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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から
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エピローグ 後編

「ねぇ、浩介。連れていきたい場所って、ここなの?」

「ああ、ここだ」


 困惑を隠せない様子のエミリーは、落ち着かなさそうに視線を彷徨わせる。それもそうだろう。浩介が、ヴァネッサからの電話のあと足早に連れてきた場所は――病院だったのだ。


 エミリーの頭の中に、「なぜ?」という疑問が渦巻く。


 そんな彼女の手を引いて、ヴァネッサから聞いた病室へと急ぐ浩介は、声量に注意しながら説明した。


「ここはな、保安局の息がかかった病院なんだ。事件の犯人や被害者で、事情のある人間が利用したりするんだと」

「保安局の……え、まって、それじゃあ」

「ああ、ここにはベルセルク事件の関係者も収容されている」


 エミリーは息を呑んだ。腹にベルセルクを仕込まれても起爆されずに済んだ者達や、実験用に監禁されていたが運よく救助が間に合った者達、研究施設の職員で制圧作戦の際、負傷した者達などが、ここにはいるのだ。


 沈痛な面持ちで周囲を見やるエミリーだったが、はたと気が付く。それでも、自分がここに連れてこられる理由にはならない。ベルセルク化してしまえば手に負えず、そうなる前では完全に医者の領分。研究者たるエミリーの出番はない。


 そう、連れてくる理由があるとすれば、それは、今も病室や廊下で集まっている患者の家族と同じような理由のはずで――


 ぞわりと、寒気とは異なる言いようのない感情がエミリーの中に湧き上がった。


「ま、まって、まってこうすけ! も、もしかして、こ、ここに……でも、私、確かにみんながっ」

「ずっと思っていたんだ。エミリーの話の中で、彼女との別れだけが違った。望みは薄いだろうと思っていたから口にはしなかったけど、可能性はゼロじゃないと思っていたんだ」


 〝彼女〟――それが誰を指すのか、エミリーには分かった。


 そうだ。確かにそうだ。彼女についてだけは、エミリーは見ていないのだ。最後に別れたとき、すぐそこまで迫っていたベルセルクを引き付けて消えた彼女の最期だけは、確認していない。


 度重なる死が、ベルセルクの圧倒的な死の気配が、彼女を追っていった重い地響きのような足音が、エミリーに絶望を突きつけた。だから、あれが最期だったのだと、そう思ってしまっていたけれど……


「自分で確かめようと思っていたんだけど、その前に、局長さんが見つけて連絡してくれたよ。意識が戻っていないみたいだったから、念の為、直接確認してもらうためと、詳しい容態を知るためにヴァネッサに先行してもらったんだけど……」


 もはや、言葉もない。胸の内に湧き上がる希望がエミリーの心を震わせる。


「さっきのヴァネッサからの連絡。――意識が戻ったってさ。重傷で絶対安静だけど、命に別状はないって」

「ぁ、ぁ……」


 引かれる手とは逆の手で口元を押さえたエミリーは、滲む視界の先に医者らしき人物とヴァネッサが何かを話している姿を捉えた。


 浩介達に気が付いたヴァネッサが、医者に頭を下げつつ浩介達へ視線を向けた。その表情は、今まで見たことがないくらい優しく緩んでいる。その表情だけで、エミリーは、悪いことは何もないと悟った。希望は嘘ではないと理解した。


「大丈夫ですよ、グラント博士。意識もはっきりしていますし、ドクターも治療を続けていけば問題ないと。さぁ、彼女が待っています。行ってあげてください」

「ヴァネッサ……うん、うんっ」


 繋がれた手を放し、そっとエミリーの背を押す浩介と、優しい微笑みで送り出してくれるヴァネッサに、エミリーは堪えきれずに涙をほろりと流しながら、病室の扉を開け、中に入った。


