一緒に楽しく生きていくためのドラマを|『あやひろ』上浦侑奈Pに聞く、“楽しく暮らすレズビアンカップル”を描くワケ

2025年6月から放送され、「Filmarks」内の「2025年・夏の国内ドラマ満足度ランキング」で1位に輝くなど、多くのファンに愛されながら大団円を迎えたドラマ『彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる 2nd Stage』(MBS)(以後、文中では『あやひろ2』と表記)。

2024年放送の前作は、互いにノンケだと勘違いをして平行線をたどり続けた2人の恋が成就したことで幕を閉じた。そこからちょうど1年を経て制作された『あやひろ2』は、2人の同棲生活や初体験、レズビアンカップルだからこそ直面する課題などに焦点を当てた。

そんな『あやひろ』は、前作では職場の同僚、本作では弘子の妹・景子へのカミングアウトのシーンが描かれる。もちろん、カミングアウトは個人の自己決定に委ねられるし、大きな決断を伴い、勇気が必要となる行為だろう。だからこそ、カミングアウトについて当事者ではない人たちも一緒に考える必要があるのではないだろうか。

そこで今回あしたメディアでは、10月11日の「国際カミングアウトデー」(※)に合わせて『あやひろ』プロデューサー・上浦侑奈さんにインタビューを実施。『あやひろ2』の話を軸に、“2人が結ばれた後の話”をテーマに据える上で意識したこと、セクシュアルマイノリティのカミングアウト、上浦さんが『あやひろ』に込めた想いなどについて伺った。

※「国際カミングアウトデー」は、カミングアウトを祝い、セクシュアルマイノリティの認識向上や課題の可視化をめざす世界的な記念日です。カミングアウトを強要する日ではありません。

©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS

あやひろの2人がカップルとして暮らした時に何を思い、どう生きていくか

『あやひろ2』ではレズビアンカップルが付き合った後の話をメインに描いていましたが、その理由を教えてください。

2人が付き合ってお互い好意があると自覚した恋人関係になってから、あやひろに何が起きるのか、2人がどう選択していくかを見てみたい、という気持ちがありました。時間軸を「付き合った直後から同棲するまで」に置くこともできたのですが、一番描きたかったのは「2025年にあやひろの2人がカップルとして暮らした時に何を思い、どう生きていくか」でした。レズビアンカップルが付き合った先にどんな毎日を送るか、分かりやすい“ゴール”がない未来をどう見つめていくか、といったことを作品自体の主軸に置いた国内の作品を私は観たことがなかったので、今回『あやひろ』を通じて何か新しい提案やキッカケになるかもしれないと思いました。

幸い『あやひろ2』の放送開始は前作完結後から1年後だったので、その1年間は視聴者の方々と同じように2人も過ごしていた、ということで「付き合ってから1年後の2人」を描きました。

レズビアンカップルの暮らしを描くことで何か伝えられることがあった、もしくは描く必要があったということでしょうか?

日本ではレズビアンカップルの生活を描いた作品が本当に少なくて。自分にも通じる身近な環境を描いたロールモデルがあまり存在しないのが課題だと思っていました。

可視化が全てだとは思わないですが、ただやはりロールモデルが少ないことによって、先々への不安感を抱えるレズビアンの方がいらっしゃったり、逆に社会からセクシュアルマイノリティの方々の生活への特別視もあるような気が少ししていて。昔も今も、ずっと変わらず当たり前にその生活は存在するのに、時代が変わりゆく中で、過剰に「守ってあげるべき存在」とされてしまったり、具体的に想像する機会が少ないことで、社会のなかにズレが生じている気もしていたんです。

たった一つのドラマの、たった一つのロールモデルにすぎない、というのは大前提の上で、それでも今この日本の状況に直面しながら、2人が2人なりの幸せを模索していく姿が、1つのあり方として伝わることで、ほんの少し楽になる人、もしくは考え方を見つめ直すキッカケになる人もいるんじゃないかなと思いました。烏滸がましいですが、できれば沢山の立場の人に、ありのままに悩んで幸せを求める2人の姿が楽しく伝わることで、ほんの少しでも優しい気持ちを共有できたら幸せだなと。

©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS

「自分が苦しんだあの過去の記憶と気持ちをどうすればいいのだろう?」

付き合った後の話を描く上で、特に意識した点はありますか。

『あやひろ』には2つの側面があって、1つは、ラブコメディとして単純に面白い作品であること。彩香と弘子が付き合った後でも、『あやひろ』らしく“2人のすれ違い”に落とし込みたかったです。

もう1つは、ファンタジーではないリアルな話であり続けること。原作者のSal Jiang先生はもちろん、共同プロデューサーの大杉さん、脚本家の下亜友美さん、監督の枝優花さん、石橋夕帆さんと話し合ったり、レズビアンバーのシーンは実際の場所をお借りしていたりと、たくさんの立場の方々から見たあるあるや実体験をお聞きしてみんなで作り上げていきました。

