「グエー」、臨終のユーモアがネット揺さぶる◆死の間際に投稿予約?がん研究機関に「香典」続々

2025年10月22日18時00分

 がんで闘病していた男性が「X(旧ツイッター)」に遺した最期の投稿が、共感の輪を広げています。死の間際のユーモアのこもったメッセージがインターネットユーザーの心を揺さぶり、がん対策の研究機関に「香典」と称して寄付をするムーブメントにつながりました。寄付金は少なくとも数百万円を超えるとみられます。どんな男性だったのでしょうか。父親の話などから経緯をまとめました。(時事ドットコム取材班キャップ 渡辺恒平

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珍しいがん、闘病むなしく 

 注目を集めたのは「なかやま」と名乗る人物の投稿だ。投稿の内容などによると、2023年10月ごろに「年に20例ほどしか観測されないような」珍しいがんが判明し、手術を受けたものの再発。ステージ4と診断され、抗がん剤治療を受けていた。 

 予兆があったのだろうか、25年10月10日、「多分そろそろ死ぬ」とつづった。続く投稿は13日。友人を名乗る人物により「10月12日の夜、なかやまは静かに息を引き取りました」と記された。 

死後の投稿に反響、閲覧3億1000万回 

 ところが翌14日、なかやまさんのXに「グエー死んだンゴ」という書き込みが現れた。この文面はネットの掲示板「2ちゃんねる」でかつてはやったスラングの一種。投稿時刻は午後8時ちょうどで、なかやまさん自身が予約機能を使って、自分の死後に投稿されるように仕込んだものとみられている。 

 死を目前にしてもなお、ユーモアを忘れなかった振る舞いは、ネット上で大きな反響を呼んだ。「グエー死んだンゴ」という投稿は10月22日時点で3億1000万回閲覧された。ネットのしきたりに従って、多くのネットユーザーがやはりスラングである「成仏してクレメンス」と書き込み、なかやまさんの冥福を祈った。 

一度決めたらこつこつと 

 アカウントの持ち主は、北海道津別町出身の22歳だった中山奏琉(かなる)さん。「頑固な、まじめにこつこつ取り組む子でした」。電話で取材に応じた父親の和彦さん(48)によると、一度決めたことを地道に続けていた奏琉さんは、一心に打ち込んだソフトテニスで中学校時代に北海道大会で優勝したこともあったという。 

 目指した北海道大学にも、浪人を経て20歳で合格。理系の学部に進んだ。理由を聞いたことはなかったが、最近、見舞いに来た高校の先生から「父親が農業だから、農業機械などを作りたい」と話していたと聞いた。和彦さんは「素直にうれしかったですね」 

親につらい顔見せず 

 大学生になった奏琉さんに異変が訪れたのは2023年。背中の痛みに続いて、コブができてきたという。診断の結果、23年10月に「類上皮肉腫」というがんが判明した。国立がん研究センターによると、全国でも年間20数例程度のまれながんで、抗がん剤の効果も限定的だという。 

 手術で握りこぶし大の大きさのがんを切除した奏琉さん。いったんは日常生活を送れるまで回復した。しかし、24年11月の検査で、再発と転移が判明。抗がん剤治療が始まった。奏琉さんはこの時期、「一日中吐き気と戦っています」とネットにつづっていたが、和彦さんは「僕らにはつらそうな顔は見せず、頑張って食事も食べていた」と語った。 

急変から一時回復も… 

 2025年8月には容体が急変し、救急車で病院に運ばれた。「非常に危ない状態で、医師からはあと1週間でしょうと言われた」と打ち明けた和彦さん。それでも手術を経て、一時はベッドの上で起き上がって会話ができるまでになった。 

 だが、10月10日ごろから症状がさらに悪化。奏琉さんがXに「そろそろ死ぬかも 」と書いたころだ。その後は痛み止めで眠るような状態が続いた。12日夜に一度目を開けた後、静かに息を引き取った。「本当に頑張ったなと思う」と和彦さん。高校時代から親元を離れていたが、最後に一緒にいられて良い思い出が作れたと振り返った。 

