本日20時より、東京2020オリンピック開会式が開催されます。私達はこの日の為、今自分達にできる全てを出し切り、粛々と準備を進めてまいりました。さまざまなご意見があることは重々承知しておりますが、主役でありますアスリートの皆さんの晴れの舞台の応援を、何卒よろしくお願いいたします。
Tomoyuki Tanaka
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Tomoyuki Tanaka
@tomoyukitanaka
FPM (Fantastic Plastic Machine)、dododod
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先日の苫小牧市のフェスでのDJで、苫小牧市の岩倉市長(72歳)が私のDJで踊り過ぎて脚を痛められたと聞きました。申し訳ない気持ちではありますが、DJとしては勲章です。
その昔、スカパラにチバ君と中村達也さんと僕が加入して、たった一度だけLiveをやった。僕はチバ君と会ってもずっとぎこちない感じだったなぁ。でもそれが逆に自然体で良かったのかも。いつだったか一度だけ「俺、田中さんのDJ好きすよ」と褒めてくれたことがあった。嬉しかった。チバ君、安らかに。
今夜DJをしてる途中に訃報が届いた。そこからはずっと教授の曲だけをプレイした。最後はみんなブースに集まってきてくれて、一緒に教授を偲ぶことができた。命は有限だが、音楽は永遠だ。
IllustratorのKirazが亡くなった。彼のアートワークを1st Albumで使わせてもらえたからこそFantastic Plastic Machineは世界に認知してもらえたんだと思います。1923年生まれだったから大往生ですね。天国で彼が描いたような華奢で可愛い女の子と楽しくやってください。R.I.P.
#kiraz
ちょうど10年前、スカパラとチバユウスケ君と中村達也さんと私で、スカパラ主催のフェスの為にたった1日1度だけライブをやった幻のバンド Skankey Paradise Gentlemens(長いバンド名は達也さん命名)。もう一度このメンバーでライブやりたかったなぁ…。
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昨夜でようやくひと段落。長かったような、あっと言う間だったような。日常では経験できない凄いことも、楽しいことも、大変なことも、たくさんありました。おかげで音楽家としては少し強くなり、人間としては少し優しくなれたような気がします。引き続き精進していきます。
しかし、こんな政府の掌返しが許されて良いのか!そんなこと言い出したら、フェスやイベントなんて全てが一過性だよ。その瞬間を楽しむものだから。しかしその瞬間こそが永遠なんだよ。その体験の感動が永続的に残るから。
今乗ってるタクシーにタクシーセンターみたいなところから無線が入り「大きな忘れ物がありました、、、、」と告げている。運転手さんが「あぁ、今日3件目だぁ」と呟く。「実はお客さん、大きな忘れ物とはタクシー強盗のことなんですよ」。((((;゚Д゚)))))))。
SymmetryS Forever.
『SymmetryS』
/SymmetryS(2008)
Kentaro Kobayashi [Rahmens] + Tomoyuki Tanaka [Fantastic Plastic Machine] = SymmetryS
#小林賢太郎
1990年のオープン当時そのままの外観、内装、雰囲気を温存し続ける京都のCLUB METRO。恐らく現存する日本最古のナイトクラブだ。ここに帰って来れば、たちどころに30年前の全くの無名なオタクDJだった自分に戻ることができる。つまりここは私にとってのタイムマシーンなのだ。
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エンニオ・モリコーネを聴こうが、バート・バカラックに憧れようが、アントニオ・カルロス・ジョビンを目指そうが、ある年代以上の関西人の音楽的ベースはキダ・タローにより形成されている。
実は昨夜DJプレイ中に訃報を知ったのだが。そこからは教授の曲だけでプレイした。彼の音楽の前では僕はいつも初めて「BEHIND THE MASK」を聴いた中学1年生の時のあの胸の高鳴りが蘇る。悲しいはずの昨夜ですら。
この10日間、ホントに色んなことがあった。短かったような、長かったような。しかし、感情的になっている暇はない。全ての気持ちをグッと飲み込んで、次への準備を進める。今日は嬉しいニュースもあれば、絶望的なニュースもあった。そんな波乱含みの日常は続く。
頑なに持つ事を拒んでいた携帯電話を手にした彼は、酔っ払っては携帯電話に詩をしたため、それを知人に手当たり次第送りつけていた。ある日の夜明けに一編の詩が私の携帯電話にも送られてきた。即座に私は返信した。「今日以降、スカパラの楽曲の作詞は全て谷中がやるべきだ」、と。
知り合いのクラブやバーやレストランが苦渋の決断で次々と営業自粛を表明している。胸が痛む。彼らの英断で我々や我々の大切や人達の命が助かるかもしれない。いつか我々は彼ら英雄に恩返しをすることを肝に銘じておこう。
アマゾン ウェブ サービス(AWS)主催の『AWS Summit Tokyo』のオープニングDJを実に4年ぶりに担当。朝から素面の数千人の皆様の前でDJするのはやはりシュールな体験。
The media could not be played.
