傍に立つ君は完璧で究極のアイドル 作:カミキヒカラナイ
出来らあっ!(ヤケクソ)
19.え!! 演技未経験のど素人が舞台デビューを!?
極論、霊能力だろうが超能力だろうが肩書きはどうでも良くて、要は“説得力”が必要なのだ。「桐生シオンならば死者を蘇らせても不思議ではない」と思わせるだけの“説得力”が。
そのためには事務所の力も借りて“超能力者シオン”として売り込み、僕の存在を世間に知らしめていかなければならない。
そう思って僕をスカウトしたプロデューサー……
「超能力者だって!? やはり君は自分の実力を低く見積もりすぎている……! 『今ガチ』で多少は改善されたと思っていたが、まさかそんな色物枠に自身を落とし込もうとは!」
「み、宮田さん?」
「シオン君、君は素晴らしい素質を秘めたダイヤの原石……いずれは
超能力者設定がキャラ付けの一環だと思われている……!
『まあ、シオンのこと知らなければそう思うよね。実際は超能力者なんて目じゃないフィジカルモンスターなんだけど』
それはそうだ。確かにいきなり「実は僕は超能力者なのでそれを芸にして生きていきます」なんて言い出したらトチ狂ったかと思われても仕方がない。まずは順を追って説明しなければ。
「まあまあ、落ち着きなさい宮田君。シオン君がびっくりしてしまっているよ」
「しかし、社長……」
すると、別の方向から助け舟がやってくる。
興奮する宮田さんを諌めたのは、五十代半ばといった風体の、見るからに
正式に宮田さんからのスカウトを承諾した僕は現在、宮田さんに連れられて社長との面通しを行っているところだった。何でも、契約の前に一度面と向かって僕のことを見ておきたい、と社長自らがそう言ったらしい。
「君が見込んだ通り、シオン君は素晴らしい素質を秘めた原石……いや、既にしてスターの片鱗を見せている逸材だ。そんな彼がただのキャラ付けなんて理由で超能力者を名乗るとは思えない。何か理由があると思うんだけど、どうだろう?」
彼は柔和な笑みを浮かべ、穏やかな口調でそう言った。
一見すると穏やかそのものといった雰囲気の御仁だが、発される言葉には底知れない圧力のようなものを感じさせる。どうやらそれは僕の錯覚ではなかったようで、宮田さんは一気に頭が冷えたような様子で身を引いた。
「し……失礼しました。社長の前でとんだ醜態を……シオン君もすまない。話も聞かず頭ごなしに否定するなんて、どうかしていた」
「い、いえ。僕も突拍子もなくすみませんでした」
この変わりよう。宮田さんの表情から感じ取れるのは明確な畏れだった。流石は星の数ほどの芸能プロダクションが鎬を削る芸能界にあって最大手と呼ばれる事務所の社長というだけはある。ある意味では芸能界のトップとも言えるような人だ。やはり只者ではないのだろう。
『だってこの人シオンを見た直後の第一声が「ほう、よく練られている……」だったもん。発言がもう強いんだよ。漫画とかだったら裏ボスみたいなポジションの人だよ絶対』
本当だよ、僕の何がよく練られていたんだ。この発言だけ切り取るとまるで格闘漫画の強キャラのセリフのようである。
まあ良い、何あれせっかく落ち着いてくれたのだからこの機を逃す手はない。僕は超能力的なパフォーマンスを披露するべく、あるものを鞄から取り出した。
「それは……」
「スプーン、だね」
「はい。ありきたりですが、やはり超能力といえばスプーン曲げです。これで僕が本物の超能力者だということを証明しましょう」
そう言うと、二人は肩透かしを食らったような……有り体に言えば失望したような雰囲気を見せた。
