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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅡ
230/545

ありふれたアフターⅡ ティオ編 in天空の世界

 轟々と唸る風。叩きつけるような風圧。見上げれば鮮やかな蒼天。燦々と降り注ぐ陽の光。陽光を反射して白銀に輝く雲海。


 それらに囲まれて、空中で腕を組んでフリーフォールする人影が二つ。


「洞窟に入るとフリーフォールする運命にでもあんのかな、俺は」

「さてのぅ。じゃが、少なくとも前回より爽快な落下じゃろ?」

「気持ちのいい天気だよなぁ~」


 念の為、もう一度。二人は絶賛、命綱もパラシュートもないフリーフォール中である。


「取り敢えず、雲海の下に出てみるか?」

「うむ。天気は悪そうじゃが、ここがどういう世界か分かるものがあるやもしれん。空の上には何もないからの」


 そう言っている間にも、ハジメとティオは雲海に突入。


 その瞬間、凄まじいまでの乱気流と乱発する雷の洗礼を受ける。どうやらこの雲海、ただの曇天でも雨雲でなく、超広範囲の積乱雲に似たものらしい。渦を巻く様子もないことから台風の類ではない。見渡す限りの世界を静かに覆う、尋常でない範囲の嵐の雲。


 轟音と共に乱れ飛ぶ雷が、侵入者を排除するかの如く、ハジメとティオを襲う。


 刹那、ハジメの体が紅いスパークを放った。直撃したはずの雷は、まるでハジメの体面を滑るように流され、明後日の方向へ飛んでいく。


 ティオの方は竜鱗硬化によって普通に耐えたらしい。涼しい顔をして、衣装に空いた穴を再生魔法で修復している。


 時間にして数秒。


 ボバッと雲の一部を後ろに引きつつ、二人は雲海の下に出た。


 途端、激しい風雨が二人を容赦なく襲う。


「うわぁ、こりゃひでぇ」

「なんというか……この世界、割と終わっとらんか?」


 重力制御型多目的攻撃機――クロス・ヴェルトを八機召喚し、自分とティオの周囲に正四方結界を張ったハジメは、結界の中から障壁の表面を伝う雨水を見て、思わず声を漏らした。


 それもそのはず。滝の如く世界へと降り注ぐ豪雨は、どう見ても泥水のように濁っていたのだ。肌についた雨水が、二人をまっ黒に染めている。


 ティオが風の魔法で黒い雨を振り払い、ついでに自分とハジメの濡れた服も炎の魔法を複合して温風にしつつ高速で乾かしながら、何とも言えない声音で異世界に対する感想を述べた。


 その視線は、先程まで黒い雨に濡れていた自分の腕を見ている。そこには、赤い斑点が無数にできていた。どうやら黒い雨に触れた場所が炎症を起こしているようだ。


 明らかに害のある黒い雨が降り注ぐ世界。


 もちろん、この地域特有の現象なのかもしれないが、少なくとも、眼下に広がる大海原の暗い色が、陽光が届かないことのみを原因としているわけでないことは明白だ。海が染まるほどに、この黒い雨は降り注いでいる。


 そして、これほどの範囲の汚染された海が、海流に乗って世界へと流れていけば……自然と、この世界の絶望感が予想できる。


 ハジメは、自身のスマホを取り出すと、黒い雨を一滴、ディスプレイ上に落とした。途端、ディスプレイ上に波紋が広がる。ロード画面が出て数秒。


「案の定、未知の成分だな。トータスのデータにも、地球のデータにもない。人体への影響は……おぉう、ティオの感想はマジで当たりっぽいな。見てみろ、この雨、細胞の壊死なんて効果があるぞ」

「……なんとまぁ。しかし、生物というのは、どんな環境でも最後には適応して生き残る道を見つけるものじゃ。適応できる生物がいる可能性はまだある。それに、この黒い雨も、地域限定かもしれんしの」

