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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅡ
248/545

ありふれたアフターⅡ ティオ編 あばよぉ、とっつぁん!

 散り散りに霧散した雲海と暗雲。太陽の光がいたるところに差し込み、数多の天使の梯子を作り出している。


 もっとも、それもすぐに消え去ることになるだろう。メテオインパクトの乱れ撃ちが起こした厄災の爪痕はそれだけ深いのだ。めくれ上がった大地は言わずもがな、巻き上げられた粉塵は直に空を覆い尽くしていくだろう。


 それを為した男、否、魔神を、人々は畏敬の念をもって仰ぎ見る。宙にあって真紅の波紋を広げ、かつスパークを放ちながら悠然と佇むその姿は、なるほど、彼等が思わず呟いた〝魔神〟の称号に相応しい威容を放っている。


「おっと、忘れるところだった」


 魔神様の第一声にビクッとなる人々。何を言うのだろうと戦々恐々としていた割に、何だかとても軽い言葉だ。


 が、直後に起きた出来事は、そんな軽い言葉に釣り合わないとびっきりの異常だった。


「真紅の光が……」


 ローゼが目を見張って天を仰ぐ。太陽の光が織りなす天使の梯子の如く、遥か空より降り注いだのはシャワーのような真紅の光。それが竜王国王都のいたるところに降り注ぐ。


 よもや、魔神の気まぐれか!? さっきの言葉は、都市の破壊を忘れるところだったっていう意味か!? と戦慄が人々の間に駆け抜ける。「ひぃっ」と悲鳴を上げて、頭を抱えながらしゃがみ込む者が続出する。


「案ずるでない。機嫌のいいご主人様の、ちょっとしたサービスじゃ」

「え? ティオ様。それはいったいどういう意味……」


 苦笑いを浮かべるティオに、ローゼが首を傾げて疑問を口にする。しかし、その疑問への回答が口にされるより早く報告が上がってきた。


『ローゼ様、こちらクライン。この真紅の光ですが脅威ではないもよう。……照射を受けた負傷者の傷が、瞬く間に癒えていきます』

『ボーヴィッドだ。墜落した連中から生存報告が続々と上がってくる。地上に落ちた連中までいるぞ。ったく、あの人はもうなんでもありだな』

『ローゼ様。じぃでございます。この真紅の光に、我々も救われました。もっとも、我々の場合、いつの間にか張り付いていた金属の蜘蛛を経由して照射を受けたのですが』

『ジャンより、ローゼ様へ。我々もサバス様と同じです。小さな蜘蛛の背中が割れたかと思ったら、そこから出てきたリングの内側からこの光が飛び出してきました。それを受けた途端、傷がなくなったのです。どうやら我々は、あの方の加護を受けていたようですよ』


 どうやら、サバスやジャン、そして近衛達が生き残った理由は、ここにあったらしい。


――再生魔法照射衛星 ベル・アガルタ


 大気圏外に展開されたこの衛星型アーティファクトにより、真紅の光が届く範囲は再生魔法による非常識な復活が約束された場所となる。地下や屋内にいる場合でも、蜘蛛型ゴーレム――アラクネの内蔵ゲートを通して照射すればピンポイントで再生の光を届けることができる。


 ハジメは、こっそりアラクネ達を空母艦アーヴェンストにばら撒いていたのだ。今や、どこに潜んでいるか分からない、錬成・自爆・不能薬注入から再生の光のお届けまで、なんでもござれの小蜘蛛さん達。いあ! いあ! ますたぁ!


「まじんさ……ごほんっ。ハジメ様……結局、私達のことを見守ってくださっていたのですね」

「……そ、そうかもしれんのぅ」


 感じ入ったように瞳をうるうると滲ませるローゼ。クワイベルも「ぴぃ」と感動を含んだ小さな鳴き声を上げる。ティオとローゼの会話が聞こえた者達が後ろの者達へ伝達し、感動の輪が広がっていく。


 何故か、ティオだけは微妙に引き攣った表情をしていたが。


 ローゼが、国民を代表して礼の言葉を述べようと、未だ宙に止まったまま真紅のスパークを迸らせ続けるハジメに口を開きかけた。どうか、こちらを向いて。降りてきて。そして、私達の感謝の言葉を受け取ってほしいと。


 だが、ローゼが呼びかけの言葉を口にする寸前で、


「真核起動……完了。外郭耐久度……クリア。結晶融合率……安定。よしっ、キタコレッ!! あとは取り込みと循環のみ! いくぜぇ!! オルニスに接続! ゲートオープンッ!!」


 なんかよく分からないテンションアゲアゲの言葉に遮られた。今まで割とクールで邪悪な面ばかり見せていたのに、今のハジメは、まるで新しいおもちゃを与えられた子供そのもの。瞳はきらっきらに輝き、口元はだらしなく緩んでいる。


 突然のハイテンションに、ローゼ達が口をぽかんっと開けて絶句している中、ハジメは手の平に収まる程度の大きさの濃紺と淡青白色が入り混じった水晶玉のようなものを天に掲げた。


 同時に、無数の黒い鳥――鴉が、彼の宝物庫Ⅱから飛び出し、あるいはいつの間に放たれていたのか浮島の下方より飛び上って螺旋を描くように周囲を飛び始めた。


 見れば、粉塵が迫る世界の中、星の数と称しても過言ではない黒点が見える。その正体は、全てが同じ漆黒の鳥型アーティファクト――オルニスだ。


 本来、偵察用に使われる鴉を模したオルニスが、おびただしいと表現すべきなほど飛び回っている。


「な、な、な、なにごとなのですかぁ!? ティオ様!?」

「あ~、まぁ、なんじゃ。取り敢えず、ローゼ殿達にとって悪いことではないから安心するといい。むしろ、これ以上ないほど、喜ばしいことじゃろう」

「え、えぇ? どう見ても、世界の終焉パートⅡみたいな光景なのですが……」


 もうもうと世界を覆っていく粉塵の中、凶報を知らせるように飛び回る鴉の群れ。確かに、世界の終焉に相応しい光景だ。しかも、その鴉達の目が、ハジメの呼びかけに呼応するようにギンッと真紅の光を放ち、更には体全体に真紅のスパークとオーラを纏い始めたのだ。どう見ても邪悪な存在の配下にしか見えない。


