深淵卿編第二章 援軍、そして突入
ダイム長官は強かった。
なるほど、確かに、こいつは〝書物の冒涜者〟で〝撲殺神父〟だと納得するほど。
鎖を巻き付けた40✕30センチの金属書は、重さ十キロはあるだろう。それが砲弾の速度で飛んでは振り回され、局所的かつ人為的な暴風と化し、かざせばあらゆる攻撃に対して鉄壁の盾となり、剣もナイフも苦無も挟み込んで白刃取りしてしまう。
時には、書の上に乗ってスライディングの要領で移動までする始末。
そして、いったいどんな握力をしているのか、その戦槌じみた重さの本を片手で軽々と掴み、「むんっ」という気合の声共に振り回せば、冗談のように周囲が砕け散っていく。
遠近隙のない、戦書術……
取り敢えず、浩介は思った。
読めよ! 本でしょ!? 読んでよ! すっごい力を秘めてる神器なんでしょ!? と。
「いやぁ、浩介さん、本当にすごいですね。長官の攻撃を一度も食らわないなんて、流石、変な動きの人!」
「分身の術、だったか? 凄いものだな。まさに東洋の神秘といったところか。長官が取り押さえられるところなんて初めて見たぞ」
アンナとウィンから、掛け値なしの称賛が贈られる。
場所は、オムニブスの食堂。オベリスクと聖人結界の準備まで後一時間程度といった深夜。愛娘を取られまいと暴走した長官を、どうにか無力化した後、浩介とクラウディア、そしてあの場にいたエクソシスト達数名と共に、今、地獄突入前の食事をしているところだ。
浩介は、微妙に遠い目をしながら言う。
「まさか……分身体を出さないと取り押さえられなかったなんて……地味にショックなんですけど」
自分の実力には、それなりに自負のあった浩介。少なくとも、地球の人間と、かつ、一対一なら深淵卿になるまでもなく、まして分身体を出す必要もないと思っていたのだが……
ダイム長官は、分身体と三人がかりでなければ無力化できなかったのだ。
世界は広いなぁ~、ちょっと自信過剰だったかもなぁ~、と乾いた笑い声が漏れる。
「浩介様、長官が失礼しました。誤解だと、よく言っておきますので」
クラウディアが申し訳なさそうに眉を八の字にする。が、誤解の内容に思うところがあるのか、チラチラと浩介を見やる眼差しには、とろりと溶け出しそうな熱が感じられた。
「つってもクラウディア様。長官、自分を取り押さえたコウスケのこと、ちょっと認めちゃった感じですよ?」
「ああ、呟いていたな。『そこまでクレアが欲しいか……ふっ、私も老いたものだ』みたいな感じでな」
コウスケと呼び捨てにした方がボーガン使いのリー・モーア。二十一歳の中国と英国のハーフだ。年が近く、浩介が普通に話してくれと言ったので、その通りにしている。
そして、クラウディアが赤面して俯き、もじもじしてしまうような長官の呟きを聞き取ったのは、ブルース・ルール。古式ライフルの使い手で、禿頭のルール兄弟の弟だ。
ちなみに、兄弟揃って眉毛もない。体もプロレスラーのようで、目つきは三白眼。エクソシストの黒服を着ると、見た目は完全にマフィアだ。
「いやいや、俺、恋人がいるって言ったでしょ」
「複雑だな……クラウディア様には幸せになって欲しいものだが、俺達のクラウディア様でいて欲しいという気持ちもある。というか、大半はエンドウを睨んでいるようだが」
ブルースの兄、バトルアックス使いのバッカス・ルールが、つるりとした頭を片手で撫でながら周囲を見回せば、エクソシスト以外のオムニブス構成員達が、チラチラと警戒するように浩介を見ていることが分かる。
だが、その視線に含まれるのは部外者に対する警戒心ではなく、「あの野郎、俺達のクラウディア様にぃ……」というアイドルを取られそうなファン達の怨嗟と同じだ。