「まぁ、そうだな。取り敢えず、上に戻るか。俺等には大して効かないし直ぐに治せるけど、それでもこんなドス黒い世界は気が滅入る」

「違いない」


 ハジメとティオは、最後にもう一度、荒れ狂う黒い世界に視線をやって、結界を張ったまま再度雲海へと突入した。


 雲海を抜けて再び晴れやかな蒼穹の空へと戻ってくる。


「神隠しにあってみれば、飛ばされたのは随分と生きづらそうな世界だったな」

「そうじゃのぅ。どうする、ご主人様よ。帰るかの?」


 地球に帰還できる否か、疑問もなくティオは尋ねる。〝導越の羅針盤〟と〝クリスタルキー〟があれば、どんな世界にいようとも、地球への帰還は可能だ。だからこそ、洞窟で白い霧に呑まれそうになったときも、二人はまったく慌てなかった。


 ハジメは、尋ねるティオに視線を向ける。「ん~」と考える素振りを見せ、逆に尋ねた。


「ティオはどうしたい?」

「……戻るべきじゃろう。ちょっと近くの山へ冒険、というレベルではなくなっておる。良き世界ならば少し見て回るというのも考えられたのじゃがな……。ユエ達が帰ってくるまでの時間も考えると、冒険するにしても、一度戻ってユエ達も一緒に来るべきじゃ」


 ティオは、一瞬だけ苦笑いを浮かべると、慎重論を唱えた。確かに、いつでも戻れるとはいえ、家族の留守中に行う戯れとしては少々スケールが大きすぎるし、世界の有り様は不穏すぎる。


 実にティオらしい思慮深さを感じさせる意見だった。


 ハジメは、そんなティオに目を細めて、再び少し考える素振りを見せた。そして、ティオの意見を吟味し終えたのか、苦笑いを浮かべながら「そうだな」と同意しつつ、〝導越の羅針盤〟を取り出すため、〝宝物庫Ⅱ〟を発動させた。


 その直後、


「ん? んん? ……しまった。やっちまったよ、ティオ」

「む? どうしたのじゃ、ご主人様」


 バツ悪そうに頭を掻くハジメに、ティオは首を傾げる。その表情は、ハジメの次の言葉に、ビシリッと凍り付くことになった。


「羅針盤、忘れてきちまったわ」


 たはーーーっと笑いながら「まいった、まいった」などとのたまうハジメに、ティオはポカンッと口を開けて呆ける。


 一拍、二拍。ようやくハジメの言葉の意味が浸透したようで、ティオは顔色を変えると狼狽えたように問い詰め始めた。


「わ、わわ、忘れるってどいうことなんじゃ!? 宝物庫に入れておったんじゃろ!?」

「いや~。今、思い出したんだけど、ちょっと前にユエへ貸し出してから戻してなかったわ。うっかりしてたぜ」

「たわけぇーーっ!! そんな重要なこと忘れるでないわ!」

「おぉ、ティオに叱責されるとか……すげぇ新鮮な体験だな」

「言っとる場合かぁーーーー!! どうするんじゃ……、帰れんではないか」


 あまりに適当感あふれるハジメの態度に、ティオはがっくりと肩を落とした。ハジメに怒鳴るという初体験にも自覚がない様子。


「まぁ、そう取り乱すなって」

「なんじゃ。随分と余裕じゃな。帰還の目途があるのかの?」

「帰還の目途はないが、逆に言えばユエが羅針盤を持っているなら特に焦ることもないだろう? クリスタルキーは俺が持っているが、羅針盤が俺を見つけたら逆探するくらい可能だ」

「……なるほど。そう言われれば、確かに焦る理由もないのぅ。帰ってこない妾達を見つけるため、ユエが羅針盤を使えば、その時点で戻れるわけか。ふむ、すまぬな、ご主人様。無様を見せたのじゃ」


 言われてみれば大して深刻な事態ではないと理解でき、ティオは取り乱した自分を恥じるように目を伏せた。


 視線を逸らしているティオは気がついていなかったが、恥じる彼女を見るハジメの表情はひどく優しい。普段のドS対応全開なハジメとは異なる、確かな愛情を感じさせる温かい表情だ。


