神秘狩りの夜   作:猫又提督

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第4話

 アリウス自治区のあの地下、墓標にはバシリカと記されていた。

 バシリカで目覚めた私は彼女達を警戒し、ガトリングを構えたが、そこに彼女達の姿は無かった。そして上位者の死体も最初からそこに何もなかったかのように、血の痕跡すら綺麗さっぱり無くなっていた。

 私は上位者の死体が転がっていた場所へと足を進めた。すると足元に何かが当たった。見ればそれは木で出来た十字架であった。その十字架には見覚えがある。ステンドグラスから漏れた光に照らされていたはずの死体が無くなっていた。どうやら彼女達は死体を回収してその場から去ったようだ。

 何もかも無くなってしまったバシリカに用はなかった。結局無くなった死体の場所には何ら手掛かりはなかった。私は初めてここに来た時の道順を遡るように階段を上がった。変わらず階段は暗く、始まりと終わりの数段しか光が届かないのだ。

 地上から漏れた光には違和感があった。月の光ではなかった。かといって火の光でもなかった。見たことが無いわけでは無い。だがそれはもう二度と見れないと覚悟していたはずのものだった。

「こ、これは――」

 地上に上がり、崩れた屋根や、窓から入ってくる光、そして窓から見えた物は月ではない。それは太陽だった。夜明けだった。

 私は我を忘れ、ただ茫然と夜明けを見つめた。獣狩りの夜は夜明けとともに終わりを告げる。しかし今夜は違った。獣だけではなく上位者ものさばり、血の医療を受けに来ただけの私は狩人となり、獣狩りや上位者狩り、狩人狩りまで行った。全てが終わればそれは夢である。夢から覚めてまた獣狩りを始めるのだ。

「終わったのか。終わっていたのか。獣狩りの夜は」

 私は突然目を押さえうずくまった。ガトリングと杖が派手な音を立てて落ちる。私にとって日光はあまりにも眩しかった。私自身を照らすには日光は眩しすぎたのだ。

 しばらくうずくまり、私はようやく立ち上がった。多少慣れたが、まだ眩しい。久々に日光を浴びたせいなのか若干体調も悪い気がする。私は杖とガトリングを拾い、少々おぼつかない足取りで建物の外へ出た。

 日の光を浴びたアリウス自治区はあのヤーナムにも似た鬱蒼とした薄気味悪い雰囲気から、ただの寂れた町へ様変わりしていた。ヤーナムも夜が明ければきっと同じようになるのだろう。

 私は日光を避けるように建物の陰を歩いていた。あれだけ夜明けを望んでいたのに、太陽から逃げ隠れるとはなんという皮肉だろうか。しかし思い出してみれば私が真に求めていたのは青ざめた血だ。あの日、私は何を思って青ざめた血を探す様に書き残したのだろう。今となっては既にどうでもいいことだ。結局青ざめた血が何なのか分かっていない。分からなくてもいいのかもしれない。

 影を求め、私は必然的に路地裏を歩いていた。しかし路地がいつまでも続くはずはなく、いずれ大通りに面する。前に大通りが見えた。先の路地まで十メートルほどなのだろうか。仕方なく日光に照らされながら大通りを横切ろうとした時、不意に人影が現れた。

 彼女は全身黒と赤の装束を身にまとい、肩に銃を背負っている。頭の輪は天使の様だ。両者は互いに見つめ合い、先に口を開いたのは彼女の方だった。

「あ、え、えとイチカ先輩に連絡!」

 彼女は懐から手のひらサイズの板を取り出し、耳に近づけた。

「もしもしイチカ先輩……はい、一人見つけました。はい、入り口の、はい。分かりました。連れて行きます」

 一人でぶつぶつと呟いて気味が悪い。前髪で目が隠れていて視線も分かりづらい。しかし初めて会う目の前の人物に興味があった。やがて彼女は私に向き合う。

「わ、私はトリニティ総合学園正義実現委員会の者です。敵意はありません。貴方がたアリウス生を保護するためにいます。今からトリニティ総合学園までお送りします。私に付いて来て下さい」