「もうっ、皆さん、さっきから何を言っているのですか。私は、浩介様にそのような感情を抱いておりません! まったく、大きな戦いを前に気が抜けすぎですよ!」
聖女様からお叱りをいただいたオムニブスの皆さん。
だがしかし、顔を真っ赤にして、隣の男へチラチラと視線を飛ばし、全体的にもじもじしている彼女のお叱りは説得力皆無で迫力ゼロ。むしろ、オムニブスの皆さんを煽りに煽ることに。
「おぉ、す、すげぇ視線の圧力が……こんなに注目されることなんてないから、なんだか新鮮だ」
なんだか身悶えている浩介。オムニブス、素敵な場所かもしれん……と、表情が緩む。
「そ、それに……恋人がいる方にそんな感情を向けるなんて……」
自問自答タイムに入ってもじもじするクラウディア。「あぁ、主よ。邪なる私をお許しくださいっ」とお祈りも始めちゃう。
一緒に食事をしているエクソシスト達は揃って生温かい目になり、オムニブスの構成員達はより強烈な視線になった。
流石にちょっと不味いと、我に返った浩介は咳払いを一つ。
「え~、あ~、それで地獄でのことだけど、クレアにはアンノウンの場所が分かるんだよな?」
「え? あ、はい。なんとなくですが、呼ばれている感じがするのです。本当に呼ばれているのか、それとも、昔、私を媒体に召喚されたからか、原因ははっきりしませんが、私には分かります」
「OK。まぁ、向こうもクレアを求めてるわけだから、捜す必要はないかもしれないけどな。それで、クレアの聖十字架が切り札になるわけだけど、何かエクソシスト的に作戦はある?」
浩介の質問に、アンナが懐から小さな十字架のネックレスを取り出して答えた。
「この聖別された十字架を使います。これは最も簡易な神器であると同時に、私達がエクソシストであることを証明する身分証明のようなものでもあるんですけど……」
そう言って、小さく「オムニブス」と呟いた。途端、淡い輝きを宿した十字架に〝アンナ・フォーク〟と光の文字が宿る。
ステータスプレートのステータス表記なし版みたいなものかと頷く浩介に、アンナが説明を続ける。
「実は、もう一つ効果があって、こんな風に起動させておくと悪魔限定で姿や気配を隠すことができるんです」
「エクソシストが多勢に無勢に陥ったとき、一時的に悪魔から姿を隠し、援軍を呼ぶための機能だ」
補足説明してくれたウィンも、アンナと同じように十字架のネックレスを取り出した。
加えて説明されたところによると、一度、悪魔に強く認識されると効果がない。下級の悪魔なら、そもそも認識力が小さいので効果的だが、中級以上になると一度見つかった後はほぼ無意味な程度の力だ。
浩介は「なるほど」と頷いた。
「なるほど。それであの下級悪魔の群れはスルーして、アンノウンと直接戦おうってことか」
「とはいえ、今説明した通り、地獄という奴等の本拠地でどこまで有効かは疑問だ。運良くアンノウンまで無傷でたどり着けても、戦闘になった時点で他の悪魔も気づく」
ウィンが難しい表情で唸るように言った。リーが肩を竦めながら続く。
「ま、やることは変わらないだろ。いたってシンプルだ。クラウディア様がアンノウンを滅ぼすまで守り切る。命に代えてもな。それだけだ」
己の命を盾にすることに躊躇いのない言葉。それが偽りでないことは目を見ればはっきりと分かる。気負いなく、他のエクソシスト達も頷いた。
そこにある決意は、〝クラウディア様のため〟ではない。ただ一人のエクソシストとしての矜持の発露だ。復讐に付き合うわけではない。使命だから地獄へ向かうのだ、と。
