お正月特別企画③ トータス旅行記② 姫様に見えるブラックの片鱗
新年あけましておめでとうございます!
今年も一年、よろしくお願いします!
お正月ののんびりタイムにどうぞ~
※30日、31日にも更新しています。未読の方はご注意ください。
地球とトータスを繋ぐ〝世界扉〟
それが設置された王宮隣接の塔の天辺で生じたカオスをどうにか収めたハジメは、ようやく全員を連れて塔を降りた。
魔力で動くリフトに歓声が上がり、その余韻を親同士でテンション高めに話し合っているのを尻目に、王宮へ繋がる扉を開けるハジメ。
と、その直後、
「ハジメさん!」
パタパタパタという弾む足音と、ハジメの名を呼ぶ歓喜溢れた声が響いた。
「リリィ。早速の――おっと」
お出迎えか――と、言おうとしたハジメだったが、その前にリリアーナが胸に飛び込んできたので言葉を止められる。
軽く衝撃を流してぽふっと受け止めたハジメの胸元で、リリアーナは満面の笑みを見せた。もはや、ハジメしか見えないといった様子。ふわふわとハートが湧き上がっていそうな雰囲気だ。
「……ん。今、私達をさらっと無視してハジメに突撃をかましたのが、このハイリヒ王国の王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒさんです」
相変わらずツアーガイドユエで行くつもりらしいユエが、リリアーナのほっぺに人差し指をグリグリと押し込みながら紹介した。
「ふわ!? 皆さん、お揃いで! これは失礼しました」
今更ながらに淑女を取り繕うリリアーナ。頬を染めつつ、ハジメから楚々と離れて可愛らしいカーテシーを決めつつ挨拶をする。
「リリィちゃん! 久しぶりね! 元気だった?」
「いやぁ、相変わらずお姫様だねぇ」
「菫お義母様、愁お義父様。ご無沙汰しております。その節は歓迎して頂いて、本当にありがとうございました」
実は、リリアーナは既に菫と愁とは面識がある。
流石に、嫁~ズの一人だというのに、いつか菫達をトータスに招待するまで顔合わせもなしというのはリリアーナが可哀想だったので、短期間ではあるが逆にリリアーナを呼び寄せたのだ。
その時は、異世界の本物のお姫様の登場とあって、しかもそれが息子の嫁とあって、菫と愁のテンションはダダ上がり。ありとあらゆる手段を用いて大歓迎会を開いたのだ。
ハジメの両親に挨拶ということで政務以上に緊張していたリリアーナだったが、二人の望外の歓迎振りに思わず涙ぐんだほどである。
リリアーナのドレス姿、何もしていなくても感じさせる気品、そして頭の上にちょこんと載ったティアラ等々、見るからにお姫様と分かる彼女に、初めて異世界のお姫様を見た智一達親~ズが感動の眼差しを向ける。
否、智一だけ、感動しつつも「こんの野郎。まだ手をつけた子がいたのかっ」と言いたげな眼差しをチラチラとハジメに向けている。
ハジメが苦笑いしながら言う。
「……智一さん。リリィのことはお話ししたと思いますが」
「すまないね、ハジメくん。マイエンジェル以外に女がいると聞いた時点で、私の心は殺意一色だったんだよ」
なので、ほとんど話を聞いていませんでした。というか、直ぐに襲いかかったし。直後、マイエンジェルからバックドロップ食らって意識が飛んだし。
と、ぶちぶち小言を漏らしながら、自分の心を鎮めにかかる智一さん。
そんな旦那を放置して、薫子がリリアーナへと歩み寄る。
「貴女がリリィちゃん、いえ、リリアーナ様ですね。娘からよく話を聞かされました。大変な状況の中、とても心を砕いてくださったと。お礼を言わせてください」
そう言って頭を下げる薫子。慌てて智一が並んで頭を下げ、そして八重樫家の面々や昭子も揃って「家の子のために、ありがとう」と頭を下げる。
リリアーナは慌てたように口を開いた。
「そんな、頭を上げてください。こちらの世界の事情に巻き込んだ以上、できる限りのことをするのは当然のことです。それに、私のしたことなど、香織達がしてくれたことに比べれば些細なことです」