無理もない。スプーン曲げは確かに有名だが、それは超能力としてではなく、お手軽にできる科学マジックとしてだ。スプーン曲げが超能力として持て囃されたのも今は昔。テコの原理を使ったり、柔らかい金属のスプーンを用意したり、薬品を使ったりと、有名すぎてその手法はわざわざ調べるまでもなく広く知れ渡ってしまっている。今やスプーン曲げはネタが分かり切っている前提で、どれだけ小細工を感じさせず自然に見せるかという術者の手妻を披露する手段に成り下がっている。
だからこそスプーン曲げをチョイスしたのだ。侮りや失望からのどんでん返しは強く印象に残りやすい。良い意味で期待を裏切ってみせよう。
「どうぞ、触ってみて下さい。種も仕掛けもありません」
「……うん、普通のステンレス製のスプーンだね」
「結構頑丈なのを用意したね。これはテコの原理で曲げるにしてもそれなりの力が必要そうだ」
取り出したスプーンを宮田さんに手渡す。宮田さんと社長にじっくりとスプーンを検分してもらい、素材の強度や傷の有無を確認してもらった。
「では、そのまま持っていて下さいね」
「え?」
「……ん?」
確認を終えスプーンを返そうとする宮田さんを制止し、そのまま持っていてもらう。これから僕が行うのはありきたりな科学マジックではない。自分で持っている必要は全くないのだ。
『よーし! 目にもの見せちゃうぞ☆』
いや、こんなものアイの手を煩わせるまでもない。スプーンまでの距離は一メートルもない目と鼻の先。余裕で射程圏内だ。
ジッとスプーンに視線を送る。眼圧を強め視線の密度を高めると、たちまちスプーンの首部分が捻れて歪んだ。
「は?」
「え?」
『えぇ……』
ばきばきめきぐしゃ。
そんな異音を発し、まるで全方位から圧力が加わったかのように圧縮されていく。数秒の後、スプーンの持ち手より上は水圧で潰れたかのようにぐしゃぐしゃに
「どうでしょう、スプーン曲げならぬスプーン圧壊マジックです。種も仕掛けもありませんよ!」
所詮ただの凝視でしかないため三メートル程度先までしか効果を及ぼせないが、手足を一切動かすことなく遠隔で対象を破壊する唯一の手段がこれである。
『シオンがこんなことできるなんて初めて知ったんだけど……』
残念ながら僕はアイのように念動力で物を動かすようなことはできないが、ただ壊すだけで良いのならこのようにやりようはある。とはいえこんなもの日常生活では何ら役に立たないため、今まで披露する機会など皆無だったが。
『シオンはいったい何と戦うつもりなの?』
さあ……? 芸能界の闇……とかですかね……?
「す、スプーンとはいえ金属製のものがこんな跡形もなく……まさか本当に超能力? シオン君、君はいったい……」
「これは……驚いたな。仕事柄
トリックだのギミックだのが介在する余地のない純粋な破壊の奇術に、宮田さんも社長も開いた口が塞がらないといった様子で放心している。
ここでトドメだ。僕はアイに目配せし、床に落ちたスプーンだったものを拾ってもらう。傍目にはスプーンが独りでに浮かび上がり、開かれた僕の手の平の上にふわりと軟着陸したように見えたことだろう。
「いかがでしたか? これで僕が超能力者だということが分かって頂けたと思います」
言いつつ、手の平に乗ったスプーンを握り潰す。昨夜壱護さんの前でやってみせたように蒸発させ、消失マジックよろしく何もなくなった手の平を開いて見せた。
決まった……! 反応は悪くないように思う。さあどうだ……!?