確かにそれは本音なのだろう。だが、クラウディアへの友愛は隠しきれていない。彼等はきっと、クラウディアでなくとも、例えばウィンやアンナのためであっても、同じように行動するのだろう。
だから、浩介は言えないし、言わない。俺だけで護衛するから他の人は待機していてくれなどと。
「作戦の大枠は分かったよ。まぁ、命に代える時は、その前に俺を呼んでくれ。手数には自信があるからさ。と、それで、問題は〝嘆きの風〟だけど、確か全員で使うとかなり時間制限的に厳しいんだったよな?」
コクリと頷くクラウディア達。一応、浩介の参戦により、精鋭中の精鋭だけに絞った突撃に変更されたので、一人当たりが使える聖水の数は増したのだ。
犠牲による足止めを考えないので、実力的に地獄で戦うに足りない者は、オムニブス本部――バチカンと教皇を守る方に回るのである。
「それなんだけど、活動時間を延ばす薬を用意できると思う」
「本当ですか!? あ、もしかして、私やアジズを癒やした、あの……」
「そう、単純に回復薬って呼んでるけど、俺達帰還者が持ってる、まぁ、魔法薬だ。聖水みたいに、そもそも嘆きの風を無効化するわけじゃなくて、侵食される端から治すって感じだから、たぶん痛みはあると思うけど」
ウィンが「痛み程度どうということもない」と首を振って尋ねた。
「それは助かるな。おそらく、こんな姑息な手は、大悪魔の性格的に使わんと思うが、もしかしたら〝時間切れ〟を狙われる可能性もゼロではないからな」
彼等的に正体不明の薬品を使うことは、特に信仰的にも抵抗はなさそうだと分かった浩介は、さっそく「それじゃあ、大量の回復薬を頼んでみるよ」と言って、南雲家に電話をしようとした。
と、その時、
「その必要はないわ、こうすけ」
鈴を転がしたような、しかし、どこか疲れの滲む可愛い声が響いた。
ハッとして見れば、そこにはクーラーボックスを肩から提げた、金髪サイドテールをふりりんっとする白衣姿の美少女が。
「エミリー!」
浩介の呼び声に、エミリーはふにゃっと表情を綻ばせる。彼女の後ろには〝ゲート〟の輝きがあった。
先の、浩介的に決戦ともいうべき電話のあと、念の為にとユエが送った空間転移用のアーティファクト〝ゲートホール〟を、浩介は側に置くようにしていたのだが、ちょうどその〝ゲート〟から出てきたところのようだ。
「コウスケさん。貴女のヴァネッサもいますよ?」
ほらほらっ、私も見て! ここにいるよ! と、舞台役者のように両手を広げて存在をアピールするヴァネッサもいた。パタパタと振られるイヌミミとイヌシッポが幻視できる。
「どうしたんだ、エミリー。何かあったか? ユエさんは?」
「なんというスルー! ですが、そんな冷たいコウスケさんにも、第三の嫁たる私、ヴァネッサは――」
「大丈夫よ。別に襲撃もないし、そもそも何が来てもあの要塞は陥落できないわよ。ゲートを開いてもらったのは届けものがあったから。ユエお姉さんは……今、おうちで格ゲーNo.1決定戦をやってて、ミュウちゃんと準決勝中よ。ミュウちゃん……ハメ技がエグいわ。ユエお姉さんが涙目に……」
「ちょっ、こんな時に何楽しそうなことやってんの!? クラスの連中総参加か!? 盛り上がってんのか!? てか、ユエさんが泣かされてる!?」
「ふ、ふふっ。二人して私をいないものとして扱うとは……なるほど、これがティオさんのおっしゃっていた放置プレイの――」
「ちなみに、決勝はミュウちゃんVS愁おじ様になりそうよ。愁おじ様……ヤバイわ。流石、魔王陛下のお父上だわ」
「親も参加!? 緊張感なさすぎだろ!?」
