私はポリコレが嫌いだった。 アメリカの極端なポリコレには息が詰まりそうだった。 たとえば、ある人に対しては"she"や"he"などの代名詞を使ってはいけない、単数でもtheyを使いなさい、黒人以外がドレッドヘアにしてはいけない、昔のシャネルズのように顔を黒く塗ってはいけないとか、悪意もなくやったことが正しくないと指摘される。
あの独裁者オレンジが当選したのはリベラルの行き過ぎたポリコレにウンザリした人が多かったのも原因の一つだったと思う。 歯に衣を着せぬ発言をするオレンジは、大統領選挙で民主党のポリコレを批判し言論の自由を主張していた。
しかし、チャーリー・カークの暗殺事件で憲法第一条で保障されている『言論の自由』が危うくなった。 カークはガッチガチの福音派のクリスチャンで男性優位主義、白人至上主義だったので、彼の死を喜んだ人も少なくなかったらしく、暗殺事件の直後に独裁者オレンジの側近ヴァンス副大統領は「カークの死を喜んでいるようなSNSの書き込みを誰かがしているのを見たら、その雇用主に報告するように。」と呼び掛けた。 まさにファシスト禍の「仲間を密告せよ」発言だ。 ゾッとしたよ。
カークの暗殺は頭のおかしな一個人がやったことなのに、左翼過激派の暴力は根こそぎ取り締まる、左翼とみられる法人団体への課税、過激な左翼は財産も没収するなどの法案を提示した。
そしてコメディアン、ジミー・キンメルのトーク番組が放送中止の大騒動が起きた。 暗殺事件に関しての彼の一言に独裁者オレンジの圧力がかかったのだ。
「MEGA(トランプの熱狂的支持者)は、カークの暗殺者を自分らの側で無いと証明することに必死になっている」
という発言。 これのどこが悪質なのかわからない。 暗殺者はどこかの組織に入っていたことはわかっていないにもかかわらず、MEGAの一員だと揶揄したことが、日ごろから独裁者オレンジを痛烈に批判するキンメルを潰しにかかる良い口実になったというわけだ。
実際に独裁者オレンジはカークの死など惜しんでいない。 ホワイトハウスの前で記者に「大統領、カークさんが亡くなられて、どのようなお気持ちですか」と聞かれ
「うん、まぁ、大丈夫だよ、それよりあの何台ものトラックが見えるかい? ついにホワイトハウスの舞踏会部屋の建築が始まったんだ。 150年も待っていた計画だよ。 完成したら素晴らしい建物となるだろうね。 楽しみだな。 はい、以上だ。」
キンメルはこのビデオを流した後、
「トランプにとってのカークの死は、ペットの金魚が死んで悲しむ子供よりも浅いようだな、」
とツッコミを入れる。 これも相当オレンジの癇に障ったようだ。
キンメルの番組停止によって、とうとうアメリカはお笑いにまでもファシストの手が伸びたかと、視聴者をはじめ有名人、芸能人からも非難轟々。 アメリカのコメディは政治風刺が主流だからそれを禁止したらネタが無くなる。 毎日憂鬱になるようなニュースを浴びせられ、一日の終わりにコメディアンの政治ネタを見て笑ってほっとして寝るのが私の日課なのに。 共和党の議員でさえ番組停止を非難した。 だって言いたいことを言う傾向は共和党の方が強いからだ。 ヘイトスピーチすら憲法で守られているのだから。
一番皮肉なのは、カークこそ言論の自由をギリギリまで推し進めてきた人物なのに、カーク暗殺によって、憲法第一条で保障されている「言論の自由」が奪われかけていることなんだ。
『黒人のパイロットは多様性というポリシーで雇われているかもしれないので不安になる』、『女の幸せは早く結婚して子供をたくさん産むことだ 大学など行くべきでない。』『中絶はホロコーストよりも罪深い、レイプの被害者であっても中絶はしてはいけない。』
カークのこんなヤバい発言に私は微塵も賛成できないけれど、自らリベラルが多い大学のキャンパスに行って徹底的に議論する姿勢はリスペクトする。 彼は穏やかで決して感情的にならず相手の言い分も聞いて質問し、論理立てて相手を論破しようとする。
そんなカークの死を追悼する大きな式典が共和党とクリスチャンを中心に開かれた。 カークの妻は涙を流しながら、「私はクリスチャンとして、夫を殺した人物を許します」と述べ会場を感動させた。しかし、そのあとの独裁者オレンジの追悼の言葉がこれだ。
「チャーリーは反対派を憎みはしなかった。 そこが俺とは違うところだ。 俺は反対派が大嫌いだ!」
これが追悼式に大統領が言う言葉かよ。 嘘でもいいから綺麗ごとが言えないのかよ。 お前の意見など聞いてないよ。
言論の自由に関するインタビューで、あのクソオレンジは
『97%のメディアが俺を批判している。 これでは言論の自由がないだろ。 トランプ政権を批判するのを違法にするべきだ。』
97%のメディアがオマエを批判できるってのが言論の自由というものだろ。 ボケてんのか、このクソジジイ。
あぁ、スッキリした。 個人ブログではまだまだ『毒を吐く自由』が残ってるわ。
焚書をテーマにしたXTCの一曲
Books are Burning / XTC (1992)
中央広場で本が焼かれている
そこで僕は火が文字を食い尽くすのを見た
しんとした空気の中で本が焼かれている
そして本が焼かれれば、次は人間だってことわかるだろ
活字を読む自由を僕は信じている
そこに何が書かれていようとも
死者から生者への知恵袋
心と脳を養う食料庫への鍵
僕らの町で本が焼かれている
僕らは振り返り、視線を逸らす
公園で本が燃かれている
焼けた本の匂いは髪が焼ける匂いと似ている
活字ははるかに神聖だと僕は信じている
善悪の秤を超越して
魂がそのまま自由に羽ばたくことができる人間の権利だ
恐怖と悲しみだけの暴力を超えている
マッチ棒の教会
愚かにもガソリンで清める
マッチ棒の教会
夢の煙を吸い込んで大きくなる
それは見るに悍ましい
本は日に日に焼かれていく
子供達がこんな遊びに飽きてくれることを願う
本が焼かれている、僕は願うよ
不死鳥がこの炎から蘇ってくれることを