「滞在期間4年」アメリカの学生ビザ制限が日本人留学生にもたらす影響は?

ハーバード大学の代理を務める、米国弁護士事務所の弁護士が解説します。

2025年、アメリカの学生ビザ制度は大きな転換点を迎えている。政府は外国人留学生に対する規制を強化して、学問の自由や言論の自由が揺らいでいる。特にこの夏に導入された「学生ビザの滞在期間4年制限」は、世界中の留学生に不安を与えており、日本人留学生も例外ではない。 

こうした中、9月初め、米東部マサチューセッツ州ボストンの連邦地裁は、トランプ政権がハーバード大学に対して約22億ドルの研究助成金を停止した措置は違法と判断し、助成金の再開を命じた

これはハーバード大学が自らの立場を貫き、法的に勝ち取った結果である。今回は、そのハーバード大学の代理を務める米国弁護士事務所の弁護士として、これらが何を意味し、何を脅かしているのかを解説する。  

脅かされる言論の自由

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8月、米国国土安全保障省(DHS)は、Fビザ(学生)、Jビザ(交流)、Iビザ(報道関係者)に対して、滞在期間を最大4年間に制限する新たな規則案を発表した。従来の「D/S(Duration of Status)」制度では、学業の進行に応じて柔軟な滞在が認められていたが、今後は4年を超える場合、延長申請が必要となる。

この制度変更は、博士課程や長期研究を必要とする分野に大きな影響を与える。AAU(米国大学協会)は、「学生・大学・政府にとって不必要な負担を生む」として反対を表明している。

こうした影響を受けてか留学生数は減少した。

8月の統計によると、アメリカへの学生ビザ発給数は前年同月比で19%減少し、アジアからの留学生が特に大きく落ち込んでいる

こうした学生数の減少はアメリカ経済にも影響を与えている。NAFSA(国際教育者協会)によれば、2023、24年度の留学生の経済貢献は約440億ドルに達し、約40万件の雇用を支えていた。

また、現在、学生ビザ申請者は過去5年間のSNSアカウントを申告し、公開設定にすることが義務付けられている。これは、国家安全保障を理由に導入されたが、実際には政治的・宗教的な発言が審査対象となり、ビザの却下や取消しにつながる事例が報告されている。

例えば、2024年春のパレスチナ支援デモに参加した留学生が「反米的」と判断され、ビザを取り消された複数の報道がそれである。

米国の強みは「多様性」であり、実際に有権者の約3分の2はさまざまな人種、民族、宗教の人々で構成されている。言論統制や研究の妨害は、アメリカの強みを自らが損なうことにつながりかねない。

日本人留学生も例外ではない

留学生らは滞在期間が4年に制限されたため、博士課程やダブルメジャー(複数の異なる専攻分野を、主専攻として同時に学ぶこと)などの柔軟な学習計画が立てにくくなり、SNSでの発言がビザ審査に影響する可能性があるため、政治的・社会的なテーマへの関与を避ける傾向が強まっている。

さらには、延長申請のための追加手続きや費用、審査の不透明さが精神的なストレスにつながるのか、留学を断念するケースが増えている。

今春には、フルブライト奨学金などの国際教育支援プログラムが一時凍結され、日本人学生への支援も打ち切られる可能性が報道された。

ハーバード大と米国政府の学生ビザ訴訟

ハーバード大学
ハーバード大学
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ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学などは、こうした政策に対して法的措置を講じており、連邦裁判所に提訴する動きも見られる。

5月、DHSは、ハーバードの「学生・交流訪問者プログラム(SEVP)」認定を突如取り消し、外国人留学生の受け入れを即時停止するよう通告した。この措置が実行されれば、約6800人の留学生が卒業を目前にして退学・退去を迫られることになる。 

ハーバード大学はこれに対し、憲法修正第1条(言論の自由)と行政手続法(APA)違反を理由に、マサチューセッツ州連邦地裁に提訴。訴状には「政府がペンひとつで学生の未来を消し去ろうとしている」と書かれていた。

訴訟の翌日、連邦判事アリソン・バロウズ氏は、政府の措置を一時的に差し止める仮処分命令を下した。判事は「ハーバードは即時かつ回復不能な損害を被る」と判断し、大学の主張を支持した。この決定により、留学生たちはひとまず学業を継続できることとなった。

しかし、この勝利は「一時的な猶予」に過ぎない。政府は、ハーバードが「反ユダヤ主義的な活動を容認し、中国共産党と協調している」との疑いを理由に、さらなる調査と制裁を示唆している。また、連邦政府はハーバードに対し、大学の統治構造や教員採用方針の見直し、国際学生の選定基準の変更を求めている。

ハーバードのアラン・ガーバー学長は、「われわれは多くの重要課題で政府と共通の関心を持っているが、教育内容や大学コミュニティの構成を政府に決定させることはできない」と述べ、学問の自由を守る姿勢を明確にした。

最近、ハーバード大学と政府が和解に近づいている可能性があると報じられている

とはいえ、政府は自らの政策を支持する大学に報酬を与えようとする措置も講じており、留学生の受け入れ数の上限設定や、入学および雇用において人種や性別を考慮しないことなど、複数の条件を満たすことを約束する協定に署名した大学に対して、連邦資金を優先的に配分する方針を示している。政府はこの「高等教育における学術的卓越性のための協定」を、ダートマス大学を含む9つの大学に送付した。 

英知の流出

ネイチャー誌が3月に1600人を超える科学者を対象に行った調査によると、キャンパスや研究の混乱を受けて、科学者の75.3%がアメリカからの出国を検討している。若手科学者については79.4%に上る。

また、科学者や教育者による抗議集会「Stand Up for Science」が全米で開催され、数千人が参加した。カナダやイギリス、オーストラリアなどは、留学生の受け入れを積極化しており、アメリカの制度変更が「優秀な人材の流出」につながるとの懸念も強まっている。

いわば、これは「英知」の損失であろう。アメリカの科学者たちが公開書簡で表明したように、政府の行き過ぎた介入は深刻かつ長期的な影響を及ぼすのではないだろうか。医療、科学、技術研究を無差別に削減することは、国民の命を救い、成功を促し、イノベーションにおける世界のリーダーとしての地位を維持することに貢献するだろうか。

加えて、今回の学生ビザによる留学生の滞在期間制限は、言論の自由、教育の機会均等、経済など多方面に影響を及ぼしている。日本人留学生にとっても、制度的・心理的な障壁が高まり、留学先としてのアメリカの魅力が揺らいでいる。

今後、アメリカが再び「自由と機会の国」としての信頼を回復するためには、制度の見直しと国際的な協調が求められるだろう。教育は国境を越えた対話と理解の架け橋であり、それを閉ざすことはアメリカ自身の可能性を狭めることに他ならない。