変なポーズを取りながら身もだえているSOUSAKANはさておき、突然登場した白衣の美少女と浩介のやりとりに、オムニブスの面々は目を白黒させる。
そんな周囲の状況に気が付いたらしいエミリーは、ちょっと頬を染めつつ居住まいを正した。そして、周囲の人達にペコリと頭を下げると、クーラーボックスをテーブルの上に置いた。
「エミリー、それは?」
「言ったでしょう、こうすけ。私もできることをするって」
エミリーがクーラーボックスを開けると、そこには何本もの試験管が収まっていた。試験管の中には、灰色の液体が納められている。
「魔王様がくれた遺物の中身を解析して、大昔に使われていたっていう万能薬を再現したわ。まだ試作段階だけど、今回使う分には十分に有用なはずよ」
「え、あの、遺跡から発掘した生物兵器だって言ってたやつを?」
コクリと頷くエミリーの目の下には、かなり色濃い隈が見える。
実は、先の電話のあと、エミリーは香織に頼んで用意してもらった〝時間の遅くなる空間〟で、ハジメとシアから貰い受けた古代の生物兵器の研究に入ったのだ。
遅延空間の中でのエミリーの研究は、途中、浩介からの連絡がある度に出てきたとはいえ、実に一ヶ月近くに及ぶ。
とはいえ、研究用の器具を転移で運んでもらったり、技術的障害をユエ達の協力で魔法的にブレイクしたりしたものの、たった一ヶ月弱で未知の物質を実用段階に持ってくるなど普通は不可能。
薬学における天賦の才能、今までの経験、そして、なんとしても浩介の役に立ちたいという強烈なまでの意志が、不可能事をひっくり返したのだ。
「驚いたわ。詳しい説明は省くけど、これは、言ってみれば万能細胞みたいなものなの。そのままなら生物の細胞を侵食して破壊してしまうのだけど、上手く調整してあげると逆に異常のある細胞の代わりになってくれる。常に、健康的な状態を保ち続けてくれるのよ。――パンドラズホープと名付けたわ」
それはつまり、
「一本飲めば、どれだけ体が蝕まれる環境でもパンドラズホープが健康体を維持してくれる。地獄の環境で試してないから確実とは言えないけれど、理論に穴がなければ、三日以上は効果が持続するはずよ」
「マジか……」
一本手に取り、まじまじと試験管を見つめる浩介。
エミリーが上目遣いにチラチラと視線を投げてくる。「役に立ったかな?」と思っているのが手に取るように分かる。同時に、間に合わせるために、どれだけ必死になってくれたのかも、その目に浮き出る疲れからよく分かる。
浩介は無言でエミリーを抱き締めた。エミリーが「ふわっ!?」と声を上げて、一瞬で真っ赤になった。
「サンキュ、エミリー。すっげぇ助かる。これで、何も心配せず戦える」
「あ、う……良かった……気を付けてね、こうすけ」
ちょっと恥ずかしそうに、しかし、力強く抱き返すエミリー。隣で、物欲しそうな顔で人差し指を唇に当てつつ、ジッと見てくるSOUSAKANなんて知らない。
少し体を離して、近い距離で見つめ合う二人……
なんとなく甘い空気に飲まれて息を潜めるエクソシスト達。
羨ましそうに二人を眺めるクラウディア。
そして、そんなクラウディアの背後に、いつの間にか這い寄ったヴァネッサ。
にゅるりとした動きで、クラウディアの耳元に口を寄せる。
「初めまして、四番目。私はヴァネッサ。三番目です。どうぞ、よろしく」
「ひゅわっ!?」
耳に息を吹きかけながらの挨拶に、クラウディアが飛び上がった。耳を押さえて、バッとその場を離脱――しかけて、椅子につまずいて転がる。スカートがひらり。セクシーなガーターベルトが、
「こうすけぇっ、見ちゃダメ!」
「ひぎぃっ!? 目がっ、目がぁ!?」