 安心できる要素などどこにもなかった。


「連動・集束っ、錬成!!」


 下界のあたふたなど何のその。絶好調な魔神様はテンションアゲアゲのまま錬成師の奥義を発動する。


 途端、ハジメの周囲が渦巻き、キラキラと光る粒子がその手の宝玉へと吸い込まれていく。


 それだけではない。


「あ、雲海が……っ、粉塵まで!?」


 誰かが叫んだ。その言葉通り、散り散りになりつつも消滅したわけではなかった、負のエネルギーの集束体である雲海や暗雲、そしてメテオにより巻き上げられた粉塵までもが、冗談のようにハジメの手元へ集束していく。


 ハジメの集束錬成は、確かに周囲の鉱物を触れずに集めて錬成する力がある。本来の集束可能範囲は数百メートル程度だが、ここに神代の魔法とアーティファクト、そしてハジメの限界突破があれば話は別だ。


 重力魔法による吸引効果を付されたオルニスは、いわば集束のための中継地点。メテオインパクトを放ったのは、負のエネルギーを癒着させるために仕込んだ金属粒子を世界中にばら撒くため。同時に、汚染された大地を砕いて、少しでも粉塵として巻き上げ回収するため。


「なんて美しいの……」

「ぴぃ……」


 世界が漆黒の天の川で満たされた。


 僅かな煌めきを伴ってハジメのもとへ流れ込む世界中の負のエネルギー。雲海や暗雲は言わずもがな。負のエネルギーに汚染された大地の、巻き上げられた粉塵も大空に流れる川となってハジメのもとへ集う。


 流れるのは生物にとって致命的な負のエネルギーだ。だが、それでも人々は思った。その光景を、美しいと。きっと、この世界に宇宙飛行士がいて星を見下ろしていたなら、星を覆う雲海や粉塵が一点に流れていく光景に、同じく感動を覚えたに違いない。


 同時に気が付く。


 真紅のスパークを放ちながら、余すことなく黒の雲海と粉塵を呑み込んでいく宝玉の意味に。それを掲げるハジメの意図に。


 そう、彼が、世界を浄化しようとしているということに!


 幾人もの人々が膝を突いた。両手を胸の前に組み、涙を流しながら。


 まるで、神を崇めるかのように!


 一人、また一人。世界を浄化する魔神に祈りと感謝を捧げる人々が増えていく!


 比例して、ティオさんの胸の痛みは増していく! なんだか、すごく居た堪れない様子だ!


「っ、限界値か。まぁ、拾えるだけの竜核と天核じゃあ、初期値としてはこんなもんだろう。後はおいおいだな」


 負のエネルギーを雲海や粉塵ごと呑み込んでいた宝玉が輝きを収めていく。世界の空は晴れ渡り、ところどころに雲海や粉塵が散逸している。


 一息吐いたハジメは、そこでようやく下界の人々へ視線を転じた。そして、「ぉお!?」と驚愕の声を上げた。なにせ、ちょっと他のことに夢中になっている間に、何故か自分を見つめながら涙を流し、祈りを捧げている人々が急増していたのだ。魔神様をしてちょっとびっくりした。


 なんとなく事情を察しつつも、一瞬、何かを考えるような素振りを見せたハジメ。次の瞬間には戸惑いも驚愕も消えて、その表情にはにこやかさが宿った。それはもう、鮮やかなほどするっと表情が変わったのだ。


 宙に真紅の波紋を広げながら、神が下界に降り立つが如く、一歩一歩悠然と宙を踏みしめて降りていくハジメ。〝宝物庫Ⅱ〟に回収されるべく集うオルニスが螺旋を描き、更に神々しさにプラス補正がかかる。


 何故か、呆れ顔を見せているティオの隣では、瞳を潤ませる女王様がお出迎え態勢だ。


「……ハジメ様。私は、もう、なんと言えばいいか……。この胸に湧き上がる感謝の気持ちを表現する言葉を、私は持っていないのです」


 少し悔しそうにそう言うローゼに、ハジメは肩を竦める。


「感謝なんて必要ない。俺は、俺の都合で、俺のしたいようにしただけだ」

「貴方という人は……」


 世界を救っておいて、なんて軽い言動なのだろうと、ローゼは困ったように微笑む。その後ろには、サバスやクロー姉弟、ボーヴィッドやクラインなど幹部級の者達のほか、多くの人々が集ってきている。


 彼等から次々と感謝の言葉が贈られる。それは次第に合唱のようになって、晴れた大空を揺るがし始めた。


 取り囲む人々が刻一刻と増えていく中、ローゼが、是非、王宮内にて休んでほしいと口にする。戦後処理は大変だが、是非ともお礼としてできる限りのことをしたいのだそうだ。


 そんな彼女に、ハジメはゆるりと首を振った。


「これからが大変なんだ。俺なんかに構っている暇があったら、世界を立て直すという次の戦いに備えなきゃな」

「しかし、それでは私達の気持ちが済みません。どうか――」

「まぁ、その話は取り敢えず置いておいて。女王さん、ちょいと付き合ってくれないか?」

「へ?」


 一瞬、「そういう意味かしらん!?」と頬を赤らめるローゼちゃん。脳内では刹那のうちに迫るハジメと拒めない自分……なんて妄想が駆け巡った。流石、むっつりクイーン。


 しかし、当のハジメの視線が自分を離れて、王宮の裏手に着陸した空母艦アーヴェンストに向いているのを見て、今度は自分の勘違いに頬を赤らめた。傍らのサバスの眉間がマリアナ海溝だ。