 それもこれも、珍しくもティオが取り乱した理由を察しているが故。


 ティオは帰還できない可能性そのものに焦燥を覚えたのではない。何も持たないところから、その意志だけで世界を越える術を手にした男が目の前にいるのだ。そんな疑いは、むしろハジメに対する侮辱にほかならない。


 故に、ティオが焦燥を浮かべた理由は別のこと。すなわち、自分が連れ出したことが原因で、ユエ達がハジメと引き離されてしまった事実そのものにあった。帰還できるということについて疑いはない。だが、問題はその時間。どれだけの間、ハジメとユエ達を引き離すことになるのか、という点にあったのだ。


 ようは、ハジメが帰ってこないことに対する、ユエ達への気遣いが発露したというわけだ。頑丈さが取り柄とはいえ、仲間のためにその身を盾にすることを躊躇わない、実にティオらしい取り乱しだったのである。


「まぁ、雲の下は世紀末みたいな感じだが、空は中々悪くない。頃合いまで、この雲海に境界はないのか、あったとして陸地はないのか、冒険といこうぜ、ティオ」

「そうじゃの。うむ、うむっ。そうするとしよう!」


 恥じらっていたティオは、冒険再開の号令を受けて、嬉しそうに声を弾ませた。表情は言わずもがな。まさに「いつもそうしていれば、竜人族の姫かどうかなんて疑う奴はいないのに」と呆れを頂戴しそうな、見惚れるような笑顔だった。





 空の旅に出発してしばらく、現在、ティオは黒竜に転変し、ハジメはその上に騎乗していた。


 最初は、ハジメはスカイボードで、ティオも部分竜化で翼だけだし、あとは風の魔法を使って人型で飛んでいたのだが、ハジメが騎乗したいと願ったのだ。


ドラゴンの背に乗り遥か空を飛ぶ――男なら誰もが憧れるそれを、度々実現しているハジメだったが、飽きもせず、機会があればこうしてティオに乗せてもらっているのである。


『ご主人様を乗せて飛ぶのもしばらくぶりじゃな。地球に戻ってからは、あまり機会もなかったしの』

「そうだな。それに、トータスでも地球でも、基本的に飛ぶのは夜だったからなぁ。こんな晴れ渡った大空を飛ぶのは、本当に久しぶりだ」

『望むならいつでも飛ぶぞ? 地球の空は窮屈ではあるが、今ならご主人様のアーティファクトで、どうにでもできるじゃろ?』

「そうだな。ジャミング系と迷彩系のアーティファクトを作ればいいか。空自とドッグファイトとか勘弁だしな」


 風を捕まえ、優美な曲線を描いて雲海の谷間を飛ぶ。流れゆく綿菓子のようなミルキーロードは、それだけで絶景だ。


 雲海は、なだらかなだけでなく、場所によっては巨大な山や、今のように雲海の峡谷を作り出している。アーチ状の雲もあれば、まるで押し寄せる津波のような雲もある。まさに、空の上にできた大陸と表現すべき壮観さだ。


 重力制御の応用で、ピッタリとティオの背にくっついているハジメが落竜する心配はない。風圧や空気も専用のイヤリング型アーティファクトにより体の一メートル内で制御している。なので、ティオは何の遠慮も配慮もなく、思う存分に飛んでいた。


 峡谷から急上昇で抜け出し、バレルロールしながらぷかぷかと浮いている雲の隙間を抜けていく。


 雲のアーチを潜り、踊るように雲山の周囲を旋回し、急上昇から自由落下に任せた急降下。そして、周囲の雲を吹き散らす勢いで翼を展開し、波乗りするように雲の津波の中を飛んでいく。


「楽しそうだな?」

『うむ、とても楽しいぞ!』


 激しい機動とは裏腹に、ハジメが穏やかな声で尋ねれば、返ってくるのは予想通りの弾んだ声。サービスとばかりに咆哮一発。強力でありながら、どこか心地よさも感じる響きに、ハジメも快活な笑い声をあげる。