 彼女は淡々と告げた。まるで台本があったかのようだ。一方で緊張しているようにも見える。敵意は無いというが、銃の肩ひもをずっと握っているのだ。

 私はじっくり彼女を観察していた。身長は私と同じか少し低い程度だ。そのせいか幼く、年相応に私を恐れているように見える。正義実現委員会と名乗っているが、果たしてその組織だという証拠はあるのか。その装束が証拠だろうか。銃は背中が邪魔でほとんど見えないが、あの黒髪ロングの少女と同じように見える。なら困るな。あの銃は避けられない。でも相手は一人だし、この距離だ。相手が銃口を向けるより先に私の杖が届くな。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 彼女が心配げに私に声をかけた。私はその声で我に返り、彼女に「頼もう」と答えた。すると彼女の表情はぱっと明るくなり「では私に付いて来て下さい!」と自信満々に言って私を大通りに案内するのだ。

「すまないが、日の当たる場所は避けてもらえないだろうか」

「え?」

 彼女は立ち止まり、振り返った。目は見えずとも私を訝しんでいるのがわかる。

「日の当たる場所が苦手なのだ。なるべく影の元を歩かせてほしい」

「え、えっとそれは」

 彼女は困ったように言葉を探した。私は「頼む」ともう一度お願いした。

「わ、分かりました。ちょっと待ってください」

 彼女は未だ要領を得ないが、渋々了承した。そしてもう一度板を取り出し、弄り始めた。あの金属でできたような板が何なのか分からないが、あんな小さい物を一生懸命に擦っている様は正直言って滑稽だった。

 しばらく彼女の様子を観察していたが、彼女は突然顔を上げ、私に言った。

「あの、多分どこかで必ず日の下に出ないといけないんですけど」

「構わない。少しなら大丈夫だ」

「分かりました。では行きましょう」

 彼女は私を連れて案内を始めた。私の来た道を引き返したかと思えば、行き止まりだと思った道を進み始め、土地勘が無い私はあっという間にどこを歩いているのか分からなくなってしまった。

 夜明けの路地には重い空気が漂っている。ただそこに不快感だとか淀みがあるわけでは無く、清涼感に似た物があった。そんな空気で呼吸するたびに私の中にある夜の空気が抜けていく。浄化される気分だ。しかし私が夜に順応しすぎたせいなのか、朝の空気が綺麗すぎる。私という存在まで浄化されて消えてしまいそうだ。

 彼女は網の目に広がる路地をスイスイ抜けていく。時折板を弄ってはまた進んでいく。もしかしたらあの板は地図なのかもしれない。なんて小さな地図だ。

 十分か二十分ほど歩いて彼女は立ち止まった。また地図を確認するのかと思ったが、彼女は振り返って言った。

「あそこです」

 彼女が指さしたのは廃墟だった。しかし周辺には彼女と同じ格好をした人が立ち並んでいるし、中にもたくさんの人がいるのが分かる。そして例外なく全員の頭上に輪が浮かんでいた。

「この先は通りを渡らないといけないんですけど」

「ああ、構わない」

 私は彼女と共に路地から飛び出した。途端に美しく光る太陽が遍く私を突き刺した。私は顔を押さえ、日光を防ぐ。腕の隙間から入ってくる日光に目を伏せた。

 彼女は廃墟の入口らしい場所に案内してくれた。幸い、ここは日光が当たらないようで、私は心の中でホッと胸をなでおろした。入り口には一人の少女が待っていた。ここまで案内してくれた彼女と同じような格好をしているが、彼女の周りに人が集まっているのを見るに、上の立場の者だろう。彼女は私たちに気づくと声をかけた。

「お、来たっすね。こっちっすよ」

「イチカ先輩、お待たせしました」

「この子で最後っすか?」

「はい、この人以外には会いませんでした」

「了解っす。初めまして、正義実現委員会の仲正イチカっす。大体はこの子から聞いてると思うっすから、とりあえずあそこで並んでおいてくださいっす。あともうちょっとしたら出発するんで」

 イチカは廃墟の中央を指さした。そこには外から見えた人たちが集まっていた。正義実現委員会とは違う格好をした少女たちが集まっていた。中にはおかしな仮面をつけている者もいる。私は仕方が無く、彼女たちの最後尾に並んだ。

 廃墟の中は騒がしかった。しかしそれは全て正義実現委員会の者の声であり、私の目の前で並んでいる彼女たちは一切口を開いていなかった。

 やがて周りが静かになったかと思うと、近くではない、私からは見えないところからイチカの声が聞こえた。

「はーい。アリウス生の皆さん注目っす。これからトリニティに向かうんで、ついてきてくださいねー」

 前方から歩く音が聞こえ始め、一分近く経って私の前にいた少女が動いた。私も前に続いた。それと合わせて周りにいた正義実現委員会の者も動き出した。まるで私達を囲んでいるようであり、実際そうだった。

