神秘狩りの夜   作:猫又提督

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第6話

「私はもう行く。まだこの場所を探索しきれていないのだ」

「分かりました。では私は退きましょう。今宵はよい出会いでしたね」

 そう言って黒服は踵を返した。私はその背中に思い出したように声をかける。

「最後に一つ聞いてもいいだろうか」

「なんでしょう」

「ここに獣はいるのか?」

 黒服は少し考える素振りを見せた。

「あなたの言う獣が何なのか存じ上げませんが、ここがあなたの知る世界ではない以上いないと考えるべきでしょう」

「そう……なのか」

「私からも最後に一つお教えしましょう。トリニティを探索するのであればあそこ――」黒服は少し遠い位置にある建物を指した。「あの建物の最上階の一室を訪ねると良いでしょう」

「あそこに何かあるのか?」

「ええ、あそこにいるのはあなたの興味を引く者かもしれません」

「そこまで言うのなら、行ってみよう」

「ぜひとも。ここキヴォトスにはあなたの興味を惹くであろう神秘が多く存在します。あなたが少しでもこの場所を気に入ってもらえるよう。それでは私は今度こそ失礼します」

 黒服はそう言って闇夜に消えてしまった。私もそれを見届けてから彼の指した建物へ向かった。

 

 道中誰にも会わずに例の建物にたどり着くことが出来た。人も獣の気配もしない、実に静かな夜だ。黒服が勧めた建物も同じく気配がしない。彼はここに私の興味を引く人物がいると言っていたが、果たしてそもそも人がいるのだろうか。

 彼の言葉を信じて最上階に上がると、下の階と変わらない間取りが出迎えた。廊下に連なる扉、そのどれかに例の人物がいるそうだ。

 扉の見分けがつかない。よって私は総当たりを始めた。扉を一つ一つ開けては中を確認し、違うならば扉を閉める。それを繰り返した。同じような間取りはまるで意味を持たず、これらの部屋の存在理由さえ分からない。

 結局一番奥にあった扉が最後に残った。私は扉に手をかけ、押す。僅かに軋みながら扉は開いた。そこは他の部屋とは間取りが違い、整然としながらも確かに生活感があった。そして一番奥のベッドに部屋の主が眠っていた。

 私はベッドを覗き込んだ。そこには狐の耳を持つ少女が眠っていた。私は少女の顔をじっくりと観察する。耳に対して顔が小さい、いや、逆か。どちらにせよ彼女は幼く見えた。黒服が言っていたのはおそらくこの少女だろう。

「ああ、なるほど」

 やがて私は理解した。跪き、彼女に右腕を差し出した。次第に私の存在は曖昧なものになっていった。

 

 

 

「お帰りなさいませ、狩人様」

 人形は上位者の彼を抱いて花畑の中に立っていた。かつてゲールマンが誰かを模して作った人形は、ゲールマンが亡き今も存在し続けている。もはや叶うことのない夢を一体誰が叶えるというのだろうか。

「ああ」

 私は生返事をしたが、すぐに自分があの少女の夢の中に入ったことを思い出した。

「なんで戻ってきたんだ?」

「狩人様、あちらを」

 人形の向いた方向は花畑の奥、本来柵で塞がれており、その奥は虚空しかなかった。しかし私が見ると、そこには一つの建築物があった。柵も撤去され、入り口までの道が出来上がっている。見たことのない建物だが、造りはどこかトリニティのものに似ていた。

「アレは一体」

「突然現れたのです。気づいた時には既にありました。私は見たことが無いのですが、狩人様は何かご存じでしょうか」

「さあどうだろうな……もしかしたら知っているかもしれないな」

 夢と夢の境界は曖昧なもので、他人の夢同士が繋がることもある。おそらく狩人の夢とあの少女の夢が繋がってしまったのだろう。つまりあの建物の中に彼女がいるかもしれない。

 建物の窓は全て暗く、中の様子は見えない。扉に鍵はかかっておらず、簡単に開いた。中に入るとすぐに階段があり、それ以外に何もなかった。一見豪華な見た目だが、それは壁と床の色がそう見えるだけであり、装飾自体はあまりない。光源は見当たらなかったが、階段はとても明るかった。二階も同様に扉しかなかった。

