神秘狩りの夜   作:猫又提督

28 / 34
よく調べたら姿無き上位者ってオドンだけじゃなかったですね。


第28話

 ホシノの顔を掴んで押し込み、ドアを閉めた。直後にドアのすぐ向うからものが落ちた音がした。

「な、何どうしたの」

「化け物だ。落ちて来た」

「う、嘘」と、セリカが怯える。

「残念ながら嘘じゃない。だが心配するな。あの化け物は知っているやつだ。大丈夫雑魚だ」

 ドアを開けると目の前に学徒が一人いた。そしてその奥にもう一人学徒がいるのだ。私は一度ドアを閉めた。

 なぜか学徒が一人増えている。先ほど私とホシノだけが気付いた物音がしたから、その正体が奥の学徒なのだろう。隙間から覗いた時は死角になっていたのだ。

 正体が分かったのでもう一度ドアを開けた。学徒は四人になっていた。私はドアを閉めた。

「えっと、さっきからドアを開けたり閉めたり何してるのかな?」とホシノが聞く。

「増えていた」

「え?」

「化け物が増えていた。すまない、雑魚だと言ったな。あれは嘘だ」

「え、ええぇ!?」

「増えると厄介だ。このままここに居ても袋の鼠だろう。突破しよう」

「ちょ、ちょっと待ってよ。急に言われてもそんな」

 セリカは慌てるが、他の皆は既に状況を理解して構え始めていた。ホシノは銃と盾を構えて私の前に立つ。

「私が先頭に立つから、皆は後からついて来て」

 ホシノが後ろに目配せする。セリカもようやく準備が出来た。ホシノは足を上げ、ドアを思い切り蹴破った。

 ドアを開けてすぐ目の前に学徒が穴をあけただけの顔をこちらに向けて佇んでいた。すかさずホシノが発砲した。多数の弾丸が学徒の上半身を吹き飛ばす。上半身のほとんどを吹き飛ばされた奴は、しかしまだ生きている。間髪入れずにホシノは再び発砲した。体を全て吹き飛ばされた学徒は今度こそただの液体となり果てた。

 学徒の後ろには更に三人、否七人の学徒がいた。先ほどの発砲でこちらに気づき、這うように近づいていた。七人は多い。しかしホシノは二発で学徒を沈めたのだから、七人ぐらい苦ではないだろう。

 まだ天井にへばりついているかもしれない学徒の奇襲を防ぐために天井を見上げた私は戦慄した。目が慣れて薄暗い程度に見えるようになった天井には学徒がひしめき合っていたのだ。それこそ天井が見えなくなるぐらいに。

「まずい、走れ! 逃げるぞ!」

 直後、学徒が天井から落ちてくる。とめどなく落ちてくる様は、客観的に見れば雨のようだろう。主観的には……そんなことなど考えている暇は無かった。

 出口に向かって走るが、頭に降って来た学徒にぶつかり、うつぶせに倒れた。顔を上げるが体を起こすことが出来ない。学徒が私の体に抱き着いていた。杖で撃退しようとするが、うまく力が入らない。ただ学徒を叩くことしかできない。

「動かないで!」

 頭上から発砲音が聞こえた。抵抗感が消え、学徒は液体となった。ホシノが手を差し伸べる。彼女の手を借りて立ち上がると、かかっていた粘度の高い体液がずり落ちて行った。

「助かった。礼を言おう」

「礼を言うのは後で。今は何とかして逃げよう」

 周りには無数の学徒がひしめき合い、奇妙な鳴き声を響かせながら這いずり寄り、手を伸ばしている。もはや数を数えるどころではない。ホシノたちは学徒の体液にまみれながら押し寄せる学徒を撃ち抜いていた。私もそれに倣い杖の刃を振り回す。現代の銃ほどの威力は無いが五、六回も切れば殺せる。一度に複数人屠るもそれ以上の数が押し寄せた。

「ホシノ先輩、銃弾が先に切れる!」

 シロコが冷静に叫ぶ。直後セリカが「弾切れちゃったどうしよう!」と悲痛な声を上げた。

「全部倒そうとせずに、逃げることだけ考えて! 前に進むことだけを考えて!」

「なら私に任せてください!」

 ノノミが前に出て、その見事なガトリングを構えた。銃身が回り、轟音と共に大量の弾丸が撒き散らされる。その圧倒的な弾幕を前に学徒は何もできずにただ体を散らした。水銀のようにドロドロした体液が床に広がり、道が出来た。しかし生き残った学徒が死体を乗り越えて近づこうとしている。道は一時的なものだ。塞がる前に駆け抜けなければならない。