そっと薫子の肩に手を置いて顔を上げさせ、他の者達にも顔を上げるよう促す。リリアーナは温かい眼差しと共ににっこり微笑んだ。
「皆様のご息女は、この国を……いいえ、この世界を救った英雄なのです。お礼を言うのは私の方です。素晴らしい方々を育ててくださり、心から感謝致します。この世界の人々を代表してお礼を申し上げます」
加えて、香織達と友人になれたこと、共に戦えたことは、私の生涯の誇りです。と、リリアーナは深く頭を下げて親達に感謝を示した。
薫子も智一も、鷲三も虎一も霧乃も、そして昭子も、言葉もなくリリアーナを見つめる。既に同じ様な言葉を贈られていた菫や愁ですら、言葉に詰まったような表情でリリアーナを見つめていた。
誰も彼も、心の裡には表現できない感情のうねりがあった。感動、あるいは歓喜に近い、しかし、もっと大きな言いようのない感情のうねりが。
自分達の子と、出会えたことが誇りなのだという。そんな人間に育ててくれたことを、感謝しているのだという。
親として、これ以上の贈り物があるだろうか。
チラリと見れば、香織も雫も愛子も、照れくさそうにちょっぴり頬を染めて明後日の方向へ視線を逸らしている。
智一達は自分の子の様子に小さく笑うと、素敵な言葉の贈り物をしてくれた異世界のお姫様に、先程以上に深々と頭を下げて、
「こちらこそ、ありがとう」
と、そう言うのだった。
なるほど。これが本物のお姫様か、と親~ズが納得する中、リリアーナは少し雰囲気を変えるように明るい声音で口を開いた。
「それで、皆さんがいらっしゃったということは……」
「ああ、リリィの察している通り観光だ。父さん達が駄々を捏ねてな」
肩を竦めてそう返したハジメに、リリアーナはくすりと笑った。そして、「そういうことなら」と胸を張ってやる気を滾らせる。
「では、精一杯おもてなしさせていただかなくてはいけませんね。ハジメさん、予定はどのように?」
「特に決めてない。一応、普通に旅したんじゃあ時間がいくらあっても足りないから、拠点を決めてゲートで各地を案内しようと思ってはいるけどな」
「そういうことでしたら是非、この王宮にご滞在くださいな」
「ああ、そうさせてもらおうと思っていたんだが……」
「はい、お任せください!」
どうやら、リリアーナ自身がおもてなしをしてくれるようで、ハジメは少し心配そうな表情になった。
なにしろ、リリアーナは超多忙だ。実質的に、この国を取り仕切っているのである。注意しなければ分からないが、目の下にうっすらと隈が見える。化粧で上手く誤魔化しているが、兆候が顔に出る程度には疲れているはずだ。
「大丈夫か? 仕事に追われているんだろ? こっちはこっちで適当にさせてもらうぞ?」
「いえいえ、気にしないでください。どうせ、少し休もうが休むまいが全く終わりませんから!」
「……」
何故、そんな明るい声音で「仕事が終わらない!」と言えるのか。
職業〝王女〟は、相当ブラックな職種らしいと全員の目に悲しみが宿る。
「さぁさぁ皆さん。まずは母と弟を紹介させてください。お母様が、菫お義母様や愁お義父様にお会いしたいと切望しておりまして。お母様だけでなく他の者達にも是非、英雄達のご家族を紹介させてください!」
張り切って先導するリリアーナに、ハジメ達は顔を見合わせると少し苦笑いしつつも大人しく付いていくことにした。
復興中とはいえ、王宮はその国の象徴となる建物であるが故に、そして、新世界における種族の垣根を越えた新生王国の象徴であるが故に、最も早く、かつ力を注いで建造された。
そのため、以前の王宮に比べれば歴史を感じさせるような雰囲気はないものの、そもそも西洋タイプの城の内部など見たことがない日本人からすれば感動を覚える迫力がある。
智一など、職業柄興味津々といった様子で忙しなく視線を巡らせており、妻と娘にくすくすと微笑ましそうに笑われている。
