……数は18。内、爪により行動不能な者が3 、今し方失神させた者が1。
あくまでも冷静に努めて、グラングは脳内で敵の数をカウントしてゆく。
時間はかけない。
手早く壊滅させる。
最も近場にいるのは……
「……!」
タンッ
瞬間、地を蹴る音を残してグラングの身体が動いた。その音から一拍遅れて、敵が我に返った。
「う、撃て!任務を遂行しないと……!」
先程の隊長格とは違うガスマスクの誰かがそう叫ぶ。けれど、その反応は余りにも遅かった。あっという間に最もグラングの近くにいた1人のヘイローが意識の途絶により消える。
「…!!近づけるな!!」
「この、何で!」
そこで漸く、グラング目掛けて周囲から弾幕が襲いかかった。
しかし、彼女はそれを避けようとすらしなかった。ただ顔を腕で軽く庇うだけで、それ以外の被弾を一切気にせず次の目標へ向けて突き進む。
次に狙うはアサルトライフルを持った1人。その距離、数メートル。
「こ、この人、痛覚がないの!?」
そう動揺しながらも、その1人は銃撃は効果がないと判断したのか、銃床部分を構え、身体を半歩ひねる。CQC、近接戦闘の構えだ。その構えに向けて、グラングの身体が突っ込んだ。
「はぁ!」
並大抵の人間なら容易に昏倒させる鈍器が、グラング目掛けて振り下ろされる……が、
「……れ?」
その一撃は、あっさりと空を切る。
体勢を低く保って、懐の僅かな隙をすり抜けられた。
少女がその事を理解したのは、大きく掲げられた短剣の刀身が、今まさに自分に振り下ろされようとしている場面を視認してからだった。
ごしゃっ
肩口に鈍い音を立てて短剣が突き立てられた。
激痛と衝撃の前に一撃で気を失った相手から、グラングは慣れた動作で短剣を引き抜くと、次の敵へと視線を向ける。
……と、
「そこっ!!」
ポン、と。空気の抜けるような音と共に、無数の円筒が放物線を描いてグラングに迫る。その正体に、グラングは確かに覚えがあった。
「……爆薬か」
そうとだけ呟くと、グラングは一気に動き出した。
爆心地から回り込むように高速で動く身体は、グレネード弾の絨毯爆撃をあっさりと回避する。その光景に、ガスマスク達は焦る。
「くそっ、当たらない……!」
「まともに狙った所でグレネードの弾速であの敵は捕らえられない!進行方向にばら撒いて足止うわっ!?」
その時、1人の言葉が不自然に途切れた。
移動しながら地面の瓦礫を攫ったグラングが、それらを針状の礫として投擲したのだ。広範囲に散弾の如くばら撒かれたそれは、彼女らを確実に怯ませる。
だが、所詮は石。皆を怯ませる程度でダメージは遥かに小さい。
「う、狼狽えるな!この程度なら……」
真っ先に状態が復帰した少女が、仲間を鼓舞するべく声を張り上げる。そうして、再度グラングを視界に収めるべく正面を向いた彼女が目にしたのは……
「……え?」
自分の眼前すぐそこまで迫った、半身ほどもある大きな岩だった。
「へぶっ!?」
加速度の乗った岩が顔面に直撃し、少女は後方へと大きく吹き飛ばされる。被っていたガスマスクがその衝撃で砕けた。
「なっ!?」
「副隊長がやられっあああっ!?」
その出来事によって、周囲に一気に動揺が伝播した。無論、その隙を見逃すグラングではない。間髪入れずに放たれた獣爪の衝撃が、遮蔽物ごと敵を切り裂き、吹き飛ばす。
その一連の攻撃で、この場にいるガスマスク達の指揮系統が完全に瓦解した。
「な、何で……こんな奴がいるなんて、聞いてない……!」
誰かの絶望の声が聞こえる。その感情は、恐れは、部隊全体に波及してゆく。
……最早、形勢は誰の目から見ても明らかだった。
その中で、舞い立つ粉塵の中からゆらりと長身が現れた。
銃火にさらされ、服が少しばかり煤け、破れている。逆に言えば、これらしい傷はたったのそれだけ。
褪せた黄金の瞳が周囲を、震える手で銃器を構えた彼女らを、静かに見回す。
「……次」
戦意を殆ど打ち砕かれたに等しい少女らに、無情な声が響いた。
________________
……たったの数分。
