夜が明けていく。結局あの後なにか特別なものを見つけることは出来なかった。私は恐らくきっと感情を表に出すことは無かったが、内心はがっかりだ。見つけて嬉しいわけでは無いが、せめてレッドゼリーの一つや二つでもあればよかったのだが。しかしキヴォトスに教室棟があったのは大きな発見だったかもしれない。いや、驚きはしたが学者じゃないしそこまで嬉しくない。新しい武器とか装束とか、神秘の類がよかった。メンシス学派の建物ならそれこそ神秘の一つや二つ保管しているただろうに。
私は窓から遠い教室の隅で椅子に座り、頬杖をついて柄にもなくため息をついた。アビドスの日中は日光もそうだが、何より気温が高すぎる。日光関係なく気温で倒れてしまいそうだ。動くのなら夜まで待つのが賢明だろう。だからこそ日中は全く外をうろつけないのがもどかしい。
「おはよう。よく眠れた?」
さっきから足音がしていると思ったが、正体はホシノだったらしい。その目は他の者に向けるように軟化している。昨日一緒に行動を共にしたおかげだろうか。
「ああ」
狩人は眠らないが、今は事実を伝えて質問をされたくない。大人しく相手が求めているであろう回答をするだけだ。
「なんか退屈そうだねぇ」
「そう見えるか。まあ実際そうではある。この暑さだ。外に出れば倒れそうだ」
ホシノに指摘されて少し態度を改めた。私は椅子から立ち上がり、扉の前に立つホシノと相対した。
「ああ、そういえば君昨日は随分辛そうにしてたね。トリニティと比べるとここは暑いだろうねえ」
「全くだ。加えてこの日差しだ。日傘を差していても貫通してきそうだ。もし何かの間違いでそのまま出たらすぐに倒れてしまうだろうな」
「それはいくら何でも大げさだよ」
「大げさではない。日光に当たれば私は倒れる」
「君がそこまで虚弱だとは思えないけどなあ」
「試すか? あの感覚はあまり味わいたくはないが致し方あるまい。倒れたら日陰に適当に寝かせておいてくれ。日没の頃には起きれるだろう、多分」
「いやいいよ。そこまで言うなら信じるよ。まるで吸血鬼みたいだね」
「吸血鬼か……なるほどいい得て妙だな」
「冗談のつもりだったんだけど。まあいいや、そんなに暑いならひとまず対策委員会の教室に行く? あそこならまだ涼しいし」
「あまり意地は張れないな。大人しく好意を受け取ろう」
ホシノと一緒に対策委員会の教室にやって来た。教室に入った途端、コンビニで感じた清涼感を感じた。なるほどエアコンとはこういうものなのか。酷く快適だ。
「素晴らしいな」
思わず口に出してしまった。
「あ、ホシノ先輩。それと狩人さん。おはよう」
「おはようセリカちゃん。今日もかわいいねえ」
「私に敬称は不要だ」
「いや、でも狩人って呼び捨てにするとなんか語呂悪いし」
「ん、私は狩人で十分」
「シロコ先輩が言っても意味はないと思いますけど……確かに呼び捨てだとちょっと呼びにくいかもしれませんね」
「そうか。なら呼びやすい方で呼んでくれて構わない」
「ではホシノ先輩も来ましたし、始めましょうか」
ノノミがそう言って呼びかける。ホシノたちはいつもの場所らしいところに座りだした。何が始まるのか全く分からない私はその場に立ち尽くしていたが、アヤネが椅子を一脚取り出してどうぞ、と差し出してくれた。私はその椅子に座った。
「では本日の定例会を始めます」
「あ、ちょっと待って。狩人さんこの場にいるけどいいの?」
「昨日アビドスの事情を話してしまいましたし、今更もういいんじゃないでしょうか?」
「えっと……まあ、大丈夫なら別にいいんだけど」
「私は別に構わん。気にせず続けてくれたまえ」
「まあ狩人ちゃんがそう言ってるし良いんじゃない?」
「なんだかホシノ先輩と狩人の仲がいい」
「そう言われればそうね。何かあったの?」
「そうだねえ。昨日の夜にちょっと一緒にね」
「昨日の夜って……ホシノ先輩と私たち一緒に帰ったじゃない」
「昨日砂漠に行っていた。偶然ホシノを見かけたからな。案内を頼んだんだ」
「私たちと別れた後に?」
「そういうことだ」
