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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅢ
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深淵卿編第二章 裏切り者の末路

一つ前に、バレンタイン特別企画を投稿しています。

まだお読みでない方は、是非、どうぞ。



 バチカンが大変な混乱の最中にあるというのに、その様子を観察した後、何故か現場を離脱していく仲間のはずの男――レダ。


 それを目撃した浩介は、現在進行形で彼を追跡していた。


 レダは、途中でタクシーを拾って移動し始めたので、浩介は今、そのタクシーの屋根の上で胡座(あぐら)をかいている。


 相変わらず、信号で止まろうが、直ぐ後ろを自動車が走っていようが誰にも気が付かれない浩介は、ゆったりくつろぎながら、おもむろにスマホを取り出した。


 そして、目当ての人物にコールする。


『こうすけ!?』


 ワンコールが終わるより早く相手が出た。怒声のように響いた自分の呼び名に、耳がキーンとなって、浩介は思わずスマホを耳元から離す。


 返答がないことで更に焦ったらしい相手が『こうすけ! どうしたの!? 無事なの!? 返事をしてぇ!』と、言葉のマシンガンを放ってきた。


 ずっと傍にいた分身体が消えたのだ。「そりゃあ、心配をかけたよな」と申し訳なく思いつつも、浩介は急いで返事をする。


「悪い、エミリー。心配をかけた。俺は大丈夫だよ」

『こうすけ……』


 涙ぐむ声音。小さく、『よかったぁ、よかったよぉ』と呟く声が聞こえる。


 罪悪感が募ると同時に、それほどまでに心配してくれたエミリーに心が温まる。あの地獄の如き異界は、本当に心胆を寒からしめた。エミリーの声は、まるで暖炉のように、浩介の凍えた心を溶かしてくれた。


「今、そっちはどうしてる? 問題ないか?」

『うん、大丈夫。今はヴァネッサの勧めもあって、保安局で保護してもらっているの。ねぇ、こうすけ、一体何があったの?』


 流石、と、浩介は安堵の息を吐いた。ベルセルク事件は終息し、グラント家を狙う者はほぼいないと考えていい状況になってはいるが、念には念を入れた点、ヴァネッサらしい慎重で堅実な判断である。


 浩介が、何があったのか要点だけでも話そうと口を開きかけると、その前に別の声が割り込んだ。


『アビスゲート。マグダネスよ』

「浩介です、局長さん」


 何度言っても直してくれない呼び方。なんだか挨拶代りのやり取りになりつつある。


『先のミスターナグモのことも含めて、事情をせつ――』

『コウスケさん! あなたのヴァネッサですよ! 本当にご無事なんですか?』

『……パラディ捜査官。今は私が話して――』

『グラント家の皆さんは私が、そう、このわ・た・し・がっ、安全に保護しています! 褒めて下さい! ご褒美を下さい!』

『パラディ。いい加減に――』

『具体的には、〝よく頑張ったね、マイハニー。愛してるよ〟と囁いて――』


 直後、スマホの向こう側から、ウィンウィンと機械の唸る音が響いてきた。同時に『アーッ、私のジャケットに何するダーッ! キングス○ンに憧れてオーダーメイドしたというのにぃ!?』と悲鳴も聞こえてきた。


 どうやら、局長の裁断機が活躍しているらしい。


『アビスゲート。スピーカーにするわ。報告をお願い』

「アイ、マム!」


 獣の唸り声のような、感情を押し殺したマグダネス局長様の〝お願い〟に、浩介はタクシーの屋根の上で正座して報告を開始した。


 さらっと概要だけ報告し、分身体が消えた原因を話した浩介。スマホの向こう側から、盛大な溜息が漏れ聞こえた。


『なんとまぁ。とんでもない秘密を抱えていたものね』

「全く以て同感」

『それで、アビスゲート。貴方の所感はどうなのかしら? 彼等もまた、貴方達と同じだと?』

「と、思ったんだけどな……多分、違う。類似していたけど……俺が使った固有名詞に反応がなかった」

『誤魔化していたわけじゃないのね?』

「あの反応は素だと思うよ。そんな駆け引きができるような状況でもなかったしな。多分、力を手にしたルートが、俺達とは違うんじゃないかな。とはいえ、あまりに似てるから、全く無関係ってことはないと思う」


