神秘狩りの夜   作:猫又提督

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お待たせしました。予定より再開するのが遅れてしまいましたが、また更新していきます。


第33話

 私は灯りの前で頭を抱えていた。結論から言えば血に酔っていたのだろう。じゃなければあの数に意気揚々と突っ込むなんて考えられない。しかし、正直良いところまでは行っていたはずだ。変形した仕込み杖は、ダメージは低いが一度に複数を相手できる。三、四体ぐらいなら一度に相手できるだろう。ただ何も考えずに暴れていたらそれ以上に寄ってきてしまった。攻撃の隙を狙って殴られ、引っかかれて、毒に侵され――しかし、血に酔った私は下がることを忘れてひたすらに突き進んだ。回復も忘れていたからいずれにしろ死んでいただろうが、どこからともなく飛んできた犬に横っ腹を噛みつかれた。倒れてそのまま齧られ、殴られ――ともかく好きにやられた。あれは今までにないほど無惨な死に方だろう。しかし、思い出せば出すほど腹が立ってくる。あそこまでやられておいて、そのまま諦めるやつがいるだろうか、いやいない。全て狩らねば腹の虫が治まらない。特にあの犬は絶対に許さん。犬は全て狩るべきだ。後で腹の虫も踏みつぶしてやる。

 私は家屋を飛び出して、通りを走った。市民は「Why」なのか「Away」なのかよく分からないことを叫んでいる。だがそんなことどうでもいい。あの集団を全て狩りたい。

 豚を狩った通りを抜け、あの赤い少女と出会った十字路にいる二体の罹患者の獣も無視し、大勢の市民と犬の群れを撒いてようやく戻ってきた。獣患者共は私の存在に気づかず、うろうろ彷徨っている。

 少し探ってみたが犬の姿は無かった。あの時は一体どこから飛び出してきたのか、前の犬の群れから一匹だけついてきてしまったのだろうか。後ろを確認しても犬は追ってきてない。今回は走って撒いたので血の酒に酔ってもいない。思考はスッキリしている。さあ、獣を狩ってしまおう。

 物陰から飛び出して、手前にいた一匹に杖の刃を押しつける。刃が滑るように頭を切り裂き、地面に叩き伏せた。

 フードを被った獣患者が狩人に気づき、叫んだ。それに呼応するように全てのフードが雄叫びをあげた。その間に最初に叩き伏せた患者にとどめを刺し、両手を上げて襲いかかる二匹の患者に二回攻撃を当てた。患者は短く悲鳴を上げて転げたが、もはや獣であるがゆえにすぐに起き上がった。

 フードも走ってきたため、後ろに下がりながらなるべく少人数を相手できるように調整する。

 三回目を当てた時、大きくよろけた。相変わらず醜い顔のせいでダメージを受けているのか分かりにくいが、体は正直だ。その青い体毛もすっかり血に濡れている。次で死ぬはずだ。

 しなる刃は確実に獣患者の腹を捉えた。皮膚と肉を裂き、刃に毛と肉片が絡まった。返り血が私の装束を濡らした。獣は糸が切れたように倒れる。しかし、反応している暇はない。フードは奴らのことなど意に介さず、その屍を越えて私を殺さんとしている。

 獣が集まりだした。私はステップで飛び退き、横を一瞥する。家屋と家屋の間に細い横道があった。横に二人、入るか入らないかぐらいの幅だ。私はすぐに横道へ走った。フードたちも私を追って横道に入った。

 獣は私よりも体格が大きいが故に狭い横道を一人で独占した。一方で私も仕込み杖の刃をしまった。こんな狭いところで振り回しても刃は引っかかるだけだ。

 フードが間合いを詰めてくるのに合わせて杖を振った。杖はフードの頭を捉える。体全体が揺れ、そのフードの下に隠れた醜い顔が覗いた。私は続けざまに杖を振るう。二回、三回、四回。殴打では中々死なないし、こんなに狭いのでは力いっぱい振るのも難しい。しかし、それがどうした。パワーが足りないならば数で補うのみ。死ぬまで殴り給えよ。

 トドメに頭を殴ったつもりだった。フードで頭が見えなかったために、中心を捉えることが出来ず、側頭部を滑って肩を殴った。獣を臥す事は出来たがまだ生きている。私は銃口を頭に突きつけて引き金を引いた。一発の銃声、獣は一度痙攣し、地面に血が流れた。