「……これ程のものを見せられたのでは是非もない。シオン君、私は君の意思を尊重しよう。我が社はその活動を全力でバックアップする……宮田君も構わないね?」
「お、お待ちを社長! 確かにこれは非常に稀有な才能ですが、初めからそればかりを前面に出してしまっては仕事が偏ってしまうでしょう! 彼はモデルだけでなく、多くの分野でマルチに活躍できる才能の持ち主です! 尖った個性は仕事の幅を狭め、却って彼の可能性を潰すことになりかねません!」
すると、社長が好意的な反応を見せた一方、宮田さんは猛然と反対意見を唱えた。
しかし宮田さんの言うことにも一理ある。尖った個性は差別化という意味で強力な武器足り得るが、そればかりがクローズアップされることによる弊害も確かにあることだろう。彼が言うように、超能力ばかりが注目されて他の仕事が全くない、という状況になると困ることになるのも確かだった。
「タレント業はインパクト勝負、デビュー時の第一印象がその後の芸能活動を左右することも珍しくない。僕としては、折角の長所を出し惜しむ方が良くないと思うけどね」
「所属タレントの個性を尊重する社長の方針は素晴らしいものだと私も思います。しかしながらこれは……シオン君の超能力という個性はあまりに強烈に過ぎます。そのインパクトは彼が持つ他の様々な長所を塗り潰して余りある……売れる武器が一つしかないタレントの末路は社長もご存知のはず……!」
「それこそプロデューサーである君の腕の見せどころだとは思うけどね。だが確かに、君の言うことも一理ある。シオン君の才能が真に万能なものであるというのであれば、強過ぎる個性がそれを損なうという可能性は大いに考えられる」
「そ、そうです! シオン君にはマルチタレントとしての素晴らしい素質が──」
「だがそれは、
「……!」
その一言を受けた宮田さんは息を呑んだ。
不知火フリル……言うまでもない、押しも押されもせぬスーパースター。歌や踊り、モデルに役者も完璧にこなす当事務所が誇るマルチタレント、本物の万能の天才である。
「世代が違えば問題なかった。所属事務所が違えば関係なかった。しかしフリル君とシオン君は同年代で、今や同じ事務所の同僚だ。分かるだろう? 同じパイを二人で食い合うことになりかねないということだよ」
「それは……」
「宮田君。君が第二の不知火フリルを自らの手でプロデュースしたがっていたことは知っている。私もそれを期待して才能ある君を重用していた。しかし、些かタイミングが良くなかったね。フリル君は若手として今が最も脂の乗った時期だ。競わせるにしては間が悪く、相手も悪い。期待の新人と競わせるならば、同じ新人か既に落ち目のタレントであるべきだ」
「くっ……」
要は僕をマルチタレントとして売るとなると、不知火さんと仕事が被ってしまうのが問題であるらしい。
タレントとして比較した場合、不知火さんと僕とでは比べようがないほど僕の方が劣っている。今を時めくスターとズブの素人では、いくら見てくれが良くとも埋められない隔絶とした差が存在する。折角スカウトした新人をスターの輝きで早期に埋没させてしまっては意味がない、ということだろう。
「フリル君は若手という枠を飛び越え、一人のタレントとしての今後を占う分水嶺に差し掛かっている。今が最も重要な時期なのは言うまでもないね?」
「……はい」
「なまじシオン君に才能があるのも良くなかった。もしかしたら競わせることで更なる練磨が期待できるかもしれないが、ただ食い合うだけの結果となれば目も当てられない。プロデュース上のリスクが高すぎるということを理解してほしい」
社長の語り口は穏やかながら、有無を言わせぬ圧力が篭っているように感じられた。やはり事務所の看板たる不知火さんの活躍には僅かな
問題は宮田さんだった。口振りから察するに彼は社長からも一目置かれている優秀な人物らしいが、それでも所詮は一介のプロデューサーに過ぎない。社長の言葉にこれ以上異を唱えられるはずもなく、彼は口惜しげな様子ながらも「承知致しました……」と自らの意見を取り下げた。
少し申し訳なく思う。宮田さんが僕を不知火さんにも劣らぬタレントだと見込んでくれたのは素直に嬉しいが、僕の最終目標は彼が思い描いているであろう絵図とは別の所にあるのだ。
「すまないね。本来なら君達を差し置いてタレントのプロデュース方針に私が口を挟むことなどしないのだが、それだけ君とシオン君を評価している証拠だと思ってほしい。フリル君の活躍を脅かしかねない逸材だとね」
