女性だった。
美魔女という表現が、実によく似合う人だ。着ている服がギルドの制服であることから職員だというのは分かる。
久しぶりという言葉から顔見知りのはずだが、はっきり言って見覚えがない。
「悪い、誰だ?」
チョークスリーパーを解かれたハジメが小首を傾げながら尋ねる。一応、ユエ達にも視線を巡らせるが、彼女達も小首を傾げるだけでやはり見覚えがないらしい。
そんなハジメ達に、美魔女なギルド職員は腕を組んで頭を振った。ティオにも匹敵する双丘が強調され、〝魔王〟の言葉に注意を引かれていた冒険者達が思わず視線を吸い寄せられる。
「なんだいなんだい。忘れちまったのかい? 薄情だねぇ。誰があんた達の冒険者登録をしたと思っているんだい」
「? ブルックの町の、時の残酷さを感じさせるおばちゃん職員だが?」
「なんだい、覚えてるんじゃないか」
「???」
会話が噛み合わないとますます困惑するハジメだったが、ユエとシアは何かに気が付いたようだ。大きく目を見開き、そんな馬鹿なと言いたげな震える声で尋ねた。
「……も、もしかして、キャサリン?」
「キャサリンさんなんですか?」
「そうだよ?」
なんだとぉーー!? というハジメの絶叫が響いた。いったいどうしたのかと、菫達も集まってくる。
「あははっ、おかしなことを言う子達だねぇ。私がキャサリン以外の誰に見えるってのさ」
「むしろ、キャサリン以外の何者かにしか見えねぇよ! 変成魔法か? 変成魔法なのか!? 完全にメタモルフォーゼじゃねぇか!」
こんなビフォーアフターはあり得ない! と叫ぶハジメ。
「う~ん、まぁ、確かに、ブルックは長閑だし、あたしもちょっと幸せ太りしていたからねぇ。本部の忙しさで、随分と痩せたから印象は違うかもしれないね」
「いやいやいや印象ってレベルじゃねぇから。ムー○ンがシアになってるレベルだから」
「ムーミ○? が何かは知らないけど、大げさな子だねぇ」
愛すべきぽっちゃりキャラが、愛すべきスタイル抜群の超絶美少女になったのと変わらない変化に、ハジメの動揺が激しい。
とはいえ、かつて中立商業都市フューレンのギルド支部長イルワ・チャングが語ったこと――キャサリンがギルド職員のマドンナ的存在で、ギルドマスターの秘書長として、あるいは職員達の指導係として〝先生〟と呼ばれて慕われていた話からすると、今の姿は納得である。
「ちょっとハジメ、一人で百面相してないで紹介しなさいよ。知り合いなんでしょう?」
菫が、混乱のただ中にある息子の背中をビシッと叩きつつそう言えば、ハジメは半ば呆然としたままキャサリンを紹介。
奈落から出たあと初めて訪れた町で、自分の冒険者登録をしてくれた人で、その後、他の支部で便宜を図ってもらえるよう紹介状を書いてもらったりと、いろいろ世話になった人だと説明する。
菫はなるほどと頷くと、マジでライザッ○も真っ青な劇的ビフォーアフターしているキャサリンにペコリと頭を下げた。
「息子が大変お世話になりました。キャサリンさん、母としてお礼を言わせて下さい」
「なんのなんの。こちらは世界を救ってもらっているんですよ。お礼を言わなきゃいけないのは、むしろあたし達の方です。ご子息の力に多少なりともなれたのなら、これ以上光栄なことはないというものです」
見惚れるような笑みを浮かべて、菫の手を取るキャサリン。
ハジメは思う。詐欺だ。キャサリンの外面は詐欺でできている、と。
ついでに、やっぱりブルックの町は魔窟なんじゃないだろうかと思う。
その後、愁達とも口々に挨拶を交わすキャサリン。快活で裏表のない彼女に、菫達はすっかり気を良くして意気投合する。
が、意気投合し過ぎるのも困りもので……
「そうなんですよ。魔王様ったらねぇ、ユエちゃんやシアちゃんなんて美少女を二人も侍らせておきながら、受付嬢があたしでがっかりしていたんだよ」
「ちょっ、それは誤解――」
「あ~、あり得るわぁ。うちの息子ったら異世界テンプレ大好きっ子だから、受付嬢に能力とか売る素材で『すごいっ、ただ者じゃないわ!』とか言われたかったに違いないわ」