「大事な話がある。幹部連中は一緒でいいから、アーヴェンストから搭乗者を全員出してくれ」

「わ、分かりました」


 大事な話の部分で再び頬を赤らめたローゼちゃんだったが、サバス達もOKというところで小首を傾げる。


 サバス達も、いったいなんだろうかと首を捻りつつも、救国の英雄たってのお願いだ。断れるはずも、またその気もなく、空母艦アーヴェンストから人を降ろすとハジメを招き入れた。





 カツカツと、保有した天核の力をほぼ使い切って沈黙する空母艦アーヴェンストの通路をハジメ達が進む。二日間の滞在で内部の構造は把握済みであるから、先導するハジメはずんずんと先へ進んでいく。


「あの、ハジメ様? いったいどちらへ?」


 戦勝に湧き上がる王都だが、その主役達の不在には直ぐに不安を募らせるはずだ。一応、残った者達が説明やら何やらをしているはずだが、ローゼ達としても国民には早く語りかけたいところだろう。


 そわそわとするローゼや、その胸元のクワイベル。付き従うサバスにクロー姉弟、ボーヴィッド。そしてクラインを始めとする艦長達も、どこか落ち着かない様子だ。


 そんな彼等に、ハジメはそっと口を開いた。


「この世界に蔓延していた負のエネルギーは、相当な量を取り除いた。だが、流石に世界のバランスを完全に取り戻せたわけじゃない。まだまだこの世界のバランスは崩れたままだ」

「……それは」


 確かに、ハジメは手元の宝玉に負のエネルギーを吸収した。雲海は散り散りとなり、巻き上げられた粉塵も太陽光を完全に遮るほどではなくなった。


 しかし、未だ、正のエネルギーは少なく、自然界の天核や衰退した竜族だけでは直ぐに世界のバランスは取り戻せない。


「それでも、未来への道はずっとよく見えるようになりました。世界を立て直すなど、元より何世代もの積み重ねと、長い時を覚悟しなければならないこと。地上に降りて、この足で大地を踏みしめられるだけ、どれだけ助かるか」


 カツカツと進んでいく通路の先は、どうやら動力室らしい。ハジメはローゼの言葉に「そうだな」と頷きつつ言葉を重ねる。


「だが、余力ができた、未来への見通しが良くなった……その事実は、余計なことを考えるにも十分な事情だ。余裕なく、生きることに必死でなければならなかったときですら、人は一致団結できず、ああやって争っていた。ヘルムートという共通の敵が出現したのは、ある意味幸いとも言える」

「……」

「この世界に生きる者は、なにも女王さん達や、クヴァイレンの連中だけじゃないだろう。散在する浮島に息を潜めながら生きている者達もいるだろうし、あるいは地上のどこかでも生きる術を見出している者達がいるかもしれない。地下深くとかでな」

「……なにが、おっしゃりたいのですか?」


 訝しむローゼ。いや、本当は分かっている。一致団結の原因となった世界の敵はもういない。限られた物資の中で、かつ生きることに余裕を持った者達は、果たしてどう動くか……。


 ハジメが動力室の扉を開ける。大きな部屋の中央には、規格外の動力炉が鎮座していた。全長七メートルはありそうな円筒形の機械で、あちこちからパイプが伸びている。動力炉の真ん中には燃料タンクを入れる場所がある。


 再び取り出された宝玉は、まるで陰陽玉のように濃紺と淡青白色を交えて静かに手中に収まっていた。ハジメは、それをお手玉でもするように弄びつつ、ローゼへと視線を向けた。


「力が欲しいか? より巨大な、世界を圧倒できる力が」

「っ」


 驚くほど深く、静かな眼差し。まるで大海の中に生まれた渦でも見ているかのように錯覚する。気を抜けば、そのまま意識を呑まれてしまいそうだ。


 思わず息を呑んだローゼを尻目に、ハジメは宝玉をこれまた無造作に動力炉へと放り込んだ。燃料タンクを入れる場所は、明確にセットするような形にはなっておらず、小さな箱型の入れる場所に燃料となるものを入れ、固定具で固定するだけになっているらしい。


 そのため、燃料タンクの形に加工せずとも、宝玉のままで問題はないようだ。そう、その宝玉が燃料としての機能を有しているのなら。


キィイイイイイイイイイイッ


 蒸気が噴き出すような音が響き、ついでゴォンゴォンと腹の底に響くような音が耳朶を叩いた。血管という血管に、臓器という臓器に活力を注ぎ込まれ心臓が鼓動を再開したような、そんな印象を受ける。


「うそ……アーヴェンストが、完全起動……した?」

「っ、……ローゼ様。エネルギー充填率、六十パーセント。なお上昇中。火器管制システム、起動可能状態でございます」


 王竜核級のエネルギー出力でしか完全起動できないはずの空母艦アーヴェンストが、息を吹き返した。ローゼの呟きにコンソールへ走ったサバスが状態を告げれば、幹部達はこぞって絶句する。


 天核の力では、浮遊するだけで精一杯。たとえ竜核を使ったとしても、並の竜・数では頑張っても戦闘機動ができるくらいで武装までは使えないだろう。


 それが、今、起動している。


「この宝玉はな、まぁ、言ってみれば疑似的な王竜核だ。素材は天核と、クヴァイレンの連中が加工して溜め込んでいた燃料タンクから抽出した竜核、そして異世界のちょいと珍しい結晶体だ。紛い物だが、その出力は王竜核にも引けは取らない。なにせ、今はある程度世界を浄化できるほどのエネルギーを吸収したばかりだからな」

「そ、そんなことが……」


 できるのだ。なにせ、ここにいるのは希代の錬成師。しかも、アーティファクトを媒介にする必要があるとはいえ、世界の理に干渉する術すら手中に収めた存在だ。


「これがあれば、かつて世界を震撼させた最強の戦艦が復活する。これから先起こるかもしれない混乱を、この一隻で抑止することができるかもしれない」

「ハ、ハジメ様」


 想定外の事態に混乱しているのか、ローゼは狼狽えて一歩後退る。


 そんな彼女へ、ハジメは容赦なく、現実を突きつけるようにもう一度聞いた。


「力が欲しいか? あんたになら……この世界を背負って立つ〝新生〟アーヴェンスト竜王国女王ローゼ・ファイリス・アーヴェンストになら、この宝玉を貸し与えてもいい」


――どうする?


