傍に立つ君は完璧で究極のアイドル 作:カミキヒカラナイ
投稿が遅れて申し訳ございません。ちょっと影の地で推し活をしていたら遅くなってしまいました。
推しの
リョースケ君と違うところは、推しの彼ピと何なら推しご本人も激強で死ぬほどブッ
ちなみに“
攻撃祈祷なんかねぇよ。うるせぇよ。
黙れよ。攻撃祈祷なんかねぇよ。
我慢ゴリ押し黄金樹の回復こ↑そ↓が正義。
ホストは死なせねぇよ。正しいのは俺。
対戦よろしくお願いします。
周囲に存在する全ての人間の気配と位置を把握──スタジオ内に十三人。外に二十五人。その全てに満遍なく視点を分散させ、間違っても特定の一人に集中し過ぎないよう細心の注意を払う。
自身のコンディションを分析──全て異常なし。再度表情筋をコントロール下に置き、常に万人から柔らかく見える表情を作り上げる。少しでも険を感じさせる表情を表に出せば、それはオーラとなって他者を威圧してしまいかねない。慎重に慎重を重ね、役作りの最中であっても“人間・桐生シオン”の演技を怠ってはならない。
ルーティーン全工程完了。よし、落ち着いた。それでは──いざ!
「僕だって新宿の剣士だ! キザミさんみたいに、勇敢に戦える……!」
「ストップストップストップ! やっぱり
「ブワッてなった! 全身が鳥肌でブワッてなった!」
「蛇に睨まれた蛙の演技なら任せて下さい。今の俺なら完璧に演じられますよ」
「私も今なら完璧に獅子に睨まれた兎の演技ができると思います」
「加減しろバカ!」
駄目だった。非難轟々のダメ出しを受け、僕は
再度脳を半休眠状態に持っていき認知機能の九割以上をカットする。まるで分厚いガラス越しに世界を見ているような感覚が戻り、そこまでしてようやく周りの人達は人心地ついたように大きく息を吐いた。
それを見ていた金田一さんは無言でスマホを取り出しどこかに電話をかける。ややあって通話が繋がり、スピーカーから聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。
「よお鏑木。今大丈夫か?」
『ああ、大丈夫だよ。 確か今は東京ブレイドの稽古期間だろう? 何かあったのかい?』
「大したことじゃないんだが、桐生のことでちょっとな。確かお前のキャスティングだったと記憶してるんだが、合ってるよな?」
『そうだよ。彼は今僕が一番注目してると言っても過言じゃないタレントでね。外見といい雰囲気といい、こづか役にピッタリだと思ってオファーを出したんだ』
「ああ、よく分かった。お前絶対許さんからな……」
『……んん? えっ? ゆるっ……えっ!? ちょ、金田一君、いったい何のこと──』
ごめんなさい鏑木さん……僕が不甲斐ないばかりに……
「……とりあえず今度は普通にやってみろ。変に威圧する必要はないから、くれぐれも普通に頼む」
通話を切った金田一さんがこちらを向いてそう言った。別に威圧しているつもりは全くないのだが、結果的にそうなってしまっている以上ぐうの音も出ない。言われた通り、今度は威圧しないよう細心の注意を払って演じてみる。
「僕だって新宿の剣士だ! キザミさんみたいに、勇敢に戦える……!」
「(感情)うっす。体調悪いんか?」
「落差が激しすぎて実際以上に大根演技に見える」
「0か100でしか感情の出力ができない人かな?」
「薄口か濃口の二択か……悩ましいな」
「せめてもうちょっと出汁きかせられない?」
「ひぃん」
さっき以上のダメ出しの嵐で心が折れそうになる。
しかしながら、僕の場合は感情とオーラの出力はトレードオフなのでどうしてもこうなってしまうのだ。言うなれば普段のオーラをセーブしてる時は極限までぼーっとしてるというか、半分寝てるような状態に近い。そんな状態で感情的に振る舞うなど──少なくとも今の僕の演技力では──不可能である。
「申し訳ありません、金田一さん……僕が未熟なばかりにとんだご迷惑を……」
「いや……正直なところお前の演技は悪くない。基本はしっかりできてるし、声色や表情、身体的表現力は演技未経験とは思えんぐらいには完成している。
「カメラ演技なら……」
「だが今お前に求められているのはカメラ演技ではなく舞台演技だ。観客との距離が物理的に離れている以上、いくら表情を完璧に作ったところで客には見えん。より真に迫った演技を見せたいなら、心からの強い感情を全身で表現する必要がある」