 スマホの向こうから、いくつか話し合うような声が聞こえてくる。帰還者という脅威の力を持った者が、実は他にもいたのではという情報は、流石のマグダネス局長でも今後の方針を即断できないものらしい。


『ねぇ、こうすけ。それで、どうするの? こっちに帰って来られる?』


 保安局側が何やら話し合っている間に、エミリーが不安そうに尋ねて来た。その声には、浩介の勘違いでなければ懇願が含まれているように思う。「帰って来て」「もう無茶はしないで」という願いが。


「分身体を送るよ」

『こうすけ自身は?』

「俺は……いろいろ対処しなきゃな。流石に今回の事態はいろいろ放置できないし。今は、怪しい奴を追跡中」

『……そっか』


 しょんぼりしつつも、「帰って来て」とは口にしないエミリー。浩介の担う役目や、その意志を妨げたくないのだろう。


 なんだか、浩介的に、もの凄く心にクルものがあるのだが……


 無性に身悶えたい気持ちをどうにか抑え込み、浩介は今後の話に進んだ。


「エミリー。これからのことだけど、事態が落ち着くまで日本に行ってくれないかな?」

『日本に?』

「ああ。大丈夫だと思うけど、ヴァネッサと同じ、念には念をってやつだ。バチカンや、そのバチカンを襲った連中と俺が関わることで、グラント家に手が及ばないとも限らないだろ? 俺の家族の方とグラント家の二箇所に分身体を送ってもいいんだけど、一緒にいてくれた方が安心だからさ」


 エミリーが、傍にいるらしい両親と祖母、それからヴァネッサに相談している声が伝わる。


 しばらくして、エミリーは少し嬉しそうに返事を寄越した。


『うん、こうすけの言う通りにするわ。また、お義母さん達にも会いたかったし。それと、局長さんが――』

『アビスゲート。私達も同行するわ。アレンと私、パラディと、後何人かの捜査官とね。こっちで人手が必要な場合は、ペイズに連絡なさい』


 この機会に、南雲家へ挨拶に行く気らしい。


「バーナードか。了解。でも、あれだぞ? 俺の家に行くのは構わないけど、南雲の家に行っても本人いないぞ?」

『今は、ちょうどこちらのタイミングがいいのよ。最悪、奥方の誰かとだけでも会談できれば満足よ。ミスターナグモは愛妻家なのでしょう? 奥方に好印象を抱いて貰えたなら十分な収穫よ。贅沢を言っていたら、いつまで経っても進展ゼロだわ』

「まぁ、確かに」


 流石はマグダネス局長。チャンスは逃さないらしい。


 その後、少し話をしてから、南雲家に今回の事件の報告がてら連絡を取る旨を伝えて、浩介は電話を切った。


 マグダネス局長達も、いろいろ準備してから出発となるだろうから、それなら分身体もローマからロンドンへ向かわせた方が早く合流できるか、それとも日本の空港で合流するか。