 再び、静かに口にされた問い。これだけの抑止力があるのなら、確かに、この先、起こり得る動乱を抑え無用な血が流れることを防げるかもしれない。


 新生アーヴェンスト竜王国の、戦うと決めた女王の、象徴となり得るかもしれない。


 混乱収まらないローゼは、しかし、自分をひたっと見つめてくるハジメの目と自分の目が合った瞬間、自分でも驚くほどすんなりと結論を出せた。その、どこか期待しているような、自分を試しているような、そんな眼差しを見た瞬間に。


「いえ、必要ありません」


 きっぱりと、力強く、そう答えることができた。


「……へぇ。随分と迷いなく答えたな。宝玉がなければ、アーヴェンストはただのでかいだけの船だ。王国の領土を取り戻した今、こんな馬鹿でかい船はただのお荷物に成り下がっちまうぞ?」

「はい、そうかもしれません。ですが、ハジメ様もおっしゃったではありませんか。これから始まるのは、〝新生〟アーヴェンスト竜王国なのです。たとえ王竜核でないといっても、たとえ既に加工されてしまった竜核エネルギーなのだとしても、私達が竜核を兵器として転用することは金輪際ありません」


 キッと睨み付けるほどの強い眼差しで、ハジメに泰然と返すローゼ。見れば、ローゼの後ろに控える幹部達も、みんな「馬鹿にしないでくれ!」と無言の訴えを瞳に込めている。


「……本当に、金輪際使うことはないってのか?」

「ええ。ありません」

「……世界を支配できるだけの力だ。最強の戦艦だ。本当にいらないのか?」

「ええ、必要ありません」


 ハジメの念押しに、ローゼは「そんなに心配してくれているのでしょうか?」と、妙におかしな気持ちになってくすりっと笑みを零した。先程までの魔神的な容赦の無さとのギャップに心を擽られたのだ。


 真意を探るような静かな眼差しを向けてくるハジメに、ローゼは改めて決意を語る。


「世界を立て直すとは、人の心と戦うということ。そこに兵器など、不粋なだけです。私達には友がいる。友を取り戻したという事実だけで、私達は未来へ進んでいける。進まなければならないのです。だから……」

「だから、もうこいつはいらない、か」


 ハジメが苦笑い気味に背後へと視線をやった。そこには煌めく宝玉と、その力を受けて完全起動しているアーヴェンストの心臓がある。


 ローゼに視線を戻したハジメは少し困ったように頬をポリポリと掻いた。


「あ~。どうやら、女王さん達にとっては争いの火種を作っちまっただけみたいだな」

「そうまでは言いませんが……」

「だが、ここにあるってだけで女王さんの決意も対外的な説得力が薄まっちまうだろう。……しゃぁない。作った者の責任として、こいつは俺が処分しておこう」

「ふふ、ありがとうございます。最後の最後まで……ハジメ様は、優しい魔神様ですね」

「……魔神? 俺ってばいつの間に昇格したんだ?」


 更に困ったように頭を掻いたハジメに、ローゼは今度こそ堪えきれないというように笑い声を上げた。長年の重圧からの解放と、これからの希望と決意に輝いた魅力いっぱいの快活な笑顔。


 釣られるようにしてクロー姉弟を筆頭に幹部達も笑い始める。


 何故か、ティオとサバスだけは物凄く微妙な表情だったが……


 いかにも、「笑われて気恥ずかしいです」みたいな表情でそっぽを向いていたハジメは、「ええい、いつまで笑っている!」と言いながら手元の〝宝物庫Ⅱ〟を光らせた。


 途端、アーヴェンスト全体が真紅の輝きを纏い、かと思った次の瞬間には消えてしまった。動力炉は船底に近い部分にあるとはいえ、地上まではそれなりの距離があるので、突然空中に投げ出されたローゼ達は思わず「ひゃぁっ!?」と悲鳴を上げることになった。


 もっとも、浮遊感に包まれた次の瞬間には、ティオの風が優しくローゼ達を包み込みそっと地上へと降ろした。


 いきなり何をするんだと少し憤りながら周囲を見渡したローゼは、しかし、そこにハジメとティオの姿がないことに気が付いて少し焦る。


「さて、それじゃあ、俺達は行くことにする。中々、楽しいひと時だった」

『う、うむ。それではローゼ殿。クワイベル。そして王国の皆よ。息災でな』


 上から降ってきた言葉に慌てて空を仰ぎ見れば、そこにはいつの間にか竜化したティオと、その背に乗るハジメの姿があった。


 ヘルムートとは異なる、一目見て分かる勇壮で壮麗な黒竜の姿に、人々がざわめきと感嘆の歓声を上げる中、察したローゼが慌てたように声を張り上げた。


「ま、まさか、そのまま行ってしまうおつもりですか!? 私達は、まだなんのお礼もしていません! どうか、もう少しこの地に留まりください!」

「礼なら十分に受けたさ。女王さんの言葉が、何よりの最高の贈り物だった」

「ハ、ハジメ様。そんなものっ、全然、感謝の印になどっ」

『そうだよ、二人とも! それに母上とはもっと一緒にいたいよ!』


 瞳を潤ませ必死に思いとどまらせようとするローゼと、甘えるようにティオへ懇願するクワイベル。その様子から二人の英雄が去ろうとしていることを察した人々までもが次々と引き止める言葉を叫び出した。