「母さん!? 俺はそんなこと思って――」
「女の勘をなめられちゃ困るよねぇ。ユエちゃんも気が付いて、魔王様の手をギリギリと握り締めていたからねぇ」
「やめろぉ! 事実無根だ――」
「……ん。ハジメ、王都のギルドでも受付嬢に期待してた」
「ユエ!?」
キャサリン、母親、正妻に口々に指摘され、ハジメが口から魂を吐き出しそうになっている。
愁が「男の子だもんな!」と理解者の眼差しでサムズアップし、智一が殺人的な視線を突き刺し、魔王の意外な内面に周囲の冒険者――特に男達が「分かるわぁ」と言いたげな親近感アゲアゲの視線を向けている。
と、そのとき、キャサリンを呼ぶ声が響いた。話題を逸らしたかったハジメ的に、まさに救世主。
我が救い主様は、どちら様ですか!? と感謝の視線を向けて、
「あらぁ? キャサリン臨時事務長様ぁ! そんなところで何をしているのかしらん? お仕事が詰まっているわよん?」
「ちくしょうめ! 救いはなかった!」
現れた救い主を見て、ハジメは絶望した。
ギルドの階段から現れたのは、二メートル近い筋肉の塊だった。厳つい顔に、ちょび髭と三つ編み、そしてミニスカートタイプのギルド職員制服を着た人間モドキ。
「おや、アラベル、済まないね。直ぐに戻るよ」
「お願いしますわぁ。……あら? あららら? もしかして、そこにいらっしゃるのはユエお姉様!?」
「……ん?」
やたらクネクネした動きの彼女(?)――アラベル。間違いなく、例の服屋の化け物が量産している集団の一人だ。
その量産型漢女の一人が、ユエを〝お姉様〟と呼んだということは、間違いなくユエがスマッシュした一人だろう。
「……誰?」
「覚えてないのも無理はないわねん。ユエお姉様と雫お姉様にちょっかいをかけるような馬鹿な小僧だったもの」
認めたくないものね、若さ故の過ちというやつは……と黄昏れる漢女。どうでもいいが、階段の上に立ち止まったままなので、極度に短いスカートの奥が見えそうになっている。
極太でガッチガチの太ももの隙間が見えそうになっている!
既に、冒険者のうちの何人かが、まるで見てはいけないものを見てしまったかのような悲惨な表情で倒れ伏している。某呪いのビデオにやられちゃった人達のようだ。
まったくもって、なんて凶悪なチラリズムか。
「あ、もしかしてあなた、あのときの冒険者? え~と、確か、〝閃刃〟のアベルとか言ったかしら?」
「まぁ! 雫お姉様! 覚えていてくださったのね!」
轟ッと風のうなる音。気が付けば、もう変成魔法を使ったとしか思えない巨大な顔が雫の眼前にあった。雫さん、思わず「ひぃっ」と悲鳴を上げて後退る。
かつて、王都ギルドで絡んできた偽金ランクの冒険者。イケメンでキザな態度が特徴だった彼も、今は立派に規格外の生物に進化しているらしい。何故ギルド職員に転職したのかは分からないが、実力的には今度こそ本当に金クラスにあるのだろう。
ユエが、ぽんっと手を叩いて口を開いた。
「……ああ、あのときの。思い出した。マリアベルは元気? 王都にお店出せた?」
「嬉しいわん! 思い出してくれたのねん! ええ、ええっ、マリアベル姉さまも元気よん! 素敵なお洋服をたくさん作ってるわ! 是非、お店に寄ってあげてくださいな!」
「……そう、それは良かった。スマッシュした甲斐がある」
ずずいっと迫った巨大で厳つい顔を、障壁で防ぎながら頷くユエ。
同時に、冒険者ギルド内がざわっとなった。魔王一行がいるということで人と注目が集まっていたのだが、ユエの発言で男性冒険者が押し合いへし合いで下がっていく。
「ま、まさか……まさか彼女が伝説の!?」
「スマッシャー……伝説のスマッシャーだ! 狙った獲物は逃がさないっ、スマッシュ道の開祖だ!」
「!?」
ユエの頭上に〝!?〟が出た。周囲をキョロキョロと見回せば、男性冒険者全員が畏怖の眼差しを向けているのが分かる。
男性限定で、魔王より恐れられている!