 そんなことを考えつつ、一応、ハジメに連絡を取ってみるが、相変わらずの音信不通。仕方ないので南雲家の自宅に電話する。


 時間的に、日本は夜の八時くらいだろうから、誰か家にいるはずだが……


 何回かのコール音の後、スマホの向こうから幼い女の子の声が響いてきた。


『はい! 南雲です! どちらさまですか!』


 元気いっぱい。丁寧な言葉遣いは教育の賜物か。浩介は、思わずほっこりしながら口を開いた。


「よ、ミュウちゃん。浩介だけど」

『……………………どちら様ですか? どうしてミュウの名前を知ってるの?』

「はい!? ちょっ、冗談きついって! 俺だよ俺! 分かるでしょ!?」


 警戒心バリバリの声音になって再度尋ねて来たミュウに、忘れられたのかとマジで凹みながら訴える浩介。


 が、動揺しすぎてセリフをミスった。


『ママぁーーっ!! 来たの! ついに(うち)にも来たの! オレオレ詐欺なのーーっ!!』

「待って! ミュウちゃん待って! マジでシャレになんねぇから! 浩介だよ!? パパの友達の遠藤浩介だよ!?」


 南雲家の自宅電話は、アーティファクトだ。つまり、通話相手を探知し、不埒者なら相手の通話機を利用した遠隔攻撃をする機能もある。


 いつ自分のスマホが凶器になるかと戦々恐々としつつ、浩介は必死に弁解する。


 すると、それが通じたようで、


『みゅ? えんどう、こうすけ……パパの友達……ああっ、アビ――じゃなくて、エンドウなの! 久しぶり、エンドウ! 元気なの?』

「え? なにそのノリ!? っていうか、今、アビスゲートって言おうと……いや、それは取り敢えず置いておくとして、エンドウって呼び捨て!? そんな呼び方してたっけ!?」

『エンドウ、テンション高過ぎなの。何か良いことでもあったの?』

「ねぇよ! むしろ地獄に行ってきたわ! ってそうじゃないよ! 前は〝こうすけお兄さん〟とか、そんな感じで呼んでくれてなかった?」

『ミュウは過去を振り返らない女なの』

「なんの話だよ! 仮に過去を振り返らないでOKとして、なんで呼び捨てに? 俺、ミュウちゃんになんかした?」

『ううん。エンドウは何もしてないの。ただ、仮想空間での訓練で、レベル1のアビィから順にフルボッコにしてたら、もうエンドウでいいかなって思ったの』

「あのゲームかぁっ!?」


 ミュウのために用意された仮想空間へのフルダイブ型アーティファクト。以前、ユエと香織が誤作動させて迷い込んだやつだ。


 あれを正しく訓練用として使っているミュウは、浩介を含めたお姉ちゃんズと、レベル1モードから段階的に模擬戦をしているのである。


 そして、ゲーム世界では、浩介は大体アビスゲートだ。


 その言動に、段々イラッとしてきたミュウは、現実でも浩介のヒエラルキーを下げ、そういう結論に至ったらしい。


『あ、エンドウ。雫お姉ちゃんが電話代わるの』

「あ、うん。分かった。でも、エンドウじゃなくて、こうすけお兄さんって――」

『遠藤君? どうしたの?』

「……なんでもないっす」


 こうすけお兄さんはいろいろ諦めた。


「今日は八重樫もそっちにいるんだな」

『ええ。香織も来てるわ。今、ユエとプロレス技を掛け合ってるわね』

「そ、そうか……他の人達は? そっちで何も起きてないか?」

『……大丈夫よ。お義母さんとお義父さんはまだ帰宅してないけど。何があったの?』


 流石、察しのいい雫である。浩介の質問から不穏な気配を感じ取ったらしい。


 浩介は、先日、グラント家に旅行中のハジメとシアが来たこと、そしてバチカンであったことを報告した。


『にわかには信じ難いわね……バチカンに魔法を使う者とアーティファクト……それに地獄のような異界……』

「ああ、俺も未だに信じられない気持ちだよ。とはいえ、事実だ。今、連中の仲間なんだけど襲撃犯の方とも関係ありそうな奴を追跡してる。何か分かり次第また連絡するけど……そっちからも南雲には連絡つかないかな?」

『ちょっと待ってね』


 どうやら、ユエ達にも確認を取ってくれているらしい。


 しばらくすると、


『こっちも連絡は付かないわね。ただ、ユエが、二人とも無事なのは確かって言ってるから大丈夫だと思うけど』

「連絡つかないのに、無事って分かるのか? アーティファクト?」

『……〝愛〟だそうよ』

「そ、そうか……」


 ユエ様。愛でハジメとシアの安否確認ができるらしい。原理は不明だ。


「とにかく、俺はもう少しこっちでいろいろ探るよ。大丈夫だと思うけど、バチカンが俺達の情報を欲していたのは事実だし、そのバチカンが襲われたんだ。そっちも周辺には注意しておいてくれ。皆にも連絡してもらえっかな?」