「うぅむ。一体どれだけの隠し通路や仕掛けがあるのか……滾るな」
「お祖父ちゃん……もう少し違うところに着目して欲しいのだけど」
鷲三も忙しなく視線を動かしているが、それはどうやら建物の造りではなく、隠し通路を発見したいという冒険心だったようだ。見れば、虎一と霧乃も「自分こそが一番に見つけるんだもんね!」みたいな感じで集中している。
雫の呆れ顔は総スルーだった。
道中、幾人もの使用人達や文官、武官達とすれ違う。彼等の特徴ある行動に、菫と愁がニヤニヤ顔を息子に向けた。
「ふふ、なんだかむず痒いわねぇ」
「いやぁ、こういう態度を間近で見ると、お前は本当に魔王様なんだなぁ」
「……別に自称してないぞ?」
すれ違う度に、使用人達が廊下の両脇に避けて頭を下げるのは自然なことだ。何せ、ここには王族のリリアーナがいるのだから。
だが、誰もが気が付いていることだったが、彼等の視線はリリアーナではなく、主にハジメへと注がれていた。
ハジメを見た瞬間、一様に緊張で体を強ばらせるのだが、そこには恐怖というより畏敬の念が込められていることが一目瞭然だった。
なにせ、深々と頭を下げる態度に、強いられた様子が皆無なのだ。誰も彼も、心からそうすべきと思ってしていることがよく分かる。全身から恭しい雰囲気が溢れ出ているのだ。
加えて、メイド達を筆頭に、女性などは瞳に宿る熱量が凄い。あからさまな媚びはないものの、並々ならぬ感情が透けて見える。
確かに、自分の子にそんな態度や目を向けられれば、親として誇らしいやらむず痒いやら、少々身悶えてしまうのは仕方のないことだろう。
王宮の人達の態度を全く気にしないハジメであるが、両親や他の親達からの視線や表情はやはり気になるようで、なんとも言えない表情で視線を逸らす。
すると、ちょうど十字路に差しかかったところで、視線を逸らした先の通路から一人の侍女が歩み寄ってくるのが見えた。
他の者達と異なり、立ち止まって頭を下げるでも、廊下の端に寄るでもなく、真っ直ぐに近づいてくる。
「リリアーナ様」
「ヘリーナ!」
ダークブラウンの長い髪を揺らし、滑らかな足取りでやって来た彼女はリリアーナの専属侍女たるヘリーナだ。女性にしては高めの身長をスッと伸ばしており、微笑む表情も気品に満ちていて、流石は王女の傍付きに選ばれるだけはあると納得させる美しい女性である。
そのヘリーナはハジメ達一行に視線を向けるや否や、これまたハッとするほど美しいお辞儀をして言葉を続けた。
「リリアーナ様。ルルアリア様のご支度には今しばらくお時間を頂きたく。皆様にご紹介なされるのでしたら、まずはランデル様のもとへ行かれるのがよろしいかと」
「え? あ、そうですね」
よくよく考えれば、事前連絡のない突撃訪問など、一国の王妃相手にすべきことではない。
ルルアリアは寛容で穏やかな気性の女性ではあるが、流石に、恩人にして英雄一家との面会をなんの支度もなしに敢行されては困るだろう。王妃として、相応しい体裁を整える必要がある。まして、初対面とあれば尚更。
そのことに気が付いて、少々浮かれていたらしいとリリアーナは頬を染めて俯く。
「ヘリーナ、お母様への連絡は……その様子だとしてくれたのですね?」
「はい。開門の鐘が鳴って直ぐに」
リリアーナが脇目も振らず飛び出していくことは分かっていたこと。傍付きでありながらリリアーナと一緒にやってこなかったのは諸々の準備を整えておくためだった。
まったくもって優秀な侍女さんである。
本物で、かつ別格っぽい異世界のメイドさん(ここでは広義の意味)の登場に瞳を爛々と輝かせていた菫と愁もテンションが上がりっぱなしだ。
と、そこで、ふとリリアーナは疑問顔を見せる。
「あら? 連絡してくれたのはありがたいのだけど……ヘリーナ、よく菫お義母様達の来訪が分かりましたね?」