 と、そのとき、まるでティオのあげた咆哮に応えるかのような、微かな響きが届いた。


「お? ティオ、今の……」

『どうやら、第一むらびと――ではなく、第一生き物の発見じゃな。全滅しとらんで良かった良かった』


 生物の細胞を壊死させる黒い雨が降りしきる世界にも、やはり生き物はいたらしい。今も二人の鼓膜を叩き、少しずつ音を大きくしているのは明らかに生物の声――それも、大型の生き物があげる咆哮のようだ。


 ハジメが黒鱗の背を叩けば、ティオは我が意を得たりと急旋回した。


 いくつかの雲山を越えて、最後に一際大きな渦巻く雲の柱を迂回する。すると、正面の空に、まるでインクを垂らしたような黒い点がいくつも見て取れた。


『ほぅ……この世界にも、妾の同類がおったか』

「やっぱファンタジーな世界だったな。まぁ、竜人みたいに〝人〟が〝竜〟になれるのか、それともただの魔物の類かは分らないが」


 蒼穹に映える斑点が徐々に大きくなる。常人とは比べ物にならない視力を持つ二人には、その正体がはっきりと見えていた。


 竜だ。東洋の蛇タイプの龍ではなく、西洋型の竜。その数は十ほど。灰色の体色で、体長は二、三メートルくらい。肉付きは悪い。ティオの体格に比べれば、なんとも貧弱さを拭えない。時折、ティオを呼ぶように上がる咆哮は、その姿を見た後では、むしろ鳴き声のようにも感じる。


 瞬く間に近づいてきた小型の竜達の、知性の有無を調べるべく、ティオは取り敢えず話しかけてみた。


『ぬしら、こちらの言葉がわかるかの? 意思の疎通は可能か?』


 返って来たのは、ギャウギャウギャオギャオという獣そのものの鳴き声のみ。空中でホバリングするティオの周りを、まるで甘えるようにくるくると旋回し――


「「「「「……」」」」」


 背に乗るハジメを二度見した。紛う事なき二度見だ。


 ハジメが、鳴くのを止めて自分を凝視する灰色の竜達に「あ?」と訝しむ視線を返す。


 直後、


「「「「「ギュワ!?」」」」」


 灰色の竜達は、「見てはいけないものを見てしまった!」というかのような反応を見せて、一目散に逃げ飛んでいった。中には慌て過ぎて失速し、落ちかけている竜までいるほどだ。


 その有様はまさしく、化け物に遭遇した哀れな犠牲者、あるいは魔王にばったりと遭遇してしまった村人Aの如く。


 相変わらず獣の鳴き声だけで、言語を使っている様子もなければ、高度な知性も見えない。が、何度も後ろを振り返りながら、死に物狂いで逃げる姿からは、


――逃げろぉ、早く逃げろぉ

――誰かっ、誰か助けてぇ!!

――神よ! おぉ、神よ、どうか救いをっ

――俺は、こんなところでっ、死ぬわけにはいかないんだぁっ


 みたいな心の叫びが聞こえてきそうである。


「…………ティオ」

『な、なんじゃ、ご主人様』


 静かな声音に、ティオは少し狼狽えながら返事をする。首を回して後ろを見れば、そこには遠い目をしているハジメの姿が。その横顔には、どこか哀愁が漂っている。


「俺って、そんなに恐ろしいか?」

『い、いやぁ、別にそんなことはないと思うんじゃが……』

「だが、あれはどう見ても、ホラー映画とかで殺人鬼に遭遇した被害者みたいな感じだったぞ。俺は別に、威圧もなにもしていないのに。なにも、していないのに」

『ひ、人に、不慣れだったのではないかの? お仲間だと思って近づいてみれば、見たこともない生き物が乗っていてびっくりしたんじゃよ、きっと』

「びっくりで、あんな風に死に物狂いで逃げるのか? ……最近、丸くなったなんて言われて、少しは地球での生活にも適応できるようになってきたと思っていたんだが……」

『ご主人様よ、珍しくしょげている姿には、なんとも母性本能をくすぐられるのじゃが、取り敢えず、追ってみんか? せっかく見つけた生き物なんじゃし』

「……そうだな。そうしよう」


 どこかしょんぼりしているハジメの姿に、ティオは軽く身悶える。


トータスにいた頃なら、むしろ青筋を浮かべて抜き撃ちドパンッくらいしそうなものなので、しょげていること自体が地球での生活に順応しつつあることを示している、とティオは思ったのだが、レアな光景なので敢えて口にはしない。


