「ようこそアビドス高等学校へ!」
ノノミが元気よく指した建物は今まで見てきたトリニティやゲヘナの校舎に比べると随分小さかった。それに校舎も一つだけだ。さらに校舎の前の広場、グラウンドと言えばいいのだろうか。そこには土嚢やボロボロになった机が散乱している。これではまるで……そう、廃墟だ。私は思ったことをそのまま口に出した。するとノノミは困った顔で答えた。
「あはは。それはまあその二校に比べるとうちは小さいです」
「トリニティとゲヘナは大きすぎるのよ。だから治安が悪いの。いっそのこと細分化しちゃえばいいのに」
「ん、アビドスは小さくなりすぎ。おかげで廃校――」
「し、シロコちゃん外部の人の前でその話は」
「何か訳でもあるのか?」
「君には関係のないことだよ。さ、早く入ろう。アヤネちゃんが待ってるだろうから」
シロコが言いかけたことについて聞こうと思ったがホシノが介入し、突き放してしまった。一人さっさと入ってしまう彼女に他の三人もついて行き、私も彼女たちの後をついて行った。
校舎の中は一見きれいだが、床に散乱する砂が目についた。所々で溜まった砂が軽い山を為し、廊下の全てで砂の感触がした。そして静かだった。夜でもないのに、どの教室にも人はいない。まるでゲヘナの廃校舎や、アリウスのあの教会じみた建物の様だ。
「静かだ。誰もいないのか」
「ええ、はい、まあ」
ノノミは生返事で誤魔化そうとする。セリカはあまり話に入ってこようとしない。ホシノは何も答えずにただ前を向いてばかりだ。アヤネの機械もいつの間にかいなくなっていた。やがてシロコがしょうがないと言った様子で口を開いた。
「アビドス高校に呼んだんだったらどうせバレる事。隠さずに話すべき。アビドスは今廃校の危機にある」
「廃校? それはつまり……この学校は無くなろうとしているのか」
「うん」
私の言葉にシロコは頷いた。彼女の頷きを止める者はもういなかった。
ノノミがシロコの後に言葉を紡ぐ。
「廃校どころかアビドス自治区自体が危ない状態にあります」
「良ければ聞いても構わないか?」
私はホシノに目線をやりながら言った。当の本人は背中を見せたまま歩き続ける。私はそれを肯定と受け入れた。ノノミもそう受け取ったようだ。
「簡単な話です。砂漠化の影響で人が住める範囲が狭まっていきます。アビドス高校が廃校寸前になっているのもそのせいです」
「砂漠化から逃れる為に学校を転々と移設して行って、最終的にこの別校舎が本校舎になったってわけ」
「ふむ、となるとかつてはここよりも大きな校舎があったという訳か」
「かつてはゲヘナやトリニティと並ぶほど巨大な学校だったみたいです。今となっては見る影もありませんが」
「確かに、言っては何だがまるで想像もできない」
「アビドスの大半が今は砂地と化しています。先ほどの説明でも言いましたが、アビドス高校の本校舎もとうの昔に砂漠に呑みこまれてしまいました」
「なるほどなるほど……ゲヘナとトリニティは校舎を中心に栄えていた。アビドスも同じ繁栄の仕方をしていたとすれば――」
「お察しの通りです」
「アビドス高校が廃校になってしまえばアビドス自治区自体が無くなるのも時間の問題」
「でも私たちがそんなことにはさせないわ! なにせ私たちはアビドス廃校対策委員会だもの!」
セリカが啖呵を切ったと同時に先頭のホシノが足を止めた。彼女の前にはドアがある。ここが目的地らしい。上を見れば、そこには『アビドス廃校対策委員会』という取ってつけたような名前があった。
中に入ると、もう一人知らない少女がいた。彼女は私の姿を見ると、立ち上がって自己紹介をする。
「改めまして、私がアビドス高校一年の奥空アヤネです。よろしくお願いしますね」
予想通り、彼女こそが機械で話しかけていたアヤネの本体だった。