ハジメ達とルルアリアは何度も会っているので、ハジメ達の誰かであれば、ルルアリアもいちいち体裁を整えたりはしない。それくらいには気軽な関係を築けていた。
つまり、ヘリーナがわざわざルルアリアに連絡しに行ったということは、〝開門の鐘〟がなった直後に、家族ごとやって来たことを承知していたということになる。
どうやって? と疑問に思うのは当然のこと。
その答えは、直後、にっこり微笑むヘリーナの言動で示された。
「ハジメ様。ご命令通り、お部屋、昼食等、手配しております。昼食はいつ頃になされますか?」
「取り敢えず、王都を一通り案内してからだ。具体的には決めてない」
「承知しました。では、そのとき、またご連絡ください。それと――」
「ちょっちょっちょお~~~っと待って下さい!」
リリアーナさんのインターセプト。
当然のように、分かり合った感じで会話する二人の間に、まるでカバディでもするかのようなポーズで割り込む。
「命令ってなんです? いつの間に?」
「ハジメ様からは通信用のアーティファクトをいただいておりますので。開門直後、ご命令を賜りました通り動いただけですが?」
「さっき、適当にするぞ? って言ったろ?」
何が疑問なんだろう? と仲良く首を傾げるハジメとヘリーナ。
「通信用のアーティファクト? って、まさかヘリーナが着けてるブローチですか!? 真紅の宝石が付いていて凄く高価なものに見えましたし、もしかしてヘリーナにも春が!? とか思っていたんですけど、まさかのアーティファクト!? それもハジメさんの!? 私、そんなのいただいてませんよ!?」
ヘリーナさん、動揺する姫様ににっこりスマイル。
「ハジメ様。例の件ですが、申し訳ありません。まさかこれほど早く再来されるとは思わず、リスト化がまだ終わっておりません」
「気にするな。こっちも計画外の渡航だからな」
「恐れ入ります。一応、八割方は終わっておりますので、その分のリストをお持ちしました。ご覧になられますか?」
「八割? 早いな……。いいだろう、夜にでも目を通す」
「では、こちらを」
スルーされたリリアーナが呆然とする隣で、何やら書類の受け渡しをする二人。ハジメはさらりと書類に目を通すと口元にうっすら笑みを浮かべる。
「よくまとまっている。この短期間にこのクオリティか……。良い仕事だ」
「恐悦至極」
これまた美しく頭を垂れるリリアーナ姫専属侍女――ヘリーナさん。
「あ、あれぇ? ヘリーナ? ヘリーナは私の侍女よね? そうよね?」
「? もちろんでございます、リリアーナ様」
大変、疑わしい。
その場の誰もがそう思った。嫁~ズから微妙な表情とジト目が送られ、菫と愁からはニヤニヤ顔を、智一からは鋭い眼光を、他の親からは何故か感心したような視線が向けられる。
「ご主人様よ、そんなに美女を従わせたいなら、ほれ、ここに一番良いのがいるじゃろ? 遠慮なく、存分に命令しておくれ! さぁ、さぁ!」
我慢できない欲しがりな駄竜が鼻息荒く迫る。
「……ハジメ、やっぱりメイド好き? メイド服、着る?」
「パパ、メイドさんが好きなの? じゃあ、ミュウもメイド服着るの!」
「あらあら、ハジメさんも男の人ですね。うふふ」
「うぅ、前から王宮のメイドさん達とハジメくんの関係は気にしてたんだけど……まさか、もうここまで進んでいるなんて。不覚だよ!」
「ハジメ、その、変な関係じゃないのよね? そうよね?」
「メ、メイドさん達に手を出すなんてダメですよ! ハジメくん! 分かってますか!?」
詰め寄る嫁~ズ。
ハジメは、何言ってんだといった感じで溜息を吐きつつ、書類を宝物庫に仕舞う。そして、騒ぎにも動じず楚々とした雰囲気で待機するヘリーナへ向けてスッと手を薙いだ。
どうやら〝下がれ〟という合図らしい。ヘリーナは静かに頭を下げると、静かに離れていった。
「わ、私より主従してる……」
リリアーナがめそっとしたのは言うまでもない。
嫁~ズと親~ズのなんとも言えない視線を受けつつ、一行はリリアーナの弟で次期国王たるランデルの部屋へとやって来た。