金田一さんの言うことは尤もだ。役者の顔だけをズームして映すことができるカメラ演技なら表情で感情を表すこともできるが、舞台ではそうもいかない。心からの感情を全身に乗せなければ、いくら声と表情を完璧に作ったところで観客には伝わらないだろう。
「こづかの見せ場は少ないが、だからこそ限られた場面でしっかり存在感を発揮しなければただそこにいるだけの案山子でしかない。脇役だからといって目立たなくて良いわけじゃないのは分かるな?」
「はい」
「脇役には脇役の目立ち方ってモンがある。
「はい……」
そんなに言われるほど素の僕は怖いのだろうか。何となくヤバいらしいというのは分かっているのだが、具体的にどうヤバいのかは残念ながら自分ではいまいち実感できずにいる。
『知ってるシオン? あのオジサン、この間の本読みの一件があってからシオンと会う時は大人用のオムツ穿くようにしてるんだって!』
そんなこと知りとうなかった……
というかアイはそんな情報をどこで知ったんだ? ララライの女の子達が話してるのが聞こえた? そう……
「ここまで尖ってる奴は初めてだが、ある意味お前も主役以外できないタイプの役者だな。ハマれば強いが使い勝手が悪い。このままじゃ役者としてやってくのは厳しいぞ。精進しろ」
「はい!」
「お前はこのまま感情演技の稽古を続けろ。他と合わせるのはその後だ。もうすぐ姫川が来る頃だし、その辺のコツをあいつに教わって──」
「すみません遅れましたさあやるぞ桐生今日こそお前の演技をモノにしてみせる」
「姫川ァ!」
すると、スタジオに入ってきた姫川さんが脇目も振らずこちらにすっ飛んできた。そのままスタジオの隅の方に連行しようとする姫川さんの肩を金田一さんが必死の形相で掴んで止める。
「言っただろ! こいつのバカみてぇなオーラを抑えた感情演技を教えてやれって! なに助長しようとしてやがるんだこのバカ!」
「止めないで下さい金田一さん。桐生のバカみたいなオーラは革命です。身体も動かさず、声も出さず、ただ立ってるだけで部屋中の人間を恐怖させたあの演技……あれを習得できれば、俺の芝居は更に上の段階に行ける」
「ふざけんな! お前まであんなバカオーラ撒き散らし始めたら俺の身が持たんわ!」
「金田一さんが何と言おうが俺は桐生のバカオーラをモノにしてみせますよ。舞台特有の大仰な身体表現なしに観客の感情を揺さぶれるのは革新的だ」
「あの、本人の目の前でバカを連呼するの止めてもらっていいですか???」
僕だって傷つかないわけではないのだ。終いにゃ泣くぞ? いいのか?
「ともかく、今優先するのは桐生の演技を改善することだ! でなきゃいつまで経っても共演シーンの多い鳴嶋との合わせができん! ただでさえあいつは桐生と違って基礎もまだまだなんだからな!」
「ごふっ」
唐突に流れ弾が飛んできた鳴嶋君が胸を押さえて呻いた。
そうは言うが、正直なところ危惧していたほど鳴嶋君の演技は悪いものではない。周りのレベルが高過ぎて見劣りするのは──全く僕が言えた口ではないが──確かだが、「今日あま」の時と比べれば雲泥の差と言えるほどに彼の演技力は上達していた。
「ったく、せめて鳴嶋ぐらいの感情演技ができれば丁度いいものを……」
「そんな勿体ない」
「お前はいい加減桐生に執着するのをやめろ! 分かってんのか!? お前は主演で、桐生は脇役なんだぞ脇役! 主人公よりオーラのある脇役がいてたまるか!」
「でも手加減してもらうってのも主演的に気が咎めるというか……」
「拗ねるなそんなことで! 手加減云々じゃなくて役柄の問題だ! ちょっと感情込めただけで役柄を逸脱するような役者なんざ三流なんだよ三流!」
「ごふっ」
今度は素直に飛んできた火の玉ストレートが僕の心を抉る。
分かっていたがこうもはっきり言われると流石に傷付く。全く以てその通り過ぎて言い返せないのが非常に悔しかった。
「はぁ……焦れよ桐生。これからも役者としてやっていく気があるなら、そのオーラを抑えたまま演技ができるよう努力しろ。せっかく才能あるのに勿体ねぇぞ」
「……はい」
「さっきも言ったが、幸いにしてお前は基本はできてる。こづかの見せ場……感情を強く出すべきシーン以外の演技はさほど指摘するところはない。後は肝心要の見せ場を何とかしてみせろ」
「まあ俺も見るわけだし、本番までには何とか仕上げてやるよ。鳴嶋もこっちに来い。ついでに一緒に見てやる」
「えっ、良いんですか?」
「お前もブレイドとの共演シーンが多いキャラだからな。一人見るのも二人見るのも大して変わらん」
姫川さんに負担をかけてしまうのは申し訳ない限りだが、僕も鳴嶋君も手段を選んでいられるほどの余裕はない。ここはありがたく彼の厚意に甘えさせてもらうとしよう。
