神秘狩りの夜   作:猫又提督

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上位者となった狩人様の様子を気に入ってくれる人が案外多いみたいですね。


第7話

 私とセイアは出会ったバルコニーに戻り、再び机を挟んで相対していた。

「なぜ私を選んだんだ」

 セイアは目の前の紅茶に口をつけながら言った。

 人形にセイアを紹介すると、人形は初めてのお客だと言ってすぐに準備をしていた。私も人形が茶を用意するなど初めて見た。

「教えられたのだ。貴公は私の興味を惹くと言われた」

「そんなこと一体誰が?」

「黒服」

 私がその名を言うと、セイアは飲んでいた紅茶の手を止め、険しい表情で私を見つめた。そしてゆっくりと紅茶を机に置いた。

「君はあの男のことを本当に仲間だと思っているのか? 奴は君を実験台にしようとしているだけではないか?」

「モルモットなら既に断った。向こうも了承している」

「裏切ることもあり得るだろう」

「なら叩き潰すだけだ」

 私は杖を振り回しながら言った。

「君の目的は一体何なんだ。ゲマトリアに所属しているなら君も神秘の探求か?」

「目的? さあ……何だろうな」

「なんだろうなって……まさか目的も無しにわざわざこんなところに私を招いたのかい?」

「丁度目的を失ったところだ。しかし、そうだな。貴公や黒服が言った通り神秘の探求もいいのかもしれない。キヴォトスには獣もいないようだからな」

「動物なら山に行けばいるはずだが」

「違う。私の言う獣とは患者のことだ」

「何かの病気か?」

「獣の病。理性を失いやがて獣に堕ちる。ヤーナムの風土病だ。私は獣の病に罹った患者を狩る狩人よ」

「君の説明だとまるで君が狩っているのは人のように思えるのだが?」

「あれはもはや人とは言えない」

「つまり君は人を殺しているという事じゃないか」

「まあ元人間ではあるな」

「そのヤーナムじゃ人殺しが合法だったのか知らないが、キヴォトスじゃ獣病なんてものは無いんだから人殺しはしないでくれ」

「やはりいないのか……安心してくれ、私は獣でも血に酔ってもいないからそんなことはしない」

「頼むよ」

 二人の会話はそこで一度止まった。

 人形の淹れた紅茶を初めて飲んだが、これがどうして中々悪くない。私は味の良し悪しなど全く分からないが、少なくとも不味くはない。

 

