神秘狩りの夜   作:猫又提督

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アビドスって昔はどんな土地だったんでしょうね。昔から今ほどではないにしろ砂漠が広がっていたんでしょうか。


第22話

 砂地というのは案外歩きにくい。一歩進むと若干足が沈む。硬い地面に比べてわずかに余分な体力を使うのだが、これが積み重なると案外バカにならない。雪とは違う感覚で、おかげで屋上で見た時より時間がかかった。

 屋上から見えたのはここのはずだ。四方を白い高い壁に覆われた場所。周囲には道が作られており、車が何台かあった。屋上で見た時はまだ生きている建物だと思っていたのだが、近づいてみると人の気配が無い。とても静かで、風で砂が巻き上げられる音でもよく聞こえる。

「ここも廃墟なのか?」

 だから私の後ろをついてくる足音も聞こえて来た。距離を開けていたのかほんの僅かで、気のせいで片付けられそうな音だった。もし間違いだったとしても周囲に人はいないようだし、独り言で済ませられるような言葉だ。独り言にしては少々声を張りすぎた気もするが。

「そうだよ。その拠点はもう放棄されてる」

 私の行動は一種の賭けであったが、どうやら勝ったらしい。振り返ればホシノが立っていた。

「私をつけていたのは貴公か」

「バレちゃってたか。最初は気づかれなかったから大丈夫だと思って油断したね」

「いや、正直つけられていたのか微妙なところだった。気のせいかとも思ったが……普通なら気のせいとも思わないだろうな。貴公の尾行のセンスは良いと思うぞ」

「慰めありがとう。というかそれ、自分が普通じゃないって言ってるけど大丈夫?」

「今更。貴公にはあまり誤魔化しが効かないと見える」

 ホシノの目が鋭くなった。

「私もあまり事は立てたくない。お互い流血沙汰にならないならそれが一番だからね」

「血の気が多いな。何も私だって流血沙汰にしようとは思っていない。ただ気になっただけだ。貴公はこの廃墟が何なのか分かるのかね」

「そこはカイザーが建てた発掘拠点だよ」

「カイザーとは」

「今朝戦ったやつら。アビドスの土地をどういう訳か買い続けている企業だよ」

「なるほど。では発掘拠点というのはつまりここに何か埋まっているという訳かね」

「カイザーの見立てではそうみたい。まあここは何もなかったのか捨てられているわけだけど」

「そうかそうか。実は私は宝探しが趣味でね。アビドスに来たのはたまたまだったがここでも出来るとは」私はホシノの説明に心を躍らせた。意気揚々と拠点の中に入ろうとする私は、立ったまま動かないホシノに声をかけた。「貴公は宝さがし、嫌いかね?」

 

 発掘拠点の中は廃墟と呼ぶにふさわしい様相だった。当然人の気配はなく、放置された空箱などには全て砂が積もっていた。拠点にある建物に入って見ると砂が入り込み、歩くとじゃりじゃり音がしていた。ただ内装が最低限の家具を残して綺麗さっぱり無くなっていたり、物が空き箱しか残っていないのを見ると捨てられたというより撤退したという方がふさわしいか。今朝の様子を見る限り、カイザーは軍隊のようであるし、統率の取れる組織なのだろう。

