神秘狩りの夜   作:猫又提督

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第29話

 私と黒服は電車の一番奥の席に向かい合うように座った。やがてドアが閉まり、窓の風景が動き出した。最初に口を開いたのは黒服だった。

「なぜアビドスに? ゲヘナに行ったのではないのですか」

「ゲヘナ? ああ、そういえば。あそこの収穫は思ったよりなかった……というのはあまり適切ではないな。早くにいいものが手に入ったから帰ってしまったんだ。結局私の目的地は百鬼夜行にあることが分かったから向かっていたのだが、途中で足止めされてね。それが三日前だ」

「なるほど。私も概ねあなたと同じです。百鬼夜行に行くはずがアビドスで足止めを喰らってしまいましてね。アビドスに用が無いわけでは無かったので痛手ではありませんでしたが」

「貴公もアビドスに? もしかして同じ列車に乗っていたのか」

「くくく、そうかもしれませんね。さて早速本題に入りましょうか。あなたが渡したいものとは?」

「貴公ならきっと興味があるだろうと思った。いつかまた会った時に渡そうと思ったがまさかこんなに早くその日が訪れるとはな」

 私は懐から書類を取り出し、黒服に手渡した。彼は書類に目を通すと目を細めた。

「これは……まさかメンシスの報告書でしょうか」

「なんだ知っていたのか?」

「ええ、私の目的というのが正にこの報告書でした。しかしどこでこれを?」

「カイザーが最近買い取ったとかいうビルの地下だ。貴公も忍び込む気だったのか」

「いえ、私はカイザーと協力関係にあります。あなたが忍び込んだビルをカイザーと一緒に調査するつもりだったのです」

「カイザーと協力していたのか。貴公の獲物とは知らなかったとはいえ申し訳ないな」

「あなたであれば問題はありません。同じゲマトリアですから、寧ろ調査の手間が省けました。ではあなたが話したいというのはもしかして」

「ああ、その内容についてだ。一応私も組織の仲間だからな。偶には貴公らの役に立たねばならないだろう」

「ええ、助かります。ですが、つまりそれはこの報告書を解読したということですか? メンシスの報告書はいずれも妙な言い回しと専門用語が多用されて解読が困難なのですが、あなたの言葉を信じるならこの三日間で入手して解読したということですか?」

「解読も何も、英語だから私は読めるとも。言ってなかったか、私は英国人だ。そうだ、思い出した。貴公私を別世界から来たとか言っていたが、その報告書を読む限りヤーナムとキヴォトスは繋がっているではないか」

「キヴォトスとヤハグルが存在しているのは分かっています。しかしヤーナムは報告書に無い土地名ですが」

「ヤーナムはヤハグルの隣町のようなものだ。ヤハグルは隠されていたが」

「なるほどそういうことですか。その話も気になりますが、今はこの報告書の中身を聞きましょう」

「そうだな、話を戻そう。そこに書かれているのはメンシス学派がキヴォトスの生徒に行った実験だ。貴公はそのことを知っているか?」

「ええ、メンシス学派はキヴォトスに存在する神秘をわが身に宿らせようとしました。実に様々な方法が取られたようですね。特に生徒の血を直接摂取する方法と眼球の摘出が行われてました。前者はともかく後者は理解しがたいものですが、私が目を通した報告書には必ず書かれていました」

「奴らの目的は脳に瞳を得る事だ。ではそれにトリニティのユスティナ聖徒会が協力していたことは」

「ええ、把握しています。脳に瞳を得る……それに一体何の意味が?」

「見えない物を見る為、要は上位者が見えるようにだ。ふむではその部分は省略しよう。他にも生徒に対する耐久力の実験もあったがそこもどうでもいい。私が話したいのは色彩に関する記述だ」