 互いに紅茶を飲み終えたころ、私は思い出したように口を開いた。

「ああ、そういえば。貴公はどう私に興味を惹いてくれるのだ?」

「は?」

「黒服は貴公の存在が私の興味を惹くと言った。それは一体なんだ」

「何も知らないのか?」

「私は何も知らない。貴公が一体どんな存在なのか、興味がある。強いて言うならそれが目的と言えよう」

「はあ……まあ、ゲマトリアは既に知っているだろうからいいか……私は、予知夢を見ることが出来た」

「予知夢?」

「ああ。だからと言って何かができるわけでも無い。未来を変えることは出来ない。精々過去で忠告をするぐらいだった」

「ん? 過去に戻れるのか?」

「干渉すると言っても夢の中で他人に話すだけだ。君が思っているようなことは出来ない」

「それでも十分素晴らしい能力ではないか。いや、キヴォトスではそれを神秘というのだな」

「今はもう見れないがな」

「何? 貴公はもう予知夢を見れないのか。」

「君の反応を見る限り、ゲマトリアはそのことを知らないみたいだな。そう、私はもう自分の神秘を手放した」

「何故だ。折角の神秘、もったいない」

「原因は君たちゲマトリアのせいなんだがな。手放さざるを得なくなった」

「その手放した神秘は誰かの手に渡ったのか?」

「言うと思うかい?」

「教えてはくれないのか」

「君ゲマトリアじゃないか。情報を渡すわけが無いだろう」

「これは参ったな。ゲマトリアのことは隠すべきだったか」

「そもそも加入するべきでは無かったな」

「まあいい。その口ぶりじゃあ予知夢の神秘が誰かに渡った可能性はありそうだ。地道に探すとしよう」

「好きにすればいいさ」

「それで聞きたいのだが――」

「まだ聞きたいことがあるのか。ゲマトリアの君に話すようなことは何もない」

「キヴォトスの地理を教えてほしいのだが」

 私の言葉にセイアは数秒遅れて答えた。

「なんだそんなことか」

「私はキヴォトスのことは何も分からない。アリウス自治区とトリニティという学び舎のことしか知らない。当然外にはもっと別の街があるのだろう?」

「まあ、それぐらいならいいだろう」

 私はセイアからキヴォトスという場所について詳しく教えてもらった。驚いたことにキヴォトスは学び舎を中心に町が形成されているらしい。トリニティ・ゲヘナ・ミレニアム、この三つがキヴォトスの中でも強い影響力を持ち、他にも数多くの学び舎が存在している。

 私が最初に目覚めたアリウス自治区はかつてトリニティが様々な派閥に分かれていたころの一つらしい。それがアリウスだけ孤立無援になり今日まで姿を消していた、と。

「トリニティから近いのは」

「隣接してるのはゲヘナだな。あとはブラックマーケットを経由する必要があるがアビドスにも行ける。ただゲマトリアの君がアビドスに行くのは――」

「行くのは?」

「いや、何でもない」

「もったいぶらずに最後まで言いたまえ」

「敵である君に忠告する必要は無いと思って」

「なるほど、アビドスとゲマトリアは犬猿の仲らしい。ではゲヘナに向かうとしよう」

「トリニティからゲヘナに行くならまあ気を付けることだな。二校は昔から仲が悪い。今でこそエデン条約によって表面上は手を取り合っているが、腹の内ではいつその手を握りつぶそうか考えているだろうから」

「今度は忠告してくれるのだな」

「君に巻き込まれるトリニティ生を出さないためさ」

 すると突然、セイアの体が薄く透け始めた。私は僅かの驚き、姿勢を正したが、彼女はそれほど気にしていない、それどころか気づいていないようだ。

「貴公、体が透けているようだが大丈夫か」

 私に指摘されて、セイアはようやく自身の体を確認した。それでも態度を変えることは無かった。

「ああ、目覚めだな。もうすぐ朝なんだろう。もう予知夢を見ることは無いから私もいつまでも夢の中に居られるわけじゃない」

「もう夜明けが来るのか」

「現実と夢の中じゃ時間の流れが違うだろうし、まあこれぐらいだろう。君もそろそろ目が覚めるんじゃないのか」

「私は夢に囚われたままだ。勝手に目覚めることは無い。それに日中は出歩けない」

「何か理由が?」

「理由は分からないが、太陽の下だと体調を崩す」

「それはまた……難儀な体をしているね」

「だから貴公だけ先に目覚めるといい。私はもうしばらくここで待つ」

「そうかい」

 セイアはそれだけ言って姿を消した。幸い彼女が夢から覚めてもこの広いバルコニーは消えることは無かった。

 私はセイアが座っていた椅子から花畑に視線を移した。あの花畑を上から見下ろすのは新鮮な気分だった。

「おかわりはいかがですか?」

 人形が声をかける。しかし対象は私ではなく、机の上にいる上位者の彼だ。彼もまた人形の淹れる紅茶を気に入ったらしい。見た目通りの場所に口があるのか、カップの上に覆いかぶさるように飲むその姿はまるで捕食だ。彼が意思表示を行った様には見えないが、人形は彼のカップに紅茶を注いでいた。

 

 目覚めの場所にセイアの寝室が刻まれていた。現状トリニティで目覚めることが出来るのはそこのみだったので、私は迷うことなく寝室を選んだ。

 寝室には当然誰もいなかった。窓からは日光が入り、恐らく夕方だろう。出歩くには少し早かった。外からは生徒であろう少女たちの声が聞こえる。

 私は部屋のドアを開け、こっそりと廊下の様子を探った。そこに人はおらず、誰かが近づいてくるような足音もしなかった。

 外に人が出てこなくなるまで、私はセイアの部屋で待つことにした。その方がいろいろと都合がいいからだ。窓際に置かれたテーブルには夕焼けが差し込んでいる。私は僅かに夕焼けが差し込んでいる椅子を引き、光が当たらないところで座った。黙って天井を見つめると、部屋に設置している時計の音、そして窓から入ってくる外の少女たちの声が僅かに聞こえる。