「兵器と一緒さ。俺みたいな存在が、これから自分達の足で頑張って進んでいこうって連中の傍にいるのは相応しくない。じゃあな!」

『……坊や。世界を導いていく王たる者が、母を求めて叫ぶでない。竜の咆哮は常に勇壮たれ、じゃ。覚えておくのじゃよ?』


 そう言って、踵を返した二人。引き止める言葉にも振り返らず、まるで気まぐれな風と同じようにすぅと流れて小さくなっていく。


「もう……碌にお礼もさせてくれないなんて……本当に勝手で、気まぐれで、ぐすっ……優しい魔神様と真竜様ですね」

『母上……僕、頑張るよ。母上が誇れるような真の竜になる』


 人々の感謝の歓声が木霊する世界の中で、しんみりと、されど決して嫌なもののない感情を宿した女王と王竜の呟きが響いた。


 そっと、幼い頃から寄り添ってきた最強の執事がハンカチを差し出す。そして、気遣うように控え目な言葉で尋ねた。


「……ローゼ様。よろしかったのですか?」


 引き止めなくてよかったのか? そう尋ねられたと思った(・・・)ローゼは、涙で赤くなった目元を拭いながら、それでも晴れやかな笑みを見せて頷いた。


「どのような理由であれ、あの方々を引き止めることなど、きっと誰にもできないのです。ならば、私達は待つことにいたしましょう。すべきことをして、この世界をもっと美しくして、あの方々がまた風に乗ってやってきたときに満足していただけるように」


 立派な決意です。成長されましたね。サバスはそう言いたかった。


 だけど、言えなかった。だって、質問の意図が違ったから。


「あの、いえ、そうではなくて……彼等、アーヴェンストを持っていってしまいましたが、よろしかったのですか?」

「え?」


 笑顔のまま、ピシリッと固まったローゼちゃん。ついでに、抱かれているクワイベルも、その後ろで騒いでいたボーヴィッド達も、ピシリッと固まる。


 じぃはいったい、なにを言っているのかしらん? と、ローゼは笑顔のまま視線を逸らす。アーヴェンストが着陸した場所へ。


 ない。


 何度も見ても、今まで苦楽を共にしてきた船上国家がない。というか、いつの間にか住居区画や工業区画にあったはずの生活品や道具、私物の類が少し離れた場所に山積みとなって放置されている。


 ひゅるりと風が吹いた。あっ、主砲の先を洗濯場と定めていたご婦人のアダルトな下着が飛ばされた! ひらりひらりと空を舞っていく!


 ローゼは瞬きをした。


 やっぱり、空母艦アーヴェンストの姿はない。アニメなら、きっとピコンピコンッという音と共にシルエットが点滅しているだろう。


 笑顔のまま固まっている状態のローゼに、サバスは何とも言えない表情で言った。


「僭越ながら申し上げますが……」

「な、なんでしょう、じぃ」

「……おそらく、言質を取られたのでは?」

「言質?」


 ローゼの脳内に流れるハジメとの決意と覚悟を示した会話。そこに、サバスの言葉で真実という名のフィルターがかかった。


 さぁ、よく思い出してみよう!


『はい、そうかもしれません。ですが、ハジメ様も言ったではありませんか。これから始まるのは、〝新生〟アーヴェンスト竜王国なのです。たとえ王竜核でないといっても、たとえ既に加工されてしまった竜核エネルギーなのだとしても、私達が竜核を兵器として転用することは金輪際ありません』

・ローゼちゃんの本心

――アーヴェンストを兵器として使うことはないので、起動させるための宝玉は必要ありません。

・ハジメさん的意訳

――こんな戦艦(・・)はもういらないよ!


『……本当に、金輪際使うことはないってのか?』

・ハジメさん的意訳

――え、マジで? マジで宝珠だけじゃなくてアーヴェンストもいらないの? 


『ええ。ありません』

・ローゼちゃんの本心

――はい、宝珠は(・・・)必要ありません

・ハジメさん的意訳。

――マジマジ。マジでアーヴェンストなんていらないですから。むしろお荷物ですから。


『……世界を支配できるだけの力だ。最強の戦艦だ。本当にいらないのか?』

・ハジメさん的意訳

――本当に? 後でやっぱりいるっていっても知らないぞ? ほんと~にいらないんだな?


『ええ、必要ありません』

・ローゼちゃんの本心

――そんなに心配してくださるなんて……。でも、本当に宝玉は必要ないんです。

・ハジメさん的意訳

――しつこいですねぇ。こんな戦艦、本当にいりませんよ。むしろ、処分方法に困ってしまいます!


『だが、ここにあるってだけで女王さんの決意も体外的な説得力が薄まっちまうだろう。……しゃぁない。作った者の責任として、こいつは俺が処分しておこう』

ハジメさん的意訳

――分かったよ、そんなに邪魔だってんなら、アーヴェンストは俺が責任をもって貰ってやるよ。


『ふふ、ありがとうございます。最後の最後まで……ハジメ様は、優しい魔神様ですね』

・ローゼちゃんの本心

――ヘルムートを倒し、世界を浄化し、その上この先の戦力まで気遣ってくださるなんて、なんてお優しい。でも、たとえ戦艦としての意味はなくとも、アーヴェンストはそれでいいんです。世界のためにも。私達のためにも。

・ハジメさん的意訳

――まぁ! リサイクルに出すべきか、粗大ごみとして回収してもらうか困っていたところだったのに貰ってくれるなんて! なんて親切なんでしょう!