「……ありがとうございます」
「同時に私は、シオン君ならば決して一芸だけの一発屋にはならないと確信しているよ。彼にはまだまだ引き出しが秘められているように思える。たとえ超能力者という肩書きを前面に押し出していこうがいくまいが、我々の思惑など容易く飛び越えていく……そんな気がするんだ」
期待しているよ、と念を押すように告げた社長に一礼し、僕と宮田さんはその場を辞した。
社長室を後にした僕は宮田さんに連れられ、彼が普段仕事を行っているオフィスに案内される。流石大手のプロダクションだけあってその施設は苺プロとは比較にならないほど大きく、オフィスもキュービクル式の半個室状になっている立派なものだ。
宮田さんのデスクは一番奥側のひと際大きなものだった。デスク周りのスペースはざっと三メートル四方ほどもあり、二人で入っても狭苦しさは感じない。アイと二人してお上りさんよろしくキョロキョロしていると、宮田さんに着席を促される。今日はここで事務所に所属するための手続きをすることになっていた。
「はぁ……まさかこんなことになるとは思いもよらなかった。本当はマルチタレントとしてバリバリプロデュースしていくつもりだったんだけどね」
「す、すみません」
「いや、シオン君は悪くないんだ。この期に及んでまだ君という才能を侮っていた僕の見る目のなさが原因さ」
「それにしても超能力とは、流石に想像の遥か上だったが……」と苦笑する宮田さん。突然のカミングアウトで本当に申し訳ない。
「確かに僕は不知火フリルに匹敵する才能を求めていたが、全く同じ道をなぞるのでは面白くないのも事実。それに、考えてみればこれはチャンスだ。本物の超能力者をプロデュースした人間なんて、日本の芸能史上きっと僕が初だろう。これはとても名誉なことだ」
『そうそう! 私のシオンをプロデュースできること、光栄に思いたまえ!』
何故アイが偉そうにしているのかは分からないが、そう言ってもらえるのなら幾分罪悪感も薄れるというものだ。これは宮田さんの面目を潰さないためにも、少し本気を出して臨む必要があるかもしれない。
最初はそこそこの念動力や透視のパフォーマンスで様子を見るつもりだったが、もう少し派手な方向で行くのもアリだろう。アイのパワーならかなりの重量物も持ち上げられることだし。
『え゛っ。い、いやぁ〜、言っても私女の子だし? この細腕じゃあんまり重いものは持ち上げられないかな〜……なんて』
何を今更
あれ程のパワー、少なく見積もっても二十トンは下るまい。あの時は怨念ブーストで嵩上げされていたとしても、今のアイならば平時でも中型トラック程度なら軽々持ち上げるのではないだろうか。
『い、イメージが……! キュートでポップな私のイメージが……ッ!』
安心してほしい。僕にとってアイはいつまでも可愛くて素敵なアイドルだ。時折り見せる母性と嫉妬で荒ぶる姿に辟易とすることは否定しないが。
「とはいえ、だ。いきなり『超能力ショーをやるから見に来て下さい』と言っても人は集まらないだろう。まずは名前を売らないとね」
「なるほど……」
「既に読モの活動や『今ガチ』の影響もあってそれなりに名前は売れてるけど、あとひと押し……“リーベックプロのシオン”としての知名度が欲しい。今の世相に合わせてSNSや動画共有サイトでアピールするのも良いが、その前に一つ、とっておきの仕事があるんだ」
そう言って宮田さんはキャビネットからファイルを取り出し、そこに
何かの企画書のようだ。表紙にデカデカと印刷されている表題は……「東京ブレイド」?
「人気漫画『東京ブレイド』の舞台化企画! シオン君との事務所契約がようやく叶ったことを
『嘘、東京ブレイド!? 私もアニメ超見てた! 三期放送待ってます!』
僕もアイの横で見ていたため当然知っている。というか今の若者でそのタイトルを知らない者などいないだろう。連載時点でも人気だったが、アニメ化の成功を受けて更に人気に火がついたここ数年で最大のヒット作「東京ブレイド」。まさかそれが舞台化するとは。
「ここ最近では一番の大型版権企画だ。このタイミングでこれ程の大きな仕事は、まさに天の配剤という他ない! シオン君、これを踏み台に君の名を世間に知らしめようじゃないか!」
え? 「東京ブレイド」の舞台に僕が?
僕演技未経験なんですけど?
