神秘狩りの夜   作:猫又提督

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実家にいるので少々投稿が遅れてしまいました。すみません。


第5話

 彼女の案内により、私はアリウス生達が集まる寮、その一部屋に通された。中には私以外に三人の少女がいる。三人とも私を不審な顔で見ていた。そんなことなどつゆ知らず案内してくれた彼女は笑顔で去っていった。

 私は部屋に入ったが、三人の顔はますます私を訝しんだ。対になったベッドの一つに腰かけたが、そうすると私の近くにいた一人は向かいの二人の場所に行ってしまった。

 私はベッドに座り、上を見た。天井が煌々と輝いている。火よりも明るく、色が白い。恐らく電気なのだろうが、これだけ明るいものなのだろうか。時計は18時を指している。ここには獣もおらず、人ばかり。不思議な町だ。出会ったのは少女ばかりで、男は一切いない。精々あの時、バシリカで出会った奴だけだ。

「おい、お前誰だ」

 突然私は向かいに座るアリウス生から声をかけられた。

「狩人」

「は? お前アリウス生じゃねえだろ」

「いかにも」

「なんでここいるんだよ」

「さあ、私はただここに連れてこられただけ」

「なんだよ、トリニティの連中は生徒の見わけもつかねえのかよ。これだから自分たちの立場ばっかり気にするお嬢様ってやつはよぉ」

「貴公は随分トリニティの者を嫌っているようだ。理由はなにかね」

「自分のことを教えない奴に誰が教えるか」

「そうか、ならばよい」

「そ、そこはじゃあって自分の紹介をするところじゃないのか?」

「私のことが知りたいのか?」

「いや、そういう訳じゃなくてな」

「教えたくないのなら別にいい」

「くそ、変な奴だな」

 彼女はそれ以降私に話しかけることはしなかった。

 

 すっかり夜も更け、月が空高く昇ったころ、私はベッドから立ち上がり部屋を出た。廊下は暗く、月明かりもあまり入っていない。赤ん坊の泣き声が聞こえなくなって久しい。こんなに静かな夜は久しぶりだ。その分私の足音がよく耳に入る。

 寮を出ると、入り口に立っていたらしい二人の正義実現委員会の者が私を見て慌てて止めた。

「ちょ、ちょっともう消灯時間は過ぎていますよ。部屋に戻ってください」

「外に出てはだめなのか?」

「そうですよ。早く部屋に戻ってください」

「やはり獣がいるのか。私は狩人だ」

「違いますよ。この辺りは動物は出ません。ほら、早く戻ってください」

 私は「早く寝てくださいね」という文言と共に、半ば強引に寮の中へ連れ戻された。正面からでは出られないらしい。強行突破しても構わないが、騒ぐと二人の仲間がやって来てすぐに取り押さえられそうなので、こっそり出ることにした。

 廊下の突き当たりにある窓は開閉ができるようだ。ここからなら気づかれずに出ることができるだろう。しばらく窓の外を眺めていたがあの二人が寮の周りを回ることはなかった。

 窓枠に手をかけ、顔を出す。もう一度誰もいないことを確認し、私は外に出た。私は懐から一つの液体を取り出した。青い秘薬、医療協会が生み出した麻酔薬のようなもの。存在を薄れさせることができるが、自分の意識も薄れる。その間、私の体に残る意志が代わりに体を動かしてくれるのだ。果たして今のこの体に意志が残っているのか疑問だが、おそらく大丈夫だろう。

 

 気がつくと私は月を背にして道の真ん中に立っていた。幸い周りに人はおらず、また気配もしなかった。獣の気配もしない。

 電気らしい光が点々と灯っていて夜にしては明るかった。周りには私が知った、しかしどこか違和感のある建物ばかりだ。私は試しに一つ適当に入ってみることにした。

 背の高い建物が多い中、一つだけ比較的小さい建物があった。心なしかその建物だけ他の建物から離されているようだ。取っ手に手をかけ、ノブを回す。鍵は掛かっておらず、すんなりドアは開いた。

「もう交代の時間ですか?」

 開けるやいなやそう声をかけられた。部屋の中にはもう一つドアがあり、まるでそこを守るかのように人が一人立っていた。

「そうだ」

 私は適当に答えた。

「今日は随分と早いんですのね。まあ、それはそれで早く寝られるのでいいですが」

 彼女がこちらに向かって歩き出した。それに合わせ私も彼女に向かって歩き出す。部屋の中は灯りなど灯っておらず、ただ等間隔に空いた窓から月光が差し光るのみである。暗い部屋の中、最初は互いの姿がよく見えなかったが、月光の下に照らされるたびに姿がはっきりと映る。月の下に立つたびに彼女の顔は訝しくなった。そして私と彼女が交差しようかという時、尋ねられた。