 以上が、一連の会話の中身だったりする。


 最後にハジメが言った「女王さんの言葉が、何よりの最高の贈り物だった」というのも嘘ではない。言質取らせてくれてありがとう、みたいな感じの本心からのお礼だったりする。


 会話の内容をよくよく思い出し、ハジメの本心を察したローゼは笑顔のままぷるぷると震え出した。


 船上国家アーヴェンストを戦艦に戻す宝珠は、確かに必要ないと言った。


 しかし、アーヴェンストごと必要ないとは一言も言っていない。いや、言っちゃったっぽいけど、分かるでしょ!? 会話の流れとか、今までの経緯とかで!


「ど、ど、ど……」

「「「「「ど?」」」」」


 同じように事情を察したらしいボーヴィッド達が表情を引き攣らせる中、ぷるぷるしながら呟き出したローゼは……


「ど、どろぼーーーーーーーーーーっ!!!」


 女王様。あいつは大変なものを盗んでいきました。


 そう、貴女の船上国家です!


 世界の果てまで届きそうな、ローゼの絶叫が響き渡るのだった。





『のぅ、ご主人様よ。本当に良かったのかのぅ』

「女王様本人が、いいって言ったんだからいいだろう」


 絶対本心じゃなかった。というか、そうなるように誘導したじゃろとは、物凄くご機嫌な様子のハジメの表情を見て言えないティオさん。適当に大空を飛びながら、背中のハジメに首を曲げて視線を送る。


「貰うって言っても、実際はちょっと長めに借りるだけだし。壊したりしねぇから大丈夫だって」


 ティオの何とも言えない眼差しに、流石に居た堪れなくなったらしいハジメが弁解するように言った。ティオは「しょうがないのぅ」といった様子で首を振る。


『それにしても、随分と嬉しそうじゃの。その宝珠ができたことがそんな良かったのかえ? 妾的に、神結晶を生成できるご主人様にとって、そこまですごいアーティファクトとは思えんのじゃが』


 取り敢えず、純真な女王様から戦艦一隻もらい――借りてきたことは置いておいて、ティオは、先程からニヤニヤと笑いながら手元の宝珠を弄んでいるハジメに疑問を投げかけた。


 確かに、神結晶を生成できるハジメなら、膨大なエネルギーを宿した結晶体などそう珍しくもない。周囲のエネルギーを活性化させる、熱量を与えるという点では、神結晶から生成される神水より汎用性は高そうではあるが、そこまで喜ぶことなのか首を捻ってしまう。


 そんなティオに、ハジメは目を丸くした。


「え? あれ? 一応、説明したよな、俺が創ろうしているものについて」

『うむ? 確かに聞いたが、途中からほとんど独白みたいになって、直ぐに自分の思考に没頭し始めたのでな、正直、よく分からんが神結晶と似たようなものを作りたいのじゃろうなぁと思っておったくらいなんじゃよ』


 ティオの言葉で、自分の作り出したものへの反応の薄さに納得のいったハジメは、ならば聞かせてやろうと珍しくもドヤ顔を見せた。


「ティオ、この世界固有のエネルギーである天核エネルギーと竜核エネルギー――めんどいから天竜力と呼称するが、その性質については少し話したな?」

『うむ、正のエネルギーは活性化を、負のエネルギーは鎮静ないし阻害の性質を持つんじゃったな。それらが核を中心に循環し、世界はバランスを保とうとする』

「そうだ。だがな、それは天竜核の本質じゃあない。いや、本質といえば本質なんだが、真に注目すべき、驚愕に値する性質は、そこじゃあないんだ」

『ほぅ? というと?』


 いつになくもったいぶった様子のハジメは、二日間のアーヴェンストでの職人達の交流や、ヘルムートとクワイベルによる竜核エネルギーの流れに対する分析から確信に至った性質を口にした。


「天竜核の凄まじい性質――それはな、循環効率が百パーセントという点なんだ」

『ふむ……ふむ?』


 いまいちぴんと来ない様子のティオに、ハジメは喜々として語り始める。


「ティオ、これは凄いことだぞ。地球でもトータスでも、循環のシステム自体はいくらでもある。自然界でも、人工でもな。だけど、循環率百パーセントなんてものは存在しないと言っていい。基本的に、必ずロスが出るんだ」

『う~む、それは何となく聞き覚えがあるのぅ。熱力学の話かの?』

「ああ、そうだ。熱力学における法則の話だ。……分からないか、ティオ。熱力学が否定し、実現不可能と言わしめた人類の命題の一つを」

『そこまで妾は詳しくないんじゃが……ん? 待つのじゃ、ご主人様よ。循環には必ずロスがでる、それ故に実現不可能? それはもしや……』


 恐ろしいほどに察しのいいティオに、ハジメはにんまりする。その表情を見て、今度こそティオは驚愕に目を見開いた。


「そうだ。まだプロトタイプだし、天竜力にしか対応できないが……遂に手をかけたぞ。人類の命題の一つ――」


――永久機関の創造に。


 この世界の天竜力は、時間差や核の総量によって循環率は異なっても、一度核に取り込まれたエネルギー自体は循環率百パーセントで負から正へと転換される。


 つまり、一定範囲内にこのエネルギーを循環させるなら、それは永遠に循環し続けるということ。そう、この星の内部で天竜力が循環し続けるように。


 ハジメが創り出した宝珠は、天核とクヴァイレン艦隊の燃料庫にしまわれていた加工済みの竜核を極限まで圧縮錬成したものを中枢に入れてある。これには神結晶を融合させており、天竜核のエネルギー保有量が少ないという問題をクリアしているほか、昇華魔法と再生魔法によって循環効率を爆発的に引き上げている。


 その中心核――真核を中心に重力魔法による重力場が発生していてエネルギーを外部へ逃がさないようにし、更に神結晶を用いた外郭は空間魔法を利用して正のエネルギーによる活性化の性質が外部に働くことのみを許容している。