「狩人だ。よろしく」
教室で対策委員会の面々と雑談していると、意外にもホシノの口からここを案内するという言葉が出た。他の者も手伝うと言って同行を申し出たが、ホシノはそれを断り一人で行くと言う。私もそれで構わないと言えば、あっさり引き下がった。
廊下に出て、ホシノは宣言通り学校の案内を始めた。対策委員会の面々の前で見せる態度のように、自らをおじさんと言った。しかし踊り場までやってくると、態度は急変し、初対面の時のように厳しい目線を私に向けて来た。階段の陰が彼女の顔の半分を隠している。
「ねえ、君は何者?」
僅かな沈黙の後、ホシノはそう問いかけた。
「ふむ……以前もこんな質問をされたような気がするな。私は狩人だ。それ以外の何者でもない」
「さっき先生からモモトークが来たんだけどさ。もしかして君って一度死んでるの?」
「おや……彼は私のことを覚えていたのか。あの様子だからてっきり忘れているものだと思っていた」
「その返答は肯定ってことでいいよね」
「彼の言っていることが本当だとして、貴公はどうするつもりだ」
「君って幽霊?」
「面白い冗談だ。私は見ての通り生きている。透けてもいないだろう」
「じゃあなんで生きているの。先生が言ってたのは間違い?」
「いや、間違いではない。私は確かに死んだともさ。ただ生き返っただけ」
私の言葉にホシノはほんの僅かに目を開いた。
「それ本気で言ってる?」
「ああ、本当だとも。実演しようか?」
「いや、いい。でもそうだね……なんで生き返られるのかな」
「明確な理由は私にも分からない。血を入れられた」
「血?」
「私が訪れた町では血の医療が盛んであった。どんな病気もたちまち治すという不思議な医療だ……貴公も血の医療に興味があるのかね」
「いや、そんなんじゃないよ」
「ふむ……では貴公が警戒する理由は何かね。私を敵ではないと言ったうえで警戒する理由は」
「ありゃ、バレちゃってたのかな」
「露骨に険しい顔をされれば分かる」
「そんなに露骨だったつもりはないんだけどな。理由は君が余所者だから。それと先生を尾けていたから」
「余所者か。前者はともかく後者についてはもう弁明をしたであろう。貴公も納得したはずだ」
「そうだね。あのときはそれで納得したんだけど。君の名前、私が大っ嫌いな奴と似てるんだよね。本名を明かさないってところも」
「心外だな。似ているというだけで同じだと言われるのは」
「君ってまさか黒服の仲間じゃないよね?」
私は一瞬沈黙した。顔には出していないつもりだ。狩人と黒服、果たして似ているだろうか。しかしまさかホシノもゲマトリアの存在を知っているとは。何故バレたのだろうか。否、バレたわけでは無い。ただ疑念を抱かれているだけだ。今までの行動に私がゲマトリアとつながっていることを示唆するものは無かった。落ち着いて否定をするべきなのだ。必要なのは知らないふりをして冷静に否定すること。
「知らない名前だな」
「そう、ならいいんだけど」
ホシノは案内を続けると言って階段を下った。果たして誤魔化せたのか分からない。あの反応はどうとも捉えられなかった。
案内すると言っておきながら紹介された部屋はあんまりなかった。元々私と二人きりになるための口実だったのだろう。どれもこれも砂だらけで中は乱雑だ。それを指摘するとホシノは苦虫を潰したような顔で、これが現実だからねと言った。
「君は一先ずここに寝泊まりしなよ」
ホシノは教室の一つを私に貸してくれた。三階の角部屋、階段からは一番遠い教室だ。つまりはそういうことなのだろう。しかしここで構わない。教室の真ん中には灯りが立っていた。
私は快い返事をした。
「この部屋は誰も使ってないから好きに使っていいよ。アビドスも好きに見て行ったらいい。あーでも砂漠は止めといたほうがいいね。ここよりもよっぽど暑いから。せめて日が落ちてから行くべきだね。まあ夜は夜で寒いけど」