ホシノは昨日の探索の件を話そうとはしないらしい。別に話しても何ら問題ないと思うが彼女には彼女の考えがあるのだろう。私は人の考えを察することが出来る賢い狩人だ。ここはホシノの言葉に合わせよう。
「それでは改めて定例会を始めます。今日の議題ですが――」
定例会というのは彼女たちが抱える借金をどうやって返すかを話し合う場らしい。彼女たちが抱える借金、その額を聞いた時は流石の私も驚かざるを得なかった。円の価値がどれほどのものか全くわからないが、その桁の数を見れば誰でも途方もない数字だというのは理解できるだろう。
定例会の場では借金を返すための資金調達法が話し合われていた。出てきた案としては――
「銀行強盗」
「特別な商法があって、この壺を知り合いの人に売るの」
「アイドルですね!」
以上の三つがすぐに出てきた。しかしどれも提案者以外にすぐに却下されていた。皆の顔色を見る限りいい方法ではないようだ。
「借金の額が額だ。あまりなりふり構っていられないのではないか?」
私が問いかけると机に突っ伏していたホシノが顔を上げて答えた。
「なりふり構っていられないからこそ一線を超えちゃいけないんだよ。お金を集めるだけならいくらでも方法はある。でも一線を越えたやり方をすれば私たちは戻れなくなる。たとえ借金を返した後もね。一度上げた生活ラインを下げることは出来ないんだよ」
「なるほど、貴公の言葉は一理ある。素人が口を出して申し訳ない」
「いえ、狩人さんも私たちのために意見してくれたんですから、それだけでもうれしいです」
「でもこれ以上バイトだけで稼ぐのにも無理があるわよ。やってるの私だけだし」
「私たちも便利屋みたいに依頼受ける?」
「うーんそのためには口座の開設とか必要になりますよね」
「現金報酬のみ」
「あまり高額なのは受けれそうにありませんね」
「ふむ、私も何か案をだせたらいいのだが……生憎金稼ぎは全くもって知識が無い」
「いえ、本来こんな会話を外部の人に聞かせてはいけませんから。なんだか申し訳ないです」
「乗り掛かった舟だ。ここまで来たなら少しは役に立ちたいものだが……例えば何か売るとかは駄目なのか」
「売るものが何もないわよ」
「無ければ作ればいいのでは」
「作るったって誰も売れるぐらいの物なんて作れないわよ」
「では売れるものを探せばいいだろう」
「何それ。つまり宝さがししろってこと?」
ホシノの頭が動いた。顔を再び上げ、私とセリカの会話を聞いているようだ。
「悪くない提案だとは思うのだが」
私は周りをみて他の者の様子をうかがった。しかし思っていたような顔は誰もしていなかった。微妙な顔だ。
「宝探しですか」
「昨日ホシノから聞いたが、カイザーがそこの砂漠で発掘拠点をいくつか立てているらしいではないか。何か埋まっているのではないのか」
「確かカイザーの理事長がそんなことを口走っていたはずですが、あの砂漠に何かお金になるようなものが埋まっているとは思えません。そういえば結局カイザーが何を発掘していたのか分かりませんでしたよね」
「まさかもう一度乗り込んでお宝を奪おうっていうの? 正直先生の助けなしであの量の傭兵と戦える気がしないんだけど」
「盗むのが無理ならば盗まなければいい」
「つまり……えっと?」
「カイザーより先に見つけてしまえばいいだろう」
「あの広大な砂漠からカイザーより先にお宝を掘り当てろって言うことですか?」
「ん、無茶が過ぎる」
「だがやってみなければわからないだろう?」
五人は黙り込んだ。お互いに見つめ合い、他に誰かが案を出すのを待っていた。数分の沈黙が続いたのち、ホシノが声を上げた。
「正直君が言っていることは私も荒唐無稽だと思うけど、まあ他に案は無いみたいだし一先ずそれを採用すればいいんじゃない?」
「分かり、ました。ではとりあえず新しい資金源の候補にお宝探しを加えるということで」
「でもカイザーより先に見つけることなんてできるの? そもそもあいつが言ってたことも本当か分からないのに」
「いくら何でも情報が無さ過ぎ。断片でも情報が無いと」