 扉を開けるとすぐに彼女と鉢合わせた。しかしどこか様子がおかしい。呼吸は荒く、目は泳ぎ、落ち着かない様子だ。その鬼気迫る表情を見るに、彼女は何かに恐怖していた。

「だ、誰だ君は! ここは一体どこだ! 私に何をした!」

 彼女は私につかみかかり、目を血走らせながらまくしたてた。私をつかむその手も恐怖のせいか震えているようだ。

「何をそんなに怯えている」

「いいから答えるんだ! あれは一体何なんだ!?」

 彼女は自身の後ろを指さした。そちらには花畑がある。そこにいるのは人形と――

「ああ、貴公あれを見たのだな。どう見えた?」

「は?」

「あれを見たのだろう。貴公の目にはどう映った。ただの化け物か、それとも人智を超えた何かか」

 彼女は予想していなかったであろう回答にたじろいだ。そして何か考えるそぶりを見せた。しかし間もなく彼女の顔は青く染まる。息はより乱れ、極端に浅くなる。私を握る力はより強くなり体は震えている。やがて頭を抱えてしゃがみ込み「何も見ていない。私は何も見ていない」とうわごとを呟きだした。これ以上は危険だろう。

「すまない。すこし意地悪なことをしてしまったな」

 私は懐から鎮静剤を取り出し、彼女と同じようにしゃがんだ。私が目を合わせようとしても、彼女は目を見開いて床一点を見つめるばかりだ。もはや廃人一歩手前だ。彼女の顎を掴み、顔を上げさせる。そして鎮静剤を無理やり口に流し込ませた。

 少しして彼女は正気を取り戻したように咳き込んだ。口の中に残っていた鎮静剤が咳と共に飛び散った。

「い、一体何をした。何を飲ませた」

 彼女は袖で口を拭いながら聞いた。

「ただの鎮静剤だ。あのまま発狂して死んでもらっては困る」

「いい加減私の質問に答えろ。あれはなんだ」

 彼女はまた思い出そうとしているのか、また顔が青く染まりだしている。私は彼女の顔を掴むと、私の顔にぐっと近づけた。互いの視界に互いの顔だけが映っている。

「思い出すな。貴公、啓蒙はあるが体がそれに追い付いていないな。認識の乖離が起こっている。心配するな、あれは貴公に敵意を持たない。それどころか興味すら持たないだろう。ただ今の貴公が見てしまえば発狂は不可避だな。他の質問に答えよう。だから一度座ろうじゃないか」

 私は彼女の後ろにあった机と椅子を確認している。彼女をそこへ促した。彼女は納得のいってない顔をしたが渋々席に着いた。長い机だ。その両端に座ったがために、会話をするには少々声を張る必要があった。

「さて、一つずつ答えようじゃないか。まずは……名前か? 改めて初めましてだ。私は狩人。獣狩りであり上位者狩り。狩人狩りの狩人でもある」

「狩人? それが君の名前か」

「そう。折角だ。貴公の名も聞こうじゃないか」

「私は……私は百合園セイア。トリニティのティーパーティの一人だ」

「ゆりぞの……変わった名前だな」

「狩人という名前も十分変わっていると思うが」

「そうだな。ところでティーパーティとは何だ」

「ティーパーティを知らないのか?」

「私はどうやら別の世界の人間らしいのだ。キヴォトスのことは一切知らない」

「別の世界だと? そんなことがあり得るのか」

「ん? 黒服という男は珍しいがありえないことではないと言っていたぞ」

 黒服という言葉を口にした途端、セイアは机を叩くほど勢いよく立ち上がった。

「黒服だと? 君ゲマトリアと接触したのか!」

「どうした。何をそんなに興奮している。ゲマトリアがどうかしたのか」

「どうも何も……あの連中は自分の目的を遂行するために手段を選ばないような連中だぞ。神秘を探求するために非道な実験を行う、そんな連中だ。君に接触したのだって何か理由があるはず」