玉座が空席のままなのは、ランデルが即位するタイミングを復興完了の祭典に合わせるためだ。新生王国に、新たな国王が即位するというのは実に縁起がいいとの考えである。
なので、今のところランデルは即位に向けて、それはもう勉強漬けの毎日を送っている。
今も、自室で教師から講義を受けているところだ。
「ランデル。私です。今、いいですか?」
扉をノックしてリリアーナが尋ねると、部屋の奥から怪訝そうな声音が返って来た。
「姉上? もちろん構いませんが……」
疑問に思ったのは、〝開門の鐘〟が鳴ったのに、そう間を置かずランデルのところへ来たことだろう。鐘が鳴った以上、〝にっくきあんちくしょう〟がいるに違いないのだ。
その〝あんちくしょう〟は、基本的に用事がなければ自分からランデルのもとへ訪れることはない。大抵は、ランデルが噛み付きに行くだけだ。
なので、珍しいこともあるものだと思ったのだろう。声音にそんな気持ちが滲んでいる。
ランデルに代わって、家庭教師役の老教師が扉を開けた。
そして見えたハジメ一行。老教師が目を丸くし、その後ろで椅子に座っていたランデルが「ぴゃ!?」と驚愕の声を上げて体を跳ねさせる。
「ランデル、それにサジェス先生も。勉強中にごめんなさい。ハジメさん達のご家族が遊びに来てくださったので紹介させていただこうと思ったのです」
「なっ、野郎のご両親が!?」
「なんと! それは是非ともご挨拶させていただかなければなりませんな」
サジェス老師は純粋に驚きと喜びを示すが、ランデルは驚愕の他、あからさまに警戒心をあらわにした。動揺が酷いようで、うっかり心の中の呼び方を口にしてしまっている。
ぞろぞろとランデルの勉強部屋に入るハジメ達。
特に何があるわけでもないが、それでも菫達は物珍しげに視線を巡らせる。そして、何故か、警戒しまくりのネコを思わせる様子のランデルに興味深そうな視線を集中させた。
勉強中とあってか、ランデルの格好は実にラフでシンプルだ。堅苦しい様子は一切ないので、本当に生意気でやんちゃそうな少年に見える。見た目がリリアーナに通じる美少年なだけあって、その印象は顕著だった。
例の如く、ユエが前に出る。
「……皆さん、こちらに見えますのがこの国の次期国王で、リリアーナの弟であるランデルくんです。一時期、香織にべた惚れしていましたが、鈍感王の香織がさらりと無視した挙句、無自覚に言葉の刃でぐさぐさ刺したので、彼の初恋は無残に散り果てました」
「ユエ!?」
香織がバッとユエを見て抗議の声を上げる中、いろいろ暴露されてしまったランデルくんはユエの言葉の刃に刺されたようで、胸を押さえて「ぐはっ」と呻きながら四つん這いに崩れ落ちた。
当時を知っている雫達は苦笑い気味だが、母親達は「まぁ!」と若き王子様の初恋話に瞳をキラキラさせている。
「もうっ、ユエったら、変なこと言わないで! ランデル殿下に失礼でしょ! ただリリィと親しかった私や雫ちゃんを慕ってくれていただけなのに。私だって、無視したりとか、そんな酷いことしてないよ! やんちゃな弟みたいで可愛いなって思ってたもの!」
「くふぅっ」
「殿下ぁ! お気を確かに! もう終わったことではありませんかぁ!」
未だに、ランデルの気持ちに気が付いていない香織の、今更な追撃。
その場の全員が思った。いろんな意味で、失礼なのは香織、お前の方だと。
「うぅむ。一国の王子に娘が惚れられていたことを喜ぶべきか……。それとも、害虫はどこにでも湧きやがると憤るべきか……」
「あなた。その前に王子様に謝罪しないと。こちらの世界でお世話になっている間、ずっとあの調子だったとしたら……王子様があんまりだわ」
白崎夫妻。違う観点ではあるが娘のことで頭を悩ませる。
「む、香織のご両親か……。気遣いは無用だ」
ランデル王子。生まれたての子鹿のように震えながらも自力で立ち上がる!
