私は日傘を差しながら真っ昼間のトリニティを歩いていた。なんとか歩けてはいるが、杖無しで歩くには辛い。遅延毒とはまた違って死にかけることはないが、体がひどく重い。だからガトリングは置いてきた。時折立ち止まっては紙の地図を見る。大まかに描かれた地図は、セイアにとっては分かりやすいだろうが私にはどこなのか理解に困る。
「今どこにいるんだ。ここから真っすぐ上に行ったから大体今がここぐらいで……この角が……あそこか?」
地図をしまい、歩き出す。あの角を曲がった先に空き地があるはずだ。しかし角を曲がった先にあるはずの空き地が無かった。道を間違ったらしいが、かと言ってどの道が合っているのかが分からない。私の考えではこの道以外考えられない。
途方にくれそうになったとき、運良く人が通りがかった。私はすかさず人を捕まえて道を聞いた。どうやら最初から道を間違えていたらしい。詳しい道を教えて貰って、私はその人と別れた。
教会跡はわざわざ跡と名がついているように、建物と言えるものは無かった。無くなりかけの廃墟みたいだ。入り口らしいアーチをくぐると、石畳の地面は苔むして隙間から植物が生えている。
教会跡の一角に地下へ続くだろう階段があった。しかしその周りには柵が設置されており、プレートには『立ち入り禁止』『keep out』と書かれていた。私は柵をまたいで地下に降りた。
昼間とは言え、地上の光は階段下から僅かまでしか届いていない。携帯ランタンをつけると、足元だけだが地下の様相が分かる。全てが石造りで、何もない。机が置いてあるが何も乗っていなかった。きっとシスターフッドがすべて持って行ってしまったのだろう。
壁伝いに歩いていると、扉が現れた。
「これのことか」
私は軽く扉を押してみたが、当然動く気配はない。今度は力強く押してみたものの、扉は全く動かなかった。体当たりをしてみても、蹴飛ばしてみてもびくともしなかった。
「駄目だな。これは何をしても開きそうにない」
都合よく辺りに鍵が落ちていないか探してみようにも、綺麗さっぱり持っていかれた地下室は、何もしなくても鍵など落ちていないことを示していた。
「どうせ何をしても開かないだろうな」
やむなく開かない扉の解錠を諦めることにした。地下室を出て日傘をさし、私は二つ目の教会跡へ向かった。
太陽は未だ高く上り、合わせて体調は悪い。セイアの部屋に戻った私は、そのまま倒れこむようにソファに座り込んだ。
「おかえり。何か見つかったかい」
「どうやっても開かない地下室の扉なら。それ以外は全て持っていかれているようだ」
「ふむ、そうか。では別の場所を頼もうか」
「これで終わりじゃないのか」
「当たり前だろう。まだ読み切れていない資料はたくさんあるんだからな」
「シスターフッドは貴公の思っている以上に調査しているんじゃないか。開かない扉は体当たりしても蹴飛ばしてもびくともしなかったぞ」
「え、えっと。一応大事な遺跡なので壊すのは止めてくださいね?」
「だがしかし……私たちも資料を読んでいてシスターフッドがかなり緻密な調査をしていることは思ったことだ」
「マリーはシスターフッドの者だろう。最初から聞いておけばよかった」
「私はこの調査に参加したことがありませんので。資料の最終更新が何年も前ですので、トリニティの聖堂跡は全て発見されたあとかと」
「では今更探したところで、何も見つからないのではないか?」
「だとしても詳しく調査してみれば何かしら手掛かりは見つかるかもしれない。ここに新しく場所を記したから、また確認してきてくれ」
セイアが手渡したのは紙の束だ。そこにはさっきよりも分かりやすく情報が載っていた。地図も丁寧だし、少したどたどしいが英語で説明も書かれている。
「行かないと駄目か」
私は紙に書かれた情報を斜め読みしながら呟く。
「ああ、頼んだ」
「しょうがない」
私は息を一つ吐いてまた部屋を出た。
今にも倒れそうなほど深刻な体調不良と戦いながら、トリニティの敷地を歩き回る。日傘であっても、日光を全て防げるわけでは無い。せめて日没後か早朝に出歩きたかった。地図が分かりやすかったおかげで今度は迷うことも無さそうだが、どうせ行ったところで何も見つかりはしないだろう。
たどり着いた教会跡は、トリニティの外れにあるのか人通りが全くない地域にあった。地図を見る限り、他の教会跡も全てこの近くにありそうだ。跡というにはしっかりと建物が残っており、中に入れば日傘を差す必要は無かった。中に入ると、昼間という事もあってか明るく、ステンドグラスを挟んで日が差し込んでいた。その個所を避けるように奥へ進む。教会跡であるから今はもう使われていないのだろうが、ここは内装もしっかり残っていて今でも使っていそうな雰囲気だった。
地下への階段は教会の奥、司祭が待機するような部屋の中にあった。床に同化して木製の扉が設置されているが、資料に依ればこの扉があかないらしい。取手を掴んで引き上げようとしたが、やはり上がらない。扉の隙間に杖を差し込んでこじ開けることも考えたが、先に杖が折れてしまいそうだ。となれば後は物理的に壊すだけだが、仕込み杖では圧倒的に火力不足である。使えそうなのは……火薬庫の爆発金槌や獣狩りの斧だが、どちらも持ち合わせていない。
「どう、したものかな。部屋に使えそうなものはないし。爆発……爆発」
