ありふれたアフターⅡ ティオ編 伝説の竜騎士
『ええ、皆さん。突然ですが、自分達は決して怪しい者ではありません。ここは平和的に、文化的に、人間らしく、コミュニケーションをもって相互理解を図りませんかぁっ』
空域全体に、誠意をたっぷりと込めたハジメの声音が響く。念話による呼びかけなので、軍側にも、空賊側にも、間違いなく届いているだろう。
空賊の飛空艦と、その後方斜め右に位置して追走する軍の空母艦が迫る中、ハジメは空中に止まりながらにこやかな笑顔を浮かべている。対人関係では、第一印象こそ最も大事なことだ。
隣に寄り添うティオが、抱える小竜を介抱しながら、「どう考えても怪しい奴なんじゃが」とツッコミを入れているが、ハジメのスルースキルには傷一つつきはしない。
両手を上げて、敵意はないよアピールをしつつ、ハジメは文化的現代人らしく言葉を重ねた。
『こちらに敵意はありません。いや、本当に! 嘘じゃないです! 俺に嘘を吐かせたら大したもんです。そんな俺が言うんだから、もう間違いないです。敵意はありません!』
「めちゃくちゃ胡散臭いのじゃ……」
隣のティオさんが何かを言っている。スルースキルのレベルはカンストしているので問題ない。
『皆さん、どうやらこのちびっこい竜を求めているようですが、俺達は要りません! むしろ、その辺にポイッしちゃおうかなぁと思ってるくらいです』
君達の獲物を横取りするつもりはないよぉ! というアピールだったのだが、何故か周囲を旋回する両陣営のパイロットから敵意が溢れ出した。特に、空賊側のパイロットさん達のお怒りが激しい。風防をバンバンッと手で叩いて抗議の意思をあらわにしている。
『……冗談です。ウィットに満ちたジョークです。場を和ませようという俺の心遣いです。とにかく、俺達に横取りの意思はないので、このちびっこいのを引き渡します。飼い主さんは出てきてくださぁ~~い』
何故か、〝ちびっこいの〟とか、〝飼い主〟という言葉のところで、空賊パイロット達の殺気が増した。なんだか、話せば話すほど敵意を煽っているような気がしないでもない。
そう言っている間にも、空賊の飛空艦が間近まで迫っていた。
そこで、ようやくあまりに異常な二人組に対する心理的硬直が解けたのか、軍側の空戦部隊が動き出す。
どうやら、小竜を生け捕りにしたいのは事実なようで、ハジメ達を襲う代わりに、飛空艦へと攻撃を再開した。
異常なまでの執着心というべきか、回避行動を取る様子もなく愚直に突進してくる飛空艦は、直ぐに被弾してあちこちを破損させていく。
空賊側のパイロットが応戦する。しかし、軍側の物量攻めで数を減らしていたことと、飛空艦が碌に回避行動を取らないこと、そして、近くにハジメ達――正確には小竜がいることで動きが制限されてしまい、先程までのような防衛戦を展開できないようだった。
『ええ、皆さん、一度落ち着きましょう。ちび――このお子様竜を引き渡すので、双方、艦を停止させてください。話し合いの上で、引き渡しを――』
「並走してくださいぃっ。そして、クワイベルを私に! お願いっ」
ハジメの言葉を遮るようにして、拡声された女の――否、少女の声が届いた。
ハジメが視線を向ければ、突っ込んでくる飛空艦の前部甲板に、拡声器のようなものを持った少女が、今にも手すりを越えて落ちそうなほど身を乗り出しているのが見えた。彼女の後ろには背の高い金髪の女性と、同じく金髪の青年が控えており、今にも落ちそうな少女を必死に掴んでいる。
少女の、強風にあおられたセミロングの銀髪が荒ぶっている。が、それ以上に、少女の表情が荒ぶっていた。普通に見れば美人なのだろう。しかし、目がギンッと吊り上がり、鬼もかくやという必死の形相は、正直、ドン引きレベルだ。
だが、求めるように、そして切実に、届かないと分かっていながら手を伸ばす姿からは、彼女の本気が伝わってくる。
減速はない。止まれば撃沈される。そう確信しているのだろう。故に、並走を叫び、懇願する。
飛空艦が、ハジメ達を掠めるように通り過ぎる。少女が絶望したような、悲痛な表情のまま、なお手を伸ばす。
ハジメはティオと顔を見合わせた。
「あ~。なんか、このちっこいやつの名前も知っているみたいだし、状況的に、こいつのいう友達って、たぶん空賊側のことだろうし――あいつに投げ渡して、とんずらするか」
「いろいろ面倒になったんじゃな、分かるのじゃ」
頷き一つ。ハジメとティオは一気に後方へ滑り出した。
およそ、推進力とか力学などを無視した動きに、隙を窺っていた何機かのパイロットがギョッと目を剥くのが分かる。