「改めて自己紹介しよう。余は過去など顧みない男! ランデル・S・B・ハイリヒ! このハイリヒ王国の次期国王である!」
「いえ、殿下。過去はきちんと顧みて下さいと、常日頃から言っておりますでしょう」
むんっと胸を張ってドヤ顔で名乗ったランデル王子。サジェス老師の的確なツッコミなどなんのその。
取り敢えずノリで、菫達が「おぉ~」と拍手喝采を送る。
サジェス老師も自己紹介し、合わせて菫達もそれぞれ自己紹介した後、菫が元気よく「はい!」と挙手して質問の許可を求めた。
ランデル王子の警戒心が跳ね上がる。心なし、彼のサラサラ金髪が逆立っているように見える!
「よ、余に質問か? い、いいだろう。余は逃げぬ! かかってこい!」
「くふぅ! ランデル王子かわゆす――ごほんっ。王子様! うちの息子をどう思ってますか?」
漏れ出した前半の心の声は小さくて届かなかったらしい。特に聞き咎めた様子もなく、ランデルは後半の質問になんとも言えない表情となった。
「やろ――ごほんっ。な、南雲、どど殿っ、をっ、どう思っているか、だと……」
そんなに名前で呼びたくないのか……と誰もが思う中、ランデルは微妙に汗を掻きながら必死に言葉を探している様子だった。
そして、その視線をチラリと当のハジメへと向けて――
「みゅ?」
「ミュ、ミュウ! そなたも来ておったのか……」
ハジメと香織達の両親がいきなりやってきた衝撃と動揺で、ハジメの後ろにいたミュウに気が付いていなかったらしい。ハジメの後ろからひょっこり顔を出したミュウに、何故か頬を染める王子様。
「ランデル~、久しぶりなの~」
「そ、そなたはまた、余に向かってそんな口をぉ~。余は次期国王なのだぞ!」
にっこりパタパタと手を振るミュウに、これまた何故かランデル王子は動揺した感じで視線を彷徨わせつつ苦言を呈す。
ミュウはこてんと首を傾げながら問うた。
「ダメ、なの?」
「え!? ダ、ダメではないが……」
「じゃあいいの」
「だ、だがなぁ、気さく過ぎるというか、他の者に示しがつかんというか……そもそも、余の方が年上であろうが!」
ミュウが魔王様の愛娘というのは周知の事実なので、立場を盾にするのは微妙と言えば微妙だ。なので、四つほど年齢が上なのを良いことに、その辺りを理由にもごもご言ってみるが…
「でも、〝精神年齢はランデルよりミュウちゃんの方が上ですね〟って、リリィお姉ちゃんが言ってたの」
「姉上ぇ!?」
リリアーナさんは明後日の方向を向いている。
他の者達は、なんとなくランデルの態度からミュウに対する感情がどのようなものか察したようで、母親達は再び王子様の恋の予感に瞳を輝かせているが、他の者達は「また、なんて難儀な」と同情混じりの表情だ。
さっきから一体何が言いたいのだろう? と小首を傾げながらランデルを見つめるミュウに、ランデルは次第に落ち着きを無くしていく。もじもじ、もじもじ。
我慢できなくなったのか、今度は少女漫画も恋バナも大好物な薫子が、ランデルへの助け船も意図して質問した。
「ねぇねぇミュウちゃん。ミュウちゃんはランデル殿下と仲良しなの?」
「うん! お友達なの!」
「と、友達……余の友達……」
嬉しいような、物足りないような……。もじもじ、もじもじ。
「そっかぁ、お友達なのね。ランデル殿下、優しそうだし、ミュウちゃんと年も近いものね」
流石、香織の母上殿! 貴女は女神か! と言いたげなランデルの眼差し。
同意するように、ミュウがにこにこと微笑みながら頷く姿もグッド。余の時代が来ておるぞ! と言いたげでもある。
まだまだミュウのことを娘からの伝聞でしか知らない薫子は、ミュウがパパ大好きな子であることは知っている。
だが、それがどの程度のものかということまでは知らない。よくある、小さい子が「大きくなったらパパと結婚する~」という程度のものだと思っている。常識的に考えて。
なので、街の小さな女の子と若き王子様の恋を予感して、瞳を煌めかせながら言った。
「そっかぁ。うふふ、もしかして、ミュウちゃんが王妃様になる未来もあるかもしれないわね。ランデル殿下ともっと仲良しになったら、ね?」