 代わりに、せっかく遭遇したこの世界の変化を逃さないよう、追跡を促した。


 翼を一打ち。滑るように飛び始めたティオ。「追ってこないかな? もう大丈夫かな?」といった様子でチラリと振り返った灰色の竜達は、迫るティオの――正確にはその背に騎乗するハジメを見て、ビクゥウウウッと体を震わせた。


 当然、今まで以上に必死に逃げ始める。


「……」

『あ~、ご主人様? きっとあれじゃよ。人並の知性も見えんし、正真正銘の獣なんじゃよ。だから、本能的にご主人様の強さを感じ取って――』


 ティオの涙ぐましいフォローが入る。しかし、その言葉が耳に入っているのかいないのか、反応しないハジメは、どことなくしょげていた表情を、少しずつ変え始める。


 しょげ顔からジト目へ、次いで小さな苛立ち。そして――


「いいだろう。そっちが俺に、そういうキャラを求めるなら、ああ、いいとも。応えてやろうじゃないか。クックックックッ」

『ご、ご主人様が、妾を相手にするときのようなドS顔を!? 逃げるんじゃ! ぬしら、早く逃げるんじゃぁああっ』


 ティオの上で仁王立ちとなり、両手を広げて敵を迎え入れるような香ばしいポーズを取る魔王様。口元は上弦の三日月の如く引き裂かれ、目元は獲物を追い詰める狩人の如くギラギラと輝いている!


 ティオが咆哮をあげて灰色の竜達に逃亡を促す。その声に一斉に振り返った灰色の竜達は――直後、見た。


「さぁ、逃げろ逃げろ! チンタラしてっと捕まえて喰っちまうぞぉおおおっ」


 そんなことを蒼穹の空全体に響きそうな大声で叫びながら、真紅の魔力を噴き上げる魔王を見た。


 もちろん、灰色の竜達が、ビックゥウウウウウッしたのは言うまでもない。今まで以上に死にもの狂いで逃げ始めたのも言うまでもない。その後ろから「ハッーーーーハッハッハッハッ!!」という高笑いが響いてきて、竜なのに目元に光るものが見えたのは――きっと、気のせいではないだろう。





 ハジメが魔王しちゃってから二十分ほど。自分でまた一つ、黒歴史を増やしてしまったハジメがティオの背の上で体育座りをしていると、〝今はそっとしておく〟の方針を取っていたティオが遂に声をかけた。


『ご主人様。落ちこんどらんで、前を見ておくれ』

「放っておいてくれ、ティオ。俺は、自分の阿呆っぷりと成長のしなさ加減に愛想が尽きかけているんだ。……ちょっと自分を見つめ直さないと遠藤になっちまう」

『あやつが聞いたら心外だと怒り……いや、案外、仲間が増えたと喜ぶか? まぁ、そんなことよりも、ほれ、いい加減、顔を上げておくれ。あの竜達から距離をとって追走した甲斐があったんじゃよ? 中々、心躍る光景だと思うんじゃが?』

「そんなことって……まぁ、確かに遠藤のことはどうでもいいが……。で、なにが見えたと――」


 さらりと某影の薄い友人に酷いことを言いながら、ハジメが体育座りを解除して視線を上げる。そして、絶句しながら、思わず「おぉ」と感動の声を上げた。


 灰色の竜達を追い回す虚しさから、途中より距離を取って彼等に気取られないよう追跡していたのだが、どうやら彼等の住処のような場所に辿り着いたらしい。


「リアルラピ○タかよ」

『ああ、あの名作か……確かに、彷彿とさせるのぅ。妾としては神域の方が思い起こされるが』


 雲海は元いた場所から途切れることなく続いている。見渡す限りずっと雲海だ。あるいは、本当に世界の全てを覆っているのかもしれない。だとすれば、地上は生き物に致命をもたらす黒い雨に侵されているわけで、果たして、竜達はどこで羽休めをしているのか――その疑問の答えがこれだった。