ハジメとティオは一瞬で飛空艦の甲板へと接近する。
少女の表情がぱぁっと輝いた。後ろの金髪コンビが警戒心をあらわにする。
小竜が空賊に引き渡されると思ったのか、背後の空母艦からおびただしい数のミサイルが発射された。小竜が近くにいるため気を遣ったようで、威容を示す三連の主砲は沈黙したままだが、五十近いミサイルの前では〝幸い〟とは言い難い。
飛空艦の艦載バルカンが火を噴き、ミサイル群を撃墜していくが、元より回避行動を取れない身。空戦機のパイロット達も迎撃に加わるが、そうすれば当然、軍側の空戦機への対応が薄くなる。
一機が、空賊の防衛線を掻い潜り、ミサイルを放った。
おそらく、狙いは艦橋。飛空艇の中央に位置する突出した場所で風防越しに人影が見える。
少女と金髪の男女が、大きく目を見開いた。自分達の最期を、呆然と見つめる――
その視線の先で、煙を噴いた空戦機が一機、飛び込んできた。飛来するミサイルと艦橋の間へ、躊躇うことなくその機体を滑り込ませる。
身命を賭した盾。〝賊〟というには、その腕も、心意気も、何もかもが高潔だ。
爆炎が艦橋と、甲板の上の少女達と、並走するハジメ達を照らした。
機体後部が粉砕され、機首の前部が千切れるようにして吹き飛ぶ。コックピットが爆砕しなかったのは単なる運だろう。
だが、この世界のパイロットにベイルアウトの概念などありはしないはずだ。なぜなら、脱出したところで下には雲海しかなく、その中は人の生存を否定する地獄なのだから。
「ボーヴィッドッ!!」
少女の悲痛な声が、風のうねりの狭間に響いた。拡声器など使っていないのに、やけに明瞭に響いたのは、きっとパイロットが彼女にとって大切な人だからだろう。
「……ったく。まぁ、俺、日本人ですし?」
何故か妙な言い訳をしつつ、ハジメは〝宝物庫Ⅱ〟から取り出したものを投げ飛ばした。手首のスナップだけで飛ばされたとは思えないほど高速で飛んだそれは、雲海へと消えゆこうとしているコックピット部分の真下へと滑り込む。
そして、カシュンッと音を立てて円状に広がったそれ――可変式円月輪〝オレステス〟は、その内側へと、パイロットをコックピットごと呑み込んだ。
少女達が「え?」と声を漏らすと同時に、甲板の上にも投げられていたオレステスが展開し、そこからコックピットが落下してくる。盛大な衝撃音と共に、甲板を凹ませて無事(?)に戻ってきたパイロットは、訳が分からないといった様子でキョトンとしているようだ。
信じ難い光景に呆然としている少女達へ、ハジメは戻ってきたオレステスをキャッチしながら声を張りあげた。
「お~い、そこの! こいつの飼い主――じゃなくて、友達? でいいんだよな?」
「え? あ、え、う、そ、そうですぅ!」
ティオが抱える小竜をツンツンと指差しながら問いかけたハジメに、ただいま混乱中! といった様子の少女は、しかし、どうにか肯定の言葉を返した。
ハジメは、「よし」と頷くと、
「じゃあ、返すから、しっかりキャッチしろよぉ!」
「え? キャッチ? え?」
おたおた、おろおろしている少女へ、ハジメは実にいい笑顔を向けると、ティオが「いや、ご主人様よ。状況が状況とはいえ、それはちょっと……」と言い淀んでいるのを無視して、小竜をむんずっと鷲掴んだ。
そして、なんとも気安い感じで、「ほいっ」と投げ飛ばした。
「ちょっとぉおおおおおっ、なにしてくれてるんですかぁああああっ」
少女は絶叫をあげながら、しかし、驚くほどの俊敏性をもって甲板を走り、落ちてきた小竜をダイビングキャッチした。その際、顔面スライディングも決めたようだが、意外に頑丈なようで、慌てる金髪コンビに小竜を掲げてみせる。
それはまるで、好プレーを見せた外野の野球選手か、あるいは、某無人島の「とったどっーーー!!」の人を彷彿とさせる姿だった。金髪コンビが拍手喝采しつつ駆け寄る。
そんな彼等の姿を見て、いかにも「今日も善行を積んでしまったぜ」と満足そうな笑みを浮かべたハジメは、再び、念話を行使した。
『皆さん、これで俺達は無関係です。元々ただの善良な通りすがりなので、皆さんのお邪魔をしないよう、さっさと消えることにします。ではっ』
ハジメはティオを促して、スカイボードを旋回させた。ちょうど、空賊の進路に対して九十度左方向。それは、雲の山脈から遠ざかるコースだ。空賊が小竜を取り戻し、軍から逃れるために再び雲の山脈に向かうと踏んで、真逆のコースを選択したのである。
が、運命さんはそんな浅はかな魔王さんを逃しはしない! 運命さんからは、逃げられないのだ!