 意外にもこの廃墟には地下があった。しかしそこはバシリカよりも広い巨大な空間であり、まるで洞窟の様だ。どこからか光が入っているようで、空間内は地下にあるにもかかわらず松明が要らないほどに明るかった。私はこの空間に見とれていた。

「危ないですから、止まらないでください」

「ああ、すまない」

 窘められてしまった。仕方なく私はキョロキョロするのを止めた。

 

 どれくらい歩いたか、とりあえずいい加減飽きてきた頃だ。突然私の前を歩いていた少女の足が止まった。何事か前方を覗いてみたものの、よく見えなかった。幸いすぐにまた動き出した。それから少し歩いて、私の目の前に階段が現れた。階段は二人並ぶのが丁度よい幅で、なるほどこれだけの集団を一度に通せる幅ではなかった。

 それまで岩の道を通って来たが、階段は木製であり、壁は立派な石レンガだった。壁に手をつき、一歩一歩足を踏み出す。木がきしむ音よりも、前後で同じく階段を登っている足音の方が大きかった。

 階段を登りきると、そこはどこか部屋の中だった。全員が入り切るような大きさではなかったが、やはり目的地はここではないようで、集団は尚も進み続ける。もう少し歩いて、ドアをくぐると、私は外に出た。

 瞬間に突き刺す日光、私は思わず顔をしかめ、右腕で日光を遮った。アリウス自治区よりも高く上った太陽はその光量を増している。腕で遮ろうが光は届くのだ。

「うっ」

 私が如何に夜の住民であったのか良く分かる。日光に照らされるだけで気分がすぐれない。めまいのようなものは、私の足をもつれさせようとしてくる。しかしとはいえ、だんだんと異常なことに気づいた。全身の力が抜け始め、腕を上げる事すら困難になる。そうすると日光を全身に浴びることになるのだが、程なくして私は両手を手放し膝をついた。

「だ、大丈夫ですか!?」

 誰かが私に話しかけたが、答える余裕は既にない。その人は絶えず私に声をかけ続けたが、その声もだんだん遠くなり、視界も暗くなっていった。そう時間もかからないうちに、私は意識を失った。

 

 目を開けると、そこは知らない場所だった。しかしなんだか懐かしい匂いや雰囲気を醸していた。私はゆっくりと体を起こす。アリウス自治区で目覚めた時と同じような、否それ以上に心地いい感触があった。私には真っ白な布団が掛けられていた。隣に窓がある。日が落ちかけているようで、夕焼け空ももう間もなく黒に落ちそうな色をしている。

 私は布団を退かし、立ち上がった。窓枠に手をやり、外の風景をよく見てみた。知らない風景ではあるがアリウス自治区とは違い、人がいそうな雰囲気をしていた。

 杖とガトリングはベッドの傍らに置かれていた。私はそれらを手に取り、この場を去ろうとした。ここは診療所らしくそれらしい器具が置かれていた。道理で懐かしいと思った訳だ。

 出口らしき場所にノブが無かったので一瞬戸惑ったが、引き戸らしい。取手に手をかけようとすると、先にドアが開いた。

「え、あ、目が覚めたんですか?」

 私の目の前に現れた少女は救急道具らしきものを抱えていた。全体的にピンク色をした彼女は私の脇を通り抜け、抱えていた荷物を置いた。彼女のその鳥の羽にもにた髪は一体なんだろうか。

「もう体調は大丈夫ですか? 倒れる直前の記憶はありますか? 今朝突然倒れたんですよ。アリウス自治区はここ最近で色々ありましたし、環境の変化についていけなかったのかもしれませんね」

 彼女は机に置いたものを棚に仕舞いながらまくしたてた。私は何も答えられずに彼女の動向を追い続ける事しかできない。

「えっと、大丈夫ですか?」

 私が何も答えないので彼女はこちらへ振り向いた。

「問題ない」

「そうですか。あ、じゃあこれだけ片付けたらアリウス生さんたちの寮までご案内しますね」

 そう言って彼女は急いで物を棚に片付け始めた。

 数分後、私は片づけを終えた彼女と共に部屋を出た。




獣狩りの夜に囚われた狩人様は、もはや夜明けに歓迎されなくなってしまいました。
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