神秘狩りの夜   作:猫又提督

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犬もそうですが、ヤハグルの敵がどうも苦手です。初見の時、ヤハグルが結構怖かったのでトラウマになってるのかもしれません。


第34話

 中心の大樹に近づくにつれ、患者の数は減っていった。代わりに鐘の音が聞こえだす。嫌いな音だ。私の周りに赤い血だまりが出現し、その中から獣と化した市民たちが湧きだす。開口一番私に向かって叫んだ。第二に武器を持って振り回す。

 二歩後退して、杖を握り直した。まず一体を殴り殺した。死んだ瞬間に全てが血液となって血だまりに戻った。その隙に辺りを見渡したが、鐘を鳴らす女の姿は見当たらない。その内にまた襲い掛かってくるので、攻撃を捌いて一体一体数を減らす。そしてその隙にさっきは探さなかった方を探してみる。

 全ての市民を倒した後も女を見つけることはできなかった。この通りにはいない。どこか別の路地に隠れている。また鐘が聞こえてくる前に女を狩るか逃げるかしなくてはならなかった。少なくとも鐘が聞こえる範囲にはいるはずだ。適当な路地一つに入ってみたが、姿は無い。もう一つ、もう一つ、いるだろう範囲の路地の全てに入ったが、姿を見つけることができなかった。

 鐘の音が聞こえた。近い。すぐ近く。路地ではない。隣の家屋だ。扉はいとも簡単に蹴破れた。真っ暗な部屋の中で女が静かに鐘を鳴らしている。できれば召喚を阻止したかったが、背後から市民のうめき声が聞こえだしている。走りながら女を殴った。鐘の音が止まったが、もはや意味はない。力の限り、焦りながらもひたすらに殴った。

 とどめは胸だった。女は絶命し、倒れた。背後から苦しそうなうめき声が聞こえた。背中に吐息を感じた。振り向くと、文字通り目と鼻の先に男が立っていた。杖で押しのけると簡単に倒れた。

 残りを全て処理し、先へ進む。道は少し狭くなっていた。家屋も減り、それが家なのか店なのかも分からない。家屋の間のすき間は狭く、人一人が歩ける程度。体を寄せればすれ違えるだろうが、できればしたくない程の狭さだ。その道を狭すぎた棺桶が這いずっている。ただでさえ狭いのに棺桶が大きいものだから、細道の両の壁に傷をつけている。私に背を向けているが、果たして私に正面を向けることができるのだろうか。狭すぎた棺桶を狩ったことはあまりない。強いし、倒したところで大したものを落としたためしがない。だから今回も無視した。

 時折現れる犬を憎悪を込めて突き刺し、引き裂き、時には嫌になって逃げながら歩いていると、大きな門のようなものの前にやってきた。二本の柱に二本の棒が取り付けられている。門のようなものと形容したが、扉はない。その奥には長い階段があり、あの先にあの獣がいるのだと何となく感じた。しかし、簡単に通ることはできない。再び鐘の音がなったかと思えば、階段の前に一人の男が現れた。聖職者の獣の毛皮を被った風変わりな男で、しかし首から下は官憲の装束と似たものを着ている。右手には一つの仕掛け武器、確か瀉血の槌という名前だ。左手には一丁の銃を持っている。彼の名はブラドー。これまでの市民や獣患者とは違う、寧ろ奴らの天敵であろう人物、つまり狩人だ。しかし、彼が狩るのは獣ではない。私のような狩人である。ああやって鐘を鳴らして分身体を作り、かつての私の様に秘密に近づこうとする者を殺すのだ。

 今の体で彼の姿を見ると、とても大きく見える。彼の装束が余計に恐ろしく見えた。彼は無言で私を見る。獣の皮に隠れてその表情は見えないが、両手に込められた殺気はよく分かる。しかし、それは人に向けるようなものではない。もっと別の何か。まるで獣に向けるようなそれだ。

「なあ、おかしいじゃないか。ここは誰の夢でもないだろう。なぜ貴公が現れる」

 私はそう問いかけたが、彼から返答はない。代わりに行動で返された。懐から小瓶を取り出し、口に近づける。私は地を蹴り、彼に殴り掛かった。彼が飲もうとしているのは鉛の秘薬だ。しかし、私の杖は弾かれた。まるで岩を殴ったような感触だ。あと一歩のところで間に合わなかった。

