ウソついて内定…いいの? 就活のモヤモヤを語り尽くす
「差がつく逆質問はこれだ」「今からでも大手に間に合う」「○○社に内定した就活術」……。大学生にとって、そんな投稿や広告、ダイレクトメールを目にしない日はないのではないでしょうか。
そもそも何のために働くのか——。そんな問いを出発点にした採用事業を展開しているNPO法人「キャリア解放区」。代表理事の納富順一さん(46)と、学生たちが語り合いました。(By 三好一葉=DIALOG学生部)
■参加した学生メンバー
宗像きしな 大学3年。学校から企業情報の提供を受けているものの、来年の休学を考え中。
三好一葉 大学4年。文章を書くことに関係する企業を中心に就活。メディア企業に入社予定。
三嶋健太郎 今年3月に大学卒業。コンサル志望だが、就職せずに会計士予備校に通って勉強中。
五十嵐心桜 大学1年。気になる職業に関係するインターンを経験し、視野を広げようとしている。
就活せずに就職 その道をひらく
納富 「面接で“ウソ”をつかなきゃいけない」と言われますが、そこまでして頑張って内定を得た先に、果たしてバラ色の未来があるのか。
年功序列・終身雇用で大企業に入ればそれなりに安泰だった昔とは違います。大学1年生から就活の準備を始めて、みんなと同じように就活する。「それって本当に本質的なことだっけ?」と考えてしまう人は、果たして間違っているのでしょうか。
就活に違和感を持ってる人たちを「怠けている」「やる気がない」とは捉えない。就活したくないけど働きたいなら、就活しないで就職すればいい、と考えました。
キャリア解放区に参加する若者たちは、まずお互いのことを語り合います。関係性ができあがったら、企業の方々に来てもらい、社名を伏せて対話をします。
企業の方々と話しながら、「この人、面白そうだな」「何してんのかな」から入って、意気投合して一緒に働く。こうした流れを作る取り組みを、10年前からやっています。
ガクチカ必要? 企業の視点は
三好 私は入学と同時にコロナ禍が始まりました。「ガクチカがないけどどうしよう……」みたいなキャッチコピーで不安をあおり立てるような広告が多いことにモヤモヤします。実際に就活してみると、企業ってそういう華々しい経歴を求めてるわけでもないなと思いました。
納富 学生のみなさんは「何か特別なエピソードを作らなきゃ」から脱却して、自分がチャレンジしたいものを素直にやればいいのではないかと思います。何でもいいから、仕事に置き換えたときに「こういうふうにして成果を出す人なんだな」ってことが企業側に伝わればいいだけなんです。
五十嵐 私はメディア関係の仕事に就きたいのですが、そのために何をしたらいいのかなと思って……。やりたいことには挑戦はしてるんですけど、成果は出ていない。どうしたらいいのでしょうか。
納富 大人がびっくりするような成果を出す学生はほとんどいないので、うまくいったかどうかはそんなに考えなくていい。うまくいかなかったら、次はどうしよう?って考える。そのサイクルを意識しました、で十分ではないでしょうか。
AIにはできない 問いを立てる力
納富 ChatGPTでエントリーシートを作ろうっていう人たちも出てきていますよね。内定することが目的だったら有用かもしれませんが、これからの時代、そういう人が残っていけるかどうか。そういう人こそ真っ先にAIにリプレイス(置き換え)されてしまいます。そうではなくて、ChatGPTに問いを立てられる人のほうに、人も情報も集まってくるんじゃないでしょうか。
宗像 人文学部に通っているのですが、経済や教育といった学部の人たちと比べて、ギャップを感じてしまいます。大学で学ぶことと社会に出てからやることが、あまりつながっていないからです。
納富 人文学部のほか、美大もそうなんですけど、僕は「問いを立てる力」はそういったことを学ぶ人たちが持っていると思います。情報を処理する力って、AIと被っていく領域が極めて大きいですよね。芸術系や人文学系のバックグラウンドの人がビジネスの領域に入ってきたら、きっと他の人とは違う視点を持てるはずです。問いを立てる力は、多種多様な人たちと交わったときに生まれてくるからです。
リクルートスーツ 誰が着てこいと?