笑顔を浮かべる宮田さんを他所に、僕の脳裏を過ぎるのは、かつて他人事のように見ていたドラマ「今日あま」の悪夢だった。
どうしよう……
「今ガチ」の撮影以来、お互いに予定が合わず中々実現しなかったシオンとの(ビジネス)デート。まさに今日がその日だった。
昨日からじっくり吟味した勝負服に身を包み、ヘアセットやメイクにもたっぷり二時間かけて身だしなみを整え、あかねは意気揚々として家を出た。
普段であれば何とも思わぬ見慣れた街並みが、殊の外輝いて見えるようだった。雑然たる都会の駅の喧騒すら心楽しい軽快の調べとなってあかねの耳を楽しませる。
「〜♪」
目的の駅に着き、待ち合わせの場所に近付くにつれてあかねの気分はますます高揚し胸が高鳴った。足は知らず拍子を取り、呼吸は鼻歌に変わっていた。意識して心を落ち着けていなければ、この感動は歌となって口から漏れ出て止まなくなっていたことだろう。
恋は少女を美しく変えるという。この数ヶ月でますます磨きがかかったあかねの姿は、まさにそれを体現するかのようだった。背中まで伸ばされた黒髪は三つ編みにされ、風を受けて艶やかに揺れている。輝くような白皙の顏ばせは華やかに色めき、嫋やかな微笑みに彩られた頬は淡く桜色に色付いていた。
道行く人々は軽やかに歩を進めるあかねの美しさに視線を奪われ、その姿を目で追って振り返る。彼女はそんな周囲の注目を自覚していたが、気にも留めなかった。気にするだけ無駄だと知っていたからだ。何故なら、これから会う人物と比べればあかねの美貌など常識の範疇を出ない。並べばいっそ凡庸とまで映るだろう。
その証拠に、待ち合わせ場所である駅前の広場には人集りができていた。遠目にも分かる程の熱気が渦巻いているのが見て取れる。広場の中心に注がれる人々の意識は、一様に冷淡の対極にあった。
即ち、そこにいるのだろう。桐生シオン。夜空の星が人の形をとったような少年が。つまりはそこが、この広場に渦巻く熱気の震源にして火嵐の中心である。
あかねの胸中を満たしたのは、待ち人に会える喜びと僅かばかりの畏れだった。今以てあかねは自分がかの少年と釣り合っているとは思っていない。しかし、己を卑下するばかりの内気な自分とは訣別したのだ。憧れの少年と並び立つために日々を邁進することを誓った少女は、己を奮い立たせるように深く呼吸すると、意を決して広場に踏み込んだ。
広場は奇妙な静けさに包まれていた。僅かな衣擦れすら騒音であるとばかりに誰もが静謐を保ち、口を噤んでいる。されど、熱の篭った視線は雄弁だった。広場のランドマークたる噴水の前に佇むのは一人の少年。人々は遠巻きに人垣を形成し、陶然とした眼差しをその少年に送っていた。
(……うわぁ)
案の定と言うべきか、言うまいか。予想通り……否、予想を超えて少年、桐生シオンは今日も美しかった。
あかねがそうであるように、シオンもまたこのデートに臨むに当たって普段以上に着飾っている。あかねは知る由もないが、今のシオンの身を包む装いは「今度彼女と(ビジネス)デートに行くんです」という発言を受けた宮田Pによって用意されたものだった。
宮田はファッションプロデューサーとして築いた人脈により超一流のテーラーをわざわざ招き、シオンのデート用の衣装を仕立てさせたのだ。衣装そのものは華美すぎないデザインのシンプルなものだが、頭から爪先まで全て厳密な採寸の下に拵えられた高級ブランドのオーダーメイド品である。夏らしい涼しげな色合いのシャツに細身のテーパードスラックス、手首に輝く上品なシルバーの腕時計に、コードバンを惜しげもなく使った革靴。その全てが目玉が飛び出でるような高級品だった。