 私は内部を見やすくするために松明を掲げた。砂の積もった椅子と机が鮮明に見えた。

「さっきも言ったけど、ここはもう何も残ってないよ」

「ああ、そうみたいだ。しかし何かしら残っているかもしれない」

「残ってるとしてもせいぜいゴミぐらいだと思うけど」

「そのゴミが私にとって宝になり得るやもしれん」

「はぁ、私が言うのもなんだけどあるかもわからない物によく執着できるね」

「ふむ、それはどう言うことかな」

「いや、なんでも。昔の話だよ」

「そうか……おや」

 不意に足に何かが当たった。小さな金属の様だ。拾い上げて見ると、どうやら薬莢らしい。

「何かあった?」

「いや、ただの薬莢だ」

「お宝になる?」

「流石にならない。ところでこの薬莢は弾を撃った後のものか?」

 私はそう言ってホシノに薬莢を投げ渡した。彼女は薬莢を受け取り眺めると、すぐにそうだねと答えた。

「雷管がまだついてるから撃った後だね」

「ということはここで誰かが撃ったということだな。拠点の持ち主だったカイザーか。それとも別のものか」

「まさかカイザーに喧嘩を売る奴なんてそうそういないよ」

「貴公らを除くとして、他に思い当たるのは?」

「いない。因みにこの空薬莢はライフル用だと思うから、多分撃ったのはカイザー側だね」

「自分の拠点で発砲か……どうやら何かあるらしいな」

「確かに不自然だね。ここは拠点の真ん中だし、わざわざそんなところで戦っていたなんて」

  後ろからホシノがスマホのライトを照らした。松明よりもずっと明るく照らした。私が薬莢を拾った先でさらに大量の空薬莢が転がっていた。

「撃ったのは一発だけでは無いらしいな」

「それに一人二人じゃないね。空薬莢が集まって落ちてる箇所が複数ある。その分の人数だけ撃ってたんだ」

「ここが一番前か」

「いや、それなら扉に銃痕があるはず。ここが一番後ろだね」

「となると撃った対象はこの先か」

「行ってみようか」

「ほう、貴公も大分興が乗って来たと見える」

「ここまで来ると流石にね」

 私とホシノは散らばる空薬莢を足で押しのけながら奥へ進んだ。二人とも黙って歩くので、空薬莢同士がぶつかる音がよく聞こえた。

 奥に着くのにはそれほど時間はかからなかった。松明とライトが照らしたのは壁についた大量の銃弾痕、それと一緒に液体が乾いた跡らしい壁の染み、まるでバリケードのように積まれた机などその異常性はよく伝わった。

「何かと戦った後の様だ。この壁の染みは……恐らく血だな」

「てことは人を撃ったってことか」

「キヴォトス人は銃を撃たれた程度では出血しないではないか。これはもっと別の何かだろう。それこそこのバリケードの奥にいるはずだ。この状況を見るに、カイザーはその正体をこの奥に閉じ込めたのかもしれない」

 私はバリケードの奥を見た。僅かな隙間の奥は暗闇で、松明であっても照らすことは出来ない。見えないな、と呟くと代わりにホシノがスマホのライトで奥を照らした。

「よく見えないけど、空間があるみたい。特に何もいないみたいだけど……穴があるみたい?」

 私は杖でバリケードになっている机を叩いてみたが、感触と音からして木製では無く金属製だろう。それにびくともしない。他にバリケードを構成しているものも頑丈で、いくら攻撃したところで壊れそうにはなかった。

「壊すのは無理そうだ。大人しく一つずつ退かすしかないな」

「手伝うよ」

 バリケードを構築しているだけあって、机や椅子、何かが入った箱まで置かれていたがそのどれもが重かった。二人がかりで十分ほど片付けると、人一人通るには申し分ないぐらいのスペースが出来上がった。

 まず私から潜り込んだ。この姿になったからこんな狭い場所に入りやすくなった。小さくなるのも悪いことばかりではない。バリケードを超えた先の地面は露出した岩だった。それからすぐにホシノがバリケードを超えた。

 松明を掲げるとここだけ仕切られているようで、入り口以外の三方が壁に囲まれていた。その真ん中には石階段があり、その奥は松明では照らせない程深い。ホシノが言っていたのはこれのことだろう。

「地下室?」

「そのように見えるな」

「でも砂の下に地下室なんて……地上階も無いのに」

「昔はあったんじゃないか」

「どうだろう。正直そこまで砂漠の建物を見てきたわけじゃないから昔はあったのかもしれないけど……でも確かになんか古く見えるんだよね」

 私にはこの地下室に続く道が古いのかは分からない。それこそ私自身古い人間だ。上位者のいたずらか二百年先の未来に飛ばされた狩人。もはや老人の域も超えている。

「古く見えるか?」

「え、うん。まあ、石階段だし」

 そう言うものらしい。ここで考えていてもしょうがない。私は階段を下りた。数歩遅れてホシノもついて来た。私が足を落とす様に階段を下りていくのに対して、ホシノは慎重に足を置くように階段を下りている。彼女の足音は全くしなかった。誰もいないように錯覚するほどに。