その僅かな間に繰り広げられた光景は、正しく蹂躙であった。攻撃は意味を成さず、悍ましい敵意を放つそれが、短剣による連撃で、地を切り裂く獣爪で、純粋な質量弾として放たれる岩石で、味方を屠ってゆく。
「わっ
最後、戦意が瓦解し、逃げようとした1人の後頭部に岩石が直撃。悲鳴は最初の一文字が辛うじて発せられたのみで途切れ、意識を失った身体が崩れ落ちる。それを確認して漸く、グラングは息を1つついた。
「……これが全て、か」
ふと辺りを見渡せば、あれだけ燃え盛っていた炎は燃やせるものが無くなった為か、所々黒煙を立ち昇らせるのみとなっていた。その中で点々と、倒れたまま動かない人影が見える。
……死んではいない、筈だ。
最も、そこ辺りの手加減をグラングは全く考慮していなかったが。
「……ソラ」
そして次の瞬間には、その光景すらグラングの意識の外へと弾き出される。彼女が視線を向ける先はただ一点、ソラの聖印がある筈の方向のみ。
その場所へ向けて、グラングが走り出そうとした……その時、
「そこのあなた、止まりなさい」
背後から先程までとは全く異なる声が聞こえた。
……困惑と、僅かばかりの敵意の入り混じった声。
グラングがゆっくりと振り向くと、声の主に向けて振り返った。
「何故、今のような状況でエンジェル24の店員がここに。しかも……殆ど無傷で」
そこにいたのは黒と赤のセーラー服を着た背の高い女性だった。
しかし、先程のガスマスク達とは違い、その服装は煤け、ボロボロ。露出した肌からは、赤黒い生傷も見え隠れしている。
けれどその負傷の影響を、少なくとも表情にはおくびにも出さず、鋭い表情のまま長銃の銃口をグラングに向けていた。
「……」
しかし、グラングは何も答えない。
ただ静かに、自らに向けられた銃口を見つめている。
その反応に、相手は苛立ちを募らせたようだ。
「答えなさい。ゲヘナか、それともあるいは……」
「貴様、は」
その時、彼女の声にグラングが僅かに反応を示した。
かくりと傾けられた顔には大凡表情と言っていいものが抜け落ちており、紡がれた言葉の声色は、ゾッとするほど冷え込んでいた。
その反応に、相手は気圧される。
「……我の、敵か?」
「……っ!?」
返答を待たずして、僅かな間の後にグラングから二の句が紡がれた。
ギリ、とその手の中の短剣が軋みを上げるほどの力で握り締められる。
……何故だろうか。銃の前にはどうしようもなく無力なはずのそれが、今だけは恐ろしい凶器であるように、彼女は見えた。
どちらも共に、互いを視線を向けたまま動かない。
しばらくの沈黙が流れた。
……その、末に。
「答えぬ、ならば……!」
突如としてグラングがそう口走ったかと思うと、低く前傾姿勢を取ったのだ。
相手はその反応に小さく歯噛みすると、一度は揺らいだ銃口を再びグラングに向けて寸分の狂いもなく合わせた。
そして……
「"ハスミ何か……って、グラング!?"」
一触即発の空気は、突如として聞こえてきた良く聞き覚えのある声によって霧散した。どちらの視線も、声が聞こえてきた方向へと向けられる。そこにいたのはやはり、シャーレに住む大人の姿だった。
「「先生!?」」
グラングと相手の声が意図せずして重なる。
特にハスミと呼ばれた人物とってはその事が衝撃的だったのか、驚いた様子でグラングの方へと再び視線を向けると、少し気まずそうな表情になった。
「先生、お知り合いですか?」
「"うん。うちのエンジェル24で夜勤を担当してもらってる子なんだけど……でも、何で"」
朝、トリニティへの道のりの途中。
ソラが話すには、今は店番を任されている筈の彼女。
けれど何故か、この場所にいる。心配でついてきてしまったのか、将又、彼女の魔法によるものか。
「先生」
その時、頭を巡らせていた先生にグラングの声が届いた。
けれどその声は、先程ガスマスクの集団やハスミに向けていた、殺気立ったものとは全く異なる。
か細く、今にも不安に押しつぶされてしまいそうな声で……
「……ソラを、見ては居らぬか?」
「ソラ?」
