↑のつづき。


さて、海部郡美波町から車で約30分。


阿南市まで戻ってきた。



こんな素敵な阿南の風景。


『室姫神社』の社号標を発見。




『岡山城址(室姫神社)』と書いてある。

岡山城址の城主は
須藤豊後守行宗だと伝えられているが、
資料が乏しく、詳細には不明な点が多い。




謎の岡山城址の丘をドンドン登っていく。


神社へと続く石段を発見。






光のカーテンもお出迎え。



境内に到着。


猪のような愛嬌のある狛犬。



恒例の『狛犬の見る景色』。



ここが目的地。


鳥居の扁額は『室姫神社』。





阿波国那賀郡延喜式内社 室比賣神社 論社
『室姫(むろひめ)神社』

鎮座地 徳島県阿南市新野町入田
創建 不詳
祭神 木花咲耶姫命

現在の祭神は木花咲耶姫命だが、
元々は『室妃』だったと云われている。

室妃とは、
奈良時代の第47代淳仁天皇のご内室である。

伝承によると、
室妃は身重のまま天皇を慕い
淡路から小舟で阿波の地に渡ろうとしたが、
嵐に遭い現在の徳島県阿南市に漂着し
そこで亡くなったとされている。

安産の守護神としての信仰や『室』の名が、
戸の無い産屋(産室)で炎の中出産した
木花咲耶姫命と重なるために
習合されたのかもしれない。



ちなみに、
淳仁天皇の妃として有名なのは
粟田諸姉(あわたのもろね)」。

奈良時代に実在した女性で、
もともとは藤原仲麻呂の長男
藤原真従の妻だった。

藤原真従が亡くなった後に
淳仁天皇の妃になったのだそうな。

名前に『』の字が入っているところが
意味深である。

粟田氏は、
『新撰姓氏録』によると、
和珥(わに)氏系統の一族であり、
知名度や経済力を持つ家系だった。

和珥氏は豊玉姫の子孫ともされている。

豊玉姫は出産の時にワニになりましたしね。


そして、
延喜式内社で豊玉姫の名を冠する神社は
阿波国にしか存在しない。

和多都美豊玉比賣神社と
天石門別豊玉比賣神社である。

つまり、粟田諸姉のルーツもまた、
阿波国にあるということになるのだ。

丘の上の素敵な神社さん。





十六花弁菊花紋のような太陽の光。



高い位置から見下ろす
阿波特有の五角形『地神塚』。

まるで、神社の社殿より
こちらの方が重要だと言わんばかりの雰囲気。









地神塚のすぐそばに小さな祠。







こういう派手さはなくとも
地元の方に大切にされているような
神社が大好きです。



式内社室姫神社の論社は
もう一社あり、それは海陽町に鎮座している。

まさか、その一社に
この日(2024年8月)の一年後に
参拝できるとは思わなかった。

2025年7月のこと。
いつ記事に出来るかはわからないが、
徳島県南部は
予想を遥かに越える重要な場所だった。

とりあえず今は2024年の記事を
終わらせることに集中します。

次はこの日最後の神社であり、
延喜式内社のひとつ。

つづく。

ではまた❗













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