三嶋 今の就活って、納富さんが就活した時代と比べるとどうですか。
納富 みんな苦しそうだよね。価値観が多様化していると言われますが、全然そうは思えない。いろんな人の生き方にいくらでもアクセスできるのに、みんな一つの目的に向かって同じように進んでいる。そのことに対する強烈な違和感はあります。
宗像 既存のシステムに入らない選択肢が、そもそもありません。大学でも「こういう感じで就活がスタートして、こういう感じで終わるんだよ」っていう流れを説明されて、それに乗っかって卒業するみたいな感じ。「なんか嫌だな」「変だな」と思う人がいるかもしれないけれど、ほかの人と議論するまでは行きません。
納富 今の社会が、そういったことを考えさせないようなシステムになっていると思うんですね。失敗を許容しない。大学は就職率を上げたい。人材会社はたくさん就職してもらいたい。大人たちの都合の中で、学生が取り残されている。リクルートスーツも「着てこい」って会社から言われているわけではない。でも、学生はみんな本当にそっくりなスーツと髪型をしてるよね。
三好 私も「ぺたんこ靴で面接に行ってやる」って思っていたんですけど、いざ就活を始めてみると、「とがっていると思われたから落とされたのかな?」って後悔したら嫌だと思って、結局しませんでした。
納富 失敗したくないんだよね。「カジュアルで来てください」って言われても、「これはトラップなんじゃないか」って、みんなスーツを着てくる。「日本の社会は嫌」「窮屈」と思っているのに、その構造に加担している。これは、みなさんの問題なんです。
「個性を見せて」と言われても
宗像 小中高では「集団に合わせていくことが正しい」感じがあるのに、就活でいきなり「あなたの個性を見せてください」って言われても……。義務教育から変えていかなきゃいけないのかなと思います。
納富 「個性を大事に」って育てられてきた人も多いけど、そういった人たちも就活では無個性にさせられて、その中で「差別化を図れ」みたいな、よくわかんないルールになっているよね。どっちやねんって(笑)。「いい子でいなさい」という圧力が強いので、そこに飼いならされてしまうと、就活で苦しみます。日本社会のゆがみが、就活において出やすいのかなと思います。キャリアセンターとか人材会社とか就活エージェントは、無難なほうに寄せていく。「これが就活生」っていうふうに、みなさんを商品化するプロセスだから。
幸せに働こう 人生は長い
三好 就活サイトやSNSの「#24卒」といったハッシュタグを見ていると、「いかに大企業の選考をくぐり抜けるか」っていうノウハウばかり。今の就活は「自分にとっての幸せって何なのか」って問うことからかけ離れています。
五十嵐 就活だけじゃなくて、「周りがそうやってやってるから」っていう理由で、特に決められてもないのにやらなきゃいけない、っていうことが多いと思います。
納富 リクルートスーツなど「空気を読む」圧力みたいなものに意味があるのか。一つずつ確認したほうがいい。
五十嵐 いろいろチャレンジして失敗して学んで、自分の幸せを見つけるのが大切なのかな。
納富 新卒で失敗しても、その失敗を生かしてもう1回やればいいだけじゃないですか。30歳までに「自分はこれでメシが食えるかも」ってことが見つかればいい。新卒でうまくいかないと人生終わったみたいに言われるけど、全然終わんないし、まだまだ人生は続きます。
自由な就活 ムーブメントを
宗像 私たちの世代が「茶髪で行こう」「ラフな格好で行ってみよう」と思うことで、後の世代が気楽に考えてくれる可能性もある。そこは自分たちが踏み出さなきゃいけない。だから2年後(の就活)は金髪で行こうかなって思いました。
三好 (服装に関して)「みなさんの問題」という言葉は刺さりました。就活アウトロー採用も今の就活で取りこぼされてるものを拾い上げるっていう意味で、すごくいい事業だなと思います。そういう対話の場が学生主体で出てくることが理想です。
納富 「もっと自由に就活する」っていうムーブメントを、みなさんが始めたらいいんじゃないですか。就活は当事者が(数年で)入れ替わってしまう問題があって、「自分事」の期間が短いんです。だから「クソみたいなスーツも我慢して着て、内定取れば終わりじゃん」って、みなさんが問題を先送りしている。
三嶋 SNSを見ていると、就活についての投稿は心配事ばかり。「明日の最終面接、どんな服着ていこうかな」みたいに、ポジティブな投稿になっていったりすると面白いのかな。
個性は見つかる 悩んだ先に
三好一葉(DIALOG学生部)
みんなで一斉に同じように就活することが「当たり前」というのは違う気がする。かと言って人から抜きん出たものを持っているわけでも、明確な「やりたいこと」があるわけでもない——。こんな人って、実は多いのではないでしょうか。
かく言う私も、暗くしていた髪の色を、就活が終わると同時に明るく戻した学生の一人。だって、とがっていても通用するのは、どうせ「持ってる人」だけ。だったら結局「無難」にやっていくのがベターなんじゃない?
たくさんの人と対話を重ねて、納得のいく就活ができたとは思っていますが、違和感にふたをしたままやり過ごしてしまったような後ろめたさもあります。
そんな思いを解きほぐしてくれるような、納富さんとのセッション。もし心の中にひっかかりがあるのなら、「どうして自分はそう思うんだろう」と向き合ってみたら……。明確な答えは出ないかもしれません。でも、私たちの「個性」が見えてくるとしたら、きっとそれはテンプレート化された自己分析に励むよりも、意外とそんなふうに思い悩んだ先にあるのではないでしょうか。
そして私も、これからの世代がもっと自由な気持ちで将来について考えられるように、自分なりにできることがないか考えてみたいと感じます。