――天空に浮かぶ島


 そう、それは雲海の上に、何の支えもなく浮かぶ大地の欠片だった。大地の一部をそのまま繰り抜いてきたかのように、露出した土石と、その上に緑豊かな地上があり、浮島の中心は背の高い樹木に覆われた森まである。大きさは東京ドーム五、六個分といったところか。


「竜がいた時点でファンタジーな世界だと思っていたが、ますますって感じだな」

『神域の浮島は、じっくり観察する暇もなかったからのぅ。妾、ちょっとワクワクしてきのじゃ。ご主人様よ、おそらく先程の竜達もここにおるじゃろうから、驚かさんように端っこに降りるということでよいかの?』

「ああ、それで頼む。俺は〝気配遮断〟しとくよ」


 ティオが近づくにつれ、中心部の森がざわついた。樹木が僅かに不自然に揺れ、しかし、直後には静謐を湛える。竜達が身を潜めたのだろう。


 その気配を感じながら、ティオは浮島の端に降り立った。巨体を感じさせないふわりとした優しい着地だ。ハジメはティオの背から飛び降り、自らの足で緑の大地を踏みしめる。


 直後、ティオが竜化を解いて、ハジメの隣に立った。ざわりと、森から動揺するような気配が伝わる。


「見た目は普通の雑草だな。大地の成分は……地球やトータスのものに似ているようだが……うん?」


 ハジメは、しゃがみ込んで草を手に取り、〝鉱物系鑑定〟により大地の成分を解析する。そして、「おや?」と何かに気が付いたように目をぱちくりとさせた。


「どうしたのじゃ? なにか不思議な成分でも混ざっておったか?」

「不思議な成分というか……すげぇ覚えのある成分に近いものが混じってるな。それも、肥料でもまいたみたいに、広範囲にばらばらと」

「覚えのある成分? 口ぶりからするとトータスの、ということかの?」

「ああ。砂より小さい粒状の鉱石だ。――【集束錬成】」


 ハジメが見た方が早いと言いたげに、掌を上に向けて片手を差し出した。直後、周囲の鉱物を収束して、手を触れずに錬成できる錬成師の奥義が発動する。


 ハジメの周囲からキラキラと輝く砂が噴き上がってくる。それらはまるで宇宙に流れる大河の如く、星のような煌めきをもってハジメを中心に渦を巻き、徐々に掌の上に集まっていく。


 真紅のスパークを放ちながら、やがて圧縮錬成され作り上げられたのは、一欠けらの蒼穹に輝く宝石だった。


「これは……まるで神結晶のようじゃの」

「ああ。細かいところは違うけどな。どうやら、魔力を取り込み、それを凝縮して液状に発露させる、という点は同じようだ」


 具体的には、神結晶ほどの魔力保有量を持たないうえに、再生と称しても過言ではない回復効果を持つ神水を生成するような力もない。ただし、魔力を自ら取り込み、それを栄養豊富な液体に生成して流すという点と、この一連の働きの循環率が、神結晶が行う神水生成とは比べ物にならないほど効率的で速い。


 それを、〝鉱物系鑑定〟と、生成魔法と変成魔法を取り込んだ高分析機能付きスマホの解析によって知り得たハジメの説明に、ティオは「なるほど」と得心がいったような表情で周囲を見渡した。