葬儀で知ったX投稿 

 奏琉さんがXに投稿していたことを知らなかった和彦さん。葬儀の後に奏琉さんの友人から教えられ、亡き息子の投稿を読み返した。「つらい」「苦しい」とは決して漏らさなかった奏琉さん。友人の見舞いを受けたことを喜んでいる様子が分かり、「こう思ってたんだな。良かったな」と感じたという。 

 「グエー死んだンゴ」という投稿がネット上で注目を浴びていたこともこの時に知った。なぜこんな投稿をしたかについては、「仲のいい友達とツイッターをやっていたので、たぶん仲間内での最後の冗談とか、そういうことだったのでは」と推し量った。 

「少しでも患者の力になれたら」 

 研究機関に「香典」代わりの寄付が集まっていることについて、和彦さんは「すごいことだなと思うと同時に、良いことだなと思う」と驚いた様子。「奏琉は亡くなってしまったが、闘病中の人も、これからがんになる人もいる。そういう人たちのため、少しでも力になれたら」。入院中は医師や看護師らから良くしてもらったとも明かし、彼らのためにも寄付はありがたいと述べた。 

 「短い人生だったと思うが、何かしら本人の足跡が残せたなら嬉しく思う」と話した和彦さん。「故人も天国で笑っていると思います」と述べ、寄付をした人たちに「感謝の言葉しかない」と語った。また、「お金が集まったからすぐに解決するものではないとは分かっているが、日々研究は進んでいると思うので、ちょっとずつがんの治療が進めばいい」とがん研究の進展に期待を込めた。 

「香典代わり」、がん研究の「支援の輪」 

 奏琉さんの投稿に心を打たれたネットユーザーは続々と、がんの研究機関に寄付を行ったと報告した。X上には、「敬意を表してお香典包んだ 」「やらない善よりやる偽善」「若い人が亡くなるのは本当に悲しい」といった文面と共に、振り込み画面を張り付けた投稿があふれた。寄付先には、公益財団法人がん研究会や国立研究開発法人国立がん研究センターの名前が挙がった。 

 がん研究会によると、10月18、19日の土日を中心に寄付が多く集まったという。1000件ほどで、総額で数百万円程度に上った。担当者は「一度にこれだけの件数はかなり珍しいことだ」と驚いていた。 

 寄付金は主に、病院や研究所で使う医療機器や患者の利便性改善に使われるという。担当者は「ご寄付はありがたく活用したい。がん克服に向けてまい進したい」と感謝を述べた。 

 一方のがん研究センター。寄付をした人たちのX上への投稿からは、1万件を優に超える寄付があったとみられる。担当者は具体的な金額などは明かさなかったものの、「件数は増加している」と述べた。寄付には「Xのポストを見てがん医療・がん研究の支援のために寄付をしたい」「医療従事者への応援やがん克服への願いを込めたメッセージ」などのコメントが添えられていたという。 

 担当者は「SNSを通じて多くの方々が寄付という形で支援の輪を広げて下さったことに、心より感謝しております」と謝意を示した。寄付はがん研究センターの基金を通じ、がんの調査研究や技術開発、診療体制の整備、患者支援などに活用するといい、ホームページ上でも「寄付金の活用報告」を公表しているとした。 

寄付金は税制優遇の対象に 

 両団体への寄付の情報は以下のページで確認できる。 

公益財団法人がん研究会

国立研究開発法人国立がん研究センター

 これらの寄付金は税制上の優遇措置の対象になり、確定申告をすれば所得税などの還付が受けられる。両ホームページには詳しい手順も記載されている。 

渡辺恒平(時事ドットコム取材班キャップ)

 2004年入社し、大阪、名古屋を経て社会部。警察や気象庁、科学、裁判などを担当し、2025年4月からドットコム取材班へ。鉄道をはじめとした乗り物好き。分かりにくい複雑なニュースを「そうだったのか!興味深いね!」と思ってもらえる記事を目指します。

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