「金田一さんはああ言ってたけどさ」
スタジオの片隅、他の演者達の稽古の邪魔にならない位置に移動しつつ、姫川さんは台本をくるくると丸めながら口を開いた。
「やっぱり俺としては手加減してもらって主演やるのは内心
「はぁ……」
手加減……いやまあ、ある意味では手加減しているとも言えるが……別に演技力を加減しているわけではない。むしろ演技力がないからこそこんなことになっているというか。
「
「そうなんですね……失礼ですけどあまりそういうのを気にするような方には見えませんでした」
「態度軽いからな、あの人。けど、あれで案外仕事にはプライド持つタイプだよ。鴨志田さんだけじゃない。
役者って負けず嫌い多いからさ、と笑う姫川さん。そう言う彼の口元も好戦的に吊り上がり、ギラギラとした目でこちらを見下ろしていた。
「普通の演技のやり方は俺が教えてやる。だから俺にも教えてくれよ。あの化け物みたいなオーラの出し方」
「えっと、あれはなんと言うか……教えるにしても、僕もこれと言って意識して出してるものではないというか……」
「分かってるよ。加減が利かないってことはその才能を自分でも持て余してるってことなんだろ? たまにいるよな、そういう融通の利かない天才肌。だから勝手に見て盗むさ。というわけで……」
ぽん、と姫川さんの手が僕の肩に置かれる。彼は爽やかな笑みを浮かべ、だが目だけはギラギラとさせながら口を開いた。
「もう一回あのオーラ出してくれ。本気で」
「えっ」
「え、じゃねぇよ。見なきゃ学べないだろ。鳴嶋も良く見とけよ、こんなに面白……じゃない、レアな才能は中々ないぞ」
「えっ」
「今面白いって言いました???」
唐突に水を向けられた鳴嶋君はポカンとしている。当たり前だ。あんなに騒ぎになった演技を舌の根も乾かぬ内にまたやれと言うのだから、彼でなくても唖然とするだろう。
しかも言うに事欠いて面白枠呼ばわりとはシツレイ極まりない。これでも初めての演技の仕事が成功するか否かの瀬戸際で結構切羽詰まっているというのに!
「頼む、桐生。先っちょだけで良いから」
「先っちょだけ出してあれなんですって! だから駄目!」
「代わりに黒川の昔の面白エピソードとか教えてやるから」
「……ちょっと気になりますけど、駄目なものは駄目です! それで金田一さんに怒られるのは僕なんですから!」
『えー私は知りたーい。良いじゃん、ちょっと本気出すぐらい。もう既に一度見せてるんだから何度やっても同じだよ同じ』
だーめーでーすー。稽古の過程でうっかり失敗して出してしまうならいざ知らず、意図的に出したと知られれば金田一さんから大目玉を食らってしまうだろう。
とまれかくまれ、オーラを出すことなく強い感情演技ができるようにならなければお話にならない。姫川さんの希望に応えるとすればその後である。
「……良いよなぁ、桐生は。姫川さんにも認められる才能があって」
「…………」
賑やかに談笑しつつスタジオの片隅に向かう三人の後ろ姿を、その少女は複雑な表情で見送った。
シオンの異質な演技を見てララライの面々が奮い立ったというのは本当だ。如何にララライが一流の役者の集いといえど、問答無用で日本一の役者集団というわけではない。上には上がいるものだ。あの姫川大輝に与えられた評価ですら、あくまで“若手俳優”という括りの中におけるものが大半である。
勿論、役者の実力というものは単純な演技力のみで優劣をつけられるものではない。容姿、年齢、性別、あらゆる要素によってその役者にとっての“最適”な役柄というものは変わってくる。例えば姫川大輝に年老いた男性特有の老練な貫禄が出せないように、姫川ほどの才能がなくとも、彼にはできないような演技をしてみせる役者というものはごまんといる。ある意味では、そういう人達は姫川以上の役者と言えなくもないだろう。
桐生シオンという少年が見せた才能は、そういう“常人には真似のできない”部類の演技だった。上手い下手を論じる以前の問題として、ひたすらに異質。声もなく、表情もなく、動きもなく、ただ佇まいのみでスタジオ中の人間を畏怖させる威圧を放つなど尋常ではない。ララライの役者として多くの才能に触れてきた彼らだからこそ、その演技の異質さはより際立って見えた。
その異質さに慄く一方で、彼らは未知の技術に興奮を覚えてもいた。なまじ役者集団としては完成してしまっていたララライだからこそ、突如吹き込んだ新風に可能性を見出していたのだ。