 ピッピッピッと医療機器の音が響くほかは、静寂に包まれた病室。カーテンの開いた窓からは陽の光が注ぎ込み、病室を明るく照らしている。


 よたよたと、頼りない足取りでベッドへと近寄るエミリーは、そこで、両足を固定され、頭に包帯を巻き、点滴を受けている女性を見た。


 その女性は、気配に気が付いたのか、瞑っていた目をスッと開ける。


 そして、


「……エミリー。あぁ、良かった。無事だったのね」


 満身創痍でベッドに寝ていながら、最初に飛び出た言葉は妹分の無事を喜ぶ言葉で――


「リシー姉ッ!!」


 真っ白になった思考のまま、ただ歓喜に身を委ねて、エミリーは生きていた姉代わり――リシー=アシュトンの胸へと飛び込んだ。愛しい妹分の抱擁を受けたリシーは当然、


「あだだあだだだだっ。ちょっとっ、痛い、痛いってばエミリー! お姉ちゃん死んじゃう! 今度こそ死んじゃうから!」

「ふぇあっ!? ご、ごめんなさいっ、リシー姉ぇっ!」


 身悶えした。絶対安静の人に飛びついてはいけない。大切なことだ。あわあわ、おろおろと取り乱すエミリーに、涙目のリシーは痛みをこらえて「しょうがないわねぇ」と苦笑いを浮かべる。


「ゆっくりだったら大丈夫よ。ほら、おいで、エミリー」

「リシー姉ぇ」


 そっと、それこそ繊細な芸術品に触れるが如く、恐る恐るリシーに抱きついたエミリーは、そのままえっぐえっぐと嗚咽を漏らし始めた。そんな妹分を、リシーは目を細めながら優しい手つきで撫でる。


「ふふ、ちょっと気絶してる間に、随分と泣き虫さんになったのね。いつもの意地っ張りさんはどこにいったのかしら?」

「じ、じらない……ひっぐ、ぐすっ」


 ぐずりながら、ひしっと抱き着いて離れないエミリーに、リシーはますます表情を綻ばせた。


「少しだけ、今回のこと聞いたわ。あの格好いい女性捜査官に。随分と冒険してきたみたいね」

「ち、がう。冒険、なんかじゃ……。ただ、私が、なんとか、しなきゃって……でも、なんにも、できなくて……助けて、もらってばっかり、で……」

「うん。あのパラディさんも、エミリーが一生懸命だったから守ってあげたかったんだって。それに、もう一人のヒーローさん? も、エミリーが一生懸命だったから、力を貸してくれたって聞いたわ」


 もぞもぞと動いてリシーの胸元から顔を上げたエミリーは、涙と鼻水で酷いことになっている顔をくしゃりと歪める。


 そんなエミリーの顔を拭ってあげながら、リシーは誇らしげに、エミリーが憧れた優しい笑顔と共に言葉を贈った。


「頑張ったわね、エミリー。流石、私達の妹。あいつらも、リックも、そしてきっと先生も、あなたを誇りに思ってるわ」

「リジーね゛ぇっ」

「ああ、ああ、もう。せっかくの美少女が台無しに……ほら、チーンしなさい、チーン」


 エミリーは言われるままにチーンをする。そして、再びもぞもぞとリシーの胸元に顔を埋めた。今は、ただひたすら、大好きな姉を感じていたいというように。


 そしてリシーもまた、そんなエミリーを抱き締めて、ただただ、生きていてくれた妹分への愛しさと、自分達を守ってくれた想い人や仲間達への寂しさを噛み締めるのだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 空港のロビーは、出発待ちと到着する便の搭乗者待ちの人々でかなりの賑わいを見せていた。何列もベンチシートが置かれた待合場所で、未だ目元を赤く腫らしたエミリーが、申し訳なさそうに浩介へと視線を送る。


「ごめんね、こうすけ。時間、結構ギリギリになっちゃって。結局、お土産とかも買えなかったし」

「いや、いいよ。せっかくの再会だったんだ。それを邪魔するほど不粋じゃないよ。俺は」


 結局、あのあとリシーへのひっつき虫と化したエミリーは、リシーが半分白目を剥いて気絶しかけているのに気が付いた看護師に止められてようやく離れた。


 といっても、病室から出るのは嫌だったらしく、看護師の人に怒られて外に連れ出されそうになった際、思わず「おねぇちゃぁん!」と叫んで手を伸ばし、妹の叫びにカッと目を覚ましたリシーが「エミリィーーッ」と手を伸ばして点滴を引き千切ってしまい、更に騒動になったりしたので、似た者姉妹といえばその通りだった。


 まるで仲良し姉妹を借金の形に引き離そうとするマフィアのような扱いを受けた看護師が額に青筋を浮かべつつも処置する中、浩介とヴァネッサが平謝りしたのは言うまでもない。