 活性化の力を失った正のエネルギーは負のエネルギーへと変質し、それを真核が取り込んで再び正のエネルギーへ転換。ロスがゼロパーセントなので永遠に循環するわけだ。


「今は天竜力と、それを利用したこの世界の機器にしか作用できない。だが、魔力を電気に、電気を魔力に転換する方法は見つけたんだ。同じように天竜力を魔力とかに転換する方法が見つけられれば……」

『ちょ、ちょっと待つのじゃ』


 無限の魔力、あるいは無限の熱量を自在に扱える――夢が広がるぜ、と熱く語るハジメにティオはストップをかけた。なんとも恐ろしい話をさらりと少年のような表情で語る主に、流石のティオも戦慄を禁じ得ない。


 もっと言うなら、中心に核を持ち、球体内で永遠に循環し続けるそれは、この星そのものを模したものと言える。それはすなわち……


『ご主人様よ、さらりと言うとるが……それ、もはや一つの星と言えるのではないかの?』

「ん? ……まぁ、ものすごく単純化しているから一概にそう言えるかは微妙だが。間違ってもいないな。う~ん、そう言えばこれの名前もまだ付けてなかったし……よしっ、こいつの名前はこうしよう」


――永久機関 グラスプ(永久に巡る)・グローリア(手中の星)


 魔神様は、遂に星を創世し、それを手中に収めたらしい。


「ティオ。帰ったらユエ達にアーヴェンストを見せてやろうぜ。改造したら宇宙でも行けそうだ。グラスプ・グローリアがあれば燃料の心配もない。20XX年宇宙の旅でもしてみるか!」


 驚きすぎてお腹いっぱい状態のティオだったが、ご機嫌なハジメの姿を見ていると次第に心も落ち着いて来たらしい。


 五百年以上を生きても、ハジメの傍にいる限り生に飽きることはないのだろうなぁと、何となくそんなことを思いつつ、『じゃな!』と元気な返事をする。


 と、そこへ、少し遠くから声が響いてきた。「おや?」と互いに首を傾げ合って、ハジメとティオが振り返ってみれば、そこにはちょっとふらふらしつつも飛んでくる成竜姿のクワイベルと背に乗るローゼの姿。


 更には空戦機に乗るボーヴィッドやクロー姉弟、サバスまでいる。その後ろにも、大勢の人々が空戦機や小型艇に定員オーバー状態で乗りながら飛んできていた。それを心配そうに並走しながら見守っているのは竜達だ。


「そこのどろぼぉ~~。アーヴェンストをかえしなさぁ~~い!」

「伝説の竜騎士から魔王、そして魔神に昇格したのに、最後は泥棒か。酷い言い掛かりだと思わないか?」

『それを言い掛かりと言い切れるご主人様の図太い神経に乾杯じゃ』


 軽口を叩き合うハジメとティオ。苦笑いするティオは、ハジメに少し優しい目を向けながら提案する。


『さて、ここで捕まってしまうのも冒険の終わりとしては恰好がつかん。ご主人様よ、そろそろ地球へ帰るとしようぞ』

「ん~? ……そうだな。そろそろユエ達の迎えも――」

『いや、それはもうよい。持っとるじゃろ。羅針盤』


 ティオの発言に、ハジメは「やっぱりばれていたか」と苦笑しつつ〝宝物庫Ⅱ〟から羅針盤を取り出した。


「いつから気が付いてた? やっぱりあれか、アーヴェンストをクヴァイレンに送ったときか?」

『いや、怪しいと思ったのは最初に逃がした空戦機を追っていたときじゃ。確信したのは空母艦に乗り込んだときじゃの。どちらのときも、ご主人様は一切の迷いがなかった。この空しかない広大な世界で、追う相手の居場所に確信を抱いておった』

「そ、そのときからか……流石、ティオ。ド変態のくせに鋭い」

『んんっ、不意打ちのご褒美は止めるのじゃ。墜落してしまうじゃろ。ごほんっ、大方、妾が遠慮することなく二人っきりの時間を楽しめるようにとの配慮じゃろ?』

「早々にばれてちゃあ意味ないけどな」


 ばつ悪そうに「はしゃぎすぎだな、俺」と頬を掻くハジメに、ティオはぱぁっと輝いて竜化を解いた。そして、実にさりげなくハジメの頬へキスを落とした。


「気遣ってくれるご主人様も、子供のようにはしゃぐご主人様も、存分に堪能した。ありがとうの。さぁ、みなのところへ帰ろうぞ」

「……ったく。お前といると、時々、自分がすげぇ子供に思えるよ」


 苦笑いしつつ、羅針盤で探り当てた故郷の地をイメージしながらクリスタルキーを突き出すハジメ。空間が波紋を打ち、二メートルほど高さの荘厳な扉が現れる。


「あ~~~、まって! まってくださぁ~~~い!」

『ぴぃっ! ぴぃっ!』


 ローゼを筆頭に、アーヴェンストの人々が大声で叫んでいる。


 そんな彼等に振り返りつつ、ハジメもまた声を張り上げた。


「アーヴェンストはちょいと借りていくぞ! またそのうち遊びにくる! そんとき、魔改造して豪華客船みたいになったアーヴェンストを見せてやるよ!」


 戦艦ではなく、人々を夢とロマンに誘う豪華客船に。


 その言葉に、ローゼの、そしてアーヴェンストの人々の胸が詰まった。元々、本気で取り返しに来たわけではないのだ。変な誤解なく、こう言いたかっただけなのだ。


「ああ、もうっ! 大事にしてくださいよ! 私達の第二の故郷なんですから! とびっきり素敵な船にしてください! ずっとずぅ~~と預けておきますから! ぜぇ~~~ったいに、また会いに来てください! その船に乗って!」

