時をかけるテレビ〜今こそ見たい!この1本〜わたしが子どもだったころ 詩人 谷川俊太郎(NHK)
初回放送日:2025年2月7日
池上彰が時代を超えたメッセージを読み解く。今回は2007年の「わたしが子どもだったころ・詩人谷川俊太郎」。演出は映画監督の是枝裕和。谷川さんの原点に迫る番組。 昨年11月に亡くなった詩人・谷川俊太郎さん。昭和6年東京に生まれた谷川さんは「子供時代は暗黒、学校は地獄」と言うように友達もほとんどおらず、一人で遊んでいたという。スタジオには教室のセットや台所、生演奏など一風変わった「スタジオドキュメンタリー」。演出・聞き手は是枝裕和さん。狭い空間と時間という制約をあえて表現方法として課したという。そして最後に現れる谷川さんの詩とは何か…。
(以上公式サイトより)
当時この番組を演出した、あの是枝裕和監督がゲストとしてご出演。ご本人曰く「あんまり評判よくなかったんですけど」。
そーなの?と思って見ていたが、確かにところどころ私の好みではない部分もあった。例えば意味不明な即興アンサンブルが流れたり、割烹着の女性が料理したり、それ必要?と思う箇所はあった。が、そういう所が好きという方もいるかもしれないので、一概にはいえないか。
谷川俊太郎氏は現在において、老若男女誰もが知ってる唯一の国民的詩人であろう。個人的な趣味嗜好を重視しがちな現代において、今後こういう人は出てこないかもしれないな。
そもそも詩人や歌人、作家なんてのは少しインチキだと思う。もちろんある程度の才能は必要だろうが、要は売り方だろう。
マスコミの手練手管次第で、さほどではなくてもルックスの良さや話題性でカサ上げして売れる人はいると思う。逆に、どんなに才能豊かでも見向きもされない人もいるのではないか。
谷川俊太郎氏も父親が著名な哲学者で、祖父は議員。そういう恵まれたゲタを履いて、世に出るきっかけのアドバンテージを持っていたと、皮肉屋の私は思うのだ。
しかしながら、彼はやはり優れた表現者だと認める。詩についての彼の論説はわかりやすく、納得できる。
「散文っていうのは、やはり時間軸に沿って、つまりいろんな人間的な出来事とか人間関係とかを書いていくものだけど、詩と言うのは何か時間軸に沿わないで時間軸をぶったりるもんだって言う大雑把に考えてるんですね。だから断面を見せるのが詩だとしたら、それは何か短くても見せられるだろうと」
そんな谷川氏が番組の冒頭、学校が嫌いだったと述べたのを聞いてとても意外だった。
教師の対罰を避けるべく窓から飛び出したり、先生に楯ついたりしていた=優等生ではなかった、という話はむしろホッとした。
与えられたものを素直にそのまま吸収するたけでは、学びにはならない。言われた事について、何でかな?と疑問に思うとか、寧ろ反抗的な態度に出るとか、そういう方が内面を深めるような気がしてならない。
谷川氏はまさにそういう、規格外の知を有していたのだろう。
この番組を見て、谷川俊太郎氏への見方が変わった。ただのボンボン育ちエリート詩人ではなく、対象物をあらゆる方向から見て言葉にできる稀有な才人だったのだ。
改めて彼の残してくれた詩を読みたいと思う。
昔持っていた羽子板が懐かしく、写真はコレを選びました。


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