『ええ、任せてちょうだい。警戒を呼びかけておくわ』


 帰還者グループには、緊急時の専用念話回線なるものがある。緊急時に、「脳内に直接!?」という感じで情報が伝わるアーティファクトが全員に支給されているのである。


『それで、どうする? 私達もバチカンに行った方がいいかしら? 助けが必要なら向かうけれど』


 雫の増援の提案に、浩介は少し考える素振りを見せた。


「いや、まだいいよ。一応、〝鏡門〟とやらを閉じることができたし、まだ調べることもある。むしろ、今はまだ日本を離れないで欲しいかな。そっちには守るべきものが多いし、実はエミリー達もそっちに避難させるつもりなんだ。南雲がいなくても、八重樫達がいれば安心だしさ」

『そう? それならいいけれど……』

「必要な時は連絡する。ユエさんがいれば、一瞬で来てくれるだろうし」

『確かにね。分かったわ。でも、遠藤君もあまり無茶しないように。ラナさんも、エミリーちゃんも、泣かせたら私が承知しないわよ?』

「お、おう……了解」


 浩介は、これで大丈夫と胸を撫で下ろしつつ、グラント家に英国保安局の局長と捜査官が同行する旨、できればユエ達と顔を合わせて挨拶をしたいらしいことも伝えた。


 そうして、電話を切って一拍の後、


「……ん。エンドウ、久しぶり。髪切った?」

「どうわぁっ!?」


 ユエ様、走行中のタクシーの上に降☆臨!!


 もちろん、浩介は転がり落ちた! 後続車が迫っている! 空中連続跳躍! 


「……ん、お帰り」

「どうもただいまっす! でもユエさん、いきなり転移はマジ勘弁!」


 心臓ドキドキ状態を何とか落ち着かせる浩介だったが、当の原因は無表情に首を傾げるだけ。


「っていうか、周りから丸見えなんじゃ」

「……私を誰だと思ってる。結界張ってるから大丈夫。それより、エミリンは?」


 エミリンとは、エミリーのことである。初邂逅のあれこれと、シアがとても可愛がっているので、ユエもエミリーのことは気に入っているのだ。あだ名を付けるくらいには。


「あ~、今、保安局に保護してもらってるんすけど」


 香織と雫、あとリリアーナ以外は、基本、嫁~ズには敬語か敬語崩れのような丁寧語で話す浩介。どうにも頭が上がらないのだ。腰の低いその姿は、まるで上司の奥様に恐縮しきりな部下のよう。


「もしかして、迎えに来てくれたんすか?」

「……ん。前は泣かしちゃったから、今度は丁寧にお出迎え」


 それと……と続け、


「……英国保安局の局長が会いたがってると聞いた。ハジメがいない今、正妻たる私が舐められないように(・・・・・・・・・)対応する必要がある」


 そんなことを言って不敵に笑うユエ様。浩介は心の中でマグダネス局長に合掌した。


 この場を浩介のスマホから逆探知して特定したらしいユエは、自分のスマホで保安局本部の座標を調べた。そして、僅かに虚空に視線を投げると……


 どうやら転移先の座標を確定できたらしい。


「あ、転移するんなら、俺の分身体もお願いしていいっすか?」

「……ん」


 ぽんっと出てきた分身体。ついでに一緒に転移してもらってエミリーのもとへ。


「……エンドウ。必要なら連絡して。手を貸す」

「ユエさん、ありがと――」

「……香織が」


 強制転移で送り込んでくれるらしい。いきなり転移させられて、ヨーロッパの地に放り出された香織が、涙目で憤慨する姿が目に浮かぶ。


 浩介は「た、頼もしいっす」と冷や汗を掻きながら頷いた。事態が事態なので、本当に頼めば出張ってくれるとは思うが……ちょっぴり不安だ。


「……ん。じゃ」


 降臨した時と同じくらいの唐突さでユエ様は消えた。ゲートすら必要としない瞬間転移。まるで、最初からそこにいなかったかのようだ。ユエ様は、マジユエ様である。自由すぎる在り方は、まさに旦那と同じ。似たもの夫婦だ。