 そんなこんなで、結局、空港に来るのは出発時刻に割と近い時間になってしまい、エミリーは申し訳なさそうにしているわけだ。


「まぁ、なんにせよ、生きててよかったな。リシーさん」

「うんっ」


 露骨な話題転換だったが、エミリーは満面の笑みで応える。失われたものは戻ってこないし、その傷は一生消えることはないのだろう。だが、それでも、ただ一つでも救いがあった。それはまさに、頑張った者への、世界からのちょっとしたご褒美のようだった。


 と、そのとき、電話により少し席を外していたヴァネッサが戻ってきた。


「コウスケさん。バーナードが見送りに来ましたよ」

「よぉ、アビィ。部隊を代表してきたぞ」


 どうやら、見送りに来たバーナードを空港のエントランスまで迎えに行っていたらしい。


「わざわざ来てくれたのか。仕事は大丈夫なのか?」

「いや、大丈夫じゃない。だから直ぐに戻らないといけないんだが、アビィが帰国するのに挨拶の一つもなしじゃダメだろう。それにほら、部隊の連中からお土産だ」

「え、悪いな、なんか。でも、そういうことならありがたく受け取っておく――」


 そう言って、ちょっと照れながら袋の中を覗いた浩介は頬を引き攣らせた。中には、種々の戦闘用ナイフや、変な文字の刻まれた弾丸。卑猥なジョークが書かれた手りゅう弾や、ジッポライター、それに何だか高級そうな葉巻などが突っ込まれていた。


「馬鹿じゃないの!? こんなの持ち込めるわけないだろ!」


 思わずツッコミをいれた浩介だったが、バーナードは不思議そうな表情で返した。


「え、でも、お前。普通に持ち込んでるだろ。ほら、あの小さい日本刀とか、ナイフとか」

「あ……うん、そだね。なんかごめん。それとありがとう」


 返す言葉もございません。そんな感じで浩介はいそいそとお土産をリュックにしまった。あとで宝物庫へ放り込んでおくつもりだ。


 お土産を渡せたバーナードは満足そうに頷くと、さっと踵を返した。どうやら忙しいのは本当のようだ。


「じゃあな、アビィ。今度こっちに来たときは、是非顔を出してくれ。美味い店を紹介する」

「ああ、ありがとう。バーナードは、あんま無茶するなよ」


 死神と幸運の女神に同時に愛されているとしか思えないバーナードに、浩介は苦笑いしながら礼を言った。すると、


「何言ってんだ。俺には、家で俺の帰りを待っている妻と可愛い娘がいるんだ。何があっても、必ず家に帰るさ」

「だからっ、そういうセリフをあっさり口にするんじゃない!」

「待っててくれ、アニー(六歳の娘さん)。お父さん、もうすぐ帰るからな……」

「ちょっ、バーナード! お前、マジで気を付けろよ! 絶対、すぐ後ろに死神がいるぞ!」


 相変わらず、危険なフラグを息をするようにあっさりと建築していくバーナードは、そのまま人込みに姿を消していった。


「なんというか、ある意味、彼はもっともコウスケさんに近い位置にいるような気がします。あれで死なない彼が、私は不思議でなりません」

「それについては同感だよ」


 ヴァネッサは、なんだがライバルを見るような眼差しをバーナードが消えた人混みに向けつつ、そんなことを言った。


「こうすけ、そろそろ時間よ」

「お、そうか。それじゃあ、そろそろ行くかな」


 そう言って立ち上がった浩介がリュックを背負って立ち上がる。そして、搭乗ゲートへと歩き出そうとして、クイッと服の裾を引っ張られた。


「うん? エミリー、どうした?」

「……」


 俯いたまま、エミリーは、浩介の服の裾をギュッと摘まんで離そうとしない。思わず助けを求めてヴァネッサを見るが、ヴァネッサは肩を竦めるのみで何も言わない。


「ええと、エミリー。俺の分身体は置いていくし、連絡先も教えたろ? 直ぐにまた会えるし、そんなに惜しまれちゃあ、なんだか照れくさいって」

「……」


 ちょっと冗談ぎみに、大げさな身振りでそんなことをいう浩介だったが、エミリーの様子は変わらない。否、その金髪の隙間から覗く耳先は、現在進行形で変化していた。じんわりじわじわと赤くなっていくのだ。よく見れば、首筋や頬も赤く染まっている。