「ぴいっ!? ぴぃ~~? ぴぴぃっ!? ぴぃーーーーっ!!」
「あーーっ、クーちゃん! いっちゃだめぇっ。戻ってきてぇええええっ」
背後からそんな鳴き声と声が聞こえた。
ハジメとティオがギョッとして振り返れば、目覚めた小竜が再びハジメ達の後を追ってくるところだった。少女は勢い余って飛び出してしまったのか、手すりから外へダイブしており、それを金髪コンビが間一髪のところで足を掴んで止めている。
必死の形相で「ひ、姫さまぁああっ。死ぬ気ですかぁっ」とか、「あぁ、まずいっ。ローゼ様の服が脱げてしまうぅうううっ」という、金髪コンビの悲鳴(?)が聞こえてくる。甲板の上に不時着していたパイロットが慌ててコックピットから飛び出して、半ケツ状態になりつつある少女の救出に加わった。
「ちょっ、なんで追ってくるんだ!? やっぱりティオ、お前から変な匂いがしてんじゃないのか!?」
「ひどい言い草じゃぞ!? いくら妾でも傷つくことはあるんじゃからな!?」
一気に加速するハジメとティオ。
しかし、驚いたことに小竜は白銀色を身に纏うと、しっかりと追走してきた。その体のちみっこさと、ぴぃぴぃという情けない鳴き声に反して、意外にスピードファイターらしい。
「うわぁ、なんか全員ついてきてるんですけど……なにこの鬼ごっこ」
「カオスじゃのぅ」
黄昏の世界で、ハジメとティオを先頭に、小竜、空賊空戦機、軍側空戦機、飛行艦、空母艦が一直線に追い駆けっこをする不思議な光景。ハジメはげんなりした様子に、ティオは引き攣り顔になった。
ペンシル・クロス・ヴェルトによる隠形を図ったとしても、どういうわけかティオの位置を正確に把握できる小竜が追走してくる限り、速度で振り切る以外にないだろう。
ハジメはホルスターからドンナーを抜き、特殊弾〝エグズィス・ブレット〟を装填した。弾丸との座標位置を空間ごと入れ替えることができる特殊弾だ。これを電磁加速させて飛ばし、限界距離で自分と入れ替えることで、使用者自身に、疑似的な電磁加速領域での移動を可能とする。
「ティオ、掴まれ。転移するぞ」
「……うむ。それはいいのじゃが……ヒッグスとやらを追っていたときに、何故、それを使わんかったのじゃ?」
ハジメはちょっと視線を泳がせつつ、「お前、それはあれだよ、あれ。そう、お前とあいつの差しの戦いに横やりなんて無粋だろう?」と微妙に苦しい弁解をしながら引き金を引こうとする。
と、その直前、
「おっと」
ハジメはスカイボードを操作して急旋回を行った。一瞬前までいた場所を、おびただしい数の弾丸が通り過ぎる。
更に、旋回した側に回り込んでいた空戦機の編隊が、一切の容赦なく、ハジメ達を肉片にすべくバルカンの掃射を行った。
それを更にバレルロールのような動きで回避したハジメであったが、
「おいおい、殺意高ぇな」
「追いかけっこに業を煮やしたようじゃな」
振り返った二人の視線の先、そこには、いつの間にか急上昇し、遥か高みから船体下部の砲塔を向けている空母艦の姿があった。収納型のようで、船底から飛び出した状態のそれは、直径二メートルはありそうな大口を開けている。
およそ、砲弾を撃つには大きすぎる口径だが、どうやら放つのは砲弾でもミサイルでもないらしい。
集束するのは白銀の光。肌で感じる強大なエネルギー。どう見ても、SFに出てくる宇宙戦艦のビーム砲の発射準備段階だ。
人二人を殺すのに、空母級の巨大さを誇る戦艦の主砲をぶっ放そうなど、中々、頭のネジが緩そうな連中である。
当然、ハジメは回避行動を取ろうとするが、その巨大さに反して砲塔の狙いは細やかだ。更に、射線から逃がさないために軍側の空戦機が四方八方から攻撃を加えて動きを封じてくる。