 黒服がまた目を細めた。背中をかがめて私に近づいたのは恐らく無意識だろう。

「その反応はまだ知らない情報と見て取って良いな。危うく私の持つ情報が何の価値も持たなくなる所だった」

「現状私が持つ色彩の情報は、私が調査したものやメンシスがかつて研究していたものを含めて非常に少ない。今は何でも欲しいですから」

「メンシス学派は色彩に対して一つの仮説を立てていた。恐らく神秘を宿らせる方法に行き詰っていたのだろう。そこで目を付けたのがキヴォトスの上位者だ」

「待ってください。あなたが上位者と呼ぶのはこの単語に対してですか?」

 黒服は書類のとある単語を指さす。そこは確かに「上位者」と読むことが出来る。

「ああ、そうだが」

「なるほど。この単語は解読が困難でした。どう訳すべきか今まで謎でしたからね。あなたが言っていた上位者というものが今理解できた気がします。おっと話が脱線しました。続きをどうぞ」

「彼らが思いついた方法、それが上位者である色彩と交信し、直接神秘を宿らせる方法だ」

「色彩との接触ですか。色彩と人為的に接触する方法は発見されていません。メンシスはどうやって色彩との接触を?」

「さあ。方法は書かれていなかった。だが、奴らのことだ、どうせ儀式だろう」

「儀式、ですか。科学的ではありませんが……あなたが知っているということは少なくとも二百年前のこと、あまり科学が発展していなかったことは十分に想像できる」

「私がいたころに既にメンシス学派は古い存在だった。詳しくは知らないがな」

「因みにあなたは儀式の内容をご存知で?」

「知らないな。知ってるならすぐに試しているさ」

「でしょうね」

「貴公は色彩を呼びたくなかったはずでは? なぜ知ろうとする」

「呼ぶ方法があるなら帰す方法もあるはずですから」

「そうか。ではどうだ。貴公が気になるなら個人的に探っても構わん。メンシスの悪夢か教室棟に行けば何かしら情報も見つかるだろうさ」

「悪夢というのは比喩でしょうか」

「文字通り……貴公には伝わらんか。まあいい。さっきの話は忘れてくれ。ここまでに質問はあるか?」

「無い……と言えば嘘になりますが、ひとまずあなたの証言を基にこちらで翻訳を行います。この書類に書かれていることは先ほどので全てですか?」

「一つ言ってないことがある。その前に貴公が百鬼夜行に向かう理由を聞いても良いだろうか」

「ええ、構いませんよ。情報の等価交換です」

「等価かどうかはいささか疑問だが……まあ関係ない」

「他の文献によれば彼らはアビドス、トリニティのほかに百鬼夜行に目を付けたようです。厳密にいえばそこにかつて存在していた花鳥風月部にです。私は花鳥風月部の痕跡を調べるために百鬼夜行へ向かっています」

「奇遇だな、私もだ。その書類に同じ名が書かれていた。目的は別にあるがついでに調べてみようと思う」

「私もその別の目的を聞いてもよろしいですか?」

「勿論……いや、あー」

 百鬼夜行にセイアの神秘を取り上げた者がいることは口止めされていたような気がする。口止めされたのはあの日記の内容だったか? それとも両方だったか? 覚えてないなぁ。人と新しい約束をしたのは久しぶりだから約束事の内容を全然覚えられない。

「どうかしました?」

「セイアに口止めをされていた気がする。これを反故にすると先生を敵に回してしまうから……あー、いやいい。セイアが百鬼夜行に彼女の神秘を取り上げた者がいると話した」

「おや、いいのですか。先生が敵に回ることはあなたも危惧していたはず」

「面倒だ。いちいち気にしていられるか。私がどちらの味方をしようと私の勝手なのでな。敵になるなら抵抗するさ。第一私は貴公らの一員だ。先に所属したのはそっちだし、私も貴公を気に入っている」

「それはありがたい。ですが先生を殺すのは出来ればやめていただきたい」

「殺すとは一言も言ってないだろう。彼は貴公のお気に入りだし、キヴォトス人も頑丈すぎて殺せる気がしない。そういえばセイアはトリニティに獣がいることも口止めしたが、貴公はどうせ知っているのだろう?」

「ええ、詳細は知りませんが」

「奴らのことだ。どうせあれも作った。ということは……あぁなるほど」

 黒服が首を傾げた。彼の様子に気づいた私は鼻で笑った。

「何、キヴォトスにも蜘蛛がいるかもしれないと思っただけだ」

 