「ま、これでエミリーの方は大丈夫だな。……局長さんの胃は、無事には済まないかもだけど」


 そんなことを呟きつつ、浩介はタクシーが止まるまで体を休めるのだった。











 一時間ほど走った後、タクシーはローマ市街の外れに止まった。途中、何度か意味のない迂回やUターンなどもしていたことから、搭乗者は尾行に注意を払っているようだった。


 まさか、屋根の上にいるとは思いもしなかっただろう。


 タクシーが到着したのは、赤レンガ造りの古い教会の前だった。場所は、バチカン市国周辺より一層中世やトータスの雰囲気を感じさせる静かな住宅街の外れだ。


 降り立った男――三十代半ばの鋭い目つきをしたレダは、黒髪を乱暴に掻き上げつつ、タクシーが完全に走り去ったのを確認してから屋敷に向かって歩き出した。


 通りに面した木製の扉をノックすると、教会の扉が僅かに開き、淀んだ目をした男がレダを見る。そして、お互いに小声で何かを囁き合うと、ギィと軋む音を響かせて扉が開き、レダは教会の中に招き入れられた。


 招き入れた男は、よれたキャソックを纏っていた。この場所が教会であることからすると、彼は神父なのだろう。


 とはいえ、太り気味の体型に、たるんだ顎の肉、淀んだ目に、微かに漂う酒の匂いからすると、とんだ不良神父だ。キャソックがなければ、どう見てもただの飲んだくれ親父である。


 教会の中は寂れていた、とても日曜にミサなどをしている様子はない。酷く寒々しく、あるいは外よりも温かみのない場所のように見えた。


 そんな、もはや使われていないと思しき教会の、最奥――祭壇の周辺には、四人の男がいた。


 一見してオーダーメイドと分かるスーツを着こなしている者や、土木作業着を着ている者、まだ学生にも見える若い者、ちょっと散歩に出ただけのような普段着の老人だ。


 ここに、見た目が不良神父と、怪しいバチカン関係者が加わる。まったくもって、どういう繋がりか見えてこないメンバーだ。


「聞いたぞ。失敗したそうだな?」


 スーツの男が険しい表情でレダに言った。他のメンバーからも、あまりよろしくない感情が込められた視線が向けられる。


 が、ある意味、針のむしろのような視線の一斉射を受けた当のレダは、飄々とした雰囲気で肩を竦めただけで受け流した。


「俺は俺の役目を果たしたさ。オマールの奴も役目を果たして殉教した。連中が予想外に奮戦したか、運が良かったのか……あるいは、〝あの方〟が失敗したか」

「言葉が過ぎるぞ!」


 土木作業着の男がレダの襟元を掴み上げた。レダは、両手を降参ポーズで上げつつ、更に口を開く。


「だが、被害が甚大なのは事実だ。〝鏡門〟も開いた。それで事態が終息した以上は、〝あの方〟に、目的を達成できなかったイレギュラーな事態(・・・・・・・・・)が生じたと考えるのが自然だろう」

「新世界の王となられる方だぞ! そんなこと、あるわけがない! お前が、お前とオマールが手を抜いたんじゃないのか!? 情にほだされて――」


 まるで、何かを恐れるように一層強く掴みかかる作業着の男。レダは溜息を吐くと、作業着の男の手を捻り上げ、痛みに呻きながら後退った彼を蹴り飛ばした。


 教会の長椅子に背中から倒れ込む作業着の男。その目には、およそ正気とは思えない暗い炎がチラついている。


「落ち着け。確かに完璧とはいかなかったが、〝鏡門を開く〟という最優先事項は達成したんだ。〝嘆きの風〟は現世へ流れ出た。〝あの方〟の力が増している今、計画に大した支障はない」