というか、スマッシュ道とはいったい……
なんだか伝説のガンマンみたいな扱いも非常に気になる。
ユエがちょっとオロオロしつつ、その辺りを確認しようとするが……
「あ、あの人がスマッシュマスターユエ……スマッシュ道のグランドマスターなのか……」
「そうだっ、彼女こそ数々の男達を転生させた希代のスマッシャー! 股間とあらばスマッシュせずにはいられない魔王より恐ろしい漢女達の女神!」
「!!?」
もっと酷い称号が飛び出てきた。魔王の正妻は、いつの間にか女神になっていたらしい。股間潰しの女神様に。
「ユエちゃん……」
「お、お義母様、これは違うんです。ちょっと誤解が……」
菫を筆頭に、親達の視線がなんとも言えない感じになっている。股間潰しが好きな嫁なんて思われたら大変! と、ユエさんオロオロしながら弁解を試みる。
それを聞きながら、愁がちょっと引き攣った表情でハジメに言う。
「ハ、ハジメ。お前、ユエちゃんになんてことさせているんだ……」
「いや、違うんだって、父さん。俺も結構な数の股間スマッシュしてきたんだ。俺とユエ合わせて〝スマッシュ・ラヴァーズ〟、略して〝スマ・ラヴ〟なんて呼ばれるくらい」
「おい、ハジメ君。なんの弁解にもなってないぞ」
智一がドン引きの表情で距離を取り始めた。
なお、ユエだけ称号が発展しているのは、途中から漢女の量産に危機感を覚えたハジメがスマッシュを控えるようになったからだ。
神話決戦の後、全世界の人が一人残らず一致団結したわけでないことは当たり前のこと。中には当然、悪いことを考える連中は出てくる。
特に、樹海から出るようになった獣人族の女性を狙う愚か者達など。
彼等の股間をピチュンし続けたのは他ならぬユエだ。それが、股間スマッシュのグランドマスターで、漢女達のスマッシュゴッデスの称号を与えたのである。
流石に、身内に知られるには恥ずかしい呼び名に、ユエは珍しくも顔を赤くしてオロオロする。しかし、事実は事実なので言葉に詰まり、ハジメに涙目で助けを求めた。
「……ハ、ハジメ。ハジメからも何か――」
「ユエ……俺、奴等の増殖を避けるためにもスマッシュは控えてくれって言ったよな。でも、女の敵は許さないって止めなかった。その股間スマッシュに対する鋼の意思……グランドマスターと呼ばれるに相応しいな!」
「!?」
いつでも味方をしてくれるハジメの良い笑顔でのサムズアップを見て、ユエは如何にもガーンと擬音が聞こえてきそうなショック顔を見せた。そして、「……うぅ、ハジメ! 馬鹿!」とポカポカパンチで不満をあらわにする。
そんなユエに、ここぞとばかりに良い笑顔で接近する女子が一人。
「ねぇねぇ、ユエ♪ 今、どんな気持ち? グランドマスターさんは、どんな気持ちなの? 男の人の大事な部分に異常な執着を見せる吸血姫さんは、どんな――」
「……くたばれ、香織!」
ユエ様、ポカポカパンチからの流れるような本気パンチ。黄金の右ストレートが香織の頬を抉った! が、予想していたのだろう。甘い! と同時に放たれていた香織の拳がクロスカウンターとなってユエの頬に突き刺さった!