 床に広がった体液は滑りやすく、足を取られやすい。何度か滑りそうになるが気合でこらえてついに教室を抜け出せると思ったその時、後ろで悲鳴が聞こえた。最後尾にいたセリカが転び、右足を学徒に掴まれていた。

「セリカ!」

 シロコがいち早く反転し、右足を掴む学徒を撃った。その学徒は液体となり果てたものの、セリカを逃すまいと他大勢の学徒が彼女に近寄っている。シロコが彼女に群がる学徒を一人一人処理するが全く追い付いていない。だんだん近づく化け物の集団にセリカの目に涙が浮かび始めた。

 私はシロコから一拍遅れてセリカに駆け寄った。シロコの射線など気にせずに彼女とセリカの間に割って入った。

「狩人!? 邪魔だからどいて!」

「案ずるな。貴公こそ少し離れていろ」

 私は七つ、いや二つの水銀弾を取り出し、セリカの前で力いっぱい、喉を潰す勢いで声を出した。それはもはや人の声では無く、獣の咆哮であった。咆哮と化した声は衝撃波を生み、這いずり寄る学徒を退けさせ、床に広がる液体すらも吹き飛ばした。

「大丈夫か、逃げるぞ」

「え、ええ……ありがとう」

 獣と人間の中間の腕でセリカを引っ張り上げると、彼女は足元がおぼつかない様子で立ち上がった。頭も押さえて眩暈を起こしているようだ。私はセリカを引っ張るようにして走った。

 既にシロコとノノミは出口を確保し、私たちが達するのを待っていた。セリカを引っ張ったまま出口のドアをくぐると、すぐにシロコも出て来た。

 ホシノがドアを閉める一瞬、私は教室の中を眺めた。ほんの一瞬だったのだが、私はとある学徒たちが目に留まった。数多くの学徒たちの中でその数人だけ頭の上にヘイローがあるように見えた。果たしてそれが私の見間違いなのか、確かめる前にドアは閉められ逃げるように促された。

 ビルの入り口まで逃げると、ようやく足は止まり、彼女たちは軽く息を整えだした。

「も、もう追ってきてない?」

「ああ、多分あそこからは出られないだろう」

「ならよかった」

「もう少し探索したかった。何か見つかったかもしれない」

「あの様子じゃ戻れないだろうね。大人しく帰った方がよさそうだよ」

「もうべとべとです。早く帰って着替えたいです」

「わ、私も」

「そうだな、帰ろうか」

「お、君はてっきりシロコちゃんと同意見かと思ってたけど」

「本音を言えばそうだ。だが貴公らの様子を見る限り帰った方が良さそうだからな。一人であの量を処理できるわけでもない」

 入る時はあれだけ苦労したが、出るときは楽に出られそうだ。フェンスの近くに階段状に積み上げられた荷物は、フェンスのてっぺんに到達しようとしていた。荷物に上り、フェンスにまたがって飛び降りれば出られる。私は高いところから飛び降りるのが苦手だ。案の定飛び降りた時に足をくじいた。

 

「結局気持ち悪いもの見ただけじゃないのよー!」

 最初のおびえた様子はどこへやら、セリカは不満を漏らした。

「貴公たちにとって良いものが見つかればよかったのだが、申し訳ない」

「狩人さんが謝る必要はありませんから。なにも収穫が無かったわけではありませんし」

「歴史は売れないけどね」

「シロコ先輩!」

 ホシノは会話に参加せず、集団の一歩後ろを歩いていた。私はホシノと歩幅を合わせて彼女の横に付いた。

「何か考え事か」

「まあね。昨日の発掘拠点にあった弾痕ってさ――」

「ほぼ間違いなく学徒との戦闘跡だろうな。バリケードがされていたのも納得がいく」

「最初は偶然だと思ってた。あまりにもカイザーが求めそうなものじゃなかったし。でもわざわざあのビルを買い取って、ゴーストタウンなのに厳重に壁で覆っているのを見るとあそこがカイザーの目的なんだろうなって」

「カイザーもレッドゼリーが目当てだったのか」

「いや……多分それは違うと思うけど。目的はあの書類だったんだと思う」

「メンシス学派が残した実験のレポートだな。あれだけ学徒が居たら回収も困難だろう。カイザーはあれを入手して何をする気だったんだ?」

「ああ、置いてきちゃったか。まああんな状況じゃ難しいよね。カイザーはお金第一なところがあるからキヴォトスの歴史に興味があるわけない。それに確か実験の内容って神秘がどうのこうのだったよね」