「ふむ、まあそうだろうな。私も自分を研究したいと言って勧誘された」

「そ、そんなバカげた話が」

「そして私はそれを受けた」

「そ、それはつまり――」

「そう。私はゲマトリアに所属している。だがしかし、貴公はゲマトリアを嫌っているようだ。キヴォトスではゲマトリアはそんなに危険視されているのか?」

「当たり前だろう。あんな奴らの味方をするやつなんてよっぽど酔狂か、私たちの敵だけだ」

「そうか。話がそれた。戻そう。次の質問は何だったか……そう、ここはどこか、だったな。ここは狩人の夢。そしてそこに貴公の夢がつながったのだ」

「君の夢と私の夢が?」

「私の夢……ではないな。私がここにくる前から存在していた」

「じゃあここは誰の夢なんだ」

「誰のだろうな。元の主はもういない。今の主は恐らく……貴公が見た化け物だろう」

 その言葉を聞いてセイアはサーっと顔を青く染める。私はまた鎮静剤を取り出し、彼女へ滑らせた。しかし彼女は受け取ろうとしない。

「さっきと同じ鎮静剤だ。飲むといい」

「こんな怪しいものをそう受け取ると思うのか」

「また発狂されても困る。意識を保てるなら構わないが、貴公も頭から血を噴き出して死にたくはなかろう」

 私がそう言うと、彼女は眉をひそめながら鎮静剤を受け取り、言った。

「なあ、あれは一体何なんだ。とてもこの世のものじゃない、存在してはいけないようなものに感じた。もはや知りたくもないが、不思議とあれが魅力的に感じるんだ」

「知りたいか。まあいい。あれは上位者、読んで字のごとく人間よりも上を往く者、宇宙に住まう者たち。本来我々人間が知覚できない者たちだ」

「私や君が見えた理由は?」

「上位者を知覚する方法がある。それは啓蒙を得る事だ。だが上位者が見えたぐらいで発狂することは無い。貴公の場合は……ふむ、恐らく啓蒙を持ちすぎている。持っている啓蒙に対して体が耐えきれていないのだろうな」

「足りていないのではなく?」

「足りていなかったらそもそも知覚できん。来たまえ。少し啓蒙を減らそう」

 私は立ちあがり、セイアを手招きした。彼女は立ち上がり素直に私に付いて来た。

 私が先に建物を出た。花畑では依然として人形が彼を抱いたまま待っていた。

「おい、しばらく人目に付かない位置にいろ。発狂してしまう者がいる」

「分かりました。ではあちらの方へ」

 人形は踵を返して花畑を後にした。それを見てから私はセイアを外に出した。彼女は花畑を見にすると目を見張ってしばらくその場に留まった。私も彼女に合わせて歩みを止めた。

「とても美しい場所だな」

「ああ、ここで一人の狩人と一人の上位者を狩った」

「え?」

「さ、行くぞ」

 セイアは何か言いたげだったが、私は無視してまた歩き出した。少し遅れてセイアも私の跡を追う。

 やって来たのは家の前にある水盤だ。複数人の使者が二人の客を出迎える。セイアは使者の姿を見て後ろへ引き下がった。

「そ、それは一体なんだ。それも上位者なのか?」

「彼らは使者だ」

「使者? 誰の」

「ん? ああ、そういえば考えたことが無かった。まあここの主のだろうな」

「あの化け物か?」

「多分な」

「一体ここで私に何をさせるつもりなんだい」

「取引だ。貴公の啓蒙とな」

「はあ」

 いまいち要領を得ていないセイアは生返事で返した。私は水盤の前に彼女を立たせる。

「貴公がどれだけ啓蒙を持っているか分からないが……ふむ、そうだな……血の岩と交換すれば丁度良いだろう」

「ほ、本当に取引できるのかい?」

「近くの使者に手を差し出したまえ」

 セイアは未だ顔が引きつっていたが、恐る恐る右手を差し出した。使者は彼女の手を取り、顔をまじまじと見た。そして水盤から血の色をした塊を取り出し、差し出した。私はそれを受け取り礼を言った。

「取引は終わった。もう離していいぞ」

 セイアは手を離したが、そのまま自身の右手を見つめながら言った。

「何か吸われた感覚だ」

「貴公の啓蒙と交換したからな。恐らく見ただけで発狂はせんだろう。ついて来たまえ」

 私はセイアを人形の元へ案内した。場を離れるよう言われた人形は家の奥、普段私が近寄らない場所で背を向けて立っていた。

「おい」

 私が呼びかけると人形は「もうよろしいのですか?」と言いながらこちらへ振り向いた。セイアは人形と目が合おうかとした時、発狂するとでも思ったのか咄嗟に目を瞑った。

「お、おい。何をするんだ」

「大丈夫だ。もう発狂はしないはずだ。鎮静剤も用意してある、だから目を開けて見たまえ」

「い、いや、そういう問題ではないのだが」

 セイアは躊躇しつつも、結局ゆっくりと目を開けた。彼女の目に映ったのは、人形の腕に抱かれる、一匹の軟体生物だったはずだ。




獣のいないキヴォトスで狩人様は何をするのでしょうね。
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