「それトリニティの制服ではありませんよね。あなた一体何者――」

 言い終わるよりも先に彼女の腹に杖を突き立てていた。彼女は持っていた銃を落とし、腹を押さえて蹲った。私は杖を手放し、彼女の腹を突き破らんとした。しかし慣れた臓物の感触はせず、ただ余計に彼女の苦悶の声が聞こえただけだった。疑問に思い右手を引き抜いたが、確かにあったのは血に濡れた右腕ではなく、綺麗な美しい右手だった。

 私は彼女に膝蹴りをした。彼女は綺麗に後ろへ飛び、月光の下、大の字に倒れたまま動かなかくなった。

 私は彼女へ近づきその体を観察した。正義実現委員会の者とは違った服装をしている。顔はきっと整った可愛らしい顔をしていたのだろうが、私が膝蹴りをしたせいで鼻血が垂れていた。頭上に浮かんでいた輪っかは消えている。死んだら消えるのだろうか。否、あれぐらいで死ぬものか。モツ抜きしようとした右手が防がれたのだ。ただの膝蹴りで死ぬものか。見たところ獣でも、上位者でも、狩人でもないらしい。ただの人間のようだ。人狩りにならなくて良かったと思うべきだろう。

「しかし……貴公は本当に人なのだろうかね」

 私は彼女の腰を見ながら呟いた。彼女の腰からは翼が生えていた。試しに引っ張ってみたが、確かに彼女から生えているようだ。手刀を弾く体の丈夫さに腰から生えた翼、果たして人間かどうか怪しいが、出会ってすぐに襲わない辺り理性はあるし、翼を除けば見た目は人間だから多分人間だろう。そもそも私だって頭上に変な輪っかが現れているのだ。もしかしたらここの人間の定義は少し違うのかもしれない。もしくは医療協会の実験の産物かもしれない。

「考えすぎか」

 私は落とした杖を拾って、彼女が護っていたらしいドアに向かった。こちらは鍵がかかっているようだ。彼女の元へ戻り懐を弄ると、鍵束が出てきた。鍵穴に何本か鍵を挿す。三本目を挿したとき、確かな感触と共に鍵が開いた。

 ドアを開ける。そこは前の部屋と同様灯りが無かった。松明を持ってくるんだったと後悔しながら、僅かに入る月光を頼りに見てみれば、そこは牢屋らしい。

「ねえ、なんかすごい音したけど大丈夫?」

 牢屋の一室から突然そんな声が聞こえた。私は声のした牢屋の前に立った。

 牢屋の窓から入る月光に照らされて、一人の少女が座っていた。私と彼女が相対すると、彼女は驚きの目で私を見た。

「え、あれ、あなた誰?」

 月光に照らされた彼女の姿はとても美しかった。整った顔立ちにピンクの髪、人間離れした腰の翼がよく目立つ。気品を感じさせる服装は正義実現委員会やドアの前に立っていた少女とも違う。一目見て彼女が何かしら特別な人物であるのに気づいた。そして彼女が何よりも特別だと感じる理由はその頭上の輪――否、それはもはや輪では無い。もっと別の何か。例えるならそう、宇宙――

「ねえ、大丈夫?」

 彼女に声をかけられてようやく私は我に返った。彼女は怪訝そうな、見慣れた目で私を見ている。

「少し見惚れていたようだ」

「あ、そう。あなた名前は?」

「私は狩人」

「狩人? 変な名前。それトリニティの制服じゃないよね。初めて見る制服だけど、どこの学校の生徒かな」

「私は学生ではない」

「え、じゃあなんで制服着てるの?」

「さあ」

「さあって……え、大丈夫? 記憶ない?」

「しっかりある。忘れられるわけがない」

「不思議な子だね。えっと狩人ちゃんだっけ。こんな所に何の用かな」

「用は無い。ここに来たのは偶然だ。貴公こそ何故こんな所に囚われている」

 私がそう聞くと、彼女は困ったような悲しそうな顔をして黙ってしまった。

「どうかしたのか?」

「あ、いや……狩人ちゃんは私のこと知らないんだよね」

「何も。貴公が何者なのか全く分からない」

「私が裏切り者だって言ったらどう思う?」

「ふむ、貴公は裏切り者なのか」

「やっぱり軽蔑する?」

「私が裏切られた訳ではないのでな。貴公は何を裏切った」

「学園そのものだよ。最初はトリニティの助けになると思ってた。気づいたら私はトリニティを裏切ってた」

「皮肉だな」

「でも最悪は避けられた。私はなんとかトリニティにいられそう」

「そうか……少し長居してしまったな」

「もう行くの?」

「元々ここに用は無い。まだ私はここがどういうところなのか分からない」

「あっそ。じゃあね」

 彼女は私に手を振った。私はそれに応えず、そのまま立ち去った。

 

 門番の彼女は未だ気絶していた。その傍らには彼女が持っていた銃が落ちている。私はそれを拾い上げ、観察した。バシリカで出会った少女たちが持っていたものとは形が違うようだ。左手で構え、適当に狙ってみる。割と使い心地は良さそうだ。そのまま引き金を引いてみると、轟音と共に数多の弾が発射され、反動で照準は上にずれた。