「ああ、神秘を持たぬ彼らは神秘をわが身に宿そうといろいろしてたみたいだ」

「その実験内容を知ったところでお金になるとは思えないんだよね。さっきも言ったけどあいつらって金儲けのことしか考えてないから、裏を返せばお金にならないことは一切やらないはずなんだよね」

「だが、あそこは確実にカイザーが買い取ったのだろう? 何か金になる物でもあるんじゃないのか?」

「そう、なのかなぁ……神秘か。もしかしてゲマ――」

「二人とも何こそこそ話してるのよ」

 セリカが私とホシノの会話に割り込んだ。ホシノは何か言いかけていたが口を噤み、難しい顔を綻ばせた。

「ちょっと秘密の話だよ」

「ん、二人は秘密の話が多い」

「私たちには教えてくれないんですか?」

「独り言みたいなもんだから。また明日ちゃんと話すよ」

「今話すのは駄目なの? 明日はもう狩人さんいないじゃないの」

「だから狩人ちゃんには今話してたんだよ。まあ、あれだよ。カイザーはなんであのビルを買い取ったのかなって話だよ」

「それ秘密にする必要ある?」

「だってただの独り言だし、ただの憶測だし、そしたら狩人ちゃんが話しかけてきたんだもの。流れで話すしかないじゃん? それにべとべとのまま話聞きたくないでしょ?」

「う、それは確かに」

 あまり収穫の無い探索ではあったが、面白い情報はつかめた。姿無き上位者、キヴォトスの上位者「色彩」、一度会ってみたいものだ。あわよくば狩ってしまいたい。何かいいものを落とすかもしれない。

 帰りは皆やけに早歩きだった。学校に向かう途中の道でそれぞれ帰路につき、私は一人で学校に戻ることになった。

「道分かる?」とホシノが聞いた。

「ああ、覚えている」と私は答えた。

「そっか、それじゃあまた明日」

 ホシノは手を振ってシロコたちの元に小走りで向かった。私はその後ろ姿を見つめ、やがて向き直り、一人で歩いた。

 

 翌朝、私は一足先に対策委員会の教室に居た。まずアヤネが入って来た。彼女は私を見て「おはようございます」とあいさつをしてくれた。次にシロコがやって来た。涼しい顔をしているが、顔に少し汗をかいているようだ。その次にノノミがやって来た。彼女がガトリングを置いた時僅かに床が揺れたような気がしたのは気のせいだろうか。続いてセリカが息を切らしながら教室に入って来た。彼女曰く遅刻ギリギリだったそうだ。そして最後にホシノが余裕のある態度で教室に入ってきた。セリカは遅刻だと喚き散らすが、ホシノはまあまあと彼女を落ち着かせていた。

「それでは皆さんが集まったところで定例会議を……と行きたいところですが、先に狩人さんを駅で見送らないとですね」

「ホシノ先輩が遅刻しなけりゃゆっくり歩いていけたのに、ちょっと急がないと」

「まあまあそこまで急ぐ必要は無いだろう。別に一本しか走らないわけでも無いし」

「でも所詮臨時列車ですから、いくつかあるとはいえ間隔は空きますよ」

「つまり?」

「朝の電車を逃したら、次はお昼ですね。今日は暑くなりますし、狩人さん的にも朝のうちに乗ってしまった方が良いかと」

「なるほど、確かに急いだ方が良いな」

 

 私たちは小走りで駅に向かった。急ぐ必要があるとは言ったが、結局駅についても十分ほどの余裕が出来た。

「二日、三日しか一緒にいなかったのになんだかもっと長くいたみたいね」

「一緒に探索、楽しかった。今度は一緒に銀行強盗するべき」

「ぎ、銀行強盗は止めてくださいね? もしまた機会があったら是非アビドスに来てくださいね」

「今度はもっといろいろな場所に行きましょうね。一緒にショッピングとか行きたいです!」

「君とは色々楽しかったよ。またどこかで会えればいいね」

「ああ、貴公らにはお世話になった。こちらとしてもまた会えたらよいと思う」

 対策委員会と最後の会話をして私は改札に入った。彼女たちが階段で見えなくなるまで手を振った。彼女たちも振り続けてくれた。

 駅でしばらくして電車が入って来た。これが恐らく百鬼夜行に向かう臨時列車だろう。入り口が来るであろう場所に立つと、隣に誰かが立った。

「おや、こんなところで奇遇ですね」

 黒服が私に言った。

「そうだな。こんなところで会うとは思わなかった。丁度貴公に渡したいものと話したいことがあったのだ」

「それは興味深いですね。中で話を聞きましょう」

 やがて電車が止まり、ドアが開いた。私と黒服は同時に電車へ乗り込んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。