普通ならば、たかが十六歳の少年がそんな高級品で身を固めたところで服に着られるだけだろう。しかし、そうはならないことを宮田は確信していた。
とびきり高級な品々を身につけてなお自然さを損なわない、気品に満ちた物腰と洗練された所作の数々。何より神気を放つが如きその美貌。むしろ下手に安物を着る方が却って滑稽に映るだろう。如何に最上級の宝石を用意しようが、宝石を載せる石座が粗悪では宝飾品として用を成さないことを宮田は十分に知悉していたのだ。
一流の装束に袖を通したシオンはいつにも増して凛々しく、若き宝石の非凡な在り様を鮮烈な美で以て表現している。
シオンは「プライベートの衣装のお世話までしてくれるなんて、宮田さんは親切だなぁ」などと呑気にしていたが、これこそが宮田の狙いだった。完璧に着飾らせたシオンを街に繰り出させ、すれ違う人々を対象とした広告戦略を仕組んだのである。この広場の様子を見れば、その効果の程は一目瞭然だった。
この広場の有様こそが、これからのシオンを取り巻く世相の縮図であるようにあかねには感じられた。いっそ暴力的と言って過言ではない輝きが彼を中心に吹き出しているのだ。人心を加熱し時間を加速させるその輝きは、この時代を生きる全ての者に影響していくだろう。誰一人として逃さず巻き込んでいくだろう。
あかね自身がそうなったように。
恐ろしいことだ。何故なら、彼の放つ輝きは人の持ち前を焼き焦がす。生来の在り様を熱して溶かす。
人を高揚させる力とは善し悪しだ。多種多様を以て複雑を営む人間社会を一色に染め上げてしまう。それは大きな力を生み出す一方で極端に走りやすい。過激な振れ幅を以て世界を創りもし、壊しもするのだ。
この場においてすらご覧の有様だ。到底消費し切れぬ、人一人が充足するには余る程の娯楽に溢れた現代の都会人ですら、かくも熱に酔っている。その美しさと輝きに身を危うくしている。
これでまだ芸能人としては一年目だというのだから恐れ入る。原石の輝きでこうも人を酔わせるのならば、これから更に磨かれていったらどうなるのか。あるいは狂ってしまうのではあるまいか。そんな荒唐無稽とも思える危惧が杞憂でなくなる程に、シオンから放たれるオーラとも言うべき輝きは隔絶していた。
(い、今からあそこに突っ込むんだよね私……)
シオンは我関せずといった様子で手元のスマホに目を落としているが、その周囲を取り巻くギャラリーが放つ無言の熱は異様の一言に尽きる。
あかねは急に自分の出で立ちが不安になった。吟味に吟味を重ねたつもりの余所行きの一張羅だが、流石に一分の隙もなく最高級のブランド品で固められたシオンのコーデと比べられるものではない。一流の衣装と超一流の美貌が合わさり、シオンの出で立ちはまさに輝かんばかりだった。見劣りするのは仕方ないにしても、見窄らしく映るようでは流石のあかねも萎縮してしまう。
(……ええい、女は度胸!)
あかねの瞳に一瞬だけ星の輝きが宿り、消える。気持ちを切り替えたあかねはぺちんと頬を叩くと、ありったけの勇気を両足に込めて広場へと踏み込んだ。
「し、シオン君! お待たせ!」
広場を包む奇妙な静寂を破り、あかねはランドマークよりランドマークしてる待ち人に向かって声を上げる。「何だコイツ」という不躾なものを見るような視線が一斉に己に突き刺さるのを努めて無視し、あかねは足早にシオンに駆け寄った。何が「何だコイツ」だ我彼女ぞ?
あかねの声を聞いたシオンが顔を上げる。待ち合わせ相手の姿を認めた少年は、それまでのスマホを眺めていた無表情から一転、貞淑な若妻さえ恋に落とさんばかりの輝くような微笑みであかねを迎えた。
「大丈夫、さっき来たばかりだよ」
(ゔっ……!)