互いに怯まず、芸術的なボディブロー! ドゴッと生々しい音と共に、二人の口から「ふぐぅ」と呼気が漏れる。
「ああユエちゃんったら! ほらほら、お義母さんは引いたりしないから落ち着いて!」
「香織ったら、ユエちゃんにだけ暴力的なんだから。ほら、やめなさい! あ、こら! 足でちょんちょんしないの!」
菫と薫子が、それぞれユエと香織を後ろから羽交い締めにしながら引き離す。隙あらば喧嘩(?)、じゃれ合い(?)をする二人に、それぞれのお母さん達は苦笑いを浮かべざるを得ない。
互いに、娘がこんな態度を取るのはお互いだけと知っているので、なんとも言えない表情だ。
いよいよ喧噪が激しくなってきたギルド内部。人が集まりすぎて出入りどころかギルドの仕事も滞り始めているようである。
これ以上いたら邪魔にしかならないなと、ハジメはキャサリンに挨拶をして全員を外へ促した。
歓声やらなんやら、人々の好意的な、あるいは芸能人を前にしたファンの如き様子に対応しつつ、ハジメはふと気が付いた嫌な事実を口にした。
「……そういえば、俺、冒険者ギルドに入って騒動がなかったことないような……」
「流石、ご主人様。そういう星のもとに生まれたんじゃな」
「嫌な星だなぁ」
ティオの「何を今更なことを」と言いたげな言葉にげんなりしつつ、どうにかハジメはギルドから脱出したのだった。
人々の目から一端逃れ認識阻害を再び有効にしたハジメ達は、先程の騒動のあれこれを話しながら都の中央へと赴いた。
新生聖教教会の教会が鎮座する広場は、ちょっとした運動場くらいの広さがある。広場の中央には噴水もあって、憩いの場となるよう設計されたのだとリリアーナがツアーガイドよろしく説明する。
ただ、何故か説明しながらも微妙に気まずそうな様子を見せることに、ハジメ達は小首を傾げた。特に、チラチラと見られているっぽい愛子は、余計に不思議がって首を傾げる。
「えっと……リリアーナさん。私に何か言いたいことでもあります?」
「い、いえ。そういうわけでは……」
言葉を濁すリリアーナだったが、広場が見えてきたところで意を決したように愛子を見直した。
「愛子さん……気を強く持ってくださいね!」
「どういうこと!?」
両手で握りこぶしを作り、「ふぁいと!」と声をかけるかのようなリリアーナの態度に、愛子は詳細を尋ねようとする。が、その必要はなかった。原因が直ぐに判明したからだ。
そう、広場の中央。十二方向にアーチを描く噴水の中央に鎮座した……
「……え? う、うそ……あ、あれってもしかして……」
愛子像だった。
まるで、世界に祈りを捧げるかの様に両手を天に掲げた芸術的な彫像が、そこにはあったのだ! 愛子様が慈しみの表情で天を仰いでいる! あまねく世界に幸福あれと言いたげに微笑んでいる!
まさに女神! 豊穣と勝利を司る現人神の堂々たる彫像だ!
「い、いやぁあああああっ!? なんで!? なんであんなのが!?」
愛子の悲鳴が木霊した。
生きているうちに、自分の彫像を見る人は世界に何人くらいいるものなのか。まして、その彫像の前で跪き、一心に祈っている信徒を見る人はどれくらいか。
プチ発狂している愛子を横目に、ハジメ達が「お、おぅ……」と驚愕なのか同情なのかよく分からない微妙な声を漏らす。
と、そのとき、広場の南側に位置する教会の扉がドバンッと開かれた。
思わず視線を向ければ、そこには鼻息の荒い複数の法衣鎧を纏った男達が。
「あ、愛子様ぁああああああっ」
「ひぃ!?」
先頭の、見覚えのある男が世界に轟かせるような大声を張り上げた。教会の窓がガタガタと揺れるほどの声量で呼ばれて、愛子が悲鳴をあげながらぴょんっと飛び上がる。
「愛子様がご光臨なさったぞぉおおおおおっ」
「ふひゃ!?」
これまたどこかで見た覚えのある男だ。血走った目に感涙を湛えた様子は、十人中十人がドン引きすること請け合いである。愛子はまたも飛び上がった。
「者共! であぇ! であぇえええええっ!!」
「いったいなんなんですかぁ!?」