 癖で排莢したら、既にフードが屍を越えていた。咄嗟に飛び退くと、バランスを崩して尻餅をつきかけた上にフードの爪が掠った。僅かに出血して、傷の部分がピリピリする。

 後ろに下がると余計に相手は詰めてきた。だが、通路の狭さが仇となり、私の前に立ったのは一人。一対一なら負ける自信は無い。間合いを見計らって攻撃した。一回、二回、三回、そして四回。するとどうだろう、獣は死ぬのだ。そしてまた屍を越えて一体やってくる。何も考えずに近づいてくれるので、こちらから近づく手間が省けた。一回、二回、三回と殴って一度後退し、少し休憩してもう一回。釣れたのは二匹だけのようで、続く者はいなかった。ほぼ無傷で四体狩った。いい滑り出しだ。このまま全て狩って雪辱を果たすとしよう。

 通りへ出ると私を見失った獣がうろついていた。しかし、すぐにまた私を見つけて駆け寄ってくる。残りは五体程だからこのまま相手をしてやることにした。杖を変形させ、横に大きく薙ぎ払う。まだ赤く染まる箇所は残っていた。しかし、あとは背中ぐらいしか残っていないだろう。

 相手が獣だからと決して油断はしない。時に慎重に戦うべきだ。だから一発当てては距離を空け、一発当てては距離を空けていた。後ろから足音が聞こえる。人にしては間隔が早い。私はちらりと後ろを覗いた。犬が飛んできていた。避けられない。

「このクソ犬がっ!?」

 せめて吐き捨てたが、背中を噛みつかれた。とうとう全身が血に濡れる。背中に飛びかかった犬を振り払っているうちに他の獣が私を引っ掻いてくる。装束と一緒に肉が引き裂かれて、血が滝のように流れ出す。命の危機を感じた私は、やむなく後ろに手を回して犬に発砲した。犬は滑稽なほどに飛んでいく。獣患者たちからも距離を置いて、輸血液を刺した。出血は瞬時に止まり、抉れた肉も元に戻る。

 落ち着くために一度深呼吸した。犬がどこから湧いて出たか知らないが、一匹だけだ。犬を狩れば後はどうとでもなる。それに、犬のどてっぱらには小さいが穴が開いており、血が流れ続けている。ふらふらと足元もおぼつかない様子だ。しかし、犬はこちらに走り寄って来た。醜く吠えながら、そしてよだれを垂らしながら牙をむく。犬の攻撃のタイミングは全く分からない。だから勘で攻撃している。複数いると死ぬが、一匹だけならごり押しで何とかなる。

 飛び掛かった犬に杖を振るが、しなる刃は杖よりも遅れてやって来るので、杖先を犬に向けてもまだ刃が到達してない。犬にとっては獲物が自ら腕を差し出したものだから、迷いなく噛みつく。痛みに眉を顰めるが怯みはしない。振りほどいて、着地した犬に再度杖を振るった。犬は私を殺すことしか考えていないから回避はしない。また私に飛びつこうとして態勢をとり直したので、刃に追いつかれた。切られた犬は、なんとも犬らしい悲鳴を上げる。もう一度切りつけると、また悲鳴を上げたが、まだ死なない。ふと犬相手に変形させた杖では分が悪いと思い出した私は、変形を戻しながら杖で犬を突いたが、それがとどめになってしまった。幸か不幸か、杖が目を貫いてしまい、犬もこちらに走り寄ってきたせいか脳まで達したようで、痙攣して倒れた。

 さて、アクシデントがあったが本題に戻ろう。距離を稼いだはずだが、もう近くまで寄っている。先頭にいた者を杖で突き飛ばし、流れで変形させる。刃が丁度いいところに入ったらしく、一匹の首をはねた。隣にいた獣は意に介さず走ってくるが、こちらも数が減って対処がしやすい。犬に比べれば見切りやすく、いなしやすい。刃を首に巻き付けて引っ張ると、簡単にはねられるのだ。残り三体、いい加減さっさと終わらせよう。

 