ただただ楽しく暮らしているファンタジックな世界のレズビアンカップルを描いてもそれがエンパワーメントになるとは思わなくて。日本におけるBL、GL作品の増加、LGBTQ+の認知の変化、一方で未だ同性婚が選択出来ない事実、同性カップルの家族事情や同棲環境など、“今の日本社会”の前提をもとに、彼女たちの付き合ったその後を描くことが必要だと思ったんです。

『あやひろ2』を見たその先に、同性婚についてや、同性カップルが置かれる様々な状況について、そしてあやひろの2人が最終回の後にさらに直面する可能性がある様々な問題について、沢山の立場の方がそれぞれを思いやり、柔らかな目線を持って考えるきっかけになれればいいなとも思いました。社会問題として声高に演説するよりも遥かに豊かな想像力と共感力を、様々な立場の大勢の人と共有できることこそがエンタメの力なのだと信じたかったのだと思います。

©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS

リアルという点では、弘子が垣間見せる“社会からの見られ方”を意識した振る舞いが印象的でした。

『あやひろ』自体は原作に基づくお話なので、登場人物たちの人生や考え方の土台は整っていました。彩香は弘子より一回り下の世代で、かつ猛烈な初恋中。ある意味、既存の価値観に囚われずぶち壊していけるような存在です。

一方、弘子は30代後半のレズビアン。過去の経験、それに伴うトラウマから形成された、「結婚・出産こそが幸せ」といったような“当時の古い社会規範”と対峙して生きざるを得なかった人物。急速に社会が変化して“そうではない時代”になる一方で、「過去に立ち向かわなければいけなかった社会規範」に敏感になり、自分の中にまで少しその規範が取り残されてしまっているキャラクターです。

沢山の方にお話を聞くなかで、時代が急激に変化し価値観が変わっていく一方で「時代が変わったけれど、自分が苦しんだあの過去の記憶と気持ちをどうすればいいのだろう?」という本音を抱えている30代後半のレズビアンの方たちが多くいらっしゃる印象を受けることがありました。

弘子は、大切な彩香だけには幸せになってほしいと願っていて、自分を選んでくれたからには誰よりも彩香を幸せにしたい。だからこそ完璧でないといけないと躍起になり、自分を選んだことが「結婚や出産という彩香の別の幸せの可能性を奪った」と思いたくない、という複雑な気持ちを抱えています。実際は、大前提に彩香は弘子とでないといけないのですが、“その時代”の強烈な思いが、弘子の中で完全に消化することができていません。

一方、彩香もそんな弘子の気持ちが深くは理解できず、初恋の焦りもあるのか、自身の思い描くカップル像のようなものを弘子に押し付けてしまっている。『あやひろ2』では、1期の後半で描かれ始めていた本質的な2人の関係性を、付き合った先に直面するであろうこととして、できるだけ深く掘り下げたかったんです。

▼「あしたメディア by BIGLOBE」でレズビアンカップルのHIBARIさん・レインさんにインタビューした記事はこちら

カミングアウトすることが善だと視聴者の方に押し付ける場面にはしたくなかった

個人的に印象に残っているシーンは第6話の弘子から景子へのカミングアウトです。カミングアウトされた景子は少し驚いた後に「同性愛者の人たちって自分を貫いていてカッコいいよね」と返答します。当事者の方からすると景子の反応は好ましいものではないようにと思ったのですが、このようなやり取りを描いた理由を教えてください。

景子のキャラクターや弘子のカミングアウトに対する反応については、Sal Jiang先生、脚本家の下さん、プロデューサー陣や監督陣、そして俳優部も含めて最後までやり取りを重ねました。特別視をしていたLGBTQ+について最も身近な姉から聞かされたとき、何を思い、そして弘子と景子はどう向き合っていくだろうかと。このシーンの間だけで全ての考えが変わるほど簡単な問題ではないと思っていて、ここはあくまでキッカケになるシーンでありたいという思いでした。

一番は、弘子が言っていたように「心配するようなことでもなければ、私は昔から変わっていないし、いま心から幸せ」ということを大好きな妹に知ってほしかったんです。その想いが伝わることで、景子自身もこれまでを見つめ直すキッカケになるのではないかとも思いました。

また、カミングアウトすることが善だと視聴者の方に押し付ける場面にはしたくなかったです。何より、センセーショナルなシーンやドラマチックなシーンとしてカミングアウトを描きたくはありませんでした。

もう少し付け加えるなら、これまで弘子は家族にカミングアウトしない選択をして生きてきたので、それを尊重してカミングアウトさせなくてもいいとも思っていたんですよね。なので、元々カミングアウトを目的としたシーンではありません。ただ弘子自身が「彩香と生きられて幸せ」と改めて認識すること、景子に対して幸せである自分に胸を張れること、そして「自分と違うもの」を線引きして特別視する景子に対して、どちらが特別などではなく誰かにとってはそれが当たり前であると考えるキッカケをあげること、最後に弘子の立場から景子にとっての当たり前の人生や生き方を尊敬できれば、2人とも本当の意味で歩み寄れるのではないかとも思いました。

なのでこのシーンで早急に結論を出すことはせず、この話し合いの後の景子の変化については、物語のラストでボールでやんちゃな遊び方をする娘・つむぎにたいして「女の子なんだから」と投げかけるのを止めるその姿に、この先の希望を託しています。