 浩介が、「そういえば、結局ずっと言いそびれてるじゃん! やべぇ!」と事態を把握し、何か声をかけようと口を開きかける。が、その前に、


「あ、あのねっ。あのねっ、こうすけ! 私、私ねっ、その、こうすけのことがっ――」


 がばっと顔を上げたエミリーの顔は、まさに真っ赤なりんご。瞳はうるうると潤む、これ以上ないほどの熱を孕んでいて、今まさに、その胸の内で既に轟々と燃え盛っている炎を言葉にして解き放とうとしているのが一目瞭然。


 存外、大きく響いたエミリーの声音は、周囲の待ち人達や行き交う人々の足を止め、注目を集める。「おや? これはもしかして……」と、雰囲気を察した野次馬が興味深そうに瞳を輝かせた。


 そして、既にテンパりまくっているエミリーちゃんが、人生初の告白をしようと、その口を「す」の形にした刹那、


「あっ、いた! こうく~~~んっ♡」


 凜と透き通るような声音が、ロビーに響き渡った。思わず、誰もが声の主を探してしまいそうになるほど、その声音は涼やかで、かつどこか甘く色気のあるものだった。


 当然、その声音に聞き覚えのある浩介は、「まさかっ」という思いと共に、思わずエミリーから視線を逸らして声の方へ顔を向ける。


 一世一代の告白中なのに、他へと視線を向けてしまった浩介に、エミリーはふにゃと情けない表情になってしまう。が、それではダメだ。エミリーは、悲しそうにする前に、臨戦態勢を取らなければならないのだ。


 なぜなら、直ぐそこに、エミリーにとって宿命の敵となるものが迫っているのだから。


「こうくん!」

「ラナ!?」


 浩介が名前を呼んだことで、エミリーとヴァネッサも視線を転じる。そこには、人垣の向こうから満面の笑みを浮かべて走ってくる超美人なお姉さんがいた。


 走る度にぷるんっぷるんっと弾む双丘。美しい濃紺の髪。冗談のように引き締まったくびれと美脚。八頭身を地でいくプロポーション。可愛いと美しいが完全に調和したようなルックス。


 まるでウサギがぴょんぴょんと跳ねるような愛嬌のある動きで駆け寄ってくるその美人お姉さんは、人垣がちょい邪魔だと判断すると、少し進路をずらした。


 そして、人々がいろんな意味で注目する中、近くの柱を足場に三角飛びすると、空中で華麗に一回転して人垣をあっさりと飛び越える。そのアクロバティックな妙技に、思わず「おぉっ」と感嘆の声を上げる野次馬をおいて、美人お姉さんもといラナ=ハウリアは、ぴょんと飛んで浩介へと飛びついた。


「こうくん、久しぶり。会いたかったわ」

「え、あ、うん。俺も会いたかったけど、いや、その前に、なんでここに!?」


 浩介が目を白黒させながら尋ねると、ラナはくすりと笑いながら答えた。


「ボスがね、ゲートを開いてくれたのよ。実験だって言ってたわ。それで、なんだかこうくんが大変みたいだから、ちょっと会いに行ってやったらどうだって、送り出してくれたのよ」

「な、南雲の仕業か……」

「ええ、ボスの気遣いに感謝ね。でも、不思議なのよね。ボスったら、なんだか随分と急かしてきたのよ。『帰りを待つなんてダメだ。今すぐ行け。今すぐに! 空港で待ち伏せるのがいいな。近くに誰かいるだろうが、気にせず飛びつけ!』って」

「あ、あ、あの野郎ぉっ。分かっててやりやがったな!」


 浩介は察した。魔王が、ラナをここに送り込んだ理由を。完全に嫌がらせだった。あるいは、「仲間♪ 仲間♪」といった心情だったのかもしれない。


 いずれにしろ、浩介は内心で悪態を吐きつつ、注目を浴びているので取り敢えずひっついてるラナを離そうとして――


「コウスケ、ダレ? ソレ」

「ひっ」


 カタコトが聞こえた。なんの感情も含まれていない、機械音声のような無機質な声音。浩介は、油を差し忘れた機械のようにぎこちない動きで視線を転じる。自分に、告白をしようとしていた少女へ。


「ひっ」


 そして、二度目の悲鳴を上げた。エミリーちゃんの瞳が、完全に単一色だったから。うっすらと微笑んでいるが、大きく見開いた目は完全に瞳孔が開いている。ちょっと、美少女として見せちゃいけない顔だった。


「コウスケ? ダレナノ。ソレ?」

「んん? あら、初めましてお嬢さん」


 繰り返された問いに、先に反応したのはラナだった。ラナは浩介から離れると、そこで初めてエミリーの存在に気が付いたようで、にっこりと微笑む。そして、浩介の名前を呼んでいることから、彼の知り合いなのだろうと察し、名乗りを上げることにした。


 ハウリア流の、礼儀正しい方法で。


 取り敢えず、サングラスはいりま~す!