横でその言葉を聞いていたハスミが、小さく首を傾げる。けれど、先生にはその言葉の意味は、当然、確かに伝わった。
……けれど、その表情は決して芳しいものではなかった。
「"ごめん。会場で別れてからそれっきり会えてない。今は、何処にいるかも……"」
「……そう、か」
もしかすれば、何処かに避難しているだけかもしれない。
一縷の望みをかけた問いかけだったが、その結果はグラングが期待していたものではなかった。ソラのいるであろう場所は、聖印の気配で辛うじてわかっているものの、そこが果たして避難場所なのかまではわからない。
その事実に、グラングは俯くしかなかった。
……けれど、いつまでもそうしているわけにはいかない。
いかない、のだ。
「"え、ちょ、ちょっとグラング、大丈夫!?"」
ふらふらと、おぼつかない足取りでグラングがどこか別の場所へと歩き出す。明らかに正常でない彼女の様子を見て、慌てて先生はその背を呼び止めた。
彼女の歩みが、一時的にぴたりと停止すると、その視線が再び先生の方へと向けられた。
「……ここ一帯の敵は、我が掃討した。撤退を試みているなら、それを足掛かりとすれば良いだろう」
「!!それは本当ですか?!」
その言葉に反応したのは先生の方ではなく、瓦礫の向こう側へと視線を向けていたハスミの方だった。予期せぬ方面からの声だったが、それに対してグラングは先ほど通りにこくりと頷くと、近くに倒れ伏しているガスマスクの一人を指示した。
その意味を理解したのだろう。ハスミの表情に明確な希望が宿った。
「先生、現在の地点で敵の包囲に穴が開いているとなると、一正面だけを警戒した状態での撤退が可能です。すぐにでもツルギ達に情報を共有し、移動を……!」
「"っ……!"」
しかし、その言葉に先生は唇をかみしめる。
理解してはいるのだ。
現在の状況では、ヘイローのない自分の退避を優先すべきこと位。傷ついた生徒たち緒と共に撤退すべきこと位。
けれど、その視界にどうしても普段の物静かな様子とは懸け離れた、今にも崩れ落ちてしまいそうな少女の姿がちらつく。
「"……グラングは、これからどうするの?"」
気がつけば、先生はそう問いかけていた。
「ソラを探しに」
そして、それに対する返答は極短く、そして全くと言っていいほど迷いのないもので……そして、全くもって予想通りのものだった。
……気がつけば、グラングは再び背を向けると、先程向かおうとしていた方向へと駆け出そうとしていた。会話は終わったと思ったのか。
けれど、今の自分にその歩みを止めるだけの言葉も、理由もない。だからせめて、先生はその背に向けて声を投げかける。
「"今度コンビニのくじ、引きに行くから!"」
もう、硝煙の中に消えようとしていた白い姿。
それが、ほんの少しの間、立ち止まる。
「"だから絶対に、絶対に、二人とも無事で帰ってきて……!"」
……その人影は、一瞬だけ先生の方へと振り返った。
けれど、それもほんの一瞬のこと。
すぐに踵を返すと、今度こそ見えなくなった。
________________
硝煙が風に揺られて、一様に流れてゆく。
瓦礫ばかりの景色が、視界の端で流れてゆく。
もう、背を向けたずっと遠くから、銃声が鳴り響いている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
そんな崩れ落ちた古聖堂の中を、グラングは瓦礫を乗り越え一直線に進んでゆく。
あれから、ガスマスクの集団は全く見ていない。幸いと言うべきか、不自然と言うべきか。最も、それをまともに理解するだけの理性が、今の彼女には残されていなかったが。
……どれ程進んだだろうか。実際には数分の道のりでも、グラングにとっては永遠に感じられた。
そんな中で、己の直感がそれを告げる。
「近い……!」
ソラの聖印の気配が今まで以上に強くなった。
間違いない。すぐ近くにいる。
鼓動が高鳴る。
心做しか、自身の脚が速まった気がした。
……けれどそれ以上に、今にも不安に押しつぶされてしまいそうな自分がいる。