 頭を刺して最後の一匹を始末した。杖を振るうと肉や体液が飛び散る。獣の叫び声であれだけうるさかった通りは一転して静かになった。死体を弄ると、いくつか白い丸薬と輸血液が転がっていた。輸血液を一本使って、ありがたく拝借する。忘れていた銃のコッキングを済ませて先を急いだ。

 

 更に中心部へ近づくと、家屋の損壊が目立つようになった。穴の開いた建物の近くで獣たちがたむろしているのを見ると、奴らが破壊したことは明確だ。周囲の獣を片付けて破壊されたうちの一軒に入ると、どうやら二階に上がれるらしい。階段を上がった先で灯りを見つけた。

 灯りをつけてその光、を見るとようやく心が落ち着いた。ふと自身の両手を見てみると、血肉にまみれてぬるぬるしている。服で拭おうにも、もうこれ以上吸えないほどに染みこんでいるため、拭いても余計に濡れるだけだった。

 灯りがあったのは二階に登った先の廊下の一番奥で、いくつか部屋があった。そのほとんどの鍵が閉まっていたが、ただ一つだけドア下の隙間から光が漏れていた。ノックすると怯えた返事がすぐに返ってきた。

「だ、誰ですか。人間ですか?」

「ああ」

「良かった。まだ人が、いたんですね」

 扉の向こう側から聞こえてくる声はどこか力なく、時折聞こえる呼吸は苦しそうだ。言葉に詰まり、痛みに呻くような声が聞こえる。

「あの、助けてください。私、化け物に噛まれちゃって、血が止まらないんです」

「構わないが、ならこのドアを開けてくれないだろうか。鍵が掛かっている」

「え? あぁ、そっか。急いでたから。待ってください。今、鍵を」

 中から這う音がする。ゆっくりで非常に重苦しい。次第に荒い息遣いがはっきりと聞こえだす。鍵が開く音がゆっくりと聞こえ、開くと同時に倒れる音がした。ドアを開けると少女が一人、倒れていた。出血がひどいようで、部屋の中心からドア前まで血の跡が続いていた。ヘイローが酷く薄れているので意識を失いかけているのだろう。それにこの傷だから命の危機もあるかもしれない。私が入ったというのに何の反応も無かった。

「まだ生きているか?」

「助けてください」

 倒れたまま私の足を掴む。彼女の傷か、私の返り血か分からないが、彼女の手は真っ赤に染まっている。背中に傷は無さそうだが、体をひっくり返してみると、腹に大きな傷があった。服と肉を切り裂く平行の傷はひっかき傷にも見える。下の獣たちにやられたのだろう。仕掛け武器では傷一つつかなかったキヴォトス人にこうも深手を負わせるか。

 素人目ではもう助かりそうに見えないが、彼女はキヴォトス人だしまだ助かる見込みはあるかもしれない。とはいえ、この出血量はまずいかもしれないが。

 さて、生憎私は医療道具の類を持っていない。医者でも医療協会でも無いから当たり前だ。しかし、唯一持っているものがある。懐から輸血液の入った注射器を取り出し、太ももに刺した。その瞬間、彼女は苦痛に顔を歪めた。輸血液を注入すると更に歪めるが、次第に落ち着いてきた。

「輸血をしたから運が良ければ生き残れるだろう。まあなんだ、何が起こっても悪い夢のようなものだ。一応もう何本か置いておこう」と言って、私は更に二本の輸血液を足元に置いた。

「ありがとう、ございます。すみません。ついでに、もう一ついいですか?」と言って、彼女は一枚の紙を取り出した。「これを、キキョウ先輩に渡してほしいのです」

「き? 誰だ」

「キキョウ先輩。百花繚乱の、参謀です。本部に、いるはず」

「いや、申し訳ないが私はその本部とやらを知らない――」

 私はすぐに断ったが、既に彼女のヘイローは消えていた。その手には二つに折りたたまれた紙が握られている。仕方がないので彼女の手から紙を引き抜いて広げてみた。文章が書かれているが、当然のごとく日本語であるので何も読めない。紙を戻そうかと思ったが、折角なのでこのまま懐に収めた。もし運よく本部を見つけられたら届けよう。

「えっと、キキョウ……ひゃっ、ヒャカローラン……だったか。本部は地下だろうか」

 地下に下りる階段があったら下りてみよう。

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