しかしながら、一人だけ暗い表情で打ちひしがれている人物がいた。
何事か思い悩むように俯く少女──黒川あかねのその様子を見かねたのか、有馬かなは嘆息しつつその背中に声をかけた。
「どうしたのよ、さっきから辛気臭い顔して」
「かなちゃん……」
声をかけられたあかねはゆるゆると振り返り……落ち込んでいた表情から一転、怪訝そうに眉を八の字に曲げて首を傾げた。
「……かなちゃんこそどうしたの? なんか生まれたての子鹿みたいに足が震えてるけど」
「ふっ、大したことじゃないわ。ちょっとトラウマを思い出しただけだから」
「トラウマ……?」
かつて行われた鬼畜コーチによる地獄のブートキャンプの記憶を刺激されたかなの足はぷるぷると震えていた。
「それよりアンタよ。不景気な顔しちゃって、何か悩み事? 話だけなら聞いてやらんこともないけど」
「……シオン君のことで、ちょっとね」
「あー、まあ確かにあの調子じゃ先が思いやられるわね。にしても、あの完璧超人にあんな弱点があったとはねー。まさか感情を強く出すだけであんなことになるなんて、やっぱ色々おかしいわあの子。やっぱりカノジョとしては心配なわけだ?」
それもある。だが、実のところあかねはシオンの演技に関してはそこまで心配していなかった。
シオンの才能についてはこの四ヶ月の間で散々に理解させられていた。彼から請われて一緒に稽古をしたのは数える程だが、たった四ヶ月という短期間の内に彼の演技の実力は信じ難い速度で上達していった。あの厳格な金田一に「基本はできてる」と言わしめるというのは尋常ではない。ララライの基準でそう評価されるということは、一般的な役者としては既に十分に一人前と言えるだけの水準にあるということだ。
あかねの目から見ても、シオンの演技力は十分に今回の公演についていけるものだと認識していた。唯一感情演技に関してのみ課題は多いが、それも彼の才能ならばいずれ克服するものとあかねは思っていた。
故に、あかねが悩んでいるのはシオンの実力についてではない。むしろ──
「遠いなぁ、って思っちゃった。あれがシオン君の本来の実力なんだとしたら、私には真似できそうもないよ……」
今回初めて目の当たりにした、シオン本来の存在感。同じ天性のオーラであっても、アイの方はまだ理解できる。アイはその人生の足跡を辿っていけば、あのような自我が形成された経緯については比較的容易に理由付けを行うことができた。
しかしシオンのオーラには理由などない。彼は彼であるが故に、あるがままに超人だった。あのような存在感を得るに至った特別な経緯など存在しない。まさに天性の才だ。それと比べれば、むしろ特異なのは普段のオーラを抑えた振る舞いの方であるとさえ言える。
あれほどのオーラをほぼ完璧に制御し得る振る舞いを、いつ、誰に教わって身に付けたのか。気になるが、それは今はさして重要ではない。
問題は、今回の一件で明るみになったシオン本来の実力が、あかねの想定を遥かに上回っていたことだった。
彼と並んでも恥ずかしくない立派な女優になるのだと誓った。しかし、追い求めるべき背中はその実、目視すら困難な久遠の彼方にあったのだ。
その事実を前に、あかねは打ちひしがれてしまっていた。断じて心が折れたわけではない。それでも、彼我の間に隔たる距離のあまりの遠きに呆然としてしまうことは避けられなかった。
「追いかける気力があるだけ上等だと思うけどねー。ぶっちゃけ私はシオンのことを同じ人間だなんて思ってないから、あれと競うなんて発想が端からないのよ」
「ちょっと言い種が酷くない……?」
「高低差百メートルの急斜面を百往復して汗もかかねえ息も切らさねえしかも霊能力だか超能力だかを使うようなべらぼうに顔が良い奴がただの人間なわけないでしょ常識的に考えて。設定盛り過ぎ。あんたもシオンの霊能マッサージ受けたんなら分かるでしょ。あれに常識を求めちゃダメよ」
「うん……まあ……」
あかねはかなの言葉に言い返すことができなかった。あかね自身もシオンが色々とおかしいことは知るところだったからである。
「まあ、何にせよ考え過ぎないことね。あれと比べたら私達なんて凡人よ。凡人なら凡人らしく、地道にやってくしかないんだから」
「うん……」
「ほら、シャキっとしなさい黒川あかね。今日は原作の先生も来るんだから、あまり無様なところを見せるんじゃないわよ」
そう、今日は「東京ブレイド」の原作者が来ることになっている日だった。キャストへの挨拶と脚本に関する打ち合わせが主目的だろうが、当然役者の実力についても値踏みされることだろう。わざわざ稽古の様子を見に来るとなればそういうことだ。