「ははっ。いいだろう! この世界の空は飛ぶには最高だ。また、冒険しにくるさ! 今度こそ、じゃあな!」


 ハジメとティオは笑いながら手を振り、背後に倒れ込むようにしてゲートの向こうへ身を投げた。ゴゴゴッとやたら重そうな音を立てて閉じられていくゲートの扉。その隙間から、アーヴェンストの人々が大きく手を振る姿が見えた。特大の「ありがとう!」の言葉と共に。





 ヒュゥオオオオオッという風切り音が耳を突く。


「ご主人様よ、何故と聞いてもよいかの?」

「すまん、ちょびっとミスった」


 無事、地球へと帰還を果たしたハジメとティオ。場所は高度八千メートル。絶賛、自由落下中。一応、南雲家祖父母の家の直上らしい。ずっと空の上にいたため、庭に転移しようと思ったのだが感覚が狂って空の上に出たようだ。


 なんとも締まらない帰還に、ハジメがちょっと恥ずかしそうにそっぽを向いている。


 言っている間にも地上は近づき、そろそろ着地態勢を取ろうかと思ったそのとき、二人を柔らかい黄金の光が包み込んだ。途端、二人は重力の楔から解き放たれたようにゆるりと高度を下げていく。


 地上を見下ろせば、そこには腰を抜かしているおじいちゃんと、洗濯物を片手にポカンと口を空けて見上げているおばあちゃんの姿、そして、柔らかく微笑んでいるユエの姿があった。


 出発してからおよそ三日というところ。だが、ユエの表情には心配していた様子は見られない。パタパタと庭に出てきたミュウやシア、レミアにもその様子は皆無だ。むしろ、「やっと帰ってきたか~」という呆れの色が強いように見える。


 庭先に着地したハジメとティオは、空から降ってきた孫とその嫁に度肝を抜かれて魂が抜けかけている爺ちゃんと婆ちゃんを、ユエが魂魄魔法でさくっと現世に戻しているのを見ながら、


「ただいま」

「今帰ったのじゃ」


 と帰宅の言葉を伝えた。


「んもっ。ハジメさんもティオさんも、二人っきりでどこほっつき歩いていたんですか! 冒険してくるっていう置手紙は見ましたけど、三日もしてくるなんて聞いてませんよぉ!」


 ぷんすかと怒るシア。ウサミミが「へいへい、どういうことだい?」とツンツンしている。


「むぅ。パパもティオお姉ちゃんもずるいの! ミュウもお出かけしたかったのにぃ」

「私達はともかく、おじい様とおばあ様が凄く心配されていましたよ?」


 ミュウがふくれっ面のままステテテテッと走り込んできてハジメの足にひしっとしがみついた。レミアの言葉で視線を転じれば、そこには魂は戻されたものの気絶したままの爺ちゃんと婆ちゃんがいる。その二人を菫と愁が介抱している。二人とも、「お帰り~」と実に軽い感じだ。


「……それで? 今までどこで何をしていたの?」


 ユエが小首を傾げながら尋ねた。置手紙から自発的に出て行ったことは分かるが、流石に三日間もの無断外泊は、何かのっぴきならない事情に遭遇したのだろうと推測したようだ。


 ハジメはティオを見た。ティオもハジメを見た。何となく見つめ合った後、ハジメは小さく笑みを浮かべ、


「内緒だ」


 と、そんなことを言った。


 ティオと二人で始めた冒険は、必要なときが来るまでは二人の胸の中にしまっておこうというのだろう。ティオは、何か甘いお菓子でも口いっぱいに頬張ったような表情で視線を彷徨わせる。


 そんな二人を見て、ユエはちょっと小首を傾げた後、ふんわりと微笑んだ。


「……そう。ティオ、楽しかった?」

「うむ。とても」


 ユエの優しい微笑みに釣られるように、ティオも、まるで少女のような微笑みを浮かべた。


「……ちょうどお昼だけど、食べる?」

「おう。結構腹減ってたんだ」

「そうじゃなぁ。いろいろ大変じゃったからなぁ」


 ユエに提案された途端、仲良くくぅとお腹を鳴らしたハジメとティオに、ユエはくすくすと笑い声を上げながら部屋の中に戻っていく。


 その後をついて歩きながら、ハジメとティオは何となく空を見上げて、そんな互いの行動が何となくおかしくて笑い声を上げた。


「ちょ、なんですかその分かりあった感! ユエさんはスルーしても、私はそうはいきませんよ! ねぇねぇ、なにがあったんですか? 教えてくださいよぉ。お二人のことだから、ぜったい何かが吹き飛んで、誰かが悲鳴を上げて、阿鼻叫喚のお祭り騒ぎだったんですよね? すっごく気になりますぅ」

「ミュウも! ミュウも気になるの!」


 ウサミミと幼女におねだりされて、二人はますます可笑しそうに笑う。


 そうしてシアとミュウをなだめながら、ハジメとティオはこっそり話し合うのだった。


――いつ、巨大戦艦と永久機関をお披露目しようか?


 と。


 本当に楽しそうに。


いつも読んで下さりありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ついに終わりましたティオ編。長かった……

永久機関のくだりは適当なのでツッコミはご勘弁を(汗

ちなみに、王竜核を使わなかったのはハジメの一応の配慮です。

その後のこの世界の人々が、ヘルムートや兄弟の王竜核をどうするか、それはこの世界の人々次第。

まぁ、クワイベルが好きにさせることはないでしょう。

……単純に、書ききれなかっただけとも言う。


さて、次は誰を書こうかなぁ



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― 新着の感想 ―
まだ300話もあるという喜び
まあ、所詮変換効率がイカれてるというだけで無限のエネルギーを生み出すわけではないので、超効率的なエンジンになるぐらいか
系からエネルギー取り出して別のエネルギーに変換したら総量は減っちゃうんじゃ(
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