「あーあ。面倒なことになった」

 彼が武器を振ったので、私はステップで後退した。すると彼は突然両手で武器を持ったかと思えば自分の胸を貫いた。何か杖の柄のようだったそれは、頭の部分に何かを嵌めることができそうだった。同時に鋭く簡単に貫けそうでもあった。引き抜かれると大量の血があふれるが、それらは地面に散ることなく杖の先に集まり、モーニングスターのような形を造った。

 彼はその場で槌を私めがけて振り下ろした。リーチが長くなり、更に後ろに下がらざるを得ない。しかし、直後に私は杖を変形させながら逆に彼にカウンターを仕掛けた。刃は彼の頭を直撃したが、まるで壁を殴ったかのように弾き返される。鉛の秘薬は名前の通り自身の体を鉛のように重くし、攻撃に怯まないようになる。多少体も硬くなっているが、完全にダメージを防ぐわけでは無いのであれでも攻撃は通っているはずだが、弾き返される分こちらのリズムも崩される。それが隙に繋がってしまうので厄介だ。しかし、鉛の秘薬はその性質上走ることが出来ない。ゆえに対処法は簡単で、効果が切れるまで距離を取り続ければいい。幸いここは悪夢のあの場所の様に狭くない。距離は簡単にとることができた。

 距離を取った私に彼は近づかず、門の前に立ち直した。余程階段を登らせたくないと見える。やがて彼から特有のオーラが無くなる。鉛の秘薬の効果が切れた合図だ。私はそれに合わせて接近した。彼も私の接近に合わせて武器を構えなおした。そんなに大きな武器では懐に入られると不利になるだろうと思い、私は彼の攻撃を避けながら懐へ入り込んだ。彼もまたそれを理解しているのだろう、私から離れようとする。しかし、そんなことを許すはずがない。私も同じように彼に近づく。私の杖は彼の脇腹を捉えた。少し折れ曲がったが、体幹を崩すには足りない。逆に彼は槌の柄で私を小突いた。彼に密着する為、若干前のめりになっていたが、今の体格差ではバランスを崩されるのは容易だった。尻餅をつきそうになった私は慌ててバランスをとるが、その間に間合いを取られた。頭上から槌が降ってくる。避けるのは何とか間に合いそうだ。しかし、足が動かない。彼に追いつくために走ったり、ステップを繰り返した。ここまで一度も動きを止めていない。スタミナが尽きた――。私は叩きつけられながら理解した。

 血で形成された無数の刃が私の体を貫通する。久しぶりに感じる痛みだ。獣やキヴォトス人の銃とは違う、狩人特有の痛み。獣を殺すための武器を人間に使われた痛み。ただ本能のまま、一点に集中されるものではなく、相手を殺すために工夫された痛みだ。槌が抜かれてすぐに飛びのいた。酷く痛い。もう一発か二発同じものを喰らえば死んでしまいそうだ。まずは回復を――

「グッ!?」

 輸血液を刺すと同時に、腹へ槌が飛んでくる。さっきと同じか、それ以上のダメージを喰らった。勢いに負けて後ろへ一回転すると、こみ上げてくるものがあったので吐き出した。血だった。ふらふらと立ち上がりながら輸血液を刺すと、また槌が飛んでくる。私はまた転がった。

 落ち着け。慌てて回復しようとして攻撃を喰らうのでは本末転倒だ。彼は走っている。今回復してもまた追い付かれるだけだ。

 彼は走りながら槌を構えている。間合いに入った瞬間、振り下ろした。私が飛び退くと、槌は空振り、地面に衝突した。私はすかさず輸血液を二本刺した。背中と腹の痛みは無くなったが、これで手持ちの輸血液はあと半分ぐらいだろうか。余裕が無くなってきた。こんな手に汗握る状況は久しぶりだ。獣を相手にするのと狩人を相手にするのでは戦い方が違う。私はようやく思い出した。闇雲に近づくのも悪手。間合いを計り、相手の行動を読む。対人戦において先制よりも後出しの方が有利だ。敵の攻撃をむしろ自分のチャンスに変える。早い話パリィが重要ということだ。しかし、ブラドーか。私は飽き性だから、一度戦った相手とは気分が乗らなければ再戦しない。ゆえにブラドーともあまり拳を交えなかった。パリィができるのはどのタイミングか、そもそもパリィができたかどうか。ひとまずパリィするならキヴォトスの短銃は使わないでおこう。弾の入手法が限られている。