エミリーちゃんの秘奥義は神速だった。浩介が目を押さえながらブリッジする。いきなり目つぶしされた悲しみのブリッジ。
背骨で見事なアーチを築く浩介はそのままに、ヴァネッサはクラウディアを助け起こした。
「ど、どうも初めまして。クラウディア・バレンバーグと申します。えっと、四番目?」
ウィン達が、アンナの鬼の形相を受けてか、それとも紳士故にか、全員見事に明後日の方向へ視線を投げている中、あせあせっと立ち上がったクラウディアが戸惑いながら尋ねた。
真剣な表情で、ヴァネッサさんが答える。
「はい。貴女は、コウスケさんの四番目の嫁なのでしょう? 私は三番目です。なので、先輩嫁です。きちんと敬うように」
「へ? あれ? えぇ? 四人目のお嫁さん?」
何か、とても不思議な言語を聞いたような表情になるクラウディア。それは、ウィン達や遠巻きにこっちを見ているオムニブスの面々も同じ。
先輩風を吹かせる駄ネッサさんを止める者はいない。浩介は悲しみのブリッジ中。エミリーは、そんな浩介に謝りながら介抱中。
クラウディアは、そのエミリーに視線を向けながら言う。
「彼女が、浩介様の恋人なのでは?」
「? 確かに恋人ですが、将来的に結ばれるのですから嫁でいいでしょう。エミリー博士は、二番目の嫁です。大先輩なので、よくよく敬うように」
「……二番目?」
クラウディアの表情がドンドン強ばっていく。「ひ、光が見えてきた……」と呟く浩介に視線が向く。オムニブスの面々も同じ。特に、アンナを筆頭に女性陣の目つきがヤバイ感じになっていく。
「おや、知りませんでしたか? コウスケさんには、元々ラナ・ハウリアという婚約者がいるのです」
「婚約者!?」
「バニーガールです」
「バニーガール!」
「そして、正妻たるラナさんは、魔王の右腕たる者、嫁が一人や二人では話にならない! と、世界のどこかにいるだろう七人のお嫁さんを探しているのです!」
「七人のお嫁さん!?」
「そう! そして、コウスケさんは見つけた! このバチカンの地で! 四人目のお嫁さんを! 何を隠そう、貴女です! クラウディア・バレンバーグ!」
「なんということでしょう!」
ガトリングの掃射の如く乱発される衝撃の事実。クラウディア様のテンションが変な感じになっている! そして、女性陣の浩介に対する目つきは、完全に怨敵に向けるそれだ! 一人、駆け出したのは、きっと親馬鹿冒涜系物理属性の枢機卿を呼びに行ったからに違いない!
目をぐるぐるさせながら、クラウディアは、ようやく目が回復して起き上がった浩介に向かって声を張り上げた。
「浩介様! 私を、そんな目で見ていたのですか!?」
「見てないよ!」
「見てないのですか!?」
よろりっとよろけるクラウディア様。アンナがトンファーを抜いた。目つきが殺人鬼のようだ。中には、ナイフや槍に手を伸ばす女性エクソシストも……
ちょっとヤバそうな雰囲気を察して、愛しい浩介のためエミリーちゃんが立ち上がる。
「ちょっと待って! バレンバーグさん! 七人の嫁なんて言ってるのは、ヴァネッサとラナさんだけなの! 特にラナさんは、というかハウリア族の人達は、みんなちょっと頭があれなのよ! だから本気にしないで! 浩介は、そんな浮ついた人じゃないわ!」
必死なエミリーちゃん、つい本音が……。
頭があれなハウリア族と、そんな彼等を更生させようとするエミリーの戦いは長そうだ。
「そ、そうなのですか? ですが、だとすると貴女も、浩介様とは何もないと? 恋人でもなければ、ましてお嫁さんでもないと――」
「誰が無関係な人よ! 恋人だし! お嫁さんになるし!」