ランデルが頬を真っ赤に染めながら「薫子殿! そ、それ以上は――」と言いかける、が……
薫子の言葉の意味を察したらしいミュウが被せ気味に言った。
「そんな未来はねぇの」
「え?」
「え?」
薫子とランデル王子、揃って目を点にする。ハジメ達が「あちゃ~」と言った感じで目元を覆ったりし、菫と愁以外の親達が瞠目する。
それも無理はない。
なにせ、いつも元気いっぱいでにっこにっこと笑っているミュウが、もの凄く真顔だったから。
薫子が動揺しつつも言葉を重ねる。
「で、でもランデル殿下と仲良し――」
香織が「お、お母さん、もうそれくらいに」と制止するが、時既に遅し。言葉の刃は再び放たれた。
「ミュウはパパと結婚するので」
「パパが好きなのよね? でも、ランデル殿下も――」
「あり得ないので」
真顔のミュウ。否応なく伝わる本気の心。
そして響き渡る心の絶叫。
「どっちくしょうがぁあああああああっ」
「殿下ぁ! お気を確かに!」
ランデルくん、四つん這いになって「またか! また貴様かぁっ! ちょっと分かってたけどね!」と言いながら床をバンッバンッバンッと叩く。
なんとも言えない空気が部屋に漂う。
責任を感じたのか、オロオロしている薫子。
ここで一つ。香織に天然が入っていることは周知の事実だ。無自覚に言葉の爆弾を落とすのを得意とする突撃系乙女でもある。
さて、ではこの資質。一体誰から受け継いだのか。
その答えは簡単だろう。
なんとか落ち込んでしまった王子様を助けようと、香織ママは容赦なく踏み込む!
「ミュウちゃん。ランデル殿下、かっこいい男の子だと思わない? もしかしたら――」
必死にランデルをヨイショする薫子だったが、
「かっこいい?」
ミュウは素で返した。めちゃくちゃ不思議そうな顔だ!
ビシリッと、ガラスに亀裂が入ったような音がした。ランデルの胸の辺りから。
ミュウはたじろぐ薫子を尻目に、その視線をハジメへと向け、それからランデルへと向け直し、
「かっこいい?」
再度、首を傾げて言い直した。
ミュウの中で、〝かっこいい人〟は人物ごと定義が確定しているのだろう。それを基準にすると、目の前で崩れ落ちている王子様は……「なんか、なよっとしているし、どこがかっこいいのだろう?」という感じの評価になるらしい。
訪れる痛いほどの静寂。
あわあわしつつ、「香織、どうしよう。お母さん、やっちゃったわ」と言いたげな視線を娘に向ける薫子。確かに、王子様の心を殺っちゃったようだ。
ランデルは下を向いたまま立ち上がった。
そして、皆が見守る中、ステステと扉まで歩いて行くと、ふと立ち止まり、振り返らないまま口を開いた。
「菫殿、先程の質問だが……」
「え? あ、はい」
珍しく、菫の視線が泳いでいる。この少年王子様にかける言葉が見つからない! いたたまれないよ! といった様子だ。
誰もが同じ様子でランデルに注目する中、少年王子は肩越しにキッとハジメを睨み、
「大っ嫌いに決まってんだろうがぁああああああああああああっ!!!」
天まで届け! と言わんばかりに、そう叫んで部屋から走り去っていった。
その後ろを、ハッと我に返ったサジェス老師が「殿下ぁああああっ! まだお勉強の途中ですぞぉおおおおおっ」と追い掛けていく。もの凄く俊敏に。シュタタタタッと。
やはり、微妙な空気が漂う部屋。薫子が責任を感じてか顔色を悪くしている。
が、どうやら、ランデルも成長しているらしい。
しばらくすると、廊下の向こうから微かに「だがっ、まだだ! まだ終わらん! 余は、今度こそ勝ってみせる! 野郎をぶちのめしてなぁあああああああっ」という叫びが聞こえてきた。
戦意は未だ折れていないらしい。
「ある意味、お前の弟って面白い奴だよな」
「はぁ、あの子ったらもう。惚れっぽいというかなんというか……」
ランデルの宣戦布告(?)を聞いて楽しげに笑うハジメ。隣ではリリアーナが弟の難儀な性格やら性質やらを思い、頭が痛そうにこめかみをグリグリしている。
結局、主のいなくなった勉強部屋を後に、ハジメ達は次の場所へ向かうのだった。