それは侵入者に対応するときの呼びかけでは? と、愛子は内心でツッコミをしつつキレ気味に怒声を上げた。
ズドドドドッと足音を響かせ、男達はその勢いのままヘッドスライディング。絶妙な位置で前転をすると、そのままスチャッと片膝立ちで傅いた。
「愛子様。お久しゅうございます! 貴女様のデビッド、ここに推参!」
「同じくっ。貴方様の永遠の僕、チェイス、ここに!」
「ジョシュアでございます! 再びお会いできる日を一日千秋の思いでお待ちしておりました!」
「我が女神よっ。このジェイドに、いかような神命でもお与えください!」
愛子は全力で踵を返した。生涯最高のターンだと、思わず自画自賛したくなるほどのキレ。
が、そんな一瞬でも早くこのヤバイ場所から逃避したいという気持ちがもたらした超人的な動きも、魔王には通用しない。逃げだそうとした愛子の首ねっこを、ハジメはむんずっと掴んだ。
「離してぇ! お願いですから離してください、ハジメくん! お母さんの前なんです! 私にはとても耐えられません!」
羞恥心的に。
娘の前に傅く、イケメンだけどちょっと引いてしまう形相の男達に、昭子が目をパチクリとする。そこへ、にゅっと出てきたユエさん。まだツアーガイドユエの設定を忘れていなかったらしい。
「……彼等はかつて愛子の親衛隊だった人達。愛子が全員落として、逆ハーメンバーとなった」
「ユエさん!?」
「愛子!?」
母娘の、「あんた何やってんの!?」的な声が響く。
「ふっ。それも昔のことです。今の私達は、愛子様を信仰する敬虔な教徒。女神を守護する騎士たれば」
「デビッドさんはちょっと黙っててください!」
御意。
と、物わかり良く頭を垂れるデビッド神殿騎士団団長様。信仰の対象が変わっただけで、ちょっと危ない信仰心を持っちゃうところは変わらないらしい。
そうこうしているうちに、ざわざわとざわめきが広場を包み始めた。
騒ぎすぎて、やっぱり認識阻害が解けたらしい。人々が「おぉ、まさか、あそこにおられるのは女神様では?」「なっ、エヒク様が遣わした現人神の!?」「生愛子様じゃ! ありがたや!」「生愛子様、万歳!」「生愛子様! YAHAAAAッ!」などと聞こえてくる。
しまったぁっと言いたげに、ジリリと後退る愛子。というか、〝生愛子様〟はマジで止めて欲しいと思う。
隣には魔王様や王女様までいるというのに、加速度的に集まってくる人々の視線は愛子に釘付けだ。
神話決戦のおり、ハジメが煽動テクで自分を〝女神の剣〟と称したのも原因の一つだろう。彼等的に、愛し合う主従的な認識に近いのだ。もちろん、主が愛子様である。
まして、実際のエヒトは既にピチュンしているし、そもそも一般信徒が神の声を聞くことなど一生ない。が、そんな常識を、現人神愛子が覆してくれる。
それはもう、感涙しながら鼻息荒く凝視するのも無理からぬこと……といえなくもない、かもしれない。
放っておいたら一人でどこまでも逃亡しかねないので、ハジメは愛子の手をギュッと握る。それがまた人々の歓声に繋がる。
どんどん顔が赤くなっていく愛子は、こうなったらいつも通り自棄です! 女神やってやるぜぇ~、超女神してやるぜぇ~と腹をくくり……
「ぷっ。愛子、あんた異世界でも、いつもこんな感じだったの?」
「……お母さん?」
ぷるぷる震えながら、必死に笑いを噛み殺している様子の昭子お母さん。
娘の立場に対して、もちろん驚愕はしているが、そこは母だ。娘の内心など正確に察することができる。娘が、めちゃくちゃやけっぱちな感じで女神を演じようとしていることなど手に取るように分かる。
娘は、たとえ異世界で崇められていても、相変わらず空回ったり、やけっぱちで突き進んだり……
そしてきっと、後になって頭を抱えるのだ。
いつも通りの娘と、現人神になっちゃった娘のギャップに、昭子的には驚愕などを通り越して笑いが込み上げてきたらしい。
そんな、追い詰められている自分を見て笑っている母に、愛子の目はジト目になった。
そして、くるりと広場の方へ向き直ると、
「王都のみなさ~ん! どうも、私です!」