「我が名はラナインフェリナ=ハウリア! 首刈一族の風影にして、魔王の右腕たるアビスゲート卿の恋人! 卿のご友人ならば是非もなく、歓迎するわ。ただし、私が闇に属する女であることは忘れないでちょうだい。火傷じゃすまなくなるわ」


 ターン入ります。香ばしいポーズ入ります! ちょっと下げたサングラスから、パチンッと完璧なウインク入りますっ。


 決まった。大切な恋人のご友人に、完璧な挨拶が決まった。ラナインフェ――ラナは「ふっ」とやってドヤ顔になる。


 浩介は崩れ落ちた。野次馬は置いてけぼりを喰らった! ヴァネッサは「ほほぅ、恋人がいたのですか」と何やら感心したような表情で頷いている。


 そして、エミリーちゃんはというと、


「コイビト? コイビト……恋びと……恋人!?」


 正気を取り戻した。そして、先程の浩介のように、ギギギッと音が鳴りそうな様子で顔を浩介へと向ける。そして、半笑いなのか、半泣きなのか、よく分からない感じの表情で尋ねた。


「こうすけ……恋人、いたの?」

「……えっと…………はい」


 修羅場だ、修羅場だっと騒ぎ出す野次馬達を尻目に、浩介は冷や汗を流しつつ言葉を探す。ラナはキョトンした様子で浩介とエミリーを交互に見やり、ヴァネッサは事態の推移をジッと見つめている。


 浩介に恋人がいたという事実を知って、エミリーは俯いてぷるぷると震え出した。


「あ、あのぉ、エミリー? なんども言おうと思った――」

「ナンデェ! ナンデ恋人イルノ! ナンディエエエエッ!!」

「おおう!? お、落ち着けエミリー!」

「うわぁあああああんっ、こんなのおかしいわよぉっ。なんで言ってくれなかったのよぉ! それでも絶対に好きになってたけどぉっ、だからってこんなのあんまりよぉっ。うわぁあああああんっ」


 大絶叫が空港のロビーに木霊する。なんだなんだと空港の職員まで寄ってきた。


 襟首を掴まれ、ガクブルと揺さ振られる浩介は必死に止めようとするが、錯乱状態のエミリーは止まらない。


 そんな混沌とした場において、「う~ん」と顎に手を当てて何やら考え込んでいたラナが、ぽんっと手を叩くと、ツカツカと歩み寄っていく。


「はいはい、エミリーちゃん、でよかったかしら? それくらいにして、ちょっと私とお話ししましょう?」


 ハウリアモードを解いたラナが、なだめるようにエミリーへ話しかける。


 ちなみに、ハウリアモードは厨二全開モードのことだ。ハウリア族と一緒の時は常時発動している。が、浩介と二人っきりの時や、周囲にハウリアがいないときは、ラナはノーマルモードといって普通の会話が可能になるのだ!


 これは、地球の礼儀をシアから教わったラナが、浩介の両親に挨拶するために死ぬ気で身に着けた奥義なのである!