「では、ラナという方が関係ないと――」
「いや、クレア。ラナは俺の嫁だから」
つい、言っちゃう浩介。そして、私の時は即答してくれなかったと、涙目になるエミリー。「ち、違うんだよ」と焦りながら、浩介がエミリーを撫でれば、エミリーも直ぐにへにゃっと笑う。
行動は、時に言葉より雄弁だ。
アンナの声が、やけに大きく響き渡った。
「ギルティ? or ノットギルティ?」
答えるのは、全ての女性エクソシストと、クラウディアを慕う男達。
「「「「「ギルティ! Go to hellッ!!」」」」」
ちょうどよく、この後の行き先は地獄だ。ただし、浩介だけは帰ってこられないかもしれないが。
ダイム長官が、「呼んだ?」といった感じで柱の陰からひょこっと顔を出した。その目は「刺し違えても、貴様をコロス!」と言っているように見える。
浩介が冷や汗を滝のように流し、「私達のクラウディア様を弄びやがって……」と、アンナ達が悪鬼羅刹の表情でにじり寄り、長官から闘気(?)が吹き上がり、ウィン達が「デザートおいしい」と現実から目を逸らし、ヴァネッサがそそくさとゲートに潜り込もうとしていると……
「長官! 今、無線連絡が! 保安局の部隊からと思われます! 襲撃を受けているようです!」
「なに?」
駆け込んできた青年の焦燥感が滲む声に、全員がハッと我に返った。
彼は、旧式の無線機を抱えながら浩介達の元へやって来る。
何故、そんなものからバーナード達が連絡をしてくるのか。確かに、到着予定時刻からはかなり遅れているが……
ザァーザァーというノイズ音に混じり、銃声らしき騒音とバーナード達の怒声が聞こえてきた。
『――こちらセイバー1ッ。キャスター! 聞こえるか!? ――応答――誰――』
セイバーはバーナードの部隊を示す符丁で、キャスターはオムニブスを示す符丁だ。英国の武装部隊が、バチカンの秘密組織と合同作戦を張る上で、万が一に備えて作ったものだ。符丁の考案者は推して知るべし。
「バーナード! 聞こえるぞ! どうしたんだ!?」
浩介が声を張り上げるが、どうやらこちらからは声が届かないらしい。その原因らしき事情は、バーナードからの途切れ途切れの通信で判明した。
『――襲撃を受け――そこら中に崇拝――武装して――通信妨害を――』
「武装した崇拝者の集団に、通信を妨害された上で襲撃されてるってことか」
「おそらく、どこかの民家か店で、旧式の無線を見つけて声を送っているんでしょう」
悪魔との戦闘では、電子機器に不調が生じることが多々ある。そのため、今も旧式の無線を使っていることが功を奏した。バーナード達は、何らかの手段で声を送ることに成功したようだが、向こうの通信手段のせいか、こちらからの声は届かないようだ。
『空港の――俺達は動けない。数が多すぎる!』
「バーナード!」
冷静沈着な歴戦の特殊部隊隊長であるバーナードの、焦燥が滲む声。少し鮮明になった通信が、バーナードの覚悟をも伝えてきた。
『この声が届いているといいが……。我々は、ここで少しでも敵の数を減らす。援軍に来て情けない限りだが、そちらには辿り着けん。だが、迎えは不要だ。ここを死地とし、可能な限り、そちらに向かう武装集団を削る』
「ばっかやろうっ。なに勝手に覚悟を決めてやがる!」
通信の向こうからバーナードの部下の怒声が響いた。
『っ、アビィ! 後は頼んだぞ! 生き残ったら冷たいビールでも――』
凄まじい爆音と共に通信が切れた。ザーザーと、どこか虚しいノイズが響く。
「バーナード、どうしてそこで、それを言うんだよ……」