やろうと思えば誰もができてしまう選曲という行為だが、万人にアピールし、納得してもらえる次元にまでもっていくのは至難の技である。料理人と同じくらい、素人と玄人の差が歴然とあるジャンルだと私は思っているが、残念ながら一般的にはその認識は希薄だ。だからこそ圧倒的な選曲をしたい。
そう、教授の音楽は常に美しくエレガントで、切なく儚いのだが、どの楽曲にも何処かに必ず"救い" や "赦し“ のようなものを我々にもたらす瞬間がしたためられている。昨夜も、何度も救われ、赦された。
完全予約制の店は数あれど、完全予約制の焼き餃子店は多分ここだけだろう。電話を掛けると最短の空き時間を告げられ、何人前食べるかを聞かれる。ここ数年で少しづつ値上がってはいるが、それでも一人前8個340円也。今回は1人で5人前を注文。
先日、北新地のクラブ(踊らない方の)に友人と行って、我々の席についた若いホステスさん2人が、私が22年前に作詞作曲したハルカリの「おつかれ SUMMER」のTikTokで切り取られている部分を誦じて唄ってくれた。現在TikTok総再生回数8億回。バイラルヒットとはこういうことなのかと初めて実感できた。
この世界的カオスの中、音楽が人の命を救ったり健康を守ったり、そんなロマンチックな考えが通用するかわかりませんが、楽曲がこのタイミングで出来上がってしまったことは何かからの啓示であると思い、リリースを決意しました。FPMではなく田中知之名義です。
心斎橋パルコ1周年パーティ、とてもとても良いパーティだった。この夜も小学生DJ君がずっとかぶり付きで僕の手元を観ていた。背が低くて写っていないが、その横で6歳のダンサー君もずっと踊ってくれていた。未成年参加可能のパーティの現場をもっと増やしたいなぁと思った。
お母さん、今年もお誕生日を迎えられたそうです。お誕生日のタイミングは昨年も今年も入院されていたので、お祝いDJには伺えていませんが。もちろん、来年のお誕生日の私のスケジュールも押さえておきます。
1995年9月30日リリースのピチカート・ファイヴの『ロマンチック96』にFantastic Plastic Machine名義の曲が収録され、私は他人のアルバムの中でメジャーデビューを果たした。そんなアイデアを思いついた小西康陽さんはホントに天才だと改めて。即ち私FPM、昨日でメジャーデビュー25周年でした。
22年前に2人組ラップグループのHALCALIに私が提供した「おつかれSUMMER」が海外のTikTokでバズっているようです。当時、トラックのみならず、歌詞やラップのフロウも僕が担当し、仮ラップも僕がやった記憶が。色んな国の多くのユーザーが音源を使用してくださり、UGCが増えているみたいです。
大阪にて小林賢太郎演出の『うるう』を観劇。芝居をする小林君とチェロを演奏する徳澤青弦君 の2人舞台だ。終演後のお2人と軽く一杯。旧交を温めるどころが、熱々になった。これは小林君が適当に撮影した青弦君と私のツーショット。