堂々と、彫像と同じように両手を天に掲げてご挨拶。歓声が爆発し、ハジメ達が「おぉ?」と困惑半分興味半分で注目する。
どことなく据わった目の愛子は、演技がかった仕草でバッと片手を後方へ――昭子へと向けた。昭子が「え?」となっているのを尻目に、愛子はニヤッと笑うと、
「今日は、私の母を紹介すべくやって来ました! そう、あの人こそ、この私――豊穣と勝利の女神の母――聖母昭子です!」
「愛子!? あんた!」
昭子お母さんの驚愕と抗議の声は、直後発生した爆発じみた大歓声によりかき消された。
聖母昭子を称えるシュプレヒコールが響き渡る。
「ふっふふふっ。女神扱いされて心苦しい娘を笑うお母さんなんて、聖母になってしまえばいいんだよ」
「あんた! 母親を売ったわね!」
「人聞きの悪い! 道連れにしただけだもん!」
「どっちにしろ悪いでしょうが!」
ギャースギャースと、賛美歌まで響き始めた王都の中央広場に、醜い母娘喧嘩が勃発した。
と、そこへ、ベレー帽を被った女が一人、ススッとハジメに近寄ってきた。
「魔王様。わたくし画家のカリオペ・エレジーと申します。どうか、女神様と聖母様の美しき戯れを描くことをお許しください」
画家さんらしい。絵を描くための道具を体中にセットしている。
ハジメはちょっと考えた後、未だに喧嘩している愛子と昭子を見て……にやり。
「許す。存分にやれ。脚色もかまわん」
「感謝の極み!」
女性画家さんは、なんだかヌルッとした動きで距離を取ると、瞬く間に道具をセット。血走った目で、かつ凄まじい勢いで描き始めた。
「お母さんなんてもう知らない!」
「あんたって子は! もう帰ってきても、卵焼きもきんぴらごぼうも作ってあげないわよ!」
「それは困るぅ!」
未だ微妙な喧嘩(?)をしている二人。
彼女達は知らない。今の姿を、実は希代の画家さんに描かれていることを。
喧嘩風景が、女神と聖母の美しき戯れとして宗教画的に描かれ、複写されたものが爆発的に売れることを。
そして、カリオペさんがこれを期に一気に大成し、神殿にかざる巨大宗教画を手がけることになって、それが後世まで残り続けることを。
農家の主婦とその娘、異世界で歴史的宗教画に描かれ崇め奉られる……
後に、母娘揃って「うぼぁ」と魂を吐き出したのは言うまでもない。
その後、大騒ぎになった広場からどうにか脱出することに成功したハジメ達。
そのとき、騒ぎを聞きつけてやって来たデビッドの妹が辣腕を振るって逃がしてくれたのだが……
彼女の名が、例のヘリーナがまとめた書類の中にあったことを思い出したハジメは、実際の妹シスターちゃんの有能さと、それを見逃さなかったヘリーナの有能さに内心で笑みを浮かべるのだった。
そうして、武器や雑貨、異世界ならではの魔法具屋などを巡って、菫達親~ズは異世界の都を満喫した。
途中、ハジメがいることを職人の勘で察知したらしい王国専属筆頭錬成師ウォルペンと愉快な錬成師達がわらわらと湧いてきたり、アラベルから聞いたマリアベルが襲撃――もとい挨拶に来たり……
図書館跡地で、かつてのハジメが足りない能力を補うべく知識を習得しようと頑張っている姿を再生魔法で過去再生して、菫と愁がほっこりしてたり、今の雰囲気と全く違うので智一達が驚愕に目を瞬かせたり……
その勉強するハジメを、書棚の陰からジッと見つめ続ける香織の姿に全員が戦慄したり……
ハジメが書棚を移動する度に、陰から陰へササッと移動しつつ、やっぱり本棚の隙間からジッと視線を向ける娘の姿に智一が現実逃避したり、薫子が頭を抱えたり……
必死に弁解する香織に、案の定、ユエが「……証拠入手! 証拠入手! おまわりさんこいつです! こいつが真性のストーカーです!」と楽しげに声を張り上げ、これまた案の定取っ組み合いの喧嘩になったり……
そんなこんなで楽しく過ごしたハジメ一行は、その晩、再びルルアリアを交えて晩餐を楽しんだ。
そうして、翌日、ハジメ達は、菫と愁が強く希望した場所へ出発したのだった。
二人にとって、否、誰にとっても残酷で、しかし、運命とも言える出来事が起きた場所。
そう、オルクス大迷宮へ。