あくまでも死亡フラグを立てるバーナードに、浩介の表情が引き攣る。意外に大丈夫かもしれないという気持ちがちょっと湧き上がった。
と、そこで、エレベーターからアジズが飛び出してきた。
「長官! 月が染まりました! 赤い月です! 城壁の外に、崇拝者と思しき集団が集結! 数、測定不能!」
直後、地下にまで響く轟音。明らかに爆薬か、ロケット弾でも撃ち込まれたような音だ。
「っ、俺がバーナード達のところに――」
行こうと言いかける浩介。
が、それを遮る声が、
「あほう、浩介には役目があんだろう?」
「それは俺達に任せておけ」
ハッと振り返れば、そこには親友二人の姿があった。そう、健太郎と重吾だ。更に、ゲートから綾子、真央、そして優花や奈々、妙子など、仲間が続々と出てくる。
目を丸くする浩介に、健太郎と重吾が言う。
「おいおい、なんだその顔は。まさか、全部終わるまで、部屋の隅で丸まってるとでも思ったのか?」
「ユエさんに啖呵切ったからって、一人でやらなきゃならないわけじゃないだろう。お前が言うなら、手を貸すぞ」
帰還者の中に、安全地帯でガタガタ震えるような者は一人もいない。相手が誰であろうともだ。
元より、浩介が地獄に突入した後は、その出入り口である〝鏡門〟、ひいてはこのバチカンという戦場を預かるべく、彼等は出てくるつもりだったのだ。
「……ぐすっ。崇拝者、ころす」
「ユエ……ミュウちゃんにフルボッコにされたからって、八つ当たりしなくても。ほら、元気出して?」
「……ぐすっ。香織、地獄に落ちろ」
「なんで!? 今わたし、励ましたよね!?」
格ゲーで、ミュウにハメ技を食らって手も足も出ずフルボッコにされたらしいユエが、ガチで泣きべそをかきながらやって来た。
香織達も一緒だ。ティオと雫は南雲家に残るようだが、ミュウまでやって来ている。
ミュウはミュウで、「ひっぐっ、ぐすっ、愁お爺ちゃんなんて嫌いなの……」と普通に泣いていた。どうやら、格ゲーでは魔王らしい南雲家の大黒柱に、大人げの欠片もなくボッコボコにされたらしい。
続々とやって来た過剰戦力に、オムニブスの面々が唖然とする中、浩介は仲間を見てふっと笑った。
そして、その視線をクラウディアに向ける。
呆気にとられていたクラウディアだったが、一拍して決然とした表情になると、コクリと頷いた。
「長官、行って参ります」
「……分かった。オベリスクは、あと三十分もあれば使用可能だ。こちらは気にせず――宿願を果たしてきなさい」
「はいっ」
父親代わりになってくれたダイム長官に、クラウディアは一度、ありったけの親愛を込めて抱きついた。それを、あの凶悪な目つきが嘘のように、温かく緩んだ眼差しになりながら抱き締め返すダイム長官。
身を離したクラウディアが、突入組のエクソシスト達に視線を巡らせる。ウィン達も、既に準備はできていると、力強い頷きを返した。
「健太郎、重吾。バーナードを頼む」
「おう、任せとけ」
「しくじるなよ、浩介」
拳を突き合わせ、不敵に笑い合う浩介達。
「こうすけ。気を付けて。なるべく早く帰ってきてね。アップルパイを焼いておいてあげるから」
「それは楽しみだな」
エミリーとも笑い合って、浩介は踵を返した。
「行こう」
浩介の号令に、クラウディア達は頷き、そして〝鏡門〟のある奥の部屋へと駆け出した。
「ほら、ユエ。泣いてないで、私達も地上に行くよ?」
「……泣いてないし。香織のあほぅ」
「はいはい、分かったから。ほら、みんなを転移してあげて。あ、貴方がここのトップですか? ちょっと打ち合わせを……」
