↑のつづき。
さて、室姫神社を後にして
阿南市をさらに北上した。
車で約20分。
素敵な田園風景。
そんな中ポツンと鎮座する神社。
拝殿。
阿波国那賀郡 延喜式内社 建比賣神社
『古烏(こがらす)神社』
鎮座地 徳島県阿南市宝田町川原
創建 大宝2年(702年)
️
通称 古烏大神宮 小烏明神
祭神 建比売命(下照姫
️)
境内の由緒碑文や資料を基にまとめると↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
古烏神社はもとは
「建比売神社」と称していたが、
多くの歳月を経るうちに
社地に古木がうっそうと茂り、
静かで奥深い場所となった。
そこに普段樹木にカラスが多く
棲息していたため、古老たちは
「古烏大神宮」と呼ぶようになった。
明治3年の神社制度改革を機に
「古烏神社」と改名された。
創建は災害で多くの資料を失ったため
正確には不詳たが、
大宝2年(702年)と伝えられている。
社伝や延喜式神名帳では、
格式ある古社として「建比売命」を祭神とし、
竹原郷荒井下村川瀬ヶ崎に
鎮座されたとされている。
建比売命は諸説あるが、
大国主命の娘であり、「下照姫命」や
「豊葦建姫命」とも称される。
古くは巫女たちが社務所にいて
神事を司っていたとも言われている。
また、「讃岐の白鳥、阿波の黒鳥」
という伝承があり、
これはかつての神威を示すものだとされる。
古烏神社は那賀川や桑野川の氾濫原に位置し
洪水によって社殿や文化財が失われた
経緯もある。
中世期には勢力の強い
八桙神社の下に組み込まれたとみられ、
現在は正八幡神社の末社となっている。
明治30年には火災に遭い、
藩政期の棟札など重要な資料を焼失したが、
翌明治31年から32年にかけて再建された。
この神社は安産の神としても信仰され、
地域の人々に深く親しまれている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
大国主を祀る延喜式内社 八桙神社は
ここからほど近い場所にある。
大国主たちイズモ系の神々の本拠地である。
扁額も「古烏神社」。
恒例の「狛犬の見る景色」。
穏やかな気持ちになれる素敵な景色。
奥へと続く細道。
境内社『三拾番神社』。
祭神は水の神 罔象女命(ミツハノメ)。
昔は「川原百一番」に鎮座していましたが、
昭和の時代に古烏神社の境内に遷座された。
この神社もまた、色々と謎がありそうだ。
地名が『宝田』ということと、
『烏』のキーワードに何故か、
徳島市『多家良(たから)町』を連想した。
多家良町には八咫鏡の伝承があり、
宝町にはカラスの逸話がある。
「讃岐の白鳥、阿波の黒鳥」。
白鳥神社はヤマトタケル。
黒鳥は八咫烏なのかもしれない。
鳥居の向こうに田んぼが見えるって
なんか良いですよね~。
佐那河内村の嵯峨天一神社を思い出した。
さてさて、
2024年夏の徳島の旅も終わり。
相変わらずワクワクの宝庫阿波の国。
桑野川、那賀川を越えて徳島市へ戻る。
次回は、
帰る前に必ず立ち寄る
天石門別豊玉比売神社の前で、
この旅のまとめをしたいと思います。
つづく。
ではまた
AD