 その言葉で、一応、溜飲を下げたらしい土木作業着の男。他の者達も、一つ息を吐くと気を取り直したようだ。


 と、その時、不意に全員が沈黙した。まるで電源を抜いた機械のように動きを止め、茫洋とした眼差しを虚空へ向ける。


 そして、全員が一斉にグリンッと頭を捻り、教会の天井へと視線を向けた。


「ッ!?」


 そこには、ギョッとする浩介がいた。顔には、「何故ばれたし!?」と驚愕が張り付いている。


 同時に、浩介は気が付いた。まだ昼間にもかかわらず薄暗い教会の中で、彼等の瞳がうっすら赤く輝いていることに。


 カチャリと、音が響いた。全員が拳銃を取り出したのだ。威嚇目的でないことは、刹那のうちに突きつけられた。誰も彼も、一切の躊躇いなく引き金を引いたのである。


「ぬわっ!? 殺意高過ぎだろ!?」


 連続する発砲音。浩介は天井から身を躍らせ回避した。


 直ぐ横の壁が次々に破片を撒き散らしていく。彼等に、〝神の家〟を神聖視する心は皆無らしい。


 とはいえ、この程度は大した問題ではない。世界最強のガンナーとも言うべき魔王様の超精密かつ神速の銃撃を相手に戦ったこともあるのだ。


 たかが拳銃六丁。電磁加速もされていない通常弾を、適当に狙いをつけてバカスカ撃ったところで浩介には掠りもしない。


 天井の梁や壁を、更には支柱や電灯をも利用して、ひょいひょいと室内を飛び回っていく。


 そうすれば、自然と訪れる弾切れの瞬間。


(リロードの間、他のメンバーがカバーするわけでもない。……訓練されてるわけじゃないのか)


 そんなことを思いながらも、マガジン交換しようとする彼等のド真ん中に着地。


「この――がはっ」

「ぐぁっ」


 取り押さえようと作業着の男と青年が身構えるが、その前に掌底打ちと肘打ちをそれぞれの鳩尾に叩き込んで黙らせる。


 更に、リロードを終えた直後の神父と老人の顎を空中回し蹴りで一緒くたに蹴り飛ばし、逆足でスーツの男の股間をぶっ叩く。


 神父と老人は脳震盪で意識を飛ばし、スーツの男は悶絶し白目を剥いて倒れた。


 一番離れた場所にいたレダのもとへ、ぬるりと接近する。一瞬で懐に入った浩介は、そのまま肘打ちを鳩尾に叩き込もうとするが、


「――ッ」

「お?」


 レダは自ら後ろに飛ぶことで威力を軽減。相応のダメージは入ったようだが、息を詰まらせる程度に抑えたようだ。


 そして、すかさずリロードを終えた拳銃を浩介へと向け引き金を引く。


 パンッと乾いた音がなるが、穿ったのは標的ではなく天井だ。浩介が再び接近し、腕ごと銃口を天井に向けさせたからである。


「チッ」


 舌打ち一つ。レダは反対の腕を突き出してきた。掌底の形だが、突き出すと同時にシャンと澄んだ音を立てて、手首側から刃物が飛び出してくる。


 浩介は、掴み上げている腕の方へ、その内側を潜るようにして斜め前に踏み込んだ。アサシンブレードの回避と同時に、レダの銃を持った腕を内側に捻るためだ。更に、体重移動も促してやる。


「ぐぁ!?」


 動かない方向へ腕を捻られ、体が本能的に危機を回避するために動く。それすなわち、意図しない前方宙返りだ。腕を取られているため受け身も取れず、レダは背中から堅い石の床に叩き付けられた。


 しかし、レダは動きを止めない。飛び出た状態のアサシンブレードの切っ先を浩介へ向けると、更に手首をグイッと動かした。


 その瞬間、バチンッとバネの弾けるような音と共にアサシンブレードが分離して放たれる。


「ちょい、大人しくしてくれ」


 飛来したブレードをなんなく避けると、浩介はレダの腕を引き上げながら、肩に足を置いた。そして、一気に捻った。


 ゴキンッという生々しい音が響く。レダが声にならない悲鳴を上げた。


 俯せに転がし、後ろ手にワイヤーで拘束。


「さて、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、取り敢えず、どうやって俺に気が付いた? それも全員」

「……」


 レダは痛みに顔をしかめつつも、浩介へ軽薄な眼差しを送る。思い通りになどなってやるかという気持ちが、これでもかと表れている。


(まぁ、聞かれたところで素直に答えたりしないわな。ただでさえこいつ、仲間を裏切った奴みたいだし、一筋縄ではいかないよな)