もし、あの爆発の中でソラが聖印を取り落としてしまったのなら。
もし、ソラの身に大事があったのなら。
もし、……もし、ソラの亡骸が、そこに有ったのなら。
……その時自分は、正気を保っていられる気がしなかった。
「……!」
そんな思考に耽っている内に、気がつけば、グラングは聖印の反応のあるすぐ周辺にまで、辿り着いていた。
彼女は即座に、周囲一帯に視線を巡らせる。
……ソラはいない。
心が軋みを上げる音が聞こえた。
「ソラ、ソラ!居らぬのか!?我だ、グラングだ!!」
最早獣の咆哮のような、大声を上げた。
周囲一帯に響き渡ったそれは、所々に突き出た瓦礫に反響し、何重もの音となって返ってくる。
……けれど、何者の返答もない。
心がまた、軋みを上げた。
「……まだ、まだ、だ」
今にも張り裂けてしまいそうな心の軋みを、グラングは必死に抑えつける。もしかすれば、声が届いていないのかもしれない。見えない場所にいるかもしれない。
彼女はもう一度、聖印の気配に意識を集中した。
確実に付近にあるそれ。その、所在は……
「……ぁ」
……足元の瓦礫の山。その内部を指し示していた。
「ソラッ!!!」
気がついた時には、グラングは瓦礫の山に手を突き込んでいた。辺りに粉塵が飛び散り、飛び散った破片が己の身に降りかかる。けれどそれを一切気にせず、彼女はそのまま、瓦礫を引っこ抜くように腕を引き抜いた
ゴガッ
ある種の岩盤のような石材が音を立てて、グラングの華奢な腕一本で引き抜かれる。彼女はそれを即座に遠くへと放り捨てると、空いた隙間に入り込もうとする周囲の瓦礫を弾き飛ばしながら、次の石材を掴む。
「無事で、居てくれ……」
破砕音に近い、瓦礫の引き抜かれる轟音が周囲に響く。その中に、今にも泣き出しそうな少女の声が混じった。
「我を、一人にしないでくれ……!」
……グラングはそれが見つかるまで、瓦礫の山を崩し続けた。
_____________________
「……、…ラ 居ら……か? …だ、………グだ」
「……ぇう?」
暗闇の中。
聖印を握りしめたまま半ば眠っていたソラは、分厚い瓦礫の奥から聞こえてきた音で、朧気な意識をほんの少し取り戻した。
いつの間にか、獣の生命の効果は消えていた。
……とても、寒い。でも、その中で先程聞こえた声は、誰かの声のようだった気がする。
その時、ソラの脳裏に1つの希望が過った。
「……いや、そんなわけない……か」
けれどその希望は、彼女がすぐに否定した。
その視線の先にあるのは爪痕の聖印。ソラはそれを、諦観の色をもって見つめていた。
「だって……グラング、お店番、してるもんね。トリニティに、いるわけ、ないもん」
初めの頃こそ、グラングに助けを求めていた気がする。
けれど、それが叶う筈ないことなど、頭の何処かでは当の昔に理解していた。
そもそも、この瓦礫の中からどうやって自分1人を見つけることができようか。
「……ぁはは。こんな、ことなら。やっぱり、いつも通りバイトをしてれば、よかったなぁ」
自然と、乾いた笑みがこぼれた。
……どこか近くで、戦闘でも起こっているのだろうか?周囲が揺れている気がする。
最も、戦闘の余波で瓦礫が崩れることがあれば、自分は巻き添えになってしまうだろう。
「……寒、ぃ」
近くで戦闘が起こっているというのに、この場所は酷く寒く感じる。
少し前まで、熱いのほどだったというのに。
……また、意識が薄れてきた。
「……」
瞼を閉じる。
暗闇に慣れて薄らぼんやりと見えていた瓦礫の中の空間が、
再び完全な暗黒に閉ざされる。
静かだった。どこまでも暗く、静寂に感じられた。
……確か、あの嵐の夜の日も。
その時、意識を手放そうとしていたソラの脳裏に、不意に記憶が瞬いた。
それは、落雷でシャーレの電気設備が壊れ、停電してしまった日の記憶。
グラングの、知り合いとの会話を盗み聞きしてしまって。
グラングに、祈祷とはまた違う、魔術を見せてもらって。
グラングの、故郷の話を聞かせてもらって……それで。
[……傍に、いてくれる、か?]