「うぅ、なによぉ。私の男に近寄るなとでもいいたいわけっ」

「いいえ? 確認したいだけよ。エミリーちゃん」

「なによぉ」

「こうくんのこと好き? 友達としてじゃなく、一人の男として?」

「うっ……そうよっ、好きよ! 大好きよ! ごめんなさい! ふえぇえええんっ」


 自棄ぎみに好きだと告白して、直後にラナに対して悪いと思ったのか謝罪し、そして再び号泣。その様子を見て、これは本気だと察したラナは――


 何故か瞳をキラッキラッと輝かせた。そして、号泣するエミリーをむぎゅっと抱き締めると、


「やったわね、こうくん! 嫁が増えるわよ!」


 なんてことをおっしゃった。


「ええと、ラナさん? いったいなにをおっしゃっているんです?」


 何故か敬語になりつつ、浩介が引き攣り顔で聞くと、


「え? だから、ようやく二人目のお嫁さんゲットね! って言ったのよ」


 と、不思議そうな表情で返した。


 周囲が沈黙する。浩介も沈黙する。エミリーの号泣が止まった。


 浩介は頭痛を堪えるような表情でこめかみをぐりぐりしつつ尋ねる。


「な、なんで嫁が複数? 前提がおかしくない? 俺は、ラナと結婚するつもりだったんだけど?」

「え? おかしくないでしょ? 私と結婚して、エミリーちゃんと結婚して、あと最低でも五人くらいは欲しいわね!」

「なんで!? なんで嫁が七人なの!? 重婚は禁止だろ! というか、嫁は普通、一人だろ!」


 絶叫する浩介に、ラナはやっぱり不思議そうな表情のまま首を傾げ、


「それは日本の話じゃないの? こうくんはこっちに来るんでしょう? それに、いずれ族長になるんだから、お嫁さんが一人なんて――ダメでしょ?」

「カ、カムさんは一人だろ!」

「そうだけど、長老衆とかは普通に多妻よ? 知ってるでしょ? それに――」

「それに?」


 おそるおそる、自分の常識が崩れていく音を聞きながら浩介が尋ねると、ラナは満面の笑みとサムズアップを決めながら言った。


「私達のボスがハーレム作ってるのに、その右腕であるこうくんが嫁一人なんて舐められるわ! 大丈夫! そんなに心配しなくても、私がきちんと妻同士仲良くできるよう取り計らうから!」

「そういう問題じゃなーーいっ」


 浩介が頭をかかえる。浩介的に、将来はラナと二人でおしどり族長夫婦なんて呼ばれる未来を想像していたりしたのに、当のラナは早く次の嫁を見つけてこないかなと期待していたというのだ。なんだか、いろんなものを打ち砕かれた気分である。


 なんとなく、「お前も、俺の気持ちを味わえ。心の友よ」という魔王の声が聞こえた気がした。凄く殴り飛ばしたい気分だった。


「ちょっ、ちょっと待って。あなた、私がいてもいいっていうの?」


 ラナの胸元からなんとか飛び出したエミリーが、動揺もあらわに尋ねる。


「もちろんよ。一緒にこうくんを支えましょうね?」

「いやいやいや、ダメでしょ! それは! そんなの、ふ、不純だわ! やっぱり夫婦っていうのは、お互いに最高のパートナーであるべきで……」


 もう頭の中がぐちゃぐちゃなエミリーが夫婦の在り方を語る。が、そんなエミリーに「ふ~ん」と意味ありげな表情を向けたラナは、「な、なによぉ」と虚勢を張るエミリーに、にんまりしながら言う。