「空に浮く大地が、どうしてもこうも緑豊かなのか。その理由は、その神結晶モドキにあったわけじゃな」

「そのようだな。もっとも、大地が浮いている理由にはならないが……」


 ハジメが立ち上がって浮島の中心へ視線を向けた。調べに行こうというのだろう。ティオも頷き、そして、歩き出そうとしたそのとき、


「む? 自分から出てきおったな」


 一体の竜が、木の後ろからひょこっと顔を出した。ジ~とティオを見つめている。


 ハジメとティオは顔を見合わせ、取り敢えず、静観してみることにした。ハジメは全力の〝気配遮断〟。ついでに、ペンシルサイズのクロス・ヴェルトで簡易の結界を張る。防御のためのアーティファクトではなく、空間魔法による光の屈折を利用した光学迷彩系隠蔽用の結界アーティファクトだ。強度はそれほどでもないが、一応、空間遮断効果もあるので、体臭も防げる。


 灰色の小柄な竜は、しばらくジ~とティオを見ていたが、ティオが動かないことと、穏やかな表情で見つめ返してくることに少しだけ警戒感を薄れさせたようで、森からひょこひょこと出てきた。


 その後ろには、「おい、大丈夫かよ?」「止めとけって! 死んじまうぞ!」と言っているかのように、他の竜達が木々の後ろからひょこひょこ顔を出している。


「なんだか和むのぅ~」


 ある意味、愛嬌があると言えなくもない竜達の姿に、ティオは頬を緩めた。更に柔らかくなったティオの雰囲気に勇気づけられたのか、先陣を切った竜が、少し進んでは立ち止まり、また少し進んでは立ち止まりを繰り返しながら、少しずつティオに近づいてくる。


 やがて、ティオの近くまで来た竜は、その鼻先をティオに近づけ、ふんふんと匂いを嗅ぎ出した。そして、びくびくしながら首を引っ込め、首を傾げてはまた鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅ぐ。


「ふむ。どうやら、妾が人なのか、竜なのか、混乱しているようじゃな。だとすると……よかったのぅ、ご主人様。どうやら、ご主人様が特別嫌われているというわけではなく、この子達は〝人〟そのものに怯えているようじゃぞ?」

『なるほど。それはつまり、この世界には人が、少なくとも〝人型〟の生物が存在しているということか』


 念の為、ハジメは怖がらせないよう〝念話〟で応答する。そうこうしている間に、他の竜達も恐々とした様子ではあるが、人なのに同族の匂いもする不可思議な存在への好奇心に負けたようで、ひょこひょこと森から出てきた。


 あっという間に竜達に囲まれるティオは、更に鼻先を近づけてくる竜の一体に、そっと手を伸ばした。びくっとして身を引く竜だったが、ティオが手を伸ばしたまま静かに待てば、そろりと近づいてくる。


 遂に、ティオの手が竜の鼻先に触れた。そして、そのまま撫でてやれば、竜は目をぱちくりとさせたあと、気持ちよさそうに目を細め始める。クルルルルゥと甲高くも小さな鳴き声は、どうやら甘えを示しているようだ。


 ティオの背に、自分も訴えるかのように別の竜が鼻先を押し付ける。と思えば、右からも左からも、竜達が鼻先を押し付けてくる。


「これこれ、お前達。竜族ともあろうものが、揃いも揃って甘えん坊か? 困った奴らじゃのう」


ティオはくすくすと笑いつつ、そんなことを言った。もっとも、そう言いつつも、その瞳に宿るものは隠しようもない慈愛の心だ。順番に撫でつつ、目を細めて頬を緩める姿は、なんとも母性が溢れている。


 竜達に囲まれ、穏やかに彼等を甘えさせるティオの姿に、ハジメもまた目を細めていた。普段はド変態のくせに、その本質は思慮深く、慈愛と誇りに満ちた気高き者。それこそが、彼女のティオ=クラルスの魅力。


「む? なんだか熱い視線を感じるのじゃ……さては、ご主人様よ。妾がこの子達ばかり構っているから、嫉妬したのじゃな?」


 悪戯っぽく微笑みながら、ティオは光学迷彩の結界で隠れているハジメへ正確に視線を投げてくる。


 ハジメは、見惚れていたのは事実なので、苦笑いを浮かべつつ「かもな」と返事をした。予想外に肯定の言葉を返されて、ティオはうっすらと頬を染める。ちょっと嬉しかったらしい。


