サジェストで生きる私たち
今の時代、映画をみる手段は一つではない。
私のAmazon Primeのおすすめ欄には、『ルックバック』や『君の名は』などアニメ映画やアニメシリーズが並べられている。最近のアニメ視聴履歴から並べられているのは明らかで、「バレたか」と少し悔しさを感じながらも、作品の面白さを確信してついつい再生してしまう。
某ネズミの国が運営している配信サイトを開くと、バスケと歌と青春が入り混じったあの伝説の学園ミュージカルがトップに鎮座している。ここでも私の好みがバレバレだった。自分が見透かされているのにどこか悔しさを感じつつ、またここでも再生してしまう。
このように並べられた作品は、私の視聴履歴から的確におすすめされているため、私の満足が保証されていることが多い。しかし、自分の予想外に心を動かされる瞬間は生まれにくい。
私たちは便利なサジェスト機能に偶然の出会いを奪われているのかもしれない。
そんな世界の中で、私が大事にしているのは映画館に行くこと。もちろん、気になる作品を選んで視聴することも多い。しかし、自分の好みや期待に関係なく、思わぬ作品に出会い、予想を裏切られることもある。
思いがけない作品との出会い
数年前、『パリタクシー』というフランス映画を観に行った。時刻は14:45。日曜日の昼間なのに、客席はガラガラ。友人となんとなく「フランス映画観た事ないし、観てみよう」という軽い理由で決まった予定だった。
金欠続きで免停寸前のタクシー運転手シャルルは、ある日マドレーヌというマダムを乗せることになる。行き先は介護施設だったが、彼女は「寄り道をしてほしい」と頼む。パリの街を巡りながら、マドレーヌは若き日の恋や壮大な人生を語り始める。タクシー運転手と乗客という平面的な関係であった二人の間には、いつしか信頼関係が生まれていた。
私自身、この映画をみる前は静かで単調そうな映画だと思っていた。しかし、実際映画館のスクリーンに向き合ってみると、彼女の口から語られるこれまでの歩み、そしてそれを経て今どう感じるのかという言葉が心に染みていた。
「昨日、素敵な兵隊さんと踊ったかと思えば、その翌日には老人ホームで人生を終えていく。味気ない介護食を食べながら——人生なんてあっという間」
人生があっという間なんて何度も聞いたことのあるありふれた言葉だった。しかし、92年間生きながらえた彼女から、その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が温かくなった。
苦しさも楽しさもすべて抱えて、それでも「あっという間だった」と笑える人生。
私も、いつか同じように微笑んでそう言えるように生きたいと思った。
これまでも色々な作品を見てきたが、今でもふと思い出す作品だ。それは自分が進んで選んだのではなく、偶然出会うことができたからこそ、ふと思い出すくらい、自分の中で大切な作品になっているように思う。
終わってからも続く映画体験
これまでみてきたすべての作品が、面白かったという感想で終わったわけではない。
2023年夏、あの大人気人形「バービー」が実写映画化されると知り、胸を踊らせていた私は映画館の席に座っていた。時刻は10:35。誰もが知るバービーの映画ということもあり、多くの人が映画館まで足を運んでいた。
バービーランドという完璧な世界で暮らす主人公は、ある日から体に異変が現れるようになった。主人公のバービーはこれまでの生活に疑問を抱き、お馴染みのケンと人間世界へ踏み出すことになる。人間世界では、それまでのバービー中心の世界と打って変わり、二人は男性優位の現実社会をつきつけられる。
最終的に主人公はバービーランドの生活から抜け出し、人間として生きることを選ぶ。これは人形にはない死を受け入れるということであった。
観終わった直後は、バービーが「人間として生きる」ことを選ぶという結末に単純さを感じ、あまり納得できなかった。バービーの世界を変えるようなラストもあり得たのでないか?なぜ主人公のバービーは「死」を受け入れることができたのか?逆になぜ他のバービーは受け入れられなかったのか?・・・ ただ悶々とどんな結末・ストーリーテーリングだったら自分は納得できたのかを考えていた。
そんな終わりのない思考をしているときにふと思うことがあった。この時間も自分は楽しんでいるのかもしれない。映画に対する消化不良について考え続けることも魅力であると。映画館を後にしながら、さっきまで向き合っていた映画について考える。そうして映画館を後にしても、頭の中に作品が残り続ける。
納得できない、理解しきれない、でもだからこそ考えたくなる。
そんな余韻は、サジェストで何本も作品を消費するときにはなかなか得られない感覚だ。
映画館だから得られる偶然の価値
映画館は大きなスクリーンや迫力のある音響で没入感を楽しむことができる。慌ただしい日々やスマートフォンから数時間切り離され、目の前の作品だけに集中することができる。
しかし、映画館では「自分も知らない好き」に出会える。アルゴリズムによるサジェストは便利であるが、そこにあるのは「自分が好きそうなもの」ばかりが並べられている。逆に映画館では公開されている作品が限られているからこそ、その場所・季節・時刻のような様々な要素が集まることで、偶然その作品と巡り会うことができる。そしてその偶然は、特に思いがけない余韻を生み、静かに自分の中に残り続ける。
映画館は、映画をみるという行為を単なる消費として終わらせず、わたしたちに思いがけぬ出会いを与えてくれる。だから、私は今日も映画館でサジェストに抗う。