神秘狩りの夜   作:猫又提督

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第14話

 古狩人の攻撃を避けたと思いきや、彼はそのまま獣肉断ちを変形させて、振りかぶって来た。思ってもみない攻撃に私は判断が遅れ、地面に叩きつけられる。一瞬歪んだ視界から、犬が走ってきているのが見えた。急いで立ち上がり、距離を取る。

「やはり鈍ったか。いかんな」

 私はそう呟き、輸血液を太ももに刺す。血液が体内に入ると同時に、全身の傷が塞がり、痛みが引いていく。

 古狩人が、変形した獣肉断ちで薙ぎ払う。私は咄嗟に短銃の引き金を引いた。不意を突かれた古狩人は体勢を崩し、跪く。獣肉断ちは空を切り、代わりに私にとびかかって来た犬を切り裂いた。

「いや、鈍ってはいないらしい」

 跪く古狩人の腹に手を突き刺し、中の臓物を引きずり出す。反動で古狩人は吹き飛び絶命した。握った臓物を手放すと、血が混ざった水が私へ跳ねた。叫び散らしながら私へ噛みつこうとする犬を振り向きざまに叩き切ると、大量の血と肉片が私へ降りかかった。

 力強く杖を振るうとノコギリの間にへばりついた血肉が吹き飛ぶ。私は地面に杖をついて刃を納めた。

 私は息を吐く。代わりに取り込んだ空気は酷く血なまぐさかった。このむせかえるほどひどい匂いは私にとって嗅ぎなれた匂いであり、今更意識するようなものではないはずだが、どういう訳かキヴォトスの血なまぐさくない透き通った香りが少し恋しくなった。

 私の背後ですさまじい音が聞こえた。驚き振り返ると、女が倒れている。下半身が巻貝の女だ。そして貝殻の上には上位者の彼がいた。

「驚いた……なぜここにいる」

 私が問いかけると、彼は挨拶のつもりか触手を一本上げた。彼の意思が分からない私は上を見上げた。なんとも言えないどんよりとした曇り空だ。

「ああ、そうか。そういえば上は漁村だったな」

 初めてこの悪夢にやってきた時、同じように巻貝の女が落ちて来たことがある。油断していた時に突然背後に落ちて来たものだから声を上げるほど驚いたのをよく覚えている。そして漁村に訪れた時に、ふと下を覗くとそこにヤーナムの町が広がっていた。

「丁度いい。そろそろ迎えに行こうと思っていたところだ」

 私は彼を拾い上げる。やっぱりその体は湿っていた。どれほど時間を潰せたかは分からないが、そろそろトリニティも夜になっている頃では無いだろうか。さっさとキヴォトスに赴くとしよう

 

 セイアの寝室に戻ると、まだ明るかった。しかしそれは照明のせいであり、外は夜を迎えていた。

「おかえり。遅かったな」

 ベッドに腰かけていたセイアが、読んでいたらしい本を閉じて私に声をかける。

「今は何時かな」

「もう二二時を過ぎているよ」

「動くにはいい時間だ。早速教会を探しに行って来よう」

「まあ、この時間なら起きて外にいる生徒はいないだろう。一応気を付けてくれよ。君は逃亡犯扱いなんだから」

「そういえばそうだったな。心配してくれるのか?」

「君がいなくなったら探してくれる人がマリーだけになってしまうじゃないか」

「そうだな。捕まったら貴公から話も聞けなくなってしまう。気を付けるとしよう」

 私は部屋を出た。静寂の廊下で私の足音だけが響いている。

 外に出ると、私は深呼吸した。中に溜まった血なまぐさい空気が清純な空気と入れ替わる。

「やはり悪くないな」

 私は一言呟き、夜のトリニティに足を踏み入れた。

 教会を探すと言っても、あまりにも手掛かりが無さすぎる。マリーは日記に書いてある教会の場所を知らないと言っていた。そもそも見つかっていないと仮定すると、人目に付く場所にその教会は無いという事だ。人が訪れないような場所、例えば森、もしくは先日黒服と出会ったような場所が良いだろう。近くに森は無いようだが、人気のない場所へ進んでいけばいずれたどり着くはずだ。一先ず行ったことのない方向へ歩き出した。