 私はキヴォトスの短銃を腰に携え、入れ替えるように獣狩りの短銃を握った。簡素な銃身とは違い、意匠が凝った模様が刻まれている。銃口はラッパ型になっており、溝は彫られていない。ストックはまるでつぎはぎで、中の機構を隠す様に、もしくは補強するように布が巻かれている。そして布や木製の部分は今までの狩りで吸った血でどす黒く変色している。もはや夢に帰っても戻りはしない。

 使い慣れた武器を持つと落ち着く。一つ息を吐き、彼を迎え撃つ。決して私からは向かわない。相手に先制させ、私は後出しだ。

 ブラドーが武器を振り上げる。銃を構え、彼が降り下げる瞬間に引き金を引いた。キヴォトスの短銃に比べ、軽い音がする。銃弾は命中したが、怯ませるのみで体勢を崩すことはできなかった。動きを止めたので、攻めるか慎重に行くか一瞬迷った。一回だけでも攻撃を当てたかったが、先に彼が退いた。

 再び睨み合いが始まる。向こうも私の出方を探っているのか、先ほどまでの様に中々前に出てこない。仕方がないのでわざと前に出て誘った。彼が武器を構える。銃を握る手に力が入った。だが、彼が繰り出したのは突きだった。早い。引き金が間に合わない。腹に突きが刺さってよろけた。顔を上げると既に横から槌が迫っている。ステップは間に合わない。追撃の横なぎを受け、更にもう一発。何とか受けきり、また振りかぶっている隙に距離を開けようとしたが、背中が何かに当たった。後ろを向くと、家屋の壁がある。いつの間にか壁際まで追いやられていた。ハッとして前を向いたが、すでに目の前に槌が迫っていた。私はあっけなく頭をかち割られた。

 

 灯りの前で頭を押さえる。まだかち割られたときの感覚が残っている様だ。結局ほぼ何もできなかった。かち割られた感覚を振り払い、すぐに再戦に赴くため部屋を出た。その際、ふと紙を渡してきた少女のいた部屋を覗いてみたが、そこに彼女の姿は無かった。渡していた三つの瓶の内、一つは空き、もう二つは持って行ったのかそこには無かった。

 

 階段を登った先にブラドーの姿は無かった。しかし、階段を登ろうとするとどこからともなく鐘が鳴りだして、足元が赤く光りだす。その中心からゆっくりと彼が現れた。私が至近距離にいるのに、槌を自分の胸に突き刺して隙を晒すので、すかさず殴った。頭には届かなかったので脇腹を殴った。変形は阻止され、彼は私から距離を取る。そして鉛の秘薬を取り出した。飛び出したかったが、下手に突っ込んでカウンターを喰らいたくなかったので、彼を静観していた。どのみちパリィすれば関係の無いことだ。

 ゆっくりと近づいてくる彼を、私は動かずに待っていた。彼が槌を構える。彼が取った選択肢は横なぎだ。私はすぐに引き金を引いた。しかし、体勢は崩さない。鉛の秘薬のせいで怯みもしない。しまったと思った時にはもう遅い。右から左へ、大きく体を削がれる。半回転するほど大きく怯み、追撃をかけるように逆方向へ、そして叩きつけがくる。二回目の叩きつけから何とか逃げたが、すでに体はぼろぼろだ。更に一歩二歩下がって輸血液を刺した。また彼を引き付けて撃ってみるが、何度やっても体勢を崩すことが出来なかった。

 輸血液を刺しながら残弾を確認する。あと十発。手当たり次第に撃ちすぎた。最悪無くなっても自分の血から錬成できるが、輸血液は温存したい。早くパリィ出来るタイミングを見つけなくてはならない。そんな焦りが私の判断を鈍らせた。ブラドーが構える。私は銃を握る。彼が繰り出したのは突きだ。しかし私は誤って銃口を向けてしまった。引き金が引かれるよりも早く、槌が私の腹を貫く。真っすぐ突き刺さった棘は腹を貫通し、抜けない。それを無理やり抜くものだから余計に傷口を抉られて、抜くときに血が散った。痛みに悶えているうちに、叩きつけられた。容赦なく叩きつけられる連撃に、私は五回と耐えきれなかった。

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