「静かだ」

 私はそう呟いた。こんなのが静かだなんて、本物の静寂はもっと静かだ。目に映った獣を狩りつくした後のヤーナム、禁域の森の奥にひっそりと佇むビルゲンワース、悪夢に囚われたままの学び舎。本当の静寂というものは幾度となく経験してきた。まさか今のこの状況で静かだなんて言葉が出てくるとは思いもしなかった。

「――では私はここで」

 突然耳に声が入って来た。それは外から聞こえるものではなく、部屋の入口の方から聞こえてきた。私は椅子から立ち上がり、ドアの死角に入った。杖を握り、訪問者に奇襲をかける準備をする。

「ああ、ありがとう」

 だが次に聞こえてきた声を聞いた瞬間、私は体勢を緩めた。セイアの声が聞こえてきたのだ。

 やがてドアが開き本人が入ってくる。死角に入っているので彼女に気づかれた様子はまだない。

  ドアが閉まると、セイアはすぐに私が隠れている所に向かって言った。

「そこに誰かいるんだろう?」

「驚いた。まさか気づかれているとは」

 私が物陰から出てくると、セイアも僅かに驚いた顔をし、すぐに怪訝な顔をした。

「誰かいる気がしたから勘で話しかけたんだが……まさか君だったとは。ここで何をしているんだい」

「夜を待っている」

「なんで私の部屋なんだ。待つならどこでもいいだろう」

「言っただろう。私は太陽の下を歩けないと」

「いやでもなんで私の部屋なんだ……まさかこの部屋で寝ていたのか?」

「ここで寝ていたわけじゃない。ここで目覚めただけだ」

「だから寝ていたんだろうって聞いているんだ。朝には姿が見えなかったが一体どこにいたんだ」

「夢の中だ。貴公もいただろう」

「いや……はあ、まあいい。で、君はどうするつもりなんだい。こっちはただでさえ忙しいんだ。面倒ごとは起こさないでくれよ」

「何か起きているのか? 外は静かだったが」

「外部には言わないよ……待て、そういえば君の外見……まさか君が脱走したアリウス生か?」

「話が見えてこないが」

 セイアは押し黙って何かを考えだした。先ほど口走ったアリウス生の脱走について話そうかどうか迷っているのだろう。十秒ほど考える素振りを見せた後、結局私に口を開いた。

「先日、アリウス自治区からトリニティへの転校を願い出た者を寮へ一時的に移した。それが今朝になって一人の生徒が脱走、正しくは行方不明になったそうだ」

「それなら私だろう。昨日アリウスからトリニティまで連れてこられた」

 私がそう言うと、セイアは見たことも無いような深いため息をついた。

「はぁーっ。よりにもよって君か。私はどう説明すればいい。君はそもそもアリウス生では無いし、別世界の人間……は信じてもらえないだろうし、だからと言ってゲマトリアというのも――」

「黙っていたらどうだ」

「黙っていろだと?」

「貴公は何も見てないし、何も知らない。私とは会っていないし、知りもしなかった。これでよいだろう」

「目の前に真実が居ながらそれを無視しろと?」

「でなければどうする。今貴公の前にいるのは全てにおいて貴公の都合が悪い存在だぞ」

「十分理解できてるじゃないか。そうだ、全くそうだよ。悩むなら君の存在を最初からなかったことにすればいい。本当にそうならよかったのにな」

「私にとっては貴公との出会いは幸運であったが、貴公にとっては私との出会いは不幸だっただろうか」

「不幸だよ。変なものは見せられるし、こうして目を背けざるを得ない。出会ってなければ私はただの傍観者でいられたんだ。ゲヘナに行くんだろう。早く行くと良い。そして二度とトリニティに来ないことだ。それが互いの為だろう」

「そうか。ならなるべく従おう。夜が更け、人がいなくなったら私はここを離れる」

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