どれだけ優れた脚本や演出があっても、演者の実力次第で作品の質は如何様にも悪くなる。ドラマ「今日あま」こそはまさにその典型だった。原作者としてその点は気になって当然だ。そんなところに悩みを抱えたままで精彩を欠いた演技を見せるわけにはいかない。あかねは両手でぱちんと頬を叩いて気持ちを切り替える。
「……ありがとう、かなちゃん」
「ふん。別に、ララライの看板役者の片割れに辛気臭い顔でいられて、メンバー全体が舐められるのが嫌だっただけよ。今回の公演はララライが主体になってやるんだから、そこんとこ弁えてしっかりすることね!」
照れ臭そうに頬を染めつつ
そうだ、この場には憧れの人が二人もいるのだ。みっともないところは見せられない。その背中が遠いことなど最初から分かっていたはずなのだから、今更気落ちしたところで何が変わろうものか。
「頑張らないと」
姫川と何やら言い争っている恋人の姿を一瞥すると、あかねは静かに自分の世界へと埋没していった。
──そして、その人物は現れた。
「あ……えと……こんにちは……」
「『東京ブレイド』作者のアビ子先生! ……と付き添いの
クセのある黒髪とつぶらな瞳、おどおどと人馴れしていなさそうな態度がどこか小動物らしさを感じさせる女性だった。
彼女こそが累計5000万部もの大ヒットを記録した漫画「東京ブレイド」の生みの親たる「
鮫島アビ子が見習い時代に吉祥寺頼子のアシスタントをしていたことは有名な話である。共に大ヒット作を世に送り出した師弟同士ということもあり、この二人が揃って現れたことを疑問に思う者はいなかった。
「吉祥寺先生! お久しぶりです!」
「有馬さん! 『今日あま』の打ち上げ以来ですね……! アクアさんも、またお会いできて嬉しいです!」
「光栄です」
「先生、おひさっす」
「あっ……ども……」
「すげぇ塩対応……」
「当たり前だろ……」
ドラマ「今日あま」の撮影以来旧知の仲である有馬かなと星野アクアとは和やかに接する一方、主演を務めた鳴嶋メルトには死んだ目で素っ気ない対応を取る吉祥寺。世間一般のドラマ「今日あま」の評判を見れば
件のドラマに関しては脚本側の都合が色濃かった上に、積極起用した若手タレントの大半が演技未経験の素人だったというキャスティングミスの面もあり、一概にメルト一人の責任であるとは言い難い部分はある。しかし仮にも主演を務めるからには未経験なりに努力すべき点があったことも事実。それを怠ったのは紛れもなくメルトの責任だ。
しかし今のメルトはあの時とは違う。アクアとかなの本気の演技を見たことで半ば無自覚だった己の実力不足と怠慢を認識した彼は、その汚名を雪ぐために今日まで努力してきたのだ。
今回の公演でそれを証明してみせる。吉祥寺の塩対応──むしろ穏当な方である──に若干傷付きながらも、メルトは決意を新たにした。
「先生、初めまして」
「本日はよろしくお願いいたします」
一方、黒川あかねと姫川大輝はララライの代表として挨拶すべく鮫島アビ子に声を掛けた。
姫川の方はややぶっきらぼうな口調だが、態度自体は至って礼儀を弁えた丁寧なものである。あかねの方は言うまでもない。物腰柔らかく、親しみを込めた笑顔は相手を威圧する要素など欠片もない。
しかしアビ子はといえば、まるで背後に
「(ちょ、ちょっと先生、ちゃんと挨拶して下さい!)」
「(無理……イケメンと美少女は目を合わせただけでテンパる……)」
「(まあ分かりますけど……!)」
吉祥寺は小声で背後に隠れるアビ子を叱咤するが、アビ子は頑なに背中から出てこようとはしなかった。
鮫島アビ子は極度の人見知りだった。漫画家というものは往々にして変わり者が多いが、彼女は吉祥寺曰く「この業界の中でも特に癖が強い」人物である。こういった対人能力の欠如もその一つだった。
「まあまあ、ゆっくり見学なさって下さい」
「あ、ありがとうございます」
「さあ、稽古を続けろ。先生の見てる前で粗末な演技するんじゃねぇぞ」
『はい!』
金田一の一声で稽古に戻る役者達。
超大ヒット作「東京ブレイド」の作者ともなれば、その存在が社会に与える影響力というものは下手な芸能人など及びもつかないものだ。クリエイターとしては間違いなく有数、この場の誰と比較しても圧倒的な格上である。そんな超大物、それも当公演の原作者が見ているとあって、普段とは違う緊張感の中で稽古は再開された。
「わぁ……」