確かに、状況打開のためとはいえ、小竜の存在に配慮して大規模な攻撃を控えていた連中とは思えない殺意の高さだ。
『おい、さっきも言った通り、俺達に敵意はないし、その小竜も求めちゃいない! あんた達にも関わらない! さっさと消えるから、手を引い――』
ハジメの制止の言葉が、念話を通して空域全体に響き渡る。が、その言葉が全て言い切られる前に――大気が弾けた。
轟ッと空気を爆ぜさせ、上空は斜め後方より発射された白銀の砲撃。空戦機の波状攻撃により、追いかける小竜との間には弾幕の壁ができており距離がある。
故に、容赦のないその一撃は、茜色の世界を真昼のように染め上げて、天からの鉄槌如く、ハジメとティオに降り注いだ。
「ぴぃっ! ぴぃいいいっ」
「くーちゃんっ、クワイベルッ! 早く戻って! 彼等がなんだというの!?」
大気を震わせる衝撃波により回避を余儀なくされた小竜に、追い付いた飛空艦の少女が拡声器で必死に声を張り上げる。空賊側の数を減らした空戦機も、空母艦の砲撃に戦慄の表情を浮かべながら、小竜の傍を旋回する。
追いかけっこは終りだ。唯一、逃げ切れる可能性のあった雲の山脈地帯からは離れてしまった。実は、あの山脈地帯は雲海に比べ内部は比較的穏やかで、姿を隠すには最適だったのだが、今から戻ることなど不可能だ。もう、残る方法は、十中八九墜落するだろうが、雲海へと潜り込むしかない。
そのためにも、一刻も早く、小竜を船内に戻す必要があった。
が、当の小竜は、白銀の光柱へ向けて求めるような鳴き声をあげるのみ。
それはまるで、万に一つの可能性もなく消え去った彼等の生存を確信しているようで……
「う、そ……ありえない……」
それはきっと、この戦場にいる全ての者の気持ちを代弁した言葉だろう。
白銀の艦載砲撃が、空気に溶けるようにして消えていく。
塵芥すら残さず消滅することを強いるはずのそれ。しかし、真昼のような明るさが消えていき、黄昏の色が世界に戻る中、絶対であるはずの未来は覆された。
現れたのは球体。
硬質な、夕日を反射して艶やかに輝く金属のそれは、更に、周囲を漆黒と紅で彩られた十字架で囲まれている。
「……未知の攻撃だし、一応、八点結界とアイディオンを併用したが、どうやら、空間遮断を破るほどの力はないらしいな」
「まぁ、神の使徒の分解砲撃すら完全に防ぐのじゃ。防御を無視する浸透攻撃でもない限り、ご主人様の防壁を抜くことは至難じゃろう」
カシュンッカシュンッカシュンッと音を立てて、金属の球体――可変式大盾〝アイディオン〟が全方位防御を解く。スライドし、隣へ隣へと収納されていく幾枚もの盾。それはやがて、柩型のノーマルモードへと移行した。同時に、八点結界も消える。
戦場は無音。否、正確には風の音や艦の駆動音が響いているのだが、そう錯覚するほどに、この戦域にいる者達が絶句しているのだ。
正しく、唖然呆然。個人で、空母級の戦艦が放つ主砲の直撃を無傷で凌いだのだ。無理もない。
静まり返る戦場で、ハジメはピキピキッと血管が浮き上がるのを感じながらも、念話の応用で空母艦の艦橋における会話を傍受し始めた。
一直線に並んでいる間、小竜が射線上にいるからと飛空艦には碌な攻撃をせず空戦機に攻撃を任せていたというのに、何故、いきなり母艦による攻撃を敢行したのか……
上手く傍受した空母艦艦橋内では……
『くそっ、これも防ぐのかよっ。あいつら、やっぱり化け物だっ』
『馬鹿な……グローサー4の映像は確認していたが……六割とはいえ主砲だぞ。奴らは、いったい……』
『艦長っ。早く、早く次をっ。最大威力です! でないと、また皆殺しにされる!』