シロコの言う通りだ。聖杯ダンジョンだって最初からそこに宝があると分かっているから潜るのだ。何もわからないのに潜るだろうか……いや潜る。とりあえず聖杯ダンジョンは潜ってみるのがセオリーだ。
違うそうじゃない。あの砂漠のどこに聖杯ダンジョンが埋まっているのか分からない、つまりはそういうことなのだ。あの広大さだととりあえず砂漠に行ってみようというのもできない。間違いなく私は道半ばで倒れるだろう。
私含め六人で何か情報を得る手段はないかと考えていると、にわかに窓の外が騒がしくなりだした。誰かが騒ぐような声が聞こえたかと思えば、それはすぐに大音量と化す。その場にいた全員が窓の外を見だす。校舎の前に現れたのはマスクのようなヘルメットを被った集団だ。何か叫んでいるようだが、全員バラバラに叫んでいるせいで何を言っているのかまるで分らない。顔を隠しているので口の動きも読めない。かろうじて分かるのはこちらに出て来いと言っているだけだ。
「あの集団は?」
「あれはヘルメット団よ。よくうちにちょっかいかけてくるの」
「何か恨みごとでも買ったのか」
「まさか。あいつらカイザーに依頼されて襲撃に来てるの」
「あれもカイザーの仲間か」
「元はただのチンピラ。カイザーに比べれば雑魚」
「数が多いので中々対処は難しいんですけどね」
「まあさっさと終わらせよっか」
これから起こるのは戦いだろう。相手の数を見るに相当な規模になるはずだ。しかしホシノたちはまるで輸血液マラソンにでも出かけるような雰囲気で準備をしている。
「狩人さんはここで待っててください」
「いや、私も手伝おう」
「ですが――」
「ここまで一緒にいてただ留守番というのもなんだ。それに一人でいたってただ暇なだけだ」
「でも日差しに弱いんでしょ。大人しく待っときなよ」
「それはそうだが……私だけ何もしないというのもな。校舎内に待機しておくからもし余裕があれば誘導してくれ。中に入ってきた分は私が対処しよう」
「余裕があったらね」
私は玄関前で立ち止まり、対策委員会の五人は外に出た。二階から見た時より視界は悪いが、ヘルメット団が外にいるのが見える。謎に散らかった広場だったが、ヘルメット団と対策委員会が机や土嚢の後ろに隠れるのを見てようやくその理由が分かった。
四人は配置に着くやいなや、発砲を開始した。昨日より近くで観戦してる分銃声は大きく聞こえた。自分も準備をしておこうと杖を変形させた。しばらく夢に戻っていないので輸血液はあとどれくらい残っているだろうかと懐を探っていると、何かが高速で私の横を飛んでいった。この感覚には覚えがあった。
振り返ると壁に穴が開いていた。飛んできたであろう所をたどるとそこは外。多分ヘルメット団の流れ弾だ。すっかり意識していなかったが、今私がいるところはヘルメット団の射線上だ。流れ弾の一発や二発ぐらい飛んでくるだろう。後ろで待機してひっそり流れ弾で死ぬのも間抜けなので、射線からずれるように移動した。
窓からこっそり覗いてみると、両者が激しい銃撃戦を行っているのが見える。ノノミがガトリングで制圧射撃をしているおかげでヘルメット団の面々は容易に頭を出せないらしい。その隙に他の三人が距離を縮めて各個撃破している。息巻いたはいいものの、私の出番は無いかもしれない。
「狩人さん!」
突然耳元で声がした。私は驚いて周りを見回したが誰の姿も無い。気配すらない。ではこの声は一体何か。いくら周りを見渡せど誰の姿も無いのだから、私は発作的にそこらをローリングしだした。謎の攻撃を受けた時はとりあえずローリングしてその場から距離を取るのが定石だ。
ローリングをしながら私は思い出した。丁度対策委員会が準備をしているときアヤネから通信機という謎の機械を渡されたことを。そういえば私を呼んだ声はアヤネだった。私はローリングを止めてアヤネの声に耳を傾けた。
「ヘルメット団の一部が校舎を回り込んで侵入しようとしているみたいです! 数は少ないですが気を付けてください」
その声と窓ガラスが割れる音が聞こえたのは同時だった。