しかし彼らはプロ。一度始まってしまえば、原作者が見ていようがいまいが関係なく普段通りの実力を発揮する。
いや、むしろ原作者の目があることで普段以上に気合いが入っていると言えた。緊張はあれど過度なものではなく、身内だけでの稽古にありがちな気の緩みもない。まだ稽古が始まったばかりだとは思えぬ練度の演技を披露する面々を見て、アビ子は思わずといった様子で感嘆の声を上げ、目を輝かせた。
(やはりこの公演を受けたのは間違っていなかったな)
その様子を見た金田一は内心で笑みを浮かべた。
ララライは紛れもなく一流の役者の集いである。しかし自他共に認めるその評価は無自覚の慢心を招き、静かな停滞を生んでいた。自負を持つのは良いが、そこで僅かにでも満足してしまった瞬間、役者は成長を止めてしまうのだ。
しかし、今や社会現象にまでなった超ヒット作を原作とした大舞台を任されたという緊張感。そして他所から招いた新進気鋭の演者達が
(そういう意味では鏑木の奴にも感謝しないといかんか……)
面食いであることを公言して
自分の企画の際には平然と趣味に走る鏑木だが、一方で他所に人材を送る際は手堅い人選をするのが彼の常だった。しかし何故か今回に限ってはこれまでの定石から外れ、突飛とも言えるキャスティングを行ったのである。
その筆頭が桐生シオン……金田一の現時点における最大の悩みの種だった。
芸歴は僅か一年。元読モ。主な出演作品は恋愛リアリティショー。大手プロダクションに所属したかと思えば、その肩書きはあろうことか超能力者。駄目押しに演技経験ゼロと来た。奴も遂にトチ狂ったかと、送られてきたシオンのプロフィールに目を通した金田一は鏑木の正気を疑ったものだ。
それでもシオンを採用したのは、鏑木の目利きに対する信頼と義理。そして胡散臭い経歴を掻き消して余りある本人の顔の良さによるものだった。「東京ブレイド」のメイン客層に売り込むに当たって外見の良さは無視し得ぬ要素である。金田一はシオンの実力ではなく、客寄せパンダとしての価値にのみ期待して彼を起用したのである。
だというのに蓋を開けてみればご覧の有様である。何あの化け物? というのが金田一の率直な感想だった。
姫川の言っていることも理解はできるが、それはそれとしてあのオーラはあまりに役柄を逸脱し過ぎている。そもそもあの容姿で脇役は無理がある。誰だよあんなのをこづか役に採用したのは。俺だよ馬鹿。勿論最終的にGOサインを出したのは統括プロデューサーである雷田だが、その過程で支持を表明したのは他ならぬ金田一自身だった。正直ちょっと後悔している。
シオンの存在は劇薬のようなものだ。予想に反して普通の演技なら高い水準でこなせるのは良かった。ララライに良い刺激を与えてくれたのも素直にありがたい。だが、それ以外の全てにおいて過剰火力もいいところだった。せめて本人があのオーラを御せていれば話は違ったのだが、残念なことに少し感情を込めるだけであの有様。あれを上手く活かせるのならば誰よりも素晴らしい演技ができるだろうに、現状ではただその威力を持て余すばかりで全く有効活用できていない。
だが、前向きに考えることはできる。確信したが、あれは普通の人間ではない。ただの“天才”の一言では片付けられない、底知れぬ才覚の片鱗をまざまざと感じ取った。あれは間違いなく大成することだろう。そんな人材とまだ未熟な内に関係を得られたのは僥倖である。この出会いは間違いなく、今後のシオンを巡ってのキャスティング競争において優位に立つ奇貨となるはずだ。
ならばこうして苦労を掛けられるのも将来的にはプラスになる。芸能界は貸し借りの世界。今は未熟なシオンの演技の上達に寄与したとあれば、それはこの上ない貸しとなって未来の金田一を利する結果となって返ってくるのだから。
(とはいえ、この公演を成功させないことにはただの皮算用で終わる。何とかして本番までには間に合わせたいところだが……)
そのためにわざわざ姫川を付けてまでシオンの演技力向上に努めているのだ。姫川も乗り気のようだし、良い結果が出ることを期待するばかりである。
しかしながら、今日ばかりはシオンの稽古は後回しだ。何せ原作者であるアビ子が見に来ているのである。もしまたオーラを暴走させてしまい、それで彼女の不興を買って役を下ろされるような事態になれば金田一の目論見は全て水の泡だ。代役を見繕うのも一苦労だし、少なくともアビ子が帰るまではシオンには大人しくしていてもらう必要がある。
(桐生には悪いが、本格的な稽古は明日から……ん?)