 嘆息しつつ、懐をごそごそ。ぽろんっと出てきたのは、五円玉に糸が取り付けられたような形状のアーティファクト。


「あんたさ、なんかいろいろ忙しいみたいだけど……ここらでリタイアして、素敵な村人になってみない?」

「は?」


 だんまりを決め込むつもりが、あまりに意味不明な言葉過ぎて、思わず素で返すレダさん。


――洗脳用アーティファクト 〝村人の誇りに賭けて〟


 動けないレダの目の前に垂らされる水晶製の五円玉。ぷら~ん、ぷら~ん。


「あんたはだんだんおかしくなぁ~る。わりとすぴ~でぃ~におかしくなぁ~る」

「お前、一体何をしてぇ~~」


 割とスピーディーに洗脳が始まった。直ぐに呂律が怪しくなり、目がぐるぐるとし始めたレダさん。秘密組織の人間で戦闘慣れしていても、やはり村人の魅力には抗えなかったらしい。


 が、本来ならそのまま「私は○○村の~だよ」という定番の言葉を発するはずが、ここで異変が生じた。


 先程は、光の加減で見間違えただけかと思った彼の瞳が――再び、赤く輝いたのだ。


「お、おい。なんだその目――」

「嫌だ! もう嫌だっ! 助けてくれっ!!」


 突然、苦悶の声を上げて「助けてくれ」と繰り返し始めるレダ。


 まさか、〝村人の誇りに賭けて〟が誤作動でも起こしたのかと焦る浩介の目の前で、レダは更に声を張り上げる。


「一体どれだけ救ったと思ってる! まだ足りないのか! 何故応えてくれない!? あとどれだけ救えば、俺に(・・)救いはあるんだ!? もう耐えられないんだよっ。人間の、汚さには耐えられない!!」


 血を吐くような叫び。涙を流し、しかし、その瞳には悲しみではなく憎悪と絶望。そして、明確な怒りがあった。


「おいっ、しっかりしろ! 俺を見るんだ!」

「嫌だ、もう嫌だ。この世は地獄だ。人間が地獄にしているんだっ。何故、お前等を守らないといけない!? そうだっ、守る必要なんてない。どれだけ自分を犠牲にしても、何度救っても、気が付けば誘惑に負けて堕ちていく劣等種族なんて、滅べばいいっ」


 レダを仰向けにし、浩介はレダの瞳を覗き込む。


 錯乱し、支離滅裂な言葉を垂れ流し続けるレダ。


 その赤い輝きを見せる瞳の奥に、浩介は何かの影を見た。気が付けば、浩介の耳にも届く何者かの囁き声。おぞましい、人の言語とは明らかに異なる言葉。心を蝕み、白地に黒インクが染み込むように侵食する声音。


 レダは、正体不明の〝何か〟に影響を受けている!


「くそっ。一体何がどうなってる!」


 悪態を吐きながら、浩介は〝村人の誇りに賭けて〟をかざした。


 このアーティファクトの根本は魂魄魔法だ。尋問のための洗脳、あるいは後顧の憂いを経つための思想変換などが使用目的だが、応用すれば精神の回復にも使うことはできる。


 だが、それが効果を発揮する前に、レダは、


「あぁ、そうです。その通りです。神は応えない。救ってはくれない。なら、〝あの方〟しかいない。あぁ、お願いです。私を救って下さい。私の神。私の王!」


 望陀の涙を流し、壊れたような表情で……


「? っ、馬鹿野郎!」


 レダは、口から泡を吹いて白目を剥いた。体が激しく痙攣する。


 おそらく、口の中にあらかじめ毒薬のカプセルか何かを仕込んでいたのだろう。浩介は直ぐさま回復薬を取り出して飲ませようとするが、痙攣が激しく手こずる。


 そして、タイムリミットはあっさり来た。ビクンッと、一際大きく痙攣し……レダは動かなくなった。


 同時に気が付く。微かな呻き声に。


「なっ、お前等もか!?」


 そう、先に昏倒させたはずの者達まで、一斉に何かを服用したのだ。よほど強い毒だったのだろう。僅か数秒で全員が息絶える。


 古い朽ちた教会に、〝神は応えない〟と叫びながら、自ら命を断った者が六人。


「なん、だってんだ……」


 さしもの浩介も呆然としてしまう。


 と、その瞬間、浩介の襟元に手が伸びた。犯人は死んだはずのレダ。彼の手が浩介の襟元を万力のような力で掴み、グイッと引き寄せる。間近にあるレダの目は真っ赤に血走り、狂気以外の何も感じない恐ろしいものになっている。