私はふと悪夢で拾ったものを思い出した。古狩人が使っていた時限爆発瓶だ。拾って以来一度も使ったことが無いので威力は忘れたが、なんとなくうざったらしかった記憶はある。私は早速一つ取り出し、床の扉に刺した。離れてから数秒後、期待外れな音と共に部屋の中に火が巻き上がった。確認すると、床が僅かに焦げただけでダメージが入っている様子は全くなかった。
「しょうがない。取りに行くか」
結局工房に戻って扉を破壊できそうな仕掛け武器を取りに行くことにした。しかし教会の外は厳しい日差しが差し込んでいる。またあの体調不良と戦いながらセイアの元まで戻らなければならないと考えると憂鬱以外に考えられない。幸いここは日差しもあまり差し込まず、体調もそれほど悪化しない。長椅子もあることだ、ならば日が沈むまでここで休むことにしようじゃないか。
やがてステンドグラスから差し込む光は無くなり、教会全体が暗くなり始めた。入り口から顔をのぞかせると、空は僅かに赤く夕焼けが終わる空をしていた。この程度ならもう日傘は要らない。
外に出て軽く背伸びをすると、ふと視界の端に何かが映った気がした。風に揺れた木かもしれないが、なんとなく人に見えたのだ。そちらを見ると確かに誰かが歩いていた。その背中はユスティナ聖徒会の様だ。彼女たちはもう存在しないらしいから、恐らく幽体なのだろう。アリウス自治区ではさんざん見かけたがなぜトリニティの中を歩いているのだろうか。しばらく傍観しているうちに彼女は建物の陰に隠れてしまったが、好奇心が湧いて来たので後ろをついて行くことにした。
彼女が消えた角を曲がるとまだまっすぐ歩いていた。尾行と言うにはあまりにも堂々と歩いてるが、彼女が後ろを振り向く様子は全くなかった。
彼女はトリニティの中心からどんどん離れているらしい。ついていくにつれ、辺りはひっそりとしてきた。いつの間にか密地は荒れ果て、ふとした拍子に躓きそうだ。両側は木々が鬱蒼としており、森のようである。
彼女をつけ続けていると、道の先に石造りのアーチが現れた。アーチの向こうにはシルエットが見える。何かしらの建造物らしい。彼女がアーチをくぐった瞬間、霧散してしまった。
霧散したユスティナ聖徒会の彼女を見て一瞬歩みを止めたものの、すぐにまた歩き始めた。アーチの前で止まり、奥の様子を観察する。恐らくだが、建物の正体は教会であろう。先ほどまでいた教会跡に外見がよく似ている。恐る恐るアーチをくぐってみたが先ほどの彼女の様に霧散することは無かった。
近寄って見てみれば、正に教会に違いなかった。ただ珍しく扉が付いている。両開きの扉だ。
扉に手をついて力強く押すと、重苦しい音を立てながら人一人分の隙間が出来た。中に入ればなんとも綺麗な教会だ。多くの人が祈りをささげられるよう長椅子が多く設置されている。奥には神父が立つだろう机が置かれている。その上には何も乗っていないようだ。
入ってすぐ右手に灯りがあった。なぜこんなところにあるのか疑問に思ったが、まあそんなことはどうでもいい。丁度いいので一度装備を変えてこよう。
「おかえりなさい。狩人様」
狩人の夢に戻ると、人形が彼を抱いたまま出迎えた。彼はたまに人形が眠っている場所に乗って、私に手を振るかのように触手を振った。
「ただいま」
「何か見つけられたのですか?」
「どうした。私の顔に何かついているのか」
「少し口角が上がっていましたから」
そう指摘されて思わず口元を撫でた。ずっと装束で口元を覆っていたから口元を見られるなんて思ってなかった。
「まあ、そうだな。面白いものを見つけたと思う。ところで彼はどうだ。落ち着いたか?」
「狩人様に連れ出されてからは満足したようで、ずっとこの場所にいます。相当楽しんだみたいですね」
「ならよかった」
私は工房に入り爆発金槌を取り出した。拾ってから何回か素振りしただけで手入れなどしていないが問題はあるまい。
工房の小屋から出て今一度素振りしてみることにした。撃鉄を下し、地面に叩きつけるとすさまじい爆発が起こる。これだけ見れば火力の素晴らしい浪漫あふるる仕掛け武器だが、少々取り回しに難がある気がする。仕込み杖ばかり使っていたせいで、振りが遅いのがどうも気になってしまう。まあ浪漫に溢れた武器は総じてそんなものだ。今度これで獣狩りをするのも悪くないかもしれない。
教会に戻り、ついでに持ってきた松明に火をつける。内装は近くの教会跡と変わらないらしい。なら奥の部屋に地下に行くだろう扉があるはずだ。しかし、本来部屋があるはずの所にはニ、三人が入れるだけのスペースしかなかった。横にはレバーがある。スペースの中央には一部床が出っ張っていた。この構造には見覚えがある。私が中心の出っ張りの上に立つと沈み込み、直後床が沈み始めた。
数秒程降り続けると、徐々にスピードを落として最下層にたどり着いた。降りると開け放たれた扉を介して巨大な空間が広がっていた。そこはとにかく巨大で、松明の明かりが全く届かない。一歩踏み出すと、足音が良く響いた。
五十メートルは歩いただろうか。地上の教会とは比べ物にならないほどの空間だ。そして突然それは現れた。空間の最奥にたどり着いたのだろう。突然目の前が明るく照らされたのだ。
その黒い体は巨躯であるにも拘らず、肋骨がむき出しになるほど細い。一方で異常に巨大化した右腕が垂れていた。首から右腕にかけて毛が生えてるが、そこ以外は石のような肌が見えていた。松明を上げると、巨大な角を生やした鹿のような頭が照らし出された。まさに巨大な獣が石で作られた椅子に座っているのだ。間違いない。この獣は――
「聖職者の獣か?」