 キヴォトス三大校の一つであるトリニティはさぞ人が多いのだろう。いくら歩いても建物が途切れない。思い返せば先日黒服とばったり会った時も、車に乗るまで建物が途切れることが無かった。あんな場所でもトリニティの外れなのだ。ただ、歩いているうちにだんだん建物同士の間隔が空きだした。道はひび割れ、割れ目から草が生えている。一目見て整備されていないのだと分かった。街灯にも火が付いていない。私は腰に付けた携帯ランタンを灯した。光量は少ないが、足元を照らすには十分だった。

 結局その夜は空が白むまで歩き続けたものの、それらしい教会を見つけることは出来なかった。

 

 夜明けをセイアの寝室で迎えた。窓から日が差し込み、薄暗い部屋を照らす。一方で私は暗がりを求めて日差しから逃げた。

 外から人の声が聞こえだしたころ、布が擦れる音がして、セイアが起き上がった。

「君か……おはよう」

「貴公案外起きるのが遅いのだな」

「朝が弱いんだ」

 セイアはそう言ってあくびをした。彼女の返事には一秒ほど遅れがある。軽く寝ぼけているらしい。

「一晩中探していたのかい?」

「ああ、結局見つけられなかったがな」

「そうか、それは残念だな」

 セイアはベッドから起き上がり、クローゼットの扉を開けた。すると彼女は扉の陰に隠れてしまった。しばらくしてもう一度姿を現した彼女は普段の服装に代わっていた。

「トリニティは広いな。森まで行こうとしたが、その前に夜明けを迎えそうになって慌てて逃げ帰った」

「森? 近くにはないな。トリニティの自治区はすっかり開発されているからあるとしても自治区の端っこだろうね」

「ふむ、森の中なら見つかってない教会があると思ったんだが」

「まあ、獣を隠しておくような場所なんて森の中だろうけど、ユスティナ聖徒会時代から随分と時間も経っている。かつて森だった場所も今じゃただの平地かもしれない」

「ああ、なるほど。その可能性があったのか」

「昨日マリーに資料を持ってくるように頼んだ。シスターフッドが発見した史跡を資料にまとめていたらしい。その中の一つにあるかもしれない」

「調べているのなら既に見つかっているんじゃないのか?」

「シスターフッドは研究者じゃない。その実、ざっと調べて歴史的に有意義なものが無さそうなら後は放置だ。だから地下室もあまり調べていないかもしれない」

「シスターフッドが見つけた史跡の数によるな。少ないならまだしも、膨大な数なら時間がかかりすぎるぞ」

「そればっかりは数が少ないことを祈ろう。地下室があるような教会は少ないはずだから」

「だと良いのだがな」

 

 二人でマリーを待っていると、突然部屋のドアがノックされた。直後「マリーです」という声が聞こえて来た。

「入ってくれ」

 セイアが促すとすぐにマリーがドアを開けた。彼女の横には何かが入った袋が置かれている。袋を持ち上げて入った彼女は、近くの机に置いた。その中身は十数冊の本であり、セイアの話から推測するにこれが例の資料だろう。