渋谷勢力側の演技の様子を眺めていた金田一は、隅の方で何やらコソコソとしている二人組の姿を視界に収める。よく見ればそれはシオンと姫川の二人で、何やら揉めている……いや、姫川の方が何やら言い募っている様子だった。
その様子を目にした金田一の背筋に言い知れぬ悪寒が走る。くれぐれも余計なことはするなと言い含めておいたはずだが、どうにもここ最近の姫川は暴走気味だ。何か良からぬことを企んでいるのではあるまいかと、金田一は声を上げようとし──それが一歩遅かったことを、彼はすぐに悟ることとなった。
瞬間、シオンの総身から天地を
世界が揺れている──金田一は現実逃避気味にそれを錯覚だと思おうとした。己が身の震えが原因であると納得しようとしたのだ。しかし現実は非情だった。板張りの床はギシギシと軋みを上げ、スタジオを照らす蛍光灯はまるで慄くように点滅を繰り返す。何より、恐怖に身を竦ませる演者達、泡を吹いてひっくり返る有馬かなの様子が、これが金田一だけが感じている錯覚などではないことを確信させた。
やりやがった……アイツやりやがった!
よりにもよって! 原作者が見てる前で!
「桐生ぅぅぅぅ!! 何やってんだお前ェっ!!」
「こ、この人にやれって言われました!」
「私がやれって言いました」
「姫川ァ!!!!」
足が竦んでさえいなければ金田一は猛ダッシュで助走をつけて姫川を殴りに行っていたことだろう。残念なことに足が竦んで叶わなかったが。
「言ったよな俺! 今日一日は大人しくしてろって! 何でそうも堪え性がないんだ! 普段のダウナーなキャラはどこ行ったんだよ!?」
「すんません、つい」
「ついでダイナマイトを起爆させる奴があるか馬鹿!!」
「ダイナマイト!?」
何やらダイナマイト扱いされたシオンがショックを受けているようだが、核爆弾扱いしなかっただけ有情である。
金田一は恐る恐るアビ子に視線を向ける。見れば雷田や
それ故に、ここでシオンに降板されると実は結構困ったことになる。何とかして思いとどまってもらうための言い訳を思案する雷田と金田一だったが、ふと見れば何やらアビ子の様子がおかしいことに気付く。
呆然としていた彼女の目が徐々に輝きを増していく。まるで長年思い続けてきた待ち人がようやく現れたかのように表情を明るくし、キラキラとした視線をシオンに向けていた。
ガタンと椅子を蹴倒し、アビ子は真っ直ぐにシオンのもとに駆け寄った。これに驚いたのは吉祥寺である。イケメンと美少女は目を合わせただけでテンパるなどと宣った舌の根も乾かぬ内に、よもや神の如き美貌の持ち主に自分から近付くなど予想外もいいところだった。
「見付けた……ようやく見付けた……!」
「あ、あの、先生?」
「適役……! あなたになら
「は、はい?」
ガシッとシオンの両手を掴み、ブンブンと激しく上下に振りながら興奮したように早口で捲し立てるアビ子。その発言の内容が上手く飲み込めず、シオンは目を白黒させてなすがままにされる。
「小柄! 美少女! 怖いほどの超絶オーラ! まさにあの子が三次元に飛び出してきたかのようです!」
「えっと……あの子とは一体……?」
「
「編集にダメ出しされてお蔵入りになった私のお気に入り……『
何か大変なことになったぞ、と。顎が外れんばかりに口を開けて顔面蒼白にする雷田やGOAを尻目に、シオンの額から一筋の冷や汗が流れ落ちた。
【桐生紫音】
むんっ! と気合いを入れると世界が悲鳴を上げるレベルのバカオーラを放出してしまうバカ。水見式の判定によると強化系。器に触れようとした瞬間に中の水が爆散するレベル。あいつワシより強くねー?