 咄嗟に振り解こうとした浩介だったが、その前に、レダが口を開いた。先程までの彼の声とは似ても似つかない、名状し難い極めて不快なしわがれた声で。


『均衡ハ崩レタ。間モナク扉ハ開カレル。肉ヲ得タ奈落ノ王。永劫ノ支配ガ始マル』


 人間が、不快に感じる音を凝縮したような、精神を直接搔き毟るが如き嘲笑が響いた。


 大きく目を見開き、口から泡を吹くレダはしばらく嗤い続け、そしてまた、動かなくなった。不穏な気配も、既に消えており何も感じない。


 異常で、異質で、怖気を震うような事態。教会に戻った静寂が、酷く不気味だった。


 しばらく呆然としていた浩介は、やがてポツリと呟いた。


「……南雲みたいな奴だな」


 一度動き出せば容易に均衡を崩し、自由に世界を越える扉を開き、魔物の肉を食って、奈落から這い出て来た化け物様。やろうと思えば、地球の支配なんて容易い。


 確かに、我等が魔王様みたいだった。今、音信不通であるし。


 ぶんぶんっと頭を振って、変な思考を追い出す浩介。たとえ、ちょっと似ていても、実際にハジメが世界征服なんて面倒なことをするわけがない。


 家族を筆頭に大切な人達のみが、彼の動く理由になる。その〝大切〟に手を出せば、待っているのは征服ではなく蹂躙である。


「まぁ、心当たりは……他にあるなぁ」


 地獄のような場所で相対した〝あれ〟を、浩介は想像しつつ、改めて教会内を見渡して盛大に溜息を吐いた。


「取り敢えず、身分証コピって……匿名でバチカンに連絡しとくか」


 死体の処理などしていられないので、面倒事はバチカンに丸投げ。


 その後、浩介は彼等の懐を漁って身分証明になるものをカメラで撮り、彼等の顔写真なども記録した。


 そして、


「さて、こいつらが何者か、接点は何か……う~ん、どうやって調べるか……」


 一瞬、保安局に頼るか……と考えるが、


「あ、そういやあいつ、この手の情報に強かったな」


 一人、適任を思い出した浩介。次の行動を決めた。


 そうして、レダの懐に置き手紙を忍ばせてから、なんとなく彼の見開かれた目をそっと閉じさせる。


「誰かを救う者は、誰に救って貰えばいい……か。レダさん、あんたは何を見て、何を経験して、心が折れちまったんだ?」


 レダの叫び。それはきっと、心が折れ、疲れ切った者の叫び。他の者達もそうだったのだろうか?


 あのおぞましい囁き声は、そんな疲れ切って救いを求める彼等を(そそのか)し、死へ(いざな)ったのか。


 だとすれば……


 浩介は、僅かに目を細めた。


 どうしようもなく理不尽な現実を知っている。心折れるということが、どういうことか知っている。目の前にもたらされた希望の大きさを知っている。一度折れた者が、再び奮い立つ困難さを知っている。


 だから、


「この件、降りたくなくなったな」


 降りられない、だけではない。最後まで付き合いたくなった。


 立ち上がった浩介は、二度と物言わぬ彼等の亡骸を前に黙祷した。


 そして、確かな足取りで教会を後にしたのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


来週の更新ですが、ちょっと忙しくてお休みさせていただくかもしれません。

たぶん、休んでも一週か二週だと思いますが、どうかご勘弁を。


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― 新着の感想 ―
勝手に格下げされるアビスゲート可哀想
ハジメより主人公してるアビスゲート卿。
[一言] 裏切り者だからレダか。
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