「じゃあ、エミリーちゃんはこうくんのこと諦めなさい。嫁は一人じゃないとダメだというなら、それは私だもの。あなたが私にとって代われる可能性はないわ」

「っ。そ、それは……」


 ふふんっ、と不敵な笑みを浮かべるラナに、あからさまに狼狽えるエミリー。ラナは再びサングラスを着用してターンを決める。


「ふん、この私に勝とうなどと片腹痛い。アビスゲートの心は我が闇の腕の虜。誰にも解放することなど叶わないのよ。ふふふっ」


 まぁ、つまり、浩介は自分にべた惚れだし、自分も手放すつもりはないよ~と言いたいらしい。


 エミリーは、ビシッと自分を指さしてくるラナを見て、一つ、理解した。


「……分かったわ。あなたが原因だったのね」

「うん? なにか言ったかしら? 可愛らしい子猫ちゃん?」

「だからっ、あなたが原因だったのねっていったのよ! あの浩介の痛々しい言動の、ね!」

「がふっ!?」


 浩介に被弾。自分を好きだと言ってくれた女の子は、実は自分のことを痛々しいと思っていたらしい。心にヒビが入った。


「本当はとっても格好良くて素敵な人なのに! 戦い始めると途端に、おかしくなる! あなたが浩介を、あんな有様にしたのね!」

「ごふっ!?」

「ふっ。確かに、アビスゲート卿は私が呼び覚ましたといっても過言ではないわ。それで? だとしたらなんだというの? 子猫のあなたに何ができるというのかしら?」


 実にあくどい感じで、くっくっくっと笑うラナ。ノリノリだ。超ノリノリだ。


 滅茶苦茶楽しそうなラナの様子には気が付かず、愛しい人を救い出すと決意したエミリーちゃんは宣戦布告した。


「こうすけを、こうすけを真人間に戻してみせる!」

「かはっ!?」

「あなたにそれができるかしら?」

「できるかどうかじゃない。やるかやらないかよ! それに、私はあなたも逃がさない」

「私?」

「そうよ。そんなに美人なのに、そんな恥ずかしい言動をして! 同じ女として許せない! 私は、あなたのことも真人間にしてみせるわ!」

「くっくっくっ、よく咆えたわね、小さな勇者! ならばやってみなさい! 私は逃げも隠れもしない! だけど、忘れないことね。深淵を覗くとき、深淵もまたあなたを覗いているということを!」

「負けない! 負けないわ! 見ていて浩介! あなたを、あんな可哀想な人にはさせないから!」

「……」


 超楽しい! という気持ちを隠し切れていないラナの哄笑が響き渡り、フシャーッと猫のように威嚇するエミリーの雄叫びが木霊し、浩介は心が死んだ。


 混沌に包まれる空港。


 途中、ヴァネッサが「この忠誠、山より高し。この愛情、海より深し」と訴えながら第三夫人に立候補し、それを聞いたラナが「あなたっ、とってもいいわ! 大歓迎!」と伝え、ヴァネッサが「感謝の極み」と芝居がかった仕草で片膝を突いた辺りで、遂に空港の警備隊がやってきた。


 全員仲良く事務所へ連れていかれる中、浩介はぐったりしながらもスマホを取り出しコール。


『おう、遠藤。どうし――』

「覚えてろよ、南雲」

『は? あ、ラナと合流したんだな? その様子だと、面白いことになってるみたいだな?』


 電話の向こうから、カラカラと笑うハジメの楽しそうな声が聞こえてくる。


 浩介は怨嗟を込めて言った。


「今度は絶対ぶん殴ってやる! 俺にラスト・ゼーレを渡したこと、後悔しろ!」

『え、ちょっ、おまっ――』


 浩介は電源を切った。


 前方では、警備員の呆れたような視線を頂戴しながらも、未だに言い合いを続けているラナとエミリーがいる。果たして、エミリーのライフワークに加わった新たな目標――ラナに、ひいてはハウリアに厨二を止めさせるという壮大な目標は、達成される日がくるのだろうか?


「コウスケさん。嫁はあと四人。世界のどこかにいるはずです。頑張りましょうね。私、なんだかワクワクしてきました」

「どこのRPGだよ。ちょっと黙っててくれ、駄ネッサ」


 言葉通りわくわくとした眼差しを向けてくる駄ネッサから視線を逸らして、浩介は深い溜息を吐いた。


「そういえば、この休み中、全然勉強してねぇや」


 どうやら、浩介の夢はまだまだ先にあるらしい。


 さりげなく一国を、もしかしたら世界を救った最強の暗殺者は、休み明けの全国模試を心配して、再び、深い溜息を吐くのだった。





いつも読んで下さりありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


ようやっと終わった……

長い番外編でしたね。まさか、白米もここまで書くとは思いませんでした(苦笑

本当に、最後までお付き合いくださりありがとうございました。

いい暇つぶしになったのであれば嬉しいです。


今後の展開については全くの未定です。

アフターで書いてないキャラも書きたいですし、勇者とかシアとか、他の誰かの番外も書いてみたいですね。

ただ、リアルの都合などから、ちょいとお休みはいただくかと思います。八月いっぱいはお休みかなぁと。

鋭気を養ったら、またさりげなく更新してるかもなので、そのときは、また見に来てくれると嬉しいです。


それでは、またお会いしましょう。

なろうを愛する皆さんに、素敵な厨二がありまように。

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― 新着の感想 ―
文庫化希望〜
やっぱ深淵卿回りは好きすぎる。アビィはオチまでついてくるのやっぱサイコー
深淵卿シリーズの1作目? もう好きすぎて何周したか覚えていないけれど、まだ嫁が増えるんだよなぁ。 下手したら、魔王南雲様よりも増えたりして。
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