 数時間ほど電車に揺られ、ついに百鬼夜行連合学院に到着するアナウンスが鳴った。

「やれやれ、長時間座ると逆に疲れるな」

 大きく背伸びをしながら私は言った。

「しかし偶には電車に揺られるのもいいものです」

「私は動くほうが好きだ」

 私たちを含め数人がドアの前に立った。電車は徐々にスピードを落とし、やがて止まる。間もなくドアが開いた。電車を降りたその先はアビドスなど比にならない人の量だった。駅には絶え間なく人々が闊歩している。

「では私はここで、あなたの調査がうまく行くことを願っています。またどこかで会いましょう」

「ああ」

 私が人に圧倒されている間に黒服は行ってしまった。私は彼の顔を見ず、生返事で送った。

 人に慣れた私は流れに沿って歩き出した。というより流れに逆らうことは出来なかった。何度か上ったり下りたりしてようやく改札に到着した。人に後ろから押されるがまま改札を通ると、ようやく人が散りはじめた。改札が屋内で良かった。

「あぁ……息が詰まりそうだ」

 特別動いているわけでは無いのに妙に疲れた。少しどこかに座りたかった。

 辺りを見渡すと、壁沿いにいくつかベンチが設置されていた。そのほとんどが埋まっていたが一つだけまだスペースがあるベンチがあった。既に座っている人から少し間を空けて座った。腰を下ろした瞬間少し息が漏れた。顎に肘を置いて百鬼夜行の町並みに目をやった。トリニティやアビドスもそうだったが駅周辺はどこも一緒らしい。各学園の特徴的な建物というのは中心地にあるらしいが、駅までは届かないみたいだ。百鬼夜行の中心地はあの巨大な木の下だろう。ここからでも見える。

「さーて、どうやって行こうか。歩くしかないか」

「百鬼夜行は初めてですか、手前様」

 不意に横から声を掛けられた。私より先に座っていた少女だ。灰色の髪に全身に包帯を巻いていて風変わりな服を着ている。随分と突飛な格好だ。それと随分背が小さい。セイアより低いな。

「ああ、初めてだ。百鬼夜行の中心地に行きたいんだが、どう行こうか考えているところだ」

「良ければ手前が案内しましょうか、ヤーナムの狩人様?」

 私は一拍置いて言った。

「貴公もゲマトリアなのか」

「ゲマトリア? まさか、手前はあんなこそこそと鼠のように駆け回って嗅ぎまわったりしません。そうですねぇ……手前は手前様の探し人と言ったところですかねぇ」

「探し人……貴公がセイアの神秘を奪った者か!」

 飛び起きて少女に向き直った。私が急に顔を近づけたせいだろう、彼女は顔をひきつらせた。しかしすぐに嫌な顔をした。

「トリニティのあのインテリぶった女には興味ありません。別の、ほらあるでしょう!?」

「別の探し人……まさか花鳥風月部だと?」

「ええそうです! 手前は箭吹シュロ、花鳥風月部の怪談家です。どうぞお見知りおきをぉ」

「そうか。覚えておこう。黒服は花鳥風月部が過去のものだと言っていたが」

「花鳥風月部は昔からありますよぉ。それが今もただずっと続いているだけ。確かに今はそれほど存在を知られていませんが、もう無くなったと思われるのは心外ですねぇ」

 シュロはずっとニタニタ笑いながら話す。それに言葉の節々に相手を見下すような、もしくは自分を上に見せるような意図が見える。自分に相当自信があるみたいな話し方だ。人によって好みが分かれるだろうな。

「で、貴公はわざわざ話しかけて自己紹介までしたわけだが、何か用か」

「そうそう、手前様に用があるんです。その前に……一度百鬼夜行を案内してあげましょうかぁ?」

「そうだな。日が暮れたらお願いできるか?」




シュロのキャラがよく分かんなくて苦労しそうです。
百鬼夜行に入ったわけですが、現状アビドス三章の途中までしかストーリーを読めていないので、花鳥風月部への理解があまりありません。色々設定を調べたり、ストーリーを読み進んだりで次回から投稿が遅くなるかもしれません。
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