©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS

上浦さん自身は、カミングアウトについてどのようにお考えでしょうか。

カミングアウトをすることが関係性として一番誠実だ、という考えは全く持っていません。大切な人に自身のセクシュアリティを伝えていなくとも、それは隠し事があったり嘘をついているということにはならないと思いますし。その関係値が不誠実な関係だとも思いません。

なかには、カミングアウトをドラマチックに描く作品もあると思うんです。これまで、カミングアウトを推奨するような描かれ方だと感じたこともありますし、“ちゃんと”カミングアウトする、といった表現を耳にすることもあります。ただ、セクシュアリティはあくまで個人のアイデンティティの1つで、本人に自由に託されたものであるべきだと思っています。

もし、カミングアウトしたいけどできない、しづらい、という方がいるならば、本人の勇気の問題ではなく、そうできない環境に原因があるのだろうとも思います。カミングアウトする前もした後も変わらず、お互いがシームレスなやりとりができる関係値はどうしたら作れるのか、またそんな社会のために私たちに何ができるか、についてはこの先も考え続けたいです。

一緒に楽しく生きていくためのドラマを目指したい

昨今、セクシュアルマイノリティが登場する作品が増えている一方で、SNSなどで炎上騒動に発展することも少なくありません。一方、『あやひろ』は当事者の方々にとても愛されていますよね。上浦さんが作品で心がけていることがあれば教えてください。

『あやひろ』は、「当事者性を持ってエンパワーメントしたい」というところから始まった作品なので、「消費した作品になる」ことは絶対に避けたいという思いはありました。以降、当事者性の議題のためあえて“当事者”という言葉を使いますが、Sal Jiang先生が描かれた『あやひろ』におけるテーマを、できる限り当事者の方々と一緒に、今の日本の地上波ドラマでやることの意味は大きいのではないかと思っていました。

ただ、私自身も含め、たとえ当事者であっても当事者の気持ちをすべて代弁できるとも思っていません。「ハワイアン編」の枝優花監督も『あやひろ2』からの参加で気をつけたこととしておっしゃっていますが、「知った気になることへの怖さ」を持ち続けることが重要かなと考えています。それは、当事者、非当事者に関わらず、すべての立場の人が同じく持ち続けなければいけないものだと今回特に思いました。代弁しているという考えや、消費してしまう無自覚さは、わかっているという驕りからくるとも思っていて。Sal Jiang先生の原作のように圧倒的に明るく描き切るエンタメ性が『あやひろ』には大切だと思うからこそ、他者を知りたいと思い続けること、それでも全ては分かりきれないものだと理解した上で、分かりたいと思い続けること、その姿勢は大事にしたいなと思っています。

©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS

女性同士が出会えるSNSサービス「PIAMY」のイベントで、2年連続『あやひろ』関連のトークイベントが実施されていますよね。この企画も、当事者をエンパワーメントしたいという気持ちが発端なのでしょうか?

キッカケは、『あやひろ』1期のレズビアンバーのクラブイベントシーンの撮影でした。「ビアンバーっぽい」シーンを嘘で作ることを避けたかったので、共同プロデューサーの大杉さんが各所に働きかけてくださって、レズビアンを公言されている様々な方に出ていただいて撮影させていただきました。ビアンバーのクラブイベントをレズビアンの方々だけで再現し、できるだけ実際に近いカルチャーを地上波にのせたい!という野望に賛同してくださったみなさんがご協力してくださって…!実現できて本当に嬉しかったです。

その撮影の際に、PIAMYさんのイベントに誘っていただきました。日中帯に、大勢のセクシャルマイノリティの方が集まる国内イベントはほとんど初めてと伺っており、烏滸がましくも、『あやひろ』をキッカケに輪が繋がって孤独感が減ったり、楽しい気持ちになれることがあるならば、ぜひ参加させていただければと思いました。

カンナさんも同じ思いでいてくださって、Sal Jiang先生とお二人で登壇をしてくださいました。

特に1期の際には、ちょうど放送のタイミングで皆さんに『あやひろ』が目指すものを知っていただける機会になるといいなという思いもありました。これまでの作品で消費された気持ちを抱えている方もいらっしゃると思っていたので、実際そうなれているかはわからないですが「一緒に楽しく生きていくためのドラマを目指したい」という思いだけは、お伝えできるといいなという気持ちでした。

本日、お話を伺って『あやひろ』が多くの人に愛され続けている理由が分かったような気がしました。最後に、上浦さんがこれからどのような作品を作っていきたいと考えているのか、教えてください!

GL作品を筆頭にクィアな題材やジェンダーについてはこの先も見つめていきたいと思っています。また他のどのジャンルの作品にも共通するチャレンジとして、日本は既存の価値観や固定観念のようなある種の枠にとらわれた窮屈さを感じやすい国だと思っていて、可能であればできるだけ、その枠を柔らかく曖昧にできるような作品を目指していきたいなと思います。

©︎「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS

取材・文:吉岡葵
編集:前田昌輝
写真提供:「彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる2nd Stage」製作委員会・MBS、PIAMY

 

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