……暗闇の中。声を、聞いた気がした。
確か、あの時自分は何と答えたのだったか。
……頬に、また一筋の、新たな跡が刻まれる。
「……ごめん、ね」
そう言い残して、ソラは己の意識を暗闇に手放した。
……………………
…………
…………
……
……
…
…
「ソラ……!!」
けれど、その暗闇は。
突如として差した光を前に、散り散りに打ち払われてしまった。
_________________________
一際大きな岩盤をどかして、グラングは漸く再会した。
「……?」
呼びかけた声が聞こえたのか。
それとも、突如として差した陽光に目がくらんだのか。
瓦礫の隙間に挟まるようにして倒れ伏していた少女の瞼が、薄く開かれた。
今にも消えそうな程明滅していたヘイローが、僅かに輝きを取り戻す。
「っ、もうしばらくの辛抱だ……!」
グラングは瓦礫の上に膝をつくと、その小さな体躯を壊れモノを扱うように抱き上げた。身体に触れるとその肌は驚くほど蒼白で冷たい。
呼吸は酷く浅くか細いもので、脈拍は驚くほど弱い。
傷は全身に多数。そのほとんどは治りかけのような痕になっていたが、瓦礫に直接押しつぶされていた両脚だけは例外だった。
異常な方向に曲がり、瓦礫に抉られ。今もだくだくと赤色が零れ落ちていた。
「……!」
それを見た瞬間、グラングは即座に聖印に祈りを込めていた。
思い描く祈祷はただ一つ。
嘗て主から授けられた、自らの知る最上位の回復の祈祷。
「遥かなる黄金樹……我らに、恵みを……!」
コォ
詠唱と同時、周囲一帯に黄金の光が満ち溢れたかと思うと一息に弾けた。
そして、辺りに舞い立った残り香のような燐光がグラングを、そして、ボロボロのソラの身体を柔らかく包み込んだ。
……
まず初めに、出血が止まった。
そして、蒼白だった肌に色が戻り、徐々に呼吸が取り戻されてゆく。
ぼんやりと、薄く開かれたままだった瞳に光が宿った。
その口が、ゆるゆると緩慢に動かされる。
「……グラン、グ?」
「……!!」
……確かに、そう聞こえた。
グラングが硬直する中、ソラは何度か目を瞬いた後、今度こそ、確かに目を開いた。
「グラング……?ホントに……グラング、なの?」
未だに目の前の光景をうまく呑み込めていないのだろう。途切れ途切れの言葉ながら、ソラがそう問いかける。
……けれど、それだけで十分だった。
「……ぁ」
グラングの口元から、最早声にすらならない吐息が零れる。
本当、如何程ぶりか。彼女は瞳の奥が熱を帯びる感触を覚えた。
「ぁ、あぁ、ああぅぁぁ……!」
気がつけば、彼女は目の前の少女の身体を抱きしめていた。
もう二度とその手からすり抜けてしまわないよう。
ぎゅっと、ぎゅっと
「そら……そらぁ」
「……はぇ?」
突然抱きしめられたソラはと言うと、やはり何が起こっているのかよくわかっていないようで、きょとんとした声をこぼした。
けれどふと横へと視線を傾ければ、良く見知った白い狼の耳が。下へと傾ければ、白く長い尾が見える。
「……グラングだ。ホントに、グラングなんだ」
そう呟いて初めて、実感が湧いた気がした。
……助かったのだ。他でもない、グラングが探してくれたおかげで。
まるで、夢でも見ているかのようだった。
けれど、先程まであんなにも冷たかったこの身体は、今はとても暖かい。
「……助けに、来てくれたの……?」
ソラは濡れている横顔にそう問いかけた。
けれど、返答はない。
今も、微かな嗚咽だけが聞こえてくる。
不安、だったのだろう。瓦礫の奥底に閉じ込められていた自分と同じぐらい。
ソラは、震える背中にゆるゆると腕を回した。
そして、その場所をゆっくりと撫でる。
「そんなに、泣かなくても……大丈夫っ、だよ」
……あぁ、何故だろう。
少しでも安心させてあげたいのに。
少しでも慰めてあげたいのに。
知らず知らずのうちに、嗚咽が零れてくる。
「私は、ここにいるから……う、うぅ」
……
瓦礫と化したトリニティ古聖堂、その片隅。
今だけは、そこはたった2人の為の聖域だった。
しかし悪夢は巡り、そして終わらない