その微笑みは既に恋に落ちているあかねすら更なる深みに落ちそうになる破壊力があった。更に輝きを増した美貌を目の当たりにし、広場に集う観衆にも衝撃が走る。
まるでヒーローインタビューの場であるかのように一斉にフラッシュが焚かれる。一瞬でカメラアプリを起動しシャッターを押すその一連の行動は、観衆にとっても無意識に行われたものだった。この状況こそまさに宮田の狙い通りの流れである。加減しろ馬鹿。
「あ、髪伸ばしたんだね。うん、長い髪もあかねさんに良く似合っていて可愛いよ」
「おまかわ」
「え?」
「な、なんでもない。シオン君も素敵だよ」
思わず妙なことを口走りそうになったあかねは一つ深呼吸し、気を取り直すように改めてシオンの姿を視界に収めた。
夜を溶かし込んだような黒髪の艶はあかねの記憶にあるより更に増しており、陽光を受け黒紫色にきらめいている。女性的とも見える明瞭な二重瞼とアイラインに縁取られた
それそのものが光り輝いていると錯覚する程の、相も変わらず人間離れした美貌である。これ程の人物が仮初とはいえ自分なんかと彼氏彼女の関係であるなど、数ヶ月経った今でも信じられない思いだった。
「さあ、行こうか」
「う、うん」
自然な仕草で手を取られ、導かれるままに広場を出る。このデートに臨むに当たってあかねが立てた幾つかの目標である「シオンと手を繋ぐ」が出会って数秒で達成されてしまった事実に目を白黒させつつ、あかねは何とか足を
かくして、初めての(ビジネス)デートは多くの人間に爪痕を残しつつ幕を開けるのだった。
【
アイが悪霊を消滅させる怪光線を目から放つ一方、シオンは物体を圧壊させる眼光を目から放つ。このまま成長すればゆくゆくはアクアブリッジ(全長4384m)すら
宮田Pの陰謀によりバチバチに着飾らされ、歩く広告塔として(ビジネス)デートに送り出された。最高の衣装と最高の素材が合わさり最強に見える。
ちなみに何もしなくても艶々なのに髪の毛の手入れを怠らないのはアイに言われたから。
必要ないのにスキンケアを入念にやってるのもアイに言われたから。
仕草が一々華やかで品があるのもアイに矯正されたから。
女の子に対してすぐ「可愛いよ」とか言っちゃうのも躊躇なく手を握るのもアイに教育されたから。
シオンのあらゆる仕草や言動はアイの影響によるものが大きい。逆光源氏計画の集大成が今の彼である。
あかね「狂いそう……!」(静かなる怒り)
【
存在維持から日々の食事や娯楽の供給まで全てシオンに依存している完璧で究極のヒモ。一方、ありとあらゆるスペックが人類を超越しているシオンが曲がりなりにも人間社会に馴染めているのはアイのお陰でもある。アイがいなければどこかで人間性が捻じ曲がって災害みたいな存在になっていた。
それでも完全に矯正することはできず、「多分これが一番早いと思います」とかほざいて
【
レギュラーキャラみたいなツラして登場したが別にそこまで重要なキャラではない。2.5次元舞台編に関わるためには
不知火フリルのようなスターを自らの手でプロデュースすることを夢見てこの業界に入った。鏑木Pの影響を受けているだけあって彼もかなりの面食い。そしたら野生のゲッターを見つけて見事に脳を焼かれた。間違いなくフリルにも匹敵するスターになると見込んで一年にも渡り根気強くスカウトし続け、この度ようやくシオンの勧誘に成功する。
そしたら肝心のシオンが「おら超能力で食ってくべ」とかほざき出してひっくり返った。フリルのような万能のマルチタレントとして育てていく気満々だった彼はこれに反発するが、まさかの本物の超能力者だったことが判明し彼のプランは出だしから躓くことになる。そんなんできひんやん普通、そんなんできる? 言っといてや、できるんやったら……
腹いせとばかりにシオンをバチバチに着飾らせて歩く広告塔に仕立て上げた。シオンに施したコーデは徹頭徹尾彼だけを際立たせるものであり、デート相手のことは一切考慮していない。覚悟完了済みのあかねでなければ怖気づいて隣に立つことはできなかっただろう。
【リーベックプロの社長】
アイより若いのに下手すりゃアイより成功してる不知火フリルをプロデュースしてる事務所なんだから、きっと芸プロの中でも相当な上澄みであるはず……という理屈により最大手の芸能事務所という設定になった。
そんな所のトップが凡庸な人物である筈もなく、一目でシオンの素質を見抜き、練り上げられたスターのオーラに思わず「──ほう、よく『練られて』いる」と感嘆の声を上げた。ラスボスかな?
【
想い人の仕草や言動の全てに知らない女の影響があるという悲しき
ちなみに「恋人のことをよく知りたいって思うのは普通のことだよね……!」と自分に言い聞かせてバリバリにシオンのことをプロファイリングしている。アイと違ってメディア露出が少ないため情報を集めるのに苦労したようだが、今やアイを除けばこの世で一番シオンのことを理解しているのは紛れもなく彼女。髪を伸ばしたのも、そんな地道な情報収集と分析により判明したシオンの好みに合わせてのことである。
しかしそれすらも