いじけるユエ様。しかし、お仕事はきっちりと果たす。同じくいじけて家を飛び出してきたミュウと手を繋ぎつつ、クラスメイト達を地上へ転送。更に、バーナード救出班として重吾達永山パーティーをオムニブス専用空港へと転移させる。
そうして、地上へと出てみれば、いるわいるわうじゃうじゃと。正面門は爆破されたようで残骸が散乱し、次々に崇拝者達が乗り込んできている。見れば、バチカン美術館のある北側からも黒煙が上がっていて、そちらからも攻められているのがよく分かる。
銃声と雄叫びが鳴り響き、赤い月の夜空にはいくつものドローンまで飛んでいるようだ。抱えているのは爆弾だろうか。
地獄の亡者もかくやという数の武装した崇拝者達が押し寄せる中、オムニブスの者達が必死の防戦を繰り広げている。
「みなさ~~ん! 絶対に、〝鏡門〟へ行かせてはいけませんよぉ~! 遠藤くん達が全てを終わらせるまで、がんばりましょ~~~~!! た・だ・し! 命を大事に! 危ないときは逃げてくださ~い!」
「「「「「はぁ~~~い」」」」」
校外学習のような緩さ。愛子のかけ声に、生徒達は元気にゆる~く返事をする。
が、次の瞬間に起こったのは、雪崩を打って押し寄せていた崇拝者達が、冗談のように吹き飛び城壁外へ消える光景。
「とりま、結界いくよ~! ここは聖域なりて、神敵を通さず――〝聖絶〟!!」
鈴を基点に、光のドームが広がった。サン・ピエトロ広場全体を覆うようにして輝く障壁が展開される。
「あれは、落とした方がいいわよね?」
疾っという短いかけ声と同時に、夜空を駆けたのは投擲用ナイフ。その全てが雷撃を纏い、空を飛んでいたドローンを全て撃墜した。そして、ブーメランのように使い手――優花のもとへ戻る。
「んじゃ、俺はあっちがやばそうだから行ってくるぜ」
赤い月の下で、ワーウルフが吼える。次の瞬間には、その俊足で姿を消した。
その他にも、色とりどりの属性魔法が乱舞し、凄まじい武技が炸裂する。
そして、
「……処す」
「だから、八つ当たりはやめようよ」
空には、背中合わせの金と銀の光。
一人は、黄金の龍を侍らす妖しい絶世の美女。
もう一人は、銀の翼を広げる神々しいまでに美しい戦乙女。
雷の龍が吼えれば、飛来した数多のロケット弾が余さず吸い寄せられ消滅し、迸る黄金に触れた崇拝者達は一人の例外もなく白煙を噴き上げて倒れていく。
逆に、最初の奇襲で負傷し倒れたオムニブスの者達は、天より降り注ぐ銀の光に照らされ、怪我人も死人も関係なく癒やされ、起き上がっていく。
世界の命運がかかったこのとき、こんな奇蹟のような光景……。オムニブスの誰もが思った。ダイム長官ですら思った。
「神の、奇蹟だ……」
残念。魔王の手先である。
月がますます赤く妖しい輝きに満たされる中、ついに戦いの幕が切って落とされた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
明日は【オーバーラップ大感謝祭2018】開催ですね。
オーバーラップ様のHPにも、いろいろ発表されていますが、イベントもグッズも盛りだくさんみたいです。ウエイトレスなユエのイラストが素敵でした!
更新情報です。
コミックガルドにて、下記、更新されております。
・日常16話 日常、最後のコラボに吹きましたw
・外伝 零3話 幼女ミレディと今のミレディのギャップ。絵で改めて見ると凄まじい…
・本編コミック21話 ドキワクライセン。ミレディぇ…零3話を見た後だと、もうなんとも言えない。
最新話は無料ですので、時間のあるときにでも是非、見に行ってみてください!
(オーバーラップ様のHPより、ガルドコミックタブから見られます)
※前話の聖水による地獄活動時間を変更しました。