 降りた先には一つの扉があった。木製で、上半分にガラスが嵌められている。どこかで見たことがあるデザインだ。だが記憶を遡るよりもこの扉の先に何があるのかが気になった。ノブを持ち、回すと何の抵抗も無く回った。鍵はかかっていない。投げるように押すと、扉はそのまま奥へ行った。

 扉の奥は暗く、松明を掲げると手前にあった机のようなものがぼんやりと浮かび上がった。私が扉の奥に行くと、ホシノも私の後に続いた。彼女がスマホのライトで照らすと、範囲は広くないがより鮮明に見えた。

 私の前にある机、そこから少し離れて椅子と机が一体化したものが等間隔に置かれている。天井はそこまで高くはなさそうだが、降りて来た階段と同じ分だけの高さがありそうだ。

「何これ」

 ホシノはそう呟きながら部屋の至る所を照らした。木製の床に、胸の高さ辺りまで装飾が施された石の壁、その上は無機質な木の壁になっている。天井は格子状の装飾が施されていた。

「教室棟だ」

 部屋の扉を見た時から感じていたデジャブ。その正体を私は不意に思い出した。悪夢でさんざん見たはずの教室棟の内装を瞬時に思い出せなかったのは、ここがキヴォトスであるために関係ないと思っていたからだろう。だが実際関係はないはずだ。時代も場所も、そもそも教室棟は悪夢にあった場所であり、現実には存在しないはずである。

「君はこの場所を知っているの?」

 ホシノが私に問いかける。スマホのライトと松明の明かりが彼女の顔をぼんやりと映し出していた。

「記憶違いや勘違いで無ければ、私はこの場所を知っている。だが、それは夢の中の話であってキヴォトスどころか現実に存在しているのはおかしな話だ」

「どういうこと?」

「この場所は本来無いということだ。まさか気づかないうちに夢の中に入ったのか?」

「君の言ってることがあんまり分からないんだけど、少なくとも夢の中ではないと思うよ」

「そうか」

 教室棟がキヴォトスに存在している理由は分からないが、ホシノの言う通りここは夢の中では無いし、目の前にあるのは幻覚でもない。大人しくこの事実を受け入れるべきだろう。

 私とホシノはそれぞれ部屋の中を探索した。そこまで広いというわけでも無い。部屋全体を見るのに時間はかからなかった。結論から言えばなにか目立つものは無かった。他の部屋につながるだろう扉は一枚見つけたが、それ以外には何もない。持っていけるものは全て持って行ってしまったのだろう。

 唯一見れるものと言えば、教卓に置いてあった何枚かの紙片だ。一見すればただのゴミであるからカイザーも持って行かなかったのだろう。そこには一つの単語が書かれていた。

 そこに書かれているのはヤーナムではなじみのある言語だった。日本語ばかりのキヴォトスでこの言語を見るということはやはり、この教室棟はヤーナムの人間が作ったということになる。全く理解できない話だが、現に私がキヴォトスに来ているのだから理解しようと思えば出来るのかもしれない。

 私は紙片を拾い上げて書かれていることをそのまま読んだ。

「『姿無き上位者』」

「何か言った?」

「何も。それより、もしかしたらここには貴公の期待する宝は無いかもしれん」

「いいよ。カイザーはこの土地をわざわざアビドスから買い取ってる。カイザーが興味を持った場所ってだけで価値があるんだよ」

「そうか。部屋はまだ残っていたな。そちらを見てみよう」

 私とホシノはそれぞれ明かりを持ちながら隣の部屋へ移動した。

 先ほど拾い上げた紙片。あそこにはもう一つ単語が書かれていた。しかしあの紙片自体何かから破り取られたものなのか、もう一つの単語は半分ほど消えていた。部屋を移動する中、ひたすら何が書かれていたのか思考を巡らせていた。そしてノブを回しながら、一つの答えにたどり着いた。恐らくあそこに書かれていたもう一つの単語は『神秘の反転』だろう。

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