「昨日お話していた資料をお持ちしました」

「これで全部か?」

「はい。最初は地下室の記載がある物だけを持ってこようとしたんですけど、案外多いみたいで切りが無かったのですべて持ってきました」

「全部で十数冊か。歴史がある物としてみれば案外少ないな」

 私は袋の中の一冊を出しながら言った。十数冊とは言え、厚さはそこそこある。辞典ほどではないが、そんじょそこらの本の厚さでもない。

「見つかったものは遺跡と化したものだったり、辛うじて枠組みが残っていたり、全て崩れてしまって一部分だけだったりするんです」

「つまり見つかったのはこの本の数だけと」

「はい。それに元々数が少なかったのかもしれません。乱立するようなものでもありませんし、一度立ててしまえば長い間ありますから」

「そういうものか」

 私は手に取った一冊を開いた。中にはびっしりと文字が書いているが、日本語で私にはさっぱり読めなかった。

「読めん」

 私は開いた本を閉じて机に置いた。

「え、虫食いか何かがありました?」

マリーは貴重な資料に不備でもあったのかと慌てて中身を開いたが、当然そんなことは無くきれいなままである。

「えっと、特に汚れとかは無いようですが」

 マリーが不思議な顔を向けると、咄嗟にセイアがフォローを入れてくれた。

「気にしないでくれ。彼女は英語しか読めないんだ」

「え?」

「英国人だ、私は」

「は、え、え?」

「英国人だ」

 マリーは理解が追い付いてないようで、私を見たまま固まってしまった。本当のことを言っているだけなのだが、どうしてこうも意思疎通がうまく行かないのだろうか。

「と、とりあえず早く始めよう」

 収拾がつかなくなってきたため、セイアが強引に事を進めた。マリーも落ち着いて、資料を手に取る。私はセイアの後ろから資料を覗くことにした。

 資料には事細かに文字が書かれている。何が書いているのかセイアに聞くと、見つかった教会の場所、日時、構造、見つかった物品だそうだ。この中から地下室が含まれるもの、かつ調査の余地を残しているものを探す。

 

「あるか? 地下室」

「ある……にはあるが、ただの倉庫だ」

「じゃあ次だな」

 資料を読みはじめて一時間経った。一冊目も半分以上読んだ。最初は途方もない時間がかかるかと思ったが、そもそも地下室がある教会というのが中々無かった。資料は緻密で、一つの史跡に何十頁も費やしているが、最初に地下室が無いと分かればその分一気に飛ばせるものだ。

「ここはあるのか?」

「いや、無い」

「じゃあ次だな」

 セイアが頁を掴んでめくる。

「ここは?」

「あるな。だがただの部屋らしい。目的は分からないが、人が生活する程度のスペースだから違うな」

「目的の地下室が無いではないか」

「しょうがない。あんなものを隠せる地下室何てそうそうないだろうし」

「しかし……セイア、貴公はシスターフッドが適当に調べていると言ったが、一つの跡にこの頁の量、相当調べているではないか」

 私が指摘すると、セイアは頁をめくる手を一瞬止めた。

「そうみたいだね。案外しっかりと調べているらしい。だが、それ故にもし未探査の地下室があれば可能性はより高くなるのさ」

「ものは考えようだな」

 

 さらに時間は経ち、ようやく一冊分の資料を読み終わった。セイアは資料を閉じて、机に置く。数分遅れてもう一冊の資料を呼んでいたマリーが、静かに頁を閉じた。

「どうだい、何か見つかったか?」

「とりあえず該当しそうなところは幾つか見つけてました」

 そう言ってマリーは紙を差し出した。そこには文字が書いてある。彼女が言った該当する場所をまとめたものらしい。

「全部で三つか。こっちは一つも見つからなかった」

「残りはまだたくさんありますね」

「思った通り重労働だな。少し休憩しようか」

「私はまだ疲れていないが」

「君は私の後ろで茶々を入れていただけだろう。まだ動けるならこの場所へ行ってみてくれないか」

「しかし外はまだ日が出ている。倒れてしまうではないか」

「そういえばそんなことを言っていたか……ちょっと待ってくれ」

 セイアは立ち上がり、部屋の奥から何かを引っ張り出した。見た目は傘の様だ。

「ほら、日傘だ。これで何とかならないか」

「これで何とかなればいいが」

 セイアから日傘を受け取り、開く。いかにもお嬢様が使っていそうなひらひらした小さな日傘だ。開いたところであまり日光から隠せている気はしない。いきなり外に出るのも怖いので、一度窓から差し込む日光で試すことにした。

 日傘を開き、恐る恐る窓の下に立つ。日陰にいるときよりも体が重いが、何時しかのように世界が遠くなるような気配はない。一分間立っていたが、倒れることは無かった。

「大丈夫みたいだ」

「よし、ならいけるな。頼んだぞ」

 セイアから紙を受け取り、いざ部屋を出ようとしたがその際、紙に書かれているのであろう情報が一切読めないことに気づいた。

「おい。これ読めないんだが」

「ん? ああ、そうか。ちょっと待ってくれ。簡単に地図でも書こう」

 私はセイアに紙を戻した。彼女は机の上で簡単だが地図を書いてくれた。今いる場所を真ん中に、該当する教会跡の場所を大まかに記している。私はその紙を受け取り、セイアの部屋を後にした。

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