「忠告感謝する。幸い寒さには自信がある」
「あっそう。まあ、好きに過ごしてね。何かあればあの教室に誰かいるはずだから」
ホシノは手をひらひらさせて教室を後にした。ホシノの足音が廊下で響いている。この校舎は圧倒的に小さいが、たった五人の為には大きすぎる。その事実を強調している様だった。
日は地平線に隠れ、代わりに月が現れた。倒れそうなほどに暑い気温はようやく収まる。動かなくても気が狂いそうな衝動に駆られてないのは、聖杯ダンジョン攻略の余韻が残っているせいだろう。そんな思案をしていて思い出した。折角弾を貰ったのだから試し撃ちをすればよかった。
セリカからもらったパックを破り、中身を出すと十発の弾が落ちて来た。一つ拾い上げてみると水銀弾との違いはすぐに分かった。そもそも弾頭が水銀では無さそうだ。素材は分からないが金属の何かだろう。他にも細かな違いはあったがこれが水銀弾とどのような違いを生み出すのかは分からない。ずっと使っているからといってその武器の全てが分かるわけでもなし。そこまでいくと工房の仕事だ。
ボルトを開き、一発弾を込めてみた。薬室に押し込んだ際、弾がさらに沈んだ気がした。まさかと思いもう一発入れてみると、確かに入った。最終的に五発の弾が装填できた。
「あらかじめに五発も入るのか。これは便利だ」
教室の窓を開け、夜空に向かって試し撃ちをしようとした瞬間、私の耳に足音が入って来た。音はばらばらで明らかに一人ではない。複数人だが詳しい人数は分からなかった。扉に注目していると、ガラスにシルエットが浮かび、間もなく扉が開けられた。
そこにいたのはホシノたち対策委員会の面々だった。
「電気がついてないからてっきりいないと思ったんだけど」
「全員揃って一体何の用かね」
「おじさんたち帰るからさ。電気つけてないならわざわざ言わなくてもいいかもだけど一応。電気は節約してくれると嬉しいな。ほらアビドスって色々苦労しているからさ」
「ふむ、留意しておこう。ところで帰るとは、ここが貴公らの拠点では無いのか」
「拠点っていういい方は……まあ合ってはいるけど、こことは別に家があるからね」
「そういうものなのか」
「それではまた明日ですね、狩人さん」
私は対策委員会の全員と別れを告げた。五人分の足音が遠ざかっていく。足音がしなくなってから廊下に出て外を見ると、しばらくして五人が校舎を離れて行くのが見えた。私の存在に気づいた五人はそれぞれ、ホシノとシロコは私を一瞥して、ノノミとセリカは私に手を振り、アヤネはお辞儀をしていた。
昼間の殺人的な暑さは十分和らいでいる。ならばいまこそ砂漠に向かうのに丁度良いだろう。砂漠の場所を聞き忘れたがまあいい。高いところから見えるはずだ。
私はより高いところへ、校舎の屋上へ向かった。屋上に出る扉に鍵はかかっていなかった。
鍵を開けると風が入り込んだ。比較的涼しい風だった。その風は砂を屋上まで運んだらしい。至る所に細かな砂の山が出来ていた。
実を言えば教室からも砂漠は見えていた。しかし見晴らしの良い場所から見えればそっちの方がいいだろう。屋上から町とは反対方向を見ると、少しの住宅街の奥に広大な砂漠が見えた。砂だけで出来た大地、これが砂漠だ。私は見たことのない光景に見惚れた。
砂漠には一見何も無いように見えるが、ぽつぽつと建物の残骸らしきものが見える。そして地平線の近くにも建造物らしきものが見えた。そこは壁に囲まれているようで、残骸とは違う雰囲気をしていた。明かりもついているようだからあの建物は生きているらしい。これから向かう場所が決まった。私は屋上を後にし、学校をでた。誰もいないアビドスの町を抜け、一面の砂漠に足を踏み入れた。