 あまりの轟音に私は数秒呆気にとられた。そしてもう一度銃を眺めながら呟いた。

「使いづらいな」

 反動が大きすぎて制御しきれない。両手で持てば抑え込めるだろうが、それではまともに狩りが出来ないので意味が無い。折角だから持って帰りたいが、生憎ガトリングを持っている身ではこれ以上武器は拾えない。またどこかのタイミングでもらおう。

 外に出ると、妙に明るい道が出迎えた。まさか適当に入った建物が牢獄だとは思わなかった。ここは学校らしいが、牢獄がある学校とはおかしなものだ。

 さて次にどこへ向かおうかと思案する一方、私は暗闇からこちらへ歩いてくる存在を認めていた。それは人の姿形をしているが、実体があるようなないような、頭部が煙のように燻っていた。私は杖を握り直し、ガトリングの銃口を向けた。

 異形の存在は杖の間合いに入らない距離で止まった。

「はじめまして。私は黒服と申します」彼は意外にも礼儀正しかった。右腕を広げ、左腕を自身の胸に置いている。「私はあなたと敵対するつもりはありません」

「私は狩人。貴公私に何用か」

「少しお話を、と。狩人……それがあなたの名前ならば、なるほど、つまりベアトリーチェを殺したのはやはりあなたで間違いないのですね?」

「ベアトリーチェ?」

 その名に覚えはない。今まで出会ってきた人にそんな名前の人はいない。上位者にもそんな名前を持つものはいなかったはずだ。

「深紅の肌に純白のドレスを着た彼女をご存知ではないですか」

 その言葉に私は思い出した。

「あの上位者のことだな。なるほど、貴公は私に復讐へ来たのだな」

 私がそう言うと、彼は静かに首を振ってその一切動かない仮面のような顔で言った。

「いえいえ、復讐に来たのではありません。単刀直入に申し上げますと、勧誘に来たのです」

「貴公は組織の一員か」

「ええ、ゲマトリアを名乗っています。あなたにはそのゲマトリアの一員になっていただきたい」

「貴公らはどういう組織だ。なぜ私を選ぶ」

「我々ゲマトリアの目的は神秘の探求です。あなたを選んだ理由は、ひとえにあなたに興味があったから、私はあなたを研究したいと思っている」

「モルモットか」

「表現が悪いですが、見方を変えれば確かにその表現でも間違いはないでしょう」

「モルモットなら勘弁願いたい。私も誰かの道具にはなりたくない」

「ええ、そうでしょう。残念ながら一方的な要求は契約をもってしても通ることはありません。私も最近学びました。ですから勧誘なのです」

「あくまで研究に協力してくれと?」

「ええ、理解が早くて助かります」

「なるほど、私は自分に害が降りかからなければそれでいい」

「もちろんあなたの邪魔をするつもりはありません。ただ少し研究させてもらいたい」

「具体的には?」

「そのヘイローが表す神秘です」

「ヘイロー?」

「あなたの頭上に浮かぶ光輪のことですよ」

「これのことか。なるほどこれはヘイローというのだな」

「ええ、そしてあなたのヘイローは珍しい形をしている。二重に浮かぶヘイロー、その中には不可解な記号、今まで見たことがありません」

「カレル文字をつけたときに一緒に出てきたものだ」

「カレル文字とは一体」

「カレルという研究者が上位者の声を文字に表したものらしい。今つけている文字は爪痕と姿なきオドン、それと契約だな」

「上位者ですか。聞いたことのない名ですが……クックック、名前からして興味深い存在です」

「だろうな。貴公のような者はきっと興味を持つだろう」

「それはあなたも同じではないのですか?」

「無いと言ったら嘘になるな。だが貴公と方向は違うだろう」

「方向性の違いなど些細なものです。神秘を追い求めるという思想さえあればそれでいいのです。我々と共に探求しませんか」

「加入すると貴公と行動を共にしないといけないのか?」

「いえ、ゲマトリアのメンバーは各々が自由に行動しています。もとより利害の一致から結成した組織です。もちろん集合する場はありますが、基本的には自由に行動してもらって構いません」

「なるほど。貴公は私を研究したいのだろう? 協力は構わんが、どう協力すればいい」

「お話を聞くかぎり、あなたの知識自体が我々の研究材料たり得るでしょう。欲を言うのであればあなた自体も研究したいところです」

「血ぐらいなら提供してやってもいいが」

「おお、素晴らしい。願っても無いことです。用意していればこの場で手にいれたかった」

「その程度でいいなら、いいだろう私もゲマトリアに加入しようではないか」

 私がそういうと、黒服は初めて会った時のように行儀よく礼をして言った。

「ようこそ狩人さん、我々ゲマトリアはあなたを歓迎いたします」




はてさて、自分でもとんでもない展開にしてしまったもんだと思います。
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