 ティオは気恥ずかしさを誤魔化すように、少し早口で口を開いた。


「ご主人様。今ならこの子達の警戒心も大分薄れておるし、よかったら撫でてみるか?」

『そうだな。せっかくだしな』


 ペンシルクロス・ヴェルトを操作して、光学迷彩を可能な限り体に近い場所で展開する。気配遮断も全力発動中なので、手を伸ばして死角から撫でるくらないならできるだろう。


 ハジメは、ゆっくりと竜に近寄った。ティオに撫でられて半ば目を閉じているので、今なら少し触れても気が付かないだろう。


 だが、野生の本能は、そう甘くはなかったらしい。


「!?」


 ハジメが手を伸ばした竜が、突如、その場から飛び退いたのだ。それはもう、一瞬で、ヒュバッと音がなりそうなくらい勢いよく、鮮やかに。


 気が付かれたのか? と、ハジメがジッとしていると、竜は「クルゥ?」と首を傾げて周囲を見渡した。どうやら、ハジメに気が付いたわけではなく、本能的な行動だったらしい。


 ハジメは一歩進んでみた。竜は一歩下がった。ハジメは二歩進んでみた。竜は二歩下がった。ハジメはくるりと迂回してみた。竜は相対距離を保ったまま迂回した。ハジメと竜は、間に見えない壁でもあるかのように、互いに一定の距離を保ったままくるくると回る。


 竜は、自分が何故そんな行動に出ているのか分かっていないようで、しきりに首を傾げている。


「ほ、本能的に、嫌なものがあると分かるのかの?」


 徐々にジト目になっていくハジメを察しているのか、ティオがそんなことを呟いた。


 ハジメは、他の竜のもとへ近づいてみる。他の竜達も、自然な動作で距離を取った。どこへ行こうとも、まるで反発する磁石のように、竜達はハジメを遠巻きにする。ハジメの存在に気が付いていないのは確かなようだ。つまり、無意識レベルで避けているらしい。


 ハジメはちょびっと傷ついた。遠い目をして明後日の方向を見る。


 と、そのとき、おそらく偶然だろうが、一体の竜が後ろ脚で地面を引っ掻いた。それにより飛ばされた土が、ハジメにべしゃっとかかる。


 それはまるで、猫や犬が、汚物にそうするかのような……


「……ご、ご主人様?」

「……」


 ハジメは答えない。ただ、にっこりと笑った。


 にわかにスパークする真紅の魔力。未だ、竜達はティオに甘えるので忙しく、自分達が地雷を踏んでいることには気が付かない。


 ハジメは結界と気配遮断はそのままにゆっくりと歩き出し、相対距離を上手く操って竜達の中心付近に陣取った。


 そこでようやく、異様な空気を察したのか、竜達がキョロキョロと辺りを見渡す。


 そして、何故かぽっかりと出来上がった自分達の中心にある空白地帯に視線を向ける。


――ステンバ~イ! ステンバ~~イ!!


――さぁ、皆さん、準備はよろしいか?


――いきますよ?


――いな~~い、いな~~~~~~~い……まおう!


 結界が消え去り、気配遮断が解かれる。


 あらわれたのは真紅の魔力を噴き上げ、ニィイイイッと嗤う魔王様。


 結果は言わずもがな。


「「「「「ぴぎゃぁああああああああああっ!!!」」」」」


 竜達の驚愕に満ちた絶叫が、晴れ渡る大空に響き渡った。


いつもお読みいただきありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
竜たちカワイソウにw
ラピュタだ…ラピュタは本当にあったんだ………! といいたいところだが、地上の有様が、終末なにしてますか?とかユースティアっぽいなあ。
[良い点] 全裸のティオ…。 あ~いえ! エロい感情ではなく、はじめとティオの距離が接近して良かったねと言う「親戚のおっさん的目線」として嬉しい!w 子供はいつだ!?ww [一言] ティオ編をある…
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