僕が描こうとしたのは単に、総力戦研究所がありました、ではなく、昭和16年夏の敗戦という物語なのです。
僕が描こうとしたのは単に、総力戦研究所がありました、ではなく、昭和16年夏の敗戦という物語なのです。
NHKスペシャル「シミュレーション 昭和16年夏の敗戦」の原案は、僕の『昭和16年夏の敗戦』(中公文庫)です。原作そのものではなく、石井監督による脚本ですので、あくまでも原案としてますが、活字と映像表現は違いますし限られた時間内に収めるドラマ用に脚色するのは当然のことです。その場合、今回の作品のように原作のテーマをきちんと読み込んでいれば、原作者としては充分に満足です。石井監督にも熱演の若い俳優陣も、昭和16年の夏をじつによく演じてくれたと思います。
前篇・後篇とも50分のドラマに10分のドキュメンタリーが付属していました。僕が1982年に取材した録音テープも使用されていた。そのなかに(後篇ですが)総力戦研究所のメンバーではない高橋健夫さんの証言がありました。※録画映像あり
これが重要なんです。総力戦研究所ばかりが今回注目されているが、僕の本に登場する26歳の陸軍技術将校です。末端職員の高橋中尉は、東條陸軍大臣室で南方資源確保を提言すると「ドロボーはダメだ!」と怒鳴られた。この高橋中尉の試算がスルスルと大本営・政府連絡会議での鈴木貞一企画院総裁の「戦争をやれる」というデータとして使われてしまうんです。
高橋中尉との出会いは、神田の古書店でした。何か手がかりはないかと探していたのは人造石油(石炭液化)に関する資料でした。人造石油が生産されていたら南方資源の必要性は薄れるからです。古書店に無造作に置かれた「燃料大観」という汚れた古書をめくっていたら、高橋さんの短いエッセイに出会った。肩書きに西ドイツ・ルルギ社日本支社常務とあった。丸ビルの一室にあるその会社を訪ねて、65歳の高橋さんに初めてお会いした。僕の訪問に意表をつかれた表情でした。
総力戦研究所の「企画院次長」役の前田勝二もキイパースンだった。蘭印の石油を運ぶタンカーの撃沈率を正確に導き出すことができたのは、ロイズ船舶レジスター統計を参考にしたからだ。日本郵船社員としてロンドンに駐在していなければこんな発想は出て来ない。
事実というものは学者の研究論文のなかにあるのではない。石油という一点に絞って錐揉み状に突っ込んでからまた大状況に戻っていく、その際にナマの生き証人のひと言が決定打となるのだ。
世田谷・用賀にあった東條英機の家も訪ねた。昭和初期の文化住宅の応接室に巨大な東條英機の肖像画が飾ってあった。戦後40年経っているのに戦時のまま保存されている。まだ何も片付いていない、と訴えているようだった。
僕が描こうとしたのは、単に総力戦研究所がありました、ということではなく、昭和16年夏の敗戦という物語なのです。


コメント
1個人的には池松壮亮演じる宇治田洋一が昭和9年の冷害で破綻する農家の話をしていたのが印象的でした。
多分このドラマのコンセプトは「仮に合理的なシミュレーションをしても歴史の濁流には決して勝てない」所にあると思うのですが、その濁流原点は昭和4~5年の井上準之助による不況時の緊縮財政と世界恐慌でも強行された金解禁によるデフレによる社会の破壊があると思います。多分次に語るべきはこの1930年の社会の破綻ではなかろうかと思います。
https://note.com/brothert/n/n489edf502a34 http://blog.livedoor.jp/brothertom/archives/89881929.html