『黙れ、ヒッグス! 我等、神国軍人が、天空を統べる選ばれた民が、たった二人の賊に敗北するなどあるはずがない!』
『ですがっ、あいつら人間じゃない! 見たでしょうっ。男は生身で空戦機を破壊して、女の方は竜に化けて俺の最大速についてきたんです!』
『チッ。おい、誰かヒッグスを連れていけ! 目障りだ!』
どうやら、あの生き残りの空戦機には映像記録のシステムが搭載されていたようだ。それで、ハジメとティオの理解不能な強さを知り、小竜と離れた隙を突いて過剰ともいえる攻撃に出た、ということらしい。
艦長らしき人物は、動揺からざわめく艦橋内の部下達に、怒声交じりの命令を下した。
『待機中の空戦部隊をスクランブルさせろ! 空賊と王竜を奴等に近づけさせるな! 操舵手、速度3にて目標の左側面に回れ! 主砲充填、最大威力! 1番から20番ポッドの目標を固定。弾種グローグ! 間断なく撃ち続けろ! あれだけの攻撃を凌ぐシールドなど、そう長く持つわけがない! 物量で押し潰せ!』
本気で、ハジメ達を堕とす気らしい。
白銀の光を噴いて、空母艦が左側面へと回り込み始めた。艦載兵器のバルカンの砲身や中型弾種の砲撃が可能な砲身が、ハジメとティオに向けられる。
ハジメの目がスッと細められた。抑揚のなくなった声音が、念話をもって伝播する。
『聞こえているんだろう? いいか、もう一度、言うぞ? 俺達はあんたらの争いに介入する気はない。あんたらの領域を侵しているのがこちらだという自覚はあるんだ。邪魔者は消える。だから、これ以上、俺達に殺意を向けないでくれ』
しばらく沈黙。軍側が、頭に響く声に困惑する中、しかし、艦長は、伝わるのかどうか、半信半疑ながらもその場で答えを口にした。
『寝言は寝てから言え。あの王竜が異様に執着する異様な力を持つ人間を、放置などできるはずもない。本来なら人体実験でもなんでもして、その力の秘密を探りたいところだが、お前達は危険すぎる。まして、既に神民たる我が軍のパイロットを手にかけたのだ。お前達は、今ここで、確実に殺す』
空母艦の主砲に凄まじいエネルギーが集束していく。おびただしい数の空戦機が飛び出してきた。その数は既に、元から戦闘に出ていたものと合わせて五十機はあるだろうか。
ハジメ達に近づこうとする小竜を、軍側の空戦機が音波の壁で妨害する。空賊側にも攻撃が重ねられた。そちらの戦闘機は既に十機と少ししかいない。
「ぴぃっ、ぴぃいいっ」
なにがそうまでさせるのか。必死にハジメ達に呼びかける小竜。離れたくない、あるいは、一緒に逃げよう……そんなことを言っているようにも見える。
ハジメは無表情を僅かに緩めると、ドンナーの引き金を引いた。飛び出した閃光は二条。一つは小竜に、もう一つは飛空艦の上の少女のもとに。あわや撃ち抜くかという寸前で、ピタリと静止した特殊弾〝エグズィス・ブレット〟の効果により、小竜が刹那の内に少女のもとへ転移した。
「友達のところで、大人しくしてろ。いいな?」
「ぴぃ……ぴっ」
「ク、クワイベルが、言うことをきいてる?」
纏う剣呑な雰囲気に反して、意外なほどに優しい声音の言葉に、小竜はハジメとティオへ忙しなく視線を彷徨わせながらも僅かな逡巡の後、直ぐに元気な返事を返した。その様子に、小竜を二度と逃がすまいと抱える少女は驚いたような表情を見せる。
更に、いつの間にか飛空艦の周囲に幾つものクロス・ヴェルトが浮かび、守護の結界を張っていた。
集束された白銀の光は既に臨界点。小竜が離れたことで遠慮のなくなった軍側空戦機の攻撃が苛烈さを増す。幾千というバルカンの弾丸が、幾百というミサイルが、衝撃波すら伴う音波が、オーバーキルと表現するのもおこがましいほどに、たった二人の人間に集中する。