表情や声色でならいくらでも感情を表現することはできるが、舞台上から離れた客席にまで届くような感情演技を行うことはできない。出力レベルが弱か強しかないため、本人にとってはほんの少し感情を込めただけのつもりでも、常人にとっては巨大な龍が身動ぎしたようなものとして映る。しかしそれが却って原作者の目に留まり、何やら聞いたことのないキャラクターの役に抜擢されることに。
言うまでもなく東京ブレイド編における最大の戦犯である。
【黒川あかね】
遂に化けの(薄)皮が剥がれたシオンの本性(笑)を目の当たりにし、彼の立つ地点のあまりの遠さに愕然としてしまう。どれぐらい遠いかというと二次元と三次元ぐらい遠い。
それでも追い掛けることを止めるつもりは更々なく、かつての憧れである某すしの子の発破を受けたことで再度奮い立った。東京ブレイド編で一番いい空気吸ってるのは間違いなく推しと推しに挟まれて推しが供給過多なこの子。
なお、推しの某すしの子は本日二度目となる鬼コーチのオーラ(五割増し)を受けて泡吹いてぶっ倒れた。
【有馬かな】
星野母娘を差し置いてやたらコラボやグッズ化に引っ張りだこな、ハロ○キティ並に仕事を選ばないことに定評のある元天才子役アイドル。かなちゃんは推しの子のベストグッドガールだからね、仕方ないね。かなちゃん可愛いよかなちゃん(あかね並感)
なおJIF編における鬼畜コーチによるスパルタを超えたスパルタトレーニングはしっかり彼女の中でトラウマとなって残っており、シオンの本気(1/11000)のオーラを受けたことで人前にはお出しできない感じの顔で泡吹いてぶっ倒れた。
【姫川大輝】
みんな大好き大輝お兄ちゃん。演技上手い、顔が良い、高級車を買えるぐらいの稼ぎがある、顔が良い、面白いと欠点らしい欠点が微塵もない完璧で究極の異母兄。烈海王が「隙など無い! 欠片ほども!」と戦慄するレベル。
作者の趣味でシオンの桁違いのオーラを目の当たりにしたことで、シオンに対し役者として強い興味を抱く。何とかしてシオンのバカオーラの秘密を解明せんと躍起になっていたが、それが原因で原作者の目に留まる結果となった。間違いなくシオンに次ぐ戦犯その二だが、彼にとっては結果オーライである。
【鳴嶋メルト】
同じモデル上がりで演技未経験の後輩タレントと聞いていたのに、実際に会ってみたらとんでもねぇ化け物だった件について。コイツが
シオンとはただでさえ似通った経歴ということもあって比較されやすいのに、容姿も演技力も、普通の感情演技以外の全てにおいて自分の完全上位互換ということでかなり苦手意識が強い。せめて性格ぐらいは悪くあれよと思ったが、それはそれで以前の世の中舐め腐ってた頃の自分を思い出して自己嫌悪する羽目になるため色々と複雑な感情がある。アクア以上のコンプレックスを抱いてしまっているが、奴は人生二周目クソチートスタンド使いとかいう、ある意味神話生物みたいな存在なのでシンプルに相手が悪い。強くなれ…桐生のように。
【金田一敏郎】
今日の被害者。余波を浴びただけの他の面々と異なり、直接面と向かってゲッターのオーラを食らったためすっかりトラウマとなってしまった。稽古などで普通に接している分には問題ないが、休憩時間などに不意打ち気味に廊下でばったり出会したりすると思わず腰が抜けてしまう。うぁぁぁ き……桐生が廊下を練り歩いてる
【吉祥寺頼子】
大人気少女漫画「今日は甘口で」の作者にしてアビ子先生の実質的保護者。世間的には失敗作の烙印を押されている実写ドラマ「今日あま」だが、アクアとかなの尽力もあって本人的には満足のいくラストだったと思っている……がそれはそれとして鳴嶋メルト、テメーは駄目だ。今はともかく、あの時のメルト君はちょっと擁護不可能なレベルで演技舐め腐ってたからね、仕方ないね。
【鮫島アビ子】
超絶大ヒットを叩き出した人気漫画「東京ブレイド」の作者にして
普段は人見知りが激しく小動物めいてオドオドしているが、こと漫画のことになると誰よりも熱くなる一面を持っている。原作ではそれが悪い方向に作用し脚本家のGOAを追い詰めてしまったが、こちらの世界線においてはゲッターパワーと悪魔合体したことで更に悪化。「わたしのかんがえた最強のオリキャラ(原作者監修)」と「原作にはないオリジナル展開(原作者監修)」の二天一流によってGOAの精神は六道五輪・倶利伽羅天象されることが決定された。まるきり犯行予告である。
【疫病神ちゃん】
日課の双子ウォッチングをしていたら一日に二度もバカのオーラを浴びる羽目になってしまった彼女の心情を二十字以内で答えよ。(配点:二十点)
「レイヴン助けてくれ! 化け物だ!」