爆炎が結界を包み込み、まるで小型の太陽でも生じたように、その中へ二人の姿が消える。
それほどの集中攻撃を受けて、しかし、それを空間遮断の結界のみで防ぎ続けるハジメは、隣のティオに視線を向けた。ティオは肩を竦めて無言の問いかけに対する答えを返した。
「殺意を向けられても、どうにか説得しようとするご主人様も悪くはないが……やはり、問答無用、理不尽上等こそ、我が主にふさわしい。ご主人様よ、今更遠慮は無用。妾の意思は、常にご主人様と共にある」
ハジメは不敵な笑みを浮かべて、ティオを抱き寄せた。スカイボードの上で、美女の腰を抱き寄せる男の姿は、ミサイルの爆炎に包まれて見え辛くなっていなければ、盛大に敵の表情を引き攣らせたことだろう。
爆音と、衝撃音に彩られる戦場に、静かな声音が響いた。
『……最後通告だ。今すぐ、引け』
空母艦の艦長のみならず、その声が届いた全ての人間が恐怖に背筋を震わせた。だが、それは、言葉の端々に滲む彼等の選民思想やプライドにより、不幸なことに、怒りへと変換されてしまったらしい。
『怯むな! 釘づけにしろ! 奴等は動けんっ。シールドも、もうそう長くは持たんはずだっ。我ら神国軍人の力を見せつけろ! 主砲、チャージは!?』
『フルチャージまで、残り五パーセント、四パーセント、三パーセント……フルチャージ! いつでも撃てますっ』
『カウント五で撃つ! 空戦部隊、離脱しろ!』
再び、色濃くなった茜色の空が真昼の白銀に染め上げられた。
先程までの比ではない、空母艦の下方から出された砲身からだけではなく、甲板前部に取り付けられた三連砲身からも全く同規模の砲撃が放たれる。総計四門からなる白銀の砲撃は、大気を破裂させる勢いで空を切り裂いた。直撃範囲は直径で十メートルはあるだろう。余波も含めれば更に十メートルは致死の領域だ。
空に咲いた爆炎ごとハジメとティオの姿が消えた。
鳴動する世界。直下の雲海が衝撃で波打ち割れる。彼方の雲山が中腹に大穴を空けられ丸ごと消し飛ぶ。
極光ともいうべき光の中、腕をかざして、あるいはバイザー越しにその光景に見入る両陣営の者達は――
直後、それを目撃した。
轟ッと噴き上がり、天を衝いた漆黒の螺旋を。
白銀の光をまるで物ともせず、どんな存在にも染められはしないと無言で訴えるような、純粋な黒。
「あれは、なんだ……」と誰かが呟いた。
その瞬間、漆黒の螺旋は集束し、白銀の奔流を飛び出して、天で渦巻く球体となった。
そして、破裂する。まるで封印が解かれるかのように。まるで、漆黒の繭から生まれ出でたように――姿を現す。
咆哮一発。翼を一打ち。
雄大に、勇壮に、盛大に、何にはばかることも、何に臆することもない、天空の覇者としての威容を遺憾なく撒き散らすその姿。
この世界の、弱り切った竜とは一線を画する巨体と、溢れ出る覇気。肌で、あるいは本能で感じる存在の強大さ。
『お前達を、俺の〝敵〟と断定する。神国だか、選ばれた民だか知らないが、その身をもって知るといい。俺の嫁こそ、天空の覇者だってことをな』
空域全体に響き渡った言葉。
ハッと我を取り戻した者達が、今更ながらに気がつく。
燃えるような太陽を背負い、翼を広げ滞空する黒竜の背に、仁王立ちで全てを睥睨する男が存在することに。
畏怖の念を抱かずにはいられない、見たこともない竜の背に騎乗するその姿。
誰もが息を呑み、絶句する中、
小竜を抱えた少女だけが、呆然と呟いた。
小さい頃から知っている、御伽話の